新・恋姫無双 〜呉戦乱記〜 第13話
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呉の独立後は寿春の復興に全力を注ぎ、わずか半年ほどで街は賑わいを見せ、活気ある都市へと生まれ変わり政治的な機能は建業が、そして経済的な機能は寿春がという2大都市として変貌を遂げようとしている。

 

北郷はというと寿春に派遣をされ警邏等の初期対応部隊として派遣された。当初は無政府状態ではあったが、もとは呉が故意でそのような状態にさせていたことからも、間諜の干渉がなくなれば自ずと治安も回復していった。

 

北郷の執務室で副官に建業への帰還命令が来たとの内容を話し合う。

 

「では我々も建業に帰還できると?」

 

「そうだな。ここも治安は回復し、軍令部は我々でなくても治安維持は十分だろうと判断したようだ。警邏隊に引き継ぎ、建業に帰還しろと先ほど手紙が来た」

 

「ようやく帰れますな」

 

「ああ、独立後は建業に帰れていなかったからな。とりあえず帰還後は各自休暇を取ったあと、軍令部の指示を再度仰ぐとしようか」

 

そして北郷隊は警邏隊に引き継ぎを済ますと、建業へと帰還後、北郷は指示を仰ぐべく、すぐ様軍令部に赴いた。

 

「北郷です!失礼します」

 

「あら、一刀!久しぶり!!」

 

雪蓮の執務室に入ると、彼女は笑顔で迎えてくれた。

 

その後、さあと席に座らせると、酒を持ってきて彼に差し出す。

 

「まだ仕事中ではないですか?」

 

「まぁいいじゃないの〜孫呉の独立を一刀とはまだ祝ってないからね。今日は無礼講といこうじゃない!」

 

それから雪蓮が嬉しそうに、杯を乾杯すると一口飲む。

 

「そうか、実は言うと君とはこうして祝えることを嬉しく思うよ・・・。では一滴・・・・。はぁ・・・ついにやったんだな、雪蓮」

 

「うん、最初は実感がわかなかったんだけどね・・・」

 

「俺も君と同じでね。寿春の治安が回復してくると同時に、俺たちはやったんだなと実感が湧いてきたよ」

 

「でしょ?でも今はやらなきゃいけない事が山積みでね・・・。忙殺を極めるとはまさにこのことね」

 

「それは国家基本法の制定・・・・かい?」

 

「ええ、私は呉がこれからも平和で、自由ある生活を享受できるようにする責任があるわ。それが私、孫家が呉に対し行わなければならない最後の仕事。その道筋を示し、そして歩めるようにしなければならないからね」

 

「行政府は周瑜派の考えには理解を示しているのか?」

 

「大多数はね。でもここまで説得するのに苦労したわ。蓮華たちの力がなければ、厳しかったかもしれない」

 

蓮華は最初は周瑜派に対し、強烈な反対をしたのであるが、いまでは理解を深め賛成に回ったのは周知の事実ではある。

 

だがその後蓮華は周瑜派の理解を深めた後は態度を軟化させ、当時反対意見を述べる急先鋒であったが故に、反対論者たちに周瑜派の考えの浸透を図るべく積極的に奔走をしていた。

 

その中で反対派である保守派と周瑜派での積極的な議論がなされ、あえて複数の見地からもたらされる反対意見を、必要であれば取り入れたりするなど建設的な関係となっていた。

 

そして今では二つの勢力は、あるときは交じり合い、あるときは分裂し、と行政府の意思決定に深く関わるようになっており、政策決定に対し重要なファクターとなっていたのである。

 

そういった反対派と周瑜派のこの関係は後の議会政治を開く上で、大きな影響を与えるようになるのだが、それはまだ先の話である。

 

ただ蓮華の働きと、蓮華自身が姉の良き理解者として存在してくれることに、雪蓮は大きな意義と感謝を感じていた。

 

「蓮華が・・・・、すごいな・・・・」

 

「武では私には適わない。でも蓮華は、あの子は、私にはない皆を焚きつけ、顔を合わせ、議論を尽くす事ができるという魅力がある。ホントずいぶん成長したわ」

 

「武治の孫策、文治の孫権・・・ということか」

 

「うまいこと言うのね。あの子は、私や母様を見てきているからね。血を見せることで恐怖で相手を押さえつける、そういった力技を反面教師にしているって感じね」

 

「自分の役割をきちっと理解をし、出来うることをする・・・か。でも雪蓮も蓮華もソコは共通していると言えるよ。その根幹がブレていないところは、やはり孫家の人間ということなんだろうな」

 

「・・・そう言われると、そうね。ああ、そうだ。今度蓮華の所にも寄ってやってちょうだいな。あの娘、色々と話したがっていたわよ」

 

「うん、じゃあ今度時間があるとき寄っていくよ。そういえば話は変わるけど、孫家の末っ子である孫尚香が救助されたって話は本当かい?」

 

「シャオの事?そうね、袁術に人質にとられていたんだけどね、今では保護されて、元気に暮らしているわ」

 

「良かったな・・・雪蓮」

 

「ありがと。これで家族が離れ離れになるというのは、最後にして欲しいものだわ〜」

 

「そうならないために、俺たちがいるということだな」

 

「そういうこと。頼んだわよ、一刀。シャオは今度貴方にも紹介するわ」

 

「うん、わかった」

 

それから暫く、北郷は再度雪蓮から呼ばれると、小さな少女ではあるが、雪蓮と蓮華に似ている少女を目にする。

 

 

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「あら、一刀きてくれたのね。シャオ、彼が北郷よ」

 

「お初にお見えに掛かり光栄です、尚香様。私は名は北郷 字は一刀といいます。以後お見知りおきを」

 

「ふ〜ん、あんたが北郷ねぇ。噂に聞いてたけど、いい男じゃないのぉ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

見定めるような孫尚香のねっとりした目線に、雪蓮の笑顔が一瞬固まり、冷たい雰囲気が部屋を過るのを北郷は見逃さなかった。

 

北郷はは孫尚香に苦笑しながらも、頭を下げる。

 

「恐縮です」

 

「知ってると思うけどあたしは孫家の三女、孫尚香よ。真名は小蓮っていうの、おねえちゃんたちからはシャオって呼ばれてるわ。一刀もシャオって呼んでね」

 

「いいのですか?初対面の男に真名を預けるのは?」

 

「だって、今更でしょ〜?孫家であたしだけ真名受けてってないっていうのは嫌だし、せっかくだから仲良く出来たらなぁ〜って思って。だから私も一刀って呼んでいい?敬語も使わなくていいからさ」

 

「・・・そうか、それなら君の真名を預かることにする。俺に真名はないから、一刀でいいよ」

 

「じゃあこれから宜しくね、一刀」

 

「宜しく」

 

シャオは蠱惑的な笑みを浮かべるが、北郷は全く意にも介さず、真顔でサラッと握手をすると自己紹介を終えてしまう。

 

彼の無愛想な態度と、話はこれで終わりだという彼の態度に、小蓮はどこか面白くなさそうな顔をする。

 

北郷はニコリと笑顔を浮かべるが、その笑顔は雪蓮や冥琳を前に浮かべるほだらかな笑顔ではなく、仕事で接待をする際に行われる営業スマイルのソレであった。

 

彼女が去ったあと、雪蓮は北郷にクギをさす。

 

「あの娘、まさか・・・一刀気をつけなさいよ〜」

 

「・・・まだ子どもじゃないか。俺の故郷ではあの年で、『関係を持つ』ことは犯罪とされているんだ。あの娘は元気があって、いい子ではあるけれども、そういった対象にすらならないよ」

 

「へ〜じゃあ蜀にいる鈴々とか、紫苑の娘の璃々もそうなの?」

 

「・・・・まぁそういった趣味は無いから。とだけ言っておくよ」

 

「それを聞いて安心したわ」

 

ただ小蓮はちょくちょく仕事をしている北郷の前に現れては、誘惑をするが適当に躱される、というのを繰り返した。

 

「ねぇ〜一刀?あたしと遊んでかない?」

 

「こんにちわ、小蓮。外で遊ぶのかい?相変わらず元気そうでなによりだ。じゃあ俺は仕事があるから、怪我しないようにね」

 

北郷は小蓮の頭を優しく撫でると、遊びに行く我が子に語りかけるかのような口調で小蓮をあしらう。

 

「ちょ、ちょっと〜そうじゃなくて・・・・もう!」

 

まったくといっていいほど相手にしない北郷を前に、彼女は頬をぷくっと膨らませる。

 

ただ北郷としては正直勘弁して欲しいのが本音ではあり、最近では彼女から逃げ回っているのが常であり、心労がかさみ深い溜息をはく。

 

「なんだ、北郷。そんな深いため息をついてどうした?」

 

「ああ、冥琳。実は・・・・・」

 

外で溜息をついていたら、冥琳に声をかけられる。

 

北郷としては愚痴の一つや二つは聞いて欲しいという思いもあったのか経緯を話すと、冥琳はこらえきれなくなり破顔する。

 

「ハッハッハッハッハ、いいじゃないか。まさに色男冥利に尽きる、ということだろう?北郷よ」

 

「あのなぁ・・・そんな他人事みたいに・・・・」

 

「いや、すまない。江東の赤鬼と大陸で恐れられるお前が、まさか小蓮様に参ってしまうのが面白くてな・・・。ククク・・・」

 

「あの娘はまだ幼い。それ以前の問題だよ」

 

「小蓮様はすでに裳着を済ませている。法律的には婚儀は結べる、問題はないぞ」

 

「いや、そういう問題じゃなくてだな・・・・。俺には雪蓮がいるし、あの娘もそれを知ってるはずなのに・・・・困ったなぁ」

 

「まぁそう思い悩むな冗談さ。小蓮様は自分を大きく見せたい年頃なのさ。お前を篭絡させて、女としての成熟した輝きを皆に見せたいという魂胆なんだろうよ」

 

「その考えそのものが子供の発想なんだけどな・・・。でも呉の女性たちはなぁ・・・」

 

チラリと冥琳の体を見やる。

 

くびれたウエスト、はちきれんばかりのバスト、そしてチラリと見える健康的な脚線美。

 

雪蓮にしても蓮華にしても、そして冥琳など確かに小蓮を遥かに凌駕するスタイルの持ち主が多く、その事実が小蓮のコンプレックスを刺激しているだろうと北郷はふと思う。

 

「なんだ、ジロジロと」

 

「いや。シャオがそういった心境になるのも理解できるなぁ・・・とね」

 

「そうか?私としては辛いんだよ。肩もこるし、服も私に合う寸法がなかったりとな。困ったものだよ」

 

自分の胸をギュムと掴んでユサユサと揺らす冥琳に、北郷は頬を赤く染めて視線を横にそらす。

 

「そ、それをシャオに言うと発狂必須だからやめてくれよ?」

 

「分かっている。ただそれ含めて小蓮様もまだお子様ということだよ。そしてそれに付き合ってやるのも大人の仕事、ということさ」

 

「う〜んやっぱりそうなのか・・・・。雪蓮も何も言ってこないしなぁ・・・・」

 

「だろうな、雪蓮は自分では自覚はないが、嫉妬深いし、色恋沙汰は必ず態度に出る。そんなアイツが無反応という事は、妹に対し嫉妬するまでもない、というわけだろう」

 

「君を含め、俺を助けてはくれないんだな」

 

「アイツは面白いことは好きだからな、無論私もだが」

 

「俺は玩具・・・てことか、はぁ・・・・・」

 

「そう気を落とすな。小蓮様には毅然とした態度で接していれば、自ずと諦めるだろう」

 

「だといいがなぁ・・・」

 

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それからしょっちゅう小蓮のちょっかいが続き、北郷はそれに翻弄されるということが続く。

 

だが小蓮がどれだけアプローチをしても、北郷は全くの無反応であり、一切なびく事はなかった。

 

蓮華と一刀が珍しく一緒に仕事をしている最中に、小蓮はトテトテと走ってきては腕にギューッと抱きつく。

 

姉の蓮華は小蓮の行動に驚きを見せるも、直ぐ様口うるさい姉の顔になる。

 

「ねぇ一刀、今度私と・・・」

 

「ごめん、シャオ。仕事で忙しくてね、悪いが・・・・」

 

「もう!そればっかり!!どうして一緒にいてくれないのよ!お姉ちゃんたちとはこうして一緒にいるじゃない!」

 

「こら!シャオ!!一刀を困らせるんじゃない!」

 

「なによ!お姉ちゃんだって一刀と一緒にいて、鼻の下伸ばしちゃってさ〜」

 

「な?!一刀とは仕事でこうして一緒にいるだけよ!待ちなさい!!」

 

蓮華が顔を真っ赤にして、シャオを叱り捕まえようとするが、それをヒラリと躱し、あっかんべーとすると走りさってしまう。

 

「一刀のバカ〜!不能男!!もう知らない!!」

 

「不能男って・・・・むぅ・・・・」

 

北郷は男としての矜持を傷つけられたのか少し、目線を下げ、うつむいてしまう。

 

「まったく、もう・・・・!一刀ごめんなさい。あとできつく叱っておくから・・・・」

 

「いや・・・・、気にしてないよ。あのぐらい元気な方が、微笑ましいことだしね。ただあの身のこなし・・・、やはり孫家の人間なんだなと感じるよ」

 

「そうかしら?」

 

「ああ、君もそうだけど接近戦での瞬発的な速さは、やはり目を見張るものがある。雪蓮は確かに凄まじいが、末っ子も親譲りの身体能力ということか・・・」

 

集中力が増せば増すほど、その真髄を引きだしてくる雪蓮や蓮華を知っている北郷からしたら、三女の小蓮も技量が伴えば素晴らしい戦士になると感じていた。

 

「そ、そうなの・・・・。一刀あの・・・・、姉様の事なんだけど・・・・」

 

「ん?雪蓮かい?」

 

「ええ、一刀は姉様と恋仲なんですってね。私も知らないかったから、冥琳から聞いたときはビックリしちゃった」

 

「・・・そ、そうだな。蓮華は行政府での仕事、俺は軍でとなってからはあまり会えなかったし、知らなかったのは無理はないと思う。君の姉にふさわしい男かは、今でも不安はあるけれどね・・・」

 

「そんなことないわ!姉様と・・・・一刀はお似合いよ!自分に自信を持たないと姉様も悲しむわよ?」

 

その時蓮華の顔が一瞬悲しみに染まるのを北郷は見逃さなかった。

 

北郷は蓮華が自分をどういうふうに見ているのかを薄々感づいていたために、そんな彼女に対し配慮がなく、無粋であったと後悔した。

 

冥琳同様に、蓮華もまだキズは癒えていない、ということであろうか。北郷は蓮華の肩をポンと叩くと真顔で真摯に答えた。

 

「蓮華ありがとう。君にそう言ってくれると助かる」

 

「どういたしまして・・・!それで一刀、話は戻すんだけど今度の農村の視察は・・・・」

 

笑顔で蓮華は答えると、仕事の話に戻り護衛の打ち合わせを行う。

 

「うん、視察に関しては私服兵士を配置させるようにする。もちろん最悪のことも備え、護衛部隊も待機させ、警邏隊と連携は取れる状態にしておくつもりだ。今現在、付近の治安維持に力を入れている最中で、大規模な賊の掃討作戦も展開する予定だ」

 

「ありがとう一刀。話は聞いていたけど、仕事が早くて助かるわ」

 

「視察に関しては存分にやってほしいからね。そのために俺たちがつくんだから」

 

「うん、この視察はなんとしても有意義なモノにしたいと私も思っているわ。一刀宜しく頼むわね。あ、あとは穏にも伝えておかないと、、、」

 

「いや、俺が直接彼女とは話すよ。彼女とはあまり話す機会もなかった事だし、これを機に世間話でもと思ってね」

 

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呉は国で誇る2大頭脳である陸遜は行政府、周瑜は軍令部と役割を分け、仕事に励んでいた。

 

無論、陸遜は冥琳を師と仰ぐ関係上周瑜派の人間である。

 

行政府は陸遜、呂蒙を筆頭とした組織となっており、そして月と詠が雪蓮を補佐するかたちで動いているようで、冥琳は呉の宰相でありながら、軍令部の水軍・陸軍・統合軍の参謀を兼任しているといった形であった。

 

その参謀本部は祭や北郷他多数の人間が編入されており、北郷は階級的には准将クラスに位置する。

 

戦場を指揮し、的確な用兵術と技量を兼ね備える彼であったので、それだけのスピード出世は誰も文句を言うことはなかった。

 

ちなみに北郷を補佐している副官は佐官クラスの階級であり、北郷の陰に隠れてはいるが、十分すぎるほど能力を持っている。

 

彼は北郷隊の副官ではなく、師団隊長として何度かお呼びがかかったが固辞している。

 

どうやら心底北郷に忠誠心を持っているらしく、彼の副官でいさせて欲しいという依願書も本人が出しているようであった。

 

ただ北郷隊は孫家直轄の独立部隊として特殊な部隊となっており、軍との作戦行動とは全くの別行動が許される特権を持つ精鋭部隊となっている。

 

あるときは水軍へ、あるときは諜報を、そして陸で奮闘を。と現代で言えば特殊部隊と言ってもいいだろう。

 

それゆえ15部隊こと北郷隊は、その部隊の特殊さ故に必要とされる技量も大きく通常の兵士が安易に任務にありつけるような部隊でなく、呉兵において花形の部隊でもあり、憧れと誉れを持つ部隊となっていたのであった。

 

話は戻すが、北郷はその後陸遜たちがいる行政府を尋ねることにした。

 

彼は軍令部の人間であり、あまりこちらに出向くことはなかったが陸遜や呂蒙が卓越した指揮を採っているということも風の噂で知ってはいた。

 

特に陸遜は司法改革のトップを担う周瑜派きってのブレーンであり、陸遜と周瑜のこの強靭な結びつきが、周瑜派を強固な勢力とさせる大きな要因にもなっているようである。

 

「陸遜、北郷だが・・・・」

 

執務室を尋ね、ノックをするとはぁ〜いと間延びした声と共にドタバタと騒がしい音が。

 

「どうしたんだ?陸遜」

 

戸を開けるとひっくり返り書簡の山に埋もれる陸遜がそこにいた。

 

「いった〜い・・・コケちゃいました・・・・」

 

「相変わらずだな君も」

 

「ありがとうごまいますぅ〜」

 

ほら、と手を持ち立たせてやると、陸遜は満天の笑みで北郷を照らす。

 

「蓮華から言伝を預かってね。今度の視察の件なんだが・・・・」

 

「ああ!そうでしたねぇ。ただ北郷さん、今回の視察は北郷さんを外して、と聞いていますが・・・?」

 

「ん?それは初耳だな・・・。誰からの命令だい?」

 

「冥琳様です〜。北郷さんと雪蓮様は暫くは休暇を取って欲しいとのことで、先ほど私に伝えに来たところです」

 

「冥琳が?それは何故かな?」

 

「ん〜?それは私からは言えませんねぇ・・・」

 

どこか含み笑いを浮かべながらも、北郷に理由を教えない陸遜ではあったが、北郷は彼女の態度から見て合点がいったようで追求はすることはなかった。

 

「まぁ雪蓮関連ということだから、あらかた察しはつくな。ありがとう陸遜、冥琳に再度聞いてみることにするよ」

 

「はい〜、あ!あと私の事は穏と呼んでくれると嬉しいです」

 

「そういえば君の真名をまだ貰っていなかったっけな。アレコレと文字やら教えてもらった身で不思議だが・・・」

 

穏とは実は割と面識は有り、彼が呉にきた当初は冥琳の計らいもあって文字等の教育をしてもらっていたのだ。

 

ただ本を読むと性的に昂ぶってしまうという困った性癖を除けば、陸遜の教えは倫理整然としており、北郷も彼女の教えから知略を授けてもらったに等しい関係であった。

 

「そうですねぇ。来た当初は可愛い愛弟子でしたが、こんなに大きな存在になるなんて私も予想外でした〜!」

 

「そう言ってもらえると嬉しいな、師匠。君の教えもあって、俺はこうして戦うことができている。本当に感謝しているよ」

 

少し北郷がおどけて言うと、穏は少し照れながらもエヘヘ〜と頭をかく。

 

「俺のことは一刀で構わない。穏、これからも冥琳との事よろしく頼む。彼女をどうか守ってやってくれ。彼女は孤立しがちな立ち位置にいる故、その心労は計り知れないはずだからね」

 

「もちろんです〜。冥琳様の右腕として、私もこれから更に精進していきますゆえ、安心してくださいな〜」

 

二人はガッチリと握手を交わす。北郷は強く頷き、穏は笑みを浮かべてはいたが彼女の纏うオーラが大きくなるのを彼は感じる。

 

穏も冥琳の心境が理解できているということなのだであろう。

 

雪蓮と関係を改め、呉の独立に邁進していた冥琳の背中を穏は見ており、自分の師が奮闘している姿を見て静かにその熱き心に火を灯していたのであった。

 

それが知れた事に北郷も満足し、穏の内に秘めた芯の熱さに僅かながらに触れることができた事を内心満足していた。

 

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そして北郷と穏が固い握手を交わしている時、小蓮は祭の執務室に着くと、北郷が靡かない事を愚痴りだしていた。

 

あれだけアプローチをかけていた彼女からしたら、それは全く面白くない事でもあり、不満を持つのも無理はない話であった。。

 

「一刀ってば、私に全然取り合ってくれないのよ。祭、どう思う?」

 

「北郷には策殿がおられますからな。北郷は今時珍しい、実直で一途な男であるゆえ、さすしずめ難攻不落といったところでしょうかの?」

 

祭はおもしろ可笑しそうに笑うと、北郷がなびかない理由を述べる。

 

「でも英雄、色を好むって言うでしょ?私って魅力ないのかなぁ・・・・」

 

小蓮は姉たち二人が豊満な成熟した女性であったが、彼女は未だに子どもっぽさが残る成長途中な体になにか思うところがあるようで、自分の発達途中でもある乳房を両手でワシワシと触っている。

 

「ハハハハ、小蓮様、お主はまだまだこれからですぞ。策殿も権殿も小蓮様ぐらいの歳のころ、似たようなの生娘だったからのぉ」

 

祭は孫家の母であった孫堅が、どれだけ魅力的な女性であるかを知っている身としても、その血を受け継ぐ娘も然りである、というのは自明の理であると思っていた。

 

「ホント?なら私も女を磨いて一刀をメロメロにしちゃうんだから・・・!」

 

「ほほう?では策殿を負かすという事ですかな?小蓮様は果たして、江東の小覇王と言われる策殿に勝てるでしょうかなぁ・・・」

 

「ぐ・・・、今は適わないけど・・・・いつかは必ずってこと!!」

 

「そうでありますか。では精進なされるがよい」

 

祭は微笑んでシャオの頭を優しく撫でてやる。

 

その顔は泣く子も黙る鬼将軍 黄蓋ではなく、深い母性をもつ心優しき黄蓋の顔であった。

 

小蓮も微笑み頭を撫でる黄蓋に、うっすらと覚えているかつての亡き母の面影を重ね、されるがままになってしまう。

 

「ではまず手始めに、儂と手合わせからいきましょうぞ」

 

「え〜!?祭ってめちゃくちゃ強いじゃない!勝てっこないわよ〜」

 

「しかし策殿は儂よりもお強いが・・・?」

 

「ぐ・・・はいはい!わかりましたよ〜だ!!やってやるわよ!!もう!」

 

二人は立ち上がると執務室をあとにする。

 

祭は小蓮の手を握り、小蓮もその手を離すことはせず遠目に見ればその姿は親子のようでもあった。

 

孫堅が小蓮が生み、そして彼女が崩御をしてからも祭はずっと面倒を見てきており、いわば乳母のような存在でもあった。

 

それゆえ祭は小蓮のことを我が子のように思い、こうして愛情を注いでいる。

 

小蓮も祭の存在というのは、自分が幼さゆえに母の存在を知ることが出来なかったこともあり、かけがえのないものであったのだ。

 

それから北郷は冥琳の執務室に赴くと、自分が蓮華の護衛に外されていた訳を聞く。

 

「隊を率いる俺が除外されるというのは甚だ納得がいかないな。なにか訳があるのか?」

 

北郷は開口一番やや怒気を含んだ声で質問を投げかけると、冥琳は目をつぶり足を組み直す。

 

「ああそうだ。お前を外したのは訳はある。まずは視察の護衛自体はお前が主体となる必要はないという考えだ。それ以外にまずお前にしてもらわなきゃならんことがある」

 

「そ、それは・・・?」

 

「うん、お前は雪蓮と共に北方の前線基地の視察に行ってもらいたいのだ。それと可能であれば魏への潜入も、だ」

 

「雪蓮をつける意味はなんだい?情報部隊は明命が担っているはずであり、俺が直接出張るのはどうかと思うが・・・?」

 

「北方の兵力の情勢を雪蓮自身が見て、それを知ることは意味がないことではないさ。それに北方の視察、潜入が終われば益州にそのまま赴き、桃香とも会談を行う。お前はその護衛だよ」

 

北に行き、そのまま反時計回りで大陸を一周という事はかなりの距離であるがゆえに、北郷は雪蓮に護衛をつけるとしても自分一人ということに納得がいかないようであった。

 

「お前の考えることは理解できる。ここからは私個人の話になるのだが・・・・お前、雪蓮とで呉の独立を祝い、羽を伸ばしてもらいたいというのが本音であるということだ」

 

北郷は呉が独立をした際は雪蓮は少し休みたい、と疲れた笑顔で以前語っていたことを思い出す。

 

雪蓮はサボリはするが、政務を休むこともなくこなし、こうして激動の日々を邁進してきたのだ。

 

連合を樹立して、山越と和解を果たし、南方の恒久平和に大きく貢献をした雪蓮であるがゆえに、冥琳のささやかなご褒美といった所だろうか。

 

「なるほど・・・・。雪蓮はこの外遊を?」

 

「いやまだだ。決まったのも最近でな、当面の政務執行は宰相である私が臨時で行う。内政に関しては心配は無用だよ。むしろ雪蓮がいる時よりも、良くなるかもしれんがな」

 

ハハハと冥琳は冗談を交えてそう語る姿に北郷も笑顔を交える。

 

「冥琳も嬉しそうだな。やはり悲願達成は格別といったところかい?」

 

「ああ、そうだな。雪蓮は・・・・、あの子は自分を犠牲に、ようやく母の悲願を達成したのだ。江東を踏みにじられ、味方だった連中は勝ち馬に乗り裏切る中、雪蓮は諦めなかったのだから・・・私は嬉しいよ」

 

冥琳は雪蓮の幼なじみであると以前言っていたが、彼女は小さい頃から知っている間柄ゆえに雪蓮の苦労を身近に感じていた人物であり、その言葉には重みがあった。

 

「あとは北方の脅威・・・というところだな。それについては俺も考えてはいたのだが・・・・」

 

「なにか策はあるのか?」

 

「策というわけではないのかもしれないが・・・・。まず呉と北方を結ぶ交通路・地形などは事前に把握しておくほうが得策ではあると俺は思っている」

 

「地形が把握できれば、それに伴う作戦立案も効率的になるから・・・ということだな」

 

「そうだ。では本題にもどろうか。魏と戦うとなると、南方へと敵を引き込んで行くほうが実は戦いやすいのでは、と考え始めていてね・・・」

 

「ふむ・・・・つづけろ」

 

「今現在、荊州を魏に支配されている状況ではあるが、敵は荊州を拠点にして我々を撃破する事を第一に考えているはずだ。そこで我々としても荊州と許昌を結ぶ補給線を分断させれば・・・と考えている」

 

「ゆえに測量などの事前準備が必要となってくるということだな?」

 

「そのとおり。それで敵の補給路を割り出すことも可能となるし、それを叩く秘密基地の建造と運営も行える。哨戒任務の効率にも十分に役に立つだろう」

 

「うむ、その話は興味深いな・・・。分かった、北方の大規模な測量を行うよう手はずは整えよう。それに蜀、山越とも共同で実施し、情報の共有化も図るようにしてみるか・・・・。測量の結果、水軍の展開も可能かが分かってくれば、それだけ作戦の立案はやりやすくはなるしな」

 

「感謝する。北方に関しては敵はかなりの強敵だ。準備は十分に行い、索敵・哨戒の拡充も十分に行えればとも考えている。そこは雪蓮とも視察で見れればとは考えているけどね」

 

「ぬかりないな、お前も。慰安旅行ではあるが、お前と雪蓮とでしっかりと目で見て、感じてきてほしい。頼んだぞ」

 

「ありがとう冥琳、雪蓮の護衛に関しては任せてくれ。それと君が言うように許昌潜入は可能であれば、やろうとは考えてはいる。敵の内情を知ることができる機会はそうそうないからね。まぁ危険のない範囲でじっくりやろうとは思っているさ」

 

冥琳とは握手をしたあと彼女は労わるように彼の肩を優しく撫でる。

 

「お前も苦労をかけたな。見ず知らずも人間に、孫家の重荷を背負わせてしまった」

 

「だがそのおかげで君や雪蓮とも出会えた。後悔はしていないよ」

 

冥琳は肩を撫でたあとは何も言わず、少し悲しそうな笑顔で頷くだけであった。

 

 

それから北郷と雪蓮は長い旅路へと旅たっていく。

 

笑顔で手を振って旅たつ雪蓮を、見守る冥琳と穏。ジッと見つめ続ける冥琳を横目に穏はポツリとつぶやく。

 

「いいのですか?冥琳様」

 

「ああ、雪蓮に対する私からの贖罪だよ。あの娘には随分と苦労をさせてしまったからな。これからはもう少し自分のために生きて欲しい・・・。そうあってほしいものだな」

 

「はい・・・・・・・・・・・」

 

穏は相槌をうつ以外に、冥琳に何もかけてやる言葉を持ち合わせてはいなかった。

 

冥琳の思い、そして雪蓮が苦労を重ね、自分を殺し、そして悲願のために先陣に立ち続けた姿を穏はずっと見てきたからゆえであった。

 

「穏、基本法の方はどうなっている?」

 

「はい、順調です。近いうちに我が国民に対し発表が出来るでしょう」

 

「うむ、それでいい・・・・。山越も蜀も連合の基本骨格に理解を示してくれている・・・・。まだまだ忙しくなるな、穏よ」

 

「はい・・・!冥琳様・・・・」

 

「ん?」

 

「お互いに頑張りましょうね!」

 

「・・・・もちろんさ」

 

いつもは温和な穏が珍しく、声を大きく上げる姿に多少冥琳は驚きながらも、愛弟子の気合っぷりに微笑んだ。

 

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旅立ったあと、雪蓮と北郷の二人は身分を偽って旅人として旅立つわけであるが、雪蓮は終始嬉しそうにしており、常に笑顔を絶やすことはなかった。

 

二人は自分の馬を持っていたため、愛馬を駆け大陸をめぐり、夜は野宿をするときもあれば、街があれば宿を借りて寝泊りと観光を繰り返す。

 

今まで戦、戦の連続であった雪蓮と北郷としては、新鮮な気持ちでこの旅を楽しんでいた。

 

北郷からしたら、年相応にはしゃぐ雪蓮が見れることが嬉しかったし、彼女とずっと一緒いるという事は、立場上あまりなかった事からもさながら新婚旅行気分であった。

 

無論彼個人としてはプロポーズはしたいとは思っていたが、この動乱が一区切りがついてからと考えてはいた。

 

自分という存在が重荷になって欲しくない。

 

そう考えていたからこそ、北郷自身躊躇っていたのは確かではあった。

 

だがこうしてふたりの時間を過ごすうちに、冥琳が北郷の重たい背中を押してくれたのではないかと彼は思う。

 

(いい加減身を固めろ!)

 

という無言の圧力が冥琳から発せられているし、冥琳からしてもいい加減二人は身を固め、共に支え合う存在へと変わって欲しかったのだろう。

 

そういった冥琳のらしくないお節介に北郷は内心苦笑する。

 

「だってなにかあるんじゃないか〜?って普通は思うじゃない?」

 

茶店でお茶を飲んでいた最中に雪蓮は苦笑してそう答えた。

 

「そうだな。冥琳って厳しいからなぁ・・・・・」

 

「それで既成事実を作って来いってさ。どういう意味かしらね、一刀」

 

北郷は驚きのあまり、飲んでいたお茶を思わず吹き出してしまう。彼のベタな反応に雪蓮はニヤリと笑う。

 

「め、冥琳・・・・まったく・・・・」

 

「一刀ってばホントにウブよね〜。でもあんだけ閨で暴れるのに。私なんて終わったら腰が痺れて、いっつも立てなくなっちゃうのよね〜。困ったものよ」

 

雪蓮は快活に笑いながら、握り飯を頬張る。周りの客たちは顔を真っ赤にしてヒソヒソと何かを言い合っている。

 

「雪蓮!!ほかの人々がいるんだぞ!少しは恥じらいというものを・・・・」

 

北郷も恥ずかしさのあまり、少し涙目になって捲し立てるように抗議をするが、雪蓮は全く意にも介さない。

 

「だって事実でしょ〜?」

 

「ぐ・・・・・だとしてもだなぁ・・・・」

 

雪蓮が片目を瞑り、ウィンクをするが彼はガックリとうなだれ溜息をつく。

 

ウブな態度ではあるものの、実は北郷は初めてのあの逢瀬のあと、ちょくちょく二人はいたしていた。彼女の底のない情欲・色欲に北郷自身も燃え上がると同時に、その泥沼へとドップリと喜んで浸かっていたのは事実ではある。

 

ただ北郷自身初めて識る女性というのが、雪蓮であった事からそういった深みにハマってしまうのは仕方がないことではあるのかもしれない。

 

それから観光を楽しんだあと、二人は北方の前線基地へと足を運んだ。

 

北面方面軍の司令は祭が勤めており、前線の軍部拡張は虎視眈々と行われていた。

 

「策殿?それに北郷も?どうしたのじゃお主ら・・・・」

 

「冥琳が視察をしろってね。あと・・・・」

 

「冥琳が・・・?何かワケがあるようじゃな・・・・・ほう?北郷、お主・・・・」

 

雪蓮が祭にヒソヒソと耳打ちをすると、祭はニヤリと笑みを浮かべては俺を変な視線で見つめてくる。

 

「雪蓮が何を言ったかは聞かないよ」

 

北郷が顔を真っ赤にして、ジト目で睨むが祭は意にも介さず、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「なんじゃお主、照れおって。どうせ子作りに励んでおるのだろうに、ウブよの〜」

 

「め、面目ないです・・・・・」

 

「全く羨ましい限りよ、それじゃ案内をしようかの。おい!!」

 

祭は部下を呼びつけると、北方の視察を抜き打ちで行うと通達をする。

 

部下は顔を引き締めると、そそくさと執務室を出て行ってしまった。

 

「さすがは鬼将軍 黄蓋殿ってところね」

 

「ハッハッハ!最近のあいつらは退屈そうにしておったからのぉ。儂と策殿、そして北郷が視察に来たとなれば無理がない話よ。さて行きましょうぞ」

 

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そして雪蓮と祭、北郷の三人で前線基地の視察を行った。

 

冥琳の通達は早速届いているようであり、測量部隊を臨時で編成し、大規模で地図編さんを行っている最中であった。

 

「今現在、北方での測量を開始した最中じゃ。ただ蜀、山越の部隊も連絡は取れておる。直に合流し、数を増やすつもりじゃ」

 

「測量を行ってわかってきたことはあるかしら?」

 

「うむ、こうして測量を続けていると、新たに通行路の新設も可能だという事が分かってきておりますな。地形の理解が進めば、今後は強襲する際に大いに利用ができそうな気配はしますぞ」

 

そう言うと作成中の地図を祭は北郷と雪蓮に見せる。

 

その地図には山々の標高や、傾斜の向き、勾配などが正確に記されていた。

 

「この傾斜や標高、そして勾配等を検討材料にという事ですね」

 

北郷がそう言うと、祭も強く頷く。

 

「そのとおりじゃ。今後は予科練などの予備兵力を動員し、開拓を行うよう予定じゃ。ある程度の目処が経つのはしばらく経つが・・・出来た時の脅威は計り知れんぞ?」

 

「そうね。祭、北面方面軍はさらなる増員をさせるように協議を行うようにするわ。南方の安全も確保できたことだし、カネ、人員の動員を北方に集中させる事ができる。行政府も首を縦に降るでしょう」

 

「おお!そうしていただけると助かりますな」

 

雪蓮はその後、兵力増員の要請書の署名にサインをする。

 

現状での最高司令官である孫伯符の署名付きであれば、上ですんなり通るであろうことは分かっていたので祭は顔を緩め微笑んだ。

 

「はい、これで兵力は補充できると思うわ。南方戦力を北方に移転させるから、少し時間はかかると思うけど」

 

「感謝しますぞ、策殿」

 

「ただ蜀では南蛮の平定が近々行われるはずだから、正式にはその後ということになるけど大丈夫かしら?」

 

「問題はありませぬな。今現在の北面方面軍は水陸軍、全て合わせても10万は超える。魏が攻めてきても、凌げるだけの戦力は持っておりますゆえ」

 

「山越の軍も合流を果たしたと聞いたけど?」

 

北郷が質問をすると祭は頷き、強い眼差しを彼に向ける。

 

「うむ、現在2万ほど守備隊を派遣され、適宜演習を行っておるところじゃ。北面方面軍が展開する布陣としては西方面は3万の蜀兵、東は2万の山越守備隊、そして中央を我ら呉軍北方守備隊5万人でと考えておる」

 

「なるほどね、山越を東側に配置させたのは根拠はあるのかしら?」

 

「ありますな。山越が守る東側の地域は森林が多い地域であります。山越は森林での戦闘に一長の長があるゆえに配置させました」

 

山越自体が南方の森が深い地域であり、森林での戦闘においては彼らのノウハウがあった。

 

山越の戦法は森林を活かして敵を罠にハメ、潜ませていた兵士を強襲させる。

 

山越の討伐は漢王朝時代でも実は幾度かはなされてはいたが、彼ら特有の陣地防衛に王朝軍は打撃をくらっていたのも事実である。

 

何処から敵が来るかも分からない。そして罠にハメられ、どこからともなく屈強な兵士が現れては襲いかかる。

 

そうした山越のノウハウを最大限に活かしての守備隊の形成、という説明に雪蓮と北郷も納得の顔で頷き合う。

 

「祭さん、山越と連携を取れば、敵を大きく足止めができるね。敵も南征の際の侵攻は、西と中央とでは連合軍主力隊を中心とした部隊と正面から殴り合えば、損害を出すことを考えるはず。そうなれば敵に発見されにくい東側からの侵攻となるからね」

 

「北郷よ、お主の言うとおりじゃ。そして東側に敵を誘い込めれば、水軍も展開が可能となるゆえに、水陸での波状攻撃も行えるはずじゃ。そうなれば勝機はある」

 

「東側に敵を誘い込ませる算段はあるのかしら?」

 

「現在蜀軍と協力をして、西と北方中心部に目立つように前線基地を作ったところですな。曹操たちに西と北方面での軍備増強を見せつけ、中央突破での攻撃は不利であると悟らせるためにの。そして敢えて東側は未開の森のままにしておる。そこに山越軍守備隊を現地人にまぎれる形で忍ばせ、適宜偵察を行っておるところよ」

 

「流石、宿将 黄蓋ね。これなら西と北中央部も守りを固めることもできるし、例え曹操が裏をかいて中央突破しようとしても、建業までたどり着く頃には相応の損害が出ているはず。これで一石二鳥というわけね」

 

「策殿のいう通りですな。水軍も1万程の兵力を山越と連合で組ませております。東側の突破も困難を極めるでしょうな」

 

北郷は山越の連合加盟の意味の大きさをここで初めて痛感した。

 

恐らく冥琳や穏は最初からこのような考えで、山越と交渉を行ったのだろうと。

 

一国では太刀打ちが不可能な巨大帝国である魏を、三国での連合軍で押さえ込み、そして守りきる。

 

これで曹操に圧勝はできなくても、結果的に大きな負けもしないという状況を作り出せる。

 

冥琳も祭もそうだが軍令部は、大きな帝国と化した魏を完全に攻め込み、許昌と洛陽を完全に陥落させるということは最早不可能であると考えていた。

 

もしそれができたとしても、それによって負う代償が大きすぎるためだ。

 

兵力の大損害による国防の不安、そして総力戦による国民の疲弊と巨大な戦費を国民に背負わせてしまうことになるだろう。

 

それでは本末転倒だと、そう結論づけたのだろう。

 

ゆえに膠着状態による停滞を生じさせて、戦争で『勝ちに等しい負け』の状態にあえてさせる事で、連合の独立を実質的に正当化させる、というつもりなんだろう。

 

そして時間が経てば、経つほど連合に興味をもち、加盟する他国の増加を招くことになり、結果として包囲網の突破はますます困難を極めることになる。

 

さらに軍事同盟的な困難だけでなく、連合は法秩序を最重要とした経済同盟でもあるという観点からの圧力も期待ができるはずだ。

 

連合加盟国が増加するということは、その分だけ連合経済圏が増加する事を意味し、交易増加による国力も拡充できる。

 

その後魏には包囲網を利用した経済封鎖で締め出しを行い、経済的にダメージを与える。という狙いも透けて見えた。

 

共和制連邦国家として王朝からも独立し、巨大な経済圏である連合国の通貨発行を連合政府自らが行い、王朝の通貨を一切使えなくさせれば、魏に対し経済的なイニシアチブを握ることも出来るからだ。

 

つまりは冥琳、穏たちは魏を軍事的な戦争で叩きのめす事はせず、経済戦争により魏を飲み込んでしまおうと考えているという事だ。

 

軍事的に大きな優位性を持つ魏に対抗するには、呉が得意な分野で勝負をかけなければ厳しいと軍令部と行政府は考えた。

 

ゆえに自由主義的な経済とそれを保証する法支配。この長所を活かして戦おうという事なのだろう。

 

それは長期戦になればなるほど、魏にとって有利な事は一切なく、曹操の覇道も潰えてしまうことを意味していた。

 

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(しかしそうなれば・・・・・。曹操は馬鹿ではない。恐らく早めに手をうってくるはずだが・・・・・どうでるか・・・だな)

 

北郷は短期決戦に持ち込まれた際の懸念をぬぐい去る事はできなかった。

 

曹操がもし一番頭の悪い戦法を使ってきたら?

 

短期による決戦を考えていたら、連合構想による完全な囲い込みが成熟する間もなく、戦闘を余儀なくされるという事だ。

 

「お主が考えていることは分かるぞ」

 

祭は北郷が黙って考え込んでいるのを見て、彼の考えを理解しているようであり、腕を組んで頷く。

 

「うん、曹操がもし正面突破を考えたらと思うとね・・・・。短期決戦を考え、強襲を成功させて南方方の領土の拡充を少しづつ続ける、という考えもありえるとは思うんだ」

 

「そうして少しづつ南征を行い、最終的に制圧をしてしまうという事か」

 

「連合は今も危うい均衡で保たれていると思うんだ。他国が興味を持ち始めている現在、もし曹操に負けるとなると他国も勝ち馬に乗る事も十分考えられるからね」

 

「一刀の言うことも一理あるわ。政治は綺麗事ばかりではないからね。自分の立ち位置を活かして、利益を最大化させる事は国の本質だからね」

 

雪蓮も苦々しい顔でそう呟く。

 

雪蓮が子どもの頃、母の孫文台が無くなった後に、簡単に手のひらを返していった裏切った連中を見てきているから尚更、その言葉に真実味があった。

 

「先の山越加盟もそうだけど、連合の唯一の懸念材料はその『信頼性』ということかもね。だから冥琳は長期戦による勝利を目指しているという事かしらね。凌ぎきれさえすれば、連合の看板に傷はつくことはないから」

 

雪蓮も冥琳の構想が理解できているため、北郷の考えている懸念も理解できた。

 

「ただまぁ・・・曹操の正面突破をなんとかする方法はあるといえばあるわね」

 

「それは・・・・ぜひ聞きたいな」

 

「うむ、そうじゃな。ぜひ儂にもお聞かせ願いたいものじゃが・・・」

 

「じゃあ、話すわね。それは‐‐‐‐‐‐‐‐」

 

それに対し雪蓮は大胆な策を彼らに説明すると、北郷と祭は唸るように天を見上げる。

 

「なるほど・・・・だがそうであったのなら、連合の構想は・・・」

 

「策殿の考える事は十分理解も出来うる、しかしそれを早急に実行するとなると危険が伴いますのう」

 

「まぁあくまで最終手段って感じよ。ただこの策、悪くないでしょう?」

 

「連合の首脳たちの賛同が取り付ければ、恐らくは・・・・」

 

「じゃな」

 

「でしょ?でもこれはこれで悪くない策であると思っているのよ」

 

「冥琳はこのことを?」

 

「まだ話してないわ。あくまで個人的な思いつきだからね」

 

「では儂から持ちかけてみましょうかの。冥琳も多方面での助言を聞きたいと思っているはずゆえ」

 

「しかし改めて考えてみても、むしろ妙手だといえるかもしれないな」

 

「あら、そう?」

 

「うん、俺の習った世界の歴史でもそういった戦い方をしてる事は多々あったりするからね。ただ根気と兵の強い愛国心、そして人的資源がいることは確かだが・・・・」

 

「へぇ・・・・なら悪くはないってコトね。孫呉の兵は皆愛国者であり、強い結束で結ばれているわ。心配は無用よ」

 

「策殿の言うとおりじゃ。儂が鍛え上げてきた兵たちが、腰抜けぞろいとは笑止千万も甚だしいぞ、北郷よ」

 

雪蓮が胸を張りそう答えると、祭も強く頷き、そしてギラリと光る眼差しで北郷を射抜く。

 

二人に心外だと詰め寄られ、苦笑いをするたじろぐ北郷であったが、彼自身、呉兵たちが腰抜けぞろいであるとは考えてはないない。

 

国家に忠を尽くすという愛国心も然ることながら、自己犠牲も厭わず、仲間を裏切ることなく、任務成功に邁進するあの呉兵たちを北郷も知らないはずはないからだ。

 

呉兵は恐らく最後の一人になるまで剣を持ち戦うであろう。それは祖国のため、そして自由という大義のためだ。

 

「分かっているさ。ただ雪蓮や祭さんからそう言った答えが聞けて安心したよ。上が動揺すれば、兵士はそれを見るからね・・・・」

 

彼がそう言った瞬間、見たことのない記憶が頭から浮かぶ。

 

(まただ・・・・また思い出す・・・・・)

 

『一刀・・・・私は大丈夫よ・・・・。兵士が見ているわ、あなたが動揺の姿を見せれば・・・・・』

 

見知った声、そして弱々しく儚い。

 

まるで消えかかっている命を絞り出すかのように、彼にそう呟く女性。

 

そして舞台は飛び、川のせせらぎで涙を浮かべる一人の少女に、激を飛ばし叱責する女性の声。

 

『忘れるな!!王が戦う姿勢を見せるからこそ、民は力を貸してくれる!!』

 

今にも泣き出しそうな少女を前に、彼女は強く睨みつけ、そして叱責する。

 

少女も彼女の命がもはや風前の灯であるのを悟ったのか、涙をみせ、説得を試みようとするも強く拒絶をされてしまう。

 

『しかし・・・・・』

 

『すぐに陣ぶれを出せ!!』

 

心配をする少女を無視するように、それでも彼女は毅然とした態度で、威厳を放ちながら威圧感のある重厚な口調で命令をする。

 

『は、はい・・・・・』

 

『まったく・・・・まだまだ甘いんだから・・・・ぐ!?』

 

叱責された少女はハッと我に返り、慌てて踵を返し立ち去っていくのを、彼女は寂しそうに、そして悲しそうに、そして愛おしむように見送るも、顔を歪めて倒れこんでしまう。

 

(この記憶・・・・ああ・・・やはり君は・・・・そうだったのか・・・・・)

 

北郷は時折よぎるこの良く分からない、断片的な記憶の正体を薄々ではあるが理解し始めてきた。

 

(彼女が何故、死ななければならなかったのか?)

 

(そして何故彼女は全てを背負わなければならなかったのか・・・)

 

(今なら分かる。そんな気がする)

 

「・・・・ずと?・・・・ねぇ・・・・一刀ってば!!」

 

「え?」

 

我に返ると雪蓮が真正面で訝しむように北郷を見つめ、彼の肩を揺らしていた。

 

「ご、ごめん!ちょっと考え事をね・・・・」

 

「にしては深い思案なことね。ずっと反応がないなんて、随分じゃない?」

 

「ごめん」

 

「うん・・・・まぁいいけどね」

 

雪蓮は北郷のしおらしい態度にそれ以上追求することもせず、祭も北郷をジッと見つめるが追求をしてくることはなかった。

 

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そして雪蓮と北郷はその後祭とは別れ、北方に潜入するべく、ひたすら北進を行う。

 

それからさらに1ヶ月、ついにかつての反董卓連合での主戦場ともなった洛陽にたどり着く。

 

とりあえず二人は関所を身分を偽り、パスをすると洛陽の町並みの復興具合に目を見張る。

 

「曹操は王朝と手を組んでおり、帝の行脚もされるほどの信頼の厚さだとか。しかしあれから2〜3年と経っていないのにこれほどの復興具合とは・・・・」

 

「そうね。流石曹操といったところなのかしら。許昌が曹操の本拠地ではあるけれども、魏の都は洛陽となっているのもそういうことなのでしょうね」

 

ただ二人は町並みを歩いて気づいたことがあった。町民の目つきである。

 

「一刀、洛陽の民を見て。まるで・・・・」

 

「そうだな、何かに怯えるような目つきだ。曹操は徹底的な独裁政治を行っている分、国民の統治もまた強烈だということなんだろう」

 

死んだような目で、生活をしている民たち。そして憲兵がムチや剣を振りかざし、町民を怯えさせている所も目にする。

 

「逆らう者は死か・・・・」

 

「建業では考えられない光景だわ・・・・。洛陽の復興の象徴はまさに恐怖と死による見せかけのモノだったなんてね・・・」

 

北郷と雪蓮は泣きながら命乞いをし続け、連行されていく町民を哀れみの目で見ながらもそう呟いた。

 

建業は洛陽に負けずの活気ではあったが、皆が笑顔で、そして平和を享受していた。それとはかけ離れた対局に位置するこの光景に雪蓮は忸怩たる思いを抱いていた。

 

それは北郷も同じであり、彼の頭では今この洛陽の光景は第二次大戦でのかつてのファシズム国家を連想とさせ、顔を顰める。

 

皆が疑心暗鬼にはしり、密告の奨励がなされ、近所の人々すら気を許すことすらできないこの状況。そう言った閉塞感が洛陽を満たしていたのである。

 

とりあえず宿を借り、体を休めているとき、雪蓮は北郷の隣に座る。

 

「一刀、洛陽はどうだった?」

 

はい、と注がれた酒を北郷に渡すと質問をする。北郷は酒を受け取り、一口口に含むと、寂しそうな表情で呟く。

 

「君を補佐している月や詠があの光景を見れば、きっと悲しむだろうな」

 

「そうね、洛陽は確かに発展したわ。でもあれでは・・・・・」

 

ただ雪蓮はそれ以上口を開くことはしなかった。これが曹操がいう覇道主義ということなのかと。

 

雪蓮もかつては周瑜派の考えが理解できない節もあった。国民が自由に、そして平等になれば危険ではないか?と。

 

そう言った意味では曹操の覇道主義、専制君主での統治は理解が出来る、と王として雪蓮は思っていた。

 

優秀な人間が多くなり自由になれば、政府に不満を持つ者も多く生まれ、結果として呉打倒のクーデーターが生まれてしまうのではないかと危惧していたのもある。

 

だが自由な議論、討論とそして平等な法制度、教育が雪蓮の危惧していた事案を生んだのかは周知の通りであった。

 

平等な法制度は結果として、平和的な議論が生まれた。

 

つまりは自分の意見を踏みにじるという事はせず、倫理整然と説明が行えれば、例え反対派でも自分の意見を汲み取ってもらえるからだ。

 

だが洛陽は議論の余地すらない。自分が考える事すらも否定をされ、ただ上の指示に従うだけの奴隷に過ぎない。

 

それが果たして幸せであるのか?雪蓮には大いに疑問を生じさせていた。

 

雪蓮の納得のいかない表情に、北郷は彼女の心境を慮る。

 

「俺の世界でもかつて似たような光景があってね」

 

「え?一刀の国でもあのような統治をしていたというの?」

 

信じられないという顔をする雪蓮。

 

彼女からしたら、今目指している呉の統治は北郷の国の知識が多分に含まれていたからであった。

 

「信じられないかい?俺が生まれる前だからかなり昔の話にはなるけどね・・・」

 

それから北郷は自分の国の悲劇を説明した。

 

欧米列強からの強烈な差別、持つもの・持たざるものの国の分断。

 

そしてそれに抗うために戦争を余儀なくされ、パンドラの箱を開いた事で何千万もの人が戦死したという愚かな歴史、いや雪蓮からしたら未来を北郷は語った。

 

雪蓮はただ黙って北郷の説明を聞いていた。その表情は重く、信じられない心境だったに違いない。

 

「・・・・以上が事の顛末だな。俺の国は結果として何百万人の人間の命が失われ、国はズタズタに焼き払われ荒廃を極めた。その戦いは全体主義と自由主義の戦い。そう呼ばれていたな。今の魏はかつての日本国、そして自由主義陣営はかつての俺たちの連合国と似通っているかもしれない」

 

「・・・・そうね。しかし全体主義・・・ファシズムだっけ?なんて恐ろしい思想なのかしら。個人の考えを全否定し、国家の名のもとに集約され、統制されるなんて考えられないわ」

 

曹操の覇権主義というのは、国家主義的な思想からの中央集権的に統治を行うというシステムなのだろう。

 

その思想は地方分権による地方豪族の台頭を許した漢王朝の反面教師とでも言うのだろうか。

 

洛陽の統治は徹底されており、逆らう者は皆連行されていた。

 

「そうだな・・・。漢王朝も、そして君たちが法支配を謳う前も、ここまで過激な統治はしなかっただろうね」

 

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「・・・一刀の国はその後どうなったの?」

 

「降伏したそうだ。でも戦争をはじめるのは簡単でも、終わらせるのには相応の決意、決断を要するのは王である雪蓮は知っているよね。それは今も昔も同じだ。降伏を受諾すれば、国家解体されると危惧した軍と政府は、降伏勧告を受諾することなく本土決戦を叫んでいたそうだ。だから敵からの攻撃も過激になり、首都が攻撃され、焼け野原にされ何の罪のない国民が一夜に何十万人と死んだそうだ」

 

「なんてことを・・・・」

 

「科学が発達すれば、それに比例して効率よく人を殺せるようになる。今俺がいるこの時代の戦い方では、そのような大量殺戮はできないだろうからね・・・」

 

「でも罪のない民を殺すなんて。・・・・どんな争いにも法の理念はあるはず。それがなければそれは戦争ではなく殺人よ・・・!」

 

「雪蓮の言うとおりだ。君たちが叫ぶ法の支配。それは戦争にも当てはまるんだよ。法の支配とは、未来で起こる数多くの戦争で理不尽な暴力で、志半ばで散っていった先人たちの死を無駄にはしないために、生まれた。そういう思想だと俺は思う」

 

「・・・・・・法の支配。改めて考えさせられるわね。そして民衆の失敗か・・・・」

 

「民衆の意思決定は必ずしも万能であるとは限らない。ましてや、耳障りのいい言葉で、国の長が民衆を誘惑さえすれば、いとも簡単に崩壊する。それがかつての俺たちの国で起こったことさ」

 

「肝に命じるわ」

 

雪蓮は終始信じられない表情を浮かべてはいたが、民衆の失敗、政府の失敗の事の顛末を北郷から聞かされ、民主主義、共和制の脆弱さを改めて痛感する。

 

「でも一刀、なんで私に・・・・?」

 

「雪蓮は冥琳の思想に理解を示しているだろ?ただ周瑜派の考えは繊細な均衡で生まれていることを、君に知って欲しかったんだ。冥琳はこのままいけば間違いなく、近代民主国家の礎を築いた、と歴史に名を残す偉業を成し遂げるはずだろう。だが民衆の政治というのは万能じゃなく、失敗ももちろんある。民衆が間違っているとき、彼らに迎合するか?それとも間違っている道を正し新たな道を示してやれるか・・・なんだろうな」

 

「そうか・・・だからこそ曹操の統治も決して間違っているとは言えないのかもね・・・・」

 

「うん、確かに魏は早急すぎるし、極端すぎるとは俺も思う。だが民衆の顔を伺う必要のない、非常に強い統率が行えるという利点はある。雪蓮、今君が思ったように、互いの思想を全否定するのではなく、良いところは良いと認める度量がこれからの時代では必要だろうね」

 

「言論の自由・・・・という事?」

 

「そのとおり。それができなければ、俺たちの国のような起こった悲惨な悲劇が国民に降りかかることになる。だからこそ蓮華の存在は大きいと思う。彼女は周瑜派の理論や思想に理解を示しながらも、自分の理論を整然と主張する。だから保守派の人間は蓮華を筆頭者としているし、周瑜派の人間も一目おいているんだろうね。蓮華のような寛容さは自由民主主義を支える上では、実はとても大事にしなければならないことなんだ」

 

「なるほどねぇ・・・・」

 

雪蓮は納得したように目を閉じると腕を組み唸る。

 

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「そう考えるのなら、蓮華は・・・・・やっぱり私を超えるかもしれないわね」

 

「・・・・そう思うかい?」

 

「ええ、彼女は優秀な政治家よ。私のような戦人(いくさびと)とは違うわ。これからの時代は私のようなの人間はもはや用済み同然。蓮華に後進を託す日は遠くないのかもしれないわね」

 

「・・・雪蓮、呉は独立を果たしたこの先、どうするんだ?」

 

「そうね・・・。私としては基本法が制定された後は、政治から身を引こうと考えているわ。それから・・・お嫁さんにでもなろうかしら」

 

そう言うと彼女は左手に挟まれているキラリと光る指輪を見つめ、微笑む。

 

その指輪はかつて北郷がプレゼントした指輪であり、彼女の言っている意味が一体どういう意味を持つのかを知らないほど、鈍感な彼ではなかった。

 

「・・・・俺も君と平和になったこの世を生きてみたいな・・・。ごめん雪蓮・・・・今まで重みになると思って言わなかったけど・・・、しっかりと意思表示をしたほうがいいのだろうね」

 

「はぁ・・・それは私に求婚をしていると思っていいのかしら?」

 

北郷の不器用な返答に、少し呆れた様相で見つめると、彼もグッと覚悟を決め、彼女の手を取り、頷く。

 

「・・・・・そうだよ。雪蓮、結婚・・・・してください」

 

「ありがとう。ずっとその言葉、待ってたのよ・・・・」

 

そう言うと雪蓮は彼の胸に静かに身を寄せ、北郷も彼女を包み込むように優しく抱きしめた。

 

「ただ・・・・ひとつだけ・・・・ひとつだけ約束して?」

 

「・・・・浮気はもちろんしない。夜も早く帰るようにするよ?女性との宴会も断るさ」

 

「そういうことじゃないわ・・・。やったら怒るけど・・・・」

 

彼女は北郷の言う事に苦笑するが、真剣な視線を北郷に向けると彼もその真意に気づき向き合う。

 

「ただ・・・・私よりも・・・長く生きて欲しい・・・・それだけ」

 

「雪蓮・・・・」

 

「母が死んで・・・・私は・・・・ホントはすごく悲しかった。自分の目標としていた人が、自分の成長を見て欲しい人が、ある日突然いなくなってしまうことに耐えられなかった・・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

「子どもながら・・・理不尽だ、残酷だと、何度も世を呪ったわ。でも一刀と会えて・・・・貴方がいて・・・私は本当の意味で、母様が言う真の王になれた、と母に対して笑顔で顔向けできる。そんな気がするの。お願い・・・もう大切な人が死ぬのは・・・・耐えられない・・・。一人ぼっちは・・・・」

 

「大丈夫だ・・・。俺はずっと君と一緒にいるよ・・・・!君を置いて・・・いくものか・・・・!」

 

涙を貯める雪蓮を見て北郷もこみ上げるものを抑える。彼女は一人で戦わなければならなかった・・・。

 

冥琳や祭はいるけれども、孫家の後継である以上家臣であり、雪蓮は彼女たちを導いていかなければならない立場であり、苦悩もあっただろう。

 

そして幼いままではいられなかっただろう・・・・。

 

魑魅魍魎のいる混沌とした世界に、まだ幼い雪蓮一人で孫家の命運を担わせる事がどれだけ重荷で、残酷なことであり、そして孤独であったか。

 

それを北郷も知っている以上、雪蓮の『約束』の重さが理解できたし、彼女が感じている孤独も理解できた。

 

「君の持っている大事なもの・・・・俺も半分背負っていくよ」

 

震える声で北郷は雪蓮に囁くと、雪蓮も優しく微笑み、彼の頭を撫でる。

 

「ありがとう・・・・」

 

雪蓮は彼に口づけをする。

 

その口づけはいつも彼女がする貪るような濃厚な口づけではなく、優しく触れ合い、自分の気持ちを伝えるかのような慈しみがある口づけであった。

 

北郷は彼女の口づけを優しく受け入れ、彼女の腰を優しく引き寄せ、頭を撫でる。

 

「ふふふ・・・一刀っていつも頭を撫でるよね?」

 

「ごめん、嫌だったかい?」

 

「ううん、私こうやって一刀に頭を撫でられるの、すごく好きよ・・・」

 

北郷は彼女を抱き上げると、そのまま寝具へと優しく運ぶ。

 

抱き上げられた時、雪蓮は驚いて声を上げるが、優しく寝具に運ばれ顔を赤く染める。

 

「・・・・・きて」

 

「うん・・・・」

 

二人を照らす影が静かに段々と近づき、やがて一つになった。

 

それから暫く、北郷の苦しそうな息遣いが聞こえてくる。

 

彼女が直ぐ様彼の服を脱がすと、下に潜り込み、水分を伴わせる音を発する。

 

北郷は彼女に与えられる快楽に、思わず意識を手放しそうになるのを懸命にこらえる。

 

頭は痺れ、真っ白になり、与えられる快楽に為すがままではあったが、北郷も我に返ると彼女がモジモジしている臀部に手を器用に潜り込ませ、濡れそぼった局部を優しく撫で上げる。

 

「・・・・・・あぁ・・・・・うぐ・・・・・あぁ・・・それ・・・・・」

 

雪蓮はぐぐもった声を上げると、腰を震わせる。

 

北郷はこみ上げる思いを雪蓮にぶつけるかのように、情熱的に、そして時には優しく彼女を導いていく。

 

「・・・・・う!・・・ふぅん・・・・あぁ・・・・」

 

彼女の嬌声がどんどんと熱が入り、艶美な匂いを生じさせ、追い詰められている。

 

無論北郷も彼女に与えられる快楽に溺れ、もはや決壊寸前であった。

 

「・・・・しぇ・・・雪蓮・・・・・」

 

「うん・・・・・・?」

 

「も、もう・・・・・ふぅ・・・・もう・・・・・」

 

「うん・・・・あぁ・・・・」

 

彼女は正面から抱き合うと、互いに局部を刺激しあい、貪るように口づけを交わす。

 

ネットリと舌を絡めあわせ、銀色の橋が紡がれると同時に、彼女と彼の吐息が交じり合い、それが更に二人を情熱的にさせていく。

 

「雪蓮・・・・好きだ・・・・・」

 

絞り出すように彼は声を上げると同時に雪蓮を強く抱きしめる。

 

普段は温厚で、冷静な彼がこうして眉間に皺を寄せ、苦しい顔を見せる事に雪蓮は強い愛情と母性を彼に強く感じ、ゾクゾクと背筋を震わせ高ぶっていく。

 

「私も・・・一刀・・・ぐ・・・あぁ・・・・あ・・・・い・・・・し・・・てる・・・」

 

雪蓮はついに耐え切れなくなったのか痙攣を引き起こし、彼の大きな胸に強くしがみつき、静かに絶頂を迎える。

 

北郷はそんな彼女を見て、微笑むと濡れていない方の手で長い髪を優しく撫で、口づけを再度する。

 

「雪蓮・・・綺麗だよ・・・・」

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・バカ・・・・」

 

潤み蕩けた目で力なく睨みながら小さな声で雪蓮は呟く。

 

今夜は眠れそうもないな。と頭のどこかで思いながらも北郷は、雪蓮の体に溺れるように貪る。

 

結局二人が満足して、就寝したのは日が明け始めた頃であり、起きた頃には昼を回っていた。

 

「おはようございます。昨夜はお楽しみのようでしたね」

 

「う、まぁ・・・そうだな・・・・。じゃあこれお金」

 

「ありがとうございました。またのご贔屓を!」

 

北郷は宿を去るときに、ニヤニヤと笑う店主に苦笑いをしながら、金を払い宿をあとにする。

 

雪蓮は顔が艶々としており、就寝時間が短いとは言っても、そんなことは全く影響はないようであった。

 

「どうしたの?そんな渋い顔して」

 

「昨夜の事、店主に知られていた・・・・。恥ずかしい・・・・・」

 

「何言ってんのよ〜!あれだけ激しくしたのに、知らないわけがないでしょ〜?」

 

確かに現代のホテルのように防音パネルとか使っていない分、プライバシーは筒抜けであり、多分隣の部屋の客も昨夜の情事は知っていただろう。

 

「そ、それはそうだけどさぁ・・・・」

 

「もう!今更恥ずかしがっても仕方ないでしょ?ほら、次は許昌よ!」

 

雪蓮は笑顔で笑い飛ばすと、全く気にしていないようで馬に跨ると、ビシッと指を指す。

 

「許昌はこっちだぞ。雪蓮」

 

全く正反対な方角を指差していた彼女に苦笑しながらも、彼も馬に跨り、ゆっくりと歩み始める。

 

「ぐ・・・わかってるわよ!さぁ行きましょう!」

 

恥ずかしさに顔を赤らめながらも、彼女は北郷のあとをついて行く。

 

-12ページ-

 

それから更に半月ほど、二人はついに曹操の本拠地である許昌にたどり着く。

 

流石は曹操のお膝元というだけあり、洛陽以上の盛況ぶりではあり、北郷も雪蓮も感嘆の声を上げる。

 

「大したものね。敵ながら」

 

「そうだね・・・。だがやはり・・・・」

 

「うん・・・・民の目が・・・・・」

 

行き交う街の人々の目が死んでおり、まるで何かに怯えるかのように萎縮し、他人に気を許すという事はしない拒絶の色がにじみ出ている。

 

「許昌も弾圧をしているのだろうか・・・・?」

 

「かもね。ただ見てみて、一刀。あそこ・・・・」

 

彼女が指を指すと、そこは今で言うスラム街だろうか。明らかに貧しい人々が集落を営んでいる。

 

そしてかたや華やかな許昌の街並み。強烈な貧富の差が許昌の繁栄を築いているのは何とも言え難いものであった。

 

二人はスラム街に足を運ぶと、街の皆がギロリと睨みつける。どうやら警戒されているようであった。

 

北郷は雪蓮を守るため、自分の剣に手をかける。だが雪蓮は北郷を制すると余裕を崩さず、街の人々と会話を行っていく。

 

雪蓮のその余裕のある態度に警戒していた住民たちも、狐につままれたような表情を浮かべるが、彼女はお構いなしに話を続けていた。

 

「流石は江東の小覇王という事か・・・・」

 

北郷は小さく呟くと雪蓮のあとをついていく。

 

「そう・・・・貴方たちは商人だったのね・・・・」

 

「そうです。ですがこの近辺に影響力のある豪商が進出してからは、私たちの稼ぎは次第に少なくなり・・・・」

 

「辛かったでしょうね・・・・」

 

雪蓮は住民に語りかけ、住民たちも魏の圧政者ではないと知ると警戒を解き、自身に起こった悲劇を語りだす。

 

涙を流しなら肩を震わせる男に、雪蓮は優しく抱きしめる。その姿は輝かしく、聖母マリアのように神々しく北郷には見えた。

 

その雪蓮の姿にスラム街の人々は救いを求め、皆がひれ伏す。その光景に雪蓮の驚異的なカリスマは凄まじいものである事を北郷は改めて実感するのであった。

 

スラム街の人々に別れを告げ、二人は重い表情のまま街を歩き続ける。

 

雪蓮も北郷もぬかりはなく、スラム街の人々を明命の情報部に招き入れることに成功させる。

 

雪蓮の圧倒的なまでのカリスマと、提示さえた報酬を聞き、住民たちは喜んで協力をしてくれそうであった。

 

北方の情報は未開であったため、フットワークの良いスラム街の人々が協力してくれることは大きいかった。

 

「強いものは生き残り、弱い者は搾取される・・・・ね。一刀、以前冥琳と私に自由経済、夜警国家の話をしていたのを覚えている?」

 

「ああ。国家の機能を最小限にすることで、経済の自由化を促進する。結果として持つ者、持たざる者の階級的な分断が構成されていく・・・・」

 

「今の状況がこういう事なんでしょうね。過度な自由経済も行き過ぎるとどうなるのか・・・・・?私も大いに考えさせられるわ」

 

「・・・・経済調整弁の機能と国民の最低限の生活保障・・・・かい?」

 

「まぁね。その部分は桃香、朱里ともしっかりと話をしていこうと思っているわ。大陸の恒久平和には分断された階級は不要だからね」

 

雪蓮は強い眼差しで断固たる口調で決意を語ると、それ以上は口を開くことはしなかった。

 

それからは雪蓮は許昌の他のスラム街にも積極的に足を運ぶと、呉への協力を呼びかけていく。

 

街の人々は彼女の提案に乗り、結果として広大なネットワークの形成に成功したのであった。

 

暫くしたら情報部隊の者を派遣させ、魏の情報を逐次集めていくことになるであろう。

 

そうして許昌に1ヶ月ほど滞在して、その後は南西へと進路を変えて、蜀へと向かう。

 

まずは北面方面軍 左翼守備隊で3万の軍を率いている蜀の将軍である関羽とまずは会うことに。

 

「北郷殿!!それに雪蓮殿まで!どうなさいましたか?!」

 

「久しぶりね愛紗。実は冥琳に密命でね・・・・」

 

雪蓮はまさかの人物の訪問に驚きはしたが、事のいきさつを説明すると彼女は執務室に案内した。

 

「さぁどうぞ・・・・ここは前線基地ゆえ大したおもてなしはできませんが・・・・」

 

「平気よ、気にしないでちょうだいな。それで魏の視察の件だけど・・・・」

 

それから北郷と雪蓮は愛紗に許昌、洛陽の状況を軽く説明をした。愛紗はただじっと彼女たちの報告に耳を傾ける。

 

「・・・・という状況だったわ」

 

「・・・・繁栄はあれど、そこに自由はない・・・・ですか。曹操の覇権主義がどういったものなのか私個人としても興味はありましたが、それでは・・・・」

 

「厳しい統治を敷いているため、脱走もままならない状況だったわ。密告が奨励され、皆が疑心暗鬼に走り、気を全く許していなかった・・・・。あれが曹操の目指す覇権というのなら・・・私たちは立ち上がらなければならない・・・そう確信しているわ」

 

「雪蓮殿の仰ることはもちろんです。我が国も最終の目的は平和に日々を暮らせる世にすることであり、それではまさしく気を見て森を見ず、本末転倒も良いところだ!」

 

愛紗は憤るように吐き捨てると、深いため息をつき頭を抱える。

 

「愛紗さんからそう言った答えが聞けて、俺も嬉しい限りだよ。俺たち連合は覇権主義国家の防波堤として、戦わねばなるまいと決意を固めるべきであると思っている」

 

「そのため会談・・・ということですか?北郷殿」

 

「そういうことです、愛紗殿。ところで・・・・連合軍での測量作業というのは・・・・」

 

「測量作業は大方の目処は付いた。今現在、測量した資料を参考に敵の侵攻路の割り出しとそれに伴う奇襲路の選定と作成を急がせている」

 

「連合での合同演習等は行っているのかしら?」

 

「もちろんです。わが連合軍は呉軍、山越軍と日々演習を行い、精力的に練度、能力向上に励んでいます。今現在での北面方面軍は蜀は私を含め趙雲、馬超、黄忠を筆頭としており、呉軍も呂布隊、北郷隊、それに水軍の甘寧隊屈強であり、精鋭ぞろいです。また呉軍も我が軍も南蛮の平定を終え、兵を集結させています。曹操といえど、突破は困難を極めるでしょう」

 

(いつのまに・・・・。冥琳、よくやる)

 

北郷は冥琳のあの余裕綽々な笑みを思い出し、内心驚く。

 

雪蓮と北郷の留守とはいえ、わずか1年ほどで南蛮を平定させ、連合の勢力を拡大させている手腕に感嘆する。

 

冥琳はつくづく味方であって良かった。北郷は改めてそう思えた。

 

「軍令部は北中央軍司令に祭をおいているはずだけど、ほかに動きはあるのかしら?」

 

「はい、現在では連合軍の参謀長に?統、周瑜を駐在させ2人を中心に作戦の立案をしています。もはやいつでも準備は出来ている、といったところでしょうか?」

 

「冥琳・・・・来てたんだ」

 

「俺たちが居ないあいだに自体はこんなにも動いていたんだな・・・・」

 

「そのようね。桃香との会談急がないといけないわね・・・・桃香は?成都かしら」

 

「いえ、ここから10里ほど離れた場所で陣を構えています。蜀の本隊も後方で待機しており、準備は万全だ」

 

愛紗は胸を張り、毅然とした口調で答えた。

 

この連合軍相手にそう易々と攻撃できるものか、そういう自信が素振りからして彼女に満ちていた。

 

「随分な自信なようだけど、愛紗。その自信は貴女の足をすくうわよ」

 

「何を言われますか。連合軍を相手に正面から突破を図るなど、どう考えても難しいということです。それは事実として物語っている」

 

愛紗はむっとした表情で心外であると言いたげに、声を少し荒らげる。

 

「そうね、愛紗の言う通りよ。でも曹操は自分がやるといったら必ずやる、それがどういった状況であっても。彼女はそういう人間よ。曹操を格下だと見下げないことね」

 

「・・・・・・・」

 

愛紗は雪蓮の忠告に気圧され、反論を論ずる事もできないことにバツが悪くなったのか、咳払いをする。

 

「愛紗さん、魏は今までの敵とは違う。俺たち連合も連戦連勝であることには変わりはないが、向こうもそれは当てはまる。国力も魏の方が上回っている現在、油断せずに警戒をしておくのは吉であると俺も思う。それで魏を追い返すことができたのなら、大したことなかったなと笑い飛ばすだけで済むが、もしこの初戦で負けた場合は相応の痛手を覚悟しないといけない。南下を許せば、荊州を前線に戦線を拡充させてしまうからね。そうならないよう出来る策をやる。それに尽きるな」

 

「北郷殿も・・・・。敵は未知数な強敵である以上、必要以上に警戒する必要はあるのでしょう。以後私を含め再度兵を引き締めよう」

 

「感謝します、愛紗さん」

 

「愛紗、我々連合の存亡はこの一戦にあると思っている。呉も持てるすべてを出し切り、北方を死守する。貴女も悔いのないようにね」

 

「はい、雪蓮殿!」

 

北郷は愛紗と握手を交わすと直ぐ様、雪蓮にもガッシリと握手を交わす。気合の入った表情に二人は安堵の表情を浮かべるのであった。

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それから蜀の面々とアレコレと話をした。

 

馬超の亡き母の遺志を継いだ決意、相変わらず飄々としている趙雲、そして再開を果たした、黄忠や厳顔たち。

 

「お館様ではござらぬか!!良くいらしてくださった!!!」

 

・・・・嬉しそうに駆けつけては、ギューっと抱擁をしてくる桔梗に北郷は思わず顔を赤らめるも、思い出したかのように我に返り、直ぐ様真っ青になる。

 

(マズイ・・・雪蓮が見ているのに・・・・)

 

だが雪蓮は笑っているだけで、何も動じることなく事態を面白そうに見つめているだけであった。

 

「はじめまして、貴女が厳顔ね。私は孫策よ。以後よろしくね」

 

「おお!!貴女が江東の小覇王と謳われる、孫伯符でありまするな。お館様にも恩義はありますが、魏延とわしの救出に裏で一枚かんでいたというではありませぬか。貴女もわしらの恩人である以上真名を預けない理由はない。わしを以後、桔梗とお呼びくださいませ」

 

「貴女の真名を受け取るわ桔梗。私の真名は雪蓮。これからも良き友として仲良くしていきましょう」

 

雪蓮は笑顔で初対面の厳顔に挨拶を済まし、真名の交換を行った。

 

桔梗は雪蓮に出会えたことにも嬉しさを隠せないようであり、顔を幾分か紅葉し、笑いながら握手に応じた。

 

(いつもなら怒るのに・・・・)

 

北郷は雪蓮の一連の態度に少し不審がるも、特に厳顔は北郷のことをいたく気に入っており、酒を交わしましょうぞ!とガッシリと北郷を掴んで、離さなかったが、黄忠の計らいで蟻地獄のような彼女の捕縛から逃げおおせる。

 

「やっと抜け出せたわね・・・。しかしあれが厳顔ね・・・。祭、そっくりねぇ〜」

 

「でしょ?多分仲良くなると思うよ、あの二人は」

 

酒豪であり、美食家であり、文化人でもある祭と桔梗。

 

ここまでソックリだと、生き別れの姉妹なのではないかと思わず雪蓮は苦笑してしまった。

 

「でも雪蓮、ごめん。俺・・・・」

 

「ああ!気にしてないから!!平気、平気〜♪」

 

笑顔で笑い飛ばす雪蓮であったが、そういった態度の裏で剣を刺すかの如く鋭いプレッシャーをかけてくるのであるが、やはりそんな事もなくいつも通りだ。

 

「これ!私は貴方の妻なんだから。浮気なんてするわけないでしょ〜」

 

北郷がかつてあげた指輪を見せると、アッハッハと笑い飛ばす。

 

「あら!北郷さん、雪蓮さんと・・・・意外にスミに置けませんのね」

 

黄忠が雪蓮の指輪を見ると、嬉しそうに手をパチパチと叩き祝福をする。

 

「ありがと〜紫苑!」

 

二人で手を取りあい、キャッキャと騒ぐ。

 

というかいつの間に真名を言い合う仲になったんだ、と驚きながらもこうして祝福してくれる事に彼は胸が弾んだ。

 

「む、なんとお館様は婚儀を済ましておったのか・・・・むぅ・・・・まぁいい男には良き伴侶が伴うもの、納得がいきますのぉ」

 

桔梗はどこか寂しそうな表情をうっすらと浮かべながらも、そんな表情をすぐさま消し去り、黄忠と合わせて祝福をしてくれた。

 

「あ、ありがとう・・・・桔梗さん。それに黄忠さん」

 

「北郷さん?私は紫苑で結構ですわ。こうして雪蓮さんの友人として祝福ができること、私も嬉しく思いますわ。この時代だからこそ・・・共に手を取り合って生きてくださいね」」

 

「・・・・は、はい。ありがとう、紫苑さん」

 

「ありがとう!紫苑。婚儀はこの戦乱が終わった後にあげようと思うわ。それまでに私もまだまだ頑張らないとね!」

 

「その心意気や良しだな。これで建業での政務も滞りなく、円満に出来ると思うと行政府の者も胸をなでおろすだろうな」

 

「ぶー!一刀ってば意地悪言って!私はサボってるんじゃないの、休憩よ!休憩!!」

 

ハハハハハと3人で笑い合う。

 

桔梗も紫苑も本当に嬉しそうに祝福をしてくれたし、それに対し北郷も嬉しかったが些か照れがあった。

 

やはりこういった事は経験がない分、それは仕方のない反応でもあったが、二人からこうして温かい祝言を受けとると、いよいよ結婚するのだなという実感が生まれてきたというのもあり、雪蓮もまた内心では何とも言えない羞恥心が支配していた。

 

とにかくまだ発表はしたくないからと、二人には箝口令をしいて解散をした。

 

その後は桃香との会談のため再度馬を走らせる。

 

桃香も雪蓮たちが来たことに最初は驚いたようであったが、会談を行うと直ぐ様悲しそうな表情を浮かべ、魏の状況を憂いた。

 

「じゃあ魏では弾圧を・・・・」

 

「ええ。とにかく徹底されていたわね。もはや国家の歯車として働かされている。そんな印象だったわ」

 

「でもそんなギスギスした社会で果たして幸せなのかな・・・」

 

「桃香が言いたいことも分かるわ。ただ今回重要なのは弾圧ではないわ、曹操の覇権主義についてね・・・」

 

それからは雪蓮は独自の見解で、とりあえずは魏で生じている富の独占による階級的分断の危機を説明しだした。

 

側近の朱里も雪蓮の見解にはじっと耳を傾け、厳しい表情を崩さなかった。

 

「・・・・だからこそ経済的な再分配機能、そして経済的に不平等である貧困民に対する救援策による社会不安の軽減。この2点が今後戦後での社会で重要になってくると思われるわ」

 

「雪蓮さんの言うとおりだね。いくら自由だ、平等だと謳っていても経済的な階級を是正されなければ、彼らは戦える機会するら与えられないんだもんね・・・」

 

「そうですね・・・・。魏の話が本当であるのなら、確かに短時間での復興・繁栄は可能であると思います・・・。しかし・・・・強き者を生かし、弱きものは切り捨てる・・・・。そんな世界が果たして公平な競争を生むのか・・・・私には疑問がありますね」

 

朱里も桃香も雪蓮の意見には大部分では同意をし、今後の経済政策を展開するうえでの転換点であると朱里はいう。

 

「自由で安全な財形成、経済活動を支援するということだけではなく、機会均等、平等・公平なな自由競争を促していくという形は重要であると私は思います。一度各国の文官たちを任意で招集し、連合同士で勉強会を実施しようと思います」

 

「そうしてもらえると助かるわね。桃香、とりあえずはこれでいいかしら」

 

「うん、私も朱里ちゃんと同じ考えだよ!勉強会も随時実施を促すし、私も参加したいと思ってるくらいだよ」

 

二人は同じ考えを持ち、今後の経済政策について新たな概念を創出させるという事で一致をした。

 

北郷は黄巾党討伐前でのいつかの会談のように、ただ黙って会談を見守っていた。

 

ただ桃香の姿勢、意志の強さ、覚悟があの時とは違い、成長をしたのだなと驚愕する。

 

(さすがは英傑、劉玄徳という事だろうな・・・)

 

あの頃は農村出の女であり、か弱いイメージがつきまとっていたが、今では数多くの修羅場もくぐり抜けてきており、雪蓮と対等に付き合える君主として成長し存在感を醸し出していた。

 

そしてこの王あって、この国あり。そう言わしめる程の名君に彼女が近づきつつある事を北郷は身をもって実感をしたのであった。

 

実りのある会談を終われせた後は、急いで雪蓮は北面方面軍に合流すると、すぐに冥琳に会う。

 

「おかえり。予定よりも早い到着ね」

 

「久しぶり、冥琳。状況は?」

 

「お前が築いた情報網をうまく利用させてもらったが・・・・魏はやはり南進を開始したとの報告がきた。我々も直ぐ様出撃をし、現在は準備をしている」

 

「迎撃はできるのかしら?」

 

「可能だろう。今現在軍備を増強させ、北中央軍は6万、左翼を守る蜀の西方面軍は4万近くまで増員を行った。予備兵役の者たちも全てを動員し、我が軍も総動員体制だ。敵の動きを東側に限定させるために、というのもあるが・・・・」

 

「やはり祭の策でいくということかしら?」

 

「そうなるな。それにこの近辺の測量も完了されているし、敵の抜け道も全て筒抜け状態に近い。現在は進行が考えられる全ての道に斥候部隊を送り、随時偵察を行っている」

 

「山越はどうなってるの?」

 

「東方面でのおよそ3万、我が水軍合わせての1万の軍勢だ。どこを攻めても南征は困難を極めるであろうよ」

 

冥琳は自信を持ってそう答えると、雪蓮も安心をしたのか幾分表情を和らげる。

 

「結構ね。私も今回は前に出るわ。いいわね」

 

「今回ばかりは構わない。お前がいる事で我が軍の士気も上げられるからな」

 

冥琳としては冷静にゴーサインを出したが、今回ばかりは雪蓮にも前に出てもらわなければならない事情もあった。

 

わが連合軍は演習を重ね、技量を高めてはきたが、敵は未知数な強国 魏である。

 

ゆえに王である雪蓮が前に出て兵を鼓舞し、前線を持ち上げたい。という思慮と葛藤が北郷は読み取れた。

 

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魏の第一次攻撃隊が進軍をしてくるという情報が入った事から、冥琳は部隊を展開し、山越、蜀にも通達を出す。

 

魏はまずは第一次攻撃は夏侯惇、夏侯淵の本隊をいきなり出し、正面からの突破を図ってきた。

 

(敵さんは初っ端から本気ということか・・・・。私たちの実力を試そうという魂胆か・・・)

 

呉は偵察を行い、敵の侵攻ルートを割り出すと待ち伏せ、奇襲を繰り出す。

 

敵は待ち伏せ攻撃により、挟撃を受けると同時に、正面を北郷隊が突撃をかける。

 

魏の兵士たちは待ち伏せ奇襲により、混乱を生じ、その混乱に乗じる形で呉の主力部隊である北郷隊がぶつかる。

 

「ゆけ、孫呉の兵たちよ!!わが祖国を守るため、私も剣を取り共に戦おうではないか!!!」

 

雪蓮の号令により、士気旺盛である呉軍を相手にさすがに分が悪く、撤退を余儀なくされた。

 

初陣は撤退をした魏であったが、日を追うごとに部隊の展開が早くなっていく。

 

だが軍令部は冷静に情報の収集に努め、合同参謀は適宜部隊をやりくりし、展開し合う。

 

敵は西へ攻撃方向をシフトさせたかと思えば、今度は中央、そして東へと法則性もなくバラバラな動きをしてくる。

 

敵は王朝連合を謳ってはいるが実質は魏単体での軍である。数は15万程の大軍ではあるが、戦力を逐次投入させては様子を見ているようであった。

 

「激化していくのはこれからだ。敵はおそらく我々の実力を見定めているのだろう」

 

「あわわ・・・そうなれば私たちも出来る限り戦力を温存しないといけましぇんね」

 

「となれば敵は東側から侵攻をしてくるのでは?散髪的な戦闘では、我が連合軍に連敗している現状、敵は抜け道を使ってくるでしょう」

 

軍議では山越の参謀が東側からの侵攻を予想をする。?統も頷いてはいたが冥琳は敵の行動が一連が読めない現状では決め付けるのは危険であるという考えであった。

 

「私としてはまずは中央をしっかりと固める。そのあと敵が動いてくれば、それに合わせて行けばいいと思っており、深刻には考えてはいない。我々連合にとって北方の情報は裸同然だからな。敵の動きがわかっている以上、こちらも先手は打てる」

 

「戦力を振り分けて来る可能性は考えられますが?」

 

「そうなれば逆に我が軍の思う壺だよ。西、北、東と敵が分散してしまえば、一気に手薄な陣営から我々から攻勢をしかけ、挟み込みができる。油断は禁物ではあるが、敵を過大に評価する必要はない。防戦で有利なのは我々である事は緒戦で皆手応えを掴んだおり、理解してもらえていると思う。この戦い、動いたほうが負ける」

 

地図に置いてあるコマをカチカチと動かしながら、冥琳は説明をする。

 

「それに敵の数は15万、たとえ戦力を二分にしても北中央軍と西・東で挟撃をかけることができる。それでは奴らは二分した意味がない。敵は火力による一点集中を考えているだろう」

 

「そうであるのなら、むやみに動かず、防衛に徹すれば勝利は見えてくる・・・ということでしょうか?勝ちに等しい負け・・・ですか?」

 

「その通りだ?統。今は派手に動かず、相手の出方をじっくりと見定めるべきであろう」

 

そのころ魏では・・・・。

 

連合軍の練度の高さと、自分の行動が全て筒抜けであるかのような部隊展開を敵がしてくることからも、苦戦を強いられ手を焼いていた。

 

15万の大軍を要しながらも、敵の防衛網は強靭であり突破は困難を極め、戦況は膠着状態が続き停滞気味であり、軍議においても皆の雰囲気は暗い。

 

「みんなどうしたのかしら?これでは貴重な時間を無駄にしてしまうわ」

 

曹操はワザとらしく大げさに振る舞いをみせるが、攻撃隊の魁である夏侯惇、夏侯淵の顔は暗いままだ。

 

「しかし華琳様・・・・呉の防御陣営は非常に練られており、突破は困難を極めます」

 

夏侯淵が珍しく弱気な発言をすると姉の夏侯惇も頷き、同意する。

 

「うむ・・・・初戦での攻防戦も敵は落ち着いていたし、統率も取れていた・・・。よく鍛えられている印象は持ったな」

 

「聞けば春蘭と戦った相手は孫策、北郷の主力部隊だそうね」

 

曹操がそう切り出すと姉妹たちは思い当たるフシがあるのか、考え込む。

 

「北郷・・・?そうか北郷・・・・反董卓連合のとき孫策と一緒にいた男・・・・」

 

夏侯淵は姉が孫策の挑発にあっているとき、北郷の仕草を観察していた。

 

孫策のとなりで、ただじっと二人のやり取りを黙って聞いていたが、彼から発せられる殺気とプレッシャーに夏侯淵は只者ではないことを思い出していた。

 

「秋蘭知っているのか?」

 

「ああ、反董卓連合の時に姉者と孫策が喧嘩をしている際にな・・・・。そうかやはりあの男・・・」

 

「私も桂花も北郷は知ってはいるわ。孫策のとなりで護衛をしていた男ね・・・・」

 

ねぇ?と話を荀ケに促すと荀ケも忌々しいという表情で、悪態を履く。

 

「もちろんです・・・。あの時華琳様に無礼な態度を働いた野蛮な連中・・・。ああ!思い出すだけで、虫唾が走る!!」

 

「やはり主力部隊は北郷、孫策が主力なのかしら?」

 

曹操は荀ケを無視するように、ほかの軍師に話を投げかける。

 

荀ケは曹操の態度に思わず目を丸くするも、曹操がそうした態度をとったのは、あの時の屈辱を思い出し多少気分を害したのもあったからだった。

 

「いえ、呉は先の益州攻略戦では呂布を先陣に出し、両脇を北郷、甘寧とで支援する陣形で攻撃を行っていました。呉も主力である呂布軍の温存をしている節はありますね」

 

郭嘉が眼鏡をきらりと光らせ、説明をすると曹操も深く息を吐き、椅子に深く座り込む。

 

「いえ、逆でしょうね。呂布は確かに強大な武力を誇る飛将軍。攻め入る際には呂布の力は強大ではあるけれど、防衛の際はその攻撃力は仇となるわ。防衛を構築するうえでは呂布のように動きが直進的すぎる部隊を周瑜たちは嫌い、後方に下げている可能性が高いと思うわ」

 

「う〜ん周瑜さんは思った以上に厄介ですねぇ・・・」

 

程cは有効な策が見つからず、思わず唸るものの、グーと狸寝入りをしてしまう。

 

曹操自身、この戦いで連合を屈服できるとは思ってはいなかった。

 

まずは実力試しという事でがっぷり四つで組んでみた・・・がやはり敵は思った以上に強靭である。

 

「ただ先の戦で占領下に入った地域の兵が些か不穏な動きを見せています」

 

「孫策を倒せた者には褒美を与えるという報せをうっていますからね。抜けがけを考える者もいるのは確かです」

 

郭嘉の説明に曹操は露骨に怪訝な表情を浮かべると、指示を出す。

 

「その兵たちの挙動を監視しておきなさい。この戦い、無粋な連中に邪魔をされたくはない」

 

「御意」

 

曹操は南征がまだ早いということは重々承知はしていた。だがそうであっても、しがらみ抜きで孫伯符と剣を交えて戦いたいという思いは持っていた。

 

この大陸に覇王は二人もいらない。

 

そのような思いが曹操を戦いに駆り立てていたが、曹操は否定はするだろうが連合軍と魏はライバルといえばいいのだろうか、今の困難に立ち向かえる機会を作る連合軍に対し、そのような感情が曹操から芽生えていたのも事実であった。

 

実際、この戦では苦戦をしてはいるが、不謹慎ではあったが曹操自身は喜びの方が優っていた。

 

(そうよ、孫策・・・。そうでなくてはいけないわ・・・・。私が倒す貴女たちは強大な敵でないといけないのだから・・・)

 

曹操は皆に見えないように、歪んだ笑みを浮かべるのであった。

 

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それから2ヶ月ほど経過したが、戦闘は膠着状態を維持し、強靭な防衛網を突破することができない魏は次第に兵たちを疲労が蝕んでいく。

 

北郷隊たちは雪蓮と行動を共にし、呉王の御旗のもとに戦場を駆け巡った。

 

あるときは西へ、あるときは中央、そして東へと。

 

今回の戦闘でも敵を罠にはハメたあとは、弓矢の援護射撃と騎兵隊の突撃を行う。

 

「隊長!!敵はこちらの誘導にひっかかりましたぞ」

 

副官が嬉しそうに報告をすると、北郷もフッと鼻で笑い弓矢斉射の指示を出す。

 

「では予定通り、弓兵隊は援護射撃。二度斉射を行った後騎兵隊を突撃させ正面から迎え撃つ!!」

 

「了解です!!」

 

副官が角笛で指示を送ると、どこからともなく現れた弓兵たちが魏兵を取り囲み形で斉射をする。

 

「今だ!!突撃!!」

 

北郷の号令のあと、正面から一気に騎兵隊がぶつかる。乱戦になり、北郷も敵を投げ飛ばし、切り捨てていく。

 

そうして乱戦での混乱のあと、両翼から雪蓮の部隊が奇襲をかける。

 

「ゆけ孫呉の兵たちよ!!敵の横っ腹に風穴を開けてやるのだ!!」

 

雪蓮の号令のもと両翼からの奇襲をかけ、敵は一気に混乱状態になり、耐えられず撤退をしていく。

 

北郷隊は決して深追いはせず、持ち場を維持し、警戒をする。

 

深入りすれば敵が待ち伏せをしている可能性もあるからだ、この戦いは防衛に徹し、追撃は行わないことを徹底していた。

 

今回も敵の迎撃に成功した雪蓮たちは勝利の雄叫びを上げるのであった。

 

それから暫くして魏軍は撤退の色を見せ始める。

 

曹操自身、敵の強さを知りたかったという思いでこの南征を行ったのだ。

 

敵の力が知れた以上、曹操ももはやこの南征を継続する意味はなかった。曹操は納得した面持ちで撤退命令を出し、魏軍は撤収していく。

 

だが魏の急速な勢力拡大が仇となり、指揮系統に綻びが出てきていた。

 

曹操の命令に対し、不満を持つ者たちがいたのも確かではあり、不穏な空気が魏軍で流れ始めていたのも事実ではあった。

 

今回の戦でその兵士たちの不満が爆発し、命令無視し数人が行方をくらました。

 

だがその数人の行いが呉と魏の運命を大きく狂わせる事を彼らは知る由もなかった・・・。

 

魏が撤退をしていくなか、今回の戦闘はひとまず勝利を収めた連合軍は勝利を祝おうと、後方基地でささやかなお祝いをしていた。

 

ここは建業からそう遠くはない基地でもあり、行政府で結果を聞いた穏や蓮華たちが駆けつけ、北郷や思春たちの働きを労う。

 

皆が酒を飲み交わしている最中、雪蓮は北郷を見つけるとついてきて、と一言言って天幕をスルリと抜け出す。

 

その二人の姿を潜み、覗いてた魏兵たちは計画を実行に移すべく、頷き合うと二人のあとを追っていく。

 

戦が終わり、極度の緊張から解き放たれたなか、北郷たちは敵を感知することができなかったのである。

 

 

「ん?そういえば北郷と雪蓮の姿が見えないが・・・・・?」

 

「ああぁきっと母親のところじゃろう。あそこは此処からは近場じゃからな」

 

祭が不審がる冥琳にそう説明をすると、冥琳もため息をついて愚痴をこぼす。

 

「そうであるなら、私に一言言ってくれたいいであろうに・・・・」

 

「そうツンケンするでない。おそらく北郷を母親に紹介したかった・・・ということじゃろ。気にするな、冥琳」

 

「そうですか・・・・なら・・・」

 

冥琳は雪蓮たちのあとを追うかを考えたが祭に言われ、二人きりにさせてやろうと考えた。

 

だが彼女の判断が後に大きな禍根、後悔を生むことになるのであった。

 

それから雪蓮と北郷は何も話すことなく、森の中を歩き続ける。

 

北郷は雪蓮のいつもと違う雰囲気を察し、彼女の思いを慮り黙ってあとをついていく。

 

深い森を抜けると、そこは小川のせせらぎが聞こえる小さな広場といった所だろうか。

 

川が流れる麓に石墓がポツンと一つ。

 

「ここに来るのも久しぶりね・・・。そちらの世界で元気にしていた?」

 

雪蓮は微笑んで一人そう呟くと、酒瓶を空け、墓にかけてやる。

 

「雪蓮この墓は・・・まさか」

 

「うん、この墓は私の母、孫文台の墓よ。ビックリした?」

 

「・・・・うん、王というともっと豪勢なのかと思っていた・・・・」

 

「母さんはこの場所が好きでね・・・・いつもこの場所で酒を飲んで、釣りを嗜んでいたわ」

 

「そうか・・・だからこの場所で・・・・という事か」

 

「そういうこと。まぁ母さんらしいわ、ホント。母さん紹介するわ、彼が私の夫になる男、北郷一刀よ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

北郷は何も言葉を発することなく墓石を見つめると、深くお辞儀をする。

 

「・・・・母さんには聞いて欲しくて・・・。一刀、ごめんね」

 

「気にしないでくれ・・・。俺も、こうして君の母さんの前で報告ができることを、嬉しいと思っているんだ」

 

北郷そう言うと、墓石を綺麗に掃除し始める。その手つきはとても丁寧であり、優しさと敬意を雪蓮は感じられた。

 

「ありがとう、一刀」

 

雪蓮は微笑み、北郷同様に墓を綺麗にする。

 

「ふぅ〜綺麗になったわ。ありがとう、一刀」

 

「どういたしまして・・・・。今回ここに来たのは一刀を紹介するだけじゃないの」

 

「と、いうと?」

 

「自分の気持ちに整理をつけたい・・・・。決意を母さんに聞いて欲しかった・・・から」

 

「そうか」

 

それから雪蓮は静かに墓の前で語りだす。

 

自分が孫家の王を辞めること。そして呉の国民国家の誕生を見守って欲しいことなど今まで溜め込んでいた想いを告白する。

 

それはある意味で教会で神父の前で行う、懺悔に近かった。

 

きっと母が考える呉の在り方、雪蓮が考える呉の在り方は大きく異なるのであろう事は雪蓮の表情で理解ができた。

 

自分の母が築いてきた孫家の礎を彼女の個人的な考えで、終わりにしようとしているからだ。

 

そして呉の未来、繁栄を見守って欲しいことを締めにしてゆっくりと立ち上がった。

 

「母さんはきっと私を許してくれないわ・・・・」

 

そう寂しく呟く雪蓮の肩を北郷は労わるように置くと、優しく抱き寄せる。

 

「許してくれるさ」

 

「どうして?」

 

「娘の幸せを願わない母親はいないからだよ、雪蓮。確かに孫堅様は王として雪蓮に接する場合は、怒りを見せるかもしれない。でも必ず笑顔で君を褒めてくれるはずさ。雪蓮はもう十分戦ってきた。蓮華、シャオを守り、そして江東を復興し、広域な連合・連邦政府の樹立に寄与した。この功績に後ろ指をさすような者はいないだろう」

 

「・・・・・ありがとう一刀。私は貴方に会えて良かった・・・・」

 

「共に背負っていきたい。君だからこそ、そう思えるんだよ雪蓮」

 

「ふふふ・・・バーカ、カッコつけちゃって・・・・でも嬉しい」

 

二人で寄り添うが、強い風が雪蓮と北郷を包み込む。まるで何かを言いたいような、いや風がそんなことを・・・と北郷が考えていると雪蓮も苦笑し彼と同じことを言う。

 

「母さん、やっぱり怒ってるわね・・・」

 

「・・・・ッあれは・・・?!」

 

強い風が二人を包み込む中、北郷が視線を墓の向こう側に向けた瞬間、雪蓮に矢を向ける男たちの姿が見えた。

 

(魏兵がなぜ?・・・だめだ間に合わない!!)

 

雪蓮は全く気づいていないようで、彼が言うより先に矢が彼女を襲うことを瞬時で判断した北郷は彼女を突き飛ばす。

 

-16ページ-

 

強い力で突き飛ばされた雪蓮は地面に叩きつけられる。北郷がとった行動に雪蓮は怒りを覚え、目を三角にし声を上げる。

 

「きゃ・・・!ちょっと一刀?!何するの・・・・・よ?」

 

彼女の心臓がドクンと大きくはねる。それと同時に震えが彼女を襲い、悪寒が雪蓮の体を徒に這いずり回る。

 

北郷の体には弓矢が数本刺さっていた。北郷の体から血が滴り落ち、彼の制服を真っ赤に染めていく。

 

「矢だ!!・・・なんで?!」

 

雪蓮はそう叫ぶと同時に、ガサガサと音がする。

 

「誰だ!!」

 

「ひっ?!」

 

雪蓮は大きく叫ぶと、魏兵たちは顔を真っ青にして一目散に走り去っていく。

 

「待ちなさい!!よくも・・・・」

 

「待て雪蓮!!!深追いは危険だ!!」

 

北郷が血を流しながら、雪蓮を大声で静止する。

 

「・・・・ッ一刀、しっかり。少し痛いけど我慢して」

 

雪蓮は数本の矢じりを抜くと、自分の服を破り、彼の出血を止血せんと強く縛る。北郷は顔を痛みで顰めながらも、止血作業を黙って受けた。

 

刺さった箇所を見ると腕に刺さったようであり、致命傷という訳ではないようである。

 

だが北郷はハッ?!と何かに気づくように顔で驚きを見せると同時に、直ぐ様自虐的な笑みを見せた。

 

「・・・・なんてこった・・・・・。でも・・・・思い出せた・・・・ああ・・・・良かった」

 

ブツブツと譫言を口にする北郷を見て、雪蓮は顔を青ざめる。

 

「一刀!!しっかり・・・・」

 

「・・・・大丈夫さ。それより雪蓮は・・・・?」

 

「私は大丈夫。それより・・・・しっかりしなさい!!直ぐに基地に戻りましょう!」

 

北郷の片腕を担ぐと雪蓮は直ぐ様基地へと向かう。

 

最初に意識のあった北郷の容態はどんどんと悪化していき、止血しているはずの血が止められることなく、流れ続ける。

 

北郷は意識を朦朧とさせながら、雪蓮に語りかける。

 

「・・・・っぐ・・・・雪蓮・・・・・俺は君に言えなかった事がある。聞いて欲しいんだ・・・・」

 

「喋らないで!!傷に触るわ!」

 

彼女の静止を無視し、北郷は話し続ける。

 

「君は・・・・君は・・・正史では暗殺される運命だった・・・。刺客に襲われ、その後は蓮華に託す・・・・」

 

「貴方、何を言って・・・?」

 

「でも俺は話せなかった・・・・。話せば未来が変わってしまい、予期せぬ自体を引き起こしてしまうのではないかと葛藤もした・・・。だけど・・・やっぱりダメだった・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「俺は君をあの時会う前から実はもうすでに会っていた・・・。俺は君が毒矢で犯され、目の前で息を引きとる姿を思い出した・・・・」

 

歩きながらも北郷は雪蓮に、信じられない事実を口にし、彼女も情報量が多過ぎるゆえに処理できず混乱する。

 

だが北郷は弱々しく、話し続ける。

 

「俺は君に拾われ・・・・それで種馬になれと言われたんだ・・・・。笑えるだろ・・・?て・・・・天の御使いだって・・・・言ってさ」

 

「天の・・・・御使い?」

 

「そうさ・・・。でも・・・・君の運命を・・・・俺は変えることはできなかった。何度同じ世界を・・・・外史を巡り・・・・君を・・・必ず助けると・・・・グ・・・・」

 

北郷は耐え切れずに吐血する。雪蓮は自分の顔に血が飛び散るが、そのことは気にする事なく北郷を担ぎ励ます。

 

「もうすぐよ一刀・・・・。大丈夫、私が死ななかった・・・。そうであるのなら、あなたも死ぬはずはないのだから・・・・」

 

雪蓮は自分が何を言っているのか、分かっていなかったが、とにかく北郷を励まし続ける。それ以外今の彼女にできることはなかったからだ。

 

「・・・・・すまない・・・・雪蓮」

 

「いいのよ。借りはあとで返してもらうんだから・・・・ほら!」

 

「もう・・・・もう・・・ダメかも・・・・しれない・・・・・・」

 

「何言ってるのよ!!一刀!!!しっかりなさい!!」

 

「・・・・・毒・・・・だよ。体が・・・・・熱い・・・・・ハハハ・・・君もあの時、言っていたな・・・焼け串で・・・体を刺されているみたいだって・・・・。本当にその通り・・・だ」

 

意識朦朧としながらもどこか遠い目で笑みを彼はつくると、震える声で雪蓮に告げた。

 

「もう・・・・手遅れだって・・・そう言ったんだ・・・・」

 

「・・・・・・え?」

 

雪蓮は信じられないものを見るような目つきで北郷を見つめると、足を思わず止めてしまう。

 

雪蓮の瞳が揺らぎ、瞳孔が開いたり閉じたりを繰り返す。

 

北郷一刀が死ぬ。

 

この事実が彼女の胸深くつき刺さり、抉る。彼女の視界は真っ白になり、心臓の動機が一気に激しくなる。

 

「巫山戯るな・・・・・。こんな事実、私は認めない!!北郷!!貴方を死なせない!!絶対に・・・・!絶対に!!」

 

北郷は彼女の荒らげる声に反応することなく項垂れる。

 

と同時に雪蓮の肩にずっしりと重みが増える。北郷の意識が完全に失ったのだ。

 

「死なせるもんか・・・・・。死なせて・・・・なるもんか・・・・」

 

雪蓮は歯を食いしばり、北郷を担ぎ直して、前に前にと進んでいく。

 

口を強く噛み、血の味が広まり、その瞳には大粒の涙が止めどなく溢れ出ては、地面に道標を作っていく。

 

それから雪蓮は北郷を担いだまま、基地になんとかたどり着く。北郷は既に意識を失っており、顔に血の気がなくなっている。

 

「孫策様・・・・それに北郷隊長?!」

 

「ぜぇ・・・・ぜぇ・・・・・北郷が・・・・お願い・・・・一刀を助けて・・・・・・」

 

重い成人男性を担ぎ、雪蓮は基地まで来た時には衰退を極めており、まともに会話ができる状態ではなかったが、衛兵が北郷の状態を見て只事ではないと悟り、救護兵と医者を呼ぶ。

 

「ん?どうした騒がしいが・・・・」

 

「周瑜将軍・・・・北郷・・・・北郷隊長が刺客に襲われ・・・・!!」

 

飛び込んできた兵士の叫びを聞いたとき冥琳は持っている食器をガシャンと落とし、走り出す。

 

後ろには祭、蓮華たちが続いていく。

 

蓮華たちは何かを叫んでいたようであったが、冥琳の耳には入ってこず、ひたすら走る。

 

医務室の扉を勢いよく開けると、血だらけの雪蓮が泣きながら彼の手を握り続けている姿を見て、冥琳の心臓が大きく揺らぐ。

 

「・・・・バカな・・・・」

 

絞り出すように冥琳が呟く。冥琳には予想だにしない事態に、そして信じられない光景に、最早言葉を出すこと事ができず、呆然と立ち尽くすのみであった。

 

祭が泣きじゃくる雪蓮を見て、ただ事ではないと悟ると、静かに雪蓮の頭を撫でる。

 

「北郷は・・・・どうですかな・・・・?」

 

「私を庇って・・・・弓矢が・・・・弓を狙っていたのよ!!魏兵が・・・追い出したはずなのに・・・・・なんで!!」

 

祭は錯乱状態の雪蓮の頬をパァンと叩くと、肩を揺さぶる。

 

「落ち着きなされ!!北郷は・・・一刀はどうでありますか」

 

祭は大きな声で雪蓮に叫ぶと我に返ったのか、雪蓮は静かに状況を語りだす。

 

「毒が・・・・毒がぬられていた・・・・。いま治療を受けて・・・・でも・・・」

それ以上雪蓮は祭に話すことを拒否した。顔を背けるが、背けるときに彼女の涙がキラリと舞う。

 

「どれくらい持ちそうだ・・・?」

 

冥琳が静かにそう告げると、雪蓮は震える声で・・・・絞り出すように告げる。

 

「・・・・今夜が峠だって・・・・。意識が・・・戻るかも・・・・分からない」

 

「そうか・・・・・・・・」

 

冥琳は静かに相槌を打つと、北郷の下まで歩き、彼の頭を優しく撫でる。

 

「北郷、ご苦労だった・・・・。よくぞ・・・よくぞ・・・雪蓮を守ってくれたな」

 

冥琳はそう言うと北郷の顔を優しく、丁寧に撫で続け、彼のおでこに優しくキスをした。

 

「姉様!!一刀は・・・・!治療を始めないといけないのに、どうして誰も治療をしないのですか・・・・!!」

 

「もう・・・手の施しようが・・・・ないって」

 

「そ、そんな・・・・そんな事があるか!!おい!貴様!!早く!!早く!!治療をしろ!!この孫仲謀が命じる!!一刀を治療しろ!!!」

 

そばにいた医者に蓮華は乱暴に告げると、医者は静かに涙を流し、首を横に振り続ける。その姿に涙を貯め、怒りの形相を浮かべ、医者の胸ぐらを掴む。

 

「なんで・・・・!!なんで・・・・!!お願い!!一刀を・・・・一刀を・・・助けてよぉ・・・・・。あぁぁぁぁぁぁあ・・・・・」

 

胸ぐらを掴んでいた手を離すと、ズルズルと蓮華は崩れ、泣き崩れてしまう。

 

自分の主である蓮華の姿と、かつて実力を認め、戦うことを誓い合った戦友の命が消えかかっている事実に思春も打ちのめされてしまう。

 

「・・・・・北郷・・・・・」

 

彼の名前を呟くも思春はそれ以上何も言わず、俯くだけであった。

 

穏は静かに涙を流し、祭は冥琳と雪蓮のとなりで呆然と立ち尽くし、ポツリと呟いた。

 

「また・・・また儂だけが生き残り・・・」

 

祭は苦々しく呟くと握りこぶしを作り、爪が食い込んで血が出るほど強く握り締める。

 

それから暫く北郷隊の者たちが病室に入ってきた。

 

北郷の側近であった副官は重い雰囲気から事態を察したのか、天を仰ぐ。

 

北郷隊の者たちの泣きじゃくる声が部屋を支配していた。

 

 

説明
続きを投稿します。もう少しブラッシュアップできたとは思いますが、力量不足です。
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コメント
mokiti1976-2010さん、コメントありがとうございます!次回から話の展開として終盤に入ろうとしています。雪蓮は主人公であった北郷と幸せになれるのか?救われないエンドをやるつもりはありませんが、少し暗い展開にはなると思います。お楽しみに!(4BA-ZN6 kai)
雪蓮の命を救えたのは良かったですが、代償がこれではあまりにも…だから奇跡を信じる!このままでは終わらないと!(mokiti1976-2010)
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