夏祭りの話
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「いたっ」

「すみません! あっ! えー……と、急ぎますので、そ、それでは!」

「ああ……はい、気をつけてくださいね」

 ぶつかられた肩をさすりつつ、走り去る騎士の背中になんとも朝から騒がしい、とゼクスは小さく息をつく。が、それも仕方ないかとすぐに苦笑を浮かべた。

 今日はオルダーナ帝国で行われる年に一度の夏祭り。朝から晩まで行われるこの祭りは、初めて行われた年こそ不安がられ揉め事が絶えなかったものの、幾度の成功体験を積み重ねて今ではすっかりと市民に浸透されるようになった。揉め事というのは、主に人間と魔獣との諍いである。やれ魔獣が参加する資格はないだとか、やれ人間だけでは出来っこねえだとかで、年々減ってはきているものの、毎年どこかしらがヒートアップする。

 この夏祭りは、人間も魔獣も関係なく、盛大に行われる。

 合同で屋台を出す者もいれば、祭りの最後に催される踊りのために共に練習を励んだりもする。双方一部は相変わらず揉め事の切っ掛けを作りかねないが、それは帝国騎士たちが未然に防ぐ…といった形である。

 夏祭り当日の帝国騎士たちはよほどの用事がなければ会場の警備にあたる。街中を上げての催し物であるため、範囲と役割が多岐にわたる為だ。とはいえ、それぞれ交代で祭りを楽しんでも良い、という事になっている(公にはしていないが)ので騎士たちの士気は高い。そんな帝国騎士の一人を、ゼクスは宿舎の前で待っている。次々と出てくる騎士たちの顔はいきいきとしていて、見ているゼクスも嬉しくなる。時折慌てた騎士にぶつかられたりはするが、そこは大目に見る。十賢臣であるゼクスたちの面々も、騎士たちと同じく運営側ではある。が、騎士たちは実働部隊、対してゼクスたちの主な仕事は細かな数字を見たり設営の許可証の発行、部下たちに指示を出す側なので実際に動く側を見る機会があまりない。会場周辺の様子を見てレポートにまとめてこいという名目で追い出された為、こうして余裕を持って彼を待つことができるし、慌ただしくではあるが騎士たちの働きぶりを実際に目にできる機会を与えられたことは嬉しい。

 約束の時間までまだ少し時間はあるが、

「まあ、彼のことですし……」

 と呟いたと同時に宿舎の扉が開かれて待ち人が出てきた。相棒である魔獣と言い争いをしながら。

「だから悪いって、謝っただろ! しつこいぞ!」

「はぁ?? あんな態度で許されると思ってんのかよ!」

「カイルさん」

「レイだって寝坊してたじゃないか! オレばっかり責めるのは筋違いだろ!」

「テメーが任せろっつーから任せたんだろーが! そういうのは責任転嫁っつーんだよ!」

「レイ」

 ぎゃいぎゃいと言いながら、ゼクスの前を通り過ぎる彼らの背にため息をつく。若干予想はしていたことだとはいえ―声をかけたのに無視をされるというのは、気持ちが良くない。ゼクスは軽く詠唱して、小さな氷塊を二つ彼らの背にぶつける。

「いてえ!」

「痛っ」

 同時に悲鳴を上げた二人は言い争うのを止めて振り返る。そしてあっ!と声を上げたのはカイルで、

「ゼクス! もう来てたのか」

 パッと笑みを浮かべてやって来るが、ゼクスの顔色を見て表情を強張らせる。視線をあちこちに飛ばした後、

「えーと……すみませんでした!」

 勢いよく頭を下げた。時間に余裕を持って出てくるぜ!と豪語していた手前、ギリギリになってしまった事が気まずい。

「まあ、いいでしょう。それで、どうでしたか?」

 顔を上げたカイルはピースサインをつくる。

「要人警護と見回り警護を勝ち取ったから大丈夫だ!」

「流石ですね」

 思わず笑ってしまうが、要人警護は騎士たちの間ではあまり人気が無いから、立候補すればその役割を受け持つだろうとは考えていた。この場合の要人とは、巫女と呼ばれる彼女のことである。勿論、そこらの情報は伏せてあるので、周りからは十賢臣だとかの警護を勝手に想像されていることだろう。

「見回り警護はどの騎士もやっていることだし、むしろ仕事を二つも抱えるなんて……って同情されたけどな」

「サクシサマのおかげだな」

 くっくと笑うレイに澄ました顔を向ける。

「さて? どうでしょうね」

 ニヤリと笑い合っているところに、あっとカイルが声を上げる。

「朝飯どうする?」

「さっき食っただろーが」

「祭りの日は別腹だろ!」

「なんだそりゃ」

「行きがてらに何か買おうかな」

 悩みだした彼に、

「私は別に構いませんが、あのお二人はきっともう待ってますよ」

「あ、そうだよな……じゃあ、止めだ! 急いで二人の所に行こう!」

 ウキウキとした様子で走り出すカイルの後を、のんびりと二人が追う。

 

 一緒に見て回ろうねと約束をしていたのに、装飾が似た揃いの浴衣も着て、お互いに髪を編み込んで、バッチリとめかしこんだというのに、彼女は連れ去られてしまった。祭りの要人警護兼見回り警護だと称して実質は祭りを楽しむ気満々な騎士、カイル(と渋々付いてきていたレイくん)に。

「はあ?」

 思わず出てしまうため息に、

「ため息を吐いてると幸せが逃げてしまいますよ」

 などと、同じく置いてけぼりにされたゼクスにさらりと言われてしまう。

「ため息のひとつやふたつ、出るでしょ。折角ティリアと一緒に見て回ろうとしてたんだし」

「それは、そうですね」

「でしょ。そういうつもりだったんなら先に言っといてくれればさあ」

 ウチワをくるくると回して、がくりと肩を落とす。そういうつもり、というのはカイルがティリアを連れて回ることで、そりゃ、先に何かしら連絡があればこちらだって相応の心積もりで来られたのに。一緒に行ってみたいところもあったし、一緒に食べてみたいものもあった。折角のお祭りを二人もしくは皆と楽しむ気でいたのに、まさか連れて行かれるとは。置いていかれるとは。

「まあ、彼はそういうひとですからね」

「確かに」

 ゼクスの呆れた声に、リルベットは苦笑で返す。彼はそういうひとなのだ、と納得できてしまうのもまた、仕方ない事である。

「では、僭越ながら私がこの祭りを案内しましょう」

「え?」

 その申し出に、リルベットは思わず何度か瞬く。その反応におや、と首を傾げて、

「私ではイヤですか?」

「や、そうじゃないんだけど……ゼクスも仕事とかあるんじゃないかなって。ほら、さっきの」

「ああ」

 レポートの話か、と軽く笑う。

「リルベットさんを案内すれば自然と様子は伺えますし……足りなければ、カイルさんたちに話を聞けばいいでしょう」

 あっけらかんと言い放つ彼に、リルベットは軽く吹き出す。

「それもそうかも。きっといい話が聞けると思う」

 一方の彼らは既に射的で盛り上がっているのだが、それはさておき。

「折角のお祭りです。楽しまなければ、損ですよ」

「んー。逆に、ゼクスはあたしとで楽しめるの?」

 少し意地悪く、後ろ手に組みながら何気なく聞いてみる。

「なぜ?」

「いや?、だって、ゼクスの事を狙ってる女のコたち、いると思うし。祭りの中でばったり……を狙ってたりとか」

「まあ、なくはないでしょう」

「否定せんのかい」

 ですが、とゼクスは続ける。

「このように着飾ったリルベットさんを放っておいたら、帝国騎士たちが我先にと声を掛けかねませんからね」

「あ??、そうかも」

「否定しないんですね」

 言い合って、二人で吹き出す。

 ゼクスはリルベットの正面に立ち、優雅に腰を折る。

「では、改めて。お手をどうぞ、レディ」

「ふふ。うん、ありがとう」

 恭しく差し出された彼の手に自分の手をのせて、リルベットは優しく笑むのだった。

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ラストクラウディア 小話。ぜーんぶ捏造! もう秋ですけども考えたのが夏なのでセーフ
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