スターダスト・フェアリーテイル
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 目を閉じると浮かび上がる。いくつもの星の輝き。宇宙を自由に飛びまわれる時代になっても、その輝きは変わらない。

 ロラン=ロランはその光を追いかけるのが好きだった。目で追い、自分の宇宙船で追いかけたこともある。遠くから見ればきらきらと輝き、地表に近づくと美しい海と大地が顔を見せる。中には燃え尽きながら流れていく星や、巨大な岩石。宇宙の計り知れない不思議さに、ロランは惹かれている。

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 けれど、彼女が今追っているのはその星とはまったく違う、不思議でも美しくもなく、可愛げもない男だった。

「お腹減った……」

 ぺったんこになった腹を撫でながら恨みがましく呟いた。ロランの立っている街は今、夜の賑わいを見せている。露店や食堂から食べ物の匂いがしてきて、平らな胃袋をさらに押しつぶそうとする。悲鳴をあげる腹の虫を抱えて、ロランは食堂を横目に通り過ぎた。食事をしたくても先立つものが無いのだ。ロランがまだ未成年なのを理由に、財布の紐は彼女の相棒が握っていた。

「喉も、渇いた……」

 呟いても、返事をしてくれるのは腹の虫だけ。重たい足を引きずってようやく目的地にたどり着いた。町外れにひっそりと佇むバー。何軒も探し回って、やっとそこにいる彼女の相棒を発見した。

黒い衣装に身を包んだ青年が店のカウンターでふんぞり返って果物を齧っている。その姿にロランの空腹が怒りに変わった。ここまで耐えてやってきたというのに、あいつはここでのうのうとしていたのかと思うと、腹が減っているのも忘れて大声で怒鳴っていた。

「オリバー!」

「げっ」

 名前を呼ばれて相棒が『ばれた』と言う顔をする。ばれたと思うぐらいなら後ろめたいことをしなければいいのに。

「一日半もほったらかしにするなんてひどい!」

「いやあ、会いたかったぞ。ロラン」

「何が『会いたかった』よ! 飢え死にさせようとしてたんじゃないの!?」

 怒り狂う小さなロランを前に、長身で男らしい容貌の相棒はさっぱりと笑ってみせた。

ロランの相棒、オリバー・ブランドンは、実は宇宙ではちょっとした有名人だった。ハンサムな海賊さん。義賊を気取って宇宙を飛び回る若造。宇宙一速い船、デュランダルに乗る宇宙海賊。褒めていたり貶していたり、とにかく色んな肩書きがある。実際のところ、オリバーは裕福な人間を中心に狙った海賊稼業をやっていた。

ロランはその有名な海賊の乗る宇宙船、デュランダルの操縦士だ。海賊なのにたった二人なのは、まだ結成して年月が浅いのと、彼らほど息の合う仲間が見つからなかったこととがある。二人はそれぞれの役目をしっかりと果たしていた。ロランはデュランダルを速く安全に飛ばし、オリバーはスマートかつ迅速にお宝を手に入れる。危険になったらとにかく二人で遠いところへ逃げる。それが危険な海賊行為を成功させる秘訣だった。

 目の前に食事が運ばれたことでロランはやっと怒りを静めて(逆に怒りが手伝っているのかもしれない。)、冬眠前のクマのように食べ物を胃袋へ詰め込み始めた。少女が一心に食べる姿に、オリバーもちょっと罪悪感が沸いたのか、ふわふわした彼女の髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。食べ物の恨みは深いがオリバーもいちおう反省しているらしい。ロランは黙って撫でられるままにしていた。相棒として上手くやっていくには、こうやって妥協してやらないといけないこともあるのだ。

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「動くな!」

 突然店内に警告が響き渡る。黒地に赤のラインの入った制服を着た人間が十数人、狭い店内を占領した。帝国軍の人間だ。

 二人は目配せしあった。仕事柄、制服の人間には警戒しなければならない。常に追いかけられているし、彼らはどこにでもいる。いつもならこんな辺境で真面目に仕事をしている者はいないのに、今日はどこか違う。いざとなったら逃げるべく、海賊とその相棒は心構えをした。オリバーは鋭い両目をきらりと光らせ、ロランは残りの食料を口の中に詰められるだけ詰め込んだ。

「いたぞ!」

 軍人がオリバーをまっすぐに指差した。宇宙海賊と言っても、普通は顔を隠しているからばれるはずが無いのだけれど、彼は隠さずに堂々と顔を晒して仕事をする。それだけでも十分気は確かなのか問いたくなる奇行だ。なのに、彼はわざわざ自分の名前を名乗るのだ。おかげさまで商売繁盛、どこへ行っても人気者よ! ロランはときどきそう感謝してやる。

「待ってました!」

 オリバーは口角を吊り上げた。そうすると端整な顔が大胆不敵な表情になった。彼は危険を危険とも思わないところがある。そのせいで二倍くらいいらない苦労をロランがしていることは、まったく気にもしない。

「厄介ごとはもうたくさん!」

「まあまあ、ロランはそこで大人しくしてろ。美味しいところは俺様が全部貰ってやるから」

 言うが早いか、オリバーは向かってきた軍人めがけてテーブルを投げた。ロランはそこに載っていた皿の弁償代を計算した。

「大人しくしろ!」軍人がブラスター銃を構えた。

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オリバーが椅子の背でそいつを殴打する。他のお客さんが巻き添えに! 海賊の相棒とはいえ、中身は清く正しい一般人のロランは心の中で何度も悲鳴を上げた。

 いつもなら、「これで勘弁しといてやるよ」とオリバーが言っている頃合だ。なのに今日は次から次へと敵が沸いて出てくる。オリバーもおかしいと思ったらしい。

「ロラン、逃げろ!」

 いつになく緊迫したオリバーの声。緊急事態だ。オリバーが逃げろと指示することはめったに無い。ロランは反射的に出口へ目を走らせた。オリバーを手助けするという選択肢は無い。助けようとすれば逆に足手まといになって、彼を窮地へ追いやってしまう。自分のできることとできないことを判断して行動するのが二人のルールだ。ロランは出口突破を決めると、やおら自分が座っていた椅子を掴んで走り出した。

「うぉおおおおおお!」

 レディにあるまじき雄叫びを上げながら出口めがけて突進すると、軍人たちの囲みがざざっと崩れていく。「仲間だ、捕まえろ!」と叫びながら向かってくる連中をなぎ倒すと、扉に体当たりして飛び出した。

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 必死の強行突破から約二時間。ロランは無我夢中で追っ手を振り切って、デュランダルの発着場で相棒を待っていた。エア・バイクの無断拝借に交通規制の無視、今日だけでロランには逮捕されるのに十分な罪状が付けられたに違いない。いつもはこういったことはオリバーの専売特許だ。……そう、だから不安なのかもしれない。

いつまで経ってもオリバーの姿が見えない。舗装された地面を、強い風が吹き抜けていく。ぎゅっと自分の身体を抱きしめるようにして風から身を守った。

 あの時助けに入っていれば……。言いようの無い不安が足元から這い上がってくる。嫌な予感が喉元を圧迫する。それは時間が経つほどに予感ではなく、確信へと変わった。

 ホログラム・ネットのニュースで、オリバー・ブランドンの逮捕が知らされた。立体映像のキャスターが淡々と事実を読み上げる。

デュランダルのコックピットでロランは呆然とした。ほんの少し、期待していたのだ。オリバーはいつも恐れないし、どんな困難な状況も切り抜ける知恵と体力と運を持っていると思っていた。その希望を突き崩された衝撃で、ロランは言葉を失っていた。

 頭の中では自分の声が叫んでいた。冷静になるんだ。――彼を助けなければ。

 でもどうやって? 冷静な自分、混乱している自分、訳のわからない使命感を叫ぶ自分、たくさんの感情がわんわんと響きあって整理が付けられなかった。

ホログラムはまだニュースを流し続けていた。彼の処分は数日後、帝国の首都へと送られた後に決定される。

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 ロランは操縦桿を握り締めた。どうやって助ければいいのか、まだ方法が見つからなかった。でもじっとしていれば、オリバーがどうなるかわからない。座標を打ち込んで、機体を発進させる。エンジンが緩やかに機体を持ち上げて、たちまち地面から高く高く浮かび上がった。

 目指す目的地は、オリバーが連れて行かれる星、帝国首都だ。

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 現在、この銀河にはいくつかの勢力が存在する。その中でも最も大きい勢力が、帝国。皇帝が支配する強力な政府の下で、たくさんの星が従っている。帝国に所属する星は年々増えていた。それは強大な軍事力と尽きることの無い皇帝の支配欲のせいだと言われている。現皇帝が玉座に就くとき、血なまぐさい噂が流れた。嫡子ではなかった現皇帝が、正統な後継者だった弟皇子を暗殺したという話だ。真実かどうかはともかく、弟皇子は死に、兄皇子だった現皇帝が帝国の行く末を握っている。

 そんな歴史を体験したせいか、首都であるこの星はどこか陰気臭い。ロランは足音を殺しながら通りを急いだ。夜の闇に紛れ込むようにして、たどり着いた袋小路で立ち止まった。突き当たりはレンガ塀。赤と白のレンガが交互に並んでいる。

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 オリバーが『何かあったときはここを頼れ。お前のためなら何でもする奴がいるからな』といつも言っていた場所だ。あれだけ不敵に振舞っていても、もしものことをすでに覚悟していたのかもしれない。覚えこまされた合言葉に従いながら、一つのレンガを塀の中へ押し込んだ。そこだけガコンと凹んで、レンガ塀が音も無く奥へと下がっていく。空いた空間には、地下へと続く階段が口を開けて待っていた。

 おそるおそる階段を降りると、何かが聴こえてきた。オペラ? とうとう地下室と思われる場所に到着すると、美しい歌声が響き渡ってきた。録音音声だ。それも、何百年も昔のアナログな装置で再生されていた。確か――レコードとかいうやつだ。

 部屋の中は薄明かりで保たれていて、どっしりとした安楽椅子がひとつ、こちらに背を向けて置かれていた。ロランはゆっくりと部屋の真ん中へ進み出た。――安楽椅子に、人が座っている。

 椅子に座っていたのは、銀髪の男だった。細身で、目を閉じて眠っているようだったが、薄明かりの中でもわかるかなりの美男だ。

 ロランが男の姿を認めて息を詰めると、銀髪の男がゆっくりとまぶたを持ち上げた。真っ青な瞳がロランの姿を映す。

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「やあ、元気だったかい? 僕の大事なロラン=ロラン」

 男がにっこりと微笑んで、長い袖を優雅に引きずりながら自分の顔をひとなでした。その妙に芝居がかったセリフを聞いて、ロランは自分の全身に鳥肌が立つのを感じた。何だかものすごく、関わってはいけない人種に出会ったような気がして。

「あなたは誰なの?」

「僕のことを知らない?」

 何てことだ、と大げさに悲劇っぽく胸元を押さえる仕草をする男を見て、知らんぷりして帰りたくなってきた。

「僕はテルヌーイ。デュランダルの制作者だよ」

「デュランダルの?」

 男は再びにっこりと(こう言っては失礼なのかもしれないけど、大輪の花が咲くように、それはもうにっこりと)微笑んだ。美男がそんな顔をするととても絵になった。

「あれは僕の人生で最高で、唯一の芸術作品だよ」

 言いながら、テルヌーイは恍惚としていた。目はあらぬところを見つめ、爛々と光っている。ロランはゆっくりと後ずさった。さっき絵になる美男だと思った自分を引っ叩いてやりたい。この人はたぶん、おそらく、いいや絶対、変態――失礼、変質者だ。

「失礼、」

 小さく咳払いをして、ロランはできる限り可愛らしく笑ってみせた。

「突然だけど、私のお願いを聞いてくれる?」

 食いしばった歯の間から言葉を押し出すと、テルヌーイはどうぞと言う様に両手を広げた。

「僕にできることなら何でもするよ、大事な大事なロラン=ロラン」

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 ロランがオリバーが捕まったこと、相棒の彼を助け出したいということを話すと、テルヌーイはなんでもないことのようにうんと頷いてみせた。

「ロラン=ロランのためなら、お安い御用さ」

 怖いもの知りたさに、彼がそこまでしてくれる理由を尋ねると、彼は両手を天に向かって広げ、『僕は君とデュランダルに魂を捧げているんだよ! 君のその可憐な姿に包まれた無垢な魂! ホログラムで一目見たときからこの胸がうんたらかんたらかくかくしかじか!』と説明してくれた。なんとも気持ち悪い――感動的な理由にロランは返す言葉が無く、曖昧に笑っておいた。

「オリバーが捕まっても、帝国が彼を殺すことはできないよ」

「どうして?」

ロランが尋ねている間も、テルヌーイは端末からハッキングする手を休めなかった。帝国軍のデータベースに入り込んで、オリバーの居所を突き止めていた。

「アイツは皇子様だからさ」

 この言葉の意味がわからず、ロランはきょとんとした。ときどき彼に気のある女の人がオリバーのことを王子様なんて呼んだりしていたけど、テルヌーイが言おうとしているのはそういうことじゃないというのは何となくわかった。

「信じられない」

 一方で、それが真実かもしれないと思った。オリバーは逃げも隠れもしないで、ずっと帝国と戦っていたのだろうか。いつか自分の正体を知って捕まえにくる追っ手を待ちながら。

「僕もだよ。でも、アイツは僕にデュランダルを作らせるとき、あろうことかオートクレールを担保にしたんだ」

「オートクレール?」

「帝国皇室に伝わる秘宝だよ。代々皇帝を継ぐべき人間に託される。帝国はオートクレールを手に入れるまで、オリバーを殺せない」

「でも、それだけじゃあ皇子って証拠には……」

 もちろんさ、テルヌーイが頷いた。

「僕は帝国軍の兵器研究所に勤めてたんだ。そこへ前皇帝陛下が伴ってこられたのが、アイツだった」

「……」

「信じる信じないは君の自由だよ。僕は開発に夢中になりすぎてクビになったような人間だし」

「わかんないや……」

 ロランは首を振った。たくさんの真実が見えてきて、混乱してしまう。けれど、はっきりしていることがあった。今はオリバーを助けたい。そのためには、彼がどんな人間だろうと関係無いのだ。ロランはオリバーを知っている。ふてぶてしくて、大胆で、けれどいざというときには頼れる彼女の相棒を。

「オリバーはオリバーだよ。皇子様だろうと海賊だろうと、変わらない。私はオリバーだから助けたい」

 はっきりとそう言うと、テルヌーイは青い瞳でロランを見つめ、ふんわりと笑った。

「だから僕は、君のことが好きなんだ」

 まさか直球で告白されるとは予想していなかったものだから、ロランは顔を真っ赤にして困惑してしまった。

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 これからひと仕事するというとき。ロランはいつも不安だった。オリバーはいつもそんな彼女に言った。

「心配するな。俺様が付いてるんだからな」

 自信過剰に聞こえるあのセリフは、その裏に別の意味があったのかもしれない。いつだってオリバーは堂々としていた。胸を張って、顔を上げて立つその背後で、ロランは守られていたのだ。オリバーの名前が有名になればなるほど、ロランの存在は薄れた。本来は相棒同士二等分するはずの危険を、そうやってオリバーが一人で被っていたのだ。

 でも。ロランは思う。そんなんじゃ不公平だ。

 ロランは防壁の上に立っていた。正面には帝国軍の監視する収容所がある。堅固な建物をぐるりと囲むように、高く聳え立つ防壁。吹き付ける風が冷たい。夜が明ける前に全てを済まさなければならなかった。

これから収容所に乗り込み、オリバーのところまで助けに行く。テルヌーイがハッキングして得た情報や帝国への工作を元に、綿密に作戦行動を計画してくれた。(そんなことができる彼は一体何者なのだろうか)彼がいくつかのものを渡してくれた。収容所内の地図が表示されて、現在地から目的地への方向をナビする端末。護身用のブラスター銃。カードキー。変装用の帝国軍の制服。などなど……。その中にあった装置で正面の建物に極細のワイヤーを渡す。そこに自分の身体を支えるベルトからフックをかけた。こんなことをするのは初めてだった。不可能ではないのかという恐怖が湧き上がってくる。オリバーはいつもこの恐れと対面していたのだろうか。ロランはそんなことを考えながら、深く深呼吸し、一気に向かいの建物へ渡った。

 自分はオリバー・ブランドンの相棒なのだ。だったら彼の危険の半分はロランのもの。そうして共に困難を乗り越えなければ、真の相棒にはなれない。これはそのためにロランがやるべきことだ。

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 コンピューターで管理されている収容所には人間の見張りは少ない。テルヌーイが収容所の監視をハッキングして攪乱している隙に、指示された通りに走った。天井から床や壁まで白い、入り組んだ迷路のような通路を必死に走る。頼りない両足で床を蹴り上げるようにしてオリバーのいるところを目指した。心臓が恐怖と不安でドクドクと脈打ち、張り裂けそうだ。

 目的のドアに辿り着いた。乱れる息を押し殺しながら、ポケットからカードキーを取り出し、システムに押し込んだ。これ一枚でドアの管理システムを破壊できる。ただし、システムに異常が起こったことをすぐに知らされてしまうのでただちに逃げなければならない。

 音も無くドアが開いた。部屋の真ん中に転がされている人間がいる。オリバーだ。

「オリバー!」

 ロランは駆け寄って、彼を助け起こした。顔中アザだらけで、整った顔が見る影も無い。黒い衣装のせいでわかりにくいけれど、血の付いたような跡がある。オリバーはロランの腕の中でゆっくりとまぶたを開け、苦笑した。

「この俺様が、情けない」

「ホントだよ」

 ロランはクスッと笑った。オリバーらしい。笑っているのに、涙が出て止まらなかった。顎から伝う雫を、レーザー手錠のはまった両手でオリバーが拭う。

「泣いてる暇は無いぞ」

「わかってる」

「一つ頼みがある、相棒」

「何?」

「手錠のせいで、立てないんだ。肩貸してくれ」

 居心地悪そうに言うオリバーをロランはまじまじと見た。服のせいで身体に傷があるかどうかわからなかったけれど、顔と同じような状態になっていることは想像できた。立ち上がるのも辛い状態なのかもしれない。手錠のせいで立てないというのは、オリバーの強がりだろう。

ロランは頷いた。

「いいに決まってるよ、相棒」

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 オリバーに肩を貸したとき、ロランの予想は当たっていた。ボロボロになった彼の身体を支えて、ロランはまた泣きそうになった。涙をぐっと堪えて、先を急いだ。

 残された時間はあと何分だろう? どこまでも白い通路は時間の感覚を麻痺させた。自分の息遣いが大きく聞こえる。できる限りの速さで進んでいるけれど、いつオリバーの体力が尽きてもおかしくなかった。

「止まれ!」

 鋭い声。心臓が凍る思いがした。軍人だ。ロランたちの前方でブラスター銃を構えていた。

 あと少しなのに。じりじりとした気持ちと恐怖で頭の中は真っ白になってしまった。

「ロラン、俺を置いていけ」

 オリバーが荒く呼吸しながら言った。ロランは彼を睨みつけた。そんなこと、ロランの選択肢にはもうとっくに無いのだ。

「絶対に嫌だ!」

 ロランは咄嗟に持っていたブラスター銃を構えた。護身用のものでも、この距離ならば使える。引き金に指をかけて、狙いを定めた。

「やめろ!」

「銃を下ろせ!」

 制止の声が聞こえる。ロランは必死に照準を定めようとする。手が震えて、できない。当たり前だ。銃を撃ったことも、ましてや人を打ったことも無い。怖い。引き金一つで人を殺せてしまうことに躊躇した。オリバーと一緒に逃げるため。でも、相手は自分と同じ人間なのだ。

「銃を下ろさなければ撃つ!」

「ロラン!」

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 ロランはぎゅっと目を閉じ、引き金を引く指に力をこめた。その瞬間、身体を引っ張られるような感覚。耳元を何かが掠めた音がした。身体ごと床に倒れたような振動。

「ぐっ!」

 どさりと音が聞こえて、ロランは目を開いた。足を押さえながら軍人がうずくまっている。無性にほっとして、やっと状況が把握できた。自分がオリバーに抱きかかえられるようにして床に倒れている。背後の床がブラスター銃の光線で焼け焦げていた。彼がかばってくれたのか。あのまま突っ立っていたら、今頃はあの光線で頭に穴が開いていただろう。彼をそっと見上げると、倒れたときの衝撃が相当痛かったらしい。青白い顔で、眉根を寄せている。

「ごめん……オリバー、ごめん……」

 ただ、彼を見捨てたくなかった。オリバーは細く息を吐き出し、静かな黒い瞳にロランを映した。

「お前の体重で押しつぶされるかと思ったぞ」

 それ以上は何も言わず、彼はロランの髪をくしゃりと掻き混ぜた。責めることをしないその言葉に、ロランはまた泣きそうになる。ごまかすために、わざと顔を顰めた。

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「はい、おし……まい!」

「いてっ! おい、叩くのは余計だろ!」

 オリバーは心底痛そうに包帯の巻かれた肩を庇った。

「生きてるから痛いんだよ。よかったねえ、しぶとくて」

ロランが救急キットを抱えながらにっこりと微笑んだ。

「お前……前と性格違わないか?」

「そうかな。気のせいじゃない?」

 オリバーが半目でジロリとロランを睨むのに、彼女はさらりと答えた。全身アザや擦り傷、軽いヒビまで拵えていた彼はテルヌーイの隠れ家で治療を受けた。

あの逃亡劇を乗り越えて、ロランは少し図太くなったようだ。それとも、もともと彼女が持っていた性質なのかもしれない。オリバーは頭を抱えた。前のほうが可愛かったのに、なんて呟きは聞かなかったことにする。

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「羨ましい、僕もロラン=ロランに手当てして欲しい」

テルヌーイがジト目でオリバーを見ていた。安楽椅子にいい年した男が体育座りしている姿は気味が悪いことこのうえない。

「どこも怪我してないひきこもりが何言ってるんだ」

「いつもロラン=ロランと一緒にいられるなんて羨ましすぎる」

「テルヌーイも一緒にデュランダルに乗ればいいんだよ」

「僕が!?」

「おい、不吉なこと言うな。こんな変態と同じ船に乗るだと?」

テルヌーイはロランの言葉に目を輝かせている。オリバーが顔を顰めた。子どものように全身でわくわくしているテルヌーイを鋭い両目で睨む。

「悪い考えじゃないと思うよ。テルヌーイは作戦を立てるのが上手だし。……とにかくいろいろできるじゃない」

「僕は天才だからね」

 テルヌーイが胸を張った。ロランに褒められて上機嫌になっている。「お前は黙ってろ」とオリバーはお得意の睨みで威圧した。

「俺様の相棒はお前だけで十分だ」

「それは私も勿論そうだよ。手のかかる相棒は一人で十分。でもね、オリバー。仲間はもっと必要だと思うんだ」

 オリバーの片眉がピクリと上がった。

 ロランは思った。仲間。それも、ただの寄せ集めではない。ロランやオリバーの信頼が置ける人間がもっと必要だ。オリバーがこれからも逃げも隠れもせず宇宙海賊としてやっていこうと思うなら、必ず帝国は二人の前に立ちはだかってくる。帝国の強大な力は侮れない。そのために、仲間が必要なのだ。

「一人でいいなんて言わないでね。私はこれからもずっとオリバーの相棒でいたいんだ」

 オリバーは腕組みして、口元をぐっと引き締めた。ロランなりに彼のことを考えているのだとわかってくれたらしい。しばらく沈黙して、重々しく頷いた。

「わかった」

 ロランはほっとして思わず彼に抱きついた。アザだらけの身体に響いたのか呻き声が聞こえてきた。けれども、オリバーは彼女の背中に腕を回して抱き返してくれた。ようやく、相棒らしくなれたという気持ちが、ロランの胸の中に湧き上がってくる。そして、ロランは決意した。これからも、彼と共に生きよう。

 

 

 

 

今日も、星は輝いている。それぞれが美しく、それぞれが精一杯に。

 果てしない銀河で、自分たちはここだと輝いている。いつか燃え尽きるかもしれない、巨大な隕石が衝突し、消えてしまうかもしれない。そんな中でも、変わらず明るく光り続ける。ロランたちもそんな星屑の一部なのだ。そして、星屑たちは今日も物語を紡ぎ続けている。

自分たちの、たった一つの物語を。

 

                【END】

 

説明
SFもどき冒険もの。制限枚数原稿用紙30枚ではちょっと微妙な内容になってしまいました。加筆修正したものをオリジナル本として、1・10のインテックス大阪で販売する予定です。『星の名前』のほうも世界観の同じものとして収録します。
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