ポッキーゲームをしないと出られない部屋 |
白い天井に白い壁、白い床にぽつんと置かれたテーブル。二人が閉じ込められたのはそんな部屋だった。まるで白い立方体の箱にテーブルだけを入れてそこに置いたような、どうしようもないほど無機質な部屋。目が覚めたときには、二人はそこにいた。
それぞれが別の場所で普段通りに過ごし、それぞれが別のタイミングで床についた。はずなのだが、朝を迎えるころには─朝を迎えられたか分かりようもない状況だが─何故か『二人』で白い床に投げ出されていた。あまりにも不可解な状況にエルフリックはため息をつく。
「・・・・・手詰まりだな」
「・・・・・そのようですね」
部屋を見回しながらロゼルタは返した。閉じ込められていることを把握した頃から壁や床を触ったり、叩いたり、さらには耳を押し当てたりと、出来るうる限りのことは既にしつくしていたが、打開策というものはまるで出てこなかった。魔法で壁を吹き飛ばすという方法も考えはしたが、どうにもこの部屋は狭い。使えば自分達は炭になるか瓦礫─瓦礫になるのかもわからないが─に押し潰されてあえなく一生を終えるであろうことはわかっているので、案として出すことすらしなかった。
「『指示』に従うしかないのでしょうか」
そう言ってロゼルタはテーブルを見やる。部屋に唯一存在する物体である無機質なテーブルの上には、これ以上ないほど簡素なコップが置かれていた。その中には、見なれない棒状の菓子が何本も入っている。それが『菓子』だとわかったのは、添えられた紙に記述があったからだ。そしてそこにはこういった記述があった。
『一本の菓子を、端から二人で食い進めること。そうしなければこの部屋からは出られない』と。
「・・・・・出る方法はおろか連絡手段すらない。そのうえ自分達がいる場所も、時間帯も分からないときた。このままでは大人しく従う他ないだろう。不本意だがな」
エルフリックは白い壁を睨んだ。まるで材質を感じさせないそれは様々なものを阻んでいる。音もその一つのようで、二人の会話が途切れる度に小さな耳鳴りがしそうなほど静まり返った。風や波、生き物の鳴き声といった自然を感じさせる音は一切届かない。
その代わりに、聞こえてくるものが一つ。ぽん、という聞き慣れない音に続いて響く。
「『指示』に従ってください」
唐突に聞こえた無機質な声に「またか」とエルフリックは呟いた。二人以外には誰もいないはずの部屋で、どこから聞こえるのかもわからないそれは、こうしてあの音を鳴らしながら何度も催促してくる。一言一句、声色まで変わらない。その声に向かってエルフリックは問いかけた。
「キミは一体何者だ?」
ぽん、と音が響くと、無機質な声が返ってくる。
「『指示』に従ってください」
エルフリックは再度問いかけた。
「目的はなんだ?」
ぽん、と音が響く。
「『指示』に従ってください」
エルフリックは、今度は声に向かって語りかけた。
「・・・・・話をしないか? キミにとって悪い話ではないと思うが」
ぽん、と響いた。
「『指示』に従ってください」
「・・・・・。やはり交渉の余地もないか」
即座に返ってくる言葉に肩をすくめる。初めに声が聞こえた時からこうして対話を試みていたものの、毎回同じ言葉が返ってくるだけだった。ただ分かるのは『反応を示す』ということ─つまり白い壁だけに包まれ、音すら通さないはずのこの部屋の状況を、相手は把握出来ているらしいということだった。
「相手の目的もわからぬまま従う、ということだけは避けたいものでしたね・・・・・」
「まったくだ」
短く返すとエルフリックは白い壁を軽く叩いた。不自然なほど硬い手応えの返ってくるそれから重たげな音がしたかと思えば、部屋はすぐにしんとした静寂に包まれた。光源もないはずなのに何故か明るく、物を見ることは出来るのだが、見えたところで分かるのは二人にはどうしようもないという状況だけだった。
「打つ手がないとなれば『指示』とやらに従ってやるしかない。正直なところ、従うことで出られる保証があるかも確かめられないが・・・・・それしか状況を変える手段がないようだからな」
エルフリックはテーブルに近寄ると、『指示』の書かれた紙を手に取った。ロゼルタも近寄って改めて『指示』の詳細に目を通していく。
まず一本の菓子を両端から二人で咥えること。
次に端から二人で静かに食い進めること。
そして─
「・・・・・『最後にそのまま口付けること』」
その一文を読み上げると、ロゼルタは訝しげに呟いた。
「どうしてそんなことをさせたがるのかしら」
「理解できんな。もしかすると意味などないということも考えられるが」
「・・・・・意味がない、というと?」
「『従わせること』自体が目的という可能性はある。それを娯楽とするものがいるだろう?内容に意味などないが、相手に従わせることで優越感に浸るんだ。─実際にそういう目的なのかは知りようもないがな」
紙をテーブルに置き直すと、エルフリックはコップに手を伸ばして中から菓子を一本を取った。細い棒状で軽いそれは相変わらず見慣れなさ故の怪しさがあるが、微かに人を絆させるような甘い香りがした。
「殿下、よろしいのですか?」
彼に目線をやるとロゼルタは続けて尋ねた。
「『口付ける』などとありますが」
エルフリックは彼女を一瞥すると、鼻を鳴らして答える。
「誰でも良いと言うほど節操無しではないが・・・・・。まあ、キミが相手なら許すとしよう」
彼女の口元へと菓子を近づけながら、エルフリックは続けた。
「するにあたって狼狽えるほど幼くもないのでね。キミもそうだろう」
「・・・・・ええ、まあ」
「それなら問題ないだろう。済ませるぞ、来たまえ」
ロゼルタは甘い香りをまとった菓子を物珍しげに眺めると、それを静かに咥えた。エルフリックは指で彼女の顎を持ち上げ、同じように菓子の反対側を咥える。
手に取ったときの軽さが与えた印象通り、少し力をいれると菓子はぱき、という音をたてて簡単に口の中で折れた。そうやってお互いに少しずつ食い進めていく。音は軽く小さいものだったが、静かな部屋の中ではよく響くように感じられた。少しずつ縮まる距離。彼の翡翠色の目が近づいてくるのを見ながら、そういえばこんな色をしていたのだったとロゼルタは密かに思った。直属の学者であり、様々な権限を与えられている彼女ではあるがこうして近づくことなどはない。何気なく目を眺めながら、このような形でこんな相手が初めてになるのか、とふと思った。
実のところ、ロゼルタには彼と違って経験がなかった。それを正直に話すと面倒なことになるらしいと学んでからは、相当信頼する相手にしか話すことがなかった。人に興味を持つことのなかった彼女は、そういった行為にも興味がなかったからだ。部下から恋愛の相談を持ちかけられた時には頭を悩ませたものだった。書物や他人の話から得られるものから一般的常識程度に恋愛というものを知ってはいたが、どうも理解が出来ない。それ故に苦労した難題だった。『よろしいのですか』というロゼルタの問いは彼への気遣いというよりも、一般的にはそういったものにどういった反応を示すものかということへの興味から出たものだった。
彼女の知る範囲では、『初めて』というものは随分重要なものらしい。自分の立場にいるのが別の他人だったなら、その人物はどんなことを思ったのだろうか。そんなふうに思考を巡らせた。
ぱきぱきという音を背景にして、眺めていた彼の目が閉じられたところでロゼルタは目の前へと意識を戻した。ぱき、と音が一つすると部屋は再び静けさに包まれる。その中で彼女の唇に人肌の熱が触れた。軽く重ねられて一拍、それはそっと離れていく。
すっと開いた彼の目とロゼルタの目があう。ロゼルタはただ目を見ながら、先ほどの一瞬を反芻した。─ああこんなものか、と。特に何が変わったというものは感じられなかった。やはり自分では興味の引かれるような結果にならないらしい、とそんなことを思いながら相手を眺めた。
一呼吸の間見つめあったかと思うと、ぽん、と何度も聞いたあの音が響く。
「さて、進展すればいいが」
「・・・・・大人しく出してもらいたいものですね」
「期待は出来ないが、ともかく状況は変わるはずだ」
二人は静かに続きを待った。
あの無機質な声は、先ほどまでと同じ淡々とした口調で二人に告げた。
「口付けの時間が短すぎました。もう一度やり直してください」
説明 | ||
ポッキーの日に遅刻しました。 甘さもときめきもないけどキスはします。 |
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