デキソコナイフ |
デキソコナイフ
わたしに話しかけてくるクラスメイトなら何人かいた。
けど、うまく話題に入れないわたしをいつまでも受け入れてくれる人なんていない。
クラスメイトらが挨拶を交わす中、わたしと目が合い露骨に嫌な顔をされたことがある。
席に座ろうとして、隣の席の子が机を離してたことがある。
不気味だとか陰口を聞いたことがある。
なんでわたしばかりが……
そう思っても取り返しがつかない。
もう独りでもいいや。
休み時間は小説を読むこととした。
本を読んでいると、誰からも話しかけられることもなく、陰口を気にすることもなく、物語の世界に入れるのが良かった。
もともとわたしの相手をする人なんていないけど。
逆に、わたしも読書してる人に話しかけることもできないけど。
小説はわたしにとって鉄壁のガード。
そして、ナユと結びつけたツール。
「ラストの展開、気に入ってるの」
物怖じせず、わたしと物語の世界に割って入ってきたナユ。
しゃべったことないのに、慣れ親しいような友達みたいな風に自然と。
わたしに話しかけたの?
驚き、言葉が出てこない。
「主人公の女の子がね、父親に向かって包丁を突きつけるの。
そのまま刺し殺せばサイコーだったのにね」
わたしはまだ小説を読み始めたばかりで、そのシーンまで読んでいない。
わたしと同じ、中学生の女の子たちの友情を描いた評判の小説だからと読んでいたのに、そんなひどい内容だったなんて……
次の日、別の小説を読むことにした。
お母さんの部屋にあった知らない作家のを適当に。
話のあらすじさえ知らない。
「それはイマイチ。ありふれた恋愛ものだよ。
修羅場なんてありもしない」
今度は三角関係で揺れ動く小説を買い、読んでみた。
「そんなの読んじゃだめ。ひたすらセックスの駄作だもん」
セックスと言葉を聞き、思わず口を塞ぐ。
それをみて、ナユは不敵にわらう。
「ナユがオススメの持ってるから、それを貸してあげる」
「ナイフ」
オススメの本のタイトル。
話を聞くに、ナイフに突き刺したい衝動に共感したとのこと。
嫌、悪趣味。
でもナユのギラギラとした怪しい目に圧倒され、受け取らずにはいられない。
一体なんなの、この子は?
そして、なんでわたしなんかに構ってくるの?
「ナイフ」は、なんていうか予想どおり好きになれない内容。
父から手渡されたサバイバルナイフで父殺しをする娘を描いたもの。
父は小柄で泣き虫な娘に面白がってサバイバルナイフをあげた。
娘はサバイバルナイフに魅せられ、刺したい衝動に駆られた。
初めは野良猫、飼い犬ときて、対象が人、すなわち父になるのにさほど時間がかからなかった。
殺人の動機は好奇心。
手、足、内臓。
バラバラに切り刻むことに興奮する…………
はあ……
とても読めるものではない。
気持ち悪くなる。
なんでナユはこんなものを読めるのか理解できなかった。
「どうだった? おもしろかった?」
次の日、ナユが聞いてきた。
わたしは静かにうなずく。
否定して、嫌われたくなかった。
「人を殺したくなったこと、ない?」
「え……」
「親とか、殺したくなったこと、ないの? ナユはあるよ」
ナユはわたしの肩を掴み、吐息がかかるくらい近づいて言う。
「パパをね……」
えっ? なん、て……?
「愛憎、て言えばいいのかな?
好きだから、意に反したことをされたら殺したくなる。
例えば……
朝、おはようを言われなかった。
テストの点に不満をもらした。
ナユの新しい服をかわいいと言ってくれなかった。
ママとばかりだけ笑顔になる。
…………
些細なことが殺意を生む。
理解、できた?」
「……。よく、わからない…………」
わからない。
わたしの、正直な気持ち。
「そんな感情に、なったことないから」
ナユは首を小さく傾ける。
さらさらなセミロングの髪が、はかなく垂れ下がる。
「新妻ユナ、かわいい」
スカートがくるりと回り、席へ戻るナユ。
そして気づく。
ナユに、初めて声を発したことに……
ナユは休み時間になるといつもわたしのところに来た。
「ナイフ」のことをいつも話題にするから、読み終わったものの他の本を読むことができなかった。
途中で読むのをやめたら、ナユに悪い気がした。
何度も何度も読むことになって、ナユの言ってたことの意味がわかる気がしてきた。
夜中、父さん母さんが寝静まった時、台所へ向かった。
包丁を、持ってマジマジと見た。
刃はとても細いのに、堅い。
指でなぞっただけで指が切れる。
血が鮮やか。
舐めてみる。傷口がヒリヒリ痛い。
これを、人に刺したらどうなるだろう。
どんなものでも刺し殺せる気がする。
「ナイフ」に出てくる娘は、父を殺した。
好奇心……だけではなかった。
娘は追い込まれていた。
父に、殺されそうになっていた。
父も娘と同様。
ナイフで刺したい衝動に駆られていたのだ。
わたしみたいに!
ナユとはずいぶん打ち解けてきた。
話しているうちに、ナユが刃物に興味があることがわかり、家にたくさんのナイフがあると教えてくれた。
「見てみたい……」
わたしがそう言うと、ナユが喜んで家に来てと誘ってくれ、放課後遊びに行くことになった。
ナユの父親がいわゆるナイフコレクター。
給料の半分以上を刃物の購入にあてたという変人。
でもそんなパパが大好き。
ナユは静かにわらう。
6月の雨に降られ、たどり着いたナユの家は年期の入った一軒家。
狭い通路をキシキシ音をならし歩き、奥の扉に手をかけるとナユが振り向いてしゃべる。
「パパはいないし、ママもアンティークショップのお仕事で当分帰らない。
好きなだけ見れるよ」
キィィィン。
錆びた蝶つがいの甲高い音。
ほこりっぽくてくさったような木のにおい。
そこに展示されている数百点のナイフナイフナイフ……
「ふつうのキッチンナイフからファイティングナイフ、鉈みたいのから様々ね。
でも特にパパは、ハンティングナイフが好みみたいで一番多いの。
動物を即死させたり、皮とか剥いだりするのに使われるやつ。
でもどれも使われることなく新品同様。
なんのために買ってるんだか」
「でも、すごい……。きれいな鋭利」
「輝き方もハンパじゃないよ」
ナユはひとつ手にとり、鞘を外す。
「うわぁ」
宝石みたいなまばゆい輝き。
昨日見た包丁のそれとは比べものにならない。
「ちょっと持ってみる? 重いよ」
「すごぉい。どっしりしてて、かっこいい」
「でしょ? 新妻ユナならわかってくれると思った」
ナユは他にも見せたいものがあると、わたしに背を向けた。
するとなんでだろう。
無防備なナユを、刺したくてたまらない。
信じられないほど喉が渇く。
ぶるぶる手が震え、汗を握っててナイフがすべり落ちそう。
ナユを刺したい。
でもなんで?
ナユはわたしに話しかけてくれた。
唯一の友人。
ナユがそう思ってくれてるかはわからないけど、少なくとも、わたしにとってみれば……
なのに、なのにわたしは…………!
ナユがひとつナイフを持つ。
すぐにでも振り返りそう。
今、やるしかない……
今しか、今しか…………!
「どうしたの? ナユを殺すんじゃなかったの?」
え……?
ナユが……目の前にいない…………?
首元に妙な心地の冷たさ。
首に、刃を当てているんだ…………!
「おもちゃじゃない。本物だよ。
首がすぱん。簡単に殺せるよ」
感情の無い声。
ナユに殺される。
ホントにホントに、殺される!
静寂の中に雨の音だけが広がる。
音が大きくなるにつれて、心臓がバクバク………………
刺す?
すぐに振り向いて?
できるの?
このわたしが?
「フフフ、冗談よ」
ナユがそっとナイフを下ろす。
わたしのは、まっすぐ落ちる。
刃がみえないくらいに、木の床に埋まってる。
「だめだよ新妻ユナ。
パパのお気に入りのナイフを落っことしちゃ」
ナユは拾い上げ、舌で刃を舐めている。
ナユはふつうじゃないと思ったけど、それはわたしだってそう。
さっき、なにが起きたんだっけ?
もうなにがなんだかわかんない…………
気づいた時には布団に寝そべっていた。
知らない。
わたしのじゃない。
起き上がると目の前に大人の女性。
黒いジャケットにガイコツのネックレス。
金髪。やせた長身。口にくわえたタバコ……
「気がついた?」
落ち着いた無感情の声。誰かは想像ついた。
「ナユのママだよ。
娘がとんでもないことして、ごめんね」
とんでもない……こと??
首元……??
ヒリヒリ……違和感…………
「ナユに刺されたんだってね。
けど、傷は浅いし、傷痕はあなたの髪で隠れるからまだ良かった」
ナユのお母さんはわたしの首元に軽く手を添え、目を細めて言う。
「ナユはかわいそうな子なの。
パパが帰らなくなって、ナイフがナユの宝物になっちゃってね。
パパもかわいそうな人。
前はやさしくていい男だったのに。
彼がナイフ趣味に目覚めたのはね、指をナイフで切られてからなの」
え……?
「指を切られたのに、なぜナイフを……ですか?」
「人間は不思議なの。
マゾ……って言っても、あなたにはわからないか」
フフフフフ。
目がわらっていなくてわらってる、ナユのお母さん。
「娘も反省して泣いてる。
あの子、なかなか友達ができないし、さみしい思いをしてきたの。
許してあげて。
あなたしか、いないの」
帰り道、ナユが走って追ってきた。
下を向いてばかりのナユにわたしは、ごめん、と言った。
どうして、あやまるの……?
見上げたナユの顔は、頭からクエスチョンが出ている。
混乱しながら、わたしたちは抱き合い、お互い落ち着いたあとで無言で別れた。
帰るときには夜がふけて、雨は止んでいた。
そろそろ、明けるかな?
梅雨明けの初夏はわたしの誕生日。
家に帰り着くと、夕食の準備は終えていた。
友達の家に遊びに行って遅くなったと説明すると、ユナにも友達ができたんだ……父さん母さん共にうれしそうな顔をしていた。
「誕生日プレゼントに、なにがほしい?」
食事中、父さんが聞いてきた。
ハンティングナイフがほしいと言ったら、バカなことを言うなと怒られた。
翌日。
ナユは何事もなかったかのようにわたしのところへ来てくれた。
わたしはうれしさを抑えながら、昨日の夕食のことを話す。
誕生日にナイフをくれないんだ。残念だね。
そう言ったあとで、ナユは呟く。
「パパのをひとつ、新妻ユナにプレゼントしてあげる」
わたしの誕生日に、事件は起きた。
ナユが学校にハンティングナイフを持ってきて、担任の先生に切りつけたとのことだった。
幸い、ハンティングナイフが外れ先生に怪我はなかったが、机の角に大きな爪跡をつくり、驚異的な破壊力を見せつけたらしい。
あんなやつのマネはするな。あんなやつと関わるな。
先生は悪口ばっか。
ナユは、プレゼントとしてナイフを持ってきたのは明白。
バレて職員室に連れられたけど、先生を切りつけたのは没収されるのを拒んでの抵抗だと思う。
ナユは教室に戻ってこない。
気を取り乱したけど、今は保健室で安静していると先生は言ってた。
授業中、ガヤガヤとクラスメイトがうるさい。
先生は何度も静かにしろと注意するも、治まらないまま授業が進められる。
嫌でも、ナユの話題が耳に入る……
ナユは、元暴力団の父の娘。
父は銃刀法違反、殺人未遂と罪を重ね、長らく刑務所にいる。
母の経営するアンティークショップで出会い、恋に落ち、暴力団を出て更正を目指すも、退団と引き替えに指を切断された。
苦労の末町工場に就職するも、うまく仕事をこなせなかったらしい。
母にもよくない噂が絶えない。
夜中、母の働くアンティークショップに、黒服の怪しい人物たちが出入りしているとのこと。
違法で仕入れた品を売っているらしい。
娘のナユはというと、いつもポケットにカッターナイフを入れていて、大人しい友達に近づいては数日後に切りつけ絶交。
キレやすくて恐れられている存在。
そうなんだ……。
でもわたし、危険なのを承知でナユを受け入れてる。
なぜ?
わたしなんかに、自然に話しかけてくれたのがうれしくて、うれしくて……
授業中に、ナユが教室に戻ることはなかった。
4時間目の体育のあと、わたしの机の上にカッターナイフが置いてあった。
クラスメイトの雑談を思い出す。
ナユはいつもポケットにカッターナイフを入れているって…………
制服に着替えたあとでナイフをポケットへ入れ、保健室へ向かう。
たどり着き扉を開けたが、誰もいない。
ベッドに向かうけど、そこでもやっぱりいない……?
ガバァ…………
毛布が舞い上がる。
布団をどかし、視界が開かれた時には……!
「ごめん。プレゼントのハンティングナイフ、奪われちゃって」
ナユが、首を絞めていた!
必死な抵抗が功を成し、ナユの手から免れる。
「どうして……?
首を絞めてくるなんて……」
「嫌なことがあったら、誰かに八つ当たりをしたくなるでしょ?」
なぜか下着姿のナユ。
そして、左のおなかのところに一筋の傷の痕…………
「ここ、パパに切られたの」
痕を指して言うナユ。
落ち着いているようにみえるけど、目が赤くなっていて興奮してる……
ゆっくり近づいてくるナユに向けて、わたしはポケットからカッターナイフを取り出し、伸ばす……
「そのカッター。せめての誕生日プレゼントと思ったけど……。さっそく身につけてくれて、うれしい」
「近づかないで! 刺しちゃうんだから!」
「近づかないで?
…………。ウソツキ」
クスクスクスクス…………
不気味で冷たいわらい。人間の笑顔じゃない。
「新妻ユナは、ナユに殺されたがっているんでしょ?」
ナユは、カッターを奪い、めいいっぱい近づいて、わたしの首元に刃を当てる。
前に味わった、あの金属の心地よい感覚…………
「ナユね。パパを殺したかったけど、殺されてもいいとも思ったの。
孤独で弱くてナイフばかりに没頭しちゃったパパだから、ナユが殺してあげるってばかり考えてたのに。
パパは切ってきたの。
力ない握りの、人差し指と中指を切り落とされた右の手で。
…………。
わかっちゃった。
今のナユは、あのときのパパと同じだって」
不意に、ナユにキスしたくなった。
思いっきりかみ殺したくなった。
それでいて、ナユにぎったぎたに刺し殺されたかった。
デキソコナイフ 完
説明 | ||
中学生百合百合ナイフ物語。 クラスに馴染めない新妻ユナに話しかけてきたのは、ナイフでの殺人描写の小説を好むナユだった。 ナユに奨められるがままに小説を読み、ナイフで刺したい衝動に目覚めてしまうユナ。 そんなユナは、ナユにハンティングナイフを突きつけられたとき、殺されたいという欲求にも気づいてしまう。 女学生ふたりが、愛情と破壊衝動の間で揺れ動く、怪しく猟奇的な問題作。 |
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