真・恋姫†無双〜黒の御使いと鬼子の少女〜 87
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「おぉおおおおおおおお!」

「ぬぅああああああああ!」

 

 何度も刃がぶつかり、弾かれ、喰らい合う音が玉座の間に響き渡る。

 

「つぅえぁ!」

 

 御使いの剣が復讐者の腕を掠めれば、

 

「しゃりゃあ!」

 

 復讐者の刃が御使いの胸を掠る。その度に鮮血が宙を舞い、赤い弧を床に残す。しかし、決着には至らない。致命たる一撃には互いに届かない。いや、“届かせない”ように粘っている。

 

(このままでは……!)

 

 そう。普通であれば玄輝に勝ち目などはない。なにせ相手は曲がりなりにも“神”なのだ。雷神と恐れられ、その武も語り継がれている。

 

 だが、玄輝は手負いとはいえど、その相手に抗っている。なれば、埋められぬ差ではない。

 

(見極めろ、ただ一撃を、必殺の一撃をぶち込む瞬間を!)

 

 勝機は一瞬、いや、刹那だ。見逃すな!

 

「せぁ!」

「っあああああ!」

 

 しかし、言うのも易くはない勝機に加え、死なぬために活路を見出し続けねばならない状況だ。それはまさしく綱渡り、いや、もはや細すぎて糸というべき物の上を渡りながら千を超える曲芸を続けるようなものだ。

 

(それに……)

 

 道真もそれを分かっているのか、先程から見え透いた隙をいくつか見せている。

 

(あえて飛び込むのも手だが……!)

 

 そう、要はそこに絶対の自信があるから見せているのだ。それを打ち砕くことができれば相手は大きく崩れる。

 

(しかし)

 

 打ち砕く手があるかどうか、それが問題だ。

 

(いや、違う)

 

 俺は炎鶯さんとの鍛錬で何を学んだ? もっと俺の“勘”を信じろっ!

 

(その時を、感じろっ!)

 

 そして、時はやってくる。

 

「っ! ここぉっ!」

 

 生まれた隙に乗じて道真の懐へ飛び込む。だが、やはりそれは作られた隙。道真の顔が見下した笑顔に変わる。

 

「甘いわぁ!」

 

 そう言って道真は左腕を玄輝の顔目掛けて思いっきり振った。

 

「っ!」

 

 飛び散る鮮血が玄輝の目に飛び込んでくる。このままでは確実に目に入り、目が見えなくなる。もし、入らなかったとしても瞬きをすればその間に命を刈り取られる。

 

 どうすればいいのか考える時間すらない刹那。俺の体がとった行動は、

 

「なっ!?」

 

 左目だけをつぶり、右目が血で見えなくなった瞬間に左目を開いた。それは瞬きすれば見えなくなる刹那の光景。だが、それが終局の光景になるっ!

 

「その命っ、貰い受けるっ!!!」

 

 俺は構えを取らず、自身の意識を総動員する。

 

(右下の切り上げと袈裟切りっ!)

 

 そして、その意識を現実のものとして心斬を振るった瞬間、何かが割れる音がして刀が道真を裂いた。

 

「始終同迅っ!」

「がっ!?」

 

 そこでようやく理解した。“この瞬間” 始終同迅は完成したのだと。そして、俺は仇を、

 

「な、めるなぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「くっ!?」

 

 仕留めきれなかった道真は右腕を天へ向けてから俺へ向ける。その瞬間、全身を焼かれた。

 

「あ、がっ、か…………」

 

 朦朧とする意識の中、誰か見知った影が俺の目の前に降り立ったように思ったが、それを確認することなく俺はそこで終わった。

 

(ごめ、ん、愛紗………)

 

 心の中で大切な人に謝罪を残して。

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「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 ぎりぎりだった。まさしく紙一重。その勝敗を分けたのは忌まわしき雷神の力。それに頼らねば道真はあの一撃で命を絶たれていただろう。

 

 しかし、命が絶たれていたかもしれないという事実よりも、さっきの一撃の方が道真にとっては重要だった。

 

「今の、は、まさか……」

 

 馬騰が使ったときは技巧の上に成り立った技だと思ったが、さっきの一撃で思い出した。管理者たちの中で遥か昔から伝わるという話。かつて存在したと言われる“申を狩る者”が使う技。始まりと終わりを兼ねた一撃。

 

(いや、あり得んっ! ただの昔話だっ!)

 

 しかし、頭で否定しつつも心が認めている。あれは、何の誇張もない実話だったのだと。

 

(……いいだろう、仮にこやつが申を狩る者だとしてもここで終わりだっ!)

 

 その場凌ぎの雷で虫の息。そして、とどめを防ぐ者はいない。自身の勝利。そう確信して道真は刀を振り上げるがその間に何者かが飛び込んできた。

 

「おおっと! そこまでだぁ」

「ぬっ!」

 

 思わず飛びのいた。本能が危険を察知したからだ。

 

「何奴っ!」

「なぁに、バカ弟子が思った以上に頑張ったんで助けに来たのさ」

 

 そこで道真は飛び込んできた男の姿を見た。

 

 齢は30ぐらいのひげも整えておらぬ不格好な侍。しかし、その身から出る気配は人間のものではない。明らかに何かが“外れている”。

 

「さて、菅原のぉ、なんだっけ? 道真だっけか? 俺とやるかい?」

「……………」

 

 “もし、この侍が地面に横たわる男の師だとすれば……”道真は侍に尋ねる。

 

「貴様、“申を狩る者”か?」

「…………まぁた懐かしい名前だねぇ。当たらずも遠からず。俺はその“残滓”だ」

 

 これで道真は得心がいった。であるならば、何としても横たわる男を狩らねばならない。しかし、そこへもう一つの影が飛び降りる

 

「貴様ぁあああ……!」

「退きなさい道真。今のあなたが私たち相手に勝てるとでも?」

 

 憎き外史の管理者が一人、小野小町だ。

 

「くっ」

 

 万全の道真であれば勝つこともできよう。しかし、今はまさしく瀕死。どう戦っても

よくて相討ちだろう。

 

「…………いいだろう、ここは退いてやる。だが、覚悟しろ。次は貴様もろとも葬ってくれる」

 

 道真はそう言い残すと式神を集め、自身を覆い隠して空へと飛んでいった。

 

「……………………ふはぁ〜、やばかったぁ」

 

 安堵のため息を吐く小野小町。それもそうだろう。ああは言ったが、実際の所は危うかっただろう。

 

(筋肉ダルマになっても、相打ちになってたかも)

 

 そう、彼女も道真と同じ答えにたどり着いていたのだ。呼び出したこの玄輝の師がいても死力で挑まれたらその結果になると。

 

「さて」

 

 屈んで玄輝の体に触れる小野小町。

 

「がっ、か……」

「……よかった、これなら助けられる」

「ふん、器を破ったやつはこの程度でくたばらん」

 

 そういって玄輝の師匠はその体を乱暴に担ぎ上げる。

 

「ちょっと!」

「時間がねぇ。デカい気配がこっちに向かってる」

「……このタイミング、曹操ね」

 

 歯を食いしばる小野小町。そうなると、と考えたところで二人の影が飛び込んできた。

 

「母様っ! 玄輝っ!」

「おば様っ!」

 

 その影は翠とたんぽぽ。そしてその二人が見た光景は……

 

「おば、さま?」

「玄、輝?」

 

 一瞬呆然とする二人。しかし、一歩早く現状を理解した翠は咆哮と共に玄輝の師へ襲い掛かる。

 

「貴様ぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

「お、いい気合じゃねぇか」

 

 一息で四撃。その速度は炎鶯に迫るものだ。しかし、師はそれを拳だけで軌道を逸らし、一歩も動かずにすべて躱した。

 

「うぁあああああああああああああああ!!!」

 

 しかし、怒りに染まった翠はその程度では止まらない。四撃で足りぬのならばと、さらに速度を上げて今度は六撃。

 

「おおっと」

 

 これはさすがにまずいと判断した師は同じように四撃までは拳で、残りの二撃は飛び退いて安全圏へ。

 

「逃がすかぁあ!!!」

 

 さらに距離を詰めようとする翠の目の前へ小野小町が飛び出す。

 

「待ちなさい、錦馬超っ!」

「っ!」

 

 突きを眼前まで突き出した翠だが、その眉間を軽く突いたところでその手を止めた。

 

「どけっ!」

「落ち着きなさい。私たちは玄輝の味方で、白装束の敵よ」

「…………」

 

 しばらく睨めつけていた翠だが、小町の目からその言葉の真意を感じたのか、槍を眉間からは下げた。

 

「証拠は?」

「奴らの目的について話せばいいかしら? それとも、ここに現れた理由の方がいい?」

「……いや、玄輝の剣の名前を言え」

「心斬、心を斬ると書いて心斬よ」

 

 よどみなく答える小町に翠は警戒を解いた。

 

「……玄輝は、無事なのか?」

「今は生きてるだけ、というべきかしら。何かのはずみで死んでもおかしくはない状態よ」

「……母様は?」

「……残念ながら。私たちも玄輝がやられた瞬間にたどり着いたのよ」

「そう、か」

 

 そして、翠は亡骸に近づき、その手を重ねる。

 

「母様、ごめん。このくらいしか出来なくて」

 

 翠のその行動でようやくたんぽぽも状況を理解した。

 

「う、うぅ…… おば、さまぁ……」

 

 泣き崩れるたんぽぽ。しかし、その暇はない。なにせ、翠達も曹操が越境している報告をすでに受けているのだ。

 

「……あんたらはどうするんだ? ここはもうすぐ戦場になるぞ」

「私たちは玄輝を連れて離脱するわ」

「……そっか、なら頼むよ」

 

 そう言って焼けた玄輝の頬を撫でる。

 

「……また、どこかでな」

 

 そう言って立ち去ろうとする翠を師が止める。

 

「やめとけやめとけ。今、攻め込んでる奴らにお前さんらじゃ勝てんよ」

「……それでも、涼州の誇りを見せつけなきゃならないんだよ」

「はっ、くっだらないねぇ。見せたところで相手が何かしてくれるわけじゃないだろうに」

 

 その言葉にキッとにらめつける翠。だが、師からすれば子猫に睨まれているのと大差ない。

 

「そんなことよりお前さんは生きるべきだと俺は思うがね。人の想いってのは生きていてやっと繋げるかどうかのもんだ。死人に繋げられるもんじゃない」

「………………………」

 

 その言葉に顔をしかめる翠。だが、師は言葉を止めない。

 

「それに、お前が戦うべき相手は、外の軍なのか? 仇でも何でもない、ただの侵略者の相手がお前のしたいことか?」

「っ!!!」

 

 師の言葉にハッとした翠はそこで額に手を当てた。

 

「……そう、だよな。仇は白装束だよな」

「おっ? 生きる気になったかい?」

「……ああ。でも、他の皆も逃がさないと」

「ふむ」

 

 そこで、師は顎に手を当てて考える。

 

「それなら俺が時間を稼いでやるよ」

「……はっ?」

 

 翠はその言葉に凍り付く。

 

「な、なに言ってるんだよ! アンタ一人でどうしようってんだよ!?」

「なぁに、ちょいとお話ししてくるだけさ。それに、やり合ったら“全員”斬っちまうからな」

 

 ケタケタと笑う師だが、それが出まかせではないのをこの場にいる全員が感じてた。

 

「まぁ、つーわけだ。お前さんらは気にしないで逃げる準備をしな」

 

 そう言い残して師は玄輝を小町に預け、飄々と外へ向かっていった。

 

「……ああ言ってるのだし、準備しちゃいましょう」

「あ、ああ」

 

 そして三人は逃走の準備をするために、炎鶯の亡骸をそこに残して後にした。ただ、翠は一度だけ振り返る。

 

「……母様」

『……あたしの事は気にするな。達者でな』

「っ!?」

 

 そんな、炎鶯の声を聴いた翠は一度だけ深く頭を下げ、その場を後にした。

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〜曹操軍〜

 

「ん? あれは……」

 

 軍を率いていた夏侯淵は軍に停止命令を出した。

 

「どうした秋蘭? 何かあったか?」

「姉者、前に人がいる」

 

 夏侯淵に言われ、夏候惇は前方を見ると、確かに月明かりに照らされた男が立っていた。

 

「……あれは、立ち塞がってるのか?」

「かもしれん。ただ、戦意は見られない」

「……話すか。このままでは埒が明かん」

「姉者」

「なぁに、心配するな。後ろは任せたぞ」

 

 そう言って夏候惇は馬を男へ進めていってしまう。

 

「姉者っ!」

 

 しかし、夏侯淵はどこか嫌な予感がしていた。確かに、戦意はない。しかし、意志はある。それが彼女にとって不気味だったのだ。

 

「おいっ! そこの奴っ!」

「おー、こいつは威勢のいいねぇちゃんだ」

 

 夏候惇の言葉に一切臆さずに飄々とした態度を続ける男。

 

「すまんがそこをどいてくれ。このままだと轢き潰しかねん」

「おう、そうかい。ただなぁ、訳があってどくわけにゃあいかねぇんだよ」

 

 かっかっかと笑う男に夏候惇は剣に手を伸ばした。

 

「という事は、お前は敵か?」

「おお、敵ときたか。ずいぶんデカいことを言うもんだね」

 

 と、言った男は目を細めて不敵に笑う。

 

「おまえさん程度が俺の敵になれるのか?」

 

 その言葉を聞いた夏候惇はほぼ反射の領域で剣を抜いてその首を断ち切る、いや、断ち切ったはずだった。

 

「おお、怖い怖い。で、もう一度言った方がいいか? 物分かり悪いみたいだしな」

 

 剣は、たった二本の指で止められたのだ。

 

「なっ……!?」

 

 その驚きは様々なものが混ざりすぎて彼女には判断できなかった。しかし、確信を持って言えることがある。

 

(……私は、死ぬ)

 

 次の一秒もなく体を切り刻まれると確信していた。しかし、それは10秒経っても起きない。

 

「うんうん、賢明賢明。さすがにそこで立ち止まるぐらいの頭はあったか」

「………………っ!」

 

 玩ばれている。それを彼女は理解したが、覆す方法はない。夏候惇とて百戦錬磨の猛将。自分よりも腕が上の相手とは幾度か戦ったことはある。しかし、この男は異常だ。力の差は天と地どころの話ではないし、人かどうかすら怪しい。まるで……

 

(死、そのものではないのかっ……!?)

 

 額から冷や汗が噴き出す。その汗すら彼女は拭えない、いや、拭うことができない。

 

「姉者っ!」

「っ!!!」

 

 その声に体が思わず跳ね上がった。

 

「来るなっ! 秋蘭っ!」

 

 目だけは離さず、声だけで愛しい妹を止める。

 

「っ!」

「来るなっ! そこから動くなっ!」

 

 姉のただならぬ雰囲気に夏侯淵は足を止める。

 

「おお、妹さんか? こりゃ参ったね。面倒くさそうだ」

 

 そして、その前には見るからに酒におぼれていそうな男だ。しかし、その纏う空気は異様。

 

(……これは、人なのか?)

 

 それだけ見て夏侯淵は姉と同じ結論に達した。目の前にいるのは人ではない何かだ、と。

 

「うんうん、見た感じお前さんはかなり上の方の人間と見た。そこでちょいとお話がある」

 

 男は姉妹の返事を聞かずまくしたてるように話す。

 

「まぁ、なんだ。ちょいと進軍を遅らせてくれるだけでいいのさ。俺はあくまでその話をしに来ただけなんだよ。別に戦おうってわけじゃあない。あ、その前に戦いにならないって答えるのはやめてくれよ? 萎えるから」

 

 口調は常に小馬鹿にしたもの。しかし、その端々に滲む気配は二人を動かなくさせるには十分だった。

 

「おっ? 俺の話を分かってくれたみたいだねぇ。いやぁ、うれしやうれしや。これで面倒が省けたってもんだ」

 

 嬉しそうに笑う男。対して二人はいつ殺されるかもわからない恐怖に屈しないだけで精一杯だった。

 

「……と、思ってたんだがなぁ」

 

 ふっ、と男の空気が変わった。

 

「何が阻んでいるのかと思ってきてみれば、どういう事かしら?」

 

 その声に、二人は体に力が戻ると同時にその身を案じる声色で言葉を発する。

 

「“華琳様っ!!!”」

 

 名を呼ばれた少女は二人に目もくれず、己が軍を阻む障害を睨む。

 

「何故、我が覇道を阻むか。答えよ」

「おー、あんたが噂の曹操ちゃんかい? こいつは驚いた。思った以上に風格があるじゃないの」

 

 男の口調は変わらない。しかし、先程の侮蔑を込めた声色は無くなっていた。

 

「答えよ、といったのだけど?」

「ふむ、では敬意をこめてお答えしよう」

 

 そう言ってわざとらしい礼をした後に男は口を開いた。

 

「時間が欲しいのさ。そうさね、半刻ぐらいは止まっておいてほしいかねぇ」

「その対価は?」

「おや、それはすでに把握してるんじゃないかい?」

 

 その言葉には、明らかな攻撃の色が見えた。それこそ聞いただけで寒気を感じるほどの。しかし、彼女たちの主は怯まない。

 

「それは対価とは言えないわね。“お前たちを殺さないから物をよこせ”なんて今どきの山賊でも言わないわ」

「ありゃ、ずいぶんな物言いだね」

 

 そう言って男は頭を掻いた。

 

「それなら、涼州の現状はどうかね?」

「……現状? どういう意味かしら?」

「そのまんまさ。今の涼州についての情報さ」

 

 男の言葉を聞いた曹操はほんの刹那考えてそれに応じた。

 

「いいでしょう。それで手を打ってあげるわ」

「毎度あり。んじゃ、単刀直入に言おう。馬騰は殺されて、領主は今誰もいない」

「………………なんですって?」

 

 男の情報に思わず彼女も声色に攻撃の色を乗せてしまった。しかし、男は気にせずに話を続ける。

 

「そのまんまさ。今進軍しても涼州の軍は深手を負っていてまともに戦えんし、馬騰は殺されている。まぁ、お前さんが戦う相手はいないようなもんだ」

「……ふざけるなっ!」

「おおぅ」

「あの馬騰が殺された? あの素晴らしき武を持つものがそう易々と討ち取られるものかっ! 嘘をつくにしてももっと上等なものにしろっ!」

 

 そう言って彼女は己が武器を構える。

 

「……おいおい、本気かい? 俺に勝てると思うのか?」

「勝てる勝てないではないっ! 馬騰の武を侮辱したその罪、我が絶の一撃で贖わせてくれるっ!」

 

 だが、それは二人の忠臣によって止められる。

 

「華琳さまっ! おやめくださいっ!」

「どうか、どうかお気を静めてくださいっ!」

「離せっ!」

 

 その様子を見ていた男はまたもや頭を掻いて、

 

「申し訳ない」

 

 それを下げた。

 

「“………………”」

 

 いきなり下げられた頭に呆然となる三人。怒りが一時的に止まったのを確認してから男は先ほどとは全く違う声色で話を始める。

 

「些か配慮に欠けていたな。しかし、我が魂魄にかけて嘘は言っていない。その上で改めて告げよう。馬騰は死んだ、それが事実で現実だ」

 

 突然変わった男の態度と口調に呆気にとられた三人だが、長たる曹操は男の目を見ながらもう一度問うた。

 

「……本当に、馬騰は死んだのか?」

「ああ」

「……そうか」

 

 曹操は一度力強く目を瞑り、そしてゆっくり開いた。

 

「それで、誰に討たれた?」

「それを聞いてどうする?」

「決まっている。我が覇道を横から汚した不届き者を殲滅するのよ」

 

 その眼には明らかな怒りが見えた。

 

「……気持ちは分からなくもないが、それはお主たちにはできない」

「我らが軍を見ても同じことが言えるのか?」

「お主の軍の練度の話ではない。お前が今戦おうとしているのは無限の闇だ」

「無限の闇?」

 

 眉根を寄せる曹操に男は語る。

 

「そうだ。斬っても斬っても湧き出てくる白い闇。千人潰せば千人増え、万人斬れば万人増える。それが涼州の兵に深手を負わせ、その頭が馬騰を討った。で、その頭は俺と同等、いや、それ以上の力を持っている」

 

 男はただ淡々と話す。しかし、だからこそ話に重みが増していた。

 

「さて、ここまで話してなお戦うというのであれば止めんが」

 

 そうは言うものの、男は彼女の答えが分かっていた。

 

「……あなたが知る限りの情報をよこしなさい」

「ふむ、つまり戦うと?」

「いいえ、ここでは戦わないわ。ただ、その準備をするために情報をよこしなさいと言ったの」

「ほぉ」

 

 この返答は少し予想外だった。どうやら思った以上に根に持つ人間の様だ。

 

「しかし、そうなると代価が足りぬ。足を止めてもらう代価は情報で支払った。となれば今度はそちらが対価を支払わねばならないと思うのだが?」

「ええ。だから今度はこちらから条件を出しましょう。あなたを我が軍に招待するわ」

「“!?”」

 

 主の発言に忠臣二人は驚きの表情を隠せなかった。

 

「華琳さまっ! お考え直しくださいませっ! いくら何でも危険すぎます!」

「そうですっ! それに我らが不甲斐ないというのであればこの夏候元譲、さらなる鍛錬であの男を超えて見せますっ!」

 

 と、二人は息まくが、曹操はそれを宥める。

 

「秋蘭、確かに危険かもしれないけど危険だからといって挑めぬ者を人は覇王とは呼ばないわ。そして、春蘭。それはそれで期待しておくから精進して頂戴」

「は、はいっ!」

 

 と、その一言で懐柔されてしまう姉を尻目に妹はやはり納得がいかない。何せ言葉通りの“化け物”なのだ。そんな存在を陣営に入れた時にどれほどの危険かなんて考えるまでもない。

 

 しかし、その考えは杞憂に終わる。

 

「申し訳ありませんが、その申し出はお断りさせていただきます」

 

 突如として現れた美女が割り込んできたからだ。

 

「……何者かしら?」

「この男の保護者のようなものですわ」

「だとしても、この曹孟徳の申し出を当人ではなくあなたが断るとはどういう了見かしら?」

 

 圧をかける曹操だが、美女は全く意にせずに答える。

 

「単純にこの男をあまり人に関わらせるわけにはいかないからですよ。今回のはこれでも特例中の特例なのです」

「その口ぶりだと、あなたも何かしら組織の人間という事かしら?」

「そう思っていただいても構いません」

 

 美女の一言に曹操の眉根が寄る。

 

「……馬騰を討った者どもと何かしら関りがあるという事かしら?」

「ええ。ですが、あいつらとは敵対する間柄ですわ」

 

 その一言は嘘ではない。曹操は一瞬でそう判断する。

 

「ならば、私たちの協力を得る方が何かと楽ではなくて?」

「確かに協力を得られるのであればそうしたいところですが、それは無理というものです」

「どういう意味かしら?」

 

 明らかに棘を含んだ声色。美女はその気持ちを理解した上で話を続ける。

 

「単純な話ですわ。ここにいる人間ではそれを覚えていられないのです」

「“…………”」

 

 これには曹操の軍の面々も呆気に取られてしまった。

 

「ふざけているとお思いでしょう。ですが、事実なのです」

 

 呆れて笑い飛ばしたいところだ。しかし、そこにいる三人は全員それができなかった。なにせ、その美女の目に何ら迷いがなかったからだ。これが真実でないのであれば、この美女は気がふれているか、あるいは相当な詐欺師だろう。

 

「……その証拠は?」

「馬騰は今どうしていますか?」

「何を言って、」

 

 と、そこで彼女はさっきの男の言葉を“思い出した”。

 

「……忘れていた? この私が?」

「華琳様?」

 

 あんな衝撃があって、あれほどの怒りに支配されたというのにもう忘れていたのだ。それに驚かない人間がいるはずもない。

 

「……ご理解いただけたようですね。では、先程の話もお受けできないこともお分かりですね?」

「…………」

 

 なるほど、であれば協力は無理だ。普通の人であればここで話が終わり、彼女と別れてすぐに記憶が無くなるだろう。だが、それは“普通の人”であればの話。

 

 ここにいるのは誰か。美女はそれを把握できていなかった。

 

「……秋蘭、矢をよこしなさい」

「は?」

「いいから、早く」

「は、はっ」

 

 言われて夏侯淵は自身の矢を一本取り、それを曹操に手渡す。

 

 受け取った曹操はそれを矢尻の根元のところで折ると、それを……

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「……感服いたしました。では、時が来ましたらがあれば遣いを出します」

「……ええ、その時が来れば、ね」

 

 それだけ言葉を交わすと美女と男は影のようにその場から消えた。

 

「……くっ!」

 

 痛みで彼女は体をふらつかせる。

 

「華琳様っ!」

 

 慌てて姉妹がその体を支える。

 

「平気よ」

 

 その支えを拒み、彼女は自分の足でしっかりと地に立つ。

 

「さぁ、馬騰の元へ向かうわよ。急いで彼女の治めた地を落ち着かせなければ」

「……“御意っ!”」

 

 痛みに耐えつつも気丈なその姿を崩さぬ主に改めて自身の幸運を噛み締めながら彼女たちは再び進軍を始めた。

 

「……この痛みの分、必ず返してやるわよ」

 

 そして、その主は自身に刻まれた“痛み”をいつか何倍にもして返すことを心に秘めながら涼州を目指したのだった。

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はいどうも本日二度目のおはこんばんにゃにゃにゃちわ。作者の風猫です。

 

さて、これにて涼州編は終わりになります。道真に深手を負わされた玄輝はどうなっているのか。雷神の力を持つ道真にどう立ち向かうのか、これから楽しみにしていただければと思います。

 

にしても、この作品を投稿してから7年、今年の今年の11月で8年目に入るのですが……

 

全然進んどらんwww 何やってたんねん俺www 本編の半分いっとらんじゃあないかwww

 

と、若干呆れ笑いをしています。

 

いや、ほんと投稿当初から読んでくれた人には申し訳なさすぎる。

 

ただ、完成させる意志だけは決して失っていませんので、生暖かい目で見守っていただければ感謝感激雨嵐でございます。

 

ちなみに、玄輝との戦いで神鳴を使っていない理由は、左腕と腹(炎鶯に突かれたやつ)の痛みを抑えるために力を使っているため、神鳴を使うとキャパオーバーで神様になってしまうからです。

 

道真の力のキャパは意外とシビアなのです。

 

と、若干のキャラ解説をしたところで、今回はここまで。

 

誤字脱字がありましたら、いつものようにコメントにお願いします。

 

ではではっ! また次回っ!

 

説明
オリジナルキャラクターが蜀√に関わる話です。

大筋の話は本編とほぼ同じですが、そういったのがお嫌いな方はブラウザのバックボタンをお願いします。
































ちゃんとオリジナルの話もありますよ?(´・ω・)
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