ミラーズウィザーズ第四章「今と未来との狭間で」04
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「遅かったか」

 低い声だった。ローズには似合わない声色。

「え? ローズなんて?」

「こうなる前に、エディを押さえたかったが、危険の侵してまで、クラン達を襲ったのも無駄だったねぇ」

「え? ロ、ローズ。あんた何を言って……」

「ちっ。こっちは色々と仕込んで、ここまで苦労してやってきてたってのによ。まったくぶち壊してくれたもんだ。一体どこから情報が漏れたってんだ」

「え? 何?」

 わからない。エディにはわからない。ローズは何を言っているのだ。いや、この声はローズのものなのかすらよくわからない。声色も違う。口調もおかしい。ローズは毒舌は吐いても、あんな乱暴な口を利く娘(こ)ではなかったはずだ。あんな男勝りな言葉使いを聞いたことなんてない。

「魔法学園の力を甘く見過ぎなんです。わたくし達とて、未知を既知にする法ぐらい持っています!」

 どこか誇らしげなジェルの言い様。それにローズが鼻を鳴らす。

「そうか。そうだったな。バストロ(こっち)にはそういう能力者は少ないみたいだが、シュゲントの『四重曜(カルテット)』には『占術』、マグナの『四重識(カルテット)』も『千里眼』がいたな。秘密主義の『連盟』本部には言うに及ばずか。我々の敵は大陸全体だと、忘れていたわけではないのが、あんまりにここのオママゴトな学園生活を見せつけられて失念してたよ。かはははははっ」

「……ローズ、何言っているのよ、あなた」

 気持ち悪い。あんな喋り方をするローズ・マリーフィッシュなんてエディは知らない。知らないものを見せつけられて、エディは気が触れそうだった。

「だから、言ってますでしょ。あの者はブリテンのスパイだと!」

 ジェルの声は、エディの耳に入っていない。聞こえてはいるが、そんな言葉、信じられるわけがない。

「ローズ……」

 エディは縋るように、ふらふらとローズに歩み寄る。だが、その歩みは、立ちはだかるジェルの背に止められてしまう。

「今一度問います。カルノはどうしましたか!」

 先程も、そんなことを言っていた気がする。カルノとは、エディの義兄でバストロ魔法学園、序列四位のカルノ・ハーバーのことだ。

「カルノお義兄ちゃん? お義兄ちゃんがどうしたって言うの?」

 ジェルの外套を握り締め、彼女を揺さぶるエディ。ジェルの言い様は、まるで義兄がローズに倒された風に聞こえではないか。追われていたのは誤解で、ローズと義兄が争う理由はないし、そもそもエディと同じで序列にも入れぬローズが『四重星(カルテット)』のカルノを倒せるわけがない。

 エディの疑問に答えたのは、エディに縋られたジェルではなく、エディの友人である少女だった。

「はん。さてね。そこらへんで自分が穿った穴を墓穴にしてるんじゃねぇ。あの程度の魔法使いで、私の足止めをしようってのが片腹痛いってんだ。かはははは」

 笑っている。乾いた笑い。

(ローズはそんな笑い方しない。ローズはそんなこと言わない。あれは誰? ローズ・マリーフィッシュじゃないの? 私の知ってるローズじゃないの? これじゃ、まるでジェルさんが言っていることが全て正しいみたいじゃないっ!)

 エディは口惜しい。認めてしまいたくない事実がエディの胸を抉り込む。

「あの程度ですって? カルノを二度も出し抜けるなんて、並の魔法使いではないということですか。あなた一体?」

「はん。私のことはいいんだよ。学園のお嬢様よ。さっさと、エディ・カプリコットを渡せって言うんだ!」

 ローズの目が見開いた。ただの大声を上げただけなのに、まるで言霊のような力が籠もっていた。

 エディの足がすくむ。目前の友人の姿をした何かが、エディを怯えさせる。魔物が友人を喰らって友人の皮を被った。そう思わないとエディには説明がつかない。

「エディさん。お逃げなさい。真っ直ぐ学園の方に、そして学園長に知らせて。この者は私がっ!」

「かはははっ。高々学内二位程度で、勘違いも甚だしいじゃねいか」

 何かを聞き違えたかと、ジェルは眉をひそめた。まだ学徒の身ではあるが、バストロ魔法学校の『四重星(カルテット)』となれば、将来『連盟』の幹部を約束されたようなもの、その実力は並の魔法使いなら束になっても叶わないものだ。それを目の前の少女は「高々」と言う。カルノを二度も退けているあたり、満更虚勢を張っているわけでもないだろうが、さすがに度が過ぎる。

「ふん。お口は達者なようですね。カルノの『水撃』を凌いだということは、何か裏があるのでしょう。普通の呪言(スペル)魔法使いには、彼の魔法は厄介なはずです。あなた、どうにかして不意をつく類の奇襲型なんでしょうけど、エクトラ師直伝の早撃ちが出来るわたくしは、そうはいきませんよっ!」

 再び印を結ぶジェル。右手と左手が別の契印をかたどっていく。これが先程まで、エディを逃げ惑わせした連撃の魔法構成である。間近で見るエディの『霊視』にも、その印が早すぎて魔法構成が捉えきれない。エディを追っていたときよりも遙か切れがある。先程は本気ではなかったということか。

「ははっ、世間知らずとは罪なものだねぇ。カルノのキザ野郎も似たようなこと言ってたな。そんな片手間で編んだ魔法が私に効くとでも? これだから学園の温室育ちはヌルいってんだ」

 ローズがジェルを挑発しいる。そして、ジェルは甘んじて、その挑発を受け入れる。

「軽口を吐けるのはここまでです! 〈我が星戴きし、遍(あまね)く風流れ。束ねて集いて瓦解と砕け――〉」

 ジェルが呪言(スペル)を奏でる。彼女を包む幽星気(エーテル)が瞬時に膨らんでいく。

(げっ! 『連弾』を両手の印と呪言(スペル)で三つの同時撃ち? これ、量が多すぎる。そんなのローズ避けれない!)

「はぁ。なら見せてやろう。お前が言う。軽口がどれほどの力を持っているのか」

 ジェルの魔法演唱を冷ややかな目を向けるローズ。彼女がジェルを見据えると、急に辺りの空気が濃くなった。魔法戦独特の濃密な気配がローズから放たれる。

「ジェルさん待って!」

 さすがのエディにも理解出来た。ジェルは手加減なんて考えていない。当たれば一発一発が幽星体(アストラル)を抉り殺しかねない力を込めて『魔弾』を生成していた。夜という時間を迎え、暗闇に落ちようとする森が、多数の魔力の光を受けて、まるで朝を迎えたが如くに照らされる。

 ジェルが作り出す幾多の『魔弾』。両の手では数え切れない数だ。一つでも喰らえば悶え苦しむという砲撃魔法がジェルの周り一面に浮かび上がった。エディでも読める構成の単純さが、その魔力塊の数を増大させる。確かに講義中に幾度となく見せられたエクトラ師の魔力運用を思わせた。

 そんな緊迫した状況だというのに、敵意を向けられている少女は、悠然と余裕の顔をしていた。

〈――奔星散りて、其は降りしきる!〉

 ジェルの呪言(スペル)は完成する。手で印を結ぶだけで単純な『魔弾』を撃つことの出来るジェルが、じっくりと練った魔法が解き放たれる。『魔弾』に『魔弾』を重ねた『連弾』。そしてそれを三重に操る『多段連弾』が発動した。

〈汝、我を貫くを禁ず〉

 ローズだ。

 ローズが何か一言を呟いた。呪言(スペル)魔法を構成した気配はないのに、空気が澱んで辺り一面にまとわりつく。それでもジェル・レインが放った『多段連弾』止まらない。幽星気(エーテル)の矢が幾重にも重なって、まるで暴風のように荒れ狂う。

(速い。私に対して撃ってた『魔弾』なんて完全な手抜きだ。こんなの目で視て避けれるはずがないっ!)

 ジェルからしばらくの間、逃げ延びることに成功したことに、エディは密かに達成感を覚えていた。それが完全に吹き飛んだ。本気のジェルはあんなものではなかったのだ。ずっと手加減されていた事実に腹が煮えくり返る。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。ジェルが放った『魔弾』の嵐がローズを襲う。無論、エディに止める術はない。なんとかしなくては、という思いはあるのに、想いだけでは何も果たせない。それが落ちこぼれエディの存在そのものを表しているようだった。

 うねる軌跡。交差し、呼び合い、混じり合う。白き幽星気(エーテル)の奔流がバストロの森を一条に薙いだ。エディはその輝かしい光景を前に、呆然と立ち尽くす。

 似ていた。ジェルの『多段連弾』は、その昔、エディの母が村を救って見せた魔法を思い出させるものがあった。力強い幽星気(エーテル)を放つ女魔法使いの後ろ姿は、凛々しく、尊大で、幻想を抱かせる。

「ロ、ローズっ!」

 エディの悲鳴の様な声は、友人の姿をかき消し、木々を穿ち、それでも飽きたらず森を削り直進し続ける魔法の轟音に押し潰された。

説明
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第四章の4
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タグ
魔法 魔女 魔術 ラノベ ファンタジー 

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