いきて戻らぬ者へのバラッド6 |
翌々日。ハイラル城に寝起きする英傑たちは額を寄せ集めて一つの結論に達した。
「ガノンの情報を集めるには、ゲルドに行くほかなし」
である。
「でも、ガノンは蛇蝎のように嫌われてる。研究してる奴はいるのかい?」
紺の羽をもつ鳥がぴーちくぱーちく騒ぐ。
「いるんじゃないのか。ゲルドとか、ゲルドの近くとか」
一同の間を静寂が支配した。
「ま、まさか」
?
ゲルド派遣部隊はもう決まった。
街の方にウルボザとミファー。
もう一方にはリンクとゼルダである。
ちなみに緊急時の先導部隊としてリーバル、ダルケルが控えている。
「じゃあ、聞き取り調査に行くよ。リンク、おひい様を頼むよ」
「何かあったら爆破して!音が聞こえたら飛んでくから」
しれっと物騒なことをいうゾーラの姫に、リーバルは己の肩を抱いた。
「ミファーが僕みたいなこと言ってる」
さてさて、こちらはリンクとゼルダである。
リンクは大量のバナナを袋につめて歩き出した。
「リンク、今の君は猿回しにしかみえないよ」
「まあいいさ、もう厄災も封じて俺の役割は終わったようなものさ」
「ちょっと君、何かとんでもないこと考えてないだろうね」
そうリーバルが問うても、リンクははぐらかした。
ゲルド高地のふもとにあるイーガ団の本拠地。
イーガ団員は入り口に現れた二つの影を見て、腰を抜かしそうになった。
「大変です、コーガ様、リンクとゼルダ姫の亡霊が!」
ケガの養生中だったコーガは寝台からずり落ち、すさまじい悲鳴を上げた。
「あー!腰が!あいだだだだ!」
「コーガ様、もう!安静にしてください」
「リンクはともかく、ゼルダ姫まで?ああ、もう駄目だ、そいつはきっと死神だ」
ガノン様を信奉したから、きっと引導を渡しに来たんだと発狂している。
イーガ団に脇をはさまれる形で、姫とリンクは姿を現した。
「ごきげんよう、コーガ」
「コーガ様、だ。様をつけろ」
「そうですね、コーガ様」
ゼルダはにっこりと笑う。
コーガは額を打ち抜かれたように寝台に沈んだ。
「ああ、死神だ。ガノン様の中に取り込まれた女が、こうやって生きてるわけはない」
「いいえ、それが生きていて。本人ですよ」
そういうとゼルダは手袋を外し、手の甲を見せる。
そこには、あらゆる男たちがあらそって求めた図形が浮いている。
そう、伝説に歌われる、万能の聖なる三角。トライフォースである。
コーガはもうあわわ、としか言わなくなってしまった。
急に寝台に正座し、姫に最上級の礼をする。
「たのむ、俺様を殺そうがなにしようが構わねえ、でもこいつらはここにしか居場所がないんだ。頼む、見逃してやってくれ」
コーガはそのままの姿勢で、頭のまえで小気味よい柏手を打つ。
若い衆が心配そうにのぞき込む。
「ここにいる奴らは全員訳あり。ゲルドで暮してけなくなったゲルド男、いまさらシーカー族に戻れないもの。本当の父母を知らぬ者さ。世間としては見下されるものだよ。でもな、こいつらは本当に仲間思いで、まっすぐな奴らなんだ」
頼む、そう発したコーガの声は震えた。
「もしガノンにこうした仲間がいたら、彼は道を踏み外さなかったでしょうね」
「…へ?」
「コーガ様、今日は戦いに来たわけじゃない。うちに姫様がある研究を始めたんだよ」
大量のバナナを広げながらリンクは話し始めた。
?
「つまりだ、おめえらはガノン様の足跡をたどってんだな?」
コーガはひたすらバナナをほおばっている。
もちろん、周りのものにも振舞いつつ、だ。
「とうとう姫さんも、ガノンを信奉すると?」
でもそれやったら王家の立場がねえよな、とイーガ団親玉は一人芝居をする。
「コーガ様だからお話ししましょう。正直なところ、ハイラル王家を成り立たせるために厄災ガノンはあれだけ強力な姿にされたのでは、と思ったんです」
「はあ?姫さまは熱でもあるのか」
「ガノンが復活すれば、勇者と姫巫女が現れます。復活した時の被害がすごかった、と言い含めておけば、国民は勇者と姫巫女が無くてはならないものだと考えます」
「ふむ、ガノンの存在をにおわせとけば、ビビった国民は言う事聞くし、王族が昼寝してせんべいかじってても何もつつかれない、と」
コーガはゼルダが渡した手土産のせんべいをかじる。
「あ、それカカリコ村謹製です」
「おう、どうりでうまいと思った」
「一方が現れなければ、もう一方の存在意義が揺らぐ、と考えた王家がガノンを飼い殺しにしたのではと思うのです」
コーガはせんべいをバリバリかじり、いっきに飲み込む。
「よし、ガノン様の話を聞かせてやる。耳かっぽじっとけよ」
?
昔々、ガノンドロフという盗賊王がいた。
ゲルドの男たちをハイラル王国にころされた仇だと言って、王国に攻め入った。
王国も油断しててよ、もう国盗りはらっくらく。
あっという間に玉座にかけて、美酒を楽しんだという。
でも、だ。そんな享楽の日々を送ると人間欲が出る。もっと強くなりたい、もっとほめられたい、と。
ガノンには仲間がいなかった。奴のために死んでくれる奴はいなかった。
あいつは相当心の冷たい奴で、利用できるものはとことん使って、都合が悪くなりゃ捨てるというタイプだったらしい。
ま、弱肉強食のゲルド男の世界に生きてきたから仕方あんめ。
最後の最後にガノンは死んだが、あいつの最後の言葉はハイラルの復讐しかないんだよな。
あー、やだやだ。
あーゆー奴はね、権力の座から落ちたら、それしか自分のよりどころがないから必死なのよ。
タダの人になったらきっと不安でしかたねんだろうな。
きっとあいつは生まれ変わったって、どこかで盗賊王になったり、海賊にでもなったろう。
俺達はな、確かにガノンを信奉してるよ。でも、それが本物だったかっていわれたらどうだろな。
多分俺たちはね、ガノンとイーガ団どっち取るって聞かれたら答えは決まってる。
コーガは思い切り自分の胸を叩き、勢い余ってせき込む。
「つまはじきにされて、鼻をつままれるようなもんでも受け入れる場所。多分俺らは、ガノンみたいになりたくないからここを大事にしてるんだと思うよ」
コーガのからっとした笑い声が響いた。
?
さて、ゲルド組の調査も進んでいる。
「ガノン?ああ、あいつのせいで男の子が生まれてもさ。一緒にいられなくて」
「そーそー、ほんと迷惑。私の親戚もやっと授かったっていうのに」
「昔は殺せって言ったんでしょ、もー残酷」
「ほんとほんと、殺せっていう奴はさ、まずあんたの鼻の穴からスイカ出してみろっつの」」
「そうよねー、十カ月お腹は重いし、眠いしさあ。必死に産んで、ころせなんていう奴をぶちのめしたくなるわ」
変装して入り込んだ二人は、考古学を専攻する女性の元で聞き取りをしていた。
最初は学術の話だったが、よそからの客に興味を持った女たちが次々と集まってきた。
もはやここは昼下がりの女たちのたまり場である。
変装したウルボザは、ここではメラニーと名乗った。
ウルボザ、もといメラニーは尋ねる。
「ところでさ、ガノンってのはどうしてあんなどえらいもんになっちまったんだろね」
女たちはきょとんとする。
質問の意図がわからないらしい。
「いやね、あんなにハイラルにこだわってさ、ずっとしがみついてたろ。あんたたちはそんなにハイラルが好きかなと思って」
ゲルド女が思案する。
「確かにハイラルは気候も穏やかだし、暮らしやすいよね」
「うんうん、喘息もちはハイラルじゃないとダメだってさ」
「だから、ゲルド女が結婚するとハイラルに男を住まわせて通ったりするのもいるわ」
「とはいえ、最終的にはめんどくさくなって同居しちゃうんだけどね」
「そうそう、いちいち通い婚なんてね。でもさ、親が言ってたわ」
一人の年若い娘が、しみじみとかみしめるように言う。
「結局、ゲルドの人間はあの砂漠を忘れられないんだってさ」
女たちの歓談は夜まで続いた。
やかましいものたちが去ってから、ウルボザは考古学者の女性に尋ねる。
「女たちはああいってたけど、オタクさんはどう考えるかい」
知的な風貌を持つ女性は、ふむ、という。
「実際、ハイラルであれば食料にも困らず、酪農も農作もできます。統治するには最適の場所ですよね。しかも周りは川に覆われてて、その後ろは高いヘブラが取り囲んでる」
開けてるようでいて、天然の要塞ともいうべき立地だと評した。
女は続ける。
「いいですか、これは研究とかじゃなくて、私の思い込み。勝手な妄想だから冗談半分で聞いてね」
「いいよ、話せ話せ」
「ガノンドロフって、国を取る事よりも、偉業をなしてほめられたかったんじゃないかなと思うんですよね」
彼は言い伝えだと、小梅と小竹という乳母(めのと)に育てられてましてね。
そういいながら文献を開く。
「母の愛を知らずに育ったけれども、まあ育ての親二人はいた。でも普通の親子ではないから、朝から晩まで帝王教育だったでしょうねえ」
ウルボザは眉をしかめる。
「確かに、うんざりするな」
カラスの偽名を使っているミファーも、その通りとうなづく。
「食具の上げ下ろしに始まって、全部全部言われるのはね」
「おやおや、お客さんたちはどこぞのお嬢さんで?失礼いたしました」
慌てるミファーをさえぎって、ウルボザが促した。
「そうそう、メラニーさん。子供って、不思議なくらい見て見てってさわぎますでしょ。きっとガノンもそうだったんじゃないですか」
「つまり、立派な男になったよ、見て見て、と」
「きっとそれが、大人になっても続いたんじゃないですか?ガノンは自分の乳母を恋い慕っていました。彼らがなくなった後、二人の名前を二振りの刀の銘としたとか」
「名刀は二振りあり。ひとつは小梅、ひとつは小竹」
「ガノンはハイラルに侵攻したあとも、暇さえあれば小梅と小竹にふみを送って、今日は何をしただの、こんな功績をあげたのだとやってたらしいですよ」
「けっこう、重症だね」
「うん、完全に[[rb:母恋し > マザコン]]をこじらせたな」
「まあ、寿命だと思うんですけど、ガノンが出征中に小梅と小竹は亡くなるんです」
「ほう」
「それまでよりどころだったママンが亡くなった。その取り乱しっぷりはすごかったようで、きっと暗殺されたんだと勘繰り始めて」
こうしてゲルドの聴き取り調査は続いていった。
?
さて、ここで調査の内容をまとめよう。
証言者1赤ボコブリンの朱一郎。
ガノンドロフは砂漠をいでてハイラルに上るものの、これといった仲間がいなかった。
その地にすむマモノたちと親しく交わるほかなく、非常に孤独な男だった。
再調査への協力を頼むも、難航しそうだ。
証言者2イーガ団幹部コーガ様
確かに彼らはガノンドロフの信奉者だった。ハイラル王家を憎む彼らにとって、ガノンは同じ仲間である。
しかし、ガノン一味の冷徹さ、身勝手さをみてうすうす見切りをつけていた。
イーガ団ははぐれ者の集まりだが、信頼を礎とする集団である。ガノンの一味にあるのは、たえざる疑心暗鬼。心から信頼に足るものではないとの証言が得られた。
証言者3ゲルドの街の考古学者
ガノンが大厄災になったことについて、文献でも明記されておらずあくまでも一つの考えとして開示された。
ガノンドロフはどうも精神的に未熟であり、家族との愛着関係を健全に築くことができなかったのでは、という。
肉体こそ成熟するも、その心はいつまでも幼児のまま。ガノンを育てた乳母が亡くなったときも、誰かが暗殺者を差し向けたにちがいないと疑い、いっそう気難しい男になったという。
もし、ガノンの視野が広ければ。
もし、考えをただしてくれるものがいたならば、これほどまでにこじらすこともなかったろうというのが結論である。
追記
ハイラル王家の存在意義をなすため、ガノンをつなぎとめたのではと言う考えについてである。
イーガ団幹部から
「おそらく目の前に欲しいものがあったら取るタイプじゃないの?あんま姫さんが気に病まないほうがいとおもうがね」
と言うのはイーガ団トップの言である。
ゲルドの研究者、および住民から
「そもそもハイラル王家の人間が、そんなに干渉できるの?意図的にできるんだったらすごいけどさ。たぶんそういうのコントロールできないでしょ?ストレスは美容の大敵だよ」
とのこと。
なお、ガノンが大厄災と化した理由についてである。
おそらくガノンを縁切りの神や祟りなすにあたって霊験あらたかと吹聴し、間違った方法で参拝し続けたのがそもそもの原因ではなかろうか。
古代のとある国で行われた丑の刻参り、黒魔術をつかさどる元締めとしてガノンを信奉する結果、あらゆる怨念、悪意をすいこんであれほどの巨大龍になったのではなかろうか。
ゼルダ姫はそう結論付けている。
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