行きて戻らぬ者へのバラッド3
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ハイラル城の食堂と厨房はにわかに忙しくなった。

食堂を闊歩していたマモノどもはひっとらえられ、城の外で一塊になっておねんねさせられている。

 

四英傑たちが目覚める前に、リンクが徹底的に掃除をしておいた。なにせマモノがたむろしていたものだから、当初はあまりの汚臭にリンクもえづいていたからだ。無事だった脚立を使ってほこりや汚れを掃き清め、何とか人が入れるまでにしてある。

 

食堂の掃除を任されたリーバルはぶつくさ文句を言うが、実はもっとひどい汚れ様であったことを彼は知らない。

 

厨房ではリンクが食材を切り分け、次々と手巾が出てくる奇術のごとく料理を仕上げていく。その傍らには自分用のロース岩料理をこしらえようとして、材料がないことにうろたえるダルケルの姿があった。

 

「薪の束でも燃しとく?」

「いや、ふつうに肉でももらうぜ。相棒」

「リンク、お魚はある?」

「ここら一帯が怨念の沼にやられててさ。魚を釣るのはちょっときついかも」

「ちょいとリンク、胃に優しそうなものを作っておくれ」

「おい、騎士サマ!鶏肉入りのおかゆを頼むよ!」

 

厨房はひっきりなしに声が飛び交い、夕方ごろにひととおりの支度が終わった。

 

?

 

食卓にはさまざまな料理が並んだ。専属の調理人などいないから、どれも素朴なものばかりだが皆もくもくと食べ始める。

 

厄災によって倒された四英傑たちがなぜここにいるか。

理由は簡単で、故郷に妙な混乱を招かないためと言うのがある。

 

なにせ、百年前の厄災に滅ぼされた者たちがひょっこり帰ってみるがいい。

キョトンとした顔をされるならまだいい方だ。

ゾーラの里であれば、ショックのあまり王の心臓が止まりかねない。

 

英傑の出身地に戻るとしても、リンクとゼルダが丁寧な説明をしない限り信用してもらえないためである。

 

もう一つの目的は、政権運営の手腕がないゼルダをサポートする為でもある。

その過程でリンクはゼルダに進言したのである。

 

ガノンのための碑文をつくり、その怨念をおさめるのはどうか、と。

 

当初は英傑たちも苦い顔をした。なにせハイラル城のみならず城下町一帯と各地の家々を破壊しまくった厄災ガノンである。

「建ててもいいさ。次の日には爆弾矢で吹き飛ばされているだろうけどねぇ」

リーバルが厳しい目を向ける。

 

「そうだぜ、相棒。ガノンの名前を呼ぶことだってほんとは嫌なくらいだからな」

「私たちにとっても、ゲルドの恥さらしみたいなもんさね。傷をほじくり返さないでおくれよ」

ダルケルとウルボザが嫌そうな顔をしている。

 

「もちろんさ。でも次の世代に禍根を残したくないのもある」

にぎやかだった食卓を急に静まり返った。

 

この場に集まっている英傑たちは皆、ガノンの手先であるカースガノンによって一度命を奪われている。その瞬間の記憶を思い出したのか、ミファーが口を押えてよろよろと退出していった。慌ててゼルダが支え、控室へと消えていく。

 

「ほら見ろ、リンク!食事の後にこんな話題を出すから」

リトの戦士の眉間に深いしわが刻まれる。

 

「もしも、だ。俺が勇者として厄災を封印した後に追放されるか、ひどい扱いを受けていたら」

ウルボザが息をのむ。

「そんなこと…あるわけないじゃないか。バカなことはおよしよ」

 

例えばの話だよ、とリンクは笑う。

「俺だって状況によったらガノンのように」

 

闇に堕ちていたかもしれない。

 

英傑の面々は沈黙した。

カースガノンと交戦中、奪われゆく意識の中で呪詛めいた言葉を吐かなかった者はいたか。

 

背中を預けた誰かが助けに来てくれるような状況になく。

閉じ込められた神獣内で、延々と続く一騎討ちに吼え、唸り、ひたすら消耗戦を強いられたあの時を思い出して一同押し黙った。

 

怨念の塊であるガノンは、対峙した戦士と異質の存在ではない。ふとした気の緩みがあれば、英傑たちがガノンに引きずられ、怨霊化していてもおかしくなかった。

 

深淵を覗くものは、深淵が己を見つめていることを肝に銘ずべし。

 

彼らの顔はいっそう青ざめた。

 

「よく言うだろ、一番働いたものってのは上の者からすると目障りだったりするもんさ」

端正な唇から滔々と言葉が流れる。

「走狗はにらる、ってか」

浅黒い口元が皮肉っぽくゆがむ。

 

あいつは走狗でも狡兎でもないけど、と前置きする。

「ガノンには墓もない。直系の子孫もいない。しかも全員非難するものばかりだ」

「そりゃあ、当然のことじゃないかい」

混乱を招いた責任はとってもらわにゃあ、とゴロンの長は腕組みをする。

 

「そう、今までは悪人を封印していなかったことにすればよかった」

「それが間違っていた、とでもいうのかい。騎士サマ」

「いや、俺たちがガノンにとどめを刺したのは正しい。他にどうしようもなかったからね

 

「じゃあ何をすればいいっていうんだい」

ウルボザがじれったそうに叫ぶ。

「ガノンはもちろん悪人さ。でも人間だったころの彼の姿を、碑文に残してやってはどうだろう」

「墓も兼ねた石碑ということかい」

青く塗られた唇が動く。

 

「うん。こんな一万年も続く怨念なんてやっぱり普通じゃない」

どんな悪人であれ、やはりその魂は安らかに眠らせてやるべきだ。普段寡黙な青年は、驚くほどしゃべる。

 

「確かになあ。また一万年後の子孫たちに、そういう厄介なのがいるって伝えるのも一苦労よ」豊かな白い口髭をかく。

 

「私、リンクに賛成よ」

 

部屋の入口から、凛とした声が響いた。ゾーラの王女の姿だ。

 

「また一万年後の子孫が辛い思いをするなんて嫌だもの」

私でできそうな事は協力するわ、といってほほ笑む。

 

「おひぃさまはどうだい?」

「確かに、これだけ巨大な怨念でしたからね。一万年後に確実に消えているかなんて想像もつきません」

 

リンクはじっとゼルダを見つめた。

「姫、いかがさなさいましょうか」

かしこまらないでください、とゼルダは慌てる。

 

全員の視線が集まる中、金髪の姫は背筋を伸ばした。

「まずは計画を立て、文献を探しましょう」

 

?

 

翌日から城内の無事な本をかき集めだした。

床に敷いた丈夫な布の上に、分野ごとに並べていく。

 

本棚のほこりもリンクが払っておいたのだが、それでもすさまじいほこりが飛び交う。

ミファーがたまらず窓を開け放ち、換気と掃除まで引き受けていた。

 

英傑たちはたしなみとしてひととおりの書字はできる。

しかしながら学術となるとゼルダにかなう者はいない。

 

姫は目次に次々と目を通し、ガノンについて書かれていそうな本とそうでないものに分けていく。

しかも何時間と椅子に掛けて、恐ろしい勢いで検索していく。

 

その間、リンクとリーバルはメモを書きつける紙探しに追われていた。ガノンに関する記述を抜き出し、書誌情報をかき集めていく作業に使うのだ。

 

「リーバル、あの箱とって」

「ラッキーだ、カードに使えそうだぞ」

いつも皮肉ばかりのリトも、この時ばかりはいそいそと働いていた。

箱の中には薄く削った木の板がぎっしり入っており、帳面として使えそうであった。

 

二人の若者は備品の収められた部屋で使えそうな筆記具も発掘し、姫の元へと運んでいく。

 

「リンク、そろそろお夕飯の準備を」

女性陣がリンク手製のサンドイッチをほおばりながら、発掘品を受け取る。

 

「リーバル、俺が作るから食器洗い頼めるかい」

「あのねぇ、羽の油が落ちるから勘弁してほしいんだけど」

それなら僕が腕によりをかけよう、と力こぶを作る。

 

「出た、あの謎のポーズ」

「うるさい案山子。腕の筋肉をアピールする男らしいポーズなんだぜ」

 

「おいおいおめえら、ごちゃごちゃいってないで飯の支度だ!」

二人の若者はダルケルの手につままれて、軽やかに厨房へと消えていった。

 

「ふふ、燃えてきましたわ」

ゼルダの目がキラキラしている。

 

「おひぃさま、根を詰めすぎないでくれよ」

そういうウルボザの顔は、慈母のような柔らかさをたたえていた。

 

説明
3話。マモノへの聞き取り調査前日。
2022年1月4日 11:40にpixivへ投稿したものを再掲。
https://www.tinami.com/view/1102346←2話■4話→https://www.tinami.com/view/1102483
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