女と黄川人の話 |
皆の洗濯物を畳んでいて、ふと、顔を上げる。ピリピリ、チリチリとした何かを感じ取って、そちらに視線を投げた。玄関の更に向こうから何やら気配を感じる……、ような気がする。そしてそれは、どうしてだか放ってはいけない気がしたので、首を傾げつつも足早に向かう。なんだか懐かしいような、それでいて僅かな苛立ちも覚える気配だった。
たどり着けばなるほど、そういう事かと納得はしたけれど。
「よッ」
大きな門の下に立っていた少年は、こちらに向かって軽く手を上げる。赤い髪に桃色の着物。見覚えがあるも何も、つい少し前まで死闘を繰り広げた相手であったし、なにより娘の父親でもあった。
うわあ、と顔をしかめているのが目についたのか、彼はケラケラと笑う。
「なんだい、折角会いに来てやったのにサ」
「頼んでないよ、そんなこと」
「またまたあ」
目を細めて笑ってはいるが、目は笑ってはいない。彼がいったい何を考えてここに来たのか、さっぱりわからない。女はしばし考えて、口を開く。
「あの子なら出掛けてるよ」
「知ってるよ、そンな事は」
姉さんのところだろ、と頭の後ろで手を組み、つまらなさそうに口元を歪める。女は瞬いてから、首を傾げた。
「会いに来たんじゃないのかい」
「会いに来たとも」
今度は面白そうに声を上げて笑った。わけがわからない、と眉をひそめる女に、少年は顎で女を示す。
「アンタに会いに来たんだよ」
はあ、と。生返事を返してから、女はため息を一つ、長く、吐いた。何をいきなり、と思ったが、彼相手だ。そんなこと、今更な気もした。
「ま、いいさ。お上がりよ」
「では遠慮なく」
ニコニコと、相手は門をくぐる。無事にくぐり抜けたのを見て取って、女はふうん、と呟く。
成り行きとはいえ鬼退治を生業としているこの家には、強い結界が張ってあり、悪意がある者は通ることができない。そういう物が、いつの間にか施されていた。
ところで、イツ花は人が好い。やれ道に迷っていたから、やれそこで話し込んでしまって、と、誰彼構わず連れてくることがあった。そして、イツ花が世話をするおかげか、ここに住む者もどこか人が好い。彼女が連れてきた客人を、丁寧にもてなす。そんな訳で、あの屋敷に行けば丁寧にもてなされるらしい噂がちらほらと出たらしい。その噂が出てから物盗りがやってくるまで、そう長くはかからなかった。一度、二度、物が無くなったあたりで勘が良いきょうだいは気づいたが、別に命を取られるでも無し、旅支度や普段の生活に支障が無ければ良いかと放っておいたのだそうだ。だが、それが間違いで、その後とうとう刃物を向けられる事態となってしまった。イツ花がそれこそ大声で叫んだおかげで周りに知れ渡ったし、相手も大声に驚いている隙に捕らえることができたが、これは問題だということになった。とはいえ、客人をもてなすこと自体は良い事であるし、イツ花に客人を連れてくるなとは言いづらい。さてどうしたものかと悩みながらも過ごしているうちに、懲りずにイツ花が客人を連れてきた。が、そこで不思議な事が起こる。イツ花は玄関の門をくぐり抜けるが、客人には出来ないと言うのだ。通ろうとすると肌がビリビリ痺れるとかで、通ることが出来ないという。またまたァ、とイツ花は笑ったが、結局客人は門を通ることが出来ず、そのまま帰っていった。それを聞いたきょうだい達も首を捻るばかりであったが、真相は、その夜分かることになる。
夕餉を済ませてさて一息、といった際に外から、イツ花にも負けないくらいの大声が響き渡った。何事かと数人が見に行けば、玄関門に一人の男が倒れている。その側には、大男と異国風の女が佇んでいた。獅子の如く恐ろしい顔をした大男は、玄関門にやって来たきょうだいに気付くが否や鼻を鳴らし、
「甘い!」
と怒鳴った。褐色の肌をした女の方は、頭巾のような被り物の隙間から、きょうだい達に視線を向けて一礼しつつ、
「我が呪法により、悪しきものはこの門を通ること叶わず」
倒れている男を見てそう告げる。どういうことかと混乱して幾人かが瞬いているその後ろから、
「父上!」
「母さん!?」
驚きの声が上がり、その場は更に混乱した。
急遽下界に下りてきた二柱とアレコレあったのは、また別の話として、要するに、心配性の親神が子供たちの為に結界を張ったのだ、ということである。
そんなことがあったと教えてもらっていたことを、平気でくぐり抜けた彼を見て、ふと思い出していた。
「へェ……」
門をくぐり抜けた少年は、辺りを見渡しながら腰に手を当てている。やがて女を振り返り、
「で、案内は?」
と爽やかに尋ねた。女はきょとんとした後、ははあ、と片眉を上げる。
今、出撃できる子供たちは皆昼子の元へ修行という名の出稼ぎに行っている。家事全般を預かるイツ花は今日は買い物日和だ!と意気揚々出ていったので、帰りは遅くなるだろう。
今この屋敷にいるのは年老いた女ただ一人。わざわざ、これを見計らってやって来たのだなと、何故だか急に理解できた。
「なにサ」
「いんや、別に。仕方ないね、ぐるっと案内したげるからついておいでな」
「はーい」
素直な返事に思わず吹き出す。天上での態度とはまた違って、格好も格好だからか威厳もない。ただの少年に見える。まあ、そう、見えるだけなのだが。
「じゃあ、まずは、こっちだよ」
女は少年を連れて、庭から蔵から、順番に案内をしてやる。彼はそのたびに皮肉やら何やら、律儀に感想を述べたりそれらを触ったり質問をくれたりして、その無邪気さに、女は内心笑っていた。とりわけ彼が気に入ったのが大広間から眺められる庭で、ふうんだのへえだの頷いて振り返り、
「ここで鍛錬とかするのかい?」
「そうだね……晴れてる日は、ここでするのが、多いかもね」
「あ、野菜もある」
人の説明を聞いているのかいないのか、あちこち勝手に歩き回って、今度は野菜だの花だのを見て回る。
「ふ?ん。これは、アンタが育てている野菜かな?」
胡瓜の畑を指差して振り返る。女は瞬き、
「よく分かったね」
正解だと答えると、彼は笑って、食べ頃の胡瓜を一本もぎとる。
「上でも良く食べてただろ?」
上でも、というのは天上での話だろう。確かに、あちらで女はしょっちゅう胡瓜を齧っていたが、そんな事を向こうでは言われたことが無かったので、てっきり知らない物だと思っていた。勝手に胡瓜を齧りながらなかなかだね、などと呟く彼に内心悪態をつきつつ―その胡瓜は娘が楽しみにしていたものだった―案内を続けた。
一通り案内が終わって、一息。勝手に大広間で寛いでいる少年に、熱い湯呑を差し出す。彼はなんなくそれを受け取って茶を飲みながら、
「あっつぅ。夏なのになんで熱い茶なんて出すのサ。嫌がらせのつもりかい?」
むくれてみせれば、女は不思議そうに瞬く。
「暑いからでしょ」
「はぁ?? 変な女」
そう言いながらもお茶を啜っている相手を見て、捻くれてるなァと改めて思う。女はちゃぶ台に片肘をついて、アチアチ言いながら湯呑と格闘している少年に尋ねる。
「今更だけど、何て呼ぶ?」
「そりゃ今更だ。そういえばここに来てから一度も名前を呼ばれてないや、ああ、ヒドイねェ。ヒトツキ付き合った仲なのに……」
ヨヨヨ、と泣き真似してみせる少年を指差す。
「それだよ、黄川人」
「何が」
今度は少年―黄川人―が瞬く。可愛らしく首を傾げてこちらを見てはいるが、やはり、何を考えているのかは分かりづらい。上っ面は表情をコロコロと変えて親しげに接してくるくせに、内面は決して見せようとしない。
「たったヒトツキの付き合い……ま、殺し合いも含めばそこそこ長い付き合いになるんだろうけどさ。たったそれだけの付き合いでしょ。わざわざ、下界に何しに来たの」
玄関先で姿を見た時は、まさか何か企んでいるのか、と思ったりもした。が、門は無事に通ったし、案内の最中に聞いたことが本当であれば、実体を持たせてもらうためにあちこち頼み込んだというし、敷地内を案内して彼がごく自然に感動したり感心したりしている姿を見る内に、その考えは薄れて消えた。では、一体何をしに来たのか?
彼は会いに来た、と言った。だが、本当にそれだけの為にやって来たのかと考えると、どうしても、イマイチ信用が出来ないのは、長年の付き合いから来るのかもしれない。
「言ったじゃないか。アンタに会いに来たのサ」
「そこが、分かんないんだよねェ……」
ため息混じりの女に、黄川人はむっとする。
「なんでサ。アイした女に会いにくる事がそんなにオカシイ事かい?」
「愛した、ねェ」
今度は、ふ、と鼻で笑う女に対して、黄川人は眉をひそめる。
「間違ってはないだろ?」
「ま、そうかもね」
下界での戦いも、天界でのドタバタも、彼なりの愛であるというなら理解は出来る。方向性が、常人とはえらく違うだけで。
「でもわざわざ下に来なくたって、望めば上で会えるだろうに」
「アンタさァ、そろそろ死ぬだろ?」
湯呑の縁を弄りながら放たれた涼やかな言葉に、しん、と一瞬静まり返る。遠くから聞こえる蝉の声と、黄川人が茶を啜る音だけが残った。女は知らず知らず、ぎゅっと手を握る。
たしかに、もう長くはない。彼と死闘を演じた際に満ち満ちていた活力はとうに失われ、身体に力が入らないことが増えた。死に近づいていることが日に日にわかるようになった。先程だって、彼を案内する際に何度も息が切れそうになった。そこは、矜持で、隠したが。
女は戯けて肩を竦める。
「どんな風に死ぬのかってェ、見に来たってこと? いい趣味してるわね」
すると黄川人はまさか!と声を上げて、
「いやァ、流石にそこまで長くは居られないンだ。もう少ししたら帰るサ」
怒られちゃうしね、と笑う黄川人に、
「はあ」
では何をしに来たのだ、と今ひとつ理解していない女を見て、黄川人は声を上げて笑う。
「本当に、アンタを見にきただけだよ。アンタが死ぬ前に、アンタがどうやってここで暮らしてるのかを見たかったって事」
「なんでよ」
もう言ったじゃないか、と黄川人は戯けて目を細める。
「愛してるからさ」
愛、愛ねェ……とそれきり黙り込んだ女との会話が欲しかったのか、聞いてもいないのに黄川人はアレコレと勝手に話し出した。赤子となって天界に昇った後の話だとか、家族で話し合いをした結果拗れた話だとか、その内過去の身の上話になって、
「最初はこんな仕打ちをした、人間たちへの復讐のつもりだったケド……」
両手を畳の上について天井を見上げた後、黄川人はこちらを見る。
「ボクらと同じ鬼が産まれたってんなら、話は別だろ? 気になるに決まってるじゃないか」
だから呪いを施した。こちらが手を出せば、切り札として使う予定だった手前もあって神々が放っておくハズがないし、そもそも、最初に手を付けたのはあちらだ。
「ま、君たちも莫迦だよなァ。真面目に鬼退治の為せっせと働いてサ」
「今でもそう思う?」
今まで黙っていた女がようやく口を開いて尋ねれば、勿論、と彼は嬉しそうに身を起こして、顔を歪める。
「こんなボクの為によくもまァ、大事な命を使ってきたもんだよ」
肩を竦める黄川人に、女は大事な命か、と、ふっと笑う。その様子が気に食わなかったのか、黄川人は眉を顰めて頬杖をついた。湯呑の縁をまた弄りだす。
「わたしたちも、さ、分からないんだよね」
「何がサ」
「黄川人に対しての感情」
「ふぅん?」
興味が湧いたのか、今度は視線を投げてくる。
「ご先祖に対してなんてコトしてくれたんだ、ってェ思いもあるんだけどさ。結局、そんなことにでもならなきゃ、今わたしたちは生きてないんだよね」
女は腕を伸ばしてみせる。一見、成人女性のそれと変わらないが、袖から覗く肌は老いが進み、しわがれていた。
「こんなに短い命だけどさ……この、今の世に生まれてくることはなかった。あんたに会うこともなかった」
「……」
「それがあんたのせいであり、あんたのおかげであることは確かなんだよねェ」
茶を啜り、困ったように笑ってみせると黄川人は面白くなさそうに舌打ちする。これだから莫迦は困る、と彼は口の中で苦々しく呟いた。
結局、その後も勝手に寛いでアレコレ喋って、女も適当に相槌を打って、付き合ってやった。やがて茶も茶菓子も尽きたので、と、女が片付けている間に、
「そンじゃそろそろ帰るよ。あの子によろしく」
と告げるなり足早に帰ろうとするので、女は慌てて片付けを終えて後を追う事になった。別に追わなくてもいいだろうに、と思いながらも、追わねばならない、とも思ってしまった。
追いつけたのは出会った玄関先で、彼は門の前でわざわざ女を待っていた。女は息を整えて、ため息を吐く。
「……やっぱり分からないんだけどさ。黄川人がきた、本当の理由」
黄川人は大きく腕を広げて見せて、
「会いに来ただけ、だよ。ほんとにサ。そんなにボクの事が信用ならない?」
可愛らしく首を傾げる。
「……ならない」
正直に言って俯向けば、彼は腹を抱えて笑って、
「そういう所がサ、面白くっていいや」
「はあ……」
「アンタはさ」
見上げれば、穏やかな顔をした神がこちらを見ている。
「どうしてボクを交神相手に選んだんだい?」
女は口を開き、閉じる。そういえば、どうしてだったろうか―。彼を交神相手に選んだ、理由。考えて、考えて、こうだと思う答えが見つからないままに口を開く。
「……気になったから、かな」
「うん?」
だが、声に出してしまえばあらゆる思いが身体じゅうを駆け巡ってくる。顔を上げ、ハッキリと黄川人の眼を見て、女は言う。
「人に成れず神に成ってしまった、そんな哀れな赤子が一足飛びに大人になって、また神になった。そんな人が、どういう暮らしをして、どういう想いで暮らしているのかが気になった。……多分、そう」
ふふ、と黄川人は口元を歪める。この女の真っ直ぐな瞳と、直情な物言いは嫌いじゃなかった。
「ボクもさ、君たちの事が気になってたんだ。だから交神相手に選んでもらえて、楽しめたよ」
「気になるってったって、散々観察してたじゃないか。半透明だったり、そうじゃなかったりして」
女の疑問に黄川人は顎に手を添える。
「まァね?。でも、ま、迷宮でお出迎えしてたような時とは違うというか、そこからじゃ見えない物……てのも、やっぱりあるわけだよ」
「うん?」
首を傾げる女に、例えば、と黄川人は我が家を指差す。
「確かに迷宮では君たちに声を掛けることができたけど、それはあの場だからサ。今日みたいに君たちの家に現れたことはないだろ?」
「……確かに」
現れれば大騒ぎしていただろう。それこそ屋敷が壊れる程に。京の都が壊れる程に。だが、彼は我が家やその周辺に現れることはなかった。
「まァ神々の加護が掛かってて京に入りづらかったのは勿論あるんだケド……ま、ボクとしては、自分でアレコレ苦労して京に入るよりかはのんびり待って、君たちに会いに来てほしかったからね」
「身勝手な神め」
辛辣な言葉に思わず吹き出して、
「神が身勝手じゃなきゃ、なんだってのサ」
「……」
何なのか。あまりにも思い至る事が多すぎたのだろう、女は口を閉じながらアレコレと考えを巡らせているようだった。黄川人はその様子にくつくつ笑いながら、
「ま、そんなワケで……君たちの家に行く為にボクはそりゃもう頑張って頑張って、晴れて正式に神サマとして認められたから、京に、君たち……君に会いに来たのサ」
「何しに?」
すかさずの質問に、
「そりゃ勿論、君がここでどんな生活をしているのかをサ。さっきも言ったろ?」
「……分かった。認める、黄川人はそれを見に来た。で、なんで?」
「しつこい女だなァ」
流石に呆れてきたのか、黄川人は顔を歪めるが、
「薄っぺらーい言葉での、愛してるから、なんて答えならまだ刃を交える方が楽なのよ。知ってるでしょ」
女の言葉に黄川人は瞬く。衰えた女の身体から殺気ともいえぬ気迫を感じて、感心した。
「アハハ、確かにそりゃそうだ。そうだね……」
やや考えたが、本音をぶつけることにした。これ以上はぐらかして刃物を持ち出されては厄介だ。
「君たちはボクなんかよりもよっぽど神に近しい存在なのに、人間として鬼を倒して、人間としてここで暮らして、そして人間として受け入れられてる。違和感も、疑いもなくね。ボクなんかよりも、よっぽど化け物なのにサ。考えてもごらんよ。だから、どうしてなのかな?? って、気になったのサ」
彼の物言いはさておき、言われてみて確かに、と女は首をひねる。ことの始まりである先祖は、神と人との子供なので言わば黄川人と同じだ。だが、それ以降は話が変わってくる。幾度となく神と交わった自分たちが化け物でなくて、神でもなくて、一体何だというのだろうか。
「で、サ。今日見に来たってワケなんだけど……君たちの人間ぷりときたら、あァ、そりゃそこいらの神様なんてチャチなモノじゃなくて、化け物なんて目じゃなくて、こりゃ人間だなァって思ったのサ」
「どの辺りが?」
さっき化け物だなんだと言っておいての掌返しか、と呆れてしまうが、それは黄川人なので仕方がない。首をひねったまま尋ねる女に、真面目に悩んでいる風の女に、黄川人は大いに笑ってみせる。
「全部だよ、全部!」
「全部」
今度はポカンとしている女を見て、黄川人は更に笑う。
「そもそも神や化け物なんかが人の真似事して人間みたいに暮らすかよ!」
門から屋敷を仰ぎ見て、黄川人は目を細める。
「ここにある記憶は、確かに神や化け物のそれじゃない。人間が暮らしてきた記憶しかない。……つまんねえの」
本当につまらなさそうに吐き捨てるので、今度は女が声を上げて笑ってしまった。
「そりゃ、ここに住んでいたのはあんたを討ち倒す為に暮らしていた人間の末裔だものね」
黄川人は女を振り返り、ひょいと片眉を上げて見せて、
「ま、それもそっか」
さもありなん、と頷いた。あんたねえ、と女が言おうとしたところに、
「アンタが」
やや姿が透けてきた黄川人が、真剣で、真摯な眼差しでこちらを見ている。
「アンタが死んだら、アンタはきっと神になる」
そうして皆を見守る存在になる。ぽつりと呟かれたその言葉に、女は閉口してふと想像する。天上から家族を見守っている自分。そしてその隣に、まるでそこにいるのが当たり前であるかのように佇む存在。それがあまりにもありありと予想できてしまい、思わず吹き出した。何事かと怪訝そうに見てくる神にニヤリと笑って、
「氏神になったら、きっと朱星ノ皇子って神様に絡まれるんだろうな。ヤだなァ」
大袈裟に、わざとらしく、嘆いてみせる。一寸きょとんとした後、黄川人もわざとらしく頭を振った。
「ああ……、それは、可哀想だ。なら、神になるのをやめるかい?」
挑戦的な瞳に、
「やめたら、きっとそいつは地獄まで追いかけてくるんだろう。しつこいってェ事は、よォく知ってるんだ」
僅かに睨めつければ、彼は満足そうに微笑む。
「なんだ、よく分かってるじゃないか」
「だから諦めたよ」
にんまりと、更に笑みを深めた神を見て、女は苦笑する。
「黄川人も懲りないね。わたしたち一族に」
勿論、と彼は胸を張り、高らかに告げる。
「なんてったって、君たちは見ていて飽きないからね!」
あまりに堂々とした物言いに吹き出して、
「身勝手な神め」
と、女は笑った。
騒がしい蝉の声が涼しげな鈴虫の声に置き換わる頃、女は家族に見守られながらこの世を去った。当主はイツ花の提案を受けて、彼女を氏神にすることを決める。そもそも、両方から脅されたからね、と、当主は苦笑いを浮かべながら、寝入るようにして逝った彼女を見つめた。
ひと悶着どころではない相手との交神期間の交流は、これまたひと悶着どころではなかったが―それでも、今まで戦いに身を投じてきた彼女が朗らかに笑うようになったのは、それからのように思う。
彼女たちが天上でも仲良く言い合いをしている様を思い浮かべながら、当主は葬式の準備を始めるのであった。
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