彼による悪役論
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破壊音と破砕音と誰かの泣き声と笑い声と。一般的に騒がしいと表現される域なんかとうに通り越してしまった状況ではあるけれど、決して不快じゃない。むしろ、こうして騒ぐ面々を眺めるのは結構好きだ。一人で寂しく、外なんか眺めながら飲んでいるよりずっと楽しい。

一応は親睦会、という名目の立食パーティ。

人の寿命よりはるかに長い付き合いを持つ国の象徴たる面々と今更何の親睦を深めるんだ、とは思うけれども、これもお仕事だからしょうがない。それにこうして皆の元気な姿を眺めながら美味しいお酒とご飯がいただけるのだからただのお仕事よりずっと気楽だ。たとえ目の前を横切った酒瓶がプロイセン君の頭にクリーンヒットしていたとしても。そう、たとえ隣に座るアメリカ君が僕には全く理解できない単語を口にしていたとしても。

 

「なあロシア聞いてるのかい?!」

 

ぐいっと肩を引かれる感覚。軽く逃避していた思考を無理やりに右隣に引き戻される。引かれた肩がじわじわ痛くて自分の力をもう少し考慮して欲しいなあ、なんてぼんやり思うけれど、喧嘩がしたいわけでもないしこれ以上面倒ごとを増やしたくも無くて口には出さないでおく。

 

「うんうんそうだねご飯美味しいね」

「俺は一言たりともそんな話はしてないんだぞ!」

「そうだっけ?あ、これアメリカ君の好きそうな味だよほらほら、それともウォトカ飲む?」

「話を!逸らさないでくれよ!!あと俺は一応未成年って扱いだから公共の場での飲酒は遠慮するんだぞ!」

 

ふん!と鼻息も荒く、憤慨したような表情を浮かべる彼はいかにも自分が正しいですと言わんばかりだ。無理やりに食欲へと意識をシフトしようとしても見向きもしないあたり、いらない執念を感じる。

 

「全く、じゃあもう一度言うからよく聞いててくれよ?」

 

聞きたくない。

そう思って反射的に耳を押さえるために動いた両腕はしかし、アメリカ君の馬鹿力によってがっちりと抑え込まれてしまった。しかも持っていたグラスはきちんとテーブルへと避難させられている。今世紀最大にいらない気遣いだ。いいかい?と物分りの悪い幼子にでも語り掛けるような声。けれど次に続く発言が、到底幼子には聞かせられないようなものであることを、僕はもう知っている。すう、とアメリカ君の口が開く。ああもう手遅れだ。

 

「俺のことを抱いてほしいんだ!」

 

きーん、と残響が聞こえるほどの大声。いつもながら良く通るアメリカ君の声はこんなところでも各国の耳に届いてしまったようで、何時の間にやら会場は静まりかえって、ついでにこちらに視線が集まっているのを感じてとんでもなく恥ずかしい。

 

「ええと……」

 

言いよどむ僕を他所に、アメリカ君はきらきらと、まるで大型犬か何かのように瞳を輝かせている。断られるだなんて、微塵も思ってなさそうな瞳。二度目とはいえあまりにも予想外だった発言に、すっかり怒るという選択肢を見失ってしまった。

 

「……なにか変なものでも食べた?」

「君が何を言ってるのか良く分からないけどその変なものとやらがこのパーティに混入していたとしたら一大事だね!」

「……じゃあお酒でも、」

「だから今日はアルコールは一滴も口にしてないんだぞ!」

「…………人違いじゃ、」

「どうして君を目の前にして別の人物にこんなこと言わなきゃいけないんだい!!」

 

だめだ、逃げられない。

両腕は未だ押さえ込まれたままで、瞳は純粋な光を湛えたまま僕の顔を期待満々に覗き込んでいる。

かつては世界を巻き込んだ大喧嘩をした関係ではあるものの、最近では二人で食事をする程度には仲良くなった。とはいえ。抱いてくれだなんてまさかそんな、そんなトチ狂った発言をされるような関係では決して、神に誓って、無い。

 

「あの、アメリカ君」

「イエスかい?」

「いやそうじゃなくて、念のため確認なんだけれど」

 

半ば死刑台へ登るような気分で、未だかつて無いほどの重さを感じる唇を何とかこじ開ける。

 

「抱くってつまり、」

「SEXしてくれって意味だぞ!」

 

ああ言っちゃったよこの子。しかも僕が発言し終わる前に。両腕が押さえ込まれてなければ顔を覆って床に崩れ落ちてしまいたいほどの絶望を感じる。現に視界の端で見事なほど綺麗に崩れ落ちたイギリス君が見えた。彼のことは嫌いだけれど、今回ばかりは多少の同情をしない事も無い。

 

「ロシアー?おーい、ロシアー?」

「あ、うん、なにかなアメリカ君」

「なにかなじゃなくて、返事はどっちなんだい?」

「え、あ、えーと、とりあえず腕、放してもらっていいかな、」

 

血が止まりそう、と続けると慌てて力を込めていた指先が離れていった。申し訳なさそうな表情に、基本的には素直な子なんだよなあと場違いな感想が頭をよぎる。

 

「ええと、まず」

「うん?」

「アメリカ君その……なんで唐突に抱いてくれとか言い出したの?」

 

人間極度に焦ると逆に落ち着くものらしい。いや僕らの存在を人間って分類していいのかどうかは別だけど。とりあえず便宜上。もういっそとことんまで追求してやろうという気分になってきたのは多分開き直りというやつだ。

 

「別に唐突じゃないぞ?」

「うん?」

「敵対してたときからずっと思ってたんだ」

「ん?」

 

ぶはっ、と誰かが思わずといったように噴出す音と、かりかりとひたすらなにかを書き付けているような音。横目でちら、と確認したら日本君が凄まじい表情を浮かべ人間離れした動きでボールペンを走らせていた。怖い。吹きだした人は恐らくフランス君かなとあたりをつけたところで、頬を挟まれ強制的にアメリカ君の方に向き直らされた。

 

「周りばっか気にしてないで俺のことちゃんと見てくれよ!」

「え、えっと、ごめんね?」

 

拗ねたような表情を浮かべるアメリカ君に思わず謝ってしまったけれど、そもそもこの状況を生み出したのはアメリカ君本人だ。それより今の発言女の子みたいだなあ、とか、いや、そうじゃなくて。先の発言の内容こそ問題だ。

 

「ええと、敵対してたときって、だってアメリカ君あんなに僕のこと嫌ってたじゃない」

「そりゃあの状況で抱いてくれなんて言い出したらイカれたかと思うだろ?」

 

いや、いくら仲良くなったからってこんな公式に近いような場でそんなことを言い出すあたり大概今だって頭おかしいとは思うけれど。そこに考えが及ばないあたり実はアメリカ君はびっくりするほどアホの子なのかもしれない。そうでなければ見境の無いゲイかセックスジャンキーの類か。

 

「言っておくけど俺はゲイとかビッチとか、そういうのじゃないんだぞ」

「……じゃあなんで?」

 

僕の思考を読んだかのような発言をしたアメリカ君がふっと表情を真剣なものに変える。じい、と空色の瞳が見つめてくるから、つい条件反射で見つめ返してしまった。

 

「……君が、かっこいいから」

「へ、」

 

思わぬ答えに、気の抜けた音がぽろりと口から零れる。かっこいいからだって、彼は、何を言っているのだろう。頭の中で呟いたはずの問いは、どうやら口に出していたらしい。はあーと呆れたようなため息を吐かれて思わず眉が跳ね上がる。物分りの悪い相手、というような態度を取られて、少なくともいい気分にはならない。しかしアメリカ君はそんな僕のことを意にも介さず話を続ける。

 

「君は俺の家の映画の何を見ているんだい?」

「……話が見えないんだけど」

「いいかいロシア!そもそも悪役っていうのはね、かっこよくなきゃいけないんだ、特に黒幕はね!魅力的なキャラクターと魅力的なキャラクターがぶつかるからこそ面白みが生まれるのさ!」

 

いや僕はそもそも悪役でもなんでもないんだけれど、そこを突っ込むと話が進まなさそうだから放置をする。さっきから、僕にしては珍しいほどのサービスだ。

 

「だってそうだろ?カリスマ性の欠片もない黒幕に誰がついていくっていうのさ。知性も品性もないただの悪者なんてそんなのはヒーローじゃなくたって倒せるんだぞ!」

「はあ……それで?」

 

言っている文面そのままであれば、まあ、アメリカ君にしてはまともなことを言っているなあ、で済むのだけれど。いかんせん今は結論が欲しい。僕は別に彼の悪役論が聞きたいわけではないのだ。急かさないでくれよ、と唇を尖らせたアメリカ君は、けれど一応急ぐ気にはなったようだ。

 

「つまり、ロシア。君ってば最高にクールな悪役なんだ!」

 

向日葵が咲いたような笑顔。しかし告げられた言葉は、やっぱり僕の理解の範疇を超えていた。ぽかん、とする僕をよそに、アメリカ君は今までの長ったらしい前置きが嘘のようにぽんぽんと話を進めていく。

 

「まずやっぱり一時は俺と肩を並べた大国だからかな、カリスマ性は当然あるだろ?それにちょっと威圧感があるのがいいと思うんだ!ちょっと言うこと聞きたくなる感じっていうのかな?まあ俺は聞かないんだけどね!それにその見た目!プラチナブロンドにウルトラバイオレットなんて、神秘的ですごくいい!俺の周りには居ない見た目だったから、初めて見たときなんか思わずちょっと見惚れたんだぞ!」

「え、あ、ありがとう?」

「うん!あ、それでちょっと柔和そうに見えるのもポイントだと考えてるんだ!やっぱり見た目から冷酷そうだととっつきにくいし、ほらロシアは体格が大きいだろ?だから表情が柔らかいことで迫力が中和されるっていうか、」

「ア、アメリカ君?」

「それに悔しいけど君はスタイルがいいからね、軍服がすごく映えるし最近のスーツなんかもいいと思うんだ。やっぱり悪役はスタイリッシュでクールであるべきだ!!」

 

あ、言っておくけど俺のほうがパワフルでナイスガイなのは当然の事実だからね!と締めくくられた言葉を最後まで聞かないうちに、僕は顔を俯かせてしまった。なんというか、諸々の恥ずかしさで。だってこんな、まさかよりにもよってアメリカ君から褒め殺しの様な真似をされるだなんて、あまりにも予想外に過ぎる。具体的に言うと正面から殴りかかってくるのかと思ったら、後ろから戦車で攻めてこられたぐらいの違いだ。恥ずかしい、けど、こんなに褒められたことは無いから実はほんの少しだけ、嬉しいような気もする。

けれど黙り込んだ僕をどう取ったのか、目の前でさっきまで自信満々に演説を繰り広げていたアメリカ君はしょんぼりとうなだれてしまった。心なしかぴょこんと飛び出たナンタケットもしおれているような気がして慌ててしまう。

 

「……だから、君と仲良くなれた気がしてすごく嬉しかったし、こんなこと言うのだって、君だけなんだ」

 

呟くような音量にまで下がってしまった声はさっきまでの自信をどこかに投げ捨ててきてしまったように震えていて、どうしようもなく庇護欲が煽られた。きゅん、と胸が締め付けられるような感覚。今すぐにでも頭をなでてあげたいような気分になるのは、アメリカ君の持つ才能というやつなのか、それとも僕が絆されかけているからなんだろうか。多分、後者だ。

ふう、と息を吐く。その音にすらびく、と肩を揺らす姿は世界を牽引する超大国ではなく、見た目の年齢相応の青年の姿に見えた。

 

「ねえ、」

「……なんだい」

 

返答だけは妙にしっかりしているのに顔を上げようとしないその姿に、さっきとは立場が逆だな、と思わずと笑いが零れる。できるだけ優しく、頬を両手で挟んで顔を上げさせると、予想通り空色の瞳には薄く水の膜が張っていた。

 

「返事の前にね、一つ確認したいんだけど」

 

そう切り出すとあからさまに顰められる顔が子供っぽくて、また笑ってしまう。けれど僕についてアレだけ語ってくれた割には、重要なことを何一つとして口にしてくれていないから、ちょっとだけ仕返しをしている気分になる。

 

「アメリカ君、僕のこと好きなの?」

 

恋愛的な意味で。と続ける間もなく、白い肌が真っ赤に染まる。抱いてくれ、なんてとんでもない台詞をこの衆人環視のなか口にしたとは思えないくらい初心な反応に、思わず優越感を感じてしまう。恥ずかしがるポイントが大分おかしいとは思うけれど、そんな反応を可愛いと思ってしまうくらいには、僕の頭もおかしくなっている。

 

「ね、アメリカ君。今ここで答えてくれなくてもいいから、」

 

唐突に降って湧いた攻勢に、しかし焦らず一呼吸入れる。不自然にあいた間に、きょとん、と間の抜けた表情を晒すその瞼に、音も立てずに唇を落とす。

 

「静かなところ行かない?どこか二人になれる場所」

 

ね?と首を傾げると、頬を紅潮させたアメリカ君が嬉しそうに僕に飛び掛るように抱きついてきた。瞬間、いつの間にか出来上がっていた人垣がわっと沸き立つ。ああそういえばパーティ会場だった、と気がついてももう遅く。フランス君とスペイン君は肩なんか組んで口笛でこちらを煽り立てているし、イギリス君は泡を吹いて絨毯のしかれた床に倒れこんだ。日本君の手の動きはもはや視認できない速度になっている。やっちゃったなあ、なんて思いながらも、満面の笑みで僕を抱きしめているアメリカ君が妙に可愛らしく見えてくる。絆されてる自覚は大いにあれど、結局のところ僕だって満更ではないのだ。

そういえば、とアメリカ君が急に真面目な顔で口を開く。しかしそこから放たれる言葉に、また僕は頭を抱える羽目になる。

 

「抱いてくれとは言ったけど、別に君がボトムでも構わな」

「うんそれも含めてちょっと二人になれる場所に行こうか?」

 

大爆笑、大喝采、ついでに怨嗟と呪いの声。そんなものに見送られながら、ぐいぐいとアメリカ君の手を引いて会場を後にする僕はいろんな意味ですごい顔をしていただろう。なんだか今日のアメリカ君には振り回されっぱなしだ。あんな場所で爆弾発言はするし、あわよくば僕を抱こうというような発言はするし。ベラルーシが聞いていたら死人が出ていただろう。恐ろしいことに。

けれど、と僕は思う。実は一番恐ろしいのは、アメリカ君の手を放してさっさと一人帰ってしまおうだなんてそんな考えが微塵も浮かばない僕の脳内、かもしれない。

 

説明
※2016/01/11にPixivへ投稿した作品をTINAMIへ移行したものです

イヴァアル悪役論
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