【艦これ落語】「青菜」
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いつもの鎮守府でございます。

一応軍事施設ですから、出来ることも限られておりまして、娯楽の少ない場所でございます。そんな環境ですから、食べることと呑むことがみな一番の楽しみになっておるのですな。

さて、鳳翔の居酒屋には今夜もたくさんの艦娘たちが集まってきております。

「日伊友好だな」

「サルーテ〜! えへへへ」

座敷で那智とポーラが呑んでいます。

みかけた艦娘たちが、一様にぎょっとした顔をして、二度見三度見をして、そそくさと立ち去っていきます。

「今夜は日本式だ」

「わぁ、知ってる。ブレーコー! これは白ワインじゃなくて、オサケ。ニホンシュ。……んぐ、んぐ、すっきりしてておいしい〜」

「そうだろうそうだろう」

「んぐ、んぐ、んぐ……いくらでも呑める〜」

「喉ごしがいい、と言うのだ」

「ノド……越える? ニホンゴ、おもしろーい」

「喉ごしがいい酒には、ふさわしい呑み方というものがあってな」

「なになに〜?」

「背筋を真っ直ぐピンと伸ばして……」

「こう?」

「顎をぐいっとあげて」

「……こう?」

「口を上に向けて、天井に向かって伸ばすように……」

「……こ、こう?」

「そうすると、喉が伸びて細くなる。そこへ、喉ごしのいいお酒を口にふくみ、ツーーーッと喉に落としていく」

「んーーーーーーー」

「これは「鶴飲み」と言う、まぁ、作法だな。わっはっは」

「あははははは。なにこれすごい〜」

「そうだろうそうだろう」

「今日はうれしい日だよぉ。オサケもおいしいし、お料理もおいしそう」

「おいしそう、ではなくて、うまいぞ」

「あははは、ニホンゴおもしろ〜い」

「どういう料理が好きなんだ?」

「んー、お酒がおいしくなるのならなんでも」

「わっはっは。そうだろうそうだろう」

「イタリアでは見ない料理がたくさんで、おいしそ〜。……ん? これはなに?」

「それはわさびと言って、こうやって摺りおろして食べるもので」

「ぱく」

「あ、」

「わっ、から〜い、なにこの小さな蘇鉄」

「はっはっはっ、わさびを蘇鉄とはなかなか上手いじゃないか」

「おいしくない! 辛っ、鼻っ、から〜い。ポーラ、このからいの苦手。お酒の味が変わっちゃう」

「いや、悪かった悪かった。口直しに青いものを……鳳翔さん、鳳翔さん」

「はあい」

「青菜はあるかな? 固くしぼって、ゴマでもかけて持ってきてくれないか」

「しばらくお待ちを」

「那智、ひどいよぉ、まだからい……」

「はっはっはっ、悪かった悪かった。わさびは酒のアテではなくて、この刺身につけて、醤油で……」

「……うわ」

「そういう顔をするな。美味いから」

「……ほんとお?」

「本当だ、本当だ」

「……また騙したら、今度はイタリアだけでやっちゃうよ?」

「なにをやるんだ」

「あの、那智さん」

「ああ、鳳翔さん。青菜は?」

「それがですね。鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官」

「ん? ああ、義経、義経」

 

厨房へ戻ろうとする鳳翔をアルバイトの神鷹が呼び止めます。

「あの、鳳翔さん」

「はい?」

「あの、さきほどのやりとりは、どういう、その、暗号なのでしょうか?」

「暗号……? ああ、聞いてたのですか、お恥ずかしい。あれは、隠し言葉なの」

「隠し、言葉? ……忍者ですか?」

「ちがいます」

「私はドイツの生まれで、こちらの難しい風習がよくわからないのです。ぜひ、教えていただけないでしょうか……」

「そう改まらなくてもいいですよ。あれは言葉遊び。那智さんが注文した青菜が、実は切れてしまっていたの。「売り切れました」とそのまま言うのは格好が悪いし、座がしらけてしまうわ。そこで、ちょっとしゃれてみたのよ」

「しゃれ……ですか?」

「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官……菜は喰ろうてしもうて、食べてしまってもうないと私が言ったから、那智さんは九郎判官にかけて、義経、義経。よしよしと、返してくれたのね」

神鷹は

「へぇー」

と深く感心して、

「私も使っていいですか?」

「もちろんですよ」

しかし青菜なんてめったに注文されませんし、しかも売り切れてることなんてそうそうございません。

それでも虎視眈々と機会をうかがっているうちに、みなさんご承知の通り感染症がまたまた広がってしまいます。

会食はどうだ、食べ方がどうだ、と議論になりますが、小人数で小一時間、小声で小皿で小まめに換気するならいいだろう、なんて言われると、最初のうちは、じゃぁルールを守って気をつけて、となりますが、だんだんと忘れてたがが外れてしまうのが、人の常なのでございます。

特に呑兵衛がいけない。

今夜もこっそりと集まって、最初は小人数で静かに慎ましく会食していたのが、一杯二杯と杯を重ねて、これは気持ちのいい夜だぞ、みなと分かち合わなければなるまいぞ、ではあいつを呼ぼう、こいつが来たぞとやっているうちに、ちゃんかちゃんかと歌が始まり、わいのわいのの大宴会。

わーわーという声が外にまで聞こえてきて、さすがの鳳翔も、

「ちょっと注意をしてきましょうか」

と厨房を出ようとします。

「鳳翔さん、鳳翔さん。私も連れて行ってください。ついにあれを使う時が来たんですよ」

「え? あれですか?」

「はい」

二人は一番やかましい座敷にぱたぱたとやってきて、

「おお来たか、女将も呑め呑め」

というおっさんのような艦娘の声も笑顔で受け流し、神鷹はぱんぱんと手を叩いて注意を引き、

「さてみなさん、私は鳳翔さんに日本の面白い隠し言葉を教えてもらいました」

神鷹、にっこりと微笑んで。

「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官義経」

言い間違いに気がついた酔っ払いが「あ」という顔をします。

「弁慶!」

と茶茶を入れようとした艦娘を鳳翔は制して、人差し指を立ててマスクをしている口に当て、

「ここは静かにしておきましょうか」

説明
落語「青菜」をモチーフにした落語(のようななにか)です。

※このサゲは立川談志「談志 最後の根多帳」(ちくま文庫)からの拝借です。
※文中の「鶴飲み」は小佐田定雄「枝雀らくごの舞台裏」(ちくま新書)にあったものを参考にいたしました。
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