賊心とワルツ
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「ほう、上手いな」

エルフリックは感心した様子で言った。金の装飾が入った赤いカーペットの上で優雅に足を運んでいく。黒のブーツを黒のパンプスが追っていった。

「恐縮です。御指南頂いたお陰ですわ」

足の運びを止めずにロゼルタは答えた。片方の手は向き合った相手の肩に添え、もう片方は相手の手を取り、理解した通りに足を進める。一定のリズムを刻みながら進む足取りには迷いがなかった。

「あの短い期間でここまで仕上がるとはな。・・・・・上出来だ」

緩やかに回ってみせれば赤い外套がふわりと舞う。右へ、左へ、静かに揺れるような動きは第三者に品の良さを感じさせることだろう。二人の動きは安定していた。

 

『下級であっても貴族は貴族。ならば舞踏会には参加すべきである』

ロゼルタの元にそのような連絡が来たのはほんの少し前のことで、あまりにも突然だった。学者として資料や文献に囲まれる生活をしていたはずが、何故か煌びやかなドレスを着て眩い輝きに包まれた大広間に来ることが決まっていた。連絡が遅れたことについての詫びはおまけのようについてきただけで、それ以上に何か世話を焼かれることはない。ついでに言えば、その舞踏会では頼れるであろう相手とはことごとく引き離されているらしかった。

他の貴族たちであればそれでも対処出来たかもしれないが、長い間世俗から離れ研究に明け暮れていたロゼルタはそうではなかった。幼い頃には踊りも素養として多少は教わっていたものの、両親が亡くなってからそれきりである。そんな彼女に対して用意された日数はあまりにも短い。よくない状況だった。

 

「素晴らしい方でしたわ。とても分かりやすく手ほどきして頂きました」

踏み込む動きは流れるようで、すっと伸ばした姿勢も崩さないままに動く。洗練された動きにエルフリックは目を細めた。

「一番腕の良い指南役をつけたからな。・・・・・とは言え、キミの飲み込みの良さも相当だぞ。最初の頃のおぼつかなさが嘘のようだ」

エルフリックが軽く重心を後ろに移して促せば、ロゼルタはそれを感じ取って前へ出た。重ね合った手を無理に引くことも引かれることもなく自然に場所を移していく。

「─それにしても」

エルフリックは苦笑しながら続けた。

「キミは敵が多いな。まあ、私が言うのもなんだが」

赤いカーペットの上で、滑るように踏み込んだ。

 

社交界の場に縁がなかったことを把握されながらも参加を勝手に決定づけられ、連絡まで意図的に怠たられた。もし何も対策を取っていなければ、多くの貴族の注目の中で彼女はどうなっていたことか。一連の行為に含まれる意味など一つしかなかった。

 

「こんな手まで使って『嫌がらせ』とはな、相変わらず陰湿な連中だ」

「・・・・・宮殿に入ってから様々なことがありましたが、このような方法は初めてです」

ロゼルタは答えた。嫌がらせの数々を思い返せば今までは学問の場に関係するものばかりだった。物品の紛失、資料のすり替え、悪意のある問答。しかしロゼルタはそのどれを受けても結果を残してきた。今回のような形になったのはそういう経緯からとも思えた。

「以前より手段を選ばなくなってきたな、キミの功績がよほど疎ましいのだと見える。・・・・・古参の学者達からすればキミは厄介な邪魔者だろうな。彼らに研究を渡しもしないとなれば尚更だ」

宮殿に新しく入る学者の論文と言えば、名前だけ古参の学者たちに書き換えられてしまうのが当たり前だった。しかしロゼルタは、第三皇子であるエルフリックの後ろ楯があるためにそれを免れている。そこにロゼルタ自身の実力の高さが加わり、彼女は日も浅くして古参学者達とともに名を連ねるほどとなった。そんな彼女は良くも悪くも目立つ。

「古参連中のうちの誰かが、懇意にしてる他の帝位継承者に掛け合ったんだろう。『誰に』掛け合ったかの予想はつくがね」

「・・・・・大人しく研究だけさせて頂きたいものです。領分を越えない範囲の研究しかしていないのですから」

ロゼルタの言葉にエルフリックは「そうだな」と笑った。

「実際はどうであれ、限られた席を奪われかねないと見れば人はやり方を厭わなくなるものだからな。・・・・・まあ、それがほんの嫌がらせで終わるのならかわいいものだが」

最後の言葉を自嘲気味に溢すと、軽く体重をかけて彼女の足の運びを後ろへと誘導する。

「ところで、ロゼルタよ」

彼女が促されるままに後ろへと下がるのを確認しながら、エルフリックは問いかけた。

「何故私がわざわざキミの手を取っているのだと思う?」

「何故、ですか」

ロゼルタは声をあげた。彼に声をかけられたのは一通りの指南を受け終わった時のことで、これも突然だった。そして彼の自室へと通されて今に至る。仕上がりを見てやろう、という一言で始まった稽古だが、今回に関しては理由を言われずとも理解しているつもりだった。ロゼルタはそれを述べる。

「私は本来、皇室には縁のない人間です。それにも関わらず殿下の推薦を頂いて宮殿に入った身ですから・・・・・私が粗相をすれば殿下の体裁に関わります」

ステップを乱さないまま出てきた答えに、ほう、とエルフリックは唸った。

「その通りだ。・・・・・だが、目的は別にある」

「それは一体─」

なんでしょうか、と続くはずの言葉はそこで途切れた。

「これが答えだ」

そう声が聞こえたかと思えば、後ろへ下げようと浮かせた足に何かがぶつかるような感覚がした。支えるように取られていたはずの手は、いつの間にか彼女の手からするりと抜け出してしまっている。気付けばロゼルタの体は仰向けに投げ出されようとしていた。

「・・・・・え?」

一瞬の出来事だった。予想だにしなかった展開に成すすべもなく、ロゼルタの体は床に叩きつけられる。─そうなる前に、エルフリックが滑るように足を踏み込んだかと思えば一度離した手を再び取り、もう片方の背中に添えていただけの手と共に彼女を支えてみせた。

そのまま見つめあう形となって一拍、エルフリックは声をかけた。

「・・・・・やれやれ。無防備がすぎるぞ、相手が私でなければ今頃キミは床の上だ」

呆然とこちらを見つめるロゼルタを引き上げ、立たせ直す。

「相手の目的を忘れたか? キミの相手役を務める人間が、素直に誘導するだけとは思わない方がいい」

足元の感触を確かめると、ロゼルタは離れている方の手をもう一度相手の肩に添えて溢した。

「そうなったとして、それも仕掛けられた側の落ち度なのですか・・・・・」

「その正論が通じる相手なら、そもそも君は社交界の場に出ることすらなかったな」

彼女の目を見据えると、繋げた手を軽く握り直してエルフリックは続けた。

「ここからは指南役達では教えられない部分だ。考えられる方法を全てキミに叩き込むぞ。─覚悟してもらおうか」

説明
社交ダンスをする2人。
※ロゼルタ部長の家柄の捏造、親密度イベントのネタバレを含みます。
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バリアスデイライフ エルフリック ロゼルタ エル+ロゼ 

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