百年前の轍を踏みしめて サネミさんとヒロ それぞれの後日談 |
1 大正時代 痣の寿命を乗り越えろ
実弘が未来に戻ったのち、産屋敷家にて。
元忍の段蔵の指南によって痣の寿命を克服する修行がはじまり、第一弾の経過観察となった。
全集中の呼吸でかなり空気を吸い込む。さらに痣による体温上昇、心拍数増大。身体に負荷がかかりすぎる。その逆、つまり日常で空気をあまり吸わないようにする。かといって全く吸わないことはできないので適度に。
もう一つが秘伝丸薬の服用。および一定期間の禁欲。というのが第一弾の内容だった。
冨岡義勇と不死川実弥および竈門炭治郎が参加している。3人は段蔵の前で座敷に座っている。
「全集中の呼吸のように空気を常人の想像以上に吸いすぎると実は体内に良くない。一定期間の禁欲は呼吸や心拍数を抑えるためです。」と段蔵が言う。
「当然だな。」独り身の冨岡がぼそっとつぶやく。
シズエと結構会っている実弥やカナヲがいる炭治郎にとっては、どこまでの禁欲なのかを聞く必要があった。
シズエは茶屋の娘で歳は23歳。墓参りにも一緒に行くようになった。
「『二又ソケット』を手に入れたわ。これで同時に電気つけても大丈夫。」松下幸之助が発明した二又ソケットを風屋敷に持って来てくれた。
そういえばと炭治郎は思い出す。「呼吸や心拍数を抑えるという目的なのだから、ドキドキする展開もだめだろう。」と善逸が言っていた。善逸は禰豆子と結婚したての新婚生活を満喫している。
三人は座禅を組んで煩悩を絶つ。
「くー。きつい。」炭治郎は嘘がつけない。顔だけでなく心拍数にも出てしまう。昨日会ったカナヲを思い浮かべるとドキドキする。
「難なくできるのは、生きてれば悲鳴嶼さんだけじゃねェか。」実弥がこぼす。
「俺は平気だ。」冨岡が平然とすごす。
「冨岡、仏門に入れェ。」と実弥が言う。
「禁欲ということは、その……。」炭治郎は途中で言葉をやめた。
「そうだ。置物のようになればいい。」と冨岡が言う。
お前はすでに…と実弥は思った。
一定時間がすぎた。
ふと、実弥は「ヒロ」が未来に戻る前に言ってたことを思い出す。「サネミさんは未来でいうところの『ツンデレ』だと思うぞォ。」と。聞くと百年後では「日常ではツンとしているものの、二人きりになると、デレっとする」ことをツンデレというらしい。
その時は実弥は実弘を思いっきり怒鳴ったが、その通りだ。ヒロよ……。
「不死川さんはお相手と二人きりになると、デレっとするんですか。」炭治郎が曇りなきまなこで実弥に聞いた。
・・・!
心拍数が…!わざとか炭治郎!あの世から助けてくれ伊黒ォ。我慢の先輩だろうがァ。落ち着け。落ち着け俺。
「ふ、普通だァ。」平静を装って実弥が答える。
「不死川は外ではツンとしているものの、あの女性と二人になると、デレっとしている。」と冨岡が答える。
・・・!
く〜。伊黒ォ、あの世から冨岡をネチれ〜。とことんネチれ〜。
段蔵が言う。「まだまだ第一弾ですよ。まだ第五弾までありますから。」
2 平成・令和時代 巡り巡ってめぐりあい
「はァ。伊黒、結婚する彼女って。」不死川実弘は目を疑った。201X年(平成2X年)のことである。
「そうだ。不死川。」と友達の伊黒小芭内が横にいる彼女を紹介する。やや照れながら横にいる女性が会釈する。
桃色の三つ編み髪の女性……。シズエさん、いやサネミさんも言ってた人だよな…。
「……おめでとう、伊黒、蜜璃さん。」その女性は髪の少し長い男とって、シズエさんがたしか言ってたよな…。とちらっと伊黒を見る。
サネミさん、シズエさん、今度また墓に行くときにすごい報告をするぜェ。輪廻転生ってやつだな。
実弘は空を見上げる。
令和になり、危険登校する男子高校生を玄斗とパトカーで追いかけた日。
校門前で高校教諭に声をかける。教諭は実弘の怒った顔を見てびびっていた。
うん?
この人、あの村田さんそっくり。聞くと村田という姓だった。
あ、そうかァ。もしかしたら子孫かァ。
急に笑顔になった実弘に玄斗は吃驚(びっくり)した。
署に来てもらおうと思ったが、諸事情で、危険登校した男子高校生の家に玄斗と行き、実弘は親御さんとともに男子高校生に注意した。
ふと、実弘が壁にかけられた写真に目をやると、サネミさんの屋敷で見たのと全く同じ集合写真だった。色は褪せ端は破れ、百年の年月が経っている。
「これ……。」実弘は写真の前で呆然とした。
「不死川さん?」玄斗が実弘を心配する。
「主人の曾祖父とお仲間との写真ですけど、どうかしたんですか。」竈門炭彦の母が聞く。
「……いや、なんでもないです。」振り返って実弘はこたえる。
自分の先祖も写ってるとは、言わなかった。仕事中だし、話が長くなる。
よく見ると壁には刀もかけられている。竈門家は、サネミさんの仲間の子孫だったのか。どおりであの身体能力な訳だ。
実弘は実弥が見せた村田との剣技を思い出した。
輝利哉くんも、妹さんたちも、村田さんも、宇髄さんも、冨岡さんも写っている。炭彦と一緒にいた煉獄という生徒に似た顔の人もいる。
「じゃあ、以後、気をつけるようにして下さい。」と実弘は告げた。その横顔は写真の実弥とそっくりだ。
「はい、すみませんでした!」竈門炭彦でなく、母がそう答えた。炭彦はというと、立ったまま眠っていた。
「これ、炭彦!」母が炭彦を叱る。
「すみません。あれ?警察官さん、この人に似てますね。ひょっとして……。」起きた炭彦は実弘の横顔を見て躊躇せずにたずねる。
実弘はフッと微笑んで答えなかった。話題を変えた。
「この人、君達の高校の村田先生に似てないかァ?」と写真の村田を示して聞いた。
「あ、ほんとだ!なんで気づかなかったんだろう。」炭彦は驚いて写真を見入った。
「じゃあな、先祖に顔向け出来ねェような真似すんなよォ。」そう言って実弘は玄斗とともに竈門家をあとにした。
去った警察官2人の匂いはなぜか炭彦には懐かしく、白髪のほうの人には喜んでいるような匂いを感じた。
その後、実弘はテレビで宇髄天満選手と日本最高齢保持者の産屋敷輝利哉の姿を観た。
宇髄さんの子孫かなァ。あの時、奥さんの1人が妊娠中だったよな。
輝利哉くん、生きてたんだなァ。あん時小さかったのに……。毛が3本……。
あの後、実弘は関東大震災のことを調べた。
「朝鮮人や共産主義者が井戸に毒を入れた」というデマが流れた時、たくさんの鴉が空に舞ったと記述された文献が一つだけあった。大量の紙が撒かれたという。そこには、「朝鮮人、共産主義者が毒をいれたというのはデマだ。騙されるな。」と書かれていた。
「玄斗、よっしゃ、次の現場に行くぜェ。」実弘は相棒である後輩に声をかけて準備をした。
「また猟銃の発砲音が聞こえたと近所から連絡があったのですが…。」実弘と玄斗の二人は画家・山本愈史郎の家を訪ねる。
帰り道、「玄斗、メガ盛り定食屋に行こう。俺のおごりだァ。」と実弘が言う。
「ありがとうございます。兄貴!」と玄斗が嬉しそうに言う。おごってもらう時は兄貴呼びだ。
お前も、玄弥って人の生まれ変わりか?玄弥って人は兄弟だったんだな。きっと、サネミさんと。生まれ変わりだとピンときたのだろうか。
……後輩はお前のこと信じてるぜェ。
サネミさんが言っていた。今度こそ失わせねェ。
空を見上げた。
3 再び大正時代 大正に伝えられた壁ドン
痣の寿命克服修行、休憩中。
ヒロよ。言ってた「壁にドン」ってこうか……。実弥は壁に向かってやってみる。
実弘は「壁ドン」を実弥に伝えていた。ただし実弘がタイムトリップした時は2014年に「壁ドン」が流行する2年前である。流行前からそういうシチュエーションはあったのではあるがその言葉自体は確立されてなかった。
「こうやって、相手に接近するんだァ。」と実弘は何もない壁に向かって実演をやっていた。
「あとはその場の雰囲気で伝える。サネミさんなら大丈夫だァ。」と実弘は太鼓判を押した。
「そんなのいらねェ。」とあの時、ぶっきらぼうに返事したが……。
「不死川、言ってた『壁にドン』ってこうか?俺は片腕でしかできない。」と壁に向かってしていた冨岡がたずねる。
「冨岡…。」実弥は何も言えなかった。お前までやるか。
「俺と善逸はもう必要ないです。」と炭治郎。他意はない。
「伊之助は?」と冨岡。
「あ、そうだ。伊之助に伝えます。」と炭治郎。伊之助はアオイにドングリをあげた後、なかなか進展していなかった。
何もない壁に向かって壁ドンする3人。
「次、どう言うんだァ。」と実弥。
「わ、わからないです……。」と炭治郎。
「『好きだ、結婚してくれ。』じゃないのか?」と冨岡。
その後、無事に痣の寿命を克服した3人。冨岡が3人の中で一番先に結婚の報告をしてきた。
「『壁にドン』のおかげだ。ありがとう、不死川。」笑顔で言い、てちてちと帰った。
ヒロよ、お前は歴史を変えたかもしれないぞ……。冨岡のな。
数ヶ月後。風屋敷の縁側にて。
「宝塚歌劇団の東京公演に、行ってみたい。」シズエが実弘の傍らで言った。「関西での初演は桃太郎の鬼退治のお話が原案よ。」
「ああ。本物の鬼はいなくなった。平和になったな。」と実弥はつぶやく。シズエは微笑んだ。
大地震まであと数年。その日はお前と腹の子を全力で守るからな、と実弥は決意した。
ヒロ、お前もそっちで玄弥の生まれ変わりと無事でいてくれよな…。
空を見上げた。
(後日談 了)
お読みいただきありがとうございました。
参考文献
・「警察捜査の正体」原田宏二 著 講談社現代新書
・読売新聞2022年4月9日記事「変わる犯罪、抑止の限界」
・「100年前から見た21世紀の日本」大倉幸宏 著 新評論
・「記録を記憶に残したい大正時代」山口謡司 編著 徳間書店
・「大正という時代」毎日新聞社編 毎日新聞社
・「忍者を科学する」中島篤巳 著 洋船社
・「そろそろ本当の忍者の話をしよう」山田雄司 監修 (株)ギャンビット
(あとがき)以下どうでもいい情報です。読了不要です。
大正時代の新聞広告による詐欺。ある本に書いてあったその数行の内容がお話に使えるなと思い、鬼滅キャラに警察官がいるから、大正にタイムトリップしてもらおうと思って書いたものです。
転生した玄弥さんも一緒にタイムトリップしたら、転生玄弥さんが未来に戻る時に実弥さんの喪失感が再度ぶり返すかな、と思いしませんました。
「大切な人を守るためなら、自分が死んでも嫌われても悪者になって追放されても構わないタイプ」とFB(ファンブック)2冊目に書かれていた実弥さん。
じゃあ自分と同じ顔の人物ならば?おそらく子孫だと思うその人物ならば?
その相手を大事にすることで、実弥さん自身にもいろいろもたらされてくるのでは、と思いました。
わずかな金額の詐欺でも捕まえようとする実弘さんの気持ちをくんで、行動した結果、巡り巡って痣の寿命克服の伝授につながり…。
最初は奇妙だった同じ顔の人物と出来事を通じて打ち解けた軌跡。大地震の年がわかり、伝えられ…。
玄弥さんとの兄弟の絆のような形でなく、(鏡に映った未来の)もう一人の自分との絆のような形にできたらと願いました。
一方で、実弘さんの造形に失敗したと思い、反省しています。弘くんという実弥さんの一番下の弟の名前のことも出せば良かったかなとか。W主人公のはずなのに、あまり格好良いところや魅力を出せませんでした。大正時代が実弘さんにとってアウェイだったということもあり、ほぼ実弥さんオンリー主人公になってしまいました。理由は警察官の実態の下調べ不足もあります。
アクションシーンに行き詰まってしまったので、宇髄さんや冨岡さんに温泉旅行から戻ってきてもらいました。国産車を出したかったのですが、当時のは時速16キロ。無理でした。
行き詰まった末、参考文献を何冊か借りて、忍者の世界がこんなに深いのかと驚き、痣の寿命も克服できる方法が伝授されているのではないかと思いつきました。
関東大震災で妻子を守って亡くなる案も浮かんだのですが、それだけは絶対に嫌と思い、しませんでした。
行き当たりばったりの拙作をお読みいただきありがとうございます。鬼滅キャラの魅力が書かせてくれました。
説明 | ||
【23巻までとFBのネタバレあり。】本編完結後、後日談です。3,974文字(8分)です。 1 痣の寿命を乗り越えろ(大正) 2 巡り巡ってめぐりあい(現代) 3 大正に伝えられた壁ドン(大正) ややキャラ崩壊しています。実弥さんの口調が最後のほうは変化しています。実弘さん後輩の名前捏造ほか、いくつか捏造ありです。オリキャラがでます。実弘さんは子孫であるものの転生ではないはず…という設定です。【何でも許せるかた向け。】 挿絵の集合写真は目で見ての模写です。(微妙に原作最終回とズレています……。) |
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