アリセミ 第一話
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「一本ッ、それまでッ!」

 

 無慈悲な宣告が道場内に響く。

 部を束ねる主将・山県有栖は、力なくその場に座り込んだ。

 

有栖「バ…、バカな……」

 

 いまだ己の敗北を受け入れきれぬという様子の有栖。打たれた小手がジンジンと痛む。

 

ゆーな「わーいわーい!勝った勝ったーッ!」

 

 勝った嬉しさを隠そうともせず、その場をピョンピョンと飛び跳ねる ゆーな。

 規則の改変を賭けた勝負は、たしかに一年生・今川ゆーなの勝利に終わった。彼女の竹刀が部長の小手を打つところを居合わせた すべての部員が目撃していた。

 

ゆーな「さあ!ゆーながヴィクトラーとなったからには、約束どおりキモルールをなくしてもらうんだからね!」

 

 ヴィクトラー?

 ともかく、彼女の言う規則というのは、女子剣道部の男女交際禁止の規則だった。

 

有栖「……バカを言うな、何代も前から受け継がれてきた部の規則を、私一人の一存で変えられるなど………」

 

ゆーな「何?負け惜しみ?部長ってばマケオシマー?」

 

 マケオシマー?

 ともかく、

 

有栖「そうではない、実際問題として、皆の意見も……」

 

 

???「私たちは、彼女に賛成よ」

 

 

有栖「え?」

 

 有栖が周囲を見渡すと、その雰囲気は一変していた。

 部員すべての、彼女へと送る視線が見るからに冷めていた。こんな視線を送られる彼女は、もはや この場の調停役ではない。むしろ有栖こそが、この法廷の被告役に滑り落ちたかのように、敗北者への冷たい視線が注がれている。

 

部員1「主将、私たちも思っていたのよ。こんな規則 撤廃すべきかもって」

 

有栖「え?」

 

 有栖は耳を疑う。

 

部員2「こんな規則、もう時代遅れだと思うんだよね」

 

部員3「これのおかげで集中できるって言っても、ウチ以外で全国に出場してる学校が、全部 男女交際禁止してるわけでもないし…」

 

部員4「とにかく もう、意味のない規則はなくすべきだと思うの」

 

 なんだ、なんだこれは?

 皆が手のひらを返したかのように、数分前までと逆のことを言う。先ほどまで吊るし上げられていた一年生を、他の部員が気遣わしげに慰めていた。

 そして、さらに多くの部員たちが、有栖のことを犯罪者のように見詰めている。あの一年生をいじめたのは、すべて有栖一人の罪だと言わんばかりに。

 やっと気付いた。

 ゆーなに敗北して、彼女は初めて気付いた。

 この場でマイノリティなのは、規則を守ろうとする自分の方なのだと。

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   第一話 部長転落

 

 

 

 

 その日の放課後、剣道場に二つの怪しい影が侵入した。

 

グレート「あぁ〜、そこにはぁ〜♪」

 

グレート「自分のぉ………♪」

 

グレート「…………」

 

グレート「…………世界がぁ〜、あ、開いた♪」

 

 ガタガタと音を立てて、剣道場の窓を外から開ける。

 

グレート「侵入成功、ル○ン・ザ・サードチルドレン」

 

正軒「チルドレンは余計だろ、そしてお前は○パンじゃない」

 

 一人目に続き、ヒラリと窓を飛び越え道場内に入る第二の影。

 彼の名は武田正軒(たけだ せいけん)、この修養館高校の二年生である。

 

グレート「………ふっ、剣道場の窓の一つが壊れていて、鍵を掛けてもガタガタするだけで開くってゆー男子剣道部の話は本当だったな」

 

 と正軒の友人・小山田暮人(おやまだ ぐれと)は会心の笑みを浮かべた。

 

グレート「この情報をゲットするために、我々は尊い犠牲を出した。それが無駄ではなかったことが、今証明された…!」

 

正軒「犠牲って、お前のエロ本コレクションだろ?男子剣道部を買収するための」

 

 正軒は呆れながらツッコミを入れる。

 

グレート「そのおかげで女子剣道部の!更衣室への道が開かれたのではないか!原則・異性交遊禁止で男子たちにとっては秘密のヴェールに包まれた女子剣道部!まともに話をするどころか目が合うことすら皆無という希少生物にゃんだぞぇあッ!」

 

正軒「はいはい、その話は何度も聞いた」

 

 そして最後に盛大に噛んだな小山田グレートよ。

 

グレート「その秘密の乙女たちの、更なる秘密が詰まった更衣室が この先にあるんだ!求めよ、さらば開かれん!」

 

正軒「引用した聖書に向けて謝れ」

 

グレート「今年の女子剣道部はレベル高いぞぉ〜!運動部なのに何故か可愛い子が目白押しでな。特にキャプテンの山県有栖三年生!彼女が目じりの切れ上がった大和撫子で、しかも巨乳!美人のクセにキャプテンになれるほど凛々しい性格とあって、校内じゃ男女ともに大人気なのだ!」

 

正軒「へぇー」

 

 正軒はあまり興味がなさそうだ。

 

グレート「当然 何度となく告白を受けているんだが、全部 断っているらしい」

 

正軒「それって やっぱ、男作っちゃダメとかいう部の規則から?」

 

グレート「それもあるだろうが、彼女自身 色恋にまったく興味がないというウワサだね。だが、そんな彼女の秘密をも包括した更衣室が今目の前に!……こちらスネーク、目標前に到達した」

 

正軒「変な小芝居を入れんでいい。……あ、でもさあ」

 

グレート「あん?」

 

正軒「今、この時間に更衣室に忍び込んでどうするんだ?放課後だぜ?剣道部の連中全員 帰っちゃってるぜ?」

 

 覗きがしたいんなら、彼女らがちゃんといる時間帯でないと意味がないし、たぶん重要なものも持ち帰られているのではないか。

 そんな ものけの空の更衣室に、いったい何の目的で行くのか?

 

グレート「決まっている、彼女らが使っている部屋の空気を、思うさま吸ったり吐いたりするためだ!」

 

正軒「…………………」

 

 俺なんでこんなのの友だちやってるんだろ?

 

グレート「というわけで、私は夢の園へと突撃いたします!正軒君には手はずどおり見張り役を お頼み申す!」

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正軒「へいへーい」      

 

 まあ実害がないだけ よしとしておくか。…いや、あるか?

 ともかくも嬉々として女子更衣室の中へ消えていく小山田暮人、またの名を小山田グレート。修養館の変態王とも呼ばれる彼との親交を、一から考え直してみるべきかもしれないと真剣に思う正軒だった。

 

「しかし、えび天うどんの食券5枚は魅力的だしなー」

 

 モノで釣られて見張り役を引き受けた正軒だった。

 

 …ことの発端は、この日の午前に遡る。

 

 今月、財政がピンチで かけそばしか注文できなかった正軒に、悪魔が話しかけてきた。『お兄さん、イイ仕事あるヨ』と。その悪魔こそ修養館の変態王・小山田グレート。

 えび天そばという、学食ではカツ丼に並ぶブルジョワメニューに目がくらみ、正軒は仕事の内容をよく たしかめもせず二つ返事で了承。

 

正軒「…こんなイリーガルな仕事と知ってたら絶対受けなかったのに」

 

 すべては後の祭りだった。

 この武田正軒、自慢ではないが何の特徴もない極々フツーの生徒である。

 部活動に力を入れている修養館の中では珍しく いかなる部活にも所属せず、成績は中の下、身長体重は中の中、運動は中の上と平均付近をガッチリキープ。

 剣道部キャプテンでアイドル的存在の山県有栖や、変態王の名をほしいままにする小山田グレートとはまったく別の生き物である市井の一般ピープル。

 この学校で彼の名を知る者は、せいぜい仲のいい友だち数人くらい。不特定多数に名を知られている有名人とは違う。だからこそ、こんな危険な橋を渡ってイヤな方向に有名になるのは断固避けたいわけで…。

 

正軒「早く戻ってこないかなぁ…、グレート」

 

 正軒は更衣室の方へ耳を傾ける。すると室内から何事か独白する友の声が聞こえた。

 

 

 

 

グレート「支配なんてしねぇよ、この更衣室で一番自由なヤツが、変態王だ!」

 

 

 

 

正軒「…ダメだ、まだしばらく かかりそう」

 

 友人の独白を聞いて、なんとも やるせない気分になる正軒だった。

 

 剣道場はシンと静まり返っていた。部員たちは すべて下校し、誰一人残っていないのだから当たり前とも言えるが。こんな場所に見張りを立てておいて、本当に意味があるんだろうか?

 

正軒「……………」

 

 なんとなく手持ち無沙汰で、正軒は辺りを見渡してみる。

 誰かが片付け忘れた竹刀が転がっていた。剣道場なのだから竹刀があるのは当たり前。なんとなく それを拾ってみる。

 

正軒「……意外と軽いな」

 

 竹刀を持つのは生まれて初めての正軒は、片手持ちで一,二度、竹刀を振る。ヒュンヒュンと意外に いい音が出た。

 

正軒「フム、なんか気分が出てきたぞ。…卍解!」

 

 正軒はジャンプ党だった。

 興が乗って続けざま、竹刀を前へ横へと運ぶ。薙ぎ、突き、振り下ろす。長いこと眠っていた感覚が覚醒するような心地がして、正軒はますます四肢に気力をこめた。

 

正軒「………はっ」

 

 突如 我に返り、竹刀をもった腕をダラリと下げる。

 

正軒「イカンな、何をやってるんだ俺は」

 

 もうこの道とは決別すると誓ったのに、木刀や真剣ならずとも剣を模したものを握ると昔のことを思い出してしまう。

 

正軒「悪い癖だな、…イカンイカン、気分を変えよう、卍解、千本桜兼次!」

 

 正軒はイマイチ流行を把握しきれていなかった。

 

正軒「月牙天しょう!月牙天しょう!」

 

 漢字をちゃんと覚えていなかった。

 

正軒「あーまーぞーんッ!!」

 

 もはやブ○ーチでもなんでもない。そうして遊んでいる最中だった、彼に異変が襲い掛かったのは。

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有栖「……何を遊んでいる?」

 

 

正軒「はっ?」

 

 背後からの気配に正軒はビクリと震える。放課後を迎えたこの場所には、自分以外誰もいないはずなのに。

 

 それなのに、人の声。

 正軒以外の、人の声。

 高くてハスキーな、女性の声。

 

 恐る恐る振り返ってみると、そこには剣道着に身を包んだ、いかにも関係者らしい女生徒が。

正軒「えっ、エマージェンシー!エマージェンシーッ!緊急退避ぃー!」

 

 正軒は力の限り叫んで見張り役の勤めを果たそうとした。しかし更衣室からは何の音沙汰もない。まるで既に ものけの空であるかのように。

 

正軒「グレートもう逃げたッ?」

 

有栖「やはりキサマ、先ほど取り逃がした変質者の仲間だな。…汚い手で竹刀に触るなッ!」

 

 ブォンッ!

 

 電光石火で振り下ろされる竹刀の一撃、もはや問答無用。

 

正軒「うひゃはッ!」

 

 寸前で際どく切っ先を躱す正軒、外れた竹刀がしたたか床板を叩き、ぴしゃんと乾いた音が鳴る。

 現れた剣道着の少女、即ち山県有栖は、苛立ちの たっぷりこもった声で言った。

 

有栖「一人残って練習を続けてみれば、こんな害虫が入ってくるとは、……やはり男というものは!」

 

 ブン、ブン、ブオン!

 容赦のない剣撃が嵐のように正軒を襲う、彼はその脅威を際どく危なげなく避けた。いかに安全第一設計な竹刀による攻撃とはいえ、防具もなしにあんなのを食らえば意識など根こそぎブッ飛ばされそうだ。

 

正軒(それぐらい鍛えてあるってことか…?)

 

 素人が振り回すだけでは、ああも威力が剣先には乗らない。正軒に薄皮一枚で迫る危険の大きさは、そのまま彼女の積み上げた努力の高さといえた。

 

 しかし、そんな技の冴えとは対照的に、相手の表情が荒れてるのは どういうわけだ?

 

有栖「なんで皆こんなヤツらのために…ッ!汚くて惰弱で煩悩ばかりで、こんなヤツらの何が良いというんだ!」

 

正軒「あ、あの?」

 

有栖「動くなッ!ふん縛って教諭の前に突き出してやる!」

 

正軒「困る、それはスゴイ困る!」

 

 などと攻防を繰り返していくうちに、正軒の背中に何かがゴツリと当たった。

 そこには道場の壁があった、有栖の剣撃をかわすうちに こんなところまで追い詰められていたのか。これではもう後ろに下がれない、もう逃げ場がない。

 

有栖「もう一度言う、竹刀を離せ」

 

 追い詰めた、という実感があるのか、有栖は高圧的にこちらを睨みつけてくる。

 

有栖「その竹刀は、キサマごときが手にできるほど安っぽい道具ではない。剣とは、修行を通じて己を高め、人格を養い、人間を高潔な存在に導くことのできる武道だ。竹刀はその助けとなる道具だ。キサマのような何の目的もなくブラブラ生きている人間が触れていいものではない」

 

正軒「……………」

 

有栖「キサマとて男子部に入っていれば剣を通じて真人間となり、悪い考えなど起こさぬようになれただろうに……。ことここに至っては遅い、変質者として罰を受けろッ!」

 

 天井に突き刺さらんとするほどの勢いで、有栖は竹刀を振り上げる。威力を充分にこめるためのオーバーモーションだった。相手が素人だとタカを括って、見せる隙などにかまいはしない。

 

有栖「猛省するがいいッ!」

 

 真っ下しに振り下ろされる竹刀。相手を地面ごと打ち砕こうとするほどの剣閃の速さに、素人では避けるどころか目で追うことすら不可能だろう。

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 ―――――――――パシンッッ!

 

 

 

 

 

 爽快なほどの破裂音が、剣道場に響き渡った。

 むしろ本当に何かが破裂したかと思えるほどの裂音、ついで、中空で回転する竹刀が見えた。次いで床板に落ちる音。

 

有栖「あ……れ…?」

 

 有栖は、自分でも信じられないというような表情で、自分の両手を見つめた。そこには何もない、完全な徒手空拳。

 対して彼女の目の前には、右手一本を大きく横に振り切った姿勢で、竹刀を構える正軒が。

 

 あの最後の一撃の刹那、必勝の確信をもって振り下ろされた有栖の竹刀を、正軒の竹刀が横から薙ぎ払ったのである。

 パシンという音は、竹刀が竹刀を叩いたときに鳴った音だった。

 それだけで彼女の竹刀は、手から離れて大きく飛び去ってしまったのだ。

 

 ありえないことだった。

 剣道の試合では、剣を離すことは即座に負けとされる、だから練習をつんだ選手が竹刀を離してしまうなど絶対に ありえないことだった。

 

有栖「え?アレ?…ウソ…?」

 

 有栖は自分の目の前にあるものがまだ信じられなかった。

 彼女の竹刀はカラカラと剣道場の床を転がっている。

 まるでキツネに抓まれたかのような気分だった。彼女だって剣道部三年、素振りは幼少の頃から、もう億も越えるほど繰り返してきたのに。

 試合中に竹刀がすっぽ抜けるほどチャチな握力はしていないはずなのに。

 

 それでも剣は吹き飛ばされた。

 それぐらい目の前の変質者の振り抜きは凄まじい威力だったのか?

 イヤ、たとえ男女の筋力差があるとしても、アレはそんなもので説明するには あまりにも不思議な感触だった。愛刀が彼女から離れていったときの感触は、今なおこの手に残っている。

 

 そうまるで、刀身のどこかに『ここを打たれると剣が手から離れますよ』という秘孔があって、そのツボを正確無比に貫かれたというような……?

 

正軒「混乱してるとこ悪いんだけど」

 

 竹刀の切っ先が、有栖の眉間3cmの至近まで突き付けられた。その竹刀の刀身を辿れば、正軒の右手に行き着く。

 

正軒「変質者に負けるたぁ大した剣の道だな」

 

 負けた。

 言葉になって改めて実感させられる。自身は丸腰にされ、相手の剣は目の前に、これが敗北でなくてなんであろう。

 

 負けた。

 また負けた。

 

 しかも今度は、誰とも知れない素人の男子学生に。

 

 

有栖「……………」

 

正軒「あ?」

 

有栖「…………ぇ」

 

 

 ふえええええぇぇぇぇぇん……!

 

 

 泣いた。

 

正軒「あええぇッ?……あ、あれッ?」

 

 今度は正軒が我が目を疑う番だった。

 泣いた。

 泣く子も黙る剣道部の主将が泣いた。

 

有栖「ふえぇぇぇ、えぅ、ええええええええ………!」

 

 しかも結構可愛い声で、泣いた。

 

                 to be continued

説明
「男女交際禁止」という規則の撤廃を賭けて争う部長・山県有栖と、新入生・今川ゆーな。
 その勝負に勝利したのは ゆーなの方で、女子剣道部は「男女交際禁止」撤廃へ向けて大きく動き出していく。
 そして同日の放課後、女子剣道部の更衣室に覗きが侵入する。そやつこそ、このお話の主人公であった(笑
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小説 オリジナル ラブコメ 学園モノ 剣道 ツンデレ 

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