エルドグラン戦記 第8話 独立承認
説明
シュヴァルツェン連合王国内閣では、緊急の閣僚会合が開かれていた。
同国の覇権を揺るがす「緊急」の事態が起きた故である。

「…聖アルトランド神霊国。グラバル教団の″神聖派″が、この所きな臭い動きを見せていたかと思えば…
まさか、同国東部の都市″ハイドラント″を武装占拠するとは…」
内閣主席戦略官のジェスリー・ゴールドプランが、動揺を隠せない。

「…連中(神聖派)は、ハイドラントを独立国家として認めるよう主張しているわ…

あなたがグラバル教団大主教の″任免権″を掌握してからというもの、神聖派はずっと独立の機会をうかがっていたわけね…
連合王国の影響下から脱した、新たなグラバル教組織を旗印として…

どうするつもり?シルバーブラッド…」

内閣の重鎮。内務大臣のインガ・ガングーラが、シルバーブラッド首相に詰め寄る。

シルバーブラッド「…確かに、グラバル教トップ(大主教)の叙任権を教団から取り上げた結果…
教団は我々(内閣)に忠誠を尽くす″連合派″と、教団の主権を固持したい″神聖派″に分裂しました…

されど、宗教組織の肥大化は、連合王国のパワーバランスを崩しかねない…
力を持ちすぎた″大主教″が、連合王国議会の権威を揺るがす事態は、あってはなりません…
故に私は、グラバル教団大主教の任命権を掌握したのです。」

シルバーブラッドは、あくまで自分の選択は間違いではなかったと主張する。
されど、目下の課題は…
グラバル教団″神聖派″による、シュヴァルツェン連合王国領内での武装蜂起と独立宣言…
この事態を、看過出来る筈はなかった。

デュラハン「首相!ただちにアルトランド国境線上に配置している陸軍を動かし…神聖派の連中を血祭りにあげるべきです!
早急に行動を取らねば、連合王国内にくすぶる独立派勢力が勢いづきますぞ…!」

国防大臣のデュラハンが、早期の軍事介入を主張する。

クレインホーファー「しかし…神聖派が占拠したハイドラントに近い、アルトランド国境沿いのラズガルド帝国領内に、多勢のラズガルド軍兵士が動員されているのが気になります…
まるで″神聖派″とラズガルド帝国軍が、時期を同じくして行動しているような…」

外務大臣のマンダリン・クレインホーファーは懸念を示す。

ガングーラ「…確かに…彼女の言う通りね。
あの狡猾なアイゼンヴァールのこと…
何か企んでいるかもしれないわね…

もしかすると、何らかの口実を作って、神聖派を支援するつもりなのか…」

「しかし…ラズガルド帝国が神聖派を支援などしようものなら…
我が国に対する宣戦布告も同義ですぞ…
そんな″愚かな″真似を考えるのか…」

法務大臣のボブ・ナゲットが不安げな面持ちで言う。

シルバーブラッド「…幾年もの間。我がシュヴァルツェンもラズガルドも、領土拡大戦争に明け暮れた…
ならば我が連合王国と、ラズガルドが衝突するのも自明のことわり…
そうは思わんかね?法務大臣…」

ナゲット「は、はぁ……」

好戦的な目を覗かせる首相に、ナゲット大臣は怖気づいた。

シルバーブラッド「それにな。あの女(アイゼンヴァール)は、自分の″勢力圏″を常に意識しているんだろう。
…つまりミズガルド大陸の半分に、我が連合王国が居座っているのが気に食わないのだ…」

ガングーラ「ではどうするの?シルバーブラッド」

シルバーブラッド「アルトランド国境線上に配置されている、陸軍第三師団に司令を。
グラバル教団の神聖派が占拠するハイドラントを攻撃する」

シルバーブラッドの発言に…バイガル・ゲッターズ副首相が釘を刺す。

ゲッターズ「首相。神聖派の抱える″神の戦士″達は、士気の高い屈強な兵士達です…
こう言っては何ですが…
″ラズガルド帝国″陸軍の介入も予測される以上。第三師団は相当な苦戦を強いられる可能性を考慮すべきです。
いかに″武器装備″の面で我らに優越があろうとも、戦闘が長期化すれば、兵士の士気は落ちていき…」

シルバーブラッド「つまり、″早期に決着″をつけよ、と言いたいのだな?」

ゲッターズ「ええ…願わくば、ラズガルド帝国の″介入″を許す前に。あの国が手を出してきたら、非常に厄介です…

私の案としましては…ラズガルド帝国南部の海上に、海軍を派遣し…
帝国に脅しをかけるのです。…神聖派の分離独立勢力に加担すると……″砲撃する″というサインを示すのです。

…もちろん、本当に砲撃はしませんが…
″脅し″というものは、よく効きます。」

「それはいけません!!」

…しかし、そんなゲッターズ副首相の案を、一言に却下する者がいた。
″財務大臣″の、ティズレイ・ニッティだ。

ニッティ「ラズガルド帝国南部の海域…
そこは、″バーンスタイン卿″の海上交易船が多く通過します。
もしそこに海軍の軍艦を派遣しようものなら…″戦闘″が発生した際には、海域の安全が損なわれます…

さすればバーンスタイン卿の商船にまで被害が…」

バーンスタイン卿…
すなはち、エルンスト・バーンスタインは、シュヴァルツェン連合王国最大の資産家、事業家、富豪である。
内閣を組閣している与党「クラックス党」の最大資金提供者であり、彼が″東方″の国よりもたらす交易品は、シュヴァルツェン連合王国内に運ばれ、大量に消費されている…

同国最大の納税者で献金者でもあるバーンスタイン卿は、連合王国内の政界に強い影響力を持ち、「影の内閣」とも呼ばれる程だ。

そして財務大臣のティズレイ・ニッティは、バーンスタインがシルバーブラッド内閣に
″捩じ込んだ″人物で…いわばバーンスタインの″子飼い″の部下である。

ニッティ「首相…バーンスタイン卿の交易船に影響が出れば、我が国の税収も落ち込みます…」

シルバーブラッド「ならばニッティ財務大臣。戦時作戦の妙案より、バーンスタイン卿の″商売″を優先しろと?」

首相の鋭い眼光に…ニッティは内心びくついたが…平静を装うと…

ニッティ「…シ、シルバーブラッド首相。
政府の″国債″の最大購入者は、他でもないバーンスタイン卿ですよ…?」

ニッティとしては、そのつもりはなかったのだが…
シルバーブラッドには、その言葉がまるで脅しように聞こえて、極めて不愉快だった。

シルバーブラッド「…ふん。戦争をするには、カネが必要だ。
バーンスタイン卿が、政府国債の最大購入者であることは事実…

…よかろう。ラズガルド帝国南部への海軍派遣は行わない。あくまで陸上戦力だけで対処する。」

シルバーブラッドの決定に、ニッティはほっと胸を撫で下ろす。
ニッティ財務大臣は、シルバーブラッドに忠実というよりも、バーンスタイン卿の利益に沿うように動いている。

(…バーンスタインの犬め…)

そんなニッティに、シルバーブラッドは内心毒づく。




かくして、シルバーブラッドは軍に対して、独立国家宣言を行ったグラバル教団″神聖派″への攻撃を指示する。

聖アルトランド神霊国、東部国境線上に配置されていた陸軍第三師団の戦力の大半が、神聖派の占拠している都市″ハイドラント″制圧に動員される。
ラズガルド帝国との国境を守備している戦力の大規模動員は、国境守備に不安をもたらすものではあったが。ラズガルドが神聖派の独立勢力に介入する猶予を与えない為の″早期決着″を望んだシルバーブラッドは、他軍区からの軍団補充を待っている余裕はないと考えていた。
防備が手薄となったラズガルド帝国との国境線…しかしそれはラズガルドとて同様。ラズガルド帝国陸軍が、ハイドラント近くの国境線に、軍を集中していたのだ…

この動きを見れば、ラズガルドが神聖派の占拠するハイドラントを支援しようとしているのではないかと、疑念を抱かざるを得ない。


「首相からは″早期″に決着をつけよとの指示だ。
アルトランドを包囲。大戦力で一気に攻め落とし、神聖派の連中を降伏させる…」

神聖派の占拠するアルトランド攻撃を指揮する、デュシ・バラク総司令官が、作戦を練る…
物資供給を途絶えさせる″兵糧攻め″は、必然的に長期戦となる。
ラズガルド帝国からの支援も懸念される中、長期戦は避けることが戦術指針となる。


「撃てーー!!」

ついに攻撃が始まった。

ハイドラントの街を包囲する、シュヴァルツェンの陸軍部隊。
無数の砲撃が、都市各所に被弾する。

「連合王国の軍が、攻撃を仕掛けてきたぞ!!勇敢なる神の戦士達よ…
ここを死守するのだ!!」

″神聖派″の指導者…スカラベ・パーラーが、兵士達を鼓舞する。

ドオオオン!!

数多くの建物が、大砲によって破壊される。

連合王国軍の放つ大砲は、飛距離が長く…
神聖派が装備する砲弾では、連合王国軍の陣地まで到達することが出来ない。

「あああ…!俺の足が…!!」

下半身を吹っ飛ばされる兵士や、大砲の直撃を受けて即死する兵士…
連合王国軍の砲撃によって、あっという間に300名以上が命を落とす。

「狼狽えるな!″この都市″は絶対に死守するんだ…!!」

シュヴァルツェン連合王国の陸軍主力部隊と、本気でやり合っては…
神聖派に勝ち目がないことは明白だった。
神聖派だけでは…

しかしスカラベ・パーラーは、何も自分達(神聖派)だけで、この戦いに勝利しようなどとは考えていない…

ドゴオオオ…!!

都市を覆っていた外壁の一部が、砲弾によって破壊される。

「歩兵部隊、進め!都市に侵入し、神聖派の兵を駆逐せよ…!」

銃や剣を装備した歩兵部隊が、ハイドラント都市へと進む。
崩された外壁から侵入し、都市を守る神聖派″神の戦士″たちと衝突。

「シュヴァルツェン兵を、押し留めろ!!
戦え!!」

神聖派の兵士達が、剣を構えて連合王国兵に立ち向かう。

パァァン……!!

しかし、連合王国軍の装備は、最新式の歩兵銃。
銃装備を身につけていない神聖派の兵士達は、まるでなす術がない状態だ…

「うおおお!!」

しかし″神の戦士″たちの恐ろしさは、死をも恐れないその勇敢さにあった。
…爆薬を抱えた兵が、連合王国の歩兵隊へと突っ込む。

「…まずい!自爆攻撃だ!
あいつらを撃て!!」

爆薬を抱えて向かって来る兵士に、発砲する連合王国兵…

ズドオオオオン !!

自爆兵の一人が、攻撃に成功する。
爆発に巻き込まれた連合王国兵が、吹き飛ばされる。

「いいぞ、その調子だ!死を恐れるな…!!」

神聖派兵士達の、死をも恐れぬ士気の高さは…連合王国兵を、幾分か怯ませる。

しかし戦力差は圧倒的…
都市陥落も時間の問題かと思われたが…

「バラク司令官!!緊急の報です!!」

伝令兵が慌てた様子で、連合王国軍司令官の元へやって来る。

バラク司令官「何事だ?」

伝令兵「はぁ…はぁ…我が連合王国政府が…
ラズガルド帝国から通達された報によると…

ラズガルド帝国は、グラバル教団″神聖派″の独立宣言を承認すると…

…併せて。帝国は神聖派の実効支配地域、ハイドラントを独立国家として認め、神聖派と″軍事協定″を結んだ、と。」

バラク司令官「それは…つまり…」

バラクの顔は、青ざめる。

伝令兵「…軍事協定による、″協定締結国集団自衛権″の行使により。ラズガルド帝国は、ハイドラントを防衛する為に、軍を派遣した、と…」

それが意味することは、明白だった。

東に位置する大国…ラズガルド帝国が、神聖派の独立国家を承認。同国と結んだ軍事協定により、ラズガルド帝国は神聖派を守るために…同勢力を攻撃するシュヴァルツェン連合王国軍に対して、軍を″差し向けた″ということだ…

「くそっ…!やはり、神聖派とラズガルド軍は″連動″していたか…!」

国境沿いに配置されていたラズガルド陸軍の動きを見れば、それは予想出来ていたことかもしれないが…
まさか「本気」で連合王国軍に対して軍を向けるとは、軍指導部もまるで予想だにしていなかったのだ。

伝令兵「軍参謀本部より…国境からのラズガルド陸軍の進撃に注意せよ、と。
師団は、現有戦力でハイドラントの早期陥落を目指し。国境を超えてくるラズガルド軍に対しては、徹底交戦せよと…」

バラク司令官「…都市陥落を優先、か…
確かに、ハイドラント攻防戦に、ラズガルド帝国軍が神聖派の援護にやって来れば…非常に厄介だ。
帝国陸軍がハイドラントにやって来るより早く。都市を制圧せねば…」

バラク司令官率いる陸軍第三師団は、ミズガルド大陸連合王国領を防衛する主力部隊が集められた、いわば精鋭だが…
精強でタフなラズガルド帝国陸軍を相手にするのは、相当に骨が折れることであった。


そして″同盟国の防衛″という大義名分を掲げて、ラズガルド帝国軍を率いるは…

アイゼンヴァール皇帝その人。

「…ミズガルド大陸から、″シルバーブラッド″の勢力を一掃する…

戦争の始まりだ…」

女帝は剣を掲げ、自らの目的遂行の為に行進する。
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