刺されたトレーナー |
ウマ娘と言うのは有名無名関係なく見目麗しい。
故に一定のアイドル性が求められるのは致し方ない事である。
特に皐月賞、菊花賞等々の有名タイトルに出バするウマ娘たちには多くのファンが付く。
そして、彼女たちに対し恋心を抱くファンも出てくるのは当然の事であった。
だが、ウマ娘たちは総じて人間の膂力を超越している。
無理矢理誘拐し、自分の物にしようとすることは不可能である。
であるならば、彼ら(彼女ら)の矛先はどこへ向かうのだろうか。
聡い皆さまならばすぐにわかるでしょう。
case.1 シンボリルドルフ
「トレーナー君、こう言うTシャツはどうだろうか」
「えっと、…うん。いいんじゃないかな」
中央トレセン学園の生徒会長、そしてクラシック三冠を達成し、その後も様々なレースにおいて、その存在感を見せつけたウマ娘『シンボリルドルフ』は自身のトレーナーと共に数少ない余暇を楽しんでいた。
「ふーむ…、反応が微妙だな。では、この『鳥取県産の徳利』なんて言うのはどうだろう」
「もはや、意味が分からなくなっている」
彼女たちがいるのはどこに需要があるのか分からない駄洒落Tシャツ専門店だった。
休みの日になると、二人はこうやって買い物に繰り出し、あーでもないこーでもないと言い合うのが楽しみだった。
「さて、丁度いい時間だからお昼でも食べに行こう、トレーナー君」
「そうだな。そう言えば、あっちの路地を入った辺りに美味いお好み焼きの店が出来たって、タマモクロスから聞いたんだけどさ」
「ほう、お好み焼きか」
「そう言えば、食べたことなかったんだっけ」
「流石に何回かはあるさ。生徒会長になってからは忙しくて来られないけれどもね」
じゃあ行こうか、とルドルフはトレーナーの手をさりげなく握り、彼が指し示した路地に歩を進めた。
時間は彼女も言った通り、丁度昼時で人が増えて来ていた。
人が多いからはぐれない為、そう彼女は照れ隠しに自分を納得させる。
“皇帝”と言う肩書を持ち、それにふさわしい振る舞いをするルドルフだが、彼女とて一人の少女だ。
一番近くにいる異性、それも自分を深く理解しようとしてくれるトレーナーに対し、好意を抱くのは必然だった。
手をつなぎ、前を行く彼女の口元は自然とほころんでいた。
「……」
だから、自分たちを憎悪の念を込めた視線を送る存在に気が付かなかったのも仕方が無かったのだ。
昼食の後、店を出た二人はまた、ショッピングモールに戻るとトレーニング用のシューズやトレーニング器具などを見て回った。
そうしている内に日も落ち、帰宅する時間になっていた。
「名残惜しいがとても楽しい時間を過ごさせてもらったよ」
「こっちこそ、楽しかったよ」
途中で買ったコーヒーを飲みながら、二人は学園への道をゆっくりと進む。
今日あった出来事を振り返りながら、和やかな時間が過ぎていく。
「じゃあ、明日の朝練でまた」
「また明日」
ウマ娘の寮は学園の防犯の関係上学園の敷地内に存在するが、トレーナー寮は学園から5分位の場所に建っている。
だから、トレーナーとルドルフは正門前で別れた。
ルドルフが正門を潜るのを見届けると、トレーナーも踵を返し、歩き出した。
(ん?)
歩いていると、タッタッタと言う地面を蹴る音が聞こえた。
(ジョギング…?でも、このあたりでジョギングをしている人は見たことが無いぞ)
トレーナーは違和感を覚え、音が聞こえた後ろを向く。
その瞬間、ドン、と言う衝撃が彼を襲う。
(え…?)
ズルッと言う感覚と共に命が流れ出すような感覚に襲われる。
力が抜け、俺は地面に力なく座り込む。
そして、俺は自分を刺した人間を呆然と見上げる。
刺した人間は俺をゴミを見るような眼で見下している。
「お…え……女に…………く…」
意識がどんどんと暗い場所に引きずり込まれていく。
(ごめん、ルドルフ)
身体に力が入らず、その場に体を横たえる。
トレーナーと別れたシンボリルドルフは寮の自室で彼に買ってもらったキーホルダーを眺めながら、微笑んでいた。
(彼と出会ってから、三年。思えば色々な事があった)
彼女が思い出すのは自分のトレーナーとの日々。
失敗したことも成功したこともたくさんあった。
その末に掴み取った無敗のクラシック三冠。
並みいる強敵に挑まれ、彼女たちと鎬を削り、戦い抜きつかみ取った栄光。
『ルドルフ、君に海外から挑戦状が届いている。……挑戦してみる気は無いか?』
そんな折に届いた私への挑戦状。
それは日本におけるURAのような組織から送られてきたものだった。
私の日本での戦績、『皇帝』と言う名声の両方を見て、招待されたのだろう。
私の他にも何人か招待されている。
『君と一緒なら世界の強者と戦っても負ける気がしないよ』
私は心からそう思った。
『ああ、君なら世界の頂点に登り詰められる』
彼のその言葉に私は柄にもなく胸がときめいた。
そして、決めた。
(フランスの凱旋門賞で優勝し、そこでトレーナー君にこの気持ちを伝える)
そう決意した私は彼に伝える言葉を考えることにした。
pipipi
枕元に置いておいた端末が震える。
(こんな時間にいったい誰が)
時間は夜の11時を過ぎている。
端末に表示されている名前は『桐生院葵』。
トレーナー君の同期のトレーナーでハッピーミークと言う将来有望なウマ娘の専属トレーナーをしている女性だ。
彼女とは何度かトレーナー君についての話で盛り上がったこと、彼女の性格が好ましかったのもあり、連絡先を交換した。
通話ボタンを押すと、彼女の焦った声が私の耳に届いた。
『ルドルフさん!!トレーナーさんが!貴女のトレーナーさんが刺されました!』
端末が私の手から滑り落ち、枕に当たる。
『○○病院で今治療を受けているところです』
病院名を聞いた私は、最低限必要なものを持ち、寮を出た。
そして、トレーナー君が治療を受けていると言う病院に向けて、走り出した。
病院に着くと、入り口に桐生院トレーナーの担当ウマ娘のハッピーミークがこちらに駆け寄って来る。
「こっちに来てください」
桐生院トレーナーは私が迷わないようにミーク君を使いに寄越したのだろう。
彼女自身も動揺しているだろうにこのような私に対する配慮、流石トレーナー君と管鮑之交を結ぶ人物だと思った。
「ここです」
「ありがとう」
「いえ」
ミーク君もなんとなく落ち着かないのか耳が忙しなく動いている。
「ルドルフさん」
「知らせてくれてありがとう、桐生院トレーナー」
ミーク君は「飲み物を買ってきます」と私から離れると同時に私が来たことに気が付いた桐生院トレーナーがやって来る。
「発見者が私とミークだったんです」
唐突にそう言う。
「今日はミークの希望で流星群を見に行く予定だったんです。それであの道を歩いていたら、人が倒れていると思って近づいたら、トレーナーさんだったんです」
もっとも私は動揺しすぎて、ミークに怒られてしまいましたけれどもと弱弱しく笑う桐生院トレーナー。
「それで彼の容体は?」
「出血が酷かったことと傷が深かったので治療が長引きそうだそうです」
「理事長には?」
「既に連絡済みで、たづなさんが来てくれるそうです」
よく見れば、彼女の私服に赤黒い汚れがべったりと着いている。
トレーナー君の血だろう。
私やミーク君の前だから気丈に振る舞っている彼女だが、見れば手が震えている。
「運否天賦…。あとは医者とトレーナー君の生きる力に任せるしかない」
「そう…ですね」
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