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カールの部屋においては、フチナシは本をよく読む。普段もさることながら、平生以上の量をこなし、手に取るように著者の意図が汲み取れるようになる。部屋の主は机に向かって数式を平生のようにえんえんと解いていく。時折考えるような仕草をするが彼女の鉛筆が休む暇はない。
頁がめくられる。
鉛筆の芯が欠ける。
数式は間違っていた。
浅くなっていた呼吸を整え、カールは後ろを振り向いた。フチナシはそれに気づくとすぐに顔を上げた。
「なんだい?」
優しい問いかけ。
秒針がほんの一瞬だけ止まるような、優しい静かさ。
「いいえ。なんでも」
「そう? ――ところで飴ちゃんいる?」
「いただきましょうか」
彼は傍らの一つを彼女に投げた。彼がくれる飴はいつもなにかしら独特があり、彼女は苦手だったが嫌いではなかった。
カールが数式に戻らないので、彼は本を閉ざした。閉ざす前に頁数をチラリと見た。
女は髪の毛をかきあげ、
「あの……いえ、――」
何を言おうとしたのか、何故語ろうとしたのか、そもそも何故振り向いたのかすら分からなくなる。らしくない動作に彼女は、鉛筆の頭をこめかみに押しつけ首を傾けつつ、
「なにか、言ってよ……」
手の中ではまだ封が切られていなかった。
彼は笑った。静かに。愉快そうに目を細めながら。
彼女は上体を少し戻す。すると横目にしか男が見えなくなった。男は喉を少しならすと違う本を取った。
カールも数式に目を注ぎなおす。l16からの方向性の違いが見出された。少し止まった。飴を口に入れた。漢方独特の埃っぽい香りが広がった。
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