匂わせマイダーリン
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私からはちょっと言いにくくて、なんて、いつも割と歯切れ良く物を言うタイプの彼女が珍しく言葉を濁している。どうも仕事の話らしいが、一体何が起きたのやらと思い示された写真を一目見れば成程これは、と独り言が出てしまった。タブレットの画面の上で指を動かし拡大すれば、あれもこれもと出るわ出るわの『匂わせ』の宝庫だ。

まさかわざと送ってきたわけではあるまい、多分当たり前になり過ぎて気付いていないのだろう。丁度ヤツとはこれから執事喫茶のバイトで一緒になるから任せて、と彼女に告げて、恋に浮かれた迂闊者に掛けてやる言葉を探しながら車を飛ばした。

 

執事喫茶に着いたはいいものの、ヤツは毎度の如く時間ギリギリにやってきたので話を切り出せないまま開店時間になってしまった。暫く様子を観察していたが特に変わったことも無く淡々と働いているし、少しは笑えよ、とすれ違い様に言えば視線だけで一蹴された。相変わらず無愛想で面白くない、京と戦ってるときの方が余程楽しそうだ。

……アイツの前では、コイツは一体どんな顔をしているんだろう、なんて考えたら自分事でもないのに何だかムズムズしてくるから堪ったもんじゃない。オレも京ですらも知らない顔、それを唯一知っているのがオレたちのチームメイトで京の弟子だなんて不思議なもんだ。人の縁というものは、どこでどんなふうに結ばれるのかなんて誰にも解らない、だからこんなに面白いことが起こるのだろう。面白い、なんて言ったらまあ、怒るだろうな。

結局ヤツと二人きりで話が出来たのはランチが終わって店を一旦クローズした後だった。控え室でスマホ片手に長い足を組んでふんぞり返っているヤツに、オレは例の写真を表示させたタブレットを手に近付く。

「おい八神」

ちらりと此方を見て、それからすぐにまたスマホの画面に視線を戻す。まったく本当に腹立つヤツだな、苛立ちはすれども喧嘩するために声をかけた訳じゃない。オレはヤツの隣に座るとタブレットを目の前に突き出してやった。

「これ、昨日マネージャーちゃんに送った写真」

「フン、他人の部屋が見たいなどという下品な趣味の雑誌の話か」

邪魔っ気に人の手ごとそれを払われ思わず舌打ちが出た。

マネージャーちゃんから託されたのは、『八神庵の部屋の写真』だった。隠し撮りでも何でもなく、家主であるコイツ自身が撮ったものであり、女性向けスポーツ雑誌の連載である『アスリートのお部屋拝見』なる記事に使うからとマネージャーちゃんが八神に依頼していたものだ。日頃何かと世話になっている彼女には甘いのか、八神は写真を期日までにちゃんと送って寄越した、それはいい。問題なのは写真に写っていた部屋の様子だ。オレは溜息交じりにタブレットを机に立てると指差して言ってやった。

「リテイクだ」

「部屋の写真にリテイクもクソもあるか、もうやらんぞ」

案の定八神は写真の撮り直しを不機嫌に退ける。予想通りの反応だったが、マネージャーちゃんの為にも迂闊な男に捕まった弟分の為にもハイそうですかと引き下がるわけにはいかないのだ。リテイクせねばこれがそのまま雑誌に載ることになる、載ればどういうことになるのか丁寧に解らせてやらねばなるまい。

「はぁー、じゃあいいんだなこの写真を記事にしても、本当にいいんだな?」

くどい、と睨み付ける視線を遮り再び視界いっぱいに写真を見せつける。ぐわっ、と指先で拡大させた箇所を指し示し、まずは此処から、と『この写真が孕んでいる危険性』を一から説明してやることにした。

棚の上、雑然と小物が並ぶ中にまだ新しいのかぴかぴかのそれは良く目立つ。

「ご丁寧にお揃いで並べたマグカップ、こういうのゴシップ好きが目敏く見つけるんだぜ」

「くだらん、だから何だ」

ペアマグなんてどこからどう見てもカップルアイテムだろうが、こういう『推しの恋愛』ってのに凄く敏感なのがファンってモンだし、何よりゴシップの種になりかねない。まかり間違ってマネージャーちゃんが巻き込まれでもしたら倍くらいややこしくなる。それを意にも介さないというか、無頓着な辺りがほとほと呆れる。そして部屋に存在する『匂わせアイテム』はこれだけではないのだから頭が痛くなってくる、オレは更に追及すべく該当箇所をを次々に拡大して八神につきつけていった。

「次はコレ、お前漫画なんて読むんだな?この少年漫画こないだアイツが道場に持って包と読んでたぜ、もしかして……置いてったんじゃないか?」

「……」

アイツ、と誰かを示唆するようなことを言うとあからさまに表情が変わった。解りやすいなコイツ……。

「で、ココ。ベッドに無造作に掛かってるTシャツ、先週取材受けて昨日公開になったweb記事で真吾が着てたやつと同じだな」

「良くある品物だ、何故其奴の名前が出てくる」

「さあな、自分の胸に手ェ当てて考えてみろよ」

「戯言を……」

苦し紛れに反論してはみたものの、すぐにトーンダウンしたのは思うところがあるからだろう。強く否定すれば、アイツとの関係ごと否定することになる。その場しのぎの誤魔化しは嫌いな筈だ、コイツもそうだが、何より真吾が。

ここまで押していればもういいかと思いもしたが、やるなら徹底的にやっておいたほうがよかろう。困惑の滲み始めた双眸に突き付けてやるものはまだ残っている。

「あとテーブルの上の充電器、お前iPhoneならこの充電ケーブルは使わないよな?二台持ちか?あ、確か真吾はAndroidだったか」

ぐ、と自分のスマホを握り締めたままで奥歯を噛み締めている。そんな顔するなら、送る前に確かめろよな。大きな溜息を吐いて写真を引きの画面に戻すと、駄目押しとばかりに最後の『匂わせポイント』に指を差した。

「極めつけは……ここ、誰かの影だ。こんなにでかい影、まさか猫だなんて言わないでくれよ?」

そう、影。ベッドの端、画角の外に隠れ身を潜めているのか誰かの影が確かに写っている。猫ならばもっと小さくなれる筈だしそれなりに図体のデカい、そしてコイツと同じくらいの迂闊者の影に違いないだろう。

さて、ここまで指摘されれば最早言い逃れは出来なくなっただろう。八神は軽率に仕事を受けて雑にそれを

こなした迂闊さと、危うく隠れて付き合っている恋人を面倒に巻き込むところだったことを悔いて歯を食い縛っていた。

「……撮り直せばいいんだな」

「そ、話が早くて助かるぜ」

「喧しい」

こっちの言葉を嫌味と受け取ったのか、それとも数々の証拠を突き付けられて照れ隠しでもしているのか、スマホをロッカーに仕舞って乱暴に閉めた音に肩をすくめて苦笑する。そのまま此方を振り返らずに控室を出ていったのを見て、そのままマネージャーちゃんに八神と話が付いたことをLINEで報告した。

……アイツはアイツなりに、真吾のことを大切に想っている。日常の中に穏やかに染み込み溶け込んだ恋人と、ふたりで過ごした時間をそのまま写真に残すことも厭わないくらいに。そう思いたい。

「お疲れ様でーす!」

すると、八神と入れ替わるように今度は大変元気が良くて騒がしいヤツがやってきた。先刻まで自分が部屋に残した痕跡で恋人が大変なことになっていたことなど知る由もない真吾は、オレを見つけるともう一度「お疲れ様です!紅丸さん!」と言って自分のロッカーの前に荷物を置いた。

「おうお疲れ……随分早いな、ティータイムまでまだ時間あるぜ?」

今日は遅番の筈だし少々早い出勤だ。ツッコんだら真吾は困った顔で笑い、頬を掻きつつデニムのポケットからスマホを取り出した。

「実は携帯の充電ケーブル無くしちゃって……買えばいいんスけどとりあえず今日はここで借りて充電しちゃおうと思いまして」

控室の端に設えた共用の充電ケーブルにそれをセットする。まさかさっきの答え合わせが即座にやってくるとは思わないだろう、揃いも揃って解りやすい連中だ。もしかしたらふたりは意外と似た者同士なのかもしれないな……なんて言うと京が嫌な顔しそうだな。

さて、と腰を上げたオレは真吾の肩に手を遣ると、彼の失せ物の在処を勿体ぶらずに教えてやる。

「お前の充電器だけど多分八神んちにあるぞ」

「ありがとうございます、了解で…………はい!?」

言葉の意味を理解した後で、それを何故オレが知っているのかに大声を上げては驚き戸惑う顔をして此方を見ている。その内に顔を真っ赤にしてあわあわと口元を押さえて視線が泳ぎ始めたのでちょっと笑った。解りやすいのも似てんな、どうしてこれで周りに隠せていると思えるんだろうか。真吾は此方が何かを知っているのではと訝り懐疑的な視線で見つめてくる。

「な、何でぇ……!?」

「さあ?何でだろうな?」

八神に聞いてみな、と揶揄って控室を後にする。写真のことを黙っておいてやったんだこのくらいはいいだろう。

暫くしたら着替えを終えた真吾のヤツがフロアの片隅で佇んでいた八神の元へ小走りに駆けていったので、まあ上手くやれよ、なんてエールを送りながら腕を組んだ。

説明
G庵真、お題ガチャより。付き合ってるのを隠してる(つもり)のふたりといいお兄ちゃんのベニーの話。
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