Princess of Thiengran 第三章ー宮廷生活5
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昔の夢をみた。

父さん、父さん、待って。幼いカグラは必死になって走った。父は振り向き笑った。初めて笑ってくれた。そして…。

そこで目を覚ました。豪華な寝室、蕩けるような肌触りの薄布団、軽いいびきの音、体に絡みついている女の腕。その腕を邪険に払うと、散乱している衣を纏って外に出た。

冷たい風が心地いよい。

南宮の園に腰を下ろすと、そのまま本殿を見上げた。

昼間とは違って闇の中の巨大な建築物は、ずんぐりとして見える。その方がより近しく思えた。カグラは長椅子に腰かけ本殿に目そそそいだまま、微動だにしない。片手は膝に、片手は口に当てている。

そしてゆっくりと何かを味わうように、目を閉じた。

 

ちろり。

 

何かが体の中を走り抜ける。それはちろちろと分裂してゆき、体中を巡り始めた。快感を伴って。思わずそれを押さえるように両手で自分の腕を掴んだ。

知っている。これを何と呼ぶか知っている。破壊願望だ。最近、やけに頻繁に訪れてくる。

ああ、でもまだ駄目だ。

お前を解放させるわけにいかない。時期はまだ来ていない。

初めての父の頼まれごとなのだ。

失敗するわけにはいかない。

あの人にもこれ以上、無様な姿を見せるわけにはいかない。

腕を掴んだまま、衝撃が去るのを待つ。それすらも一種の快感だった。ちろちろと体の中で這っていたものはいつの間にやら小さくなってゆき、やがて消えた。

カグラは目を開ける。

うっすらと汗をかいていたが、緩やかに吹く風が乾かしてくれるだろう。

そうしたらまたあの寝台に戻らなければならない。ショウギが起きて騒ぎだす前に。

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「御前試合がついこの前だと思っていたのに」

「もう三年も経ちましたよ」

「いやー年を取ると時間の流れが分からなくなっちゃうんだよねー」

ぼくがここにきてから七年が過ぎたんですよ、とトモキが笑うとそんなになるのかい、とカガミも笑った。

日々は何も変わらず過ぎていく。リウヒがたまに、公に顔をだすようになったぐらいだ。

「そうだ、この間アナンさまに声をかけていただきました」

君が、リウヒかい。長身の好青年は笑顔で話しかけてきた。王女と目線が合うように腰を折って。リウヒははじめ、怯えてトモキの衣の裾をつかんだが、息一つはいて気合いを入れたようにふんばり、笑顔で応じた。

「ごきげんよう、兄さま」

和やかに当たり障りのない会話をしていると、他の王子二人も寄ってきた。リウヒに興味を持っていたようである。さわさわと話し、さざめく様に笑う彼らをみて、控えているトモキは涙がでそうになった。見事に猫を被るリウヒを、誇らしく思う気持ちでいっぱいになったのである。

ジュズがあの場にいれば、トモキの横で落涙していたに違いない。

「ふうん、どうだった、噂の好青年は」

「ええ、噂どおりとても良い方でした」

確かに、人気があるはずだ。存在感のない他の王子たちに比べ、ひときわ大きく見えた。安心して任せられる、信頼にたる人物に見えた。

「だから、もし国王が亡くなってもアナンさまがいれば安泰かなと思うんですけど」

「ショウギは宮廷を追い出されるだろうね」

もしかしたら、殺される可能性だってあるだろう。いや、そちらの方が高い。後ろ盾を無くした女は全てを失い、存在を消される。その息子も一緒に。

カガミはしばらく空を見て考えていたが、

「トモキくん、君がもし今のショウギの立場だったらどうする」

「えっ?そうですねぇ。どっかの田舎に引っ込んでのんびり暮らすかな」

君は欲のない子だね、とカガミはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「いいかい、ショウギは権力意識の高い女だ。それを前提に考えると、今の生活は手放したくないんだよ」

贅沢で豪奢な暮し。望むものがすべて手に入る満足感。臣下や貴族たちが自分にかしずく優越感。

「それを失うぐらいなら」

トモキは思わず唾をのんで続きを待った。

「謀反を起こすね」

その時、部屋の戸が叩かれた。

トモキとカガミは同時に飛び上がりヒッシと抱き合った。

「どどどどちらさまですか?」

裏返った二人の声に、シラギの声が応じた。戸を開けると、間違いなくシラギが立っていた。酒瓶を下げている。

「どうしたのだ、怯えた声を出して」

いえ、ちょっと怪談話をしていまして、と誤魔化しながらシラギの顔が憔悴しきっているのに気が付いた。

「シラギさまこそどうしたんです、珍しい」

「やけ酒というものをしに来た」

部屋に招き入れると、シラギは身を投げ出すように椅子にかけた。大きなため息をつき、両手で髪をむしる。

あまりの態度にカガミとトモキは顔を見合わせた。

「本当にとうしたんですか?何かあったんですか」

「あった。大いにあった」

シラギが手と手の隙間から声を出した。

「アナン王子が消えた」

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「アナン王子が行方不明?」

カグラはさすがに驚きを隠せなかった。

マイムが無言でうなずく。

後宮の一角の小さな庭園。虫の鳴き声も聞こえなくなり、空には丸い月が辺りを煌々と照らしていた。何日かに一度、マイムの報告をここで受ける。始めマイムはショウギに報告をしていたが、あまりにも明後日な指示をするため、また、凛気を発して当たり散らすためカグラに直接話すようになった。

「その方が確実だもの。どうせ、ショウギを動かしているのはあなたなのでしょう」

見透かしたように微笑みながら、言い捨てるマイムを見てカグラも苦笑した。

「一体何をしたいの」とも聞いてきた。

「あなたに言う必要はないと思いますが」

そういうと、それもそうね、と首をすくめた。

「王子は自ら姿を消したのですか。それとも誰かに攫われたのですか」

「もしくは殺された可能性もあると思うけど」

あなたが指示したんじゃないの?目で問いかけられてまさか、と笑う。

おれではない。

「わたくしにそういう勇気はないですよ」

目の前の女は、全く信用してないようだった。

「とりあえず、その原因を探ってください」

マイムは再び無言でうなずいた。

「王子がいなくなれば、ショウギが天下を取るわね」

沈黙のあと、マイムがポツリと言う。

他はぼんくらばっかりだし。あ、でも。と呟いて再び黙った。

「他の王子はさておき、要注意なのが王女ですね」

公の場に姿を現せ始めたちいさな王女。

御前試合で見かけた藍色の髪をもつ王女。

あの試合。カグラは未だ忌々しげに思う。誰だ、あんなものを考えついた連中は。剣の腕には自信があったものの、最初の一本しか取れなかった。三本は取れると踏んでいたのに。

シラギの顔が忘れられない。

笑った。

頬に傷をつけられ、血を流しながら嬉しそうに。思わず、背筋が凍った。

その後は全く歯が立たなかったのである。その剣技を称えたいような認めたくないような奇妙な感情が残った。それ以上に屈辱が残った。あの人に無様なところを見せてしまった。

ショウギは、あなたが死ななくてよかったとまた縋りついて泣きわめかれ、なだめるのに苦労した。最近、更に統御が難しくなってきている。

まあ、いい。火種は強いほど燃え上がるのも早い。そろそろ煽ろうか。

ここの生活に飽いてきた、年増の面倒も疲れてきた、そしてこれがあの人の言っていた時期なのだろう。

「王女の方も探ってください」

他にも間諜を放っているが、この女が一番、確実で使い勝手がいい。

「もし、何か起きるとしたら」

目の前のマイムがちらりとこちらを見た。

「もうすぐですね」

 

 

説明
ティエンランシリーズ第一巻。
過酷な運命を背負った王女リウヒが王座に上るまでの物語。

「もし、何か起きるとしたら、もうすぐですね」

視点:カグラ→トモキ→カグラ


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ファンタジー オリジナル 長編 宮廷 王女 ティエンランシリーズ 

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