真・恋姫†無双:Re 〜hollow ataraxia〜 第一章 星√拠点 |
星拠点√4
その日、星・一刀・ヒナの三人は街に服を買いに来ていた。
厳顔の屋敷を訪ねてから数日。よほど忙しいのか、紫虚以外の三人はしばらく放置されていた。
ある日、改めてゆっくり話をして、親交を深めたり、街に出歩く許可をもらったりもしたのだが、
その際、一刀の服について問題があった。陽の光を受けて輝く不思議な衣。
厳顔も、見たことのないその服に興味津々だった。
しかし、そんな服を着て街を歩き回っては下手な噂になりかねない。
ということで、一刀は新しい衣服を至急調達することになったのだ。
一刀は、今は厳顔から借りた服を着ていた。一応いっておくが厳顔の服ではない。
そして、品揃えがよさそうな適当な店に入り、服を選んでいたのだが……
「ふはははは、いいではないか、いいではないか!」
「あ〜れ〜。って、なにやらせるんだよ星!」
「いや、ヒナに頼まれてな」
「………(フルフルッ)」
一刀が試着してみようとすると星がついてきて服を脱がそうとしたので、そんな問答になる。
ヒナは首をふって否定しているが、この二人なら、どっちも平気で嘘をつくので、それが本当かどうか一刀には判断できない。
「首振ってるけど?」
「それはヒナだからな」
「いや、意味が分からないよ星」
「………一刀、考えるな、感じ、ろ」
「ヒナ、名言っぽいこといってもダメだからな」
「………ひどい」
「一刀!ヒナが悲しんでいるではないか。いつから一刀は女子供を泣かせるような外道に成り下がったのだ。私は悲しいぞ!」
「え?なんで俺が悪者になってるの?」
「「一刀だから」」
「そんなことを、息をぴったり合わせて言わないでくれ……」
ちなみに、厳顔との初対面の時に一刀は初めて知ったのだが、成都までの旅の間に、ヒナと星は以前より親密になっていた。
聞いてみれば、暇なときにヒナがどこからともなく持ち出して読んでいた本を、読ませてもらったりしたらしい。
生来の性格も通じるものがあったのか、話が弾み、互いに姉妹の契り交わしたとか交わさなかったとか。
一刀も、見せてほしいといったのだが断られた。
そういうわけで、ヒナと星の一刀弄りは一糸乱れぬ連携なども織り交ぜられ、進化を遂げていたのだった。
二人で楽しそうに話している姿は、年相応の女の子の団欒に見えて微笑ましいのに、その内容がもっぱら、一刀をどう虐めるか、からかうか、などなのだから物騒極まりない。
一刀からしてみればいつ寝首をかかれるか分からず戦々恐々というやつである。
そんなやりとりをしながらも、着々と一刀の衣服を見繕い、選び終える。
思ったより早く一刀の服選びが終わったため、星はヒナにも服を選ぼうと言い出した。
ヒナは断ったのだが、一刀は自分だけ脱がされたり遊ばれたりしていたのが不満だったので、星の提案に賛成した。
「ヒナはいつも同じ格好してるからなぁ。折角だから、お洒落してみるのもいいんじゃないか?きっと可愛くなるよ」
一刀が何気なくいった言葉で、ヒナは星の提案を了承した。
星が意味ありげな目で一刀を見ていたが、一刀は全く気づかなかった。
そして二人は服を選ぶために女性用の服が売っている場所に移動しようとしたのだが、一刀がそれについてこようとしたので足を止めた。
ポカンとしている一刀を冷やかな目で見つめる。
一刀としては、"普通の"何気ない行動だったので何で二人にそんな目で見られているのか理解するのに数秒の時間がかかった。
「………一刀のすけ、べ」
「ちょっとまて、なんでそうなる」
「な……一刀、まさかそんな目でヒナのことを……」
「違うって!ありえないから!!」
「………一刀は、いっぺん死ねばいいと思、う」
「なんでさ!?」
「はぁ……。一刀は鈍感すぎだ」
「いや、そんなしみじみいわれても、ワケが分からないんだけど」
「よしよし。ヒナ、こんな女心の分からぬ鈍感ロリロリ男は放っておいて、あっちで服を選ぼう。お姉さんに任せておけ」
「………(コクコク)」
「俺って一体……」
そして二人は店の奥に消えていった。時折、星の楽しそうな声が聞こえてくる。
放置された一刀は一人寂しく佇むのであった。
"これなどはどうだ?"
"(フルフル)"
"では、こっちは?"
"………本、気?"
"むぅ、気に入らぬか。ならヒナはどんなものが好みなのだ?"
"(キョロキョロ)……(テテテ)……これとか、どうか、な?"
"ほぅ、なるほど。確かにこれはなかなか……。……だが、私が選んだものも似合うと思うが"
"………それは全力で、断、る"
"……ダメか?"
"………星のセンスは、かなりズレてると、思う"
"センス?"
"………感覚、とか、感性?"
"なぜ疑問系なのだ"
"………英語と、日本語の翻訳は、苦手"
"エイゴ?ニホンゴ?"
"………いつも、星たちが何語で話しているのか、気にな、る"
"私たち?そんなの(ピーッ)語に決まっているであろう。ヒナも一刀も同じ言葉を使っているではないか"
"………(こんなところに、まさかの、禁則事、項……)"
……
…………
………………
しばらくして、服を選び終わった二人が戻ってきた。
ヒナは星の背中に隠れていたのだが、星に押し出されて一刀の前に立つ。
一刀は、ヒナの姿に見惚れて、言葉が出てこなかった。
ヒナはいつも、飾りのない黒いワンピース、というかローブ?のようなものを着ている。
それはそれで似合っているのだが、戻ってきたヒナは一刀の想像を超えるビフォアーアフターだった。
白を基調とした、中華風の服。スリットや、飾り紐などがアクセントになっていて、素人目に見てとても綺麗だった。
「………どう?」
一刀が何も言わないので、焦れたのか、ヒナがもじもじしながら聞いてくると、見惚れていた一刀は我に返る。
「おお!?すごく似合ってるよヒナ。かわいい」
「………私、かわいい?(テレテレ)」
「うん、すっごく可愛い」
「………♪」
ヒナは一刀に手放しで褒められてご満悦だった。
くるくる回ったりして、一刀に新しい服を着た自分のお披露目をしたりしている。
一刀はそれを見てかわいいかわいいと褒めちぎる。
一刀があまりにもヒナを褒めまくるので、星は少しだけ面白くなかった。
ヒナが褒められるのはいいのだが、自分が全くの蚊帳の外なのが気に入らない。
自分も一刀を驚かせてみたいと思ったのだが、星はとくに服を変えるつもりも必要もなかったので、何かないかと考える。
そして、思いついた案に少し躊躇したが、まだヒナを褒めている一刀の姿に、意思が固まる。
「……ふむ、ついでに私も下着でもみてみるとしよう。いいものがあるといいが。―――無論、付き合ってくれるな一刀?」
ニヤリッ、と笑みを浮かべる星。
さりげなく、そんな発言をした星に、一刀は慌てた。
「ちょっと待て!?なんでいきなり下着なんだ」
「面白いからに決まっておろう」
「人で遊ぶな!!!」
「それに、私だっておしゃれをしてみてもいいだろう?」
「おしゃれな下着なんて星にはまだ必要ないだろ!?」
「むっ、それは聞き捨てならんぞ一刀。全く、師匠といい一刀といい、私をどんな目で見ているのだ?私は女だぞ?」
「いや、それはそうだけど、まだ子供だろ!」
「―――」
「……星?」
一刀がそういうと星の雰囲気が変わった。
辺りの空気が、星を中心に冷気に変わっていくようにすら感じる。
あれ、星さん?どうしたんですか。怖いですよ?お店の人も怯えてるんですけど?
一刀はどうやら地雷を踏んでしまったようだったが、まるでわかっていなかった。
「………一刀は、鈍感」
「え?何、ヒナなんかいった?っていうか、助けてくれ」
「………がんばれ」
「な、何をだ!?それは何に対する応援なんだ!?」
ガクガクとヒナの肩を掴んで揺する。ヒナはされるがまま、首をカックンカックンさせている。
その間にも、店の空気はどんどん冷たくなっていた。
店員は店の奥に逃げ込み、他の客は悪寒に耐え切れず皆出て行った程だ。
ひどい営業妨害である。庶人のことも少しは考えて欲しい。
一刀は、星が怒っている理由が分からずうろたえるしか出来なかった。
ところが、突然、星から放たれていた冷気が消えた。
そして、星は名案を思いついたとばかりに満面の笑顔で一刀に言った。
「そこまでいうのであれば仕方ない。私が子供かどうか、一刀にはその目で確かめてもらうとしよう」
星はゆらり、と一刀にゆっくり近づく。
「―――」
ダッ!
「ヒナ!逃がすな!」
「………まかせ、て」
一刀は本能の警鐘に突き動かされ、逃げ出した。
が、星に言われて、ヒナが店の入り口に立ち塞がる。
(バカなっ、はやい!?)
ただ単に、こうなることを予測していたヒナは、一刀がうろたえている間に、あらかじめ店の入り口まで下がっていただけなのだが、それに気づいていなかった一刀には、ヒナが入り口の前に瞬間移動したように感じたのだった。
一刀は叫ぶ。
「頼むヒナ!どいてくれ、でないと俺はお前を倒さないといけなくなる!」
「………星は友達。だから、お願いされたら、断れな、い」
「……俺は?」
「………???」
何を言っているのか分からない。とばかりに、ヒナは首を捻った。
一刀はとても残念な気持ちになったが、いつものことだった。
そんな問答をしている間にも星は一歩一歩、背後から近づいていた。
慌てず、ゆっくり歩いてくるのだが、逆にそれが、一刀からすれば恐怖以外のなにものでもなかった。
「なら、仕方ない。力尽くで押し通るまでだ!」
そういって、一刀は道を塞いでいるヒナにかまわず、店の外を目指して走った。
もちろん怪我などさせないように手加減はするつもりだった。
そのくらいのことは出来るくらいには鍛えられている、という自負が一刀にはあった。
それに、一刀は正直、ヒナは戦ったりできないと思っていた。
(訓練のときはいつも見ているだけだったしな)
実際、ヒナは星のように、見た目からは想像できないような腕力とか脚力とかがあるわけではなかった。
一刀は、ヒナを押しのけようと、手を伸ばしその体を掴もうとする―――
パシッ
しかし。
クンッ
その手がヒナの体に届くことはなく。
ドガッ!
―――逆に一刀は、その腕をヒナに掴まれ、地面に組伏せられてしまった。
そしてヒナは、そのまま何事もなかったかのように一刀の関節を極めて、一刀の自由を奪っていた。
頭から落ちた一刀は、自分の身に何が起きたのか解らず、額の痛みを我慢しながら、ヒナに問いかけた。
「……あのさ」
「………?」
「……今の、何?」
「………合気柔術、逆腕がら、み」
「……なんでそんなのできるの?」
「………ひみ、つ」
「……もしかしてヒナって、すごく強いの?」
「………一刀より、は」
一刀はわかっていなかった。否。"わかったつもり"になっていた。
相手はヒナなのだ。
よき師と、よき友の下で武を学び、少しばかり強くなったからと、驕っていた。
"所詮子供"と相手を侮り、実力も正体も定かでない相手に、真正面から挑みかかるという愚を冒した自分に後悔していた。
次からは、同じ過ちは冒すまい。と一刀は心に誓い、改めて、大切な教訓を学んだのであった。
ヒタ……
ヒタ……
ヒタ……
ピタッ
「よくやったヒナ。さあ、一刀。カクゴハイイナ?」
微笑を浮かべる死神に追いつかれる。一刀は力なく項垂れ、諦めるほかなかった。
ヒナに捕縛された一刀は星に引き渡され、首根っこを掴まれ、ずるずると引きずられていった。
その後。
"どうした?子供が相手なら恥ずかしがる必要などなかろう!"とか。
"目を背けていてはわからぬだろう?もっとよく見るがいい!"とか。
"ふはははははは、どうした!ちゃんと感想を言わぬか!"とか。
"これか?これがいいのか?全く、とんだ変態だな一刀は!"とか。
照れまくる一刀に、とても楽しそうな下着姿の星。
一刀は散々虐め倒されるのであった。
死ねばいいのに(ボソッ
星拠点√5
一刀たちは街を巡回していた。
まだ成都にきて日が浅いので、街を見て回ろうということになったのだ。
その道中、ガラの悪い男たちに絡まれている女性を見つけた。
「おうおう、姉ちゃん。アニキに肩ぶつけといて謝罪もなしか?」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんですんだら警邏はいらねぇんだよ!いいから金目のものだせよ!」
「アニキ、大丈夫か、なんだな」
「うおぉ、いてぇ!腕が折れちまった」
「あぁ、誰か助けて……」
(いつの時代のいちゃもんの付け方だよ……あれ?この時代からすれば最先端どころか凄い先取りなのか?)
女性は、周りの人間に助けを求めるが、誰もが目を逸らす。
皆、自分のことで手一杯なのだ。好き好んで厄介ごとに関わろうとする人間などいない。
ごく稀にしか。
そのごく稀な人物は、警邏の人間がまったくやってくる気配がないことに苛立ち、今にも飛び出そうとしていた。
まだ飛び出していないのは、一応つれてそっている一刀とヒナに気をつかってのことだろうか。
「警邏はなにをやっているのだ……っ。一刀」
「ああ、分かってる。ただあんまり目立つのは……」
「こちらの素性がばれなければいいのだろう?うってつけのものがあるではないか」
「……つけるのか?」
「つけるとも」
「……了解」
「………いってらっしゃ、い」
ヒナは傍観するようだ。
正直、星一人でも問題ないだろうと、一刀も思っていたが、一応というか、男の子として傍観はできない。
魏の警備隊時代でも、戦うことはあったのだ。
腕っ節という意味では、あまり役に立っていなかったけれど。
「まぁ、こんなところじゃゆっくり話もできないからちょっとあっちのほうに行こうぜ」
「いやぁ、誰かーー!!」
「ちっ、うるせぇぞ!人が優しくしてやってるのにぎゃーぎゃー喚きやがって。おい、誰かコイツの口を塞いじまいな!」
暴漢たちのリーダー格らしい男が命令をする。
腕が折れたとかなんとか言ってたのはどうなったのだろう。
「へへへ、おとなしくしな」
「ああぁ……」
暴漢の一人が女性に手を伸ばす。
女性がもうダメだ、とあきらめかけたその時―――
「まてぇい!!!」
少女が吼えた。
突然響き渡った第三者の声に、暴漢たちは動きを止める。
辺りを見回すが、いるのは自分達と同じように突然響き渡った謎の声の出所を探して周りを見回している通行人ばかり。
「だいの男達がよってたかって、か弱き庶人をいたぶるなど言語道断。恥を知れい!」
「だ、誰だ!」
「貴様らのような外道に名乗る名前など、ない!」
一閃。
「ぐふっ!」
空から降ってきた少女が、女性に手を伸ばそうとしていた男を吹き飛ばす。
「大丈夫か?ご婦人」
「……えっ?あ、は……はい」
女性は突然の出来事に、目を白黒させている。
周りの暴漢達も鳩が豆鉄砲食らったような顔で呆然として固まっている。
しかし、暴漢達のリーダー格の男の言葉で事態はすぐに動き出した。
「な……何だこいつら!?ふざけやがって。てめぇら!やっちまえ!!!」
「少し数が多いな……か―――仮面2号、そのご婦人を頼む」
「了解、それじゃおねえさん、こっちにきて」
「は、はい」
男たちが一斉に飛び掛る。
普通に男達の合間を縫って女性の傍まで来ていた一刀は、女性の手を引いて退避する。
星は前に出て、男達の突撃を一身で受け止めるも、ものともしない。ヒラリヒラリと舞う様に男たちの手をかわし、一人、また一人と地に沈めていく。
数にものをいわせて強気になっていた男達は、次々にやられていく仲間の姿をみて動揺する。
「どうしたどうした!所詮弱者をいたぶることしか出来ぬ腰抜けの集まりか?」
「な、何だこいつ!?蝶つえぇ!!!」
「アニキ!こいつやばいです!見た目とかも含めていろいろと!」
「怯むな!以前荒野で遭遇した筋肉妖怪に比べればなんてことはねぇ!!」
「そ、そうですね、アレに比べたら……アレに……ガクガクブルブル 」
「いやぁあああ、やめてくれー。おらが悪かっただー」
「ああああ……殺せ!いっそ殺してくれええええ!!」
「ひぃ!?来るな……来るなあああああああああああ!!!」
「ぎゃああああああああああああああああああああ」
「ブクブクブクブクブク……」
突然、男達の大半が奇声を上げてその場でうずくまったり、幻覚でも見ているかのように怯え、震えだした。泡を吹いて痙攣しているものまでいる。
その様子に、星はあっけにとられる。
「……一体なんだというのだ」
「し、しまった。恐怖を思い出させちまった……」
「まあいい、どうやらまだやれそうなのは貴様だけのようだが、どうする?」
星は龍牙を突きつけるように水平に持ち上げ、ただ一人生き残っている男に警告するように問いかける。
「ちっ、ちくしょう。ちくしょう!!あの化け物に出会いさえしなければ、こんなことにはならなかったのに……」
「何のことかは知らんが、そもそも自らの悪行を反省するべきではないか?」
「うるせぇ!俺たちは被害者だ!間違ってるのは俺じゃない!世界のほうだ!!!」
「……貴様にも言い分というものがあろうが、そこまで堕ちてしまっては見苦しいだけだな」
「黙れ!てめぇみたいなガキに、この俺がやられるかよ!うおおおおお!!」
暴漢はやけになって、腰の帯刀を抜き放ち、星に向かって突進した。
「……愚かな。せいっ!」
「ぐはっ!」
当然、相手にならない。
一合も交えることさえできず、あっさり一撃で昏倒させられる。
星は、残っているものたちを見回すも、完全に戦意喪失、というか心が病んでいて、これ以上何かをすることはなさそうだった。
女性を連れて、少し離れたところからヒナと共にことの成り行きを見守っていた一刀も安堵する。
「なんとかなったみたいだな」
「………パピ、ヨン☆」
「ん?ヒナ、何かいったか?」
「………いってない」
暴漢たちが皆倒れると、周りから歓声が上がった。
星も一刀たちに合流した。
「あ、ありがとうございます!その、是非何かお礼をさせて下さい」
「いえ、見てみぬフリが出来なかっただけですので、お気になさらずご婦人」
「こっちが勝手にやったことですから、気にしないで下さい」
「………気に、するな(えっへん)」
「ヒナは何もしてないだろ」
「………一刀も、みてただ、け」
「うっ……」
拝み倒す勢いで礼をいう女性の相手をしていると、遠くから警備隊の人間がやってくるのが見えた。
一刀たちはこれ以上面倒ごとに巻き込まれないようにその場から立ち去った。
路地裏に入り、人目がなくなったところで仮面を外す。
「ふぅ……やれやれ、皆げんきんだなぁ」
「それも、仕方ないことだろう。たとえ、心の中で助けたいと思っていても、力が無ければ簡単には行動をおこせぬ。心の中に正義があるだけでもマシというものだ」
「まぁ、ね」
それはわかっていた。
むしろ一刀程、力のない者の気持ちが分かる人間は少ないだろう。
だから、別に蔑むような気持ちで言ったわけではない。ちょっと言ってみただけだった。
星も、一刀がそんなことをいうから、わかった上でわざわざ嗜めたのだろう。
一刀は軽口を叩いたことを少し反省する。
しかし、やはりあまり街の治安はいいとはいえない。
一刀はなんとかしたいと思うが、子供の身では出来ることなどたかが知れている。
などと考えていると、星が閃いた、というように口を開いた。
「一刀、いい事を思いついた」
「何?」
「………お前、オレのけ"ビシッ"……痛、い」
「女の子がそんな冗談を言ってはいけません」
「………なんで、一刀が知ってる、の」
「何を言おうとしたのかは知らないけどどうせロクなことじゃないだろう。で、星。何を思いついたって?」
「ああ、私達で華蝶仮面をやらないか?」
「「………………え?」」
その日、成都に新たなる華蝶仮面が誕生した。
星拠点√6
成都にやってきた翌日の夜 紫虚は桔梗に呼び出され、部屋を訪ねていた。
そこで二人は、酒を酌み交わしながら話をしていた。
「んっ、くっ……ごくっ……ごくっ……ふはぁ〜……こうして再び貴方と酒を酌み交わせること、うれしく思いますぞ。ささ、紫虚殿ももう一献」
「ああ。んっ……くっ……ごきゅっ……」
「さすがは紫虚殿。相変わらずいい飲みっぷりですな」
「そういうお前も随分と酒に強くなったみたいじゃねぇか」
「ふふふ。飲み比べてみますか?」
「おいおい、本気か?」
「さて、どうでしょうな」
再び互いに酌をしあう。
「お前は今は確か益州の巴郡だったか?そこの太守をやってるんじゃなかったのか?」
「民の不満の声が溜まっておりましてな。覚悟を決めて月の定例会議にて直訴したところ、頸は飛びませんでしたが、劉焉様に『ならば貴様がやればいい』と仕事を丸投げされてしまいましてな」
「……また無茶なことをしやがるな、おまえは」
「それほどまでに、この国は荒れはじめておるのですよ。今、ここで踏み止まらねば、この先の未来に光はない、と思ってしまうほどに……」
「……自分の街のほうは大丈夫なのか?」
「ええ、そちらは信頼できるものに任せております故、問題はないでしょう。私が必要な問題はこちらに回すように手配もしてあります」
「そうか」
酒を飲みながら、世間話のように、そんな会話をする。
久しく再会した、旧知の友と、気兼ねなく言葉を交わすのは楽しいのだろう。
そんな話をしながらも、二人は笑みを浮かべて酒を飲み続けていたが、桔梗は少し神妙な顔で問いかけた。
「紫虚殿、劉焉殿と何があったのですか?あの方は変わられてしまった。以前は―――」
「桔梗、それ以上はいってくれるな」
「……失礼しました」
二人は口を閉ざし、しばし無言で酒を酌み交わしあう。
やがて、桔梗は静かに独り言のように呟いた。
「……このまま戻っては、頂けぬのですか?」
「そのつもりがあるなら、最初から抜けたりしねぇよ」
「―――っ」
それは、桔梗の未練であり、わかりきっていたことだった。
紫虚という人物がどう答えるかも、最初からわかっていた。
故に、桔梗は何かを言おうとして、それを押しとどめるように一度、口を噤んだのだが、
紫虚のあまりにも淡白な物言いに我慢し切れず、堰を切ったように喋りだした。
「……なにゆえ、何故我らの前から姿を消したのです!
どれだけの人間が悲しんだと思っているのです!
どれだけ、私が悲しかったと思っているのですか!
紫虚隊は解体され、生死を共にした戦友たちは散り散りになりました。
行方の知れぬ者もいれば、死んだという者もいます。
どこか他の場所に身を寄せた者もいれば、賊紛いの輩に身をやつした者もいます。
貴方の突然の失踪により多くの者が急激な変化を強いられました。
そして、消えた貴方に続くように、劉焉様まで中枢から離れられ、それを機に、それまで息を潜めていた奸臣どもの動きが活発になり、権謀渦巻き、術数吹き荒れる始末。
今の大陸の乱れが、貴方達のせいだ、などというつもりはありませぬ。
ですが、少なからぬ要因であったことはわかっておられるでしょう!?
なのに、何故そうも他人事のように振舞えるのです!劉焉様もっ!あなたもっ!
それだけの力を持ちながら、何故、何故…………――――」
"我らを導いてくださらないのですか"
捲し立てる桔梗の言葉を、紫虚は黙って聞いていた。
桔梗はいつの間にか涙を流していた。
最後のほうは言葉にならず、その言葉が紫虚の耳に届くことはない。
言いたいことを言って、気が済んだのか、酔いが抜けて冷静になったのか。
桔梗は落ち着きを取り戻し、涙を拭って酒をあおり、一息をつく。
「……見苦しいところをお見せしてしまいましたな」
「……すまん」
「なにを謝っているのですか。今のはただの酔っ払いの戯言です。忘れて下され」
「……」
「それに、全ては過ぎたことです。申し上げたように、今は私にも優秀な部下達がおりますし、私自身も立場のある身になりました。貴方の背中を追いかけて、理想だけを夢見て走り続けていた頃の子供ではありません。あなた方が背負っていたものの重さ――まだ遠く及びませぬが――少しは解るようになったつもりです」
「………………そうか」
ぽすっ
なでなで
「……紫虚殿、この手はなんですかな?」
「いや、つい、なんとなく。昔はよくこうしてやったら喜んでただろう、お前は」
「……私をまだ子ども扱いするつもりですか。今はもう、あなたの部下でもなんでもないのですよ?頭を撫でられて喜ぶような年でもありませぬ」
「そうだな。すまん」
「謝ってばかりですな。その様な紫虚殿を、私はみたくありませぬ。私の知る紫虚殿はいつも自信に満ち溢れておりました」
「……ああ、そうだな」
そういって、桔梗の頭の上に乗せていた手を、紫虚は下ろそうとするが、桔梗にその手をつかまれた。
「桔梗?」
「……もう私は子供ではありませぬ。――けれど、少しだけ、このままでいてくだされ」
「……」
再び訪れる沈黙。
少しだけ互いの距離をつめ、寄り添うようにして、そのまま酒を酌み交わす。
優しい時間が流れた。
束の間の休息。
自らの立場も、過去も、未来も。
桔梗も紫虚も全て忘れて、ただ、今は、この片時の安らぎに身を委ねた。
「……あの童たちが、紫虚殿の弟子というのは、本当なのですか?」
「本当だ。まぁ、一刀のほうはちょっと違うんだが、な」
「どういうことですか?」
「星は正真正銘俺の弟子だ。俺の全てを叩き込んである。まだ修行中だが、あれはいつか俺を超えるだろう。全てにおいて、な」
「…………うれしそうに語るのですな」
「………………」
「嫌味ではありませぬ。続けてくだされ」
「別にそんな風に思っちゃいねぇよ。一刀については、ちょっとワケありでな」
「ワケあり?貴方ほどの常識破りで飄々とした方からそんな言葉が出てくるとは。やはり人生なにがあるか分からないものですな」
「茶化すな。一刀を傍においてある理由は大きくわけて二つある。一つは、星の訓練相手としてちょうどよさそうだったからだ。予想以上にいい影響が出て俺も驚いてるがな」
「ふむ。確かに仲がよさそうでしたな」
「もう一つは……」
「もう一つは?」
「奴が天の御遣いだからだ」
「………………は?いや、すまぬ紫虚殿。私としたことが、少し酔ってしまった様だ。よく聞こえなかったのでもう一度いってもらえんか」
「一刀が天の御遣いだ・か・ら・だ」
「――――――」
「あのな、別に気が狂ってるわけでもなんでもないからそんな目で俺を見るな。微妙にむかつくぞ」
「これは失礼」
「全く失礼だとは思ってないな」
「当然です。人が真面目に話をしているのですから、からかわないで下され」
「からかっちゃいねぇよ」
「……本気でいっているのですか?」
「本気だ。まあ別にほんとに天の御遣いかどうかはどうでもいいんだよ。それはあいつがそう名乗っただけだからな。が、面白そうだと興味を惹かれたのも事実だ」
「自分でそんな名乗りを上げたのですか?それまた、怖いもの知らずというか、子供の戯言にしては度が過ぎますな」
「ちなみにあいつは流星にのって空から降ってきた」
「……紫虚殿、どこまでが本当の話なのですか?」
「全部だよ。信じられないなら、それでもかまわんが」
「……にわか信じられません。が、紫虚殿がそういうのなら、それは真実なのでしょう。しかし、何故?」
「あん?なにがだ」
「何故、天の御遣いなどをあなたが保護するのですか」
一瞬の沈黙。
紫虚は、とても寂しそうに、静かに口を開いた。
「……俺はな、桔梗。きっと心が折れたんだ」
「しきょ、どの……?」
「俺の中の正義は何も変わっちゃいない。考え方も、変わってないつもりだ。
けどな、何かがなくなっちまっった。何も変わっていないはずなのに、なにをやっても空しくて。なにをやっても無意味に感じちまう。
劉焉の奴が変わっちまったというのなら、恐らくあいつもそうなんじゃねぇかと思う。
あいつとは度々意見が食い違って、ぶつかりあってはいたが、根本的なところで妙に気が合ったからな。
お前は"他人事のように"といったが、その通りだよ。自らの胸の内から、何も湧き上がってこないんだ。
今の俺には、何もかもが他人事なんだ。
俺のやったことは許されねぇ。お前や、他の奴らに罵られても、恨まれても仕方がねえと思ってる。
実際、あのときの俺は周りのことなんて考えてなかったからな。そんな余裕もなかった」
「………………」
ずっと聞きたくて、聞くことの出来なかった紫虚の心の内の告白を、桔梗は黙って聞く。
一言も聞き逃さぬよう、真剣に。
「星を拾って、あいつは俺に救われたと思ってるみたいだが、救われたのは俺のほうだ」
他人を救うための正義の味方が、他人に救われてちゃ世話ねえがな。
と、苦笑する。
「あいつに教えを乞われて、弟子にした。
最初はそんなつもりはなかったんだがな。全く、しつこいのなんの。
仕方なく適当に相手してやってたんだが、あるときあいつの中に、希望-ユメ-を見た気がしたんだ。
もしかしたら、自分ではできなかったことを、こいつはやってくれるんじゃないか、ってな。
あまりの自分勝手な考えだと、さすがに自己嫌悪したがな。
まぁ、そこで開き直ったわけだ。元々俺は難しいこと考える方じゃないからな。
それからは、まぁ……俺にしては真面目にあいつを鍛えてやった。どうせ他にやることもなかったしな。
そうしてるうちに、割と最近、一刀とヒナに遇ったわけだ。
そしたら、一刀まで弟子にしてくれとか言ってきやがる。
ああ、最初はヒナにいわれたんだっか。
"一刀を鍛えてあげて欲しい。貴方の願いは、彼が叶えてくれるから"
ってな。最初はなんの冗談かと思ったぜ」
「ヒナに?そういえば、あの者のことも聞いておりませんでしたな」
「あー。ヒナについては俺もよく分からん」
「わからん?」
「あれは人外だ。俺の手に負えん」
「人外とはまた穏やかでないですな。私からすれば紫虚殿や劉焉殿も十分人外なのですが、あんな少女がですか……」
「外見で相手を判断してるようじゃまだまだだな桔梗。
子供みたいななりでも神算鬼謀の軍師とか、大陸に覇を唱える覇王とかもいる、かもしれない。
第一霊帝だって……っと、これは禁句だったな。
まあ、あんまり深く考えるな。ヒナ自身の言葉を借りれば、あいつは一刀の伴侶だそうだ。自分から何かするつもりはないようだし、悪い奴じゃない」
「はぁ……」
「話が逸れたな。まぁ、それで一晩考えて、その翌日一刀自身からも頼まれたわけだ。星といい一刀といい、どいつもこいつも真っ直ぐな目をしてやがってよ。色々悩んで考えてた自分がバカみたいに思えちまった。そこで初めて気づかされたんだよ。思っていた以上に、俺にも未練が残ってるんだとな」
「未練……ですか」
「そうだ。何もかも投げ出して、お前達の前からいなくなっちまったこととか、な。まあ、今更なにをいってるんだって話だがな」
「――!」
「勘違いするなよ。それでも、俺はもう戻らない。俺達がお前らを引っ張ってた時代は、終わったんだ」
「………………」
「だから、まあ。その贖罪ってわけでもねえんだがな。あいつは大陸に平和をもたらすといった。俺の代わりってわけじゃないが、そうしてくれるなら結果的に俺の願いも叶うのと同じことだ。俺が武を教えてやるだけで、そうしてくれるんなら安いもんだろう」
「……本気で、そんなことを信じているのですか?」
「別に、どっちでもいいんだよ、それは。あいつの中には正義がある。
ガキの癖に、っと。見た目で判断するなっていった俺がそういう言い方はまずいな。
見た目は子供だが頭脳は大人。もしかしたら、あいつも人外なのかもな。
年齢からは想像できないような確固とした強い意思を持ってやがる。
間違っても、道を踏み外すことはないだろう。
だから、奴が大陸に平和をもたらそうと、もたらすまいと、それで損するのは期待した俺だけだ。
分は悪いが、見返りを考えれば十分すぎるくらいに面白い賭けだろ。
まあ、それが俺が天の御遣いを連れている理由、というわけだ。それに――」
「それに?」
「馬鹿げた話だが、あいつは本当にやりそうな気がする」
「……勘ですか」
「勘だ」
「…………………………………………はあぁぁ〜〜〜〜」
「なんだ、その長い間と溜息は」
「いえ。あなたの勘は当たりますからな。江東の虎といい、天才というのはどうしてこう常人には理解しがたい真似ばかりするのか、と。自らの非才を嘆いてみただけです」
「ほぅ?お前がそこまでいう奴がいるのか。そいつは興味深いな」
「以前、荊州で幅を利かせていた賊の退治に、救援として呼ばれたときに顔を合わせただけです。あなたと同じ気配を感じました。側にいた将とは気が合いそうだとも思いましたな。紫虚殿、杯が空になっておりますぞ」
「ん、ああ。すまねぇ……っと」
なみなみと注がれた酒をこぼさぬよう口に運ぶ。
「――柄にもねぇこと言っちまったな。まあ、今のはただの弱音だ。誰にもいうつもりはなかったんだがな。星にはいうなよ?俺は一応あいつらの前では無敵に素敵な完璧超人で通してるんだ。こんな情けねぇところ見せちまったらなにを言われるかわかったもんじゃねぇ。第一師匠失格だ」
「では、私の胸の内に秘めておきましょう」
「出来ればお前にも忘れてほしいんだが」
「ふふ。それは無理というものです」
桔梗は機嫌よく笑う。
紫虚もつられて笑みを浮かべていた。
既に相当の量の酒を飲んでいるため、紫虚は喉を湿らす程度に量を抑えているが、厳顔はまるで水を飲んでいるかのように、全く飲むペースを緩めない。
さすがにそろそろとめるべきか?と紫虚が思い始めた頃、桔梗が口を開いた。
「――紫虚殿、あれから随分と月日が経ちました。私は、まだ貴方に『女』としてみてはもらえぬのですか?」
「……は?いきなりなにをいってるんだ?」
「覚えておられませぬか。やはり私のことなど眼中にないのですな……」
「まて、だから一体なにをいっている」
桔梗は自分の頭の上に乗っている紫虚の手を包み込み、自分の胸に抱え込んだ。
「ぶっ!!!」
「私は忘れたことはありませぬ。かつて私が意を決して紫虚殿に想いを告げたとき、貴方に笑いながら"もう少し大きくなったらな"といわれたことを。紫虚殿は、今の私をみて同じことをいわれますか?」
「……すごく、大きいです。じゃなくて、えーっと」
「紫虚殿……」
「っ、桔梗……」
桔梗は潤んだ瞳で紫虚を見つめる。
紫虚も桔梗から目が放せない。
「っと、酒が空になってしまいましたな」
「……おい」
しかし、桔梗はあっさり視線をはずして、新しい酒瓶を手に取り、飲みだす。
溜息をついて、紫虚は手を引こうとするが桔梗はがっちりと腕をつかまえて放さない。
とてもやわらかくて気持ちよく、紫虚としてもうれしい限りの出来事なのだが、まるで一貫性のない行動をとる桔梗が、どういうつもりなのか戸惑う。
そこで紫虚は気づいた。いつのまにか、桔梗の目が据わっていることに。
辺りを見てみれば、一斗缶3つ分にもなろうかという量の空になった酒瓶が転がっていた。
紫虚も相当な量を飲んだが、それでも二人で飲んだ量としては多すぎだ。
「おや、紫虚殿。また器が空になっておりますぞ」
「いや、俺はもういい。遠慮しておく」
「それは残念。ごくっ……ごくんっ、くっ……こくっ……」
「ちょっとまて桔梗、飲み過ぎだ!だいぶ酔ってるだろう。お前もその辺にしとけ」
桔梗は、紫虚の制止など聞こえていないという顔をして、一息で器に注がれていた酒を飲み干す。
「酔わねばやっておれませぬ。あなた方はいつも勝手なことばかりして、全部自己完結して、頼ってすらくださらない。振り回される人間のことなど全く考えていないのです」
「いや、それはさっきもいったが……ほら、水でも飲んでとりあえず酔いを醒ませ」
紫虚は、酔っ払っているうえに、機嫌を損ねてしまっている桔梗をなんとか宥めようとするが、ダメだった。
「紫虚どのーーー」
ガバッ!
「き、桔梗っ!まて!?おちつアッ――――」
爽やかな森の空気をお楽しみください
翌朝、一刀たちの部屋に朝帰りした紫虚は、帰ってくるなり布団の上に倒れこんだ。
そんな師匠の姿を眺めながらヒソヒソと話をする子供達。
「師匠は昨晩は大変だったようだな」
「どうしたんだろ?」
「ふふふ、一刀。それを聞くのは野暮というものだ。男と女が一晩同じ部屋にいて、やることなど一つしかなかろう?」
「えっ!?……そ、そっか。そうだな……」
「どうした?」
「……いや、なんでもないよ」
「………」
星は、力尽きている師匠の姿をニヤニヤと生暖かい目で眺めていた。
一刀はなぜか寂しそうな、困っているような、そんな複雑な眼差しで紫虚を見ていた。
ヒナは、そんな一刀を無言でみつめていた。
おまけ
新しい服を調達して、着替えている時の話。
「なあ、ヒナ。この制服どうなってるんだ?」
俺は素朴な疑問を聞いてみた。
俺の着ているのは、天の御遣い御用達『ポリエステル製フランチェスカ学園の制服』。
子供サイズ。
高校の制服なのに子供サイズなんてあるはずないわけで。
いくら俺がヒナの影響で小さくなったからって、制服まで小さくなるのはおかしいよな?
別に制服は俺の体の一部ってわけじゃないし。……まさか、ね。
「………作った」
「作ったって、ヒナが?」
「………(コクッ)杏仁豆腐製」
「………………………」
ポリエステル製ではなかった。
よくみると校章のところの文字が『杏』になってる……。
……全く気付かなかった。
杏仁豆腐、恐るべし。
「あれ?じゃあ、俺の服ってわざわざ買いに行かなくてもよかったんじゃないか?杏仁豆腐で作れるんだろ?」
「………無理」
「なんで?」
「………ここじゃ、無理」
「いや、だからなんで?」
「………ぐぅ」
「寝るな!」
そんな日の出来事。
おまけ2
それは一刀たちが成都に向かう旅の途中の話。
「「「あー。腹減った」」」
「………ごめん、なさ、い」
三人はお腹を空かしていた。
「いや、別にヒナに文句いってるわけじゃないから」
「うむ。ヒナは何も悪くなどない。悪いのはこのバカ師匠だ。師匠が後先考えずに旅食を消費するからこんなことになっているのだからな」
「……ちっ、さすがにこればかりはいいかえせねぇ」
旅の途中で、食料が尽きたのだ。
最悪、ヒナに頼めば杏仁豆腐が出てくると楽観していたのだが、食べ物がなくなって、ヒナに頼んだときに、それは無理だといわれた。
理由はいわないのでわからないのだが、意地悪をしているというわけではないらしい。
「まぁ、明日になれば次の村か街につくのでしょう?なら今日はもう寝てしまいましょう」
「そうだな」
そして、四人はごろりと寝転び、雑魚寝する。
だが、紫虚は頭の据わりが悪いのか、そばにいた星をひっくり返すと、その腿に頭を乗せた。
「師匠……これでは私が眠れないのですが」
「俺が寝たら降ろしていいぞ」
「はぁ……」
星は慣れているのか、すでに諦めているのか、溜息をついて大人しくした。
それを眺めている影が二つ。
「………(タシタシ)」
「……ヒナ、なにしてるの?」
「………一刀も、膝枕、したいと思っ、て」
「いや、いいから」
「………一刀も、膝枕、したいと思っ、て」
「……いや、いいから」
「………一刀も、膝枕、したいと思っ、て」
「え?まさかの無限ループ?」
ヒナが壊れた録音機のように同じ言葉を繰り返すため、怖くなって一刀は大人しくヒナの腿に頭を乗せた。
ヒナはそれで満足したようだった。
しかし、二人が寝静まるまでそのままというのも辛いものがある。
星は目を閉じている師匠に話しかけた。
「師匠。正義だ一匹狼だと意地を張らずに、仕官してはいかがです?師匠ほどの腕なら引く手数多でしょう?」
「……理由は二つ。一つ、俺は他人から命令されるのが大嫌いだ」
「「(知ってます)」」
すぐ側にいる一刀にも二人の話は当然聞こえている。
弟子二人はあまりにも納得できる回答に、奇しくも心の中で同じ突込みを入れた。
そして、二つ、という言葉が気になっていた。
「今の答えだけで心の底から納得できてしまったのですが、もう一つの理由とはなんなのですか」
問いかけるが、答えが返ってこない。
もう一度声をかけようとしたところで、紫虚が聞いてきた。
「お前ら、こんな話を聞いたことがあるか?」
「……なんですか藪から棒に。質問をしているのはこちらなのですが」
紫虚の言葉は星だけではなく一刀にも投げ掛けられていた。
それに気づいた一刀は起き上がろうとしたが、ヒナに頭を抑えられたので、仕方なくそのまま寝返りをうって体ごと星たちの方に向き直る。
「蝶の羽ばたきによるわずかな風が、数ヵ月後の台風の進路に影響を与えるかもしれないって話だ」
「は?そんな混沌としたヨタ話に興味はないのですが」
「まあ、聞けや。確かに実際には、そんな事あるわけない。……が、そういう浪漫を忘れちゃあ、あの仮面はつけられねぇ」
師匠の言葉に、星も一刀も耳を傾けている。
いつの間にか、ヒナまで紫虚に注目していた。
「たった一人の命を救うよりも、仕官して覇を唱える者を助けた方が、より多くの命を救うことになるって話は、理解はできる。だが、為政者には一人の命より大勢の命を守る選択をしなけりゃならん時がある。俺が助けたいのは、切り捨てられた側の人間だ。それが蝶の羽ばたきに等しい理想論と罵られてもな。だから、特定勢力の味方になるってことはできねぇんだ」
「そこまで深い考えがあるとはお見それしました。ただ、師匠はとにかく女性優先です。何か理由でも?」
「女は子を産む。一人助けりゃ、その子孫まで助けられて効率的だ。加えて、俺は女が大好きだ」
「……正直で結構」
星は、紫虚の言葉に溜息をつく。話に考えさせられる部分もあったが、最後の言葉であきれ半分といった感じだった。
一刀は、星よりも紫虚の言葉を真剣に聞いていた。ついでに、女性が大好きだという部分には大いに同意しておいた。
「尊敬したか?」
「不可能だと思います」
「ちっ、弟子甲斐のない弟子だ。一刀はどうだ」
「俺は……そうですね。尊敬しました」
「ほぅ?」
「……見損なったぞ。一刀は師匠とは違うと思っていたのに」
「いやいや、星。そういうんじゃなくて。冗談でもなくて」
「おい、それは俺のことは最初から見損なっているということか?」
星の軽蔑したような眼差しに一刀は弁解する。
紫虚の言葉には誰も返さない。
「やっぱりてめぇはただのガキじゃねぇな。このバカもお前くらい理解力があれば俺も助かるんだが」
「そこはかとなくバカにされている気がするのは私の気のせいでしょうか」
「バカにしてんだよ。一刀に免じてもう一つだけ師匠としていっておいてやる」
師匠として、という言葉に星は反論しかけていた口を閉ざす。
「星、お前の正義はどこにある」
「私の、正義」
「そうだ。俺の正義は今言ったとおりだ。一刀の正義は天の御遣いだろう」
(……なんかそういわれるとすごく恥ずかしい響きだけど、間違っては……いないのかな?)
「……私は」
「それ以上は言わなくていい。その答えを出すにはてめえは世界を知らなさ過ぎる」
「…………」
「それは急いで取り繕うようなものじゃない。お前は俺の弟子だが、俺じゃない。何もかも一緒にはなれねぇし、なる必要もない」
星は何かいいたそうにしたが、何もいえなかった。
「だから、今は無理に考える必要はない。が、一応心に留めておけ。お前はどうしたいのか、今回の旅行はその参考にでもするといい」
そういうと紫虚はそのまま眠りについた。
一刀も、紫虚の言葉を胸にしまい、やがて眠った。
星は、夜が明けるまで紫虚の言葉を反芻していた。
――――――私の、正義は……
おまけ3
それは星が現在より幼く、まだ紫虚に弟子入りしてまもない頃。
各地を転々と放浪していた時の話である。
路銀がつき、適当に働いてお金を稼ごうとしていたときのこと。
「師匠、あの女性たちは何をしているのですか?」
星が興味を示したのはいわゆる夜の店。
「あー、あれはお前にはまだ早い」
「私には早いのですか?教えてくれるくらいいいではありませぬか」
星に純粋な眼差しで見つめられて、紫虚はその目に耐え切れず嘘をついた。
「……あ、あれはな。枕事といって、男と女の真剣勝負なんだ。それはもう、すごい戦いだから、お前には無理だ」
「むむむ。その様な戦いが……。わかりました。私もいずれ来るべき時のために今は精進するとします」
「あ、ああ……。そうだな、いつか。お前にはまだ先の話だ」
「???」
気まずそうにそういう紫虚に、首を捻る星。
素直に、紫虚の言葉を鵜呑みにして信じ込んでしまった星に、紫虚は心の中で懺悔した。
(すまん、俺はお前のその純粋さを壊したくないんだ……っ)
まだ星は幼いのだから、明日には忘れているかもしれない。もし覚えていたとしても、いずれそういう時が来るまでには誤解も解けているだろうと思い、紫虚は気にしないことにした。
それから遠い未来、そういう店の用心棒を経験することになった星だったが、店の女性達が星の純粋さを可愛く思って―――おもしろがって―――その勘違いを解くどころか、更なる嘘を教えこんだ、というのはまた別のお話。
説明 | ||
※注 オリキャラあり オリ設定?あり 駄文 少しでもお楽しみいただけたら幸いですm(_ _)m |
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コメント | ||
>jackry様 『例』の森かもしれないし、かもしれないですw判断はお任せしますww(rikuto) >ロケット様 その噂を知っているということはあなたもかなりの恋姫住人ですね。同士!ww(rikuto) >ブックマン様 ありがとうござます。ヒナも喜びます(ぇ?(rikuto) >Nyao様 納得していただけて何よりですwww(rikuto) >キラ・リョウ様 はい、ただこのためだけに彼(写真)に出演してもらいましたw(rikuto) >ヒトヤ様 あくまでイメージ映像ですw判断はおまかせしますww(rikuto) >逢魔紫様 ご指摘ありがとうございます。修正しました。(rikuto) >ハイドラ様 アドバイスありですw執筆に集中すると、読者側の感覚が薄れてしまってその辺りがどうも意識できなくて。いわれてみれば確かにw心に留めておきますb(rikuto) >ほわちゃーなマリア様 フフフ。ヒナなのか作者の心の声なのかは作者にもわかりません(ぇ? 華蝶仮面は天災ですよね。人の手に負えません(rikuto) >thule ありがとうございますwそれはナイスアドバイス!でもやり方がわかりませんorzTINAMI意外と複雑です。(rikuto) これがうわさの青森ですね、わかります(ロケット) 一刀にデレるヒナが良かったです。(ブックマン) 森の絵・・・納得しましたw(Nyao) 森の絵はこのためなのかwww(キラ・リョウ) この写真青姦の森?WW(ヒトヤ) 「出来ればお前にも忘れてほしんだが」←ほしいんだが(トウガ・S・ローゼン) ヒナさんなのか!?ボソッ声出したのヒナさんなのか!?猫耳軍師の電波を拾ったのか!?アニキたちも大変だな、トラウマが発動して発狂しているし・・・そして、新たな華蝶仮面誕生と言う名の犠牲者が現れたかwwww(ほわちゃーなマリア) この演出、大変面白かったです。 コレは閲覧で表示されないようにしたらもっと皆は度肝を抜くと思います。(thule) |
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