お姉ちゃんにはまるっとお見通し!
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ヒエンがティントから戻った翌日。

シュウとアップルはツカツカツカと早歩きで廊下を歩いていた。すれ違う人は皆シュウを見て驚き、距離を取る。何故ならシュウの顔が般若になっているからだ。般若になっている理由はただ一つ。アニマル軍の軍主ヒエンが執務室に来ないからである。

今日はティントに行っていた間に溜め込んだ書類を整理しなければならないため早く来るように言い聞かせたはずのヒエンが、来ない。当然シュウがキレて般若になる。

そうしてヒエンの部屋に到着すると、扉の前にいたムクムクがシュウを見てピャッと逃げていく。

扉をノックせずに開けると、そこには向かい合って食事をしているルカとヒエンの姿があった。

「ルカ、あーん。」

「…それはもう必要無いだろう。」

「僕がしたくてしてるのっ。はい、あーん。」

「…あー。」

かぱっと口を開けて、ヒエンのスプーンに乗せられたオムライスを食べさせてもらうルカ。突然現れた目の前の供給に、

「ジャァスティイィスッ!!」

「アップルー!?」

やっぱり鼻血を出して弓なりに仰け反り、ジョジ○立ちで静止するアップル。しかし、シュウはこちらに構っている場合ではない。一度はアップルへのツッコミで戻った顔を再び般若にしてヒエンに近づく。

「おい、オイオイオイオイ貴様よ。」

「げっ、鬼軍師。」

「何してる。」

「何って、朝ごはんだけど?」

「朝ごはんだけど?じゃない!!今日は朝から書類仕事だと言ったはずだろうが!!」

「あっ、忘れてた。」

「わぁすぅれぇてぇたぁだぁとぉおう?」

般若の顔で両手の指をわきわきさせるシュウ。

「シュウ、顔怖い。」

「誰が怒らせてるんだ誰が!!」

「えー、可愛い僕に免じて許して?」

てへぺろっという顔をするヒエン。しかし、そんな可愛い顔もシュウには通じない。

「貴様のせいで怒っているのに許すわけないだろうが!!」

「チッ!やっぱ鬼軍師には通じないのか、僕の可愛さ。」

「怒りと憎しみしか沸かんわ!!」

ふと、正気に戻ったアップルがルカを見て、目を見開いて驚く。

「シュウ兄さんシュウ兄さん、ルカさんを見て下さい。」

「うん?」

アップルに指摘されて見てみると、ルカの手枷が外れていて、動かなかったはずの右手を使って食事している。どういうことだとシュウがヒエンの方を向くと、ヒエンがぶいっとピースをして。

「ルカと正式に恋人になりましたー!」

「嘘つくな!!」

「嘘じゃないもん!ホントだもん!」

「どこかで聞いた台詞を言うな!!」

シュウとヒエンが言い争ってる間にずずいっとアップルがルカに詰め寄る。

「ルカさん、本当ですか?本当の本当にヒエンさんと正式に恋人に?」

「…ああ。」

短く返事をしたルカをアップルがよーく観察する。耳が、赤い。しかも、以前には無かった首輪がついてる。首輪。まさに監禁ペット化のマストアイテム。

「ペット化!?恋人はペットというやつですね!?なんてっ、なんてジャスティイィス!!」

「アップルー!!」

再び鼻血を出してジョジ○立ちで静止したアップル。アップルにツッコミを入れつつ、シュウもルカの首輪を見て驚いた。あのルカに、首輪。

「ルカ、お前正気か?」

「…ああ。」

「本当に、この馬鹿が好きなのか?」

「馬鹿って言うな!」

「…本当だ。」

ルカの様子に本当らしいと察したシュウが、ギギギとゆっくりヒエンに頭を向けた。

「…盛ったな?貴様一服盛ったな!?」

「盛ってない!」

「すぐにホウアンを呼んでこい!」

「シュウ兄さん、少なくとも昨日までティント市にいたわけですから盛るのは不可能です。」

「いや分からんぞ。この馬鹿のことだ、即効性かもしれん。」

「盛ってないもーん!!」

ジョジ○立ちしたまま喋るアップルに、何故あのまま喋れるんだ、とルカは思った。

話題が逸れてることに気付いたシュウが、ンンンッと咳払いする。

「いや、違う。盛った盛らない議論は後だ後。」

「盛ってないもん!」

「黙れ!!」

「ルカさん、右腕動くようになったんですね。」

「…ああ。」

「どういうことだ。確か昨日まで動かなかったはずだろう。」

「…ヒエンが自分の意志で封じていたものだからな。ヒエンが解いた。」

「は?」

ルカが昨日のいきさつをかくかくしかじかまるまるうしうしと説明すると。シュウの顔が再び般若になった。

「き、さ、まァアァア!!監禁だけではなく!!人の右腕を!!動かないように己の意志で封じていたなど!!どれっだけ人道に反することをしとるんだ貴様は!!」

「だってー、手元に置いておきたかったんだもんっ。」

「可愛く言っても駄目だこの馬鹿チンがァアァア!!」

「いだだだだだ!シュウ痛い痛い痛いー!」

「ジーンさんから封じているのは聞いていましたが、まさか、まさかヒエンさんの意志だったとは!なんて美味しいっ!!」

般若顔でヒエンの頭の左右を両手の握り拳でグリグリするシュウと、痛がるヒエンと、鼻血を出しながらメモを取るアップル。

ああ、朝から騒がしい。だが、ヒエンがいるだけでこの騒がしさも悪くないと思っている自分がいることに、ルカはクククっと笑うのだった。

 

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ヒエンがアーン!と泣きながら般若顔のシュウに首根っこ掴まれてずるずると引き摺られていき、しばらくしてホウアンとジーンが訪ねてきた。一服盛られたと聞かされたが大丈夫か、と。

ヒエンが一服盛った前提で来ている二人に、あいつはどれだけ信用されてないんだと呆れながらも診察を受けるルカ。盛られたと誤解されている経緯を説明すると、

「やっと自覚なさったんですか。おめでとうございます。」

とホウアンが生暖かい眼差しで祝福した。

ジーンもまさかヒエンが自分の意志でルカの右腕を封じていたとは予想外だったらしく、

「あの子は本当に常識で計れないわね…。」

と呆れながらため息をついた。

「何はともあれ、無事に恋人になれて良かったですね。」

「…首輪ついてるけれど、あなたそれでいいの?」

「…あいつがそうしたいなら、構わん。」

あの異常な独占欲ごと愛してやろうと決めたのだから。ヒエンのように求められるのは、悪くない。

「ところで、正式に恋人になったのなら彼女に挨拶はしたのかしら?」

ジーンからの質問に首を傾げるルカ。

「…誰のことだ?」

「ナナミちゃん。あの子のお姉さんよ。」

ナナミの名前はヒエンから何度も聞いていた。血の繋がりは無いが大事な姉で、家族だと。ルカは半分血の繋がりがある妹を思い出して一瞬複雑な心情になるも、ブンブンと頭を振って邪な感情を振り払った。

「ああ、確かに挨拶は必要ですね。」

「…そう、なのか。」

「ヒエンさんの唯一の家族ですから。誰よりも弟思いの、元気な女の子ですよ。」

「底抜けに明るくて強引なところはよく似てるわね。いつも一緒のパーティにいるし。」

ホウアンとジーンの話を聞いて、ふとルカは思い出す。そういえば、大抵ヒエンと対峙した時に一緒にいた桃色の服を着た女がいた。もしかして、あれがナナミか。ならば、自分の印象は最悪なのではないか?

ヒエンやその仲間と言葉を交わす内に以前よりまともな思考になってきていたルカは、珍しく考え込む。その姿におや、とホウアンがある程度察してくれたようで。

「確かに、あなたへの印象は最悪でしょうね。」

「そうねえ。ナナミちゃん、ピリカちゃんのこと可愛がってたし。」

「…否定はせん。」

自分が砦で殺し損ねて、ヒエンがミューズから逃げるのに役に立った子供。あの砦で声を失ったとヒエンから聞いていた。自分がしてきたことに後悔は無い。望むまま邪悪だったのだから。

しかし、ルカはナナミとやらが悲しむことで、ヒエンが傷付くのではないかと考えるようになった。狂皇子の頃のルカなら自分に反対するものは斬れば良かった。しかし、ヒエンの大事なものなら斬るわけにもいかない。今のルカは、ヒエンの恋人なのだから。

「でも、ナナミちゃんなら大丈夫だと思うわ。彼女も同類だもの。」

ふふふ、と妖しく笑うジーンに、ホウアンがなるほど、と頷く。

「ナナミさんもでしたか。なら大丈夫でしょう。」

「…何が大丈夫なんだ?」

「会えば分かるわ。」

部屋から出られないルカの代わりに、ナナミさんを連れてきましょうか?とホウアンが提案する。今日はヒエンが執務室から出られない、いつも部屋にいるグリフォンのフェザーがエイダとキニスンに洗ってもらう日なので不在、ムササビ達もムクムク以外は出払っている。二人で話す絶好の機会だと。

「ご自分の言葉で、ナナミさんに伝えるべきです。」

「定番の台詞は“弟さんを俺にください”、ってところかしら。」

首輪をされてる時点で既にヒエンに貰われてるようなものだが。とルカは考えつつも、

「…連れてこい、あいつの姉を。」

ホウアンの提案を受け入れることにした。

「はい。では少し待っててくださいね。」

「ナナミちゃんならさっき食堂にいたはずよ。」

「ありがとうございますジーンさん。」

ルカの横柄な態度にも臆することなくニッコリ笑うホウアンとジーンが部屋を後にして。待つ間にルカはどうやって伝えるべきかと頭を悩ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後。

ナナミはホウアンに連れられ、ヒエンの部屋に向かっていた。食堂でホウアンに『貴女に会いたいという方がヒエンさんの部屋にいるので一緒に来てくれませんか?』と告げられ、ピンと来たナナミは二つ返事で了承したのだ。

ティントでヒエンに逃げようと言った時、ヒエンは『絶対やだ。』と突っぱねた。『城で誰よりも大事な大好きな人が待ってるから絶対逃げない。』と。ヒエンの大好きなものは、動物のはず。それよりも大好きな人を見つけたんだと感激すると同時に、淋しくなった。

どうしてホウアンは知っているのか道中で聞いてみると、

「彼、瀕死の重傷だったのをヒエンさんが救いまして。それで、彼のことをずっと好きだったヒエンさんが監禁したんです。」

「えっ。」

「それがシュウさんにバレまして。ずっと監禁状態にある彼の診察もしていたんです。」

監禁?えっ、監禁?ヒエンが?だから最近部屋に入れて貰えなかったんだ!とナナミは納得した。ヒエンの部屋に入ろうとするといつもムササビ達やフェザーがとおせんぼしていたのだ。

「彼の四肢には麻痺が残りまして。ヒエンさんが甲斐甲斐しく世話していたそうで。」

「あっ、そうなんだぁ…」

それならね、仕方ないね、あれっでもそれなら医務室でも充分じゃない?とナナミが思考を巡らせていると。

「でもヒエンさん、彼を側に置いておきたくて、利き腕を輝く盾の紋章を使って動けなくしていたそうです。」

「うっそ!?」

ホウアンからの情報にびっくりすると同時に、ヒエンったらもうっ!!とナナミは憤慨する。

「いくら好きだからと言っても監禁して動けなくするのはやり過ぎ!後でお説教しなきゃ!」

「まあ、大っぴらに表に出せない人でもありますからねえ、彼。」

「んっ?彼?」

「はい、彼。」

ということはつまり、男性。一気に美味しくなった状況にナナミがんふふふふと笑う。彼女もまた、アップルのプレゼンによって腐海に落ちたお腐れ様である。

それにしても、表に出せない人とは一体どういう人物なんだろう。ヒエンが好きな人。確か獣のような人がタイプだったはず。最近瀕死の重症負った人なんて仲間にいないし…、とナナミが考えていたら、ヒエンの部屋の前に到着した。

「一つ約束してください。彼は、ナナミさんも会ったことがあります。」

「えっ!?」

「ですが、どんなに驚いても絶対に彼の名前を口にしてはいけません。口にすると、ヒエンさんの身に危険が訪れるかもしれません。」

「そ、そんなに?」

「はい。ですから絶対に彼の名前を叫ばないように。いいですね?」

ブンブンと力一杯頭を縦に振るナナミ。名前を叫ぶだけでヒエンの身に危険が訪れるかもしれない人物とは一体。

ホウアンがコンコンとノックして、ガチャッと扉が開く。現れたのは、ムクムク。

「ムムッ。」

いつもならとおせんぼされるのだが、今日はあっさり中に入るように促された。二人で中に入り、ムクムクが扉を閉める。

「獣さん、連れてきましたよ。」

「……ああ。」

中央の椅子に座っていたのは、獣さんと呼ばれた体躯のいい黒髪の青年。ふわあああ本当に男性だあヒエンったらやるぅ!とナナミが感激していると、青年が立ち上がって足枷を引き摺りながらこちらに向かって歩いてきた。ナナミの前に立って、じっと見つめられる。ナナミも青年を見上げて、ヒエンったら足枷までして!きっちりお説教しなきゃ!でもこの顔どっかで見たなー、どこだっけなー?と考えながら首を傾げると。

「…やはりお前がナナミとやらか。」

「えっ。」

この声、知ってる。忘れるわけがない。でも、確かあの時死んだはず。ナナミがじーっと青年の顔をよく見てみる。以前より憑き物が落ちたような顔をしているが、それは、まさに。ナナミはサアアッと顔を青ざめ、ガタガタと震える指で青年を指差す。

「あ、あ、あ、ルッ、ンンッ!」

ルカ・ブライトと言いかけて、ホウアンとの約束を思い出して自分で自分の口を両手で塞いだ。

「はい、よくできましたねナナミさん。」

「む、むーむむむむんむ、むむむ。」

「彼がヒエンさんの恋人です。」

「…今何と言った?」

「ホウアン先生、まさか。と。」

ナナミには狂皇子ルカ・ブライトとしての印象しかない。そのルカと普通に会話しているホウアンに驚きを隠せない。ふと、ナナミは先程のホウアンとの会話を思い出す。

ヒエンが監禁して利き腕を封じた、ヒエンの大事な人、恋人。ここはヒエンのお姉ちゃんとして、ビシッと言わなきゃ、例えルカ・ブライトでも!と意を決して両手を口から離し、

「ヒエンがいろいろやらかしてごめんなさぁあぁいッ!!」

と華麗に土下座を決めた。

あまりにも勢いのいい土下座に呆気に取られるルカ。土下座されるのは命乞い以来だなと物騒なことを思い出しながらも、ナナミを立たせようと自らも膝をついた。以前のルカであれば膝をつくなどあり得ない行動だ。

「…あいつがやったことは気にしていない。それよりも、俺はお前と話がしたい。」

「はへっ?ほ、ほんとに?ほんとに気にしてない?」

「でなければ、こいつを着けたりしない。」

ルカが自分の首輪を指差して、ナナミが顔を上げてそれを見る。ナナミはルカの首輪に見覚えがあった。ヒエンがティントで買っていたものだ。何か新しい動物でも飼ったのかと思っていたのだが、まさか人間に、ルカ・ブライトに着けるとは。

監禁、首輪、ヒエンの大好きな人。それが敵の大将だったルカ・ブライト。ロミジュリ的な二人。なんて、なんて、美味しい。

「うええええ、こんなことある?ヒエンがこんなに美味しい状況作ってるなんてぇ。」

恐怖から一転、目をキラキラさせているナナミに既視感を覚えたルカ。

「…お前もアップルやテレーズと一緒か。」

「アップルちゃん?うん仲良しだよ。テレーズさんも!」

だからジーンが大丈夫と言ったのか、とルカは納得した。どれだけ同志を増やしているんだアップル。副軍師としての知恵か?恐ろしい奴。

 

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土下座していたナナミを立たせて、先ほどまでヒエンが座っていた椅子に座らせる。お二人で話すことですから、とホウアンは退室し、部屋にはルカとナナミとムクムクだけ。

いくら印象が変わったとはいえルカと面と向かい合って話すのは緊張するし怖い、というナナミのために、ムクムクがナナミの膝の上に座る。さて、どう話を切り出すか、とルカが考えていると、

「えっと、とりあえずね、ある程度ホウアン先生から聞いてはいるんだけど、引っ掛かったことがあって。ヒエンがずっとあなたのこと好きだったみたいなんだけど、どうしてかなって。だってそれまでのあなたの行動考えると好きになる要素ってないじゃない?何かきっかけがあったの?」

とナナミから質問された。こういう話を面と向かってする機会が無かったルカにとって、ナナミから質問されるのはありがたい。それまでのルカとヒエンが対峙している姿しか見ていないナナミの疑問に、まずはグリンヒルの森でヒエンとムササビと偶然会ったことを話した。もちろん、ルカの過去は伏せて。

ナナミもヒエンがムササビ集めをしていたのは知っていて。

「確かモクモクを連れ帰ってきた時だったかなー。ヒエンが青い布を持ってて、ずーっとその布を離さなかったの!洗いなさい!って言っても、やだ!匂い消えちゃう!って言って。あの布、あなたのマントだったんだね!そっかー、ヒエンったらその時に好きになってたんだ!」

「…あの森で、あいつに好きになったと言われた。」

「えっやだ告白済み!?ヒエンったらやるぅ!で?で?で?あなたは何て?」

「…よく、分からなかった。今までの俺には無かった感情だった。」

「あー、そっかぁ。それで?その次は?」

「…次、は、」

あの蛍が飛んでいた崖での一騎討ち。それをルカが告げると、ナナミは乗り出していた身を引いて、ストンと椅子に座り直す。あの戦いにヒエンと一緒にいたナナミは複雑な心境になった。

あの時、ヒエンはつらそうだった。きっと、好きになった人と戦わなきゃいけなくて、殺さなくちゃいけなくて、つらかったんだね。お姉ちゃんなのに、気付いてあげられなくてごめんね、と心の中で謝りながらぎゅっとムクムクを抱き締める。

そのナナミの心情にルカは気付いて。慰め方など知らないルカは率直な考えを伝える。

「気にするな、あれは戦場だ。俺も、あいつも、敵同士の大将として戦った。それだけのことだ。」

「…だから、邪悪だったなんて言ったの?」

「…あれは俺の本心だ。都市同盟の豚共が憎くて憎くてたまらない、憎悪と渇きに満ちたルカ・ブライトのな。」

あの時自分は死んだはずだったが、気付けばこの部屋にいて、ヒエンが泣きながら回復していたのを話した。倒れた時にまだ息があり、同盟軍が引き上げた後にムササビ達がヒエンの部屋に運んできたらしいと。そして、そこから監禁生活が始まったと。

『絶対に逃がさないからっ!僕の獣!』と告げられたことも話すと、ナナミがあー、と言って頭を抱えた。

「そこはほんっとーにごめんなさいっ。」

「いや、気にしていない。」

「気にしてー!?利き腕動かなくして手枷足枷するなんて!もー何やってるのヒエンったら!」

「…あいつに世話を焼かれるのは、悪くなかった。」

「えっ、監禁によって絆されちゃったの?あっだから今こんなに話しやすいのね!やだ、光堕ち美味しいーっ!」

光堕ちとはなんだ?とルカが首を傾げつつも、いいから続けて続けてとナナミが促す。ミューズの件の後に軍師に見つかり、他の人間と話すようになったと。それでも、つい最近までルカはヒエンに恋愛感情を抱いていることに気付かなかった。はっきり自覚したのは、ヒエンがティントに行って、ゾンビの群れに襲われたと聞かされてからだ。

ルカは、ヒエンにも話していなかった夢の内容をナナミに話す。今まで自分が殺した者達のゾンビがヒエンを追い掛ける夢。ヒエンに指一本でも触れたら何度でも殺してやると叫んだこと。そこで、ヒエンがいつの間にかルカの最も大事なものになっていたことも。

「…これは、あいつには言っていない。話したのはお前が初めてだ。」

「えっ?そうなの?どうしてわたしに?」

「吸血鬼やらゾンビやらと対峙した直後にゾンビに追い掛けられた夢の話など、する必要はないだろう。だが、俺があいつを大事だとはっきり自覚したのはあの夢だ。ならばあいつの姉であるお前には話してもいいと思った。それだけだ。」

「そっ、かぁ。」

ふふふっとナナミが笑って、ルカは首を傾げる。

「何故笑う?」

「だってそれ、ヒエンにもう怖い思いをしてほしくないってことだもん。」

「…そうなのか。」

「えっそこも自覚無しなの!?今まで情緒とかどうしてたの!?お姉ちゃんちょっと心配になってきたよ!?」

「おい、誰がお姉ちゃんだ。」

「だってヒエンの恋人ってことは、私の義理の弟になるじゃん!」

「…そう、か。」

自分も一度義理の弟が出来ただけに、ナナミの言葉にあっさり納得がいったルカ。姉、姉か。初めての響きだ。

そうして昨日、ヒエンがティントから帰ってきて。改めて想いを告げて、右腕の封印を解いてもらったと話した。それまではルカを守るために無意識に封じていたのだろうとジーンから聞かされていたが、ヒエンの意志でルカを逃がさないために封じていた、と本人から聞いたことも。

「ヒエンったら、自分の好きなものにはとことん一直線だもんねー。ていうか、まさかその首輪をあなたに着けちゃうなんて。ほんとにほんとにそれ、いいの?ヒエン絶対あなたを逃がさないよ?あなたのマントずっと匂いかいで抱きしめて寝てたぐらいだもん。地の果てまで追い掛けるよ?」

「…マントの件は初耳だが、構わん。俺に対して監禁するほど独占欲を向けてきたのはあいつが初めてだ。ならば、あいつの異常な独占欲ごと愛してやる。」

「キャーッ!熱烈っ!」

「それと、あいつの敵ならばハイランドでも斬ってやる。俺を裏切ったハイランドなど、いらん。」

「…それって、ジョウイも?」

歓喜の顔から一転して不安そうな眼差しを向けるナナミ。確か幼なじみだったとヒエンから聞いていた。ナナミは戦争に参加するにはお節介すぎて、優しすぎる。ジョウイも斬るのではと不安なのだろう。でも、ルカはジョウイに関してはヒエンとある約束をしていた。

「…あいつの処遇はヒエンに任せてある。」

「えっ。」

「一発殴らんと気がすまんと。」

「ぷっ。あはは、ヒエンらしいね。私も1発殴るし!」

「殴るのは変わらんのか。」

「もちろん!あっでも一発じゃ足りないかも。ケチョンケチョンにしないとね!」

ぐっと握り拳を作って、ニカッと笑うナナミ。血の繋がりはないはずなのに、明るい笑顔の雰囲気はヒエンに似ているなとルカは思った。

「でも、不思議だね。あなたとこんな風に話せるとは思わなかったなー。」

「…狂皇子ルカ・ブライトとしては死んでいるからな。それに、ヒエンが俺を変えた。あいつの側にいるのも悪くない。」

「キャー!愛の力だねっ!」

キラキラした眼差しを向けるナナミに、ルカがフッと笑って。

「監禁され、利き腕も封じられ、首輪もされた愛だが。」

「そこは後でお説教するっ!……でも、」

ぐっと握り拳を作って張り切っていたナナミが、真剣な顔つきに変わる。ナナミの空気が変わったことにルカも気付いた。

「ほんとのこと言うとね、あなたのしてきたことは許せないし、今でも思い出すと悲しみも怒りも湧いてくるの。」

「………。」

「だからね、わたしは知りたいの。今こうやってまともに話せるあなたが、どうしてあんなひどいことしたのか。憎くて憎くてたまらない、って言ってたよね?どうして、都市同盟を憎んでたの?」

「……女のお前にとって、あまり面白い話ではないぞ。」

あの事件を思い出すと胸の奥にドス黒い憎しみの感情が湧いてくる。それでも、あの蛍の光で、あの死の間際で渇きは満たされて。ヒエンによって、フラッシュバックも起きなくなって。今のルカには大事なものが出来た。だからこそ。

「…それでも、知りたいのか?」

話してもいいかと思えたのは、知りたいと言ったナナミの眼差しが、ヒエンによく似ていたから。

「うん。お姉ちゃんとしてはね、弟の恋人を何も知らずに迎えたくないの。だからね、どんなにひどいことでも大丈夫。もちろん、言いたくないならそれでいいんだけどね。」

「…血の繋がりが無いのが嘘のように似ているな、お前達は。」

「ふっふーん、でしょー?」

「…むしろ、無い方がいいのかもしれん。」

「えっ?」

「俺にとって、血の繋がりすら憎悪の対象だったからな。」

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そうして、ルカは語り始めた。二十年ほど前、ミューズ市長ダレルの差し金で乗っていた馬車がならず者に襲われ、当時子供だった自分に都市同盟と父に対して憎悪を抱かせた事件を。優しかった母を失い、妹のジルとは半分しか血が繋がっていないことも。

それを聞いたナナミは、身体をぶるぶると震わせてムクムクをギュッと抱きしめる。やはり刺激が強かったか、と思っていたら。

「んなっ、んなっ、んなっ……、ダ、ダレルのやつ〜ッッ!!」

椅子からガタッと立ち上がって、怒りに任せてダンダンッと足で地団駄を踏み始めた。抱えられてたムクムクはシュワッチ!と抜け出してルカの膝に避難する。

「ゲンカクじいちゃんにも卑怯なことして追い出したくせに!!裏でそんっっな悪どいことしてたなんて!!腹立つぅうぅ〜ッッ!!」

部屋にあったクッションを掴んで、バスッバスッと振り回して床に叩き付ける。

「あーもうムカつくっ!死んでるのムカつくっ!!今生きてたらボッコボコのメッケメケのグッチョグチョのケチョンケチョンのテケテケのチッキチキのギッタギタにしてやるのに〜ッ!!」

「…どういう方法だそれは。」

クッションの羽が部屋に舞って、怒りを羽と共にぶちまけたナナミがハァッハァッと荒い息を吐く。

こうやって純粋に怒る反応をしたのはナナミが初めてだ。ヒエンすら呆然としていたのに。

「…気が済んだか?」

「全っっ然!!!!」

「あまり騒ぐと人が来る。座れ。」

「あっ、そっか。」

ストンと椅子に座ったナナミ。怒りを静めるためにスーハースーハーと深呼吸して、何とか落ち着いたようだ。

「でも、あなたの憎しみの理由分かった。もちろん全部は理解したなんて言わないけどっ。私でもこんなに怒るんだもん。ダレル本人も死んでるし、そりゃ都市同盟憎むよね。私も今までの都市同盟は嫌いだったし!」

プリプリ怒りながらヒエンと同じことを言うナナミに、やはりよく似た姉弟だ、とルカは思う。

「…お前も、強いな。」

ルカの言葉にふるふると首を横に振るナナミ。

「わたしはね、強くなんかないよ。ずっと、どうしてヒエンがつらい想いをしながら戦わなきゃいけないのって思ってた。だから、ティントでヒエンに何もかも捨てて逃げようって言ったんだもん。」

そんなことを大事な家族である姉に言われていたとは。昨日のヒエンの様子からは想像もつかなかった。

「でも、ヒエンは絶対やだって突っぱねたの。“城に何よりも大事な大好きな人が待ってるから絶対逃げない”って。」

「……それ、は、」

「あなたのこと。」

ヒエンの何よりも大事な大好きな人。それが自分のことだと断言されたルカは顔に熱が集まる感覚がして、自分の顔を右手で覆った。

「…そうか。」

「あれっ?もしかして、照れてる?」

「……照れてなどいない。」

「うっそだー。耳赤いもん。お姉ちゃんにはまるっとお見通しだよっ。」

にしし、と笑うナナミの笑顔にヒエンを思い出して、ルカはフッと笑う。ここに監禁されて、ヒエンに惚れて、笑うことが増えた。狂皇子としての自分には必要無かった感情が芽生えてきた。その変化を、悪くないと思う自分がいる。目の前にいるナナミと話すなど想像もつかなかった。だからこそ。改めて言わなければならない。

手を離して、ナナミを真っ直ぐ見つめる。ルカの真剣な顔つきに何かを察したムクムクがルカの膝から降りて、ナナミもピシッと姿勢を正す。

「…俺は、今まで豚共にしてきたことに後悔はない。謝る気もない。あの死の間際に言ったことが全てだ。」

「……。」

「それでも、俺はヒエンに生かされた。あいつの突拍子もない行動に驚かされたり、くるくる変わる表情を見る度に、今までにはない感情が芽生えてきて、生きるのも悪くないと思えてきた。」

「……。」

「…改めて生きることを考えるなら、俺はヒエンの側にいたい。ヒエンが望むのならば首輪でもしてやる。閉じ込めておきたいならばそれを享受する。だが、俺が出来るのは戦うことだけだ。本心で言えば、俺はヒエンの敵を斬ってやりたい。」

「っ!」

「それが俺の、ヒエンに生かされた、…いや、あいつに惚れた一人の男としての決心だ。あいつの敵は全て斬る。守るという言葉は好かんが、……恋人として、ヒエンの側にいさせてくれ。」

膝の上に手を置き、深々と頭を下げるルカ。以前のルカならば頭を下げるなど想像も出来なかった。だが、ナナミはヒエンの大事な家族だ。ヒエンの敵を斬るためならば、いくらでも頭を下げてやる。

ルカの想いを聞いたナナミは、フゥーと長いため息をついて、安堵の表情を浮かべた。

「…そっか。うん、分かった。いいよ、頭上げて。」

ナナミに促されて頭を上げるルカ。安堵の表情を浮かべるナナミを見て、ほっと胸を撫で下ろす。

「そこまで真剣にヒエンを好きって言ってくれるんだもん。わたしは反対しないよ。お姉ちゃんとして、ヒエンが選んだ人ならいいって決めたの。誰かを欲しいと思える恋をして、愛したんならわたしは二人を応援する!首輪も監禁も受け入れる人ってなかなかいないもん。あっ、でもヒエンはあげないよ!」

「…俺の今までの行動を考えるなら仕方ないか。」

「あああっ、違うの違うのっ!そういう意味じゃなくって!」

ルカが誤解していると察してわたわたと慌てるナナミ。

「お嫁には行かせないだけ!あなたがお婿さんになるならいいの!婿入り!」

「…婿、だと?」

「わたしもいずれはお嫁にいっちゃうし、ヒエンが動物の国を作るなら、嫁入りじゃなくて婿入りの方がいいでしょ?ルカ・ブライトなんて名乗らなくてもよくなるし。」

「……そうか、婿入りか。悪くないな。」

「でしょっ?そうしたら、名前も呼べるし。」

「…名前など呼ばれなくてもいい。」

「駄目っ!さっきホウアン先生しれっと言ってたけど、獣さんって!ヒエンのお婿さんを呼ぶならちゃんと呼びたいの!獣さんだなんてお姉ちゃん許しませんっ!」

ぷんぷんっと頬を膨らませて怒るナナミ。好きに呼べばいい、とルカが返すと。

「わたしは婿どのって呼べるけど、他の人がそう呼ぶわけにもいかないでしょ?獣さんって不便だもん。」

「…婿どの?」

「婿どの!」

ヒエンに男性の恋人が出来たら婿どのって呼ぶの夢だったの!と嬉しそうな顔で返され、好きに呼べと言った手前何も言えないルカ。ナナミはうぅ〜んと頭を捻らせてから、何かを思い付いたようにグーにした手を手のひらにポンッと乗せた。

「そうだ!クロ、なんてどう?」

「クロ?」

「あなたのイメージは着ていた鎧から考えて白なんだけど、シロって狼がもう仲間にいるの。だから、黒髪でクロ!」

イメージとは逆になるし、獣さんよりはいいじゃない?とナナミは言う。クロ、か。ヒエンが僕の獣と言ったため呼び方を気にしたことはないが、悪くはない。何よりも、ヒエンの大事な家族が言うならば。

「…いいだろう。」

「ほんとっ?」

「婿どのでもクロでも好きに呼べ。」

「やった!ありがとう婿どの!」

ウキウキしながら呼ぶナナミに、やっぱりヒエンとよく似ているなと感じるルカ。愛するヒエンの家族ならば、こいつの敵も斬ろう、と密かに決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、様子を見にきたシュウがナナミに知られたことに頭を抱えて。

「絶っっ対に言うなよ。」

「言いませんよーだっ。ヒエンの大事な婿どのだもんっ。ねー、クロさん!」

「ああ。」

「クロ?」

「わたしが考えた婿どのの呼び名!獣さんよりはいいでしょ?」

「……確かに。これで利用しやすくなるな。」

ニヤリと不適に笑うシュウに、ゲッという顔をするナナミ。

「あーっ!シュウさん悪い顔してる!」

「ヒエンの敵なら斬るんだろう?」

「ああ、ハイランドでも斬る。」

「ならば良し。顔を隠すものを後程用意しよう。ルカ、…じゃなかった、クロ。」

「…ヒエンの敵を斬れるのならば、利用されても構わんぞ。」

「もーっ!駄目だよ婿どの!」

 

その後、ルカを知る者にシュウからクロという呼び名が周知されて。執務室から解放されたヒエンが、自分のいない間にナナミと和解して、説教され、いろいろ決められたルカに盛大に拗ねることになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

終わり。

説明
恋人になったなら、挨拶は大事よね。
ルカ様がナナミと初めてまともに会話する話。
ナナミが腐女子です。
2主→ヒエン
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