紫閃の軌跡 |
〜エレボニア帝国 ラマール州 特別演習跡地〜
リィンから連絡が来たのは、シオンへの連絡を終えた直後であった。その連絡先を基にアスベルはアクエリオスに『精霊の道』を開いた先は開けた場所だった。
「今回はアスベルだけなのか?」
「相手がどう出るか分からんからな。最悪俺を基点にして他の面子や騎神を呼べばいいと判断した」
話を聞くと、『特別演習』なるカリキュラムでラマール州を訪れた際に設営地として使われた場所らしい。そして、機甲兵やリィンのヴァリマールに加えて蒼の騎神オルディーネがそこにいた。当然、その起動者もそこにいた。
「会うのは黒の工房以来になるか、クロウ・アームブラスト」
「その口ぶりからすると、どうやら俺と面識があるみてえだな。俺にはサッパリだが」
「その言い分は間違ってない。何にせよ、同じ“Z組”として頑張ろうじゃないか」
「……ああ、宜しく頼むぜ。正直、鉄血の野郎に片膝を付けただけでもやべえってわかってるからな」
このままラマール州都のオルディスに向かってもいいが、まずはかつて領邦軍が使っていたドレックノール要塞の様子を見たいということで、慎重に歩を進めた。何とか掛け橋の前までは辿り着けたが、橋の上には正規軍―――第三機甲師団が駐留している様子だった。
「流石に要塞の中に入るのは……隠れろ」
アスベルが視線に気付いて、彼の声でコンテナの陰に隠れると、要塞の屋上から見つめる人間が一人。駐留している軍からしても、それが指揮官である<隻眼>ゼクス・ヴァンダールであるのは間違いなかった。
彼が下がっていくのを確認した上で、これ以上の滞在は危険だと判断して街道に戻った。
「あれが<隻眼>か……」
「アスベルさん。叔父上は気付いていたと思いますか?」
「視線に敵意は含まれていなかったが、気配を察したのは間違いない」
「てめえが言うと冗談とも思えなくなっちまうぜ」
ともあれオルディスに向かう訳だが、街の前には当然検問がいた。そこはリィンやマキアスにアッシュ、そしてミュゼの冗談と思えない演技によって“徴兵された兵士たちの出征前の観光”という体で潜り込むことが出来た。
「そしたら、俺はここから別行動を取る。ミュゼにクロウ、後は任せていいか?」
「ええ、お任せします。何か分かりましたらARCUSに連絡を入れて下さい」
「あー……ま、そうなっちまうな」
ミュゼは元々この街の人間だし、クロウはかつてヴィータ・クロチルダの絡みでカイエン公爵に関わっていた時期があった。その意味でこの二人がキーとなるのは間違いないだろう。なので、隠形に得手のあるアスベルは一人で動くことにした。
オルディスの街で変わったことといえば、戦争の影響が各所に見られることだろう。アスベルはそのまま隠形でカイエン公爵家に忍び込んだ。
元々守護騎士の絡みでこういった潜入捜査をすることが多く、聖遺物(アーティファクト)の回収目的のためとはいえ、こういったことばかり上手になるのはどうかとも思ったりする。アスベルの場合は前世のこともあって尚更だったが。
そして、使用人らの会話から囚われている人間がプリシラ皇妃とこの世界のトワ・ハーシェルだということは判明したが、ここでアスベルは妙な力の感覚を捕らえていた。
(“黄昏”のようなものではないが……大方因果律の操作か? こんな芸当が出来る人間は限られている筈だが……一度退くか)
そもそも、アスベルの目的はここに誰がいるのかを把握するためであり、感じた力の割り出しまでやればこちらの侵入がバレてリィンたちの潜入が困難になる。ここいらが一端潮時だと判断してアスベルは一度公爵家を後にした。
特に追手の気配も存在も把握できないが、アスベルは手短にリインへ連絡を入れ、街の酒場にて合流することになった。そこにはリィン達だけでなくトールズ士官学院・第U分校の生徒であるマヤとレオノーラがいた。
「アスベル、無事だったか」
「特に目立つような行動はしてないよ。ま、カイエン公爵の城館に忍び込んできたが」
「俺ですら出来ねえことを俺に似た声でサラッと言うんじゃねえよ」
クロウと声が似ている為、まるで二重人格のように聞こえるという苦労のツッコミはさておき、アスベルも席に座って結果だけ報告した。
「城館の使用人らの話を総合した結果、あの館にはプリシラ皇妃とトワ・ハーシェルがいるのは違いなかった。ただ、それとは別に気になる点もあった」
「気になる点ですか?」
「“因果律操作”を思わせるような力の波動だ。流石にクロスベルの時のようなものじゃないと思うが、“黄昏”の影響下にある以上はおかしくもないだろう。俺が彼女らを救出しなかったのはその不明な点を抜きに出来なかったからだ」
元々アスベルはクロスベルでの経験をしていないが、これまでの経緯はローゼリアから聞いているし、キーアとの関わりでアスベルも似たような力を持っていることはリィンらも知っている。なので、特にそれを疑問視するようなことはなかった。
「ああいう力を制御できる人間は本来限られるはずだが……何にせよ、潜入の手立てはクロウなら分かるはずだが、そこも網を張られているだろう。いざとなったら全員殺してでも押し通るから……覚悟だけは持っていてくれよ」
「……分かった。でも、出来れば殺さないで欲しい」
「いいだろう。今回は同じ“八葉”の人間として免じてやる」
正直「甘い」という他ないが、その甘さこそが絆を深める要素になっているのは否定しない。ともあれ、クロウの案内でかつて『オルディーネ』の試しとして入った場所―――カイエン公爵の城館に繋がる緊急脱出路も兼ねた地下水道であった。
アスベルが予想した通り、鉄道憲兵隊の妨害を受けつつも協力者たちのお陰でカイエン公爵城館に潜入した。その途中で機甲兵の妨害を受けるわけだが、アスベルは意に介することなくたった一合で機甲兵をバラバラに分解した。
「……」
「騎神持ちとは聞いてたが、騎神無しで機甲兵を倒すってマジかよ」
「何言ってんだ? <劫炎>とか<鋼>とかは平気でやるぞ?」
問答は不要と言いたかったが、ここでアスベルは妙な気配を感じてアスベルらにプリシラ皇妃とトワ・ハーシェルを頼んだ。気絶している兵士や散乱する機械の破片以外の気配―――アスベルはその方向に向かって声を発した。
「さて、ご丁寧に教会お得意の方陣まで張ったんだ。顔位見せてもらわないと話にならんな」
「―――へえ、こっちの気配を掴んでるなんてやるじゃん」
「並みならぬ実力だと報告にありましたが、先生以上に油断なりませんね」
アスベルの声に呼応する形で姿を見せたのは、紅い長髪と碧眼を持つ少女と銀髪と紫電の瞳をもつ少年。年齢は双方共に十代だが、彼らが持ち得る“力”でその正体を見抜いた。
「……力の感じ方からするに、“第四位”と“第十一位”か。俺一人如きに((守護騎士|ドミニオン))二人とは……それで、何用だ? 一先ず話ぐらいは聞いてやる」
ガイウスを含めたZ組にそれとなく正体を仄めかす様な言い方はしていたが、この短期間でガイウスやトマスだけでなく他の守護騎士まで送り込んできたのは教会の本気度が窺い知れる。
だが、彼らの目的は“黄昏”に大きく関係しているリィンやクロウではなくアスベルだった。この世界でそこまで力を見せていないというのに、一体何の因果を抱えているのかと訝しんでの物言いだった。
「てめえ、こっちのことまで……」
「落ち着いてください、エリスさん。教会は貴方方―――“来訪者”の力を危惧しております。とりわけその中で中核を担っているであろう貴方……えっと」
「アスベル。アスベル・フォストレイトだ。言っておくが、アンタらがどんな危機を抱いたところで俺らは時が至ればこの世界から消えることになる。その意味で“この世界の七耀協会”が抱く危機は一時的なものでしかない」
教会が彼らを派遣したのは、騎神を含めた常識外れの代物を何とかして管理の範疇に収めたいのだろう。だが、アスベル・フォストレイトらはあくまでも他所の世界の人間であり、この世界のルールに従う道理はない。
「それを信じろってか?」
「互いに信じ切れないのは当たり前だろうよ。何せ初対面の相手にいきなり全面的に信用される方が却って怖いからな」
「それは確かに」
「おい、リオン! コイツの肩を持つのかよ!」
「そうではないですよ。では、こちらの提案は受け入れられないと?」
「この非常時にルールなんて常識を持ち出されるのが不愉快だ。法王自らこの場に来て話し合いをしましょうというのならば、交渉のテーブルに着いてやる」
“黄昏”という超常的な状況をアルテリア法国とて分かっている筈だし、彼らの上司だって承知していることだろう。だからこそ守護騎士らが解決に乗り出している。その中でアスベル・フォストレイト等の力を抑え込もうと画策しようとしたのは、法王に助言した黒幕の仕業だろう。
交渉の前提が整っていない以上は交渉など無意味。そう断言するように言い放ったアスベルに対し、エリスと呼ばれた少女は真紅の装飾が施された法剣を振るった。身内にそれを使いこなす人間がいるため、アスベルは“観の眼”でその軌道を全て見切った。
「エリスさん!?」
「やるぞ、リオン。交渉が決裂した以上、やるっきゃねえだろ」
「はぁ……アスベルさん。貴方には申し訳ありませんが、こちらも本気で行かせていただきます。恨まないでくださいね?」
そう言って、エリスが顕現するは赤き標。対するリオンと呼ばれた少年は蒼白の標―――<((聖痕|スティグマ))>を発現させた。その力の波動をアスベルは感じ、自身の中にある<((聖痕|スティグマ))>が強く鼓動していた。
「……よもや、守護騎士“同士”で戦う羽目になるとはな。これも女神の定めだとするなら、色々面倒事が好きな神様だこと」
「何小言を言ってやがる。とっとと剣を抜いたらどうだ?」
「そうか……どうやら“第二位”や“新第八位”からは何も聞いていないのか。なら、この世界の“守護騎士”がどの程度の力なのか、試させてもらうぞ」
そういって、アスベルの背に顕現する紫碧の<((聖痕|スティグマ))>。そしてアスベルが太刀を抜き放って構えると、エリスとリオンは冷や汗が流れていた。
「なっ……てめえも……まさか」
「察しの通りだよ。元の世界での位階は“第三位”。俺もアンタらと同じ立場って訳だ……元はお前らがけしかけた以上、ただで帰れると思うなよ? さあ、『鍛錬』の時間だ」
感じる力の差からしてまともな戦いになるとは思えない。だからこそ、アスベルはエリスとリオンに対して全力で立ち向かった。どちらが強いのかというのは……言わない方が片方の為とも言えるだろう。
この戦いの後、報告を受けることになったトマスは盛大に頭を抱えつつもアスベルに対して謝罪した。プリシラ皇妃は皇族としての責務から残ることになり、トワは合流、洗脳が無事解けたアンゼリカも合流する運びとなった。
そこまでは別に良かったのだが……ひとつ困った展開になった。
「頼む、アタシを強くしてくれ!」
「……副長殿、どうにかなりません?」
『私も法国へ帰るように言い含めたのですが、“第十一位”も含めて貴方の監視をしたいと言い出しまして』
「つまり、押し付けられたって訳ですか」
『はい。重ね重ね大変申し訳ありません』
アスベルを襲った二人の守護騎士に関してだが、表向きはアスベルの監視役ということで傍に置いて欲しいというトマスのとりなしを受け入れることにした。どうあってもアスベルの力は無視できなかったらしい。
「……魔女の里に連れ帰ってビシバシ鍛えるか。そういや、お前らの師って誰になるんだ?」
「ベルガルド先生です。ご存知ですか?」
「あー、あの人の教え子ってことね。なら、多少スパルタ気味でもいけるな」
アスベルのその言葉を聞いた後、二人は足を踏み入れた先を本気で間違ったのかと思いたくなった。事実、その懸念が現実となるのは……そう遠くない未来の話である。
大分久々の投稿です。大体別作品に掛かりきりの為、リハビリも兼ねてになります。
新作で気になる人物が出たため、時系列とか完全にすっ飛ばしていますが、私は謝らない(何
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