過去より来たりて
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やわらかな日差しに包まれながらも、草原で眠っている少女がいた。一つにくくられた栗色の髪に魔導師用の肩アーマー、袖無しの白い服の中心には、真っ赤なラインが入っている衣装をまとっている。その名を、アルル・ナジャという。

小鳥がさえずり、風が木々を優しく揺らす音が響く場所で、穏やかに時間が過ぎていく――…と思われたが、唐突に明るいブラウンの両目がパチリと見開かれた。

 

「げげげ、寝過ごした!」

 

ガバッと勢い良く半身を起こし、辺りをキョロキョロと確認する。

――…見たこと無い土地だった。

 

「あれ?ここ何処……」

 

いや、こういう非常事態にこそ落ち着かなければ。

――…自分は古代魔導スクールに向かう旅の途中で、魔導師に拐われたが返り討ちにし、ルベルクラクを取りにいって魔族っぽいおっさんをついでに倒し、カーバンクルをお供にしたのが二日前。

昨日は迷いの森やモケモエの遺跡で色々あったけど、成り行きで色っぽいルルーおねえさま、その部下であるミノタウロスと一緒に旅をする事になって――…そこから記憶が曖昧だ。

 

「――…ってカーバンクルもルルーおねえさまもミノタウロスもいないじゃない!」

 

ようやく、一人ぼっちで大の字に寝転がっていた事実にアルルは気が付いた。

後ろ頭をポリポリ掻き、立ち上がる。スカートについた葉っぱをバッパッと払いおとした。

 

「置いてかれた……?」

 

そんな考えが過ると同時に声を出す。いやいやまさか、魔導学校への道知ってるの、ぼくだけだし。

それよりぼくがいなくなったからってババウ岩を分けてくれなくなったらどうしよう。霜焼け被害に、皆が困ってしまう。

暫くそんな考えがグルグル巡っていると、背後から声がした。

 

「アルル!何気持ち悪くボソボソ呟いてるの?」

「ルルーおねえさま!」

「おねえさま、ですって?変な呼び方はやめなさいよ」

 

聞き覚えのある声に見覚えのあるその姿はまさしくあのルルーであった。

水色のウェーブがかった綺麗な髪、整った顔に、見るものを惚れ惚れされる身体つき―――…そのうえ髪をうしろで1つくくりにして、赤紫を基調とした踊り子風の衣装になっていたのが、アルルは気になった。

 

「じゃあええと、ルルー?そろそろ出発しましょうか??」

「何処へよ?」

「もちろん古代魔導スクールだよ!」

「何言ってんのよ、今は長期休暇中でしょうが!」

「……えっ?」

 

アルルがポカンとする。そんな話は聞いた事が無かった。

慌ててアルルが捲し立てる。

 

「入学してないのに休暇なんて関係無いじゃない!行かなくて良いの?偉大な魔導師になるんでしょ!」

「偉大な魔導師?このあたしが…?」

 

ルルーは俯き、なにやら先程より声が低くなっている。

アルルは必死なせいか、そんなルルーの様子には気付けなかった。

 

「そうよ!だって偉大な魔導師とサタンは結婚するって………ッ!?」

 

プツン。

――…ルルーの中で何かが切れる音が、今度はアルルにもちゃんと聞こえた。

ゴゴゴゴゴ…と闘志だが殺気だかよく分からないオーラが噴射し、鬼のような形相でアルルを睨むルルーに美女の面影は無かった。

アルルもさすがに自分が何か非常にまずいことを言ったのに気が付いた。何がそんなにまずかったのかは分からなかったが。

 

「キーーーッ、アールールーーー!よくも言ったわね!お邪魔ぷよで生き埋めにしてあげるわ、覚悟なさいィイイ!」

「だぁぁー!何それ新しい魔法!?……ど、どんえーん!」

 

アルルが急いで呪文を唱えると、巨大な透明色の壁が目の前に発生する。見た目こそただのガラスに見える壁だが、どんな攻撃でも防いでしまう立派な魔法障壁である。

――…回数は一度だけだが。

 

「ちょっと、何よこの壁!」

 

いきなり発生した壁にルルーは驚いて固まっている。チャンスとばかりに、アルルは走り去る。

――…あんな形相のルルーをまともに相手すれば、どれだけ体力があっても足りない気がした。

結局、ルルーは最大限に気を高めて放った女王乱舞で魔法障壁を粉々にするも―――…時間が掛かり過ぎてしまったらしい。

既に標的の女はいなくなっていた。

 

「アールールーーーーーーッ!!!」

 

怒りに狂う女王の叫び声が、草原に虚しく轟いた。

驚いた小鳥達が一気に飛び去る。

 

「!?…何か今呼ばれたような…」

 

それも、とてつもなく恐ろしいものに。

アルルは思わず身震いして辺りを確かめるが、特に何も無かった。

――…周りには木しか無い。どこを見ても木、木、木。なんだか薄暗いと思っていたら、どうやらいつの間にか森の中に入ってしまっていたらしい。

なんかつい最近こんなことがあったような………と、強いデジャブを感じながら、とにかく此処が迷いの森でないことを祈る。それから、近くにあった木立を背もたれに腰かけた。ゼーゼーと、肩で息をする。しばらく全力疾走をしていたせいで足に力が入らなかった。

 

「誰か来たにゃん」

「誰だにゃん?」

 

木立の上から可愛らしい声がすると思い顔を見上げる。

樹木と樹木の間からもれだす日光が照らし出したのは、いつもの見慣れたシャム猫のような魔物二匹。太い枝の上に立ってアルルの様子を伺っていた。

 

「……双子のシャムがでたぁ」

「シャムじゃないにゃん!」

「ケットシーだにゃん!」

 

迫力の無い顔と声で双子のケットシーは怒っていた。

軽やかな動作で木立から降り、二匹は座っているアルルと対峙する。

 

「ここはボクらの縄張りにゃん、勝手に入っちゃだめにゃん」

「だから勝負にゃん」

「んー、別にいいけど」

 

今のアルルの実力ならば、双子のシャムなど雑魚敵同様であった。ダイアキュート無しでも十分に勝てるだろう。火に弱いか氷に弱いか忘れてしまったが、弱点じゃなくても良いかと考え、立ち上がることもせずアルルは前に右手を向けた。いつでも放射可能だ。

 

「じゃあぷよぷよで勝負にゃん!」

「勝負にゃん!」

「ファイアー!!」

 

双子のケットシーがアルルに飛びかかろうとした瞬間、アルルは火の魔法を放つ。ケットシー達はビックリしていたが、さすが猫といったところか、寸前で避けきった。

 

「な…何するにゃん!」

「火を放つなんて酷いにゃん!」

「だって勝負って言ってたじゃない」

 

アルルが訝しげである。勝負を挑んできた魔物を返り討ちにしたことは数あれど、魔法を使って文句を言われた体験は無かった。

 

「乱暴者は嫌いにゃん!」

「嫌いにゃん!!」

「ちょっ、待ちなさ……!」

 

何やらプンプン怒って双子のケットシーは去っていってしまった。急いでアルルは立ち上がり右手をケットシーに向け呼び止めようとするが、もう猫の姿は森の何処にも見えなかった。

 

「な、何なのよ」

 

アルルが思いを漏らす。その刹那、誰かが自分を笑う声が聞こえる。

 

「くっくっ…相手にするのが邪魔臭いからといって猫苛めか。良い趣味してるな」

「!…な、なにものっ!?」

 

邪悪な気配に、聞き覚えのある声――…何となく察しはついていたが、確証はなかった。確かにこの声は聞き覚えがあるが、ちょっと違う気がする。もっと抑揚がなくて、淡々としていたような。

 

「何者とは愚問だろう?アルル・ナジャ」

 

魔導力を含んだ黒い影がブワリと出現したかと思えば、つむじ風が発生する。両手で身を守りながら、アルルは影から視線をはずさないように注意していた。

影はやがて人型を作り、「彼」は目の前に現れる。銀髪に黒いバンダナ、そして真っ暗なマントで覆われたその姿は、薄暗い森で尚更不気味だった。

アルルはその姿を睨んだ。

 

「こんな所でお前に会えるとはな」

「ぼくも思ってなかったよ。二日前、やり過ぎなくらいやったと思ってたけど、まだ足りなかった様ね」

「何の話だ?まあ良い、勝負だアルル」

「別にいいけど。名前、気安く呼ばないでよ」

 

いつも以上につっけんどんなアルルにやや違和感を覚えるものの、男は構わず続ける。

 

「フッ、そう構えていられるのも今の内だ。この闇の魔導師シェゾ・ウィグィィ様のぷよ捌きの前に敗れるが良い!」

「ふーん、あんた闇の魔導師だったんだ。道理であんな古臭い言葉をねぇ……ぷよ捌きって、あんな雑魚捌けても魔導師として何の自慢にもならないと思うけど」

「お前……さっきから何言ってるんだ?」

 

ぷよと言われて、アルルは「ぷよ〜」と鳴く黄色の雑魚魔物を想像する。魔物の中でも雑魚の地位にいる生物だ。

黒い男――…シェゾもいい加減違和感を流すことが出来なくなってきたようで、怪訝そうにアルルを見据えている。

 

「何でもいいでしょ。さ、始めようか」

「あ…あぁ…」

 

――…そういえばコイツまだ一度もオレをヘンタイと呼んでいないな、と今更ながらシェゾは気付いた。違和感の正体はこれだったのかとも思う。

否、それだけでは無かった。今のアルルの視線はとても鋭い。これは他でもなく、自分に向けられているのだろう。普段嬉々と「あ、シェゾ〜」など声を掛けてくる彼女と同じ視線とは思えなかった。アルルが確認のように尋ねてくる。

 

「……ぼくが負けたら、魔力を奪い取るつもり?」

「もちろんだ、力づくでな!」

「……そう、じゃあぼくも本気出さなきゃね」

「当たり前だ、本気で……」

 

「力づく」と言った瞬間、アルルの声色が急に冷たくなった。ヘンタイ呼ばわりしないのは喜ばしいが、強烈な違和感が残るばかりだ。毎度お馴染みヘンタイコールもヘンタイじゃないコールも響かない。

アルルの視線は更に細められる。まるで敵を全力で排除しようとしている視線だ。「ヘンタイはヘンタイらしく大人しくしろ!」と言われた事もあったが、明らかにヘンタイ扱いしていない今回の方がひしひしと殺気を感じる。

そうすると、アルルがスカートのポケットから白い何かを取り出した。一瞬いびつな形の何かに見えたそれは、白い手袋だった。アルルはすかさず両手にそれをはめる。

 

―――…何故、ぷよぷよ勝負に白い手袋?本気出す?あの視線と殺気……そういえば白い手袋の効果は――…!!?

シェゾがそれに気付いたのと、威力の高まったファイヤーが放たれるのはほぼ同時だった。

 

「待てアルル!」

「だから気安く呼ばないでってば!アイスッ!!」

「ぬっ…」

 

かろうじてファイヤーは何とか避けられたものの、連続で放たれた氷系の魔法は避けきれず、マントの先が凍り付いてしまった。アルルは増幅呪文、ダイアキュートを唱えている。

仕方無しに、シェゾは右手に闇の剣を召喚した。

 

「オレはお前とこういう風に戦うつもりはない!」

「ならどういう風に戦うのよ!?…ファファファイアーッ!」

 

一気に勝負をつける気か!?――…ダイアキュートで強められ、かつ白い手袋で更に威力の増した特大ファイヤーに直撃なんてしたら、速攻ばたんきゅーものだ。シェゾは舌打ちした。

 

「リバイア!」

 

避けられないなら、こうするしかない!と、咄嗟にシェゾは呪文による魔法障壁を張る。

巨大ファイヤーは弾かれ、アルルの方に向かって落ちた。反射を予測できなかったのか、アルルは驚愕している。

 

「わあぁああっ!?……やったなぁー!油断した。まさか、ばよひひひ〜を使うなんて…」

 

リバイアの反射ダメージは元のものより軽減されることが多い。今のアルルにもそこまでダメージは入っていない筈だが、それでも服はところどころ焼け焦げていた。

口元に少々ついた灰をぐっと拭う。視線は恐れを知ることがない。シェゾにはいつになくたくましいアルルに見え、呆然としていたが――…ハッと気付いた。アルルが吠える。

 

「ふふんっ、まだまだぁ!」

「だから!こういう戦いをするつもりなど無い!ホラ!!」

 

そう大声で叫び、彼は闇の剣を地面に落とす。敵意が無いことを示すように。

アルルは黙ってそれを見据える。ただ、いつでも魔導を使える姿勢だけは崩さずに。

 

「剣無くても、あんたにはアレイアードとスペシャルとロンがあるじゃない」

「ぐ、確かに……ってアレイアード関連だけかよ!しかもロンとか懐かしッ!!」

 

精一杯、力一杯ツッコミをかますシェゾの姿に、アルルは呆れ顔になっていく。

二日前地下牢で会った彼とは色々違った。こんなに生き生きとツッコミするヤツだったろうか?

寧ろ同一人物には見えなくなってきた。アルルが肩をすくめる。

 

「…あんた、随分コミカルになったわね…」

「はぁ?オレはいつだってダークでシリアスでクールな闇の魔導師だ!」

「この人、自分言ったわ…」

 

二日前まで自分もそう思ってました――…とは口に出さなかった。

まぁ「うおお!そんなご無体なぁああ!」はコミカルに思ってたけれど、それも口に出さないでおく。

 

その後、何とか落ち着いて話を聞いてもらえるようになったので、シェゾはアルルに説明する。

自分はアルルに対して、ぷよぷよ勝負をしたいということ。魔法をお互いに放ち合うリアルファイトをするつもりは無いということ。あと物騒だから白い手袋を外してくれと、珍しくヘンタイな発言をすることなく、懇切丁寧に説明した。

ただしアルルは――…

 

「そんなの知らないよ。ぼく急いでるし、あんたとパズルゲームする時間なんて無いの。じゃあね。 」

 

――…と、酷くつれない様子で、シェゾの元からそそくさと去っていってしまった。

シェゾは抗議することもなく、黙って去り行くアルルの姿を見ていたが、やがて――…。

とりあえず、まず闇の剣を拾い上げた。

 

夕暮れ時。美しくも何処か寂しいオレンジ色が空一杯に広がり、自然豊かなこの場所も何処か切なく見えた。

小一時間ほど道に迷いながらも、ようやく森を抜けたアルルは、小高い丘の上からたどり着き、三角座りをする。そして、ボンヤリと夕日色の世界を見ていた。

――…見覚えがあるような、無いような、そんな場所。そんな世界。

森の中には魔物達がいた。アルルが知っているのも知らないやつも、皆口々に「ぷよぷよで勝負だ!」と言って掛かってきた。当然それに応えられるはずもなく、いつも通り魔導で返り討ちにしていたのだった。

――…いい加減、気付いていた。可笑しいのはケットシーと名乗った猫でも、シェゾという魔導師でも、森の魔物達でもなく、他ならぬアルル自身なのだと。

 

「んー、こりゃまいった。ぼく、何処に来ちゃったのかな……ねえ、何処に来たと思う?魔導師のお兄さん」

 

唐突にそんなことを呟くと、何かが動いているのが分かった。

座ったまま顔だけ後ろに向ければ、自分の背後に伸びていた影が蠢いているのが見えた。

不気味な自身の影に、アルルの目が見開く。急いで後ろに振り向き、立ち上がった。

 

「……いっ!?」

「何を驚いている?」

 

蠢く影はそう尋ねる。やがて上に延びたかと思うと、先程の黒い男の形を作っていた。男はニヤリと笑っている。

 

「…オレに気付いていたのだろう?」

「敵意が無かったみたいだからほっといたけど…まさかそんな所にいるとは思わなかったわよ……早く出れば?」

 

シェゾの足の先は、未だにアルルの影と同化している。

それを呆れた様子でアルルは指差せば、得意気なシェゾは完全にアルルの影から外に出た。

 

「影と同化するなんて…」

「怖いか?だが安心しろ、オレはちゃんと学んだ」

「……何を?」

「パンツは見ていない」

 

至って真面目に、それも真顔で断言した瞬間、シェゾは燃えた。

 

その後、シェゾは何事も無かったかのようにヒーリングを自身にかけたあと、仕切り直しと言わんばかりに会話を始める。

 

「先程の質問だが、オレには『此処』としか言い様が無いな」

「そう……ところであんた、何しに来たの?まさか隙を見て眠らせてまた牢に…」

「なっ!誰がそんな卑怯な真似を……」

 

じとーーーーーーっ。

アルルの恐ろしい視線にシェゾは次の言葉が告げず、青い視線を夕日色の空へと逸らす。

 

「……していた事もあった気がするが、今はそんなつもりは無い」

「じゃあ何で来たのよ?」

「…様子がおかしかったから、気になってな」

「何でぼくの様子がおかしいと気になるの?」

「そりゃ…勿論魔導力に異常が無いか気になったのだ!思い上がるな、決して心配などは…」

「あんたさあ…ちょっとしゃがんで」

 

ずっとつっけんどんであったアルルの妙に優しい声に、シェゾがたじろく。まさかまた余計なことを言ったのか…と心配しつつ言われた通りしゃがむと、アルルの右手のひらが、シェゾのおでこに触れた。

 

「な…?」

 

続いてアルルの左の手のひらは、自分のおでこに触れる。

何の冗談かと思いアルルの顔を見れば、ビックリするほど真剣な顔つきをしていた。意味のわからなさに文句も出ず、シェゾが固まる。

 

「熱は無いようね……ねえあんた本当に大丈夫?特に頭!永遠に解けないダムドくらった?まさか二日前に思いきりブッ飛ばしたせいで頭に異常が…」

「誰が万年のーみそぷー状態だぁ!?」

「そういうツッコミがおかしいって言ってんのよ!」

「はぁ!オレにボケろと?今オレがボケたら収集つかなくだろうがッ!」

「だぁぁー!そういう変な気遣いもおかしいって言ってんのー!!」

 

アルルは至って真面目に心配しているのだが、シェゾはここぞとばかりにツッコミを入れてくる。寧ろバカにされた気しかしていないのだろう。

 

「第一、二日前二日前って何だ!オレは二日前、お前と会ってない!」

「なっ…忘れたとは言わせないわ!あんた地下牢にぼくを閉じ込めたじゃない!」

「一体いつの話を……ん?そういえばお前、アレイアード・ロンとか妙に懐かしいものを…」

「それ、二日前に使ってきた技よ!」

「………えっ?」

 

そういえば、今日のアルルの服装――…昔どこかで見たような気がする。いつものスタイルと同じに見えるが、真ん中に赤いラインが入ったこの服装。

遠い記憶として埋もれていた、アルルのイメージはこんな姿だったような……

シェゾは思いついた答えを口に出した。

 

「お前、まさか過去から……」

「はあぁああっ?じゃここは未来とでも!?」

「いや確たる証拠は無いが…そういえば、ぷよぷよ地獄が作られたのはお前と出会った後だから…」

「ぼくがぷよぷよ勝負を知らなくても無理はない…と」

 

ようやく二人の間で起きていた、ちぐはぐな違和感の正体がつかめた。

アルルがホッと息をついて、笑う。

 

「とにかく!この世界は恐らく未来の世界っぽいのね。成る程、だから見覚えあったりなかったりするのか。よし…」

 

握りこぶしを夕日に向けて、アルルはにっこりと笑う。

 

「……どうするのだ?」

「こんな世界からは脱出してやる!!」

 

シェゾは怪訝そうに尋ねると、アルルは強気に大声で答えた。

夕焼けが、そんなアルルを暖かく見守ってくれている――…ような気がした。

 

「……は?カーバンクルなんて、来てないわよ」

「嘘ぉ!?」

「……読みが外れたな」

 

ルルーにそうアッサリと言われ、アルルが驚く。シェゾは意地悪な笑みを浮かべていた。

 

アルルは世界の脱出の前にまず相棒を見つけなければいけないと思い、この世界で一番始めに出会ったルルーの元にいるのではないかと推測した。無論、根拠は無い。

その考えを伝えると、シェゾはルルーの家を知っていると言った。何故知っているのかと問えば、激しく嫌な思い出があるから聞かないでくれと言われた。一体何があったのか…ただ、ここのシェゾとルルーに交流があるという事実だけでも意外だ。

自分の――…このアルルの知っているシェゾとルルーは、自分の知る限り面識が無い。鉢合わせしたところで、お互い魔導力とサタン様にしか目がいかないだろうと推測できた。

シェゾに案内を頼んだところ、魔力をくれたら…と条件をつけてきたので、とびっきりのをお見舞いする為に白い手袋をはめると、顔を青くして案内役を志願してきた。ちょろい、アルルはそう思う。

道中は、この世界・この時代についてアルルはよく尋ねた。自分の世界・時代は「ばたんきゅーにするかされるかの世界かな。」とだけ、述べておく。

――…そんなこんなで、一行はルルーの家の前に来た。ものの見事に予想は外れたが。

 

「…手かがり無くて此処まで来たの?ご苦労様ね……夜遅いし、今日は泊まっていく?」

「えっいいの?」

「構わないわ。言っとくけど…あんたを夜放り出したなんて知れたら、サタン様に叱られるからよ!」

「ラッキー。良かったわ…ルルーがサタン様命で…」

 

言葉をその言葉通りに受け取ったらしく、ルルーに言われるがままに豪邸の中にお邪魔する。

自分の言動にツッコまれなかったのをルルーは内心安堵していたら、シェゾがニヤニヤと笑っていた。

 

「……素直じゃない奴」

「あんたに言われたくないわぁ!っていうか何普通に家入ってるのよ、このヘンタイ!」

「オレはヘンタイじゃねえ!」

 

二人が低レベルな言い争いをしているのを横目に、アルルは広間にあった大きなソファに腰かける。

ソファはアンティーク調だった。古風ながらもセンスの良い家具を置いている。真っ白な天井や壁、きらびやかなシャンデリア、真っ赤な絨毯、そして無駄に広い部屋――…高級ホテルも真っ青な広間に、アルルは思わず見惚れる。

 

「素敵だろ?最近、ルルー様はアンティークに凝ってらっしゃるんだ」

 

三人分の紅茶を持ってきたルルーの召し使いである牛男――…ミノタウロスが優しくそう言い、紅茶をアルルに差し出す。

 

「ふーん、ありがとう…」

 

良い香りの紅茶だ。素人なりに、高級品なのだということは分かった。

少し飲んだだけで、フワリと口いっぱいに紅茶の甘味が広がる。こんなの飲み慣れたら、安物もう飲めないな…と思えるくらいだ。きっと、淹れ方にも相当気を配っているだろうが。

シェゾとルルーは未だにケンカをしている。ただし力と力がぶつかっている訳でもなく、言い争いをしている。

 

「お嬢様にお友達が二人も…じいは嬉しゅう御座います」

 

執事らしき老人が、ほろりと感動している。

いやあの2人は友達とはいわんでしょ、とアルルは内心でツッコむが、別のことに気付いた。

――…自分が、ルルーの友達だとカウントされていることに。

 

「今日は混じらないんだな?いつもあの二人の喧嘩を止めたり参加したりするのに」

「うん…まあ…」

「お嬢様には内緒ですが…いつまでも仲良くしてあげて下さいね、アルル様」

「………」

 

ここでこの世界のアルルなら何と答えるのか。あの二人の平和ボケっぷりから、「うん!」と即答しそうだ。

ミノタウロスもじいも、吠えるルルーを優しく見守っていて、アルルに注視していなくて助かった。注視していたら、きっと少し苦々しい思いで視線を逸らしているところを見られていたから。

あの二人と自分が仲良く言い争う姿など、今のアルルには考えられない。だから今広がるこの優しい空間も、誰かが見せるイリュージョンにしか見えなかった。

 

「…………」

 

一人取り残された空間で、アルルは遠い目をしながら、この世界を見つめていた。

 

ルルーがアルルに話があるとのことで、 アルルの寝室はルルーの部屋になった。さすがに広間よりは大きくなかったが、それでも十分な広さである。白を貴重とした部屋はところどころピンクの家具があり、ルルーの女の子らしさを醸し出していた。

 

「ルルーの部屋かっわいー」

「じいがいつまでもお嬢ちゃん扱いするのよ!!」

 

アルルがクスクス笑うと、ルルーが顔を真っ赤にする。その姿がまた一段と…と思ったが、思うだけにしておく。

ベッドは一つしか置いてないとのことで、布団をしいてくれることになった。

布団すら無駄に柔らかく高級さを感じられた。フカフカ気持ち良くて、下手な宿屋より快適に眠れそうだ。

 

「…アイツから聞いたけど、あんた過去から来たって本当?」

 

夜食をもらい、寝仕度を済ませ、暗い部屋でほのかに光るランプだけが光となっていた。ベッドにもぐったルルーが、布団にもぐっているアルルに尋ねる。

 

「暫定だけど…」

「過去になんてどうやって戻るのよ?いっそこの時代に住んじゃえば?」

「それは駄目だね」

 

笑って冗談っぽく提案するルルーに、アルルは真顔で即答した。

 

「だって過去があって未来があるんだもの。ぼくがいなくなったら、この時代のアルルも消えちゃうよ」

「それなんだけどね…」

 

暗い空間で、ルルーの声だけが聞こえる。

 

「あんた、あたしに偉大な魔導師にならなきゃって言ってたじゃない」

「……うん」

 

あの時のルルーの形相を思い出して、アルルは身震いする。正直、ライラで出会ったサタンより怖かった。

 

「…あたしね、魔力無いの。だから、魔導師になんてなれないのよ」

「えっ!?だってミノタウロス召喚してた…」

「…あんたの世界のあたしは、魔導師なのかもね。でも、ここでは天下の格闘女王ルルー様よ」

「……」

 

――…だからあの時、あんなに怒っていたのか。

そりゃ魔力の無い人間が、魔力のある人間から「あなたの最愛の人は一流の魔導師としか妃にならない」と言われれば、怒り狂ってしまうだろう。あまりにもデリカシーが無さすぎる。

 

「ごめん…ぼく変な事言って…」

「気にしてないわ。…話を戻すけど、別にこの世界の今と繋がってる訳じゃなさそうだし、シェゾからの話だと結構殺伐としてる世界のようだし…戻る必要あるの?」

 

その言葉に、アルルはふっと笑った。

 

「ありがとうルルー、心配してくれてるんだね」

「なっ……そ、そんなつもりはっ!」

「でもね、やっぱりぼくはあそこで魔導師になりたいから。ばたんきゅーにするかされるかの世界でも、ぼくの夢はあそこにしかないから。」

 

―――…例え、同行人がサタンにしか興味がなくても、闇の魔導師が本気で力を狙ってきても、闇の貴公子が女性を狂わせる世にも恐ろしい存在でも、パズルゲームが無くても。

 

「勿論、あなたの気持ちは受け取っておくわ」

「……そう。じゃあ明日の朝、一緒に方法を探してあげるわよ…言っとくけど、暇なだけだからね」

「………」

「あら、もう寝ちゃったの…ランプ消しときましょ」

 

カチリ、と音がして、部屋は真っ暗になる。アルルとルルーは両目を閉じていた。

 

ルルーが深い眠りについた頃、アルルがパチリと目を開く。

誰かが呼んでいる気がした。姿は見えないし、どんな声かも分からない。ただ、そこに行けば何が起きるのかも、アルルには何となく察しがついていた。

半身を起こし、ルルーを起こさない程度の小さな明かりを「ライト」で作った後、布団を畳んでおく。暗がりでやったせいか少々不恰好だが、無礼にはならないだろう。

寝巻きから旅の衣装に着替え、荷物をまとめる。最後に、サタン人形を大事そうに抱えて眠っているルルーに対し、満面の笑みを浮かべてつぶやいた。

 

「本当にありがとう、そしてさよなら、ルルー。あなたの恋、応援してるわ」

 

アルルはゆっくりと部屋―――…そして、ルルーの屋敷から出た。夜風が冷たく、青白い月がギラギラと輝いている。その月をバックに、一つの黒い影が立っていた。

その不気味な風景に臆すること無く、逆にアルルはニヤリと強気に笑ってみせた。

 

「やあ、引き留めに来たの?」

「……と言ったら?」

「ぶっ飛ばす。幾らコミカルでお笑いでも、力づくでぼくの邪魔をするなら容赦しないわ」

「ハッ…言ってくれるじゃねえか」

 

アルルの目が輝く。その挑発的な言葉に嘘はなく、影はどこか満足げに笑っていた。

そうすると――…やや離れた距離にいた影は一瞬にして消える。間もなく眼前に現れたのは、まさしくあのシェゾである。

 

「安心しろ、妙な力を感じたから来てみたものの…結果的には見送りだ。引き留め役はルルーがやっただろう?」

「うん、期待に添えられなかったよ」

「だろうな。オレも無駄だと忠告はしたんだが」

 

アルルは苦笑する。黙って帰ることに多少の罪悪感は抱いていたが――…でも、彼女は留まらない。歩き続けるのである。そのことにシェゾは、何となく気が付いていた。

 

「そういえば、お前の世界の話についてそんなに聞いていなかったな。オレは元気か?」

「んー…二日前にやりすぎなくらいギッタンギッタンにしてあげたから、元気は無いかもなぁ…」

「聞くんじゃなかったぜ…」

 

シェゾががっくりと項垂れる。アルルの笑顔が妙に輝いているのが更に堪えたらしい。

 

「ただ、あんたの方がよっぽど元気に見えるわ。あいつ無表情だし無機質だし、気味悪いのよね…目も死んでるし」

「そ…そうなのか」

「でもあんたくらい生き生きしてても逆に不気味だわー」

「どうしろと!?」

 

シェゾのツッコミがすかさず入ると、アルルは「しーらないっ」と舌を出した。

拍子抜けしたシェゾは無言となる。――…怒る気にもなれないらしい。

 

「…ま、あんたもルルーも、楽しそうだからいいんじゃない?」

「…お前は楽しいのか?」

「牢に閉じ込められた時は楽しくなかったわ!でも魔導師のお兄さんをコテンパンにしたのはすっごく楽しかったわ!!」

 

アルルは素晴らしく良い笑顔に、シェゾが再び項垂れる。テンションが段々下がっていくのが目に見えた。

アルルがクスクスと笑い出す。

 

「……冗談よ。そりゃ楽しくない時もあるけど、そういうのは自分の手で変えていけばいいし」

「そうか……妙な力は向こうから感じる、きっとカーバンクルはそこにいるだろう」

「オッケー、分かった。色々ありがとう、シェゾ」

 

アルルがスタスタと歩き出す。その歩みに戸惑いも躊躇もなく、ただただ真っ直ぐに歩き続けている。

――…彼女らしき人物が、かつての自分を打ち倒したのは、自身が闇の魔導師だからでも、彼女が正義を気取っているからでもない。彼女が前に進むのを邪魔したから、自分は容赦無くぶっ飛ばされたのだ。

 

「……ようやく名前を呼んだか」

 

そんな回想しながら、シェゾは最後のアルルの言葉を思い返す。そして気付いたことが、思わず漏れる。

 

「あいつ結局、一度もヘンタイ言わなかったな…」

 

「カーバンクル!」

 

月明かりだけが頼りになる草原で、黄色くて小さな生き物は確かにそこにいた。彼は自分の知っている相棒だった。

異質な世界で、異質な住民たちの中で、アルルの相棒である彼でしかなかった。

 

「ね、古代魔導学校に一緒に行こう!」

「キィ!」

 

両手を広げて屈んでみれば、カーバンクルが飛び付いてきた。

草原が、月明かりが、風景が――…世界が暗転する。グルリグルリと変わっていく。

色々なものが入り交じる世界で、カーバンクルの温かさだけが確かなものとなっていた。やがて、アルルの意識は途切れた。

 

「げげげ、寝過ごした!」

 

暖かい日差しに照らされながら、草原で眠っている少女がとび起きた。いきなりの出来事に小鳥が音を立てて飛び立つ。

辺りをキョロキョロと確認する。――…大丈夫、見たことある土地だ。戻ってこれたのだ。

 

「キィ!」

「おはよう、カーバンクル」

 

右肩にひょいっと乗る相棒に笑顔を向けて、すくっと立ち上がる。遠くから声がした。

水色のウエーブロングヘア、黄緑色の意思の強い目、ホワイトロングワンピース。昨日から一緒に旅することになった女の人だ。

 

「アルルーーッ!あんた、いつまで寝てんのよー!ババウ岩、どうなってもいいのーーッ!?」

「そりゃ困る!すぐに行きますルルーおねえさま!!」

 

急いで旅の荷物を持ち、葉っぱをはらいながら走って追いかけていく。

今日はとりあえず、すぐ近くの集落にまで向かう事にした。自然豊かな農村地帯で、住民も穏やかだと聞いていた。

何処までも広がる水田と畑、そして果樹園。名産は米とリンゴらしい。

 

アルルはルルーに半ば強引に頼まれて、果物を売る魔物商人を探していた。

小一時間探し続け、ようやく見つけた商人からいくつか果物を購入する。荷物入れは旬の果物でいつしかいっぱいになっていた。

 

「重いよ…ああああ、もうっ!人使い荒すぎるわ、おねえさ……ま?」

 

どっかで見たことある、包帯を持った青いローブ姿の男―――…と、間もなく視線があった。

二日前の傷跡も色濃く残っているらしく、ところどころに包帯が巻かれている。顔には、魔力入りの傷テープが張られている。

アルルを見て、光の無い青い目が沈む。勿論アルルの目の色も沈んだ。露骨に失礼な態度をとる二人だが、お互い様なので問題ない。

 

「うわぁー…無機質で無表情な目が死んでる方に会っちゃったよ…」

「……何だその言い種は」

「酷い怪我ねー、ぼくがやったんだけど。…全く、ぼくの邪魔をしなければ無事でいられたのに…」

 

貴様は悪役か、と青い男は内心で考えたが、決して口には出さなかった。

村人がいる前で騒ぎを起こす趣味はないし、万全でない体調で挑んでも恥をさらすだけだ。

 

「…ま、ここでとどめをさしたりはしないわ。それでもあんたがぼくの邪魔をしたいなら、ぼくの敵になるけどね」

「………」

 

男は黙ってアルルを見据えていた。何も移さない瞳に見つめられると相当気味が悪い。

思わず、アルルは「な、何?」と訝しげに尋ねる。その視線を少々わずらわしく思いながら。

 

「……間違っても今、ヒーリングをかけたりはしないな?」

「はぁ〜!?」

 

一瞬、本気で何を言われたか分からなかった。失礼すぎるほどに、アルルの顔がピクピクとひきつりまくっている。

相変わらず眼前にいる男は無機質な無表情で、目の色は沈んだまま、何を考えているのか、アルルにはサッパリ分からない。何か自分に対して勘違いしているんじゃないか?と思えば、ふつふつと怒りのような感情がこみ上げてきた。

アルルははっきりとした口調で吐き捨てる。その感情を、思いっきりぶつけるように。

 

「冗談じゃない!あんたなんかを回復する為の魔導力なんてこれっぽっちも無いわ!福神漬けやきのこだってタダじゃないんだから!正直、今あんたがここで倒れたって、跨いでぼくは先に進むくらいよ!!」

「………そうか」

「――…ッ!?」

 

アルルがギョッとブラウンの目を見開くが、相手の男は何か納得(?)したらしく、アルルを置いて踵を返した。アルルはポカーンとそれを見ていた―――が、やがて溜め息をつく。

 

「意味分かんない…」

「キー…」

「………何でそこで笑うのよ」

 

心底意味の分からない生物を見たような気分だ。呆れなのかなんなのか、アルルは肩をすくめる。

カーバンクルもクエスチョンマークを頭上に浮かべている。

俯いた奴の目元はよく見えなかったけれど、その口元はうっすらと微笑を作っていた。何が良かったのか、面白かったのか、満足したのか――…アルルにはサッパリだ。

 

「まあ、得体知れない方がぶっ飛ばしても罪悪感無いしね〜…帰ろうか?」

「キィー!」

 

アルルも踵を返す。まずはルルーの待っている宿屋へ。いずれは古代魔導学校へ。

――…そして目指すのは、一人前の、否、世界一の魔導師だ。たとえ何が起きようとも、 この世界でこの時代で、一番の魔導師になってみせる!

 

アルルの夢に続く道は、まだまだ続くのだ。

(終)

説明
約10年前に某所に投稿していた小説です。ルルー→サタンという公式描写に忠実ですが非公式カップリング要素はありません。

当時のコメント:MSX2魔導アルル編です。MSXアルル(らっこアルル)による、コンパイル版ぷよぷよのシェゾとルルーの邂逅物語。一応、前作を見たあと、読んだ方がわかりやすい部分があるかもしれません。MSX2では彼女に公式名がないのですが、こちらの二次創作ではPC98同様「アルル・ナジャ」にしています。
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