唐柿に付いた虫 25
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 鞍馬の風が一時、その大群を吹き飛ばしても、霧になって飛び散り、また蝙蝠の姿となって襲い来る。

 戦乙女の槍が群れを薙ぎ払い、青白い炎に焼かれた数羽の蝙蝠が滅び灰となって散るが、それはさながら海の砂の中の数粒を弾き飛ばすが如き行為で、群れの厚みをいささかも減じる物では無い。

 一方の蝙蝠も、その小さき爪牙は、式姫への致命の一撃にはほど遠いが、さりとてこの数で掛かられては無視できる物では無い、結局は鞍馬の大風や戦乙女の炎で散らし、包囲されぬように距離を取りながらの戦いが続く。

 そんな無意味にすら見える攻防を何度か繰り返した後、全くその勢いを減じない蝙蝠の群れを見ながら、鞍馬はため息をついた。

 こんな膠着状態になるとは、情けない。

 大軍師などと言われて、良い気になって、たるんでいたか。

「いたちごっこだな」

 鞍馬のぼやくような言葉に同意を示し、戦乙女が頷く。

「大蝙蝠の姿を取っていた時もそうでした、奴は我々との戦いというより、時間稼ぎを目的としているように見うけます」

 戦乙女を排除しようと色気を出したところで、大蝙蝠は彼女の逆襲を受ける事となったが、全体の戦いの運びからは、そういう意図が透けて見えていた。

「私も同意見だ、そして君もそう見たという事は、ほぼ間違いなかろう」

 迫る蝙蝠の群れから距離を置こうとする二人の目が、彼女らを包囲するように別の一群が迫っているのを見て、その口から、らしくない舌打ちが漏れる。

 この群れは一つの意思によって自在に動く、極めて厄介な相手。

「逃げるだけなら楽そうではあるんだがね」

 その声に続き、風が猛り、黒き災厄の群れを吹き払う。

 この蝙蝠の群れに完全に接近されたら危険、敵の牙や爪自体の殺傷力は兎も角、如何なる未知の病毒を持っているかも知れたことでは無い。

 敵の戦意自体は高くはないようだが、鞍馬たちを排除できるなら、それを見逃すほど甘い相手ではなかろう。

「確かに、ですが、逃走は選べません。あの群れは、次は我らが護ると約定した領主殿の軍を襲うでしょう」

 戦乙女の言葉に鞍馬が苦々し気に頷く。

「まさにね、私たちが逃げ去れれば、この場は奴のやりたい放題だ……それはできない」

 二人に無数の羽音が迫り、暴風と槍の唸りがそれに応える。

「しかし埒があきませんね。軍師殿、風に私の全力の神火を乗せて、一息にあの群れを焼き払うというのはどうですか?」

「広範囲を対象とした攻撃は検討したんだがね、恐らくその時は、奴は大蝙蝠に戻ってその炎に耐えようとするだろう」

 あの群れを焼き払うには十分だが、あの大蝙蝠相手では少々力が足りない。

 逆にそのまま突進されたりしたら、全力の攻撃を放った隙を、こちらは突かれる事になる。

「成算は五分五分あれば良い方だが、危険がある」

「……確かに」

 単純な群れでは無い、奴らは霧にも蝙蝠の群れにも、そしてあの大蝙蝠に戻る事もできる、迂闊な攻め手は使えない。

 いや、下手をすれば、彼女たちがまだ知らぬ力を秘めている恐れもある。

 ここまでの戦い、この大蝙蝠はその力と比較すると、ある意味で言えば、稚拙な戦いを繰り広げている。

 一つの力を破られたら次、また次と、自分の力を小出しにしている現状は、無駄な消耗戦を行っているような物。

 誰でも判る、最初に自分の持つ最大の力を相手に叩き付けて、反撃を許さず葬ってしまう事こそが戦いの定石。

 だが、それは勝利を目的とした場合の話。

 目的を時間稼ぎとするなら有効な戦い方ではある、力を小出しにする事で、先の見えない戦いに対する対策と駆け引きを、戦場の極限状態で強いる事による精神と時間の消耗を強いる事ができる。

 鞍馬には、敵の戦いぶりから、そこまでは見えている、そしてそれは更に別の懸念にも繋がっていく。

(問題は、これが先方が最初から意図した展開なのか、相手が落ち込んだなし崩しの泥沼に、私たちも巻き込まれてしまったのか……という事か)

 それによって、今後、鞍馬が考慮すべき事が変わっていくのだが、そこまで見切る事ができるか。

 二人の背後、飛び去ったり吹き散らされた蝙蝠たちが、二つの集団に集まった、そう見た瞬間、その塊が、それぞれ巨大な蝙蝠と化して、鞍馬と戦乙女に襲い掛かってきた。

 あの大蝙蝠には及ばないが、二人にとっても十分に脅威となりそうな、速度と勢い。

 咄嗟にその突進を回避した二人の距離が離れる。

「軍師殿!」

「そちらは頼む!私は私で何とかする!」

「承知」

 相手は、力と体の調和がちょうどいいのか、速度と旋回能力が非常にいやらしい、鞍馬の周囲を飛び回りつつ足で仕掛けて来る攻撃を躱した拍子に、右袖が裂けて、布片が宙を舞うのを見て鞍馬は顔をしかめた。

「私と戦乙女を連携させないように、分断に掛かったか」

 敵ながら良い判断だ……忌々しい。

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 術使いと、それを護り連携する戦士が居ると、その力は個々のそれの数倍となる。

 二人を切り離す。

 あの大蝙蝠状態の闇風と対等に渡り合っていた戦乙女ならばいざ知らず、術を行使する暇さえ与えなければ、最大の武器を封じられた術師など脆い物。

 これで容易く倒せる事はなかろうが、場合によっては痛撃を与える機も得られる筈。

 あと少し時間を稼げればいい……そろそろ回収が終わり下山に掛かる筈。

 

 相手の足の鋭い爪の攻撃を庇った、鞍馬の腕の袖が裂け、浅く腕を傷つける。

 下方からの攻撃を完全に躱せなかった袴の裾が裂ける。

 上空からの一撃に頭巾が飛び、豊かな銀髪がふわりと拡がる。

 上下左右前後を自在に飛び回り、攻撃を仕掛けて来る相手に回避がやっと。

 鞍馬は千切れ、ぶら下がる袖とあらわになった白い腕を、ため息交じりに見やった。

「なんとまぁ、無様な」

 我が事ながら、なんと情けない。

「隙だらけよ、天狗」

 その翼、貰った。

 真祖の意を受けて、闇風が背後から彼女の翼を狙った蹴りを繰り出す。

 もう少しで捉える……その時真祖の背に、悪寒が走った。

 

 こいつ……まさか、見えて?

 

 背後からの一撃、それを鞍馬は顔を向ける事も無く、さりげない動きで躱した。

 最小の動きでの回避、そして、すれ違いざまに、鞍馬の繰り出した拳が相手の翼の付け根を打つ。

 奴が飛び去った先で、ぎぃっ、と高い悲鳴が上がる。

「見切ったつもりだったが……」

 ふむ、と呟きながら鞍馬は本来なら心臓を狙った突きが、すんでの所でずらされた事に、僅かな驚きを見せながら呟いた。

「私が実戦から遠ざかっていた事もあろうが、やはり手強い相手のようだ」

 とはいえ、あれで仕留められんようでは、馬鹿弟子にあの世で笑われるな。

 

「何、今の動きと一撃は……」

 同調していた真祖の腕の付け根に軽くしびれが走る。

 闇風の護りを以てしても吸収しきれなかった一撃となると、生半の威力では無い……あんな物をまともに喰らっていたら。

 あの天狗、ただの術使いではないという事なの?

 式姫……どこまで底知れぬ奴らなのか。

 

 真祖、異国の妖たる彼女は知らぬ事だが、鞍馬は鞍馬山に住まいなす、名高き大天狗。

 手ずから育てた弟子の武名は、ある意味今の武家の世の礎となった伝説の一つとして世に広く知られている、ここ日の本の人や妖ならば、彼女の闘技を侮るまいが。

「空で徒手の技を競う機会は中々に無い……折角の機会、お相手願おうか」

説明
式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

後2回くらいで、ようやく終盤に向けて動き出します。
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コメント
OPAMさん ありがとうございます、鞍馬さんゲームでは完全に術使いで、拳で語り合えない方なんですが、この辺は小説の特権というかで、出自から属性付与して、格闘もこなせるぜー、って感じにしちゃってます……鞍馬天狗がチャンバラ出来ないわけ無いし。(野良)
鞍馬さんも拳で語り合う強敵(とも)でしたか。変幻自在な霧の防御と相手に合わせた蝙蝠の攻撃、それを操る真祖様の判断による強さを見せておいてから、ピンチでの鞍馬さんの冷静な態度がカッコ良すぎる!普段は飄々としたキャラがピンチの場面で決める展開は少年漫画の王道的で熱いです。(OPAM)
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式姫 式姫の庭 唐柿に付いた虫 鞍馬 真祖 

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