ミラーズウィザーズ第四章「今と未来との狭間で」07
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「はっ。まさか遡及演唱まで出来るとはね。あれはなかなか骨が折れる技法のはずだからね。少し舐めすぎたか。今のも衝撃を禁じなければ、少々危なかったぞ」

 舌なめずりをして、腕を回して見せるローズ。先程の魔法を受けたダメージはほとんどないようだった。余裕のあるローズの様子にジェルは似合わぬ舌打ちをした。

「わたくしが学園二位と侮ってらしたようですけど、どうやらあなたわかっていませんのね。特秘である『魔女』について調べてらしたようですけど、どうやらわたくし達についての情報収集は不完全ですわ」

「ほう?」

 ジェルの主張が興味深いのか、ローズの目は好奇のものに変わった。

「わたくし達『四重星(カルテット)』が今の序列にあるのにはそれぞれ相当の理由があるのですよ。わたくしが二位の理由。それは、一位が強すぎる。ただそれだけです」

「『炎灼獄燃(ムスペルヘルム)』ヒュース・クルエスタか……」

「そう、彼さえいなければ、わたくしはとっくに首席を得ていました。これは言い訳の類ではありません。ただ、純粋に彼の魔法が強大という事実です。自慢ではありませんが、わたくし、もう既に『連盟』の構成員程度の実力は持ち合わせていますもの」

「くかっかっかっか。本当に自慢になんねぇな、お前、そりゃぁ、『連盟』の下っ端レベルって言ってるようなもんじゃねぇか」

「あなたの手の内も大体理解しました。さぁ仕切り直しと参りましょう。エディ! あなたはお逃げなさい。この者は私が仕留めます」

「し・と・め・る? カッ、冗談にしては笑えないねな。似たようなことカルノの野郎が言ってたが、結果は口先だけの坊やだったねぇ」

「え、あ、あの、私、その……」

 敵意剥き出しの二人に、右往左往するばかりのエディ。

〔なんじゃ、それは。何か言いたいことがあるなら奴らにちゃんと言うてやらんか〕

(だって、ローズが……)

〔まだそんなことを言うておるのか。主もほとほとぬるいの〕

 二人の女魔法使いが火花を散らす。闇夜の帳が閉じた夜空に静けさが戻っていた。

(二人とも動かない……)

〔いやいや、奴ら、互いに黙してはおるが牽制し合っておる。ただ、あの『白い』のも仕掛けづらいのじゃろうて。相手が『禁呪』ではな〕

(『禁呪』? 何それ? ローズが使ってる魔法のこと?)

〔主ももう少し勉強した方がよいのぅ〕

(何よ。まだ習ってないだけじゃない!)

〔あんなもの、学園では教えとらんじゃろ。それより、ほれ、『白い』のが仕掛けるぞ。その場所では巻き込まれるがよいのか?〕

「え? 巻き込まれる?」

 つい、口に出してしまった。その声でジェルとローズの二人が動き出す。

 緊張の硬さを残してジェルが印を組んだ。今度こそ目の前の少女を仕留めるつもりで魔術構成を諳(そら)んじる。

〈永久の流現。西方より来たるはラファエルの息吹。水星天の御名により其は神風なり――〉

 印術と呪言(スペル)魔術の複合魔法。これまで使っていた幽星気(エーテル)の動きを操る魔法とは異なる系統。印契(いんけい)は〈火(イグニス)〉に〈火(イグニス)〉を重ねた〈炎火〉の法。呪言(スペル)は〈風〉(ウェントゥス)の『素』に天使と惑星霊をあしらった流派に統一性のないもの。しかし、だからこそ多種多様な魔術を習得し使いこなす「統べる女(オール・コマンド)」と二つ名されるジェル・レインには似合いの混合魔法だった。

「なるほどねぇ。炎風で逃げ場をなくそうってかい。確かに、それは『貫く』魔法じゃないね。多少魔法範囲を逸らされた所で炎に巻き込めるという算段かい? よく私の魔法を洞察してる、と言ってやんよ。だが、お得意の『黒羽』はどうしたぁ? あれは一度、間近で見てみたかったんだがねぇ」

 魔法の構成を見抜かれてもジェルの魔法施行は止まらない。ジェルは瞳を怒らせて魔法の完成を急ぐ。

 恐らくジェルにとしても、この場面は得意の『飛翔』と『黒羽』で的を絞らせぬ移動攻撃を使うべきところだっただろう。しかし『黒羽』は先程エディに一度きりだが回避されていた。絶対の自信があったからこそ、その失敗が後を引く。『黒羽』はジェルの奥の手だからこそ、慎重になって使えないでいた。代わりに選んだのは『炎流』。〈火〉(イグニス)と〈風〉(ウェントゥス)を錬った魔力炎が襲う攻撃的魔法だ。『魔弾』を避けようとも灼熱の熱風は避けきれないだろう、という読み。

〈――集いて、炎化と為す〉

 長めの演唱を終えた瞬間、ジェルの背後に火炎が燃え盛る。初等魔術なら演唱すら必要としないジェルが長い演唱を行ったのだ。その威力は推して量るべし。

 術者たるジェルを飲み込みそうなほど踊り狂う炎色は、エディが練習で出すのがやっとの炎とは違う。白く吸い込まれそうなほど美しい、生き生きとした焔(ほむら)だった。

 一瞬見取れていたエディは、今更ながらユーシーズの忠告を思い出した。あの『炎流』の魔法、どこに向け放たれたとしても、一息で辺り一面を燃やしてしまう熱量を持っていた。

 エディは急いで後退る。そんな彼女の行動を待っていたかのように、ジェルの『炎流』がローズに襲いかかった。

〈汝、神名を騙るを禁ず〉

 何かが弾けた音がした。急に歪み支えを失うジェルの炎。今まさにローズに襲いかかろうとしていた『炎流』が形を失う。

 ローズが何をしたのか、直感で気が付いたのだろう、ジェルは咄嗟に魔法の制御を諦め、身を躍らせて飛び退いた。

 同時にジェルが作り上げた炎が爆発的に燃え広がる。その炎の勢いは術者の制御を無視して、一番近かった術者自身を飲み込もうとする。ジェルは無様に体勢を崩して避けるのがやっとだった。

 ジェルの髪が焦げたのだろう、嫌な臭いがエディの鼻腔をかすめる。

 自らの魔力の暴走からやっとのことで逃れたジェルは顔を上げてローズを睨みつけた。その目は怒りと焦りが宿る不安げなもの。

「くっ……。他人の魔法に強制介入するなんて」

 『炎流』の『素』のうち、〈風〉(ウェントゥス)を消し去ることにより、魔力均衡を失わせ〈火〉(イグニス)の暴走を招いた。そう現象について論理的考察をするのは簡単だが、実践するとなると、ジェルにもそれがどうやったら可能なのか、とんと見当がつかなかった。それを目の前の少女はやってのけたのだ。

 いや、今ローズがして見せたことは、もっと意味深い。『神』という世界根源の力を借りることは、魔法や奇蹟といった幽世を扱う業の基本といえる。それを事前に防いでみせたということは、相手が使う魔法種さえわかれば、どんな魔法でも封じることが出来ると言っているようなものだ。その脅威にはエディですら気がついた。

「ローズ……。あなたは一体?」

「自己紹介がまだだったかい? 一ヶ月ほどこの学園に潜入していたが、誰も私の名を問わなかったからね。もちろん、エディ。お前もね」

「名前? そんな、あなたローズじゃないの? ねぇ、だって私たちずっと前から友達じゃない。それなのに、潜入とか、そんなの意味わかんないよ……」

「ほんと、この学園の連中は鈍くさい奴らばかりだね。強制概念の挿入に誰一人気付かないなんんて」

 やっとにして事態を察したのだろう。ジェルが息を呑んだ。

「生徒の記憶を改変して潜り込んでいたのですね! だからエディさんはあなたのこと友達だって」

「え、あ、記憶の改変……? うそ、だよね? 嘘だと言ってよ、ローズっ!」

〔どこまでおめでたい奴なんじゃ、主は〕

(だってローズが、ローズが! ……そう、ユーシーズはわかっていたんだね。全部わかってたんだね!)

〔くっくっくっく、何せあやつは我が視えんのじゃ。なら、精神干渉系の魔法を我にかけることなど出来んじゃろ。そもそも『投影体』のこの体に、そんな魔法は通じんじゃろうがな〕

 ユーシーズはその幽体の瞳をエディに向ける。何を考えているのかわからない目。エディと同じ金色の瞳をじっとエディに向ける。

「エディ・カプリコット。お前、救いようのない馬鹿だな」

 ローズから返ってきた言葉は、エディの胸に突き刺さる。今まで言われてきたどんな悪口よりもエディの心を凍えさせる。

「ほんとお前は、私が学園で活動する隠れ蓑になってくれたよ。元々、途中編入のどうしよもうない落ちこぼれ、学園長の身内ではみ出し者。私という異物の残り香を消してあまりある目立ちっぷりは感謝しないとな。お陰で、動きやすかったこと。かっかっか」

「ローズ、あんたって人は!」

 声を上げて走り出す。単純に頭に血が上ったエディは、ローズと呼ばれていた少女に向かって駆けていた。

説明
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第四章の7
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