師弟の食卓 |
任務が終わったら、久しぶりに顔を見せに来なさい。
通信の終わり際に一呼吸置いて語られた言葉は、ウルトラ六兄弟が一人としてではなくひとりの父親としてのものだったように思う。息子である自分がそうだと感じたのだから、間違ってはいまい。
舌打ちなんかしてみて、考えてみれば何を面倒だと思うのかと苦笑してもみる。父が面倒なのは今も昔も変わりはしないが、ただ、自分がその面倒をそれとなく受け入れることが出来るようになっただけだ。それを『一人前』になった証だと言っていいのかどうかは、まだ少しだけ答えを先延ばしにしていたかった。
ゼロは本部で報告を終えるとすぐに、その『面倒』が待つ家へと向かい飛び立っていった。
***
「いっただっきまーす!」
帰るなり聞こえてきた底抜けに能天気な声に思わず足が滑る。此処で聞こえてきてはいけないはずの声だ、矢鱈と自分に付いて回る奴であることは解っていたが、実家まで押し掛けてきたらそれはもうストーカーか何かだろう。よもや付きまとわれ過ぎて幻聴が聞こえた、なんてこともあるかもしれない。
どちらにしても最悪だ、とゼロはマントを外し大股歩きで声が聞こえてきた気がする廊下の先へと急ぐ。家族がいるはずのダイニングの扉を勢い良く開けた瞬間、その目を疑いたくなるような光景が飛び込んできた。
「あっ、おかえりなさい師匠!」
絶句した。
飯を食っている。父親と自分の師匠とその弟で師範代が、付きまとう奴こと自称弟子を囲んで和気藹々と晩飯を食っているのだ。何故。どうして。疑問符がゼロの頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「お帰りゼロ、遅かったな」
「先に頂いているぞ、お前も手洗いうがいをしてから此方へ来い」
そんなゼロの困惑を他所に、父と師匠は朗らかに声を掛けてくる。その手前では師範代と自称弟子が此方に向かって小さく手を振っている。おかしいだろう、何故誰もこの光景に疑問を呈さないのか。事態の突拍子の無さを前にして困惑の後に謎の怒りが沸いてきたゼロは、一度頭を抱えて背を丸めるとその怒りを一気に爆発させるが如くぐわ、と両手を広げて食卓へと叫んだ。
「いや、いやさ!!言うことあんだろ俺に!!まあ言わねえなら俺が言うけども!!」
急に大きな声を出したゼロに対して、四人ときたらキョトンとした顔をしているばかりだから余計に苛立ってくる。いちいち言っていたらキリがないので、いっそこの状況の主犯格を指差してやった。
「おいゼットォ!!何でお前ウチにいんだよ!!!!」
「え?やだなあ師匠、俺が師匠の弟子だからに決まってるじゃないですかあ」
「理由になってねえしそもそも弟子じゃねえ!!」
此方が幾らがなり立ててもお構いなしのマイペースで、自称弟子ことゼットはへらへらと笑いながら茶碗と箸とを掲げて笑っている。図々しい奴だと常々思ってはいたが、よもや人の家に上がり込んで人の親やら師匠やらと飯を食うくらい図太い神経をしているとは思いもしなかった。大体何故父も師匠らもゼットを追い出さなかったのだろうか、何なら今からでも自分がつまみ出してやろうか、とゼロがゼットの首根っこを掴もうとしたのを上座から制止したのは他ならぬセブンだった。
「ゼロ、止さないか。ゼットは私が夕食に誘ったんだ」
「親父が!?」
は!?と大きな声が続けて出てしまう。確かにそれとなくゼットの話はしていたが、まさか自分に断り無く自宅に招くなどとは想像だにしていない。普通しないだろうそんな想像は。するとセブンの言葉に追従するようにゼットが事の成り行きを語り出す。
「セブン大大師匠が今日の新人戦闘訓練を視察にいらっしゃったので、自分はゼロ師匠の弟子です!ってご挨拶させてもらったんですけど……そしたら、師匠も来るから良ければ夕食を一緒にどうだいってお誘いを受けまして」
締まりのない照れ笑いと一緒に説明された理由は全く信じがたいが、セブンが否定せずにしかも頷いていることからすれば真実であるらしい。最早威勢良く言い返すのにも疲れて溜息しか出ない、ゼロは「マジかよ……」と力無く肩を落として洗面所に向かった。
……
…………
「ゼット、おかわりはどうだね?」
「ハイ!いただきます!」
「ちったあ遠慮しろよお前……」
まるで孫でも出来たかのようにニコニコしながら飯をよそう父親を対面から呆れつつ眺めている。レオが「ゼロ、肘を付くのは行儀が悪いぞ」と注意してきたので生返事をして腕組みすると、今度はゼットに向かってにこやかに声を掛けた。
「しかし実にいい食べっぷりだ、元気がいいな」
「本当、見てて気持ちがいいよ。はいエビフライもう一つどうぞ」
「ありがとうございますレオ大師匠!アストラ大師範代!」
「大師範代ってもう訳わかんねえだろ……大と代が解りにくいんだよ……」
自分の父親や師匠筋からちやほやと甘やかされているゼットを見ていると、一体何故自分は此処にいるのだろうかという気分になってくる。実家なのに。ゼロは大きなエビフライをまくまく頬張りご満悦のゼットを一瞥して幾ら吐いても足りない溜息を漏らす他ない。
「ん〜!ウルトラ美味しいです!エース兄さんのご飯も美味しいんですけど、セブン一門のご飯はまた感じ入るものがあるというか」
「ほう?」
「このご飯を食べて、ゼロ師匠は強く逞しくなったんだなあ、と思うと感激もひとしおです」
一方でゼットときたらそんなことを宣うので、ゼロは益々と居たたまれなさが加速していく。席を外してもいいのだが、自分の居ないところであることないこと吹き込まれてもそれはそれで大問題だ。本当にこの弟子は面倒なことをしてくれる、最初考えていた面倒とは桁違いの面倒事だ。
「こうしてご一緒させていただくと、俺も皆さんのように強くなれる気がしますッ」
「おっ言うねぇ、兄さん、ゼロのときみたいにビッシビシ鍛えてあげたらどうです?」
「そ、それはちょっと……あっセブン大大師匠も何かやりたそうにこっちを見ないでください……」
本当に面倒臭い、ゼットの語る言葉が全て此方に取り入るためのおべんちゃらでもあればまだマシだと思うが、この年若いウルトラマンは数々の称賛の言葉を嘘偽り無く述べているものだからタチが悪い。心の底から先人たちに憧れそして尊敬し、また、自分もその様な気高く強い戦士になりたいと願っている。
……純粋な輝きだ。ゼットの横顔を眺めてその瞳が煌めくのを、ゼロはただ綺麗な目をしている、と思っている自分に気付く。半人前、いや、三分の一人前でしかない彼は、これから先幾多の困難に立ち向かい膝を付くことも二度や三度ではなくあるだろう。その時にこの瞳の輝きを失わずに居られるか……そんなことを考えてしまえば、まさしく自分が彼の『師匠』になったようではないかと自嘲して頭を振った。
ふと、ゼロが黙っているのを心配したのかゼットがその顔を覗き込んでくる。
「ひひぉもはへはひょおふぉ」
「何言ってっか全然わかんねえ、ああもうここ、飯粒付いてっぞ」
「あっ、スンマセン!ありがとうございます師匠!」
自分とそう歳が変わらないだろうにどうにも子供っぽいのは性格の問題だろう。もう少しだけでも落ち着けばそれなりに格好も付くだろうに、とゼロは自分を棚に上げて摘まんだ飯粒を口の中へ放り込む。そして、性懲りもなく口の中を飯でいっぱいにしているゼットを呆れた顔で指差した。
「お前さあ」
「ふぁい」
「つくづく愛嬌だけで生きてるよな……」
愛嬌、それだ、とゼロは頷く。この周囲の年長者を抱き込んでいく孫のような振る舞いをポジティブに捉えるとしたら愛嬌と言う他あるまい。そう感じただけで別に褒めているわけでも貶しているわけでもなかったのだが、ふとレオやアストラ、セブンまでもが意味深な表情で此方を見ていることに気付いたゼロは訝しい顔で「な、何だよ」と狼狽える。そこへ一言、アストラが微笑みと共に決定的な一言を投げ掛けてきた。
「へえ、ゼロはゼットに愛嬌があるってことは認めてるんだ。何だかんだ言って可愛がってるんだねぇ」
「なッ……!?ちがっ、違う!言葉のアヤだ!別に俺自身がコイツを可愛がってるワケじゃねえ!!」
揚げ足を取られたゼロは慌てふためいて立ち上がる。悪戯な顔で尚も笑っているアストラの隣から、今度はレオが吐息交じりにゼロを追い込みにかかる。
「こんなに実直で熱心にお前を慕ってくれる者の何処が気に入らないんだ?」
「実直って、いやコイツちょっとこすっからいトコとかもあんだよ!騙されんなって!」
「師匠……俺のことそんな風に思ってくれてたんですね……ウルトラ感激ですッ!!」
「お前は黙ってろー!!」
もうしっちゃかめっちゃかだ、藪蛇だったと今更後悔しても遅い。ぐぬぬ……と呻きながら頭を抱えていたらば、駄目押しとばかりにセブンがゼットの肩をぽんと叩いて力強く頷いて見せた。
「私も、彼のことはとても可愛げのある青年だと思っているよ」
「わわっ」
大きな掌でゼットの頭を撫でたセブンは、今だ華奢にも思えるが確かに気骨を感じる双肩に両手を乗せ宝石の煌めきを思わせる瞳をじっと見つめた。
「これからも息子のことをよろしく頼むよ、ゼット」
「ハイッ!喜んで!!」
「何でコイツによろしく頼むんだよ!!弟子だっつってんだろ!!」
「あ、弟子って言った」
「言ったな」
「もうヤダー!!」
「まあまあ師匠、はい唐揚げもどうぞ!」
「うるせー!!」
ゼットから差し出された山盛りの唐揚げの皿をブン取ってはやけ食いのようにさらげていく。『弟子』になりたてのゼットと『師匠』になりたてのゼロ、どちらもまだまだ発展途上のふたりの様子を、父も師匠も師範代も微笑ましく、そして確かに未来を担うのであろう希望を持って見つめていた。
説明 | ||
お題箱にいただきました、「実家に帰ってきたら自分の父親と師匠と師範代に加えて弟子(自称)が仲良く夕飯食べてた時のゼロ師匠のお話」です。みんながゼットくんにでれでれしている話になりました。 | ||
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