アリセミ 第五話 |
第五話 山県家の食卓
それは、とある お茶の間での出来事。
父「……おい、修一、健二」
兄1「ん?なんだい父さん」
兄2「用なら後にしてよ、僕 今もう少しでディアブロス倒せるトコなんだから……!」
父「のんきにWiiでハンターライフを満喫している場合じゃないぞ!……お前ら、よく聞け。今日 有栖のヤツがじいさんの教室 使って練習しとるだろ」
兄2「ああ、日曜まで練習なんて熱心だよね。今年キャプテンになったから学校でも練習三昧だろうに……。うあっ、強いなディアブロスッ!」
兄1「父さんや じいちゃんが練習を見てやろうっていうのに断っていたっけな。ずっと一人で練習してるのか?」
父「いや、それがさっき じいさんが様子を見に行ったんだが……」
兄1「相変わらず孫にベタベタしてるな あの じいちゃん」
父「男と一緒にいたらしいんだ」
兄1「………(すわっ)」
兄2「……………(あぼーん)」
父「オイ健二、ハンターやられたぞ」
兄2「そんなこと どうでもいいよッ!!(ぶんッ)」
兄1「あいだッ!コラ健二、Wiiをプレイするときは 周りに人がいないか よく確かめましょうッ!」
兄2「それもまた どうでもいいよ!有栖が男と道場にッ?どういうことッ!?」
父「それがな、じいさんの話によると誰もいない道場で、有栖と その男が一緒に練習をしていたらしい。…なんとも仲睦まじく」
兄2「むつまじくッ!」
兄1「有栖め……、父さんや じいちゃんだけなら ともかく、私の指導まで断って一人で練習に出たのは そのためか……ッ!」
兄2「僕も断られたー」
父「全員断られてたんかッ。……ともかく、これは山県家始まって以来の一大事だ、あの有栖に、とうとう、ついに、男ができてしまったという!」
兄1「有栖は高校生だ!男遊びなど まだ早い!」
兄2「賛成 賛成!今回ばかりは兄ちゃんに賛成!」
父「その男、夕食を食べていくそうで今じいさんが迎えに行っている。…そこでだ、我々は その席で、ソイツが果たして有栖に相応しい男かどうか、品定めしてやろうじゃないか!」
兄1「望むところだ、だが有栖に見合う男など早々いるとは思えんが……」
兄2「というか、地球上にいなくない?」
父「そうだとも!身の程知らずにワシらの有栖に忍び寄るクソ男を、この世から抹消してやるぁー!」
兄1「よぉーし!やるぞぉー!」
父&兄1&2「「「おおぉぉーーーッ!!」」」
*
母「……てなこと言ってるけど、どうする母さん?」
祖母「出過ぎるようならシバいたりゃ いいさ、それより夕飯の準備急ぐよ」
*
山県有栖の自宅は、彼女の祖父が経営する剣道教室から歩いて10分ほどのところにあった。
正軒「………マンション」
案内された正軒は目の前の高層マンションを見上げて呆然とした。
正軒「デカイ、そして けっこうキレイ……」
この綺麗さだと築5年も経ってないのではないか。
とにかくも高級そうなマンションである、こんなところに住むためには年収いくら稼がなければならないのか?
祖父「ウチのバカ婿が、公務員だってのにムリして買ったものでしてな。20年ローンですわ」
有栖「私たちの住まいは7階だ、行くぞ」
ななかいぃ〜、何ソレ?正軒は三階以上の建物を不動産屋に見せてもらったことがない。
正軒「やっぱ先輩って金持ち?」
セレブな雰囲気に慣れない正軒は、この未踏の建物の中へ、バラモス城に迷い込むレベル4の遊び人のような心地で踏み込んだ。
*
―――と、いうわけで。
有栖「一応、食事を始める前に紹介しておこうか」
食卓を囲んで有栖が言う。
すでにテーブルの上には、キムチ鍋がグツグツと美味しそうな匂いを立ち上らせている。食事の準備は万端だ。
有栖「こちらがウチの家族だな、上座から祖父、祖母、父、母、長男と次男だ」
祖父「改めまして、有栖の祖父の健作といいます」
祖母「有栖が お世話になったそうで、ありがとうございますねェ」
父「有栖の父親、――父親の、竜彦です」
なぜ二回言う。
兄1「兄の修一だ」
兄2「山県健二、大学生だよー」
しかし紛らわしいので以後も祖父、父、兄と表記していきます。
正軒「そんなヒドイ!」
有栖「なにが?」
虚空に向かって律儀にツッコミを入れてくれる正軒へ、じっとりとした三つの視線が送られてくる。父、兄1、兄2、彼らの視線は のっけから粘っこい。
有栖「で、……まあ、一応紹介しておくが、こちらは武田正軒、ウチの後輩だ。今日は稽古に付き合ってもらった」
正軒「よ、よろしくっス」
たどたどしく頭を下げる正軒。気分は借りてこられたネコ。
状況を整理してみよう。
先輩に脅されて稽古に付き合うことになった。付き合った。お礼に夕飯をいただくことになった。そして ここに連れてこられた。
座らされたのは食卓、自分とともに卓を囲むのは7人。
有栖先輩、そのお父さんにお母さん、じいさん ばあさん お兄さん×2
なんでご親族一同と顔合わせしてんの俺?と正軒。
しかも、ご親族の中でも とりわけ男性サイドの視線は、等しく正軒に鋭く突き刺さっている。…これは、わかる。彼らの正軒に対する認識はズバリ『娘(妹)に付いた悪い虫』だ。
『……これが有栖をたぶらかした悪い男か』と思っているに違いない。少しでもスキあらば、ゴキジェット片手に襲い掛かってきそうで超怖い。
今のところお母さんとおばあさんが目を光らせてくれてるため、手荒なことはしなさそうだが……。
祖父「正軒さんは、かの武田燐太郎氏の息子さんでの」
おじいさんだけが、高名な武術家の息子ということで正軒を全面的に信用している。
父「りんたろう?」
祖父「忘れたのか竜彦、お前んとこの署にも特別講師で来てくださった古武術家の先生じゃ」
父「ああ、あのシロクマ」
正軒「そう、あのシロクマです」
有栖「シロクマ?」
謎の会話に首を傾げる者 多数。
父「と、いうことは彼も腕に覚えのあるクチですか、義父さん?」
祖父「応ともよ、ワシもさっき無理を言って仕合わせてもらったが、分けに もちこまれてしまったわ」
はい、やってしまいました。
有栖との稽古が終わって、おじいさんが迎えに来てくれた時に一手。
兄2「ウソッ?じいちゃんって全国選手権で2位とったことあるんでしょ?そのじいちゃんに引き分けなんて……!」
兄1「一応、有栖の稽古を助ける資格はあるらしいな」
正軒にとっては あんまり愉快ではない出来事だった。
たしかに教室を開くだけあって、おじいさんの腕前は孫の有栖とは比べ物にならず、正軒も、忘れたいと思っていた勝負の感覚をついつい思い出してしまった。あー、やだやだ。
兄1「だが、その程度で調子に乗ってほしくはないな。これでも私は剣道四段、そっちの健二は二段の腕前だ。剣においては他者に遅れを取るつもりはない」
父「ちなみにワシは六段だ」
正軒「剣道一家ッ!?」
薄々予想はしていたが、やっぱり そーか。
有栖「…ということで、私が剣を習うのも極々自然な流れであったというわけだな」
正軒「イヤ、んなこと自慢げに言われても…」
兄1「有栖は、幼い頃から私たちの練習風景を眺めて育ったからな。剣の型、ルール、礼儀作法に、対戦相手への敬意の表し方まで私たちが一から教えていったものだ。………それなのに!」
兄のテンション上がる。
兄1「何故なんだ有栖ッ?今日まで お前を大切に育ててきた私を差し置いて、こんな何処の馬の骨ともわからぬ男に教えを求めるとは!行き詰っているなら何故 兄の私に相談しないんだッ?頼りになるぞ私はッ!」
父「バカ言え!頼りになるなら兄より父親だろう!有栖!ワシに何でも相談しろ!何でも答えてやる!小遣いも増やしてやるぞ!」
祖父「人生経験の豊かさで言えば、竜彦も修一もワシから見れば同じヒヨッ子、やはりここは最年長者たるワシが有栖の力になってやらねばのう…」
兄2「有栖ー、リンゴ食べるー?」
なんか群がってる、一家の男たちが全員総出で、末娘に対して。
母「ゴメンねー、武田くん、ウチの男どもがバカばっかりで……」
有栖の母親(三児の母とは思えぬほど若くて艶々しい)が、苦笑いしながら話しかける。
母「いっつも こうなのよー、皆でよってたかって有栖のこと甘やかして……。ま、気にせずジャンジャン食べちゃってね、お代わりたくさんあるから」
たしかに、山県家の家庭環境を観察していて、一つわかったことがある。
それは、祖父、父、長男、次男とが、有栖を際限なく甘やかしているということだ。末っ子は可愛がられる法則というのがあるとは聞くが、それに加えて男兄弟の中に たった一人の女の子、とくれば たしかに可愛がりたくもなるものか。
有栖が たまに際限なくワガママになることがあるが、その原因もズバリこれだろう。こんだけ甘やかされたらワガママにもなるわ。
兄1「なあ答えてくれ有栖!なんであんな余所者に頼んで、私たちには稽古をつけさせてくれないんだッ?」
向こうでは まだ男どもが有栖に食い下がっている。
いい加減ウザい、と思ったらしく、有栖は うろんげな表情で言った。
有栖「……今回 試合をすることになった相手は、非常に型破りなヤツで。これに勝つには今までに経験したことのない稽古が必要だと思っている」
今川ゆーなのことだろう、お父さんたちは黙って拝聴している。
有栖「しかし、お父さんや おじいちゃんとの稽古は、もう何年も前から繰り返して、もはや新たに得るものはないと思うんだ」
祖父&父&兄1,2「……………」
有栖「ぶっちゃけ、もう お父さんたちと稽古するのも飽きたんだ」
ぐはぁーーーーーーーーーーッ!
何たる冷酷かつ殲滅的な一言か。
それを聞いた男どもはカイザーフェニックスを喰らった勇者一行のように全滅状態。
有栖「お父さんでも おじいちゃんでも兄ちゃんでも、教えてくれる内容は大して変わらないし」
男ども「ぐおーーーッ」
有栖「しかもソレ大体 教本に書いてあるし」
男ども「おがーーーーーッ!」
ひ、ヒドイ、なんという大量破壊。
有栖の放つ言葉のナイフに、男たちは無残に打ちひしがれていく。
有栖「ちなみに、健二兄ちゃんに関しては、既に私のほうが強い」
健二=兄2「うきゃーーーーーーッ!!」
正軒「やめろぉ!そんなピンポイントに一人に絞って胸を抉るなあぁッ!」
耐え切れなくなった正軒が席を蹴る。
有栖「正軒、どうしたんだ血相を変えて?」
正軒「変えるわぁ!先輩いいか、この人たちは皆、先輩のことを思っ色々言ってるんでしょお!それを何ですか その態度は!先輩はヒトの優しさを無碍にする人ですか!」
有栖「いや、あの、私は……」
正軒「この人たちは先輩の身内でしょう!身内の言うことを素直に聞けないようでは一端の剣士とはいえません!」
有栖「う、うーむ……」
有栖は、正軒の剣幕に多少驚いたようで、
有栖「そ、そうだな、私が悪かったかもしれない」
と、自分の非を認めるのだった。
正軒はホッと胸をなでおろした。だって あれ以上親族さんたちがダメージを受けるのは見るに忍びがたかった。
彼が ふと気付いて振り向くと、そこには、先ほどの悪意ある視線とは180度 真逆の様相で正軒のことを見詰める、山県家男性陣がいた。
正軒「ひっ?」
なんか目がキラキラしてる、メシアの降臨を目撃した信徒みたいに感涙してる!
あまりにアレな親しみある視線に、度を越しすぎて正軒は正直引いた。
父「なんて、なんて君は いいヤツなんだ……!」
兄1「私たちは、あんなに君のことを敵視していたのに。君はそんな私たちのために有栖に意見までしてくれるとは…!」
兄2「いいヤツじゃん!すっげー いーヤツじゃんッ!?」
祖父「さすがは高名な武術家の血を引くお方じゃのう……」
ありがたや、ありがたや、と拝まれてしまった。
なんだ この手の平の返しようッ!?
この人たちにとって、有栖に構ってもらえるのが そこまで死活問題なのッ?
父「…ウン、ワシは決めた。正軒君といったね、ふつつかな娘であるが、有栖のことを よろしく頼む!」
正軒「何の話ですかッ?」
なんか両手を取られつつ言われた。
父「今日は よい日だ!母さん!棚に収めてあるアードベックの30年物を出してくれ!アレを開けるのには絶好の日だ!」
祖父「ばあさん ばあさん!ワシャ大吟醸を飲むぞ!肝硬変なんて気にせんワイ!」
兄1「こんな日に発泡酒なんて飲んでられるか!エビスで乾杯だ!」
兄2「僕しそペプシ飲むよ!」
なに一斉に色々開け始めてるの この家族ッ?
何だ この騒ぎは、何のお祭りだ?今日は何の記念日だ?
父「細かいことはいい、今夜は飲み明かそうじゃないか、三人目の息子よ」
有栖「ちょっと待って お父さん!何ソレどういう意味ッ?」
有栖が顔を真っ赤にして叫ぶ。
有栖「勘違いしないで、私と正軒は…、その、ただの先輩後輩の間柄で、そういうのじゃ ないから、全然ないから!」
父「わかってる、お前ぐらいの女の子は極度に照れやすいからな……。だが正軒君、有栖との付き合いは くれぐれも慎重にな。かく言うワシは、母さんが二十歳になる前に修一ができて、それで じいさんに殺されかけた」
祖父「ウン、あの時はマジで殺そうと思ったね」
正軒「ホントに何の話だーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!?」
山県家の食卓は、大いに盛り上がっていた。
*
そうして正軒は、山県有栖のご親族一同にスッカリ翻弄されるのだった。
夕食の席では、正軒に話して聞かせる形で さまざまな話題が挙がった。有栖の両親夫婦の馴れ初めや、長男の仕事の話、次男が最近ネトゲ廃人と化しつつあるのを憂う話など、話は尽きない。
その途中で正軒のことにも話が及んだが、彼は勘当中の身で、現在両親とは離れて暮らしている。…なんてことも下手に言えないので適当に言葉を濁した。深く追求されることもなく夕食も終わり、正軒はお風呂までいただくことになる。
*
正軒「……ふうぅ」
カポーン、と効果音でも鳴りそうな気がする。
湯気に曇った浴室の中、正軒は水滴がポタリと落ちてきそうな天井を見上げていた。
肩までドップリと浸かって いい湯加減だ。お客様だから一番風呂をおあがりください などと言われて つい乗ってしまったが、よかったのだろうか?ここの一家は遠慮する隙を与えてくれない。
正軒「まあ、でも助かったなー、この時間だと銭湯も開いてないだろうから、冷水で体拭いて終わりかと思ってたけど……」
ただ単に姫様の練習に付き合うだけのつもりで やってきたのに、ご飯奢ってもらったり お風呂に入れさせてもらったりして、山県邸に訪問してからは有栖との稽古より目まぐるしくて翻弄された。
さまざまなことが起こりすぎて困惑気味の正軒だった。彼が実家を勘当されて一人暮らしを始めてからは、ああいったアットホームな雰囲気には まったく縁がなかったし、そもそも正軒の実家自体あんなアットホームな雰囲気ではなかった。
正軒「あんなオヤジだからなぁ………」
『お前のようなフヌケは息子ではない!』というのが父親から聞いた最後の言葉。そんな父親のことを久しぶりに思い出すのも、有栖たち家族の空気に当てられたせいか……?
有栖「正軒、湯加減はどうだ?」
突如ドアの向こうから有栖の声が聞こえてくる。驚きでお湯が波打った。
正軒「先輩ッ?どうして ここにッ?」
ま、まさか背中を流しに来たとかッ?正軒の胸の中が期待と混乱で大膨張。
有栖「着替えを持ってきた。ウチは親の仕事上 人が泊まりに来ることが多くてな、新品の下着など常備してあるんだ」
なーんだ。
ホッとしたような、ガッカリしたような。
有栖「すまんな、稽古に付き合わせた挙句こんなところに引っ張り込んでしまって。…その、ビックリしただろ、ウチの家族」
正軒「いや、いいんじゃないスか。あったかい家族で、先輩が どーしてワガママに育ったのかスンナリわかりましたよ」
有栖「わ、私はワガママじゃないぞッ?」
正軒のいる浴室とガラス戸一枚隔てた脱衣所で、有栖は憤慨している。
有栖「たしかに父たちの溺愛っぷりは私自身も自覚しているがな、その分 母や祖母からは厳しく躾けられているんだ。家事全般も しっかり叩き込まれているし、剣道にかまけて学校の成績を落とすと凄く怖いんだぞ!」
正軒「はいはい」
それもまた厳しさという愛情を しっかり注がれている証拠ではないか。
有栖が恵まれた環境に生きていることを、正軒は疑いなく確信する。
有栖「なんだその口振り、信じてないなッ?それなら今度 私がお母さんに叩き込まれた料理の腕を見せてやる!美味かったら土下座して謝れよ!」
正軒「また土下座ですか……」
土下座好きだな この人。
正軒「それよりも先輩、今日の稽古のことなんですけど」
曇りガラス越しに、正軒が真面目な口調で言う。
正軒「いいんですか、このままで?」
有栖「うん?」
正軒「稽古の仕方ですよ。今度の試合、対戦相手の今川焼きの強みは、ハチャメチャな型から出る無類の『速さ』でしょう。それに対応するために反射を鍛え、今川焼きの動きを捉えられるようになる、…それが目標でしたよね?」
有栖「そ、そうだが…」
そのために昼間は、正軒相手にボロボロになるまで打ち合っていたのだ。正軒の動きは、今川ゆーなとは別種であるが これも冗談みたいに『早かった』。
正軒「でも先輩、人間の反射神経なんて一週間そこらじゃ成長しませんよ」
有栖「うっ」
正軒「パワーとかスピードとかね、人間の基本的なパラメータは日ごろの鍛錬がモノを言うんです。急に力をつけようたって そう都合よくは行きませんよ、付け焼刃になるだけです」
さすがに生死を賭けた古流剣術を修める正軒は物言いもシビアだ。
正軒「このままの稽古じゃ、また負けますよ、先輩」
有栖「じゃあ どうすればいいんだ?キサマの古流に、今川に勝てる必勝技でもないのか?こう、敵の体の どこかを突くと『あべし』といって爆散するとか……!」
正軒「どこの一子相伝の暗殺拳だッ?………ともかく、そういう時こそ先輩のお父さんたちに相談すればいいんじゃないですか?」
有栖「え?」
正軒「あの人たちだって剣道歴、先輩よりも長いんでしょ?今川焼きと同じタイプの選手と対戦した経験だってあるかもしれない」
そしたら、何か対策法も考え付くかもしれない。
正軒「戦場では、持ってるものは何でも使え、使えるものを使わずに殺されるのは無念極まりないことだ、…って教えがウチの流派にはあります。あんなに いい家族がいるんですから、遠慮せずに頼ればいいじゃないですか」
有栖「……そうか、そうかもな」
彼女にとっては とてつもなくウザい父兄たちであるが、頼りがいのある家族でもあった。
それを忘れて、一人で すべて解決しようと気負っていたのは、部長という重責に就いて周りが見えなくなったのかもしれない。部長として、部の問題は自分ひとりで解決しなければ、と……。
有栖「……そうだな、少し気負いすぎていたのかもな。早速今から相談してみるか」
正軒「うぃ、そーしなさい そーしなさい」
正軒は湯船に浸かって満足げに頷いた。
有栖「……でも、そしたらキサマはもう、協力してはくれないのか?」
正軒「え?」
何のことか。
有栖「父さんたちに相談したら、お父さんたちは きっと協力してくれる。そしたら正軒は、もう稽古に付き合ってくれなくなるんじゃないのか?」
そりゃー、親族が協力してくれるなら、赤の他人の正軒がしゃしゃり出る幕はないが。
有栖「正軒は、私と一緒に稽古するのがイヤか?」
とガラス越しに聞いてくる。
……正軒としては、ある意味願ってもないことだ、このまま解放してくれるということは。
かつては自分の人生そのものと言っていい古流剣術から袂を分かって数年、今ではもう剣のことなど思い出すこともなく普通の高校生をやっていけている。
それなのに稽古に付き合わされ、忘れていたはずの剣の感覚を思い出させるのは けっして愉快なことではなかったし、解放してくれるというなら素直に解放されたい。
覗きの冤罪で脅されもしたが、一応 今日一日付き合ったということで義理も果たせた。
そう思えば、あとは身内の方々に任せて、身を引いてもよいのでは?と思わなくもない正軒だった。
ただ、ガラス越しの有栖の声が、妙に寂しげなのが気にかかった。
正軒「………仕方ねえな、付き合うよ、対戦の日までは」
有栖「ホントかッ?」
正軒「メシに風呂まで貰っちまったからな、その分の恩は返しておかないと……」
有栖「よしッ、では明日も稽古だ!正軒、今日は泊まっていけ、そして朝 登校する前に一稽古だ!」
正軒「……………」
正軒は安受けあいしたことに ちと後悔したが、有栖の弾んだ声を聞いていると、なんだかそれもどーでもよくなる。
正軒「得な性格してるよな、先輩は……」
山県家の男たちも、末娘という事実より、むしろ有栖のそういう気質の方にメロメロになってしまっているのではないか?
アレ、待て、すると俺も その気質にカモられてる?
戦慄とともに気付くが、湯船の心地よさが危機感および思考力を奪う。
ま、どーでもいいか今は。
正軒は、ヒトの家のお風呂で、脱衣所からの有栖の気合声をBGMにひたすら脱力していくのだった。
*
母「………ねえ母さん、つまり、どういうこと?」
祖母「知らないよ。…でもま、一つだけ ハッキリしたことがあるとしたら、有栖を甘やかす男が また一人増えたってだけだね」
to be continued
説明 | ||
稽古も終わり、有栖から夕食に誘われる主人公・正軒。有栖宅の食卓で待っていたのは、有栖のことを猫っ可愛がりする山県家親族のご一同だった。 末娘である有栖を溺愛する祖父・父・兄は、有栖の連れてきた正軒を、彼氏と認識、当然のように敵意を向ける。 果たして正軒は、この虎穴のような食卓から生還することができるのか? |
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