ミラーズウィザーズ第四章「今と未来との狭間で」05 |
ジェルの指先から魔力の光が完全に消えるまでの数秒、もどかしくもそれを待つ以外に術はなかった。
「な……。ど、どうして?」
エディが問うた。それに答えられる者は誰もいなかった。ジェル・レインでさえ、エディと同じ言葉を吐きたかったのだから。
「外れた? わたくしがまた外したですって? それも二十七個すべて外したなんて、そんな馬鹿なことがあるものですかっ!」
「それがあるんだよ。ははっ!」
ローズが軽快な声を上げた。彼女はジェルが逃げ場なく辺り一面を魔力弾で薙ぎ尽くした魔法を受けたというのに、微動だにせず、そこに立っていた。あの『魔弾』の嵐を一発も被弾することもなくやり過ごしたのだ。
エディはローズの無事を知り安堵する反面、その異常事態に顔を歪めた。ジェル・レインの魔法の命中精度は身を以て知っている。しばしの間、逃げ延びてみせたエディといえど、一歩も動かずに当たらないなんて考えられない。序列二位の女魔法使いの魔法制御は元から的を外すような未熟なものではないのだ。
(防御魔法を使ったようにも視えなかった。瞬間移動の類とも思えないし。そういえば、何か呪言(スペル)みたいなものを唱えてたような……)
〈逃げた方がよいな。あれは厄介じゃて〉
エディが、ローズが無事な様子に不可解の思いを抱いていると、ユーシーズが割って入った。今までは姿を見せなかった幽体の魔女が、エディの横にその姿を浮かび上がらせた。彼女が姿を消していたのは、たった数分のはずなのに、妙に自分と同じ顔が懐かしく思えた。
(ユーシーズ? あんた今までどこに行ってたのよ)
〔我にも我の都合というものがあるわい〕
と、いつも通り、ユーシーズははぐらかす。
(それで何か知ってるの? 逃げた方がいいって? って、それ私がローズから逃げろって意味なの?)
〔それ以外にどう聞こえる?〕
(それじゃあ、ユーシーズもローズがブリテンのスパイとか何とか言うわけ?)
〔無駄口を叩いてはおれんぞ。ほれ、敵さんが来よる〕
ユーシーズの声に視線を戻してみれば、ローズが散歩でもするかの如く軽快な足取りで近付いてきた。
「さぁ、エディ。そんな女は放っておいて、私と一緒に」
ローズが手を差し伸べる。エディはついつい、その手を取ろうとした。
「させるものですか!」
声を上げたジェルは、それと同時に契印を切る。
単発の『魔弾』。ジェルの指先から放たれた魔力塊は、彼女の魔法とは思えぬ程に遅いものだった。『霊視』で魔法構成まで見取れたエディは直ぐにジェルの意図に気付く。
(速度も威力も度外視して、命中精度だけを高めた『魔弾』だ。指示誘導の魔術式まで組み込んである。あれは絶対に外れないっ!)
一から誘導弾の魔法として作り上げるのではなく、単なる『魔弾』を即興で効果付随させたもの。察しの鈍い者には、単なる『魔弾』と見分けがつかないだろう。かく言うエディが見抜けたの『霊視』の賜(たまもの)。
先程の『多段連弾』と比べれば、見劣りすると言っても、それでも攻撃魔法が迫っているというのに、ローズは涼しい顔をしていた。まるで『誘導魔弾』が存在しないかの如く自然体であった。
先程までの荒れ狂うような『魔弾』と比べれば、やけにゆっくりと、のろまに見える魔力弾は、一直線にローズの顔面に向かう。
ぶつかる! そう思ってローズの顔が弾ける姿が脳裏に過ぎる。
「無駄なんだよ」
そう零したローズの頬を魔力塊が撫でる。まるでそよ風が行き過ぎたほうに少女の前髪が揺れた。
目標に向かってジェルが誘導操作しているはずの『魔弾』が当たらない。方向を見失ったように、魔力塊は螺旋に蛇行し、地に墜ちた。
その異常性は、『魔弾』の軌跡を操っていたジェルが最も理解していた。
〔ほう、我も実際に見るのは始めじゃ、やはり呪言(スペル)魔術とは別系統の呪術じゃの〕
幽体の魔女が感嘆の声を出した。あの魔女ファルキンにそんな言葉を吐かせるほどのことが起こったということか。
(呪術? そうだ。さっきローズは何て言った? ジェルさんの魔法が発動する寸前、ローズは何か呪文で、「貫ぬく」とか何とか……)
エディはローズに魔法が直撃しなかったことを喜ぶのも忘れて、眉間に皺を寄せる。
靴裏を擦らせる音を鳴らして、ローズが立ち止まった。ジェルからの距離にして四歩程。魔法使い同士が相対するには些(いささ)か近すぎる。
「さすがに状況判断は早いねぇ。二位さんよ」
嫌みたらしくローズはうすら笑う。対するジェルは表情を失っている。使う魔法が当たらないのでは、序列二位の魔法使いであっても打つ手がない。
「私の使う魔法の正体は見当が付いたかい? カルノの奴は三回で対応してみせたが、お前に対してもこれが三発目。同じ『四重星(カルテット)』なら、そろそろ理解しないとなぁ、かははははっ」
ローズが上げる高笑い。エディには未だに信じられない豹変ぶり。彼女のそんな笑い声を聞いたのは初めてだった。
「くっ」
明らかに苦し紛れに、ジェルは契印を切ろうと腕を振るった。しかし――
〈汝等が挙動を禁ず〉
ローズが詠った。それ以外に何もない。ローズの声だけが、森の空気を支配する。ジェルの魔法で未だに波立っている幽星気(エーテル)も、夜空に輝きだした星々も関係ない。今このとき、この空間をローズの魔力が支配した。
重くなる。全てが重くなる。空気も体も、全てが重くなる。
その重さに印を結ぼうとしていたジェルの手が止まる。手ばかりではない。体全体が動きを止めて、地に引き寄せられていく。それはエディとて同じで、突然の重さに藻掻くも、体が沈んでいく。
「な、何をっ! しました?」
そう声を出すのがやっとだった。体から力が抜ける。立っていられない。身体が意に反し、その場に崩れ去る。あまりに唐突な異常事態だった。明らかにローズが施行した魔法の効果としか考えられなかった。
ジェルが最初に思い当たったのは、同じ『四重星(カルテット)』で学内三位のマクウェードが得意とする重力魔法だった。模擬戦では好敵手として幾度も戦ったジェルには馴染みの魔法。『飛翔』を始め、物の運動を操る魔法を得意とするジェルには最悪の相性。あの少年の重力魔法は近似的質量を無視出来る幽星気(エーテル)ですらねじ曲げる。そういう点では、『魔弾』が外れた状況とも一致はするが、あの全てを地に墜とす魔法とは何か違う。そのジェルの考察が正しいのを証明するかの如く、エディの『霊視』にも重力魔法独特の重力場の魔法構成が視えてはいなかった。
(今、ローズが唱えた呪文。はっきりと聞こえた。「挙動を禁ず」? それってつまり、私たちの体の自由をローズが奪ったってこと? 何それ? ローズが言葉にしたことが叶うってこと? 何そのデタラメな魔法!)
〔だから逃げろと言うたじゃろうに〕
ユーシーズの言葉が耳に痛い。この魔女の忠告はいつも適切だ。
エディ達の動きが止まったのに満足したのか、ローズは『光』の魔法で手元を照らし、洒落た銀飾の懐中時計で時間を確認していた。その余裕溢れる動作に、ジェルばかりでなくエディまでもが腹立たしかった。
「ロー、ズ。どうして……こんな?」
どうやら両手両足は動かないものの、呼吸は出来るようで、エディは問いの言葉を口にした。
なにゆえ、エディ達に向けこんな魔法を使うのか。その答えが聞きたかった。ローズの口から聞きたかった。
どれだけジェルがスパイと呼び、ユーシーズまでが敵と呼んだとしても、エディにとってローズは大切な友人だった。共に学園生活を過ごした友達から、どうしてこんな扱いを受けねばならないのか。もうとっくにわかってはいるが、ローズの口から聞かなければ、エディとしても聞き入れるわけにはいかない。それがエディにとっての最後の抵抗だった。
「エディ」
返ってきた呼びかけの言葉にエディの背筋は跳びはねた。魔法で自由を奪われたはずの身体が反応してしまう。名だけを呼ばれて、心を鷲掴みにされる。ただ、そのエディの反射的動きも重く、不自由なもの。
「そろそろ、行こうか」
「行く、ってどこに?」
まるで、その返答を待っていたかのように、ローズの口元はにやついていた。そして、息苦しいエディ達の代わりに、大きく息を吸い込むと、明快な言葉を返してきた。
「もちろん、学園がひた隠しにする真理が封じられている場所だよ。この腐った学園が侵す罪そのものを見せてやろってんだ」
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第四章の5 |
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