ある魔法少女の物語 5「群集の魔女」 |
そして、翌日――高校の授業も終わり、恭一と奈穂子が長根先輩を迎えに行こうとした時。
「あら? あなた、以前に見た事がある顔ね」
「あ、まり恵ちゃん!」
二人は同級生の安養寺まり恵とすれ違った。
赤いツインテールが、風に乗って揺れている。
「お前、もしかして以前に魔女と戦った魔法少女?」
「覚えてたのね」
まり恵はニッコリと恭一に微笑む。
自分を覚えてくれた事が、彼女にとって嬉しい事のようだ。
「ああ、確か名前は……えーと、まり恵だったか?」
「そうよ。それで、今日は何の用?」
「えーっと、明日は沢村の誕生日だから、長根先輩をパーティーに誘うんだ」
彼女はリケジョだから、ちょっと誘い難いな……と思う恭一。
だが、誘えばきっと、彼女の意外な一面も見る事ができるだろう。
「そう。じゃあ、早速彼女を探しましょう。でも、一体どこにいるのかしら」
「……分からんなぁ」
長根三加は、今、どこにいるのか分からない。
彼女を探すのは、時間がかかりそうだ。
三人がどうすればいいか考えようとしていた時。
「きゃっ!!」
「奈穂子!!」
突然、奈穂子が蝙蝠に襲われた。
しかも、蝙蝠の身体は通常と異なる、水色だった。
「な、なんだこいつは!」
「分からないよ……とにかく、逃げよう!」
「ああ。悪い、奈穂子は俺から離れるな!」
「うん!」
恭一は奈穂子の手を引き、まり恵と共に蝙蝠から逃げ出した。
まだ誰も変身していないため、戦う事はできない。
そのため、今は逃げるという選択肢しかなかった。
「こっちだ!」
「ええ!」
三人は水色の蝙蝠から逃げていく。
建物に身を隠したり、蝙蝠の超音波が届かない場所に逃げたり……。
蝙蝠はしつこく追いかけてきている。
「怖いよ……」
「安心しろ、俺が守ってやる」
怖がる奈穂子の手を、恭一は引っ張る。
まり恵は真剣な表情で、蝙蝠から逃げた。
やがて、逃げた先にいたのは……その蝙蝠と戦っていた、黒髪の魔法少女だった。
「長根先輩!!」
「か、彼女が?」
奈穂子は魔法少女を見てそう叫び、恭一は驚く。
そう、この黒髪の魔法少女こそ、恭一達が探していた、長根三加だったのである。
そして、三加の傍には、ジュウげむがいた。
三加は歯を食いしばりながら、水色の蝙蝠と戦っている。
「待てっ!!」
恭一は助太刀しなければ、と思って突っ込もうとしたが、突然、恭一の足が止まった。
「な、動けない!?」
「恭一君……」
「これじゃ、長根先輩が大変な事になっちゃうわ」
「でも、どうすれば……」
奈穂子とまり恵が困っていると、恭一の頭の中に声が聞こえてきた。
―危機が訪れています。あなたに力を与えましょう。
すると、再び恭一の目の前に大きな剣が現れた。
恭一がそれを手に取ると、彼の中に力が入り込んできた。
「よし! 長根先輩を助けに行くぞ!」
「あたしも戦うわ! 奈穂子は外で待ってて!」
「え、うん、分かった」
そして、まり恵も赤い宝石を掲げて、赤い光に包まれると魔法少女に変身した。
まり恵はハンマーを構えて、恭一と共に三加がいる現場に突っ込んでいった。
「恭一君……まり恵ちゃん……長根先輩……」
奈穂子は、自分でも出来る事はないか考えていた。
魔法少女に変身できないため、戦う力はない。
ただついてきただけでは、足手まといになる。
だから、自分にできる事、それは……。
「私、恭一君とまり恵ちゃん、長根先輩を応援する!!」
三人を応援するために、自ら現場に突っ込んでいく事だった。
一方、恭一、まり恵、三加は、蝙蝠の群れと戦っていた。
正確に三人を追いかける上に動きも素早いので、攻撃がなかなか当たっていない。
次第に、三人は蝙蝠に追い詰められていった。
その時だった。
「恭一君!」
「奈穂子!」
突然、奈穂子の声が聞こえてきた。
恭一が思わず声のした方を振り向くと、彼の背後から蝙蝠が襲い掛かってきた。
「危ないですよ」
だが、三加がその蝙蝠を魔法で攻撃したため、恭一が攻撃を食らう事はなかった。
そして、三加は穏やかに、だが厳しい口調で奈穂子にこう言った。
「何故、戦えもしないのにこちらに来たのです?」
「だって、みんな大変な事になってるから……」
「だからといって、戦えない貴女がこちらに来る必要はないのです。速やかに現場から離れなさい」
「……でも! 私は恭一君が心配なんです! お願いします、長根先輩! 恭一君のところに行かせてください!」
奈穂子が必死で三加に伝えると、三加は溜息をついてこう言った。
「仕方ありませんね。貴女も行かせましょう。ただし、邪魔にならないようにしてくださいね」
「うんっ!」
奈穂子は、恭一達の力になるために、彼らを応援しつつ的確に指示を出した。
「まり恵ちゃん、後ろに蝙蝠が!」
「わっと、危ない! 助かったわ、奈穂子」
「えへへ」
まり恵は、奈穂子の助言で蝙蝠からの攻撃をかわす事に成功した。
「恭一君、闇雲に剣は振らないで! 蝙蝠が襲ってきたら、振るのよ!」
「サンキュ!」
(長根先輩は……大丈夫そうだね)
奈穂子の助言により、蝙蝠は徐々に数を減らした。
恭一、まり恵、三加も、徐々に余裕を取り戻す。
「ありがとうございます、奈穂子さん」
「どういたしまして。……っ!」
三加はお礼を言いながら、殺気を察知して、蝙蝠を魔法で撃ち落とした。
どうやら、これが最後の蝙蝠のようだ。
「蝙蝠はみんな倒したぜ。これで終わったか?」
恭一が明るい声で言うと、三加は首を横に振る。
「いえ、まだ終わっていません。証拠に、結界はまだ消えていません」
「ホントだ……」
「あの蝙蝠は恐らく、魔女の使い魔でしょう」
「じゃあ、残っているのって……」
「……『魔女』ですよ」
すると、空からゆっくりと巨大な怪物が現れる。
それは、魔法少女が倒すべき敵――魔女だった。
魔女は無数の蝙蝠が融合し、頭部は真っ赤な血の涙を流す女性と、グロテスクな姿をしていた。
「あれが、魔女!」
「そう、私達魔法少女が倒すべき敵。災いの象徴。……さぁ、いきますよ!」
「ああ!」
「みんな、頑張って!」
奈穂子が応援している中、二人の魔法少女と一人の勇者は、魔女と戦った。
「はっ!」
「えいっ!」
「そこです!」
恭一の剣、まり恵のハンマー、三加の魔法の矢が魔女に命中し、ダメージを与える。
「アアアアアアアアアアア!!」
「おっと!」
「危ないっ!」
魔女が叫び声を上げると、無数の蝙蝠が恭一とまり恵に襲い掛かる。
恭一とまり恵は上手く攻撃をかわし、次に備えた。
まり恵はハンマーを振り上げて、衝撃波を飛ばす。
魔女が怯んだ隙に、恭一は剣で斬りかかり、三加は魔女の防御が薄い部分を攻撃した。
すると、不意に魔女の身体が無数の蝙蝠となって天へと立ち上った。
羽ばたき音は見る間に遠ざかり、辺りには静寂だけが残された。
「消えた……?」
「いえ、別の場所に移動したのでしょう。近接型の貴方達はすぐに魔女を追うのです」
三加の助言で、恭一とまり恵は逃げていった魔女を追いかけた。
残った三加は、うごめく魔女を、まるで機械のように正確に魔法で攻撃する。
「おらぁっ!」
恭一は剣を両手で構えて、魔女を貫いた。
すると、恭一の身体が真っ赤に光り出した。
チャンスだと思った恭一は、その勢いのままに魔女の身体に突っ込み、大爆発を起こして大ダメージを与えた。
すると、再び魔女の身体が無数の蝙蝠になり、どこかに飛び去っていった。
「今度はどこに逃げたんだ……?」
「あっち!」
「そっか、サンキュ、奈穂子!」
恭一達は、逃げ回る魔女をとにかく追いかけた。
魔女は妨害として蝙蝠を津波のように襲わせ、そのたびに奈穂子と三加の支援を受けた恭一とまり恵が薙ぎ払う。
だが、蝙蝠の数は予想以上に多く、どちらが体力が尽きるのか、時間の問題だった。
それでも、恭一、まり恵、三加は諦めなかった。
魔女は災厄の象徴、倒さなければ平和は訪れない。
「喰らえっ!」
「せやぁぁぁっ!」
「いきます!」
そして、三人の思いはついに届いた。
魔法少女と勇者の、魔女を倒したいという思いが、三人の武器を大きく強化したのだ。
強化された武器は、群集と化した蝙蝠を消し去り、魔女の頭をも眩い光で包み込んだ。
そして、魔女は白い光になり、消滅したのだった。
「やった……魔女を倒したぞ……」
魔女を倒すと同時に結界は解け、恭一達の姿も元に戻った。
すると、空中からジュウげむがやってきて、ふわりと、恭一の前に降りた。
「おめでとう。これで、キミ達はエボラ出血熱を地球から駆逐した」
エボラ出血熱は、致死率が非常に高い感染症だ。
それを、魔女を倒しただけで地球から消す事ができるなんて。
恭一は頭に?マークを浮かべた。
ジュウげむは、ふふん、と余裕な態度を取る。
「まぁ、そんな事は気にしなくてもいいよ。これでまた一つ、世界から災いの爪痕が消えたからね。感謝するよ、魔法少女」
そう言うと、ジュウげむは白い光になり、その場から姿を消した。
「恭一君! 魔女を倒したんだね!」
「奈穂子……」
その時、奈穂子が恭一達のところにやってくる。
魔女が倒れ、災いの爪痕が消えたのだが、恭一は何故か納得のいかない表情だった。
「どうしたの、恭一君? 元気ないね」
「……俺は、あいつに利用されてる気がするんだ」
「利用されてる?」
「魔女は、みんな災いの象徴だってジュウげむが言ってた。魔女を倒せば災いは無かった事になる。でも、それで本当にいいんだろうか」
災いがなければ、みんなが幸せになるのだろうか。
苦しみなんて存在しなかった事にするのが、本当に世界に平和をもたらすのだろうか。
恭一は、まだその事でもやもやしていた。
すると、奈穂子は首を横に振って、恭一に笑顔でこう言った。
「大丈夫だよ、恭一君。私はまだ、魔法少女になってないんだよ」
「!」
守るべき対象は、まだ魔法少女になっていない。
恭一はそれに気づき、はっと目が覚める。
「私は魔法少女になんかなりたくないし、なるつもりもない。恭一君の願いは、私をジュウげむから守るんでしょ? だったら、それでいいじゃない」
「……。……そうだな、奈穂子。こんな事を考えてた俺が、馬鹿だった。
これからも、お前をジュウげむから守ってやる。絶対に、魔法少女にはさせないからな」
「うん! 約束、だよ!」
「約束しよう」
そう言って、恭一と奈穂子は指切りをした。
「じゃ、誕生日パーティーの準備をしようか! 長根先輩も、もちろん、行くよね!」
「……ええ」
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どんなに悪い事実も、魔法少女の前では何の意味もなさない。 何故なら、この世界では事実より思いの方が強いから。 |
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