紫閃の軌跡 |
〜エレボニア帝国・カルバード共和国・リベール王国 三国国境線上空〜
ミュゼが提示したパンタグリュエルの場所は国家の不干渉地域となる国境線上。それも、三国が国境を接する場所であった。エレボニア帝国が明確にカルバード共和国への進行を仄めかした以上、対抗勢力となる貴族連合軍が正規軍と伍するには共和国の協力が必要不可欠となる。
「アスベルさんはここまで読んでいたのですか?」
「ああ。いくら奇跡の力を頼るにしても限界はある。それこそリベール全域を襲った導力無効化現象でも起きなければ無理だろう」
それは七の至宝(セプトテリオン)といった超常的な力ありきの話であり、仮にリベールがその一つである<輝く環(オーリオール)>を有していたとしても、同位階の力である『黄昏』に伍するとは思えない。
現実的な話、貴族連合軍と正規軍の戦力差が約18倍という絶望的な数字を和らげるには諸外国との連携が不可避。明確な危機が迫るカルバードに、小国という立場からエレボニアに選択を突き付けられたレミフェリア・リベールの両国。それと猟兵団などを含めてようやく数の上では互角になる。
「まあ、ミュゼのことだからとうに段取りは住んでいるのだろうが……その連合を率いる総司令官も含めて」
「え? ミュゼか分校長が務めるものと思っていましたけれど」
「あのな……カルバードにとってエレボニアは不倶戴天の敵国だぞ? 仮にそんな人事にしたら、確実に各国の連携など出来ない」
総司令官の人選を解決する手段は当然存在する。レミフェリアはともかくとして、エレボニアとカルバード、猟兵団などといった各種勢力が“誰しも異論を挟めない実績を有する人物”を指揮官に据えること。その人材を確保する意味でも、ミュゼは会談場所を二国の国境線上ではなくリベール王国を含めた三国の境界線上に定めた。
今回の一件が『黄昏』―――七の至宝絡みに起因するものだとするならば、それによって国難に苛まれたリベールとて中立の立場のまま関与しないという選択は取れない。
「そのことでアスベルさんにご相談なのですが、会議にはアスベルさんもぜひ参加していただきたいのです」
「言っておくが、その作戦の戦力勘定に含められても困るぞ?」
「承知しております。会議の護衛と、スペシャルアドバイザーとして参加していただきたいのです」
「……分かった。その程度なら引き受けよう」
ミュゼとてアスベル達“転移者”の力を目の当たりにしているが、彼らが実際に戦争行為に参加できるかなどは不透明としている。その彼女がアスベルを非公式とはいえ国際会議の場に出させるということは、何かしらの懸念を輸していると解釈できる。それに、“並行世界”の過去から来た形となる自分たちが暴れたとしても、急にアスベル達の世界へダイレクトに被害を齎すわけではない。
パンタグリュエルが目視で確認できる距離まで来た放送が流れ、一同がブリッジに移動すると……北東と南からパンタグリュエルに搭載された揚陸艇が飛来。そして、東からはヴェルヌ社の最新鋭ガンシップが飛んで来ていた。
「北東方向は……恐らくレミフェリアだな」
「ヴェルヌ社のガンシップは、まあ言わずもがなだよね」
「そうなると、南からの来客は」
「はい。お察しの通り、レミフェリア公国、カルバード共和国、そしてリベール王国からゲストをお招きしています。遊撃士協会や特務支援課の方々にも御同席願うことになっています」
そして自動誘導によってパンタグリュエル内のドックに停泊するメルカバ捌号機。その隣には山猫号Uも停泊していた。そこに関する驚きもあったが、一行を出迎えたのはウォレス・バルディアス准将であった。ウォレスはリィンやアルフィン、アンゼリカにねぎらいの言葉を掛けつつ、一行を貴賓区画に案内した。
「ここが貴賓区画……中はこうなってるわけか。そういや小耳に挟んだが、リィンが色々やらかしたそうだな?」
「やらかしたって……」
「ええ。二度も不埒な事をされましたね」
アルティナへの不埒な行為に加え、アルフィンとの“愛の逃避行”。リィンのそういった行動に悪意は無く善意しかないわけだが、男性陣と女性陣双方の追及に対して、リィンは頭を抱えた。
「……アスベル、泣いていいか?」
「お前の人徳所以の結果だろうに。こんなんで泣いてたら、これからやるべきことに対しての涙が足りなくなるぞ」
「ハハ……盛り上がっているな」
「まさか、こんな形でお目にかかるだなんて」
そこに姿を見せたのは、エステル・ブライトとヨシュア・ブライトにレン・ブライト、ロイド・バニングスとエリィ・マクダエルにキーアの姿であった。各々の面々が再会を喜んでいた。
「シルフィにレイア、久しぶりだね」
「そっちもね、ヨシュア。まあ、進捗として言えるのはアガットの人体実験レベルが上がったことぐらいだろうけど」
「あー……ご愁傷様」
「現実を突きつけるんじゃねえよ……」
「あ、あははは……」
「まあ、妥当じゃないかしら。まだ生死に関わるようなものじゃないとは思うわよ」
「おめえが言うと希望的観測にしかならねえんだが」
レイアの報告にエステルが同情を示すと、肩をガックリと落とすアガットに苦笑するティータ。そこに辛辣な現実を突きつけるレンの台詞に対して、アガットがせめてもの抵抗という形で恨み節のような口調で口にした。
その一方、クロスベル組はというと、キーアがアスベルに抱き着いていた。
「アスベルも久しぶり!」
「おおっ、タックルに磨きが掛かっているな。これからも精進あるのみだぞ」
「うんっ!!」
「……うーん」
「ロイド? どうかしたの?」
「いや、キーアが独り立ち出来る程度の実力を身に着けて欲しいと思う反面、貰い手が出てきてくれるか不安を感じざるを得なくてな」
「それだと父親の台詞になってるじゃねえか、ロイド」
「まあ、理由は理解できなくもないですが」
アスベルとキーアのやり取りを見たロイドが思い悩む様子を見たエリィが問いかけると、正直な気持ちを吐露したロイドに対して、まるで父親みたいな台詞だと指摘するランディと、実体験を踏まえて冷静に答えるティオの姿があった。
その後、リィン自身の自責の念すらも吹き飛ばしたロイドがリィンと握手を交わし、ようやく場が和んだのを見計らってなのか、そこにオーレリア・ルグィンが姿を見せた。
「オーレリア・ルグィン将軍閣下……もしかして、空気を読んでいらっしゃいましたか?」
「フフ、どうだろうな。ともあれ、時間が惜しいのは事実なのでな。早速会合に入ろうと思う」
そこに姿を見せたのは二人のVIPとそれに付き従う女性たち。従者と思しき女性たちについてはユウナ達が驚いていた。VIP―――カルバード共和国大統領ことサミュエル・ロックスミス、レミフェリア公国大公ことアルバート・フォン・バルトロメウス。相次ぐ国家元首クラスの来訪に周囲の人間が驚きを隠せない。
そして、それに一足遅れる形で姿を見せたのは、リベール王国女王名代ことクローディア・フォン・アウスレーゼ王太女。そして、リベール王国軍総司令ことカシウス・ブライト中将。これにはアガットも思わず頭を抱えていた。
「おいおい、マジかよ……」
「リベールにとっても、無視できる問題ではないということなのでしょう」
仮に『黄昏』という要素を抜きにしたとしても、共和国に対する大規模な軍事作戦を仕掛けることを明言。しかも、それを年内―――約3ヶ月で終結させるというのだ。騎神、機甲兵と主軸とした大規模な攻勢だとしても約180万の兵力全てが健在の状態で残るとはとても思えない。
現に、エレボニアはレミフェリアやリベールに対して軍事通行権を要求してきている。大国からすれば小国の事情など知った事ではない……とでも言いたげに。
そうして集った面々による会議だが、当初は会議場の護衛役程度のものかと思えば、ご丁寧に席まで用意される羽目となった。それもこの会議を開いたミュゼの隣に座る形で。当然、他の会議の参加者には『急な増員』と思っていても不思議ではないのだろう。
その機先を制する形でカシウスが口を開く。
「公女殿下。其方の方は?」
「はい。我々の作戦に関与するわけではありませんが、今回の会議に際しての“助っ人”のようなものです。そうですね、かのクロスベルにいる<風の剣聖>以上の腕前を持ち、帝国の<雷神>を負かした実力者です」
「ほう、かの<雷神>を倒したと……名をお伺いしても宜しいですかな?」
「初めまして、各々の方々。私はこのゼムリア大陸ではなく、過去の並行世界からやってきました。カシウス・ブライトが嫡男、アスベル・フォストレイト・ブライトと申します」
既にオズボーンへ向けて名乗った以上、どう足掻いてもバレるのは時間の問題と考えて、自分から名を明かした。会議の参加者はアスベルが異世界人という認識を抱いただけでなく、更にはカシウス・ブライトの子であるという事実に驚愕を隠せなかった。
これには当事者側であるクローディア王太女がカシウスに問いかけた。
「カシウスさん……」
「……道理でレナの面影が見えたわけですな。アスベル殿と呼ばせてもらうが、“そちらの俺”は、私と同じ過ちを犯してしまったか?」
「そうなりかけたところを自分が助けました。これでも教会の騎士でもあります故」
「そうか……元の世界に戻った時には、向こうの俺に『真に大切なものを失くすな』と伝えてくれるか?」
「ええ、一言一句違えることなくお伝えしましょう」
リベール関連では<輝く環(オーリオール)>絡みで二つの大きな事件が起きていた。だからこそ、カシウスはアスベルが世界こそ違えど自分と血が繋がった人間であると察することが出来た。これはカシウスの器の大きさを会議の参加者に示すことにも繋がった。
会議は作戦自体の打ち合わせではなく、最終人事―――ミュゼの考案した<千の陽炎(ミル・ミラージュ)>の総指揮官にカシウス・ブライト中将を置くというもの。この案に対してミュゼはアスベルに尋ねた。
「アスベルさんも人事に異存はありませんか?」
「寧ろ、これ以外の人選となると確実に作戦が成り立ちません。それを分かってて尋ねる公女殿下もお人が悪いようで」
「失礼いたしました。それでアスベルさん、この上空に帝国軍か傭兵、あるいは『身喰らう蛇』が襲撃してくる可能性を尋ねたいのですが」
可能性は高い。何せ、敵方の中で“面子を潰された人間”がいる以上、出てこない筈など無いし、こちらの会談の動きだって敵方は掴んでいるとみていい。必要とあらば<グロリアス>や神機を持ち出してくる可能性は高い。
「高いでしょうね。何せ、“敵”は未だに明確な宣戦布告すら出していません。折角各国の首脳クラスがこの場に集う以上、あの御仁ならその場に使いを寄越してそのついでに宣戦布告をしてもおかしくはないでしょう」
「ううむ、だが確かにやりかねん可能性はあるな」
「ええ。リベールの異変後に我が国を電撃訪問したという事例がありますからな」
「そのようなことが……」
百日戦役のような宣戦布告無しのやりかたも当然やろうと思えばできる。だが、そこまでやった上で負ければ、最悪エレボニア帝国そのものの存続が危うくなるだけでなく、それが飛び火して周辺諸国にも大きな影響を及ぼしかねない。
加えて、<黄昏>の力の強大さゆえに現在新造されているであろう兵器の練度も鑑みれば、そこまでの無茶をすれば計画そのものが破綻しかねないし、表側の人間からも裏側の人間を疑う様な異論が出かねない。
いくら地精と言えども人智を超えてしまった<黄昏>そのものの制御など出来ていない。彼らは単に分割した騎神の動力源である<鋼>を再錬成するという妄執に囚われている。
「これで来なければ向こうも少しは恩情を見せた、程度で構わないでしょう。ユーゲント皇帝が凶弾で苦しみ、オリヴァルト皇子が不在の今、政府の舵取りを握っているのはセドリック皇太子―――いえ、ギリアス・オズボーンに他ならない」
それに、適度に裏のガス抜きをやっておかないと暴発して作戦に支障を来たすことにも繋がる。使者として赴くと仮定した場合、この場にマクバーンが出てくる可能性は極めて低いが。
そうして会議が終わり、アスベル以外の参加者が出ていったところで会議室に入ってきたのはウォレス・バルディアス准将であった。
「ご苦労だったな、アスベル殿。殿下の反応を見るに、なかなか立派な振る舞いであったと推察されるが」
「こういう手合いならまだ楽ですから。して、何か御用ですか?」
「いや、客室に君の知り合いを待たせているからな。自分はその案内役だ。ついてきてくれ」
ウォレスの案内で貴賓区画の一角に案内されたアスベルを待っていたのは、“転移者”のクロスベル組も含めてこの世界に飛ばされたであろう人間がかなり揃った。
「お疲れ、アスベル。何でも会議に参加していたんだって?」
「来ていたのか、ルドガー。何、既に内容が決まっていた会議に口を出すことなんてほとんどなかったが……リーゼやクルルも久しぶりだな」
「私は久しぶりでいいのかな? 学院で会ってたし」
「ま、いいと思う。アスベルはまた強くなったみたいだね」
ルドガー・ローゼスレイヴ、リーゼロッテ・ハーティリー、そしてクルル・スヴェンド。このうち<執行者(レギオン)>クラスが二人いるだけでも十分すぎる戦力と言ってもいい。だが、それだけではなかった。
「それで、アスベル。お前も感じてるか?」
「今のところは漠然とだな、マリク。ただ、やらない理由が無いというのも確かだからな」
「その言い分は尤もですね。レーヴェはどう見ます?」
「結社の気質なら、やりかねんことは確かだ。それに、この場所なら<グロリアス>を持ち出してきても大した騒ぎにならないからな」
マリク・スヴェンドだけでなく、カリン・アストレイ・ブライト、そしてレオンハルト・メルティヴェルス・ブライトの二人もこの場に乗り合わせていた。彼らがまだこの世界の人間たちと合わせていないのは、余計な混乱を避けるためでもあった。
それはともかく、この空域に戦力を持ち出しても国家の干渉を受けにくくなる。仮に共和国が戦力を呼びつけた場合、宣戦布告で攻撃を加えることもできるという予想だった。
「だが、これで俺らが自分の世界に戻ってやるべきことは固まった。<黄昏>の顕現阻止―――そのためにも、ギリアス・オズボーンを止める必要があるということも。尤も、この世界の行く末には関われそうにないが」
「例のタイムリミットか……」
「酷な言い方をするが、この世界のことはこの世界の人間たちが決めることだ。俺らはそれを少しだけ手助けして、見届けるだけだな」
いくら力を持とうが、人間はそこまで万能に出来ていない。人一人の力など及ぼせる範囲は極めて小さい。それこそ<女神(エイドス)>のような存在でもない限りは。それは“転生者”でも、変えることが出来ない事実。
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