オリジナル小説「深海の天秤」一章 ファーストインパクトの挿絵I
説明
「…何の話よッ」

 逃道を絶たれて威嚇する猫のように、落谷を睨みつける七奈美。落谷は反対に反応を楽しんでいるように笑う。
 そして持っているスマホを操作すると、画面を七奈美のほうに向けた。

「コレって君でしょっ?七奈美ちゃん」

 画面には、小野塚が駅から入手した例の防犯カメラ映像が表示されている。

「知らないわよッ!っていうか、顔が出てないじゃないッ。どうして私だって言えるのッ?」

 捜査会議でも言っていたが、小さな白い紙袋を持った被害者の山口さんはカメラに向かって正面を向いているが、受け取ろうとしている制服の女性は後ろ向きだ。

「始めから思ってたんだよねーぇ。七奈美ちゃんの後ろ姿、この制服の子にスゴく似てるなーぁって」

これが落谷が部屋に入った直後に上げた、「思うところ」のもう一つだ。

「まさかそれだけでッ?!」

キッと睨みを深くする七奈美。

「まさかーぁっ。でも、「そうだ」って教えてくれたのは君だよ」

「意味、分かんないッ!」

「正確に言えば、君が今身に付けている腕時計が、だけどねっ♪」

「ッ?!」

 グッと詰まった顔で七奈美は、先ほど落谷に持ち上げられた手にしていた腕時計を、反対の手で隠すように覆う。

「服やバッグなど高額なモノばかりなのに、それだけがハンドメイドのレザークラフトだ。いくら手作りとはいえ、金額にすれば名の知れたブランドに劣る。それに髪型から足先まで完璧なコーディネートされているのに、腕時計だけが不釣り合いだ」

 確かにその腕時計は作りは精巧たが、見た目がかなりアナクロでファンシーだ。
 鈍い金色とクリーム色で構成されたゴシック調の丸い文字盤。ベルトには花や蝶を立体的に型どって装飾されている。
 原宿とかにいるゴスロリの子とかがしてそうな感じの時計だ。

「それでも何故するか?」と言って、落谷はピッと人差し指を立てた。

「やっぱり『好きな人』から貰ったモノは、肌身離さず身に付けてたいよねーーーぇっ。ねっ、七奈美ちゃんっ♪」

「………」

 落谷は女子高生みたいにウインクして、可愛くキメ顔をする。七奈美は、無反応で押し黙ったままだ。
 落谷は構わず続ける。

「そして、その腕時計は『ココ』に入っていたっ」

 そう言って落谷がトントンと指差したのは、防犯カメラに写った山口さんの手元。あの白く小さな手提げ袋だ。
 そこいらの既製品でありそうな袋だが、よく見ればその手提げ、持ち手の根元四ヶ所に白色のハートが付いている。

「この袋が、駅近にある商業施設内の「フラワーガーデン」っていうお店のモノだって判るのには苦労したよ。見覚えがあったっていっても、SNSで前にちょこっと見たことある程度の、うろ覚えだったからねっ」

 そう。落谷が今日の捜査会議そっちのけでスマホで検索していたのは、このことだった。
 落谷はよく、自分の管轄内地域に関係してそうなSNS情報を貪り見る。それもジャンル関係無くだ。
 昔の刑事は、自分の靴を磨り減らして聞き込みをしたり、情報屋とかを子飼いして事件に必要な情報を入手していたが、今はそんなのより一般ピープルが何気に載せるSNSのほうが使い方次第では有益だったりするからだ。
 たしかこの袋が載っていたSNSには、写真と一緒に「レザークラフトっていうと男の人が持ち物のイメージだけど、ここは花とか動物とかを型どった可愛い商品がメインで、女子受け必死☆ラッピングもこのお店独自のハートの付いたモノなので、プレゼントにも最適です!!」といったコメントが付いていたと記憶している。

「で、この病院に来る前に寄り道して、そのお店に行ってみた。店員さんが覚えてたよ、この男の人のこと」

そう言うと落谷は、今度は被害者の山口さんのことをトントンと指差す。

「事件が起こる、その日の夕方。服装からして仕事帰り。一人で買いに来て、ラッピングまで頼んだそうだよ。それも気恥ずかしそうに、嬉しそうに頼んだものだから、店員のお姉さんが良く覚えていた。「ああ、好きな女性に渡すんだなーぁ」…って」

 うつむき聞いていた七奈美の口元が、なにかに堪えるように微かに震え出す。

「それとそこの店は、商品みんな一点モノだから、一つ一つ写真に撮っといてあるんだって。その男の人が買ったのがコレ」

落谷はスマホの画面を指でスライドさせる。次に出てきた画像は、今、七奈美が着けている腕時計とまったく同じモノだった。
 落谷は顔を上げると、七奈美に向かってもう一度聞く。

「映像の制服の女性。君だよね」

 いきなり、七奈美は返事もせずにバッと立ち上がった。そしてバッグを持つと、早足で部屋の出口に向かって歩き出す。
 落谷は溜め息を一つついただけで、慌てて止める様子も無い。代わりに…。

「待ってくださいッ」

今まで落谷の話を無言で聞いては阿妻が、七奈美に向かって低く強く静止の言葉を投げた。
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