きみを見ている
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見られている気がする、と呟かれた声に、ジェイドは振り返った。

 

「ストーカーですか?」

「どうでしょうね。時折視線を感じる、ような気がする程度なので」

「今も?」

「消えましたけど、そうですね」

 

ふむ、とジェイドは顎先に指を当てた。

午前の授業を済ませ、昼休憩の緩んだ空気の流れる廊下のことだ。視線を感じても、どこから、誰が、という情報が特定しづらいくらいには人が多く、一回り視線を巡らせたところで異常は感じ取れなかった。

 

「アズールをストーカーするなんて趣味も発想も最悪ですね。ちなみに対策は」

「なにも。しようがないんです。なにせ振り返ってもだれもいない、盗聴盗撮の調査も、機械と魔法の両面から探って出ないんですから」

「おや」

 

随分と妙な話だ。例えば同じクラスの生徒などであれば、気のせいではと誤魔化しただろうが、アズールはそうではない。気のせい、で済ませられることを、わざわざ口に出したりはしない男だというのを、ジェイドはよくよく知っている。

 

「どこまで調査されたんです」

「寮内は一通り。ラウンジの方もエリアごとに、学内は流石に全て、とはいきませんが教室と部室くらいは調査してます」

「それで何も出ないのですか」

「ええ」

 

静かに考え込む横顔が、にわかに顔色が悪く見えはじめた。このくらいのことでへこたれるような、柔な神経を持ち合わせていないのは重々承知しているが、見られているかもしれない、というストレスはどうしようもない。大体アズールは元来、見られることを特別好むような精神構造もしていないのだ。

 

「気にしても仕方がないとは思うんですがね」

「調査しても出ないとなると……そうですね。念のため、できるだけ一人では行動しないようにしていただけますか」

「そこまで過保護にするような問題じゃ」

「念のため、ですよアズール」

「……わかりました」

 

斜め下からの不服そうな視線を受け流しながら、ジェイドはそ、と後ろを振り返った。視線を感じたわけではない。ただ視線を感じたというのなら、犯人はまだ近くにいるのでは、という至極単純な思考から出てくる行動だった。

昼休憩に差し掛かった廊下は、すっかり人通りも多く、人探しには不向きだ。いくらジェイドの長身をもってしても、悪意のあるなしをこの距離から判別するのは難しい。もっとも、この学校に通う生徒の何割かは、アズールに対して恨みのひとつやふたつ、持っていてもおかしくないだろうが。

 

「ジェイド?何をしてるんです。さっさと食堂に行きますよ」

「ああ、失礼いたしました」

 

いつの間にか随分先行していたアズールに追いつくため、ジェイドは慌てたように大股で歩み寄った。

食堂に向かう途中、視界の端でじわりとなにかが動いたような気がして振り返ったが、そこにはただ絨毯の敷かれた床があるだけだった。

 

 

「……?」

 

モストロ・ラウンジの事務作業は、大抵のところをアズールが担っている。

全てをひとりで済ませてしまうといざという時に店が回らなくなるのが目に見えているから、アズールの承認を必要としない細かい部分は当然、寮生へ回している。けれどラウンジの営業自体、アズール主導で計画を進めたものではあったので、むしろ進んで事務方を務めている面すらあった。

だからラウンジの営業中、大きな問題が起きない限り、アズールは大抵ひとりでバックヤードへ引っ込み、必要な書類の作成に勤しんでいることがほとんどだ。

するすると紙の上を踊っていたペン先がぴたりと止まったのは、書類の作成を始めてから一時間ほどたったころだった。

見られているような気がする。昼間ジェイドにはそう言ったが、実際の所感じているのはもっと粘着質なものだ。見られている、よりも観察されている、というのがふさわしいような、じっとりと湿り気のある視線。ここで振り返ったところで、視線の主がいないことは明確だ。それに観察されて困るような振る舞いも、少なくとも今はしていない。

 

「……仕方ありませんね」

 

ここ数日であれば放置していたが、昼間あれ程ジェイドに念を押されたのが効いていた。内線をとり、キッチンに繋ぐ。

 

「はあいキッチンです」

「フロイドですか?すみません、ちょっと飲み物を運んできてはくれませんか」

「……はいはあい。あったかいの?つめたいの?」

「温かいものを」

「おっけー」

 

ぷつん、とフロイドの甘ったるい声はすぐに途切れた。数分の間もなく、バックヤードの扉が開く。ノックのひとつもしろと言いたいところだが、今日の所は見逃してやろう、と思い直した。

 

「おまたせ」

「ありがとうございます」

 

銀のトレンチに乗ったティーポットから、そろいのカップにこぽこぽと紅茶が注がれる。優雅な手つきでサーブされたものを、アズールは口を湿らせる程度に飲み込んだ。

フロイドがひそりと、その長身をかがめてアズールの耳元に声を落とす。

 

「見られてるってやつ?」

「ええ」

 

双子のことだから情報共有はされているだろう、と考えたのは、どうやら正解だったらしい。フロイドの油断のない視線がひととおり室内を見回して、ことんと首を傾げた。

 

「なんもなさそうだけど」

「そうなんですよね」

「でもアズールがそれだけ言うなら、なんかあるんでしょ」

「あるんでしょうね」

 

ち、と舌打ちをしたのは殆ど無意識だった。トレンチを机に置いたフロイドが、アズールの眉間のしわを丁寧に伸ばしていく。陸に上がった頃よりずっと力加減のうまくなった指先は、邪魔だと振り払われる寸前のところでひょいと離れていった。

 

「あは、機嫌悪くなってんの。今日のまかない、おいしいの作ってあげるから」

「……いえ」

「カロリーも計算したげるから、ジェイドが」

「お前じゃないのか」

「めんどい」

「ああそうですか」

 

楽しみにしていますよ、とだけ告げると、フロイドはどうやらもう少しばかりここでゆっくりしていくつもりらしい。適当に置かれた椅子を引っ張り出して、座面を抱えるようにして座り込んだ。

 

「なんかさあ、思い当たることねえの」

「あったら対処してます」

「だよねえ」

 

がたん、と椅子が揺らされ、今度はフロイドが眉間にしわを寄せる番だった。心当たり、ならありすぎるほどに溢れているが、そのひとつひとつにそれなりの対処は施しているはずだ。だから、こんな風に無遠慮に観察をされることなど、事象としてあり得ない、はずだった。

今のところ打つ手なし、の結論にふたりがたどり着くのを狙いすましたように、内線のベルが鳴った。

 

「はい」

「ああアズール、すみません。フロイドはそちらに?」

「ええ。もう戻しますよ」

「おれまだここにいる」

「うるさい。すみませんね、忙しい時に」

「いえいえ」

 

ジェイドの声が途切れたのと同時に、アズールはフロイドをにらみつけた。がたん、がたんと椅子を揺らして、それが抗議のつもりだろうか。なによりもまず椅子と床が無事かどうかが気にかかってしまうので、その方法はできればやめてほしい。

 

「フロイド」

「ううん……はい……」

 

ほんのりと萎れたように見える髪を見ながら、けれど戻ればしっかりと己の役割をこなす男だからあまり心配はしていない。どちらかといえば、心配されているのはこちらなのだろうな、と感じ取れてしまったので、アズールはそう怒ってもいなかった。

しっかりと扉が閉まったのを確認して、アズールは再びペンをとった。感じていた視線は、いつの間にかどこかへ行ってしまったようだ。今のところは感じなくなっていた。

やはり魔法的な側面から、再度調査してみるべきだろうか。

 

「あ、」

 

そんなことをぼんやりと考え込んでいたら、腕の辺りに何かをぶつけてしまったらしい。こつり、と床に当たる硬質な音。机の上からは、万年筆のキャップが無くなっている。オーシャンブルーよりもっと深い、深海のような黒い青が気に入っていた。

慌てて床を探した。左側、右側、椅子の裏、机の下まで潜り込んで探しまわって、けれど結局、終業の時間になってもキャップは見つからなかった。

 

 

「アズール氏さあ、最近また恨み買った?」

「は?」

 

ぱちん、と置かれた白い石。ひとつ、ふたつと黒いのをひっくり返しながら告げられた言葉に、アズールは神経質に眉を跳ね上げた。

 

「なんです突然。僕の動揺を誘ってるのであれば悪手ですよ」

「いや違う違う違いますなんで?なんでそんな喧嘩腰なの?」

「うちの寮はみんなこうです」

「寮長自ら風評被害をまき散らすんじゃないよ……あと本当に、いやな思いさせたいとかじゃなくて」

「じゃあなんです」

 

目を離した隙に、黒い石のエリアは随分面積を減らしてた。顎に指を置いて一考、それからぱちん、と黒い石を置くのに合わせて、イデアがげえ、と声を上げた。

 

「そっ、そこに置くのアズール氏……」

「ええ」

「どうしても……?」

「どうしても」

「ううう」

「なんですみっともない」

 

ぱちぱちと白い石をひっくり返して、そうすると今度は黒い石の面積が増えた。

どうせこの後余裕で巻き返す癖に、イデアはひんひんと泣き言を漏らしている。いつもそうだ。煽って、煽り返して、やり返されるとめそめそと泣きごとを漏らして。本当に目じりに涙を滲ませているところを見たのだって二度や三度の話ではなかった。

 

「それで」

「ふぇい」

「戦略じゃないならなんです。ちなみに恨みは買いっぱなしなのでひとつふたつ増えたって分かりはしません」

「ウッワ」

「ほら石を置く」

「はい……」

 

静かに石を置くイデアの指先は、はっとするほど白くて真っ直ぐに長い。爪の形だって綺麗なのに、手入れの一つもしないうえ、考えごとをするとささくれをむしり出すからすっかりぼろぼろだ。今度部屋に押し掛けてハンドクリームでも置いて行ってやろう、と画策しているうち、ぼおんと鐘が鳴った。

 

「部活が終わってしまったじゃないですか」

「エッ拙者のせいではないです」

「あなたのせいですよ」

「ええん」

 

ずるりと伸ばしたパーカーの袖で、クマの酷い目元を抑える。なんてやる気のない嘘泣きだ、と思いながら、アズールは荷物を纏めて立ち上がった。

 

「あ待ってアズール氏」

「まだ何かありました?」

「や、あのさ、最近変わったことない?」

「変わったこと……」

 

ぎらん、と青い髪に隠されたイデアの目元が、何か不穏に光ったような気がした。そういえば、と話し出したアズールのここ最近の話を、ひどく険しい顔で聞き入っている。落し物が見つからなかった話までしたところで、うん、とひとつ頷いたのを見て、ああ何か気付いたんだな、と思ったのは当然だろう。

 

「あのさ、今日寮まで送っていい?」

「は?……まあ、いい、ですけど」

「おけおけ、じゃあちょっと待っててね」

 

いそいそとオセロを片付けて、イデアがタブレットを小脇に抱えた。忘れ物がないかのチェックを簡単に済ませ、二人で部室の外へ出る。

イデアが施錠を済ませる間、アズールはぼんやりと窓の外へ視線を向けていた。赤い光。夕焼けというのはどうしてこうも派手な色をしているのかだろうか。

何の気なしに窓から床へ、視線をうつした。黒い影が、ぐんと廊下の先まで伸びている。アズールはこの光景があまり好きではなかった。コントラストが妙に美しいがために、どこか、不気味さを感じてしまうのだ。

 

「ハイお待たせ。じゃあ行きましょうぞ」

「とっても待ちました」

「そんなァ」

 

人気の無い廊下に、二人分の足音が響く。

 

「……あれ、アズール氏今日メイクしてないの」

「ええまあ、必要が無かったので」

「ふうん……」

「本当にさっきからなんなんです?」

「いや、いっつも目元なんとなく作ってるんで、今日はしてないんだなあっていう、気づき?ですぞ。彼氏の甲斐性というやつ」

「ありがとうございます。甲斐性とかあなたの口から出てくると混乱しますね」

「辛辣」

 

大して長くもない距離をぺたぺたと歩いて、鏡舎はもうすぐそこだった。イデアが寮まで、というからには、本当に寮まで送るつもりなのだろう。珍しいこともあるものだ、というのが半分。彼の気が付いた何かは、いつネタばらしをしてもらえるのかという焦りにもにた気持ちが半分。

太陽を背にしているからか、どうしたって細長い自分の影が視界に入る。大体、どうして夕方の影というのは、こんなにも色濃くそこの知れない黒なのだろうか。

 

「見られてるってのさ」

「はい」

「いつごろから?」

「いつ……」

 

そういえば、いつごろから感じているのだったか。思考があいまいにぼやけて、うまく思い出せない。いつもならば、こんな簡単な問いすぐに答えられるはずなのに。

 

「……アズール氏?」

 

じり、と背筋に焼けつくような熱と、鳥肌の立つような寒気を感じる。一歩、一歩と廊下を歩いていく。

空が赤い。空だけでなく、床も、壁も、全てが赤く照らされているのに、視界のひとところだけがくりぬかれたように真黒だ。

その黒が、ぐねん、とうごめいた。手招きをするような動作。ああこれはまずい、と気が付いたのは遅かったようだ。音が遠い。誰かが名前を呼んでいる声がするのに、どこで呼ばれているのかがわからない。一歩、また一歩。自分の足のはずなのに、まるで遠いところにあるような、ぼんやりとした感覚。汗が顔のラインをつたって、あごの先からぽたりと垂れた。

 

「アズールちょっと止まって」

「わ、」

 

ずるりと勢いよく腹に手が回って、眼鏡ごと目元が隠された。こめかみ辺りに感じるひんやりとしたイデアの体温に、知らず詰めていた息が抜けていく。

 

「イデアさん?」

「しー、もうちょい」

 

ぶつ、ぶつと何事かを呟く声は静かだ。どろりと濁ったような思考が、もとの鋭利さを取り戻すのが分かる。

すう、と鼻先を甘い香りが掠めたような気がした。花の香りだ。甘く、けれど植物の青さが清涼な香り。それがイデアの魔力の気配だ、と気が付くまでに、そう時間はかからなかった。

 

「……うん、もういいよ」

 

の声を合図に、ぱ、と視界が戻ってきた。手は外され、ただ険しい顔をしたイデアがじい、と空中を見つめている。視界がかすかに曇っているのは眼鏡ごと抑えられていた弊害か。それでも、さっきまでの生理的な嫌悪感はすっかり拭われていた。

 

「なんです、いまの」

「うーん……」

 

アズールは眼鏡を外して、ポケットに忍ばせていた眼鏡拭きでレンズを拭った。言いよどむイデアの横顔を、わざと圧を込めて眺める。

 

「なんか、感情のかたまりというか……簡単に言うと呪いみたいな……」

「……だから先ほど恨み買ったか聞いてきたんですね」

「うん。まあ、魔力持ってる人の恨みって、こう、ちょっと実体化しやすいんだよね。とくにここってほら、一応エリートとかいうのが揃ってるわけだし」

「成程」

 

でももう大丈夫、と呟いたくせに、イデアはしれっとアズールの手を取って歩き出した。少しばかり早足になっているのを、アズールは何とかついていく。

 

「あのさ、アズール氏恨み買いやすいんだったら、目元くらいはメイクしてた方がいいよ」

「……ああ、魔除けに?」

「そうそう。いや待って分かってるんならして?拙者めちゃくちゃに心配でしたが?」

「魔法かどうかの調査はあらかじめしていたんですよ。だから、別方面かと」

「別方面は別方面。魔法ではないよ、呪いの一種。それに多分、やった本人も気付いていないというか……無意識、かな、たち悪いけど。」

「お詳しいんですね」

 

ちら、と恨みがましく向けられた視線をさくりといなして、アズールはにこりと微笑んだ。おおきく吐き出されるため息。それだけ心配してくれていたのだろう。

 

「いやそれよりねえ、かっこつけられんの大変うれしいんですけど、アズール氏大概のことはひとりでどうにでもできるんでしょうけど、でもまあ心配は心配だし四六時中傍にいれるわけでもないんので、できることはしておいて、お願いだから」

「はい、すみませんでした」

「ウッワ殊勝……」

「殊勝にもなりますよ」

 

鏡舎のまで来たイデアは、あっという間に手を解いてしまった。どうやら、寮まで送る話は無しになってしまったらしい。どうせだったら、そのままラウンジまで引きずり込んでやろうと思っていたのに。

 

「多分、多分大丈夫だと思うけど念のため、鏡くぐっても振り返ったりしないでサクッと寮帰ってね」

「わかりました」

「うん」

 

では、と一礼して、アズールは鏡をくぐった。振り返ったらイデアが手を振っていたりしないだろうか、と好奇心に負けそうになるのをぐっとこらえて、恋人の言いつけ通り、一度も振り返ることなく寮へと帰った。

 

「こんな形持つぐらいの執着心なんて、ほんと、どこで拾ってきてるんだかなあ……」

 

じい、とクロムイエローの瞳が、自身の影を眺めている。

ずろ、と形を変えたのをスニーカーの底で念入りに踏みつぶして、はあ、とひとつため息をおとし、イデアもまた、自身の寮へ続く鏡をくぐった。

 

 

「なんです、これ」

「魔除け。これからもあんなこと、あるかもしれないし」

「ほお」

 

妙な体験をした翌日の、ボードゲーム部の部室でのことだった。イデアがアズールの顔を見るなりポケットから取り出したそれは、ストラップのような形をしていた。青い石に、目のようなペイント。真ん中の黒い所と目が合って、けれど不思議と恐怖も湧いてこない。

 

「目みたいですね」

「実際そうだからね。いろんな視線から守るように、人に送ったりするの」

「恋人にも?」

「……贈り物をさァ、したいんですよ拙者だって。心配なんですよ」

「知ってます。ありがとうございます」

 

少し悩んで、アズールはそれを鞄に括り付けた。光を反射する青い目が、さて一体なんの石だろうかと邪推してしまうのは、もう仕方のないことだ。

 

「それ一応、拙者の手作りなので、効果はそれなりにあると思いますぞ」

「え」

 

ば、と勢いよく振り向いたアズールに、イデアがひいと短く悲鳴を上げた。眼鏡の奥、この一瞬で開ききった瞳孔が恐ろしい。ひとたび目を合わせてしまったら、逸らすことを許されない気配がして、イデアは慌てて目の前に手をかざした。

 

「てづくり」

「は、はい」

「イデアさんの」

「そうですが」

「あの、天才の、イデア・シュラウドの、手作りですか」

「……待って待ってアズール氏売らないでね?機械じゃないし、そんな値段つかないからね?おわかり?」

「うう」

「アレこれ駄目なやつだな」

 

手作り、イデアさんの、魔力のこもった、と途切れ途切れに聞こえてくる言葉があんまりにも不穏だ。あんなに恋人のためにと心を込めて、いやかなり超特急で作ったとはいえそれでも充分すぎるほどに手をかけた贈り物が売られたとなれば、ちょっと傷付いたでは済まされない程度に落ち込む自信がある。

 

「イデアさん」

「んひゃい」

「大事にします」

「……売らない?」

「売りません。大事にします。肌身離さず持ち歩きます。なんなら家宝として祀り上げます」

「最後のだけはやめて」

 

ほんのりと不穏な言葉が聞こえた様な気がしたが、けれどアズールが感極まったように鞄ごと青い瞳のストラップを抱きしめるから、まあいいか、と許してしまった。

 

「それじゃあ先日終わらなかったオセロでもやります?」

「いいですね。負かします」

「冗談」

 

棚からオセロを取り出し、机に並べる。にやり、と好戦的に持ち上げられた口角を、ふ、と鼻で笑い飛ばす。そっと覗き見たアズールの影が、もうなんの淀みも宿していないことを確認して、イデアは白い石を取り上げた。

 

 

説明
※2020/06/11にPixivへ投稿した作品をTINAMIへ移行したものです

見られている話。ほんのりホラー
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イデアズ

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