呂北伝〜真紅の旗に集う者〜 第055話
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呂北伝〜真紅の旗に集う者〜 第055話「皐月 肆〜気持ち悪い神託〜」

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 皐月と((不動|ふゆるぎ))は互いに面を取って、竹刀を構えてまた正面に立ち会った形になる。

「まず、すり足に関してですが、相手に飛びかかる際は水平を維持した方が良いですね。それは何故ですか?」

「相手への距離感を鈍らせるため。横から、斜めからであれば相手の動き方は一目瞭然出来るが、正面からであれば遠近法での思考を崩し、急に相手が接近する錯覚が起こる」

「その通りです。相手の動きを逃さなく、且つ自らの視線に収め相手の出方を確かめる為にも、相手を正面で捉える必要がある。では、相手が飛び込んで来る、攻撃を仕掛ける予備動作はどの様に確かめますか?」

「それは相手のすり足でござろう。相手の大まかな動きに合わせて動きを見極めることは勿論だが、すり足の動きや肩の竦(すく)め具合で、攻撃するか否かを見極めることも出来る」

「そうですね。この様に姿勢を保ったままでも、絶対に足は動きます。その動きを見極めることも必勝に関わります」

皐月は左右すり足で動き回り、不動は竹刀を向けて体の向きを皐月の正面にしてゆく。

「そこで先程の技です。不動さんの身長は...だいたい165ぐらいでしょうか。私が現在158ですので、不動さんが私を見下げる形になっていますね」

「そうでござるな」

「この技は自分より身長が高い相手に有効な技でして......((真宮|まみや))さん、ちょっと来て下さい」

皐月は周りを見渡し、傍観者である三人の中で一番身長が低い真宮を手招き指名する。((燻|いぶしが))し気な真宮であったが、不動の催促により皐月に近寄る。

「ちょっと失礼しますね」

皐月は自分の持っていた竹刀を真宮に握らせて剣道の型を取らせ不動の前に立たせる。不動の視点先は、真宮が構えた竹刀の先。

皐月は真宮の身体を弄りながら型を変更していく。足首から腰、手首、剣先まで修正していく。

「どうです不動さん。真宮さんの構えた竹刀の((弦|つる))と足は目視出来ます?」

「...!!こ、これは!?」

正面から見た真宮の構え方は、不動から見れば彼女の剣先・顔面・両肩しか見えない形で、胴体が隠れるようになっていた。

「真宮さん、動かないでね。そして不動さんの視線目掛けて突きを放ち、喉元を突く!っといった流れです」

つまりのところ、皐月は不動の視線目掛けて視線の線に沿って真正面に動いて攻撃を放ったのだ。そんな突きの動きを、皐月は真宮の身体を持ち上げて、不動の喉元に当てる説明をするのだ。説明を終わらせて真宮より竹刀を預かり皐月は再び不動に向き直る。

「無論人によってこの距離感や角度は違いますし、真宮さんには真宮さんの私には私の不動さんに対する角度がありますので、不動さんの視線と私の剣先と体の向け方、飛び込むさいの足の脚力を想定させて上で相手に向かって......ムンッ!!こんな感じです」

先程と同じ突きが皐月の掛け声と共に繰り出され、不動の顔を大きく横切る。その動きに不動は一切反応できず、彼女からは胆を冷やすかのような冷や汗が頬を伝う。

「この技は正面から見ればだけど、横から見たら普通の突きと変わらないんですよ。真宮さん、横から見た私の動きはどうでした?」

「え、そ、それは、普通の攻撃に見えましたわ」

「麗架や彩夏はどう?」

審判を務めた麗架と、少し離れた場所で観戦している彩夏にも尋ねてみる。

「私から見ても早い突きにしか見えなかったよ」

「うん。皐月ちゃんの攻撃、凄い早かった」

真宮の意見と同じ様に、麗架と彩夏も、皐月の突きは普通の早い突きにしか見えなかったようだ。

「トリックが判ればそれまでだし、技名とかは特に無いけど、それでも面白い技でしょ?この奇天烈さが北郷流の極意なのよ。カッカッカッ」

肩に竹刀を携えて、分かりやすく笑う皐月であったが、不動の表情は優れなかった。

「......完敗でござるな。鳳殿は某の及ばぬ高みに立っておられる。比べようと思った某が((烏滸|おこ))がましかった――」

肩と影を落として落ち込む不動と、彼女をフォローする真宮だが、皐月は空気も読まずに明るく話しかける。

「いやいや不動さん。私の今の技はだまし討ちみたいな物だし、そもそも流派によって得手不得手もあるから、それは仕方が無いことだよ。私はあくまで((不動|ふゆるぎ))((新陰流|しんかげりゅう))の弱点を突いただけだし」

「某の弱点?」

「そう。不動新陰流は元々徳川幕府御用達の王道の剣。あらゆる派生の型を取り込み、昇華し、盤石の安堵感を与える剣技。だからこそあらゆる型による耐性はあるけど、型によらない耐性には弱い部分がある。だって見たことが無い物だから。北郷流は戦場の第一線にて戦う薩摩藩の型。その場その場にあった手段を模索しながら戦う型。さっきの突きも、元々漫画でその様な描写があったこと思い出して、ネコ科の動物の俊敏性を合わせて出来た技だもの。褒められた技でもないよ」

その様に主張する皐月であるが、不動の思った自分とは違う高みはそれだけでは無かった。先程逸らす様に放った突きの技の精度、相手を射殺す様な眼光、剣先に込められた威圧。決して皐月が小手先のみで戦っているわけではないと理解した。

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「さて、種明かしも終わったし、私も着替えてかえr「待って欲しい鳳殿」...うぇ?」

帰宅しようとする皐月の腕を、咄嗟に不動が掴んで帰宅を留める。思わず行なった行動を謝罪し、不動は言葉を続ける。

「す、すまぬな......。しかし鳳殿、其方の型の動きや佇まいはただ剣を磨くだけで到達出来る領域ではない。何が其方をそこまで強くするのでござるか?」

その言葉を聞いて、皐月は頬を少し掻いて小さく答える。

「......守る為......かな」

「守る為?」

哀し気な微笑を浮かべながら答える皐月に、事情を知っている彩夏と麗架は胸が苦しくなる思いであったが、皐月は気を取り直し、不動に向き直る。

「だったら不動さん。私にもやりたいことがあるから、剣道部に入ることはないけれども、たまに不動流の型を教えて欲しいわ」

「......不動流を?」

「そう。私も北郷流を教える。それなら互いの剣技を高め敢えて一石二鳥でしょ」

その提案に不動が一瞬戸惑ったが、自らに転がり込んできたチャンスは逃さないと判断した。

「そうでござるな。それならば、存分に鳳殿の胸を借りさせていただこう」

「存分に借りたまえ。私も盗ませていただくから。はい、握手」

皐月の差し出された手を、不動も握り返して互いの友情を讃える。

「これから私達は友達です。私の事は皐月って呼んでください」

「承知した。それならば、某のことも((如耶|きさや))と呼んで下され」

互いに名前で呼び合い、二人の世界に入っていた所で外野である彩夏などから声をかけられ、外野である三人も改めて自身の事を紹介しあい、皐月を含めた三人組の輪は、やがて五人組の輪となり後の学生生活を彩るのはまた別のお話。

 そんな剣道対決を終えて、女子寮へと戻っている際でのこと、皐月は今後のフランチェスカ学園での在り方を考えていた。

剣道部に入れば如耶と比べられて変に注目が集まる。美術部からは変な圧を感じるほどの勧誘を受けている。鍛錬に関しても、自己鍛錬にてことは足りるが、これから学園内で生活するのだ。毎日同じ風景を嫌でも見る為に、代わり映えのない場所にて鍛錬を続けても心の苦痛でしかない。茶道に関しても、心の静観の為に学んでいただけであり、達人の領域に向かいたいわけでもない。

つまり、今の皐月が求めているのは、新しい自らを高める指標を見つけること。人生のプラン設計においても、勉学や武術に関してはこのまま学んでいっても何の挫折も無い。寧ろ個人的には北郷老人に付き添い、一刀探索の手助けを行ないたい気持ちの方が一番であるが、中途半端な知識なれば、返って北郷老人の足を引っ張るだけでもある。だが、一刀の失踪からもはや10年の歳月が流れた。行方不明者の失踪に伴う警察の捜索も打ち切られており、皐月の両親等といった周りの関係者も、一刀のことはほぼ諦めており、未だに探索に熱心であるのは、北郷老人と皐月ぐらいのものだ。

皐月の両親も娘にそう言わないのは、彼女が相乗効果にて自己鍛錬を怠らないからでもあるのだ。現状において無理に否定して、燃え尽き症候群になっても皐月の為にならない。そんな理由はありながらも、自身の思うまま、やりたいことを行なわせてくれる両親の心境も、彼女は薄々感づいてはいるものの、それでも皐月には何故か言葉にはならない確信があったのだ。

自身の行なっていることが、いつか一刀を守る糧となる予感と、一刀は死亡していない勘っという根拠のない確信がいつも何処かにあったのだ。

その様に考えながらあてもなく歩いていると、いつの間にか皐月は女子寮とはまた違う別の道へ進んでいた。フランチェスカ学園の敷地内は無駄に広く、校内には休日に一般公開されている歴史館があるぐらいだ。考え事しながら歩いていると、そんな歴史館の前に何故か辿り着いていたのだ。普通の煌びやかな歴史館とは違い、経年劣化の影響か、白い外観が啜れて歴史を感じる。

「おや、オヌシその様な場所で何をしておる?」

皐月が振り返ると、身長も2mはゆうに超えた筋骨隆々で白髪・白いカイザル髭を蓄えた清掃員姿の男性が立っていた。

「((女子|おなご))よ、本日は閉館じゃ。また別日に来るが良いぞ」

男性は皐月に紳士的に説明をし、佇まいも紳士的であるが、如何せんその鍛えられた体躯と体に合っていないかのように筋肉が張られた作業着。何者にも物言わせぬ((覇気|オーラ))を纏っていたが、どれだけ紳士的に振る舞っても恰好からして傍から見ればただの怪しいおじさんにしか見えない。しかし皐月から見て目の前の男性は、かつて自らが出会ったどの人物にも出せない充溢する空気を生み出しており、只者ではないと判断する。だが、男性は何かに気付いたのか、皐月の顔を覗き込み、自らを品定めするかのように彼女の瞳の中を覗き込む。

「オヌシ......変わった相をしておるの。武に富み知に長ける忠臣の相。遥か昔、漢の((太祖|たいそ))の直臣、((樊?|はんかい))にも張良にも似通っておるの」

漢の太祖とは紀元前250年頃に活躍した、中国の漢王朝を作り上げた皇帝・劉邦のことである。その直臣と似た相をしていると男性は語るが、この時点で皐月の中の男性に対する認識は『ただならぬ人物→変人』へと格下げされる。

「対局を変える人物となるか。((将又|はたまた))時代を加速させるか......行く先はオヌシ次第。オヌシ、名を何と申す?」

目の前の変人は皐月に名を尋ねる。普通の感性があればこの場はそのまま去るべきであるが、皐月はこの変人がただの変人・狂人の類いとは本能的に思えず、素直に自身の姓と名を答えるのであった。

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「鳳皐月...良き名じゃ。儂の名は...いや、よそう。この時代で儂の名を語った所で誰も信じるものでもない。だが、名乗らぬ無礼は詫びねばならぬ為に、オヌシにこれを授けようぞ」

男性は掃除道具入れから布に包まれた棒を手渡し、皐月は遠慮がちにそれを受取ろうと手を伸ばすと、一瞬肩が抜けそうな程の重みを感じた後に、そのまま手になじむように軽くなっていき、あたかも主人の下を離れた飼い犬が自らの下に戻ってきた錯覚さえ覚えた。そんな皐月を見てカイザル髭の男は満足しながら頷く。

「鳳皐月よ、オヌシの大願は何時か成就することは未来で約束されておる」

渡された布を少しだけ外すと、その中には弦の付いていない赤漆の弓が収められており、その美しさに皐月は目を惹かれた。

「それは((生弓矢|いくゆみ))。かつて((須佐之男|すさのお))が所持していた三種類の神器の内の一つよ。幾千の刻を得て新たな主を得たか......。儂がこの世界に干渉できるのはここまでじゃ。後はオヌシが御心のままに外史の扉を潜ればよい」

「あ、貴方は?」

皐月がそう尋ねると、カイザル髭の男性の衣服は((開|はだ))け、白いマイクロビキニの胸当てに純白の((褌|ふんどし))っという格好になる。ここまで来れば完全なる変態であるが、目の前にいる皐月にとって、彼の恰好など問題でなく、言葉に言い表すことは難しいが…全てを惹き付ける指導者としての覇気みたいなものに圧されて、逆に目の前の男性が神々しい存在にも見える。

男性は掃除道具入れより燕尾服なジャケットを取り出すと、これもまた隆々な筋肉が浮き出るほどの小ささであるが、真摯に着込んだ時、改めて彼は背を向けて皐月に告げる。

「鳳皐月よ、北郷一刀は生きておる。いずれオヌシはまた再会するであろう。その時まで、鍛錬を怠るでないぞ」

一方的に告げる褌男に対し、聞き逃してはならない衝撃の発言を皐月が問い詰めようとしたが、その瞬間に男性は大地を震わす様な気持ちの悪い咆哮と共に、そのまま雲の彼方へと飛び跳ね滑空していき直ぐに見えなくなってしまった。後に残された皐月は、情報量が多い出来事に腰が抜けてしまい、偶々通りかかったフランチェスカの教職員に気付かれるまで、彼女は時間も忘れその場にて座り込んだままだった。

後に聞いた話によると、皐月が見たような清掃員はフランチェスカには雇用していないらしい。

皐月に赤漆の弓を授けた人物とは一体誰なのか。何故一刀の事を知っていたのか。これから皐月に待ち受ける運命とは一体何なのか。それを知る者は神でも仏でもなく、皐月に弓を授けた人物のみなのかもしれない。

 

説明
どうも皆さまこんにち"は"。
今日も皐月回です。

本日は謎のキャラが登場します。
一体何処の誰なんだろうね。
気持ち悪い管理者なのはわかっているのだが...。
皆で考察してね。

衝撃発言もしますので、乞うご期待です。
それではどうぞ。

こちらもおなシャッス
http://www.tinami.com/bbs/view/285

P.S.
書き溜めていたストックが無くなりましたので、次回の更新は未定です。
一週間以内でないのは確定しております。
のんびり待っていってね。
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コメント
弥生流さん>春恋は私が書きたいから書いている部分が多いです。一つの物語として読んでいただければ幸いです。最後の紳士は一体誰なのでしょうか?神農大帝かな?(IFZ)
投稿お疲れ様です。春恋の部分に関して、どうコメントしていいか分からないですが、最後の漢女なら分かります。見た目こそOUTの中のOUTですが、原作でも頼りになる存在です。 (弥生流)
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