ソプラノ
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それは澄んだソプラノだった。

心が洗われるとはこういう事を言うのだと、そう素直に思えるほど、その歌声は透き通り、美しかった。

 

「歌を聴きませんか?」

 

それはまた幼い少女だった。

宗教だとか、そう言ったものではないらしい。戦争で両親を失い、教会で預かられているのだそうだ。いや、正確には歌で「買われた」と言った方がいいかもしれない。

戦争の残した瓦礫の直中で、この世の無情を、幼さの割に心の入った歌声で歌っていたのだと言う。それを教会に拾われたのだ。

その声を聞き、神父はこの子ならば戦争を無くすことが出来るかもしれないと、そう神託をうけてこの地に降り立ったのだろうと、そう神父は信じたのだ。

もともと歌が好きだった彼女は、民衆に「神の子」と祭り上げられても、平和のために歌うことを止めなかった。

それはけして大げさではなかった。

歌を聴く前日まで、手に剣を取り戦っていた俺が、翌日からはその手で瓦礫の撤去に回ったほどだ。

その声は澄んでいて、美しく、なんの見返りも必要としていなかった。

はじめは寄付でもしろと言うのかと思ったが、彼女は歌い終えると深々と頭を下げ、寄付を強要するどころか、逆に一つのパンを置いて去っていった。何の変哲もないただのパンを、あれほど美味く感じたことはなかった。

神はいるのかも知れんと思った。

しかし、今は違う。

神なんぞ、居はしない。

居たとしても、増えすぎ、動植物を荒らす俺達を憎み、滅びに向かい始めた俺達を嘲笑っているに違いない。

そうでなければ説明が付かない。

こんなことがある意味が分からない。

彼女のただでさえ白い肌が、今は一層白い。そしてその白い肌を彩る赤が、一層赤く見える。

白い肌に白い純白の衣装を身に纏った彼女は、その対極にあるような赤い鮮血に塗られ、通りの真ん中に掲げられるようにされていた。

一斉に歓声が上がる。

集まった軍の連中は、皆一様に手を振り上げ歓喜し、まるで戦利品を勝ち得たかの様に笑った。

「そんな馬鹿なことが、そんな馬鹿なことがあるか!」

俺は叫び、キリストのように貼り付けにされた彼女の元へ駆け寄ろうとした。しかし、すぐに捕まり、槍の柄で思い切り殴りつけられた。

「その子は争いを止めさせようとしてたんだ!それなのに、血を流すことが好きなお前らがなんで殺すんだ!」

一通り叫んだ後で、ニヤついたクソッタレに再び殴られた。自分も以前までこの中に入っていたかと思うと反吐が出る思いだった。

 

それは澄んだ歌声だった。

戦地に響くソプラノは、作業者の手を止めさせ、そして小さなパンの後に作業者はより仕事に励むのだ。「殺す」仕事ではなく「生かす」仕事に。

俺もそうだった。

しかし今は…。

 

「くそう!」

ボロ雑巾のようになった俺は、彼女を降ろし、抱きかかえ、その場に跪いた。

どうしてこんな事になるのか。

神は俺達を生かしてくれないのか。

この世界を荒らしすぎたか?

そうかもしれない。

争いを繰り返しすぎたか?

そうかもしれない。

しかし・・・

これはちがうだろう?

「もっと他に死ななきゃならん奴が居るだろう!」

その日からのパンはまずかった。

それまではこれ以上ないほど美味く、一口食べれば満ち足りたほどだったのに、パンは不味く、いくら食べても足りない気がした。

だから俺はろくに食べずにいた。

瓦礫を撤去し、時々通りかかる軍人に唾を吐き捨て、そしてなにも食べずにそれを繰り返した。

そんな時だ。

 

「歌を聴きませんか?」

 

それはあの幼い少女だった。いや、あの子によく似ていた。白い肌も、纏った白い純白の衣服も。

しかしその表情は幼さの残るそれではなく、大人の憂いを帯びていたが、俺には彼女だと理解できた。

大人となった彼女は翼をはばたかせ、地に降り立ち、そして微笑んだ。

「あなたの歌、聞こえました。そして、願いを叶えましょう…」

そして彼女は両の手を振り上げ、そして目を閉じた。

その瞬間。

あたりに光が満ち満ちて、そして…。

 

世界は何事もなかったかのように回っていた。

気付けば、戦争は終っていた。

いや、戦争などなかったのかもれない。

あれは悪い夢だったのだ。

その証拠に、歌が好きなあの子は世の無情ではなく、世に満ちた愛を歌っているし、俺の手には人を切るための剣ではなく、薪を切るための鉈が握られている。

俺は微笑み、鉈を振り下ろした。

カツンという、いい音がした。

 

 

「…なんだこりゃ?洗脳教育か?」

読み終えた本を放り出し、開口一番俺はそう言った。

「違うね、戦争は良くないよっていう訓示さ」

目の前に座ったこの本―どうも聖書にするらしいーの著者である友人が言った。

「気分が悪くなるな」

俺は吐き捨てる。

「それとな、事実を歪曲するんじゃあない。あの子は死んだんだ」

「そうかな?『聖女は胸の内に生き、その一生を終えることはない』誰の言葉だったかな?」

「しらねぇな」

「昔の君さ。君、本当に本当は見たんじゃないのか?その証拠に、戦争は終ったじゃないか」

「さぁな、よく知らん」

俺はガタガタと忙しなく音を鳴らし、席を立った。

「さて…と」

「帰るのかい?」

メガネをかけなおし、ペンを取った友人が言う。

「あぁ。俺の聖女さまのところにな」

「いくつになったんだっけ?」

「十歳だ」

「まさか、その子の背中に翼はないだろうね?」

「あるかもな。でも、見せてやんねぇよ」

「それは残念」

友人の言葉を最後まで聞き、俺は家路に着いた。

戦争がどうやって終ったかなんて、そんなことはどうでもいいじゃないか。

歴史なんかに興味はない。

真実なんか知ったこっちゃない。

今があるならそれでいいじゃないか。

 

 

 

 

今日もまた、小さな窓からソプラノが響く。

 

説明
戦争ってよくないよねー


はい、偽善者のたわごとでした。
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オリジナル ソプラノ 戦争 反戦 

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