星の名前
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幾年経とうとも、人の本質は変わらない。

 自分たちが丸い惑星の上に立っていると知らなかったころから、宇宙を自由に飛びまわれるようになっても、人と人は惹かれあう。

 

 

 

「俺は何もしてない」

 “聖堂”に不機嫌そうな声が響き渡る。

 アマルの目の前で、二人の男女が向き合って、険悪な雰囲気になっていた。男の方はナサルという。かなりの美男だ。

女の方もナサルに負けず劣らず、美女だった。彼と並ぶとまるで一対の芸術品のようだったが、二人はいつもいがみ合っている。

 彼女はサレハ。

 サレハは柳眉を吊り上げ、腰に両手をあててナサルを睨みつけた。美人が怒るとかなりの険悪さだ。

「何もしてない? 戒律違反だぞ。“聖堂”の外へ出て、何をしていた」

「カッカするなよ、美人が台無しだぜ」

 アマルは心底呆れ返った。こういう場面でしれっとこういうことを言える男がいるとは。不機嫌そうなポーズの裏で、舌を出しているに違いない。相手のペースを崩すことが得意な男なのだ。

「誤魔化すな、そういう冗談を言うからお前はまだ見習いなんだ」

「冗談なんかじゃない。本気でお前は美人だ。街にいる女たちなんか比べものにならん」

 サレハの顔がさっと朱に染まる。オーラが見えるなら怒気が揺らぐのが目に出来ただろう。彼女はそのままぐっと顎を引いて応じる。

「そ、その手には乗らない。やっぱり戒律を破って街に出たんだな……!」

「お前だって容姿を褒められて嬉しそうにしているぞ。それは戒律違反の慢心じゃないのか?」

「なっ! そ、そうやって揚げ足を取るのが子どもなんだ! 人をからかって楽しむのも大概にしろ……!」

「まあまあ! ここは聖堂だよ? 二人とも落ち着いて」

 サレハが顔を真っ赤にして握りこぶしをプルプルさせ始めた辺りで、アマルが割って入る。これがいつものことだった。二人とも変なところで理性的で、他人が間に入ると途端に争いをやめる。

 ナサルは2メートルはあろうかという長身で、堂内に差し込む光を受けたダークブロンドの髪が鈍く輝いている。顔立ちは端整で、古代の彫刻か、それとも太陽神のようだと、大袈裟に評する人もいる。皆ナサルにたぶらかされた女性ばかりだよ、とアマルは悪態を吐く。輝かしい見た目とは反対に、“聖堂”ではでっかい図体をして悪童だと有名だ。

 正反対にサレハは“聖堂”でも優等生として一目置かれている。サレハほどよく出来た人間を、アマルは他に見たことが無かった。そして容姿も、他に類を見ないほど抜きん出ていた。豊かに波打つ茶金の髪や、白くまろい顔の中の、輝きに満ちた瞳。ただひとつ欠点をあげるなら、ナサルとやりあうといつもの完璧さがなくなってしまうのだ。

 彼らは皆、ユーセフの“聖堂”で育った幼なじみだ。彼らは戦争を仲裁する調停人になるために“聖堂”で教育を受けている。

 

 

 

 

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 太古の昔から、争いはやまない。人々が銀河に飛び散った現在では、ただその規模が大きくなっただけだった。

 今は帝国と連合、二つの勢力が争っている。帝国は利益追求と自国の領土を広げるため、連合はその毒牙から身を守るために。

 アマルたちの属する組織はユーセフ。私利私欲を殺し、ただ世界平和のために自分の才能を使う集団だ。

身体能力、思考力、特殊な才能を持ったこどもたちが幼い頃から集められ、教育される。成長して一人前になると、ユセフィアンと呼ばれ、星間戦争を解決するために派遣される。

 そういう意味で、ナサルはまだユセフィアンではなかった。

 サレハは特別だった。幼い頃から大人びていて、桁はずれの才能を持っていた。史上最年少でユセフィアンになったときも、“聖堂”の人間は誰もが――教師からこどもまで、意外に思うどころか、彼女に相応しい処遇だと納得したのだ。

三年前初めての任務地へ向かい、結果はたった一週間での和平。当時わずか十五歳だった。それもユセフィアンの中では異例。しかし彼女としては当然の結果として受け止められた。

 

 

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 面白くないのはナサルだ。最近、彼はことさらに彼女にケンカを売っている気がする。

「どうしてそんなに仲が悪いかなぁ」

「うわっ!」

 いつの間にか背後に立っているアマルにナサルが驚いた。他人の気配に気付かない彼は珍しい。周囲からの評価で気付かれないが、サレハほどではないにせよ、彼も優秀なのだ。

 サレハと言い合った後、彼が“聖堂”から離れて庭へ出るのを追ってきたのだ。いつものアマルならサレハにくっついていくだろう。そのせいで油断したのかもしれない。

 “聖堂”のある土地には大きな庭がある。あまりに大きいので、外部の者が見れば森と言うだろう。“聖堂”を離れて瞑想したり、束の間の休息を得るために使われている。

「? 口に銜えてるの、もしかして」

「……サレハには言うなよ」

 煙草を口の端に銜えたまま、ナサルは気まずそうに言った。アマルは彼がどうして驚いたのか納得した。

ユセフィアンは僧侶のようなもので、平和に身を捧げている。そのために禁欲をはじめ、様々な規則がある。それらをまとめて『戒律』と呼んでいるが、喫煙ももちろん戒律違反だ。

 禁じられているというのに、彼はこういった世俗のことによく通じていた。“聖堂”の外でも、色々と有名らしい。

「へえー、初めて見るな」

 意外と煙たいんだね、とアマルがもの珍しそうに言った。その反応に、ナサルは長く溜め息を吐いた。

「サレハもお前みたいだったらよかったのに」

 口から煙を吐き出しながら愚痴る姿が可笑しかった。彼のほうがアマルたちより二つ年上だ。大きな図体をして、サレハにばれないようにこそこそ煙草を吸っているなんて、まるで母親に隠れて悪さを覚える男の子みたいだった。

「しょうがないよ。サレハは“聖堂”を背負ってるんだから」

「……」

 ナサルは苦虫を噛み潰したような顔をした。彼自身は、“聖堂”をよく思っていないみたいだった。

「お可哀想だな、聖母さまは」

 皮肉っぽく言いながら、彼は何かを憂えているようだった。聖堂のこどもたちの中には、サレハを聖母さまと呼ぶ子もいる。

「聖母さまが、皆にとられちゃうのが嫌なんだ」

 

 

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「なっ――っつ!」

 ナサルがぎょっとして煙草を取り落とした。なまじ反射神経が良かったので、落ちた煙草を空中でキャッチしようとして火のついた部分を握り締めてしまっていた。教科書のような動揺ぶりだ。アマルは自分の頬が笑みで持ち上がったのを感じた。

「やっぱり好きなんだ、サレハのこと」

「何のことだよ」

「隠したって無駄だよ。僕知ってるんだ。庭でサレハが眠ってて、君が――」

「おま、馬鹿!黙れ!」ナサルは慌ててアマルの口を塞いだ。骨ばった大きな手で力いっぱい押さえつけてくるので、顎の骨が砕けるのではないかと思った。

「いいか、絶対言うなよ。言ったらお前、宇宙に放り出す」

 とにかく顎が痛いので頷く。口を押さえつける手がどいた。

「僕に内緒でひどいよ。いつからなの?」

「別にお前に言う筋合いは無いだろ」

「どこが好きなの?」

「お前、聖堂育ちの癖に……戒律違反だとか、他に言うことないのか?」

「君も聖堂育ちでしょ」

「俺は違う」

 彼の声は頑なだった。確かに、彼は他の聖堂育ちとは少し、違っていた。七歳までにユーセフへ集められるこどもたちの中に、十三歳で入った彼は育ちすぎていた。それまで育ってきた環境があったせいかもしれない。ナサルは浮いていた。――まあ今も、悪さばかりして聖堂から浮いているのだけれど。

「また言ってるよ。ひねくれるのもいい加減にしなよね。――ああ、わかった。聖堂育ちに憧れてるからサレハのことが好きなんだ」

 言った途端にナサルに頭を叩かれた。

「痛い!」

「不正解者に拳骨一発だ」

「ひどいっ! じゃあどこが好きなの?」

「しつこいな」

 煙草を始末したナサルは背を向けて庭の奥へと向かっていく。森の奥へは、こどもたちは怖がってあまり行こうとしない。ユセフィアンたちも、瞑想する場所が必要なだけなので、踏み込むことはない。なので森の奥は木々が鬱蒼と茂るだけだと思われている。

 そこは、ナサルとサレハ、アマルしか知らない。

 サレハは自分だけが知っている場所だと思っている。時々枝の手入れもしていた。ちょうどひらけた場所があり、芝生が生えた心地よい日溜まりがある。アマルは彼女からこっそりとそこへ連れられて来たことがある。それから彼女の姿が見えないと、そこへ探しに行くようになった。

 

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 そのサレハの秘密の場所で立ち止まって、ナサルはじっと地面を見つめた。何かを思い出すように。

「どうしてここを知ってるの?」

 アマルが問うと、ナサルは吐息で笑った。顔だけこちらへ向けて、話し始める。

「まだ聖堂に引き取られたばっかりの頃に見つけた。俺はここではのけものだ。肩身が狭くて姿を消せる場所がここだったんだよ。――まさか、あいつが、知っているとは思わなかった。しかもお前もなんてな」

 そういうことだったのか。今まで腑に落ちなかったことが、すべてすとんと心に落ちた。

「僕は、君がサレハの後をつけて知ったんだとばかり」

「まさか。俺だけの場所だったんだ。他の誰にもやるもんか」

 彼は肩をすくめる。

 

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 ナサルをここで見かけたのは、ちょうど一年前だった。

 あの日も、サレハの姿が見えなかったので、ここへ探しにきた。

 いつも通り、サレハはそこにいた。時々あったように、その日は柔らかな草の上に仰向けに寝転がっていた。長い髪が芝の上に広がり、木漏れ日を受けて黄金に輝いている。

 そして、ナサルがいた。彼は眠るサレハのそばに跪いて、じっと彼女を見つめている。二人とも美男美女だとは知っていたが、このときほどその美しさに感動したことはなかった。

彼はまるで彼女のそばにかしずく騎士のようだった。見つめる視線に温度があるのなら、きっと熱いと感じるだろう。アマルは自分の胸が苦しくなったような気がした。ただ熱いだけじゃなく、どこか醒めている。ナサルはサレハが好きなんだ。はっきりとわかった。好きなのに、手に入れることができないと、諦めている。

 どのぐらい経っただろうか。時間にしては数分、数秒だったかもしれない。アマルには長い時間のように感じた。

 不意に、ナサルが動いた。サレハの顔の両横で手をついて、そっと彼女を覗き込んだ。そして、二人の距離が限りなく近づいて、重なった。それは一瞬で、触れ合った後、静電気に触れたようにナサルはさっと離れた。一足飛びに離れて、そのまま“聖堂”へと背中を向けて去っていった。

 戒律違反のその行為を、アマルは報告する気になれなかった。ナサルは大切な悪友だし、彼の行為を咎めれば、ユーセフを出て行ってしまうような気がした。彼のためには、この組織を去るべきなのかもしれない。でもアマルは、出来なかった。さっさとユーセフを捨てて出て行きそうなナサルを繋ぎとめているもの、それがサレハなのだ。それなのに、彼はサレハに手を出そうとはしない。わかっているのだ。サレハを組織に繋ぎとめているものもまた、ユセフィアンとしての矜持だけということが。それを砕いてしまえば、彼女は彼女でなくなってしまう。サレハはナサルのように世俗を知っているわけではない。彼女が行き場を失ってしまうことを恐れて、ナサルは想いを打ち明けない。

 

 

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「……ほんとに、よく似てるよ。君たちは」

 アマルの大切な友人たち。呆れるほど頑固で、一途な彼らを、アマルは愛している。ユセフィアンのように、家族のように。

 アマルはナサルに近づいて、抱きしめた。彼はアマルの体重を受け止めて身じろいだ。この作法をナサル相手にやったのは初めてだった。

“聖堂”の家族がする抱擁だ。

「なんだよ、いきなり」

「サレハのこと、ずっと好きでいてやってね」

「……。何か、あったのか?」

 アマルは身体を離して笑った。綺麗に微笑むのに少し苦労する。 

「君の悲しい片想いに感動したんだよ。いつか成就するといいね」

「余計なお世話だ」

「それと、僕の初任務があるんだ。その餞別に」

「――」

 彼が言葉を失ったのは、アマルの身を案じたのだろうか、それとも、先を越されて悔しかったからだろうか。

 

 

 

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 “聖堂”の夜は冷える。幼い頃のアマルは寒がりで、夜中に一度目が覚めてしまうとなかなか眠ることが出来なかった。このころは男も女もなく、皆大部屋で育てられる。隣りで寝ているサレハの布団で暖を取ろうと思ったら、先客がいた。

 見慣れない顔の男の子だったのでアマルは首を傾げる。アマルより年上のように見えるのに、年甲斐もなく泣きじゃくっている。珍しい。“聖堂”で夜に泣き出す子は見たことがなかった。サレハはその子を抱きしめて、背中をさすっている。アマルが目を覚ます前から、ずっとそうしていたのだろうか?

 こどもたちの寝静まった部屋の中で、聞き取れるか聞き取れないかの幽かな声で歌っている。サレハの声だ。彼女の生まれ故郷の、遠い遠い星の歌だとわかった。彼女は聖堂にいながら、家族の記憶を持っていた。ほとんど話さないが、家族を恋しがっていることはアマルにも何となくわかった。アマルには家族の記憶が全く無いので、それが少し羨ましかった。

 サレハの子守唄を聴きながら、男の子はすすり泣きしている。夜の暗闇に吸い込まれるように、それらの音が掻き消えていく。二人の間には、割って入れない何かがあった。

 その夜以来、あの男の子が泣いているのを見たことはない。むしろ生意気な顔で、教師や仲間たちを怒らせることばかりやった。

思えば、サレハが頭角をあらわし始めたのも、その頃からだった。

 

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 アマルが初任務を告げると、サレハもナサルと全く同じ反応をした。

「そんなに僕って頼りないかなあ」

「ごめんなさい。――そうじゃない、違うんだ」

 サレハは首を振った。ハの字に眉根を寄せてこちらを見上げてくる。その表情はアマルを案じていた。“聖堂”の談話室の中、傾き始めた恒星の光を受けて憂い顔でソファに腰掛ける姿は、余計に翳って見える。

「ただ、最近の情勢がおかしいから。変なんだ。今までと何か違う。それで、心配で」

「ふぅん?」

「私の取り越し苦労ならいいんだけど……ごめんなさい、こんなこと言って。――初任務、おめでとう。これでアマルと一緒に仕事できるね」

「いいよ、ハグしてくれたら許してあげる」

「何それ」

 苦笑しながらソファから立ち上がって、サレハは抱擁してくれる。なんだかんだ言ってアマルには甘いのだ。

「これで僕もユセフィアンかあ。残すはナサルだけだね」

 アマルがそう言うと、サレハは顔を顰めた。

「どうしてそこでナサルが出てくるの」

「だって心配じゃない? サレハだってしょっちゅう心配してるでしょ」

「あれは、心配じゃなくて指導だ。あの人があまりに“聖堂”の人間として、自覚がないから。いつまで経っても成長しないし……」

 それを心配と言うんじゃないの? 素直じゃないなあとは思っても、口にはしない。クッションを抱きしめながらサレハの隣に座った。

「ねえ、サレハ」

「なに?」

 アマルはその言葉を口にするのを少し躊躇した。二人を見続けて、胸の中で不思議に思い始めたこと。クッションを少し強く抱きしめながら、

「どうして僕らは、人を愛しちゃいけないのかな?」

 

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「……」戒律を揺るがす疑問を、サレハは怒らなかった。

「マイナスな感情じゃないでしょ? 母が子どもを思う心も、男が女を愛するのも」

「……だからだと、思う」

 アマルが顔を上げると、サレハは困ったように目を伏せた。

「いくらプラスの感情でも、それはゼロじゃないから」

 そうして言葉を区切って、逡巡した後、深く息を吐いた。

「……私はナサルが怖い。あの人は、沢山のものを愛している。そのうえ中身が子どもだから、同じように、同じだけ、愛されたがっている。でも、そんなことはどう考えても無理に決まってる。それに失望したら、彼がどうなるのか――」

 サレハはそれ以上言わなかった。その憂いは、ユセフィアンらしくも、女性らしくも見えた。

「もしかして、いつもナサルに突っかかるのはそのせい?」

 返事はなかった。サレハは視線だけアマルに向けて、じっと見返してくる。

「アマル、もう二度と、こんなこと聞いてきてはだめだ」

 そう言った彼女は、もうすでにいつもの優等生に戻っていた。

 

 

 

 

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 教師たちから叱咤され、たくさんの級友から激励されて、たどり着いた星は、酷く乾いていた。

砂漠の星。地面の下に莫大な資源が眠ったまま、それを掘り返す装置も手に入れられない貧しい人々が暮らす星だ。数ヶ月前から帝国の攻撃が始まり、連合がそれを防ぐために戦力を割いている。ユーセフは連合の要請を受けて、アマルに任務を与えた。

 アマルは独自に調べていくうちに、サレハの言っていた違和感の訳を知った。いくら軍事力では帝国に負けていても、地の利は連合にある。本来なら、もうこの戦いは決着がついていてもおかしくないはず。それが長引いているということは――

 間借りした連合の基地の宿舎は居心地が悪かった。当たり前だ、初めて経験するホームの外の世界なんだから。自分に言い聞かせるけれど、それは嘘ではなかった。疲弊していても兵士たちは明るく、外部の人間のアマルにも気安く接してくれた。しかし、彼らの上司の視線と、慇懃な態度はどこか冷たく感じた。軍人はこんなものなのかもしれない、そう思い込もうとしても、胸がざわつく。

「情けないなあ、僕」

 狭い個室でため息を吐いた。個室を貰えるだけいい待遇なんだぞ、感謝しなければ。サレハの優等生なセリフが聞こえてきそうだ。

 でも、本当に怖いのだ。どこかから誰かが追いかけてきている。そんな感覚がする。実際に追いかけられているわけではないのはわかっている。それが危険かもしれない、死かもしれない。怖かった。まだ自分は何も成していない。

 不安を掻き消すように、アマルは机の上の機械を操作した。ホログラムを録画するものだ。

「どう、僕の格好! 一人前のユセフィアンでしょ?」

 ことさら明るく笑いかけながら、腕組みなんかしてみせた。支給されたローブを室内で羽織っているのはちょっと滑稽かもしれないな。と思っても、見せびらかしたくて仕方がなかった。

「僕は元気です――」

 その後の言葉が続かなかった。どうせもともと、嘘を吐くのが苦手だ。肩をすくめて、両手を広げた。

「嘘だよ。ちょっと怖いかな。皆に会いたいよ」

 こうなったら腹を括ろう。ちょっと自慢して悔しがらせてやろうと思っていたけど、どうにも出来そうにない。

「……君に話がある。このホログラムは、連合の手に回らないように、ある人に頼んだんだ。僕のこの任務、もちろん成功させるつもりだよ。でも、絶対ないと思うけど、万が一。これが成功させられなかったら――大変なことになる。」

 

 

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 酷く喉が渇く告白だ。大きく唾を飲み下して、アマルはもう一度口を開く。

「君にこんなことを話したくなかった。“聖堂”を好きでいて欲しいし、僕も好きだし。――でも今、ユーセフは僕らを騙している。それも連合と結託して、戦争を起こそうとしている。

 ここ数ヶ月、連合は帝国を攻撃する口実を探していた。自国を防衛するためだけじゃない、正義をはたらく口実を。

 それが、僕だよ。……ううん、誰でもいいんだ、本当は。必要なのは、平和のために旅するユセフィアンだ。そいつを殺せば、帝国を悪に仕立て上げられる。それがこの僕だったって訳さ。ユーセフがこんなの見逃すとは思えない。つまりは、――」

 言う必要はないだろう。アマルより頭の回転の早い人だ。

「辛気臭いのはやだねえ。僕もう頭痛くなっちゃったよ」

 首を左右に振りながら、もうこれ以上は言うまいと思った。これが相手に届く前に自分が任務を解決できればいい話だ。配達を頼んだ人物は気分屋だし、うんと時間をかけて届けてくれると約束してくれた。相手の手に渡る前に帰りたい。

「僕は、君が羨ましいよ。僕には愛だの恋だのがわかんないみたい。欲しいなあと思っても、手に入れる方法もわかんないし、あげたくても、持ってないんだから。」

 ふざけあってだとポンポン浮かぶはずの言葉が、少し照れくさい。でも、どうしても伝えたかった。――愛で不幸になる人はいないと思いたかった。

「だから、僕からのお願いだよ。ナサル。

 連合が帝国と戦争を始めたら、サレハを連れて逃げて」

 それは口実だった。アマルのエゴだった。憧れだった。嫉妬もあった。二人を見ていて思ったのだ。こんなにお互いを想って、相手を傷つけまいとしている。憂えている。これを恋というのではないだろうか、それとも、愛というんだろうか。どちらにせよ、そんな二人ならば悲しい結末はないと信じたい。

「きっとサレハは君のことが好きだよ。じゃなきゃ手のつけられない悪ガキを叱ったりしない。

 思い切って言ってみなよ。好きだって。あの子はちょっと硬いところがあるから、それが心配かな。君は君で変にナイーヴだし。

 だから、言ってみなきゃ始まんないよ?

 素直になれないのは悪い癖だ」

 もっと伝えなければならないことがあるはずなのに、出てこない。自分は今、どんな顔をしているんだろうか? 想像して少し笑えた。きっと真剣な顔してるんだろう。これを見たナサルがいつもみたいに、お節介だ、余計なお世話だ、そう言うに決まっている。

「大好きだよ、二人とも」

 

 

 

 

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 アマルの出発から数週間後、“聖堂”は騒然とした。ユセフィアンから死者が出たのだ。

 サレハはアマルより一足先に任務を終えてその報せを耳にした。

アマルがいた連合の基地が強攻された。基地の十数倍の勢力で攻め込まれ、基地の原形がほとんど無くなるような惨状。生存者はほんの数名だった。

彼らの証言で、アマルのことがユーセフに知らされた。

 アマルは身を挺して生存者たちを守りながら、戦っていた。話し合いも和平の申し入れも出来ずに戦うことに文句を言いながら、それでも逃げ出そうとはしなかった。

 

 サレハはそれを聞いて表情を無くした。誰にも悟られないように姿を消し、森の奥で泣いた。声を殺して、うずくまって地面を叩いて、髪を掻き乱して泣いた。どこもかしこもアマルとの思い出だらけで、一度決壊した悲しみは止められなかった。ユセフィアンの中の優等生でも、彼女は人間だった。

 ナサルは。彼は、それを見てもサレハを慰めることが出来なかった。

言葉をかけることも出来ずに、その様子を見守っていた。ただ木陰に立ち尽くしたまま、涙は出なかった。彼にとってのアマルは、まだどこかからひょっこりと現れてきそうな、そんな存在だった。泣いたりなんかしたらからかわれる、そう思っているのかもしれない。涙を流さない分だけ、悲しみは払拭できなかった。

 

 二人の心の中には、大きな空洞ができてしまった。頑なな彼らを結び付けていたアマルが、もう戻ってはこない。やがて空に星が姿を現し、天から二人を見下ろした。

 

 

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 神様――、もしもいたら。お願いします。

 アマルは願っていた。愛で不幸になる人はいないと思いたい。

 どうか、彼らを素直にしてやってください。

 

 

 

 

 

 そして、ナサルの元に、一通のホログラムが届いた。

 

説明
SFファンタジーっぽい作品。いちおう恋愛モノですが、登場人物たちがツンデレすぎて成立してません(笑)
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タグ
オリジナル SF ツンデレ同士のせめぎあい 

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