Sweet Memories
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時は継承戦争真っ只中の赤月帝国、グレッグミンスター。

当時六歳だったリオン・マクドールは、テオの息子ということで人質として狙われており、テオが遠征に出ていたこの日も、グレミオが買い物に行っている間にゲイル配下の兵士に誘拐されかけていた。

「こいつが我らの手の内にいれば、あのテオも大人しく降伏するに違いない。」

「よし、テオの部下が来る前に、さっさと連れて行くぞ。」

「痛いっ…、はなせッッ!!」

リオンの小さな腕を大の大人が折れんばかりの力で掴んでいた。あまりの痛みにリオンは逃げようとじたばた暴れる。

大人しくする様子のないリオンに、兵士は苛立ち拳を振り上げた。

「このガキ!大人しくしろ!」

「っ!」

殴られると直感したリオンは、怖さと衝撃に備えギュッと目を瞑った。

しかし、予想していた衝撃は来なかった。

リオンが恐る恐る目を開けると、殴ろうとしていた兵士が地面に倒れていた。掴まれていた腕も解放されていてもう痛くない。

どうして、と上を向くと、そこには栗色の髪に深い蒼の瞳、赤いバンダナに上下黒い服と焦げ茶のマント、左右の腰に剣を差した青年が立っていた。

「こんな小さい子を攫って、あまつさえ殴ろうとするとは。ゲイルの兵は恥を知らないのかい?」

「ゲ、ゲイル様を呼び捨てに!何者だ貴様!?」

「君達のような輩に、名乗る名前はない。」

「ふ、ふざけやがって!」

「あの世で後悔させてやる!」

兵士達が怒りの形相で鞘から剣を抜く。その様子にやれやれと青年が腰に差していた右側の剣に手を掛けた瞬間、とてつもない覇気が兵士達に襲いかかる。

一歩でも動けば、確実に殺される。兵士達はあまりの恐怖に足をガタガタと震わせていた。

「そこで寝てる奴を連れてこの場から去るがいい。この世から消えたいなら向かって来ても構わないが、どうする?」

相手に逆らう事を許さない毅然とした口調で言い、青年はニッコリと笑う。

「ひぃッ!」

「す、すみませんでしたァァッ!!」

底知れぬ覇気に恐れをなした兵士達は倒れていいる仲間を担いで一目散に逃げ出していった。

突然の出来事にポカンと放心状態になったリオン。

青年はリオンに歩み寄り、ヒョイと抱き上げる。

「もう大丈夫だよ。怪我はないかい?」

「は、はい。あの、ありがとうございましたっ。」

「どういたしまして。それにしても、あれだけ怖い目にあったのに泣かなかったのは偉いね。」

「えっと、それは、父さんが泣いちゃいけないって言ってたから。」

父テオがよく言っている言葉だ。“男の子は泣いちゃいかん、歯を喰いしばって耐えろ”と。

強い子だねと青年は優しげに微笑み、リオンの頭をヨシヨシと撫でてくれた。

その微笑みに、リオンはカッコいいなあとぽーっと見とれる。するとそこに、知っている声が聞こえてきた。

「ぼっちゃぁぁぁぁんッ!どこですかあぁぁぁッッ!!?」

「あっ、グレミオー!」

「君の保護者かい?」

「うんっ。」

当時十六歳だったグレミオが息をきらし声を上げながら走ってきた。リオンが名前を呼んで手を振ると安堵の表情を浮かべたが、リオンを抱き上げている青年を見るや否や警戒心を露にし、斧を構えた。

「あっ、あなた誰ですか!?坊っちゃんを離してください!」

「グレミオ、違うよ!この人が助けてくれたんだよ!」

「へっ?」

 

 

 

 

 

 

「大変失礼致しましたッ!」

早とちりでリオンを助けてくれた恩人に斧を向けてしまい、その場に土下座して謝るグレミオ。穴があったら入りたい、テオ様に申し訳ないと呟いている。

「気にしてないよ、あの状況なら仕方ないさ。」

リオンを抱えたままグレミオの前にしゃがんで、肩をポンポンと叩く青年。グレミオが顔を上げると優しく微笑んでいて、その美麗な顔に思わずポッと頬を赤らめた。

「よければ、このままこの子と君を家まで送っていこうか。」

「えっ!?いっ、いえいえそこまでしていただくわけには!」

「さっきの奴らがまた来るかもしれない。この子のためにも、安全は確保すべきだ。」

ゲイルの兵に狙われるということはそれなりの身分の子ということを青年は理解している。まだ腕に不安のあるグレミオは、リオンのためならと青年の提案を受け入れた。

 

屋敷までの道中、他愛ない話をする青年とグレミオ。リオンがテオ将軍の息子であること、恩人のテオのためにグレミオが使用人兼母親代わりなのも話していた。

「君のような綺麗な子が親代わりだなんて、この子は幸せだね。」

「えっ!?ききき綺麗だなんてそんな、ご冗談をっ。」

私はこんな傷がついてますし、と自分の頬の十字傷を指差すグレミオ。リオンを守った傷だが、綺麗なんてものじゃないと謙遜するグレミオに、この子を守った傷なら勲章だろうと青年は言葉を続ける。

君は顔も、心も綺麗なのだと。でなければ厳格なテオ将軍が、大事な息子を任せるはずはない、誇っていいと。それでもリオンを守るにはまだまだ力が足りないと溢すグレミオに、これから鍛練をすれば必ず良い武人になる、今はまだ若いから焦る必要はないと。青年の言葉は不思議とグレミオの不安を和らいでいった。

「まあ、傷があろうとなかろうと君の顔が綺麗なことに変わりはないんだけどね。」

「へっ、!!?」

青年はもう片方の手でグレミオの頬の十字傷に手を伸ばすと、愛しいものを触るように親指で優しく撫でた。

慣れない出来事にボンっと湯気が出そうになるほど顔を真っ赤にしたグレミオ。な、なん、えっ、と口をパクパクさせている。

そんな二人のやり取りの中で、青年の腕の中ですやすや眠っているリオン。普段は警戒心が強く、会ったばかりの他人の腕の中で眠ることは無いのだが、青年の腕の中は安心出来たのだろうと後にグレミオは語った。

 

そうこうしている内に日が傾き、三人はテオの屋敷へ到着した。

青年の腕から寝ているリオンを引き取り、坊っちゃーんと起こそうとしたグレミオに、青年は顔を近づけニッコリ微笑み、シーッと人差し指を立てる。ちちち近いですっと顔を真っ赤にするグレミオに、青年は小声で話し始めた。

「静かに。ここ、囲まれてる。おそらくさっき逃がしたゲイルの兵が仲間を連れてきたんだろう。」

「えっ……!?」

「中に入ったらこの子を二階へ。入り口を塞いで、全ての部屋の窓の鍵とカーテンを閉めるんだ。いいね?」

「は、はいっ。あの、あなたは、」

「僕は奴等の相手をする。」

「そんなっ、」

無茶です!と言葉を続けようとしたグレミオの口を、青年の人差し指が塞ぐ。

「テオ将軍が遠征から戻るのはいつ?」

「よ、予定だと明日の朝にはお戻りになるはずです。」

おそらくその前に人質としてリオンを誘拐する予定だったのだろう。奴等も日が高い内に王都のど真ん中で目立つのは避けるはず。襲うとすれば、日が落ちた後。

「時間が無い。今言ったことを全てやるんだ。」

「は、はいっ。」

「んぅ…?」

何かを感じとったのか、うっすら目を覚まして青年の方を振り向くリオン。寝ぼけなまこのリオンに気付いた青年は、よしよしとその頭を優しく撫でた。

今日は屋敷の外に出ないように、窓の近くにも行ってはいけないよと言い聞かせる。瞼を擦りながらコクンと頷いたリオンに、いい子だね、とその額に触れるだけの口づけをする。目を丸くしたグレミオに、この子を頼むよとグレミオの右手を取って手の甲に口づけをした。

ボンっと湯気を出すかのように顔を真っ赤にしたグレミオは、ふと青年の名前を伺っていないことに気付いた。自分達を守る恩人の名前を知りたいと思うのは当然だろう。

「あの、失礼ですが、あなたのお名前は…?」

すると青年は困った顔をして、海の男かな、とはぐらかして二人を屋敷の中へ押し込み、重い扉を閉めたのだった。

 

 

 

 

 

日が落ちた後、二階の部屋でリオンを守るように抱えるグレミオ。外からは何の音も聞こえない。

リオンはただならぬ気配を感じてグレミオの腕から抜け出した。坊っちゃん!とグレミオが焦って追いかけたのだが、青年との約束を破って窓のカーテンの隙間から外を覗きこんだ。

 

そこには壮絶な戦場が広がっていた。

屋敷には雷鳴の紋章による結界が張られ、全ての兵の侵入を防いでいる。

扉の前には、二本の剣を抜いたあの青年。

周りが駄目なら正面の扉から入ろうとしたゲイルの兵が何人も襲い掛かるが、全て一刀両断の元に斬り伏せていく。一太刀で数人、首から上、上顎から上、袈裟斬り、心臓と確実に絶命させる方法で人間がただの肉塊となる。鎧も豆腐のように斬れて意味を為さない。青年は扉の前からほとんど動いていないのに瞬く間に数が減っていく。

その戦いぶりに、リオンと一緒に覗きこんでしまったグレミオは呆然とする。あれは本当にあの方なのか。あれは間違いなくテオ様より強い。紋章を発動しながら戦うだなんてテオ様にも出来ない。結界だけでなく音まで遮断してるとなると魔力も相当なものだ。まさに、鬼神。

グレミオは怖くなってリオンを抱える腕を震わせた。すると、

「グレミオ…、あの人、カッコいいね。」

ポツリとリオンが溢した言葉に、ハッとする。

少なくとも彼は自分達を守るために戦ってくれている。何のお礼もしてない、会ったばかりの自分達に優しくして、慰めてくれた。音が聞こえないように、紋章で音を遮断までして。そんな人を一瞬でも怖いと思ってしまった自分が情けない。本来なら坊っちゃんの目を塞がなければいけないが、これも、いずれテオ将軍のような武人を目指すであろう坊っちゃんのためと、塞ごうとしていた手を下ろす。

一方リオンは、鬼神のような戦いをする青年に胸をドキドキさせていた。

いつかあんな風になりたい。弱いものに優しく、敵には容赦無いほどに、強くなりたい。六歳とは思えない思考だが、テオの息子として狙われることが多いリオンは達観している子供であった。

 

やがて全ての兵が肉塊となり、青年以外の人間がいなくなった。何十人と斬り伏せた青年には返り血はついていても、傷一つついていない。窓を開けて青年の様子を確認しようと動き出そうとした二人は、突然の睡魔に襲われてその場に倒れてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「グレミオ、グレミオ!起きろ!」

「んんん、クレオ、さん?」

「グレミオ、大丈夫か?」

「テオ様…、!!?」

目を覚ましたグレミオがクレオとテオが視界に入った途端、ガバッと身体を起こした。

「クレオさんっ!あの方は!何処にいらっしゃいますか!?」

「あの方?私達がここに来た時には外の死体しかなかったぞ。扉も塞がれてたし、開けるのが大変だったんだからな。」

「そ、そんな…。」

「グレミオ、外のあれはゲイル側の兵だろう。何があった?」

「て、テオ様、実は…。」

グレミオは昨日の出来事を全て話した。リオンが誘拐されそうになり、とある青年に助けてもらったこと。その青年がゲイル兵の襲撃から守ってくれたことも。

紋章に詳しいクレオは信じられないといった顔をしていた。紋章を発動したまま音を遮断し無傷で兵を蹴散らすとは。青年の名前も聞いてないグレミオに、何やってんだとクレオがポカッと拳骨で頭を叩いた。

「いたっ!クレオさん酷いです!あの方はもっと優しかったです!」

「へぇー、どう優しくしてもらったんだ?」

「えっ、えっと、それはその、」

途端に顔を真っ赤にさせしどろもどろになるグレミオを、楽しそうに追及するクレオ。そんな二人の声で起きたリオンは、青年を思い出してポーッと頬を赤らめていた。リオンの様子がおかしいことに気付いたテオ将軍が、リオンを抱っこする。

「リオン、どうした?」

「あのね、あの人、すごく、カッコよかったの。」

「…父よりもか?」

「うん。」

正直な息子の言葉にグサッと傷ついたテオ。そんな父に臆することなくリオンは言葉を続ける。

今まで戦いとなると目を塞がれてたけど、昨日のあの人の戦いぶりを見てたら強くなりたいと思ったと。

男は戦場で強くなるという持論を持つテオは、そうか、ならば修行あるのみだなとリオンの頭を撫でる。

「あとおでこにチューしてくれたし、グレミオも手にチューされてた。」

「ぼぼぼ坊っちゃん!」

興奮しながら話すリオンにテオは固まり、グレミオは真っ赤になって慌て、クレオはニヤニヤしている。

「ほー、いいこと聞いたな。ほらほら、他にはどんなことされたんだ?ん?」

「やめて下さいクレオさん!」

恥ずかしくなって思わず逃げ出すグレミオを、楽しそうに追いかけるクレオ。

 

リオンは父の腕の中であの青年を思い出す。優しくて、強くて、かっこよかった。思い出すと胸がドキドキする。名前も分からないけど、いつか、何処かで会えたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ〜、じゃあお前、その時から、かれこれ10年以上も片思いしてるんだな。」

「……片思いとかじゃない。ただ、」

「ただ?」

「……もう一度、会いたいだけだ。」

「お前なぁ、世間一般じゃそれを片思いっていうんだっつーの!ま、会える確率は低そうだよなー。」

「………。」

「え、ちょ、何で棍構え……グハッッ!!!」

リオンお得意の棒術で鳩尾に一撃を喰らってしまったテッド。加減はされたが本気ならば敵を一撃でノックダウンしてしまうこの技、かなり痛い。

「い、いきなり鳩尾はねぇだろリオンっ…!」

「……テッドは親友だから、有りだろ。」

「そっか親友だから〜って、んなわけあるかぁぁッッ!!」

あれから十年、リオンは十六歳になっていた。あの日から青年の強さに憧れ、鍛練を欠かさず行い武術と魔術の腕を磨き、兵法書を読み込んだリオンは並の兵士では太刀打ち出来ないほどの実力を身に付けていた。クレオからは自分に厳しいところはテオ様に似てきましたね、と言われるほどに。

だが、母親似であるリオンは、初対面の人が見れば必ず女と間違えるほどの美人である。あまりにも間違われるため、髪をテッドと同じぐらい短くしようとしたら、グレミオにわんわんと泣かれて断念したのは記憶に新しい。

「お〜、いてててて。んで、話は戻るけどさ、その人ってどんな特徴なんだ?」

「……よく、覚えてない。栗色の髪に、青い目で。あとはすごく強くて、かっこよかったって印象が。」

「えっ、イケメン?」

「イケメン。」

「イケメンか。ならもう結婚してるかもな。」

「うっ………」

テッドの台詞がショックで、思わず言葉に詰るリオン。

いくら小さい頃とはいえ、助けてもらったのに名前も知らない、顔さえも朧気だなんて自分でも薄情だと思う。

声だけは、あの凛とした、少し低めの声だけははっきりと覚えているのに。

十年も経ってりゃ結婚して子供の一人二人はいるさとテッドは言うが、本当にその通りだ。子供の頃の自分から見てもカッコ良いのは覚えているのだ、世の女性が放って置かない、まず自分は男だから見込みは無いだろう、とリオンは落ち込んでしまう。

と、そう思っていた時に扉からグレミオが入って来た。

「坊っちゃ〜ん、ちょっといいですか?」

「……グレミオ。」

「あ、そういや、グレミオさんもその人に会ってるんだろ?」

「うん。」

「?何のお話ですか?」

グレミオが首を傾げると、テッドがつい先ほどリオンから聞いた憧れの人の話をした。グレミオさん覚えてる?と聞くと、

「ええ!もちろん覚えてますよ!」

あの日のことを思い出して目を輝かせたグレミオはうっとりした表情を見せた。ここから長いよとリオンはテッドに忠告し、マジかとテッドはげんなりした顔をした。

綺麗な栗色の茶髪に深い蒼の瞳、赤いバンダナに黒い服と焦げ茶のマント、腰には二本の剣を差していて、それはもうカッコよくて強くて素敵な方でした、ゲイルの兵をどんどん倒していきましてとグレミオはかの人の特徴を頬を赤らめながら語った。

「当時私は少年で、非力で、坊っちゃんをお守りする力がありませんでした。その悩みを聞いてくれて、しかも私を綺麗な子だって言ってくれて、すごく嬉しかったんです。あの方の優しい微笑みは今も忘れられません。」

「へ、へぇ〜…。」

テッドは、ものすごく嫌な想像をした。今グレミオから聞いた特徴に、全て当てはまる人物を自分は知っている。かつて自分を霧の船から救ってくれて、叶わない恋を知ったあの海の。あれから百五十年の間に会って抱かれた、あの天魁星を。

「…グレミオ、手の甲に口づけされてたよな。」

「それを言うなら坊っちゃんだっておでこにチューしてもらったじゃないですか!はぁ、本当にカッコいい方でしたねぇ。」

なんかいろいろ当てはまるけど絶対違う、あいつじゃない、絶対!と、テッドは心の中で自分にそう言い聞かせた。

憧れの人談義に花が咲いたところで、グレミオは用事を思い出した。何でも、明日料理に使う調味料をきらしてしまったから買ってきてほしいと。分かった、とリオンは承諾して身支度を始める。

テッドは同行を申し出たが、どうせ食べてくなら手伝ってくださいとグレミオに言われてへーいとしぶしぶ厨房に向かった。

「それじゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。気をつけてくださいね坊っちゃん。」

これから待ち受ける運命を知らず、リオンは1人お使いに出かけて行ったのであった。

 

 

 

続く。

 

説明
幻水1時代に4様がいたらという設定で進む4様×坊っちゃんの出会い。
坊っちゃん→リオン・マクドール
4様→ラス・ジュノ・クルデス
馴れ初めの続きは年齢制限があるので既刊本に。
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幻水 坊っちゃん 4様 4坊 4主×坊 腐向け 

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