Far and away 第二章ー海の上1
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突然、頭領がティエンランへ行くと言い出した。

あの騒ぎから半年、久しぶりのティエンラン上陸だ。

「けど、なんでいきなり」

「何か、忘れものをしたとかなんとか」

「なんじゃそりゃ」

目の前の親友も首をかしげている。

「お前、なんか知ってんじゃないの。頭領と同じ、元宮廷人だろ」

「やめろよ。おれも分かんねえよ」

とクロエは顔をしかめた。

キジは、物心ついた時からこの海賊船に乗っていた。生まれた国も知らない。親兄弟もいない。

潮騒を子守唄に、波の揺れを揺籠にここで育ってきた。今じゃ若干二十一ながらりっぱに古株だ。

片や親友のクロエはピカピカの新人だ。半年前から船に乗っている。

こいつとの出会いは今でも、まざまざと思い出すことができる。

ある日、名前を呼ばれて振り返ると、頭領と一人の少年がいた。高そうで上質な衣を着ていて、髪の毛は真っ黒、風にさらさらとなびいている。思わず自分のバサバサ頭に手をやってしまった。

目も黒色で、キジを興味津津といったように輝かせて見つめている。

「新入りだよ。色々教えてやってくれ」

「よろしくお願いいたします」

深々と頭を下げられ、びびった。

「お、おう…」

じゃ、頼んだよ。頭領は爽やかに笑うと少年を残して去って行ってしまった。

「お前、名前なんての?」

「はい、クロエと申します」

はきはきと少年が答える。

「いくつ?」

「二十です」

同い年じゃねえか!十六くらいだと思っていた。

「と、とりあえず案内するからよ…」

「はい、よろしくお願いいたします。キジさま!」

キジは思わずのけぞった。

「やめて!なんかかゆいから、キジさまってゆうのだけはやめて!」

クロエはきょとんとした顔をしている。

 

船内を案内しながら色々な話をした。

貴族さまの息子みたいだと思っていたこの少年は、本当に貴族さまの息子だった。

名門の出で、血は王女派だったがアナンにつけられていたという。そしてその人柄に魅せられてしまった。

「本当に大勢の中にいても存在感があって、誰にでも優しくて、快達で憧れていたのです」

クロエはうっとりと語る。

うんうん、そうだよな。おれたちの頭領だもの。

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スザクの港で王女が接触してきた時、キジと仲間は衝撃の事実を知った。尊敬していた男がまさか、ティエンラン国の王位継承者だったとは。そして王位を選ばずに海と仲間たちを選んでくれたその男に、一層の敬愛の念を注ぐようになった。

 

「忘れられないのは、ある宴の時です」

そこで、クロエは小さな王女と話す王子を見た。

煌びやかな宮廷の中心で、藍色の髪を輝かせて幸せそうに笑う少女と、少女の前に片膝をついて、ほほ笑んでいる青年は一枚の絵画のように美しかった。

「その後ろで、得意げに鼻を膨らませている少年は目障りでしたが」

お前も、その光景をみて鼻を膨らませていたんだろうよ。

「しかし、アナンさまは突然姿を消してしまいました。騒ぎがあって、王女も消えた」

それからは色町上がりの女の天下になった。が、王女は生きていた。王子も生きていた。

二人は海賊と民衆を率いて国の為に反旗を翻した。

セイリュウヶ原の戦いは、キジも参戦していたから知っている。それを言うと、クロエは本気でうらやましがった。

「セイリュウヶ原の頭領と嬢ちゃんは、マジですごかったぞ。馬をバーッと駆けてだな。あっという間に宮廷軍を蹴散らしていった。あいつら、怖がってすぐに嬢ちゃんにつくといいだしたんだ」

「ええと、嬢ちゃんって…」

「ああ、現国王。なんだったっけ、名前…」

「リウヒさまですか」

「そうそう、それだ」

頭領が気に入って協力した、勇ましい娘を仲間たちは親しみを込めて嬢ちゃんと呼んでいる。

妹は国王となった。兄は自分の居場所の海に帰っていった。

「アナンさまがここにいると知って、わたしは居ても経ってもいられずに、追って来てしまいました」

「へー。お前、見かけによらず突っ走るんだなあ」

キジは感心した。貴族さまというものはもっと軟弱だと思っていたのに。

「なあ、一つ頼みがあるんだが」

「はい、なんでしょう!」

背筋を伸ばして、笑顔で答えるクロエにキジは怒鳴った。

「そのしゃべり方を何とかしてくれ!おれさあ、駄目なんだよ。そういうの!」

いきなりの剣幕に目を白黒させた少年だったが、真剣な顔して頷いた。

「分かりました。まず、何をすればよいのですか」

だーかーらー。やめろっつてんだろ!

「自分のことは、わたしじゃなくて、おれと呼ぶように」

「…お・れ?」

「違ぁ―う!発音が違う!」

キジの教育のおかげか、クロエは瞬く間にここでの生活になじんだ。いまでは無二の親友だ。共に酒を飲み、商船を襲い、嵐の中を走り回って、青空の下で笑い合った大切な親友。

「ティエンランなぁ。あんまり好きじゃねんだよなぁ」

酒も食いもんも、うまいけどさ。

「おれ好みの女、少ねえし」

「お前の好みが変なんだろ」

キジが好む女は、みな一様に太っていて年上だった。だってしょーがねえじゃん、好きなんだもの。

「変なのはお前の方だ。陸に上がっても、女抱かねえし。ものすごく言い寄られる癖に」

美少年にほんのちょっぴり渋みを足したクロエの容貌は、女にとにかくもてた。

いいよな、男前は。おれなんて頭、橙色でばさばさだし、顔はそばかすだらけだし、やせぎすだし、三白眼だし。と拗ねたくなるくらいもてた。しかし、当の本人は。

「面倒くさいんだ、そういうの。宮廷では、まあ色々あったけど、女の人って暇だから恋愛しかすることなくてさ、何かうるさいんだよな。キャンキャンと」

お前、それ女に喧嘩売ってんのか。売ってんだな。

「キジと一緒にいた方が楽しいし」

キジは勢いよくクロエから離れた。

「おっおれはそういう趣味ねえぞ!」

「ああ、そういう意味じゃなくて」

なんだよ、まぎらわしい。妙な勘違いしてしまったじゃねえか。

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****

 

 

奇妙な感覚に、リウヒは目を覚ました。ゆっくり傾いでいると思ったら、また逆に傾ぐ。

ここはどこだ。見慣れない天井。見たことのない室内。

緞帳のかかる寝台に自分は寝ている。身を起して寝台から降りると、足取りがフラフラした。慌てて、机の端を掴む。

卓上の上には、地図や見たことのない小道具が散乱している。

その後ろに窓があった。覗き込むと遠く海原が見えた。

海の上。なんで?

昨夜、寝たのはいつもの自分の寝室だ。それは覚えている。

もしかして、わたしは夢を見ているのだろうか。花見をしていた時に、こんな話がでたし。じゃあ、どうして一人でいるのだろう。トモキは?みんなは?後から追いかけてくるのか?

床が音をたてて傾ぐ。リウヒはへたり込んで、机にもたれた。

その時、扉が開いた。入ってきたのは

「気が付いたんだね」

「兄さま!」

異母兄弟の兄だった。王となるときに助けてくれた、赤茶けた髪の、翡翠色の瞳をもつ自慢の兄。いつも朗らかで、頼りになる大好きな兄。

不安は一気に晴れた。足取りがおぼつかない為、フラフラと兄によってその手を掴む。

「お久しぶりです、お元気でした?」

「君も元気そうだね」

アナンは笑って、リウヒの頬を包み込むように撫でる。

「そして美しくなった」

兄にそう言われるのは嬉しい。

「薬が効きすぎたようで、目を覚まさないからどうしようかと思ったんだけど」

さわやかに笑ったまま、頬を愛おしげに撫でている。

「覚ましてくれてよかった。しかし、宮廷の警備は緩いね。もっと厳重にした方がいいよ」

リウヒは、ぽかんとした。

何をいっているのだろう、この人は。

「兄さま、これは夢じゃないの」

夢だろう。みんな後から来てくれるはずだ。

「わたしの妹は、可愛い事をいう」

そのまま、近づいて頬に口を寄せた。不安が心の中を満ちるように引き返してくる。

「やめて、兄さま。どうしてわたしはここにいるの」

「わたしが浚ってきたからだよ」

何をいっているのだろう、この人は。理解ができない。

「そんな、戯れはよしてください。本当の事を言って」

「やれやれ、わたしは本当の事しか言わないのに」

兄は、妹の手を握ったまま、片膝をついてその下から覗きこんだ。かつて宮廷の宴で初めて声をかけてきてくれた時のように。港はずれの一軒家で、自分に協力してくれた時のように。

その深緑の瞳に吸い込まれそうになる。

「あの上位の礼はとても美しかった」

アナンの手が、再び妹の頬を撫でた。嫌がるようにリウヒが身をよじる。

全く気にせず、兄は続けた。

「君たちと別れてから、わたしはわたしの日常に戻ったよ」

細い両手を掴む。そして片手に閉じ込めた。

「でも世界は以前よりも輝かなくなった」

兄のもう一つの手は頬からゆっくりと下がっていく。冷汗が背を伝った。

何をしているのだろう、この人は。

「愛する妹がいなくなったからね」

唇を、指の腹でゆっくり撫でられた。背中を無数の虫が這っているように気持ち悪い。

「最初は気が付かなかったよ、まさか妹に心奪われているとは思ってもいなかったから」

手が腰に回った。思考が全く回転せず、リウヒはただ硬直しているだけである。

「どんな女を抱いても、この虚しさは消えなかった」

首筋を舐められた。もがいても兄の手は緩まない。

何をしているのだろう、この人は。

「ところがどうだろう、君がいるだけでわたしの世界はキラキラと輝く」

クスクスと楽しそうに笑う。

「愛する妹は国王となってしまったが、それでも欲しかった」

兄は逞しい腕で、妹の細い体を抱きしめた。悪寒が背中を一気に駆け抜けた。

「わたしの可愛い妹を、この手の中に」

何をいっているのだ、この人は!

「離して!」

思いっきり突っぱねても、兄は腕に力を込めるばかりだ。

「戯れはよして、ふざけた事をいわないで。わたしはあそこへ帰らなければ、いけないんです。やるべきこともあるし、心配している人も…」

国を預かる身として、仕事は山ほどある。そうでなくとも、過保護で心配性な人たちなのだ。今頃、トモキや宰相を筆頭に大騒ぎしているに違いない。

「それはトモキくんかい」

その顔は笑っていたが、目は恐ろしいほど静かだった。

「黒将軍か。それとも白将軍かな」

そのまま抱きあげようとする。リウヒは転がるように兄から離れると、扉へと走った。

取手を回しても開かない。鍵がかかっているようだ。それでもガチャガチャと回し、腹立ちまぎれに扉を叩いた。

「外に出てもいいけどね」

アナンがクスクスわらったまま、近づいてくる。

「無駄だよ。海の上だから、どこにも逃げ場はない」

鍵が開けられる。音をたてて扉を開け、リウヒは外へ飛び出した。

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****

 

 

いきなり、大きな音がした。

キジが驚いてその方向をみると、やせっぽちのチビが一人、頭領の部屋から転がり出るように、飛び出してきた。

あれは嬢ちゃんじゃねえか。

二日前ティエンランに降りた頭領は、一人どこかへ行き、ぐったりした娘を担いで帰ってきた。そしてさっさと故郷から離れてしまった。

その時は気に入った女を連れてきたのだろうと思っていた。しかし甲板を狼狽したように、蹴躓きながら走りまわっている少女は、たしかに頭領の妹で国の王さまだ。

「あの子…」

隣でクロエが呆然としたように、少女を眺めていた。

「リウヒさまだ」

「知ってんの?まあ、知ってるよな」

「いや、何度かしか見たことなかったし…。でも何で…ここにいるんだ」

少女は走りまわるのをやめ、一点をじっと見つめている。その先にあるのはうっすら見える陸地だ。

それ、ティエンランじゃあねえぞ。アスタガだぞ。

しかし、その子はおもむろに足を上げて舷側の手すりによじ登ろうとした。

「あっ!」

クロエが声を上げる。

「やめなさい、リウヒ。危ないじゃないか」

頭領が軽々と抱きかかえる。少女は身を突っぱねて暴れた。

「大人しくしなさい、海に落ちるよ」

「謝れ!」

少女の絶叫が響く。他の仲間も何事かとあっけにとられている。

「我が国とわたしに謝れ!そして即刻、国に戻せ!」

「ああ、わたしの妹はなんて勇ましい」

頭領はうろたえた様子もなく、未だ暴れる娘を腕に閉じ込めたまま、部屋へ戻って行ってしまった。

「なんじゃ、ありゃあ」

「頭領は妹をかっさらってきたんか?」

「しかも王さまだろ、あの子」

仲間の声がする。

「おい、クロエ。仕事に戻ろうぜ」

「あ…ああ。うん」

横で、クロエが呆けたように立っている。その顔を見てキジは一抹の不安を覚えた。

 

説明
ティエンランシリーズ第二巻。
兄に浚われた国王リウヒと海賊の青年の恋物語。

「それでも欲しかった。わたしの可愛い妹を、この手の中に」

視点:キジ→リウヒ→キジ

*「戦場に咲く花」の便利屋クロエが出てきますが、全くの別人です。はい。
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コメント
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます!そうなんですよ。しかもリウヒは実母に赤子の頃に殺されそうになってますしね。どんな家族構成だって感じです(汗)。(まめご)
あの父にしてこの息子あり。何か切実にリウヒがまともに恋愛できるのか、不安になって来ました;(天ヶ森雀)
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