黒い鳥
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 くそったれ。

 

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 俺は馬鹿か。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 俺は馬鹿なのか。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 もう、死んだ方がいいのではないか。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 雨が本当に鬱陶しい。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

「うるせぇ、少しは黙ってろくそが」

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 降りしきる雨に悪態を吐いてみるが、やはり雨は止まない。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 どころか、まるで嘲笑うかのような調子でその勢いを増してきているように思える。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 悪意が、全て自分に向いているような。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 世界が、全て牙を剥いているような。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 そんな錯覚。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 そんな幻想。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 そんな幻惑。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 そんな不審。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 くそ……

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 赤児のようだと思った。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 くそ……

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 泣くのを叱っても、余計に酷くなるだけだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

「くそっ……ッ!」

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 思わず、声になる。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 だが世界は相変わらず灰の海で。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 俺は馬鹿か。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 今朝のテレビを見ただろう。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 天気予報は見たよな。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 午前中は晴れると言っていた。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 それを聞いたからこそパチンコに行く気になったのだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 違う。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 違うだろ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 問題はそこじゃない。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 午後。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 午後はどうなると、あの女は言っていた。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ああ、思い出すまでもない。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 周りを見ろ、既に結果は出ている。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 雨が降るので傘を忘れずに――

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 嗚呼……ホントウニナンテミジメナンダロウ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 傘はない。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 勝負に負けて金もない。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 煙草もさっき尽きたばかり。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 雨宿り出来そうな場所もない。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 そのうえ職無しときたもんだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 どうかしてる。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 どうかしてる。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 おかしい。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 俺は何をしているんだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 俺はこんなとこで何をしているんだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 何をしている。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 何故こんなにも惨めなんだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 何故こんなにも無様なんだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 くそ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 間違ってる。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 世界は徹底して間違ってる。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 むしゃくしゃして足下にあった空き缶を蹴った。

 缶は真っ直ぐに飛んでいき、ゴミ捨て場に落ちた。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ゴミ捨て場は、見るとネットが外れていて、ゴミが辺りに散らばっている。

 独特の異臭。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 胃の腑がずっしりと重くなる。

 そして影。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 黒い影。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 空き缶が飛んだ辺りに、一羽のカラスがいた。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 雨に濡れて。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 濡れながらゴミを漁って。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 他にすることが無くて。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 惨めだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 惨めで。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 惨めで。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 まるで――

 

 

 まるで俺じゃあないか。

 

 

 そんな、俺の思考を読んだのか、飛んできた空き缶の軌道を追ったのか。

 不意に。

 俺はカラスとにらみ合うかたちとなった。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 カラス。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 嗚呼カラス。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 馬鹿な奴だ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 惨めな奴だ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 傘も無い、金も無い俺はコイツと同じ、ゴミを漁るぐらいしか出来ないだろう。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 どうだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 何が違うというのだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 俺とカラスの何が違うというのだ。

 カラスと俺の何が違うというのだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 おいで同胞。

 君は仲間だ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 俺は君と同類だ。

 君と俺は同類だ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 カァ、とカラスは鳴いた。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 そして……突如としてそれ(、、)は、俺の脳髄へとその嘴を一直線に――

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

「うわぁっ」

 咄嗟に体を捻ってそれをかわす。

 二度目は無かった。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 そう言えば、カラスというものは目があった者を敵とみなし、襲うといった性質があったのではなかったか。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 だとしても。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 だとしても、だ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

「くそったれっ、このっ」

 電線から俺を見下ろす足下にあった手頃な石を投げつける。

 カラスは、それを嗤うように避けた。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 カァ。カァ。カァと。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ホントウに嗤っているようだった。

 ミジメなのはオマエだけだと。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 怒っているようだった。

 オマエなんかとイッショにするなと。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 カァ

 カァ

 カァ

 三度、そう鳴くと、カラスは俺への興味を失くしたように

 また元のゴミ捨て場へと戻っていった。

 そしてまたゴミを漁る。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ヒトの食べ残しのようなものを見つけてソレを喰う。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 一瞬、時が止まった。

 頬を、熱いものがつたっていく。

 雨に濡れ。

 ゴミを漁り。

 余りにも。

 余りにもミジメだろう。

 可哀想な生き物だと。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 俺はホントウに馬鹿だった。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 それが。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 だがソレがどうしたというのだろう。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 違ったんだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 確かにミジメかもしれない。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 でも。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 それでも。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 それでもコイツは必死に生きている。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 いや、違う。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 生きるために必死なのだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 どう見えるか、ではない。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 どう生きるか、なのだ。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 そう。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 今の俺にははっきりと理解る。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 カラスは嗤った。

 ミジメなのはオマエだけだと。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 カラスは怒った。

 オマエなんかとイッショにするなと。

 ザァ

 ザァ

 ザァ

 けど。

 けど。

 けど。

 あの一瞬。

 俺目がけて飛んできたあの一瞬だけは。

 あの時だけは違った。

 嗤いもせず。怒りもせず。

 ただヒトコト。

 俺にこう問うていたのだ。

 

 オ マ エ は 真 実(ホントウ) に 生 き て い る の か

 

 今、目の前で必死にゴミを漁るコイツは。

 生きている。

 俺のように死んではいない。

 生きている。

 そして俺にこう言っている。

 生きろ、と。

 生きろ。

 生きろ。

 

 

 

 立ちつくす俺を尻目に。カラスは何処へと飛んでいった。

 ああ、俺はもう迷わない。

 もう誤らない。

 もう、生き止まったりなどしない。

 俺は黒い鳥になる。

 誇りを持った、鳥になる。

 半端じゃない。

 惨めじゃない。

 黒い。

 黒いカラスに。

 再び俺は歩き出す。

 けれどその足は力強く。

 明日、仕事を探しに行こう。

説明
本当、全く関係無いんですけど、黒夢が好きです。
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小説 短編 掌編 カラス ニート 

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