真・恋姫†無双〜黒の御使いと鬼子の少女〜 96
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「……お前、誰だ?」

「あら、これから消える相手に名乗る必要あるのかしら?」

「……あー、それもそうだな。切り刻む相手に名乗ってもしょうがないよねっ!」

 

 言いながら飛び掛かる白装束。対し、女は左手を前にして言葉を唱える。

 

「“人に逢はむ 月のなきには思ひおきて 胸はしり火に心やけをり”」

「がっ!」

 

 するとどうだろう。白装束の全身がいきなり燃え始めた。

 

「な、何だこれっ! くそっ!」

 

 とっさに上着を脱ぎ棄てるが、火はすでに皮膚を焼いている。

 

「な、何だよこれっ! くそっくそっ!」

 

 とにかく地面を転がって消火を試みるが、消えるどころか勢いがどんどん増していく。

 

「な、なに、を、しやが、た…………」

 

 そして、黒焦げになり、息絶えた。

 

「…………ずいぶん呆気ないわね」

 

 女はそれだけ言って恋に向き合う。

 

「…………」

 

 だが、恋には何が何だか分からない。何せ、白装束が地面をのたうち回って勝手に死んだからだ。

 

「……お前、誰だっ」

 

 最大限の警戒をする恋。だが、目の前の女は両手を上げてから口を開いた。

 

「敵じゃないわ。玄輝の知り合いよ」

「…………」

 

 予想外だ。何故、この女の口から玄輝の名が出るのか。

 

「…………」

 

 だが、嘘は言っていない。恋にはそれが分かる。

 

「…………」

 

 ならば、鉾を向ける理由はない。構えを解いて女を見る。

 

「ありがとう。この姿だと肉弾戦はめっぽう弱いから助かったわ」

「誰?」

「……えっと、名前を聞かれてるのかしら?」

 

 それに頷きで返す。

 

「……悪いけど、ここで名乗るわけにはいかないの」

「…………」

「そう睨まないでよ。私にもいろいろ事情ってものがあるのよ」

 

 恋を通り抜け、地面に横たわっている雪華に近づく。

 

「なにを、する」

「……体を診るのよ。さっきの姿、あれは異常なのよ」

「っ! 何か、知ってる?」

「……ごめんなさい。それも言えないのよ」

 

 頭やらお腹やらを触っていき、一通り終わったのか、立ち上がって舌打ちをする。

 

「あの男……! よくもこんな手をっ!」

 

 その表情には明確な怒りが見える。その表情のまま落ちていた短剣を拾い上げる。

 

「……あなた、よくこんな呪物を一人で抜けたわね」

「ひとりじゃ、ない。蛇がいた」

「蛇? ああ、なるほどね。そう言えば、玄輝がお願いしてたわね」

 

 “まさか、こんなに早く役に立ってくれるなんてね”そう言って女は雪華の胸元から首飾りを引っ張り出した。

 

「ささやかではありますが、お礼を」

 

女は呟くように首飾りに話しかけ、それに口づけする。すると、首飾りは一瞬強く光り、すぐに元に戻った。

 

「さて、私はここで失礼するわ」

「…………」

「そう睨まないでってば。時が来たらちゃんと挨拶をさせてもらうわ」

「……また、会う?」

「ええ。必ず」

 

 返事を返した女は出会ったときと同じように飛び去ってしまった。

 

「…………」

 

 飛んでいった方向をしばらく見ていたが、近づいてくる知った気配に恋はそちらへ顔を向ける。

 

「にゃー! やっと見つけたのだっ! 恋、だいじょうぶかっ!?」

「……(コクッ)」

 

 今度は本物の鈴々だ。

 

「……霞たちは?」

「んー、なんか曹操がやってきて連れてったのだ」

「曹操?」

「そうなのだ。お姉ちゃんによろしく伝えてくれって頼まれたのだ」

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………………………………………

………………………

………

……

 

「うにゃにゃにゃぁああああああああああ!!!」

「くぅっ!」

「姉者っ!」

 

 夏候惇、夏侯淵、そして鈴々の戦いは鈴々が完全に押していた。

 

 その動きはまさに風に乗る燕。飛んでくる夏侯淵の矢をすり抜け、その首を切り落とさんと流れるように近づく。しかし、振るわれる蛇矛は剛。妹の首を守らんと振るわれる大剣を天高く弾き返す。

 

「くっ、姉者と二人掛かりでこれとはっ!」

 

 今まで二人で一緒に戦うことはそうなかった。しかし、戦ったときは無敗だった。だが、目の前の敵はどうだ。苦戦どころか、二人を難なく死の淵へ追い詰めてくる。

 

「秋蘭っ! 気圧されるでないっ! 死ぬぞっ!」

「分かっているっ!」

 

 あの男の足元にも及ばないと、絶望していたが、目の前の敵はそれよりも下だというのに追い詰められている。

 

(くっ、世界の広さが今は恨めしいぞっ!)

 

 普段であれば喜びたいところなのだが、と心で続ける。

 

「どうしたのだっ!? これで終わりなのかっ!」

「くっ!」

 

 思わず唇をかむ夏候惇。

 

(今の張飛に勝てる自分が想像できん……!)

 

 だが、それが不甲斐ないかと言われるとそうでもない。

 

(……守るものを守り通す。その信念があの力を生み出している)

 

 自身の後ろを歩く民。先ほどの化け物。そして、己が友。その全てを張飛は守ろうとしている。

 

(だが)

 

 だからと言って、退けるのか? 己が心に問うてすぐさま断じる。

 

「……退けぬのは、私とて同じっ!」

 

 ここで退くようであれば、あの男に届くはずもなし。それに、わが愛すべき主が求めているものがある。それを献上できずしてなにが臣下か。何が忠臣かっ!

 

「秋蘭」

「姉者?」

 

 姉の覚悟の決まったような声を聴いて、夏侯淵は思わず聞き返す。

 

「……何を、考えているのだっ!?」

「秋蘭。私が命を懸けた一撃で隙を作る。お前の一矢で張飛を仕留めろ」

「馬鹿を言うなっ!」

「華琳様の求めるものを手に入れるには、こうするしかない」

 

 夏侯淵の制止を振り切るように夏候惇は声高に張飛に告げる。

 

「燕人張飛っ! 我が全身全霊、魂魄を込めし一撃っ! その身の手向けとして受け取れぃ!」

 

 その覚悟を感じた張飛は構える。

 

「なら、それを見事に粉砕して、お前の最後を飾ってやるのだっ! こいっ!」

「参るっ!」

 

 夏侯淵は駆け出す夏候惇を止めようと慌てて手を伸ばすが、それは届かない。

 

「姉者ぁあああああああああああああああ!!!」

「でゃああああああああああああああああ!!!」

 

 互いに駆け出す武将。止められる者など、

 

「春蘭っ! 止まりなさいっ!」

「っ!?」

 

 いや、いた。たった一人。覇王と呼ばれる少女が。

 

「“か、華琳様っ!?”」

 

 曹孟徳その人が馬に跨ってそこにいた。

 

「退けっ! ここで命を散らすなど、誰が許したっ!」

「し、しかしっ!」

「退けと言っているっ! これは命令だっ!」

「は、はっ!」

 

 曹操の命令に従い、2,3ほど後ろに跳んで下がる。

 

「秋蘭っ! 軍を引かせよっ! これ以上は無益だっ!」

「で、ですがっ!」

 

 ここは戦場。何があるか分からない。それにさっきの化け物の件もある。だが、それを察しているのか、曹操は尚も指示を出す。

 

「この場において、劉備の手勢から攻められることは無い。そうでしょう?」

 

 張飛に向けられた問。

 

「…………様子見なのだ」

「だそうよ」

 

 張飛ほどの武人がそう言うのであれば小賢しい手を使うはずはない。夏侯淵もそう判断し軍を引かせた。

 

 その間に曹操は張飛に近づく。

 

「なっ!? 華琳様っ!」

 

 構える張飛。だが、彼女は馬から降りて武器を構えず、蛇矛の間合いに入ったところで口を開いた。

 

「この戦場に、白装束がいたわね?」

「っ!?」

 

 曹操の言葉に張飛は目にもとまらぬ速さで蛇矛を首に当てる。

 

「返答次第ではその首、このままいただくのだ」

 

 その行為にその場にいた武将は全員反応するが、曹操は片手でそれを制した。

 

「単純な話よ。私もアイツらには煮え湯を飲まされてるのよ」

 

 言葉に嘘はない。ましてや、その眼の奥にはすべてを焼き尽くさんばかりの怒りが見える。

 

「……仲間じゃないのか?」

「我が魂魄に誓うわ」

「…………」

 

 無言で矛を引く張飛。それを見て安堵した曹操の武将たち。

 

「それで、何が目的なのだ?」

 

 鈴々の問いに曹操はさっきの目のまま答える。

 

「この戦いはすでにあいつらに汚された。そんな戦場でこれ以上は戦う気が起きないだけよ」

 

 “それに”と続ける。

 

「徐州は手に入れて十分な戦果は得た。これが答えよ」

 

 成程。答えとしては十二分だ。

 

「……それも誓えるのか?」

「ええ。ここで話したこと全てに」

 

 曹操ほどの人物がここまで言っている。ならば、それは信じるに値することだろう。

 

「……その言。信じるのだ」

「感謝するわ。あと、ついでにいいかしら?」

「にゃ?」

「劉備に伝えなさい。 “今回は民を想う心に免じて見逃す。だが、次に相まみえた時は決着の時。それまでに力を溜めよ。そして、あなたの理想の力を見せてみろ”と」

「……わかったのだ」

「そう。ならば退きなさい。後ろの兵士と一緒に、ね」

 

 そう言って反対岸の茂みに目をやる。

 

「にゃ、バレてたか」

「気が付かないと思ったのかしら?」

「ん〜、気が付かなかったら儲けものかなぁ〜、ぐらいには思ってたのだ」

「残念。さて、おしゃべりはここでおしまい。退きなさい」

「退く前に恋を連れてくのだ」

「分かってるわ」

 

 その言葉を聞いて、鈴々は隠れていた兵たちに退くように指示し、自身は離れていった恋を探しに行った。

 

「……よろしかったのですか? ここで退いて」

 

 夏侯淵の質問に曹操は一息吐いてから答えた。

 

「さっきも言ったわよ。徐州は手に入れた。今はこれで十分よ。それに」

 

 そこで、彼女の体から怒りの気が沸き上がる。

 

「この曹孟徳の戦いを“二度も”汚された。それを良しとするとでも?」

「……申し訳ありません。愚問でした」

「いいわよ」

 

 そう言って今度は夏候惇に顔を向ける。

 

「春蘭、何をもってしても現況を打破し、使命を果たそうとする姿勢は美しく、称賛に値するわ。でも、命は一つ。そんな刹那の美しさ、死後の称賛程度のために命を使うなんて私は許さない」

「華琳様……」

「改めて言っておくわ。夏候元譲、夏侯妙才。あなたたちの命は私の物。勝手に散らすことは我が命に背くことと心得よっ!」

「“御意っ!”」

 

 二人が跪いたのを見届けてから、張遼と許緒に視線を向ける。

 

「張文遠、許仲康。あなたたちも同じよ。この命、しかと心に刻みつけよ」

「“はっ!”」

 

 先に跪いた二人と同じように傅く。

 

「よし。これにて徐州の戦いの終結を宣言するっ! 各々、兵をまとめよっ!」

「“御意っ!”」

 

 4人の返事が青い空に木霊した。そんな空を見上げて曹操は腕に巻いた布を強く握りしめる。

 

(白装束、我が覇道を二度も汚した罪。何としても償ってもらう……っ!)

 

 今一度、決意を固めて彼女は奪い取った徐州平定のため、その場を後にしていった。

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はいどうもおはこんばんにゃにゃにゃちわ。作者の風猫です。

 

さて、これにて殿での戦いは終わりました。が、ここで”ちゃんちゃん”とならぬのが世の常というもの。

 

殿という役目を無事に果たした本郷たち。そんな彼らを待つのは……?

 

と、こんなところでまた次回となります。

 

さて、今現在更新していますが、梅雨に入ってまだ間もないというのにとんでもない大雨が降っています。

 

何もないことを祈ることしかできませんが、読者の皆様もどうかお気を付けてお過ごしください。

 

誤字脱字がありましたらコメントにお願いします。

 

それでは、さらばっ!

説明
オリジナルキャラクターが蜀√に関わる話です。

大筋の話は本編とほぼ同じですが、そういったのがお嫌いな方はブラウザのバックボタンをお願いします。
































ちゃんとオリジナルの話もありますよ?(´・ω・)
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鬼子 蜀√ 真・恋姫†無双 

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