異能あふれるこの世界で 第三十話 |
【阿知賀女子学院・監督室】
恭子「異能持ちに勝てない理由、ですか」
赤土「そうだ」
恭子「……単純に弱いからとか」
赤土「そこ理由にしたいんなら、踏み込んだ説明が欲しいところだねえ」
恭子「…………」
赤土「考えてるな」
恭子「はい」
赤土「いっそさ、思いつくままでもいいんじゃない? まとまっていなくても、考えているままでも。なーんでもいいから、とりあえず話してみなよ」
恭子「……仲間内で、冗談を言い合うてたことはあります。けど、問いそのものが漠然としすぎていますから、真面目に考えてはいませんでした」
赤土「でもさー、結局ここだと思うんだよね。マジな話。初手から諦めちゃってる子なんて、わんさかいるわけじゃん。異能持ち相手なんだから仕方ないよー、とか。大会の会場を歩いてるだけで、聞きたくないのに聞かされちゃう。勘弁して欲しいよ、ホント」
恭子「……ああ」
赤土「ん、どした?」
恭子「私も、その一人ですね。どっかに、その気持ちを捨て切れてないとこ、あると思います」
赤土「そうなん?」
恭子「理由の根本に置くことはありません。それは言い切れます。ただ、ほんの少しだけ……負けから逃げたい気持ち、でしょうか。笑い話にしてましたが、ずるいとか言うてましたから。たぶん、そういうことなんやと思います」
赤土「ふーん。ま、しゃーないね。高校生だもん」
恭子「あの……それはだめだとか、ないんですか?」
赤土「え? いやまあ、ダメはダメなんだけどさ。なんだろ、なんて言えばいいのかな。高校生のうちは別にいんじゃない、ってことにしなきゃだから。あんま言えないっていうか」
恭子「えっと……?」
赤土「あーわかんないよね。ごめんごめん。えー、んー、あー……説明、いる? しなくても今後に差し支えないけど」
恭子「できれば、お願いしたいです」
赤土「おっけーわかった。でもこれ、あくまで私の考えでは、って話だからね」
恭子「はい。わかっています」
赤土「簡単に言うとさ、異能相手だから仕方ないってのは、もう気持ちで負けちゃってるんだ。そういう考えが頭に浮かぶ時点で、もう事前の戦う準備ができていないわけ。だからダメ。全然ダメ。自分で不利作ってどうすんだって話」
恭子「だめ、ですよね」
赤土「ダメダメだね。でもさ、それってガチのマジで麻雀に人生を賭けてる人が、勝負事として打っている場合の話なんだよ。指導者としての私は、高校生の部員全員にそういうレベルを求めるのはいかがなものかと思ってる。勝負とは何ぞや、みたいなのはプロに行きたい子だけでいいじゃん。辛いし、面白くないし、教える方もしんどいし。良くないよ」
恭子「それは……精神的な部分を突き詰める段階ではない、ということですか?」
赤土「まあねー。そりゃさ、やれっつってすぐ出来るようなことならやらせるさ。でも、これは違うだろ。違いすぎるだろ。犠牲にするものと得られるものが、全くもって釣り合っていないんだから。高校の三年間を、楽しいはずの部活動を、修行みたいな鍛錬だけの場にしちゃうんだよ? 少なくとも私は、真っ当な高等教育を奪って勝負師を量産するような非人道的指導を認めたりはしないね」
恭子「そこまで、ですか」
赤土「高校生の部活動として麻雀をやるんならさ、強い異能持ちに勝てるほど頑張っちゃう必要なんてありゃしないだろ。普通の人生経験をきちんと得ることは、ものすごく大事なことなんだよ。多感なこの時期に受ける影響は、今後の人生を大きく左右しかねない。なのに、あえてそこで麻雀漬けの毎日を強いるなんて、狂気の沙汰だと言ってやりたいね。考え方次第ではあるんだろうけど、私はそれを教育とは呼ばない。だからさ、高校生ならまあいいかなーって思うようにしてるんだ」
恭子「でもそれなら。私は、プロを目指すことにした私は……指摘されるべきです」
赤土「そりゃ今だけを切り取って見たらそうなるさ。プロを目指しているのに、くだらないところでヘタれてんじゃない、って感じかな」
恭子「……」
赤土「でも、まだ早い」
恭子「早い、ですか」
赤土「いやいや。不思議そうな顔するなよ。時系列がおかしいだろ。プロになるって最近決めたような子にさ、いきなりプロを目指す心意気を完備しろー、なんて言うわけないない。恭子はすぐに自分で色んなことに気づけちゃう、出来の良い子だからね。これからこれから」
恭子「これから、でいいんでしょうか」
赤土「いいよ。これからでいい。これからでいいから、私は今、恭子の前にいるんだ。ただ、もちろん今はまだいいって話だからね。大学に入るまでには、なんとかできるようになっていてくれよ」
恭子「はい。肝に銘じます」
赤土「ま、そのへんもおいおいやっていくとしよう」
恭子「よろしくお願いします」
赤土「おっけー任せて。そんじゃ、話戻して……えっと、どこだっけ?」
恭子「どこ?」
赤土「んー。まあいいや。てきとーにいこう」
恭子「えっ?」
赤土「異能持ちに勝てないような空気はある、ってあたりから」
恭子「……そんなんでええんですか?」
赤土「うん、なんか微妙。ふんわりしちゃってる」
恭子「大事な話から大事な話に転換したので、頭が上手く切り替わっていないみたいです」
赤土「話の流れがそういう感じじゃなくなってるよなー。気持ちが乗らないっていうか、戻るよりは先に進めたいっていうか」
恭子「ちょっとだけ落ち着く時間を頂ければ、なんとかします」
赤土「いや、せっかくだ。ここらで一息入れよう。飲み物でも持ってくるよ。ココアでいい? あっまいやつ」
恭子「有難いです」
赤土「んじゃ、ちょっと待ってて」
恭子「そういう嗜好品的な飲み物も常備しているんですね」
赤土「うちのメンツ思い返してみろよ。必要そうだろ? そういうやつも」
恭子「あの、失礼かもしれませんが……こんな機会もそうそうないので、ちょっと聞いてもいいですか?」
赤土「いいよ。たいていのことなら失礼なんて思わないから」
恭子「どう言えばいいのか、難しいのですが……好みをしっかりと把握されて、いいように気持ちも動かされて。それでいて気分が悪くないのなら、わかっていても抵抗せずに受け入れるべきなんでしょうか……いや、これは赤阪監督の話なんですが」
赤土「なんだ、てっきり私のことかと思ったよ。やってる当人が答えるなら、そうだな。みんなの幸せを考えてやってることだから大目に見てー、ってとこかな。思う所はあるんだぞ。これでも」
恭子「赤阪監督も悩んではるみたいです」
赤土「善野さん情報?」
恭子「まあ」
赤土「そっか……泣きつける先があるのは、ちょっと羨ましいな」
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