エルドグラン戦記 第6話 シェロゲンの反乱B
説明
反乱軍のリーダー、ガイゼルゴーン率いるジヴァ族が、女王に降伏した。
しかし反乱軍の一翼を担う戦槍族は、未だ決死の戦闘を繰り広げている…

「…ジヴァ族がやられただと!?
くそ…!百人隊か…!!」

ファルナ女王と、宰相シズナ率いる精鋭部隊の来訪に…山岳地帯から攻めていた戦槍族の族長″イズィヴァ″は焦りを隠せない。
…しかし、生粋の戦闘部族である彼らの士気は高く。王国軍の兵士と死闘を繰り広げている…

「くっ…!ガイゼルゴーンは堕ちたというのに…戦槍族の奴ら、まるで勢いを失っていない…!!」

並の戦闘能力しか持たない王国の守備兵では、精強なる戦槍族を押し留めることは出来なかった…

「百人隊が到着するまで、なんとか持ち堪えろ…!!」
守備隊は、既に壊滅寸前だったところ…
シズナが率いる精鋭部隊…百人隊が、ついに現れる。

「ぐあっ…!!」

疾風の如き速さで戦場を駆け抜けるのは、百人隊副隊長マーリン。
彼女の双剣によって、戦槍族の戦士達が、無数に斬り刻まれていた。

…勝ち目はない。彼らはそう理解していたが、それでも戦意は未だ挫けていなかった。

「…勇敢なる戦士達よ!死こそ我らの栄光!
最後まで戦え!!」
族長イズィヴァが、味方を鼓舞する。
軍団を率いながら、彼も前線で激しい戦闘を繰り広げていた。

「反乱者どもめ…!その頭の首!
この″マモン″が貰い受ける!!」

百人隊の一人、″獄鎖のマモン″が、その鎖鎌でイズィヴァに襲い掛かる。

「族長を守れ!!」
戦槍族の戦士達は、マモンに立ち向かう。

「邪魔だぁ!!」
マモンは鎖を振り回すと…鎖の先端の鎌が、無惨に戦槍族の首を刈り取った。
マモンの実力は、百人隊の末端とはいえ、並の相手では十分すぎるほど強力だった。

「イズィヴァ!貴様の首は俺が貰う!!」

イズィヴァの首目掛けて、マモンの鎖鎌が放たれる。
イズィヴァは槍でそれを受け止め、攻撃を防いだ。

「……ふん!!」
イズィヴァは続け様に、マモン目掛けて槍を投げる。

「うおっ!?」
マモンがぎりぎりのところで、その投げ槍を回避するが…大きく体勢を崩してしまった。

「族長!!」
戦槍族の一人から、新たな槍を受け取ったイズィヴァは…
そのままマモンに接近して、目にも止まらぬ速さの刺突を繰り出す。

「………っ!!」
マモンの胸に、槍が突き刺さり…
無念にも、敵将の首を獲ることなく、命を落とすマモン。

「…ほう。仮にも百人隊の一人を討ち倒すとは、なかなかやりますね…戦槍族のイズィヴァ…」
百人隊の総隊長シズナは、いつのまにか戦槍族の屈強な戦士達50名以上を、その身一つで屠っていた。

「う……」

現れた、百人隊最強の女に、怖気つく戦槍族の戦士達…

「…下がれ!その女は俺が始末する!!」

イズィヴァは、味方を引き下がらせ…
自ら、シズナへと立ち向かって行く。

「シズナ!!我らを止められる思うな!!」

イズィヴァは、彼女と距離を詰めると…
その槍で強力な刺突を繰り出した。

「…はあ。ガイゼルゴーンはもう降伏しましたけどね…」

シズナは、イズィヴァの刺突攻撃を…
余裕の表情でかわしていた。

(攻撃が、まるで当たらない…!)

実力差は、明白だった。
シズナは、女王に次ぐ強さを誇る…

(だがここで、引き下がるわけには…)

自らが退けば、他に彼女と戦おうとする者はいない。
しかし、ここで降伏しなかったことが、無情にも彼の命を散らせる選択となる。

「さて、ここらで終わりにしましょう。
反乱を率いた裏切り者には、死の罰を」

シズナは高く跳躍すると…
イズィヴァの首元に、彼女の足が伸びる。
強力なサマーソルトキックが、イズィヴァの骨を粉々に破壊した時…彼の首は、直角に折れ曲がっていた。

血反吐を撒き散らし、地面に崩れ落ちるイズィヴァ。
首が″あらぬ方向″に曲がって、既に死亡している族長を見て、戦槍族は全員が武器を置き…ついに降伏するのだった。



戦槍族と異なり、早々に降伏したジヴァ族の長。反乱軍最高指導者のガイゼルゴーン。

「…此度の反乱。ジヴァ族と戦槍族だけで、目論んだのですか?それだけで、本気で国を制圧できると考えていたのですか?
他に仲間は?」
ガイゼルゴーンを尋問する、宰相シズナ。

「な、仲間はいないが……」

彼は口をつむぐように「何か」を言うことを躊躇っているようだった。

「…ガイゼルゴーン。真実を語らないのなら、今ここであなたを処刑しましょう」
シズナが足を振り上げると…

「ま、待ってくれ!!真実を話そう!
だから、殺すな…!」
命が惜しく、観念するガイゼルゴーン。

「…王都を制圧し…シェロゲン蛮王国の実権を握った後…
シュヴァルツェン連合王国と、手を組むつもりだったのだ…」

「シュヴァルツェンと?」

「そ、そうだ…
シルバーブラッド首相の使者がやって来て…
我々は、シュヴァルツェンと″密約″を交わしていたのだ…
その一つが……シュヴァルツェン連合王国の軍が、シェロゲン領内に駐留すること…」

「馬鹿な…
我が国にシュヴァルツェンの兵を置くなど…
それがどういうことか、理解しているのですか?ガイゼルゴーン」

「シュヴァルツェンは…強力な兵器で武装している…
奴らの軍が、治安維持を担ってくれると…
それが密約だった…」

…つまり、ガイゼルゴーンは王都を制圧した後。シュヴァルツェン連合王国の軍事力を背景に、シェロゲンを統治するつもりだったのだ。

「…ガイゼルゴーン。あなたは何と愚かでしょう…
シルバーブラッドが、何を考えているかわからないのですか?
あの男は、″我々″のことを蛮族のようにしか思っていません…
″治安維持″などという都合の良い言葉で、この国の領内にシュヴァルツェン軍を引き入れれば…
いずれ国ごと乗っ取られるのが、最後です。」

ガイゼルゴーンの反乱。
その背後に、シュヴァルツェン連合王国のシルバーブラッドの暗躍があったことを知るシズナ。
彼女はその事実を、ファルナ女王へと告げる。

「…女王。これは我が国への、明確な干渉行為です。シルバーブラッド首相は、反乱軍と密約を結んでいた…
シュヴァルツェンに対して、何らかの対抗措置を取るべきです…」

″対抗措置″、という言葉は。
すなはち何らかの軍事的行動を示唆していたが、ファルナ女王はそれを否定する。

「…シズナ。
ガイゼルゴーンがそのように言ったのが事実だとは言え…明確な証拠がありません。

証拠がない状態では、シュヴァルツェン連合王国も″知らぬ存ぜぬ″を貫き通すだけでしょう。
もしシュヴァルツェンに対して何らかの軍事的行動を取れば、それこそ我が国に対する侵攻の口実に、されかねません…」

…ガイゼルゴーンが「シュヴァルツェンと密約を結んでいた」と吐いたところで…
それを決定づける書簡やら証拠が存在していないのは事実だった。確かに、シュヴァルツェン連合王国が″しらを切る″ことで、むしろシェロゲン側が「嘘をでっち上げた」と、逆に責められる口実にされかねないことを、ファルナは憂慮していた。

女王のこの消極的対応に、シズナは内心不満を感じつつも…あえて反抗はせず。

「では女王。何も対抗措置は取らないと?」

「今は様子見です」

ファルナ女王は、自らの武の強さとは裏腹に、国家間闘争においては、極めて慎重な人間だった…「義」と「和」を重んずる性格ゆえ、国家覇権や侵略戦争にも興味がない。
シュヴァルツェンに対する″様子見″方針は、宰相シズナとて、女王の考えもある程度は理解出来る。シュヴァルツェン連合王国と全面戦争などしようものなら、我が国は軍事力では圧倒的に不利だ…

…しかしシズナは、ガイゼルゴーンが語ったように、反乱軍にはシュヴァルツェンが加担していることを確信していた。
シルバーブラッドは、いずれシェロゲンの制圧を目論んでいる。
とはいえ″日和見″なファルナ女王は、生粋の帝国主義者であるシルバーブラッドの凶悪さを理解していない。

「…ファルナ女王。ガイゼルゴーンの処遇はどうします?」

「…彼を解放しましょう。恩赦を与えるのです」

女王の言葉に…シズナは驚いた。

「まさか…反乱軍を率いた指導者を、生かすと言うのですか?
処刑すべきです。」

「…シズナ。戦槍族の長は死に、ガイゼルゴーン率いるジヴァ族にも大打撃を与えました…

反乱を起こすとどうなるか、その代償を。
我らが″力″を示すことによって、ガイゼルゴーンはより理解した筈です。
ならば彼には、もう一度″機会″を与えようではありませんか。
ガイゼルゴーンが死ねば、ジヴァ族は動揺し、より不安定な存在となりかねません。

恐怖ではなく寛容さを示すことが、より安定した統治に繋がることもあります…」

それは、ファルナ女王の寛大なる精神の賜物だった。

裏切り者にも、もう一度チャンスを。

とはいえその寛容さも「武力」に裏付けされたものであることを、ファルナ自身は理解していなかった。
とどのつまり末端の弱小な兵士達は。ガイゼルゴーンがまたいつ反乱を起こすか、気が気でなかったのだ…

とはいえ、この女王の″恩赦″に、一番驚いていたのはガイゼルゴーン自身だった。
彼自身、処刑を覚悟していたからである。

「おお……この裏切り者めを、生かすと仰るのか…
なんという寛大な心……」

…皮肉なことに、ガイゼルゴーンを長とするジヴァ族は、この恩赦によって女王への信頼を強固なものにさせた。
反乱軍を「武力」によって鎮圧し、なおかつ「赦し」を与えるという女王の寛容さは、国中に広められ…ファルナ女王の名声は、より高まることに。
そして女王の権力基盤は、盤石なものとなる。

ガイゼルゴーン恩赦の件では、女王に不服だった宰相シズナも。女王の権力基盤が強化されることに関しては、嬉しい誤算と言えた。


今回の一件で…
一番の損を被ったのは、反乱軍に加担していたシュヴァルツェン連合王国と言えよう。

?????

シュヴァルツェン連合王国。
カーズ・シルバーブラッド首相の執務室。

「…首相。″シェロゲンの反乱″は、失敗に終わったようですわ」

シルバーブラッドに話しかけるのは…
ドレスに身を纏った、長身の女。
彼女はシュヴァルツェン連合王国の外相。
マンダリン・クレインホーファー。

シルバーブラッド「…ふん。ガイゼルゴーン程度では、あのファルナ女王と百人隊を打ち破ることは、無理だったか…
まあいい。どうせ今は、シェロゲン蛮王国と全面戦争をするつもりはない…
少しでも女王の力を削いでくれるのならば、それで…」

クレインホーファー「…しかし首相。ジヴァ族も戦槍族も、百人隊にはほとんど打撃を与えることは出来ていないようですわ。

ガイゼルゴーンも、女王の恩赦によって、生かされているとか…

…やはり、一筋縄ではいきません…
それどころか″反乱鎮圧″によって、女王の権勢はより強まりました…」

シルバーブラッド「…それはそうかもしれんが。
元々、我が国の兵力の損失はゼロだ。
ガイゼルゴーンが何を語ろうと、我が国が反乱を支援していたなどという″証拠″は、どこにも存在しない…」

シルバーブラッドは、書類に目を通しながら…ふうっと一息つく。

シルバーブラッド「とにかく、我が国には問題が山積している…
議会は掌握しているとは言え。
ギーシュ国王を崇拝する″王権派″の危険分子たち。
そして宗教組織″グラバル教団″の″神の戦士″達…」

グラバル教団とは、シュヴァルツェン連合王国を構成するスカビナ祭礼国に総本山を抱える、最大の宗教組織である。
このグラバル教のトップ″大主教″は、元々教団内の選挙によって決められていたが…
シルバーブラッド首相が、この大主教の「任命権」を掌握。

宗教組織のトップを、首相が決めるということは許しがたく。これに反発した教団の一部幹部達は、教団の私兵″神の戦士達″を率いて、シルバーブラッドに対抗する「神聖派」を結成。

そしてグラバル教団は、シルバーブラッド率いる議会に忠誠を誓う「連合派」と、シルバーブラッドを敵視する「神聖派」という二つの派閥に分かたれ、その対立が鮮明化していた。

クレインホーファー「…神聖派だけではありません。スカビナ祭礼国を擁する、聖アルトランド神霊国の東部国境沿いに、ラズガルド帝国の大軍が、駐留しております…

我が連合王国の領土へ、侵攻を目論んでいるのかもしれません…
この敵対的行為は、未だにラズガルドからの返信はなし。」

シルバーブラッド「…うむ。だからこそ、我が国もスカビナ東部国境沿いに、軍隊を派遣しておる…
とはいえスカビナとアルトランドは、我らと敵対する″神聖派″の巣窟でもある…
奴らの動きも注視せねばならん…」

ラズガルド帝国の脅威。そして神聖派の敵対勢力。
それらシュヴァルツェン連合王国が抱える″東方問題″は、不穏な様相を呈していた…
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