紙の月25話 |
スタークウェザーとロジャーは拘束され、ブルメを説得することは出来たが、まだこれで終わりではない。太陽都市の至る所で超能力者とアンチは暴れているし、フライシュハッカーが残っている。
「まずは外で暴れている奴らをどうにかしなきゃ。そのために、ヴァリスの力を借りに行く」
「私の力を使えば、多分すぐにできると思うけど……」
「いや、超能力は使わなくてもいいんだ。ヴァリスには頼みに行くだけ。無理強いはできない」
「それまでフライシュハッカーの奴が大人しくしてくれればいいけどな」
超能力者の世界を創るというフライシュハッカーの言葉が嘘だと知って、ロジャーは完全に気落ちしていた。拘束するときも人形のように無抵抗だった。
「しかしこいつらをそのままにしておくのも危ないな」
ロイドがスタークウェザーをにらみつける。確かに彼から目を放すのは危険すぎる。
「僕らで見張っているから、デーキスたちはそのヴァリスとやらの所へ行ってくればいいよ」
「僕らの力なら治安維持部隊の銃も怖くないし」
双子のカフとクラウトが声を上げる。この二人は世界がどうなるかはあまり興味がないようだ。
「じゃあ、二手に分かれよう。ロイドさんと双子には捕まえた二人を見ててくれ」
デーキス、ウォルター、アラナルド、ブルメ。この4人でヴァリスの説得へ向かう事になった。
太陽都市の地下の最も深い部分。そこはヴァリス本体の管理コンピュータのある最重要エリアだ。
デーキスたちは無機質で薄暗い部屋に着いた。これまでとは雰囲気が全く異なっている。それはつまり、ヴァリスの居場所に近づいているという事だ。不安と緊張が高まってくる。本当にヴァリスの力を借りることができるのだろうか。拒絶されるだけならまだいい。もし彼からも太陽都市を混乱される敵だと認識されてしまったら……。
そんな不安を抱えつつも、デーキスは歩みを進めていく。
「止まれ」
声とともに隠れていた治安維持部隊の隊員がデーキスたちを取り囲んだ。待ち伏せがあるかもしれない事は想像していた。デーキスたちは身構える。
「まさかこんな所にまで来るとは、紛い者の超能力は恐るべきものだな」
一人の老人がゆっくりと姿を現した。デーキスは太陽都市にいた頃、テレビや教科書で何度もその顔を見たことがある。太陽都市の市長、アンユーマ・ゴウマだ。
「動くな。少しでも怪しいそぶりを見せたら攻撃する」
彼の隣にはホースラバーの姿もあった。不安そうに何度もゴウマの方を見ている。
「超能力を使えば大丈夫とでも思っているだろうが、隊員たちは脳波を検出できる装置を持っている。超能力を使おうと思った瞬間、ハチの巣になるぞ」
超能力を使えなければ、紛い者は普通の子供と変わらない。だからこそこうして姿を見せたのだろう。それ以外にも、これ以上先に進めさせたくないのだ。間違いなくこの先にヴァリスがいるはずだ。
「あなたを知っている。太陽都市の市長ですね」
「私を知っているなんて光栄だ。私は君の事は何も知らんがね。その女の子をこちらに引き渡してもらおうか」
ゴウマはブルメを指さした。ぎゅっとブルメが手を握るのをデーキスは感じた。
「ここまで来る間、君たちをずっと監視させてもらった。その子の超能力でヴァリスを操作できるのだろう?」
「僕たちの事を見ていたのなら、僕たちがフライシュハッカーを止めるために動いているのを分かっているはずです。僕たちはヴァリスに、外で暴れているアンチや紛い者を止めるために力を借りたいだけです!」
今のヴァリスは迷っている。太陽都市のためにどちらにつけばいいのか。だが、フライシュハッカーが太陽都市を破壊するつもりだと知ったのなら、紛い者を止めるために力を貸してくれるはずだとデーキスは考えていた。
「残念だが、ヴァリスは我々の応答に答えない。それなのに君たちの言葉に答えるとは到底思えないな」
「それでも一度だけでいいんです。彼に尋ねさせて下さい! 僕たちはあなた達に力を貸したいんです!」
「そんな必要はない」
デーキスの言葉を一考するそぶりも見せず返答するゴウマに、デーキスは思わず面食らった。
「太陽都市の問題は我々が解決する。君たち紛い者の力など必要ないのだよ」
「そんなのおかしいです!」
今はどちらも太陽都市の問題を解決したいと考えているのに、どうして力を合わせることができないのか。
「市長、一度だけでも交渉させてはいかがでしょうか……」
ぼそりと秘書のホースラバーが尋ねた。実際自分たちではなく、超能力者側からもフライシュハッカーが太陽都市にとって脅威だと伝えれば、力を貸す確率は高くなると考えていた。それだけでなく、まだ子供であるデーキスたちが目の前で殺されるのは見たくないという理由が大きかった。
「我々は今の問題を解決するだけではなく、その先の事も考えなくてはならない。もし、紛い者の力を借りたことが知れれば、市民は混乱する」
ゴウマはホースラバーには直接答えず、デーキスたちへの言葉で間接的に伝えた。超能力を使う紛い者は、自分たちの敵でなければならない。
「何で……そんなのおかしいじゃないか! それって結局自分たちの事しか考えていないじゃないか!」
「それが市民の望んでいることだからだ。我々はあくまで市民の、人々の奉仕者に過ぎない」
ホースラバーは知っている。市長本人はつゆほどもそんな事を考えていないことを。ただ、事実を、己の都合の良い様に説明することに関しては天才的だ。聖書の引用なら悪魔でも出来る。
「それは……!」
デーキスはアーチャーが言っていたことを思い出していた。
「他の人たちだって自分たちのやっていることが間違っていると思っている……それなのに、あなたはその言葉には耳を貸してない! 自分の都合のいい事しか考えてない魂の穢れた存在、それはあなたの事だ!」
「ははは! 私が魂の穢れた存在か、選挙でもしてみるかね? 紛い者にその権利などないが」
「市長、お願いですので彼らとの協力を……!」
デーキスの言葉を聞いてホースラバーはより強くゴウマへ進言した。
「見苦しい姿を見せるなホースラバー! もういい、話はこれで終わりだ、やれ!」
ゴウマの宣言で場の緊張が一瞬で高まった。身構えるデーキスたちの前にブルメが身を乗り出した。
「やめて! あたしが行けばいいんでしょう。だからデーキスたちに手を出さないで!」
太陽都市を守るため、ブルメはゴウマたちの要求に従う事を決めた。
「でも、危険だブルメ……!」
「大丈夫、あたしはあなたを信じたから。だから、ヴァリスに会って。そのためなら何も怖くないわ」
そう言って、ブルメはゴウマたちの方へ歩き出す。
「待て、そこで止まれ。本当にお前がブルメという紛い者なのだな」
「そうだけど、それで何か? 要求したのはあんたの方でしょ」
「ならば、結構だ」
ゴウマは自身で拳銃を取り出すやいなや、ブルメに向けて発砲した。3発の銃声が鳴り、銃弾がブルメの胸を貫いて彼女は倒れた。デーキスの目の前で。
「これで脅威は去った。一昔前の拳銃なら超能力でも操ることはできまい」
「ゴウマ市長! あなたはなんて事を……!」
「狼狽えるなホースラバー。結果はどうあれ、奴らが太陽都市を支配する術は失った。諸君ご苦労だ。紛い者どもを殺せ」
初めからゴウマはこうするつもりだったのだ。とにかく脅威となりうるブルメを排除さえすれば、太陽都市の支配権だけは維持できると。
「奴らブルメを! どうするデーキス……デーキス?」
デーキスはわずかに肩を震わせていたが、徐々にそれは大きくなっていった。
「お前、お前……お前ー!!」
雄たけびとともにデーキスの身体から激しく火花が飛び散った。溜めていた感情とともに、彼の超能力が全身からほとばしった。近くにいたウォルターとアラナルドは思わず後ずさった。
「来るぞ撃て! 殺せ!」
「止めろ撃つな!」
ゴウマ市長の命令の後に、ホースラバーが必死に叫んだ。
「ホースラバー、貴様……!」
雄たけびを上げながらデーキスはゴウマ市長へ向かっていく、とっさに拳銃を撃つが、彼の身体から放たれている電撃が銃弾を弾いた。
「あああああ!!」
デーキスは飛び掛かってゴウマ市長の顔を殴りつけた。強力な電撃をまとった一撃が市長の頭部に直撃し、デーキスの勢いのまま市長は吹っ飛んだ。
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ブルメを説得したデーキスたちはついに、太陽都市の支配者との邂逅を果たす | ||
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