リトル ラブ ギフト 第2回【やってきたよ十番町! 同胞の友はいずこに?】 |
ナツミ、セイジューロー、魔界樹ベビーの二人と一匹は
光速に近いスピードで宇宙空間を疾走していた。
ベビーの超能力で形成された特殊なフィールドに包まれた
彼らの周囲を、宇宙の星々が通り過ぎていく。
超スピードの中にある彼らの目には、
止まっていれば粒のように見えるであろう星の光達が
まるで飴細工みたいに棒状にぐぃんと伸びていくように映っていた。
故郷である惑星の外へ初めて出た宇宙人の少女ナツミは
そんな不思議な光景をフィールド越しで目の当たりにし、
面白がって笑顔を浮かべながら無邪気に興奮している。
一方、同じく宇宙人の少年セイジューローは
フィールドの外の光景に、内心驚きと好奇心を抱きながらも
先頭でフィールドを張りつつ自分達を引き連れて亜光速飛行を続ける
魔界樹ベビーのことを気遣っていた。
ふとセイジューローは気になっている事をベビーに訊ねる。
「……ねぇベビー、ベビーは地球がどこにあるか知ってるの?」
「アテシのマスター……つまり大元の魔界樹も言ってたと思うけど、
マスターの記憶、知識、能力がアテシには備わってるんでし。
かつてマスター達が滞在していた地球の距離、座標も
この葉っぱ……いや、頭にしっかりインプットされてるのでし」
自分の頭の上に伸びる葉っぱをフリフリと振りながらベビーは答えた。
「ちなみにこのエナジーフィールド展開の亜光速ワープは、
マスターやエイル達も本気を出せば使うことができるでしよ」
「そうなの? やっぱりお兄ちゃん達ってすごいんだなぁ……」
頼れる兄、姉としてエイルとアンの二人を尊敬する
セイジューローは感嘆の息をもらす。
そんな彼の反応を見て、子を見守る親に近い感情がベビーの心に湧いた。
大元の魔界樹ゆずりの母性ゆえであろうか。
その感情がベビーに励ましの言葉を口にさせた。
「セイジューロー達も、がんばればいつかはできるようになれるでし!
……もっとも、エナジーのコントロールとか練習は大変でしけどね」
「ベビーは大丈夫なの?
あこーそくわーぷなんてすごい技を使って疲れない?」
エナジーのコントロールという言葉に反応したらしく、
それまで外の光景に見入っていたナツミがベビーの方を向いて声をかける。
無邪気になりながらも、彼女も内心ではベビーの事を心配していたのだ。
そんなナツミの気遣いがベビーには嬉しかった。
「確かにこの能力は、著しく体力を消耗するでし……
なんせ超長距離をわずかな時間で移動する技でしからね。
でも心配は無用!
半日休めば元通り体力は復活するでし!」
「へぇ〜! そんなに小さいのに、ベビーってタフなのねぇ〜」
感心したナツミが素直な感想を述べた。
セイジューローも同じ気持ちを表情に浮かべて、うんとうなずく。
「ふふん! 生まれたての若さのパワーが成せる業でしっ!」
おだてられてベビーも得意げになる。
すると間もなくベビーがハッとした表情をした。
「……おっ! そうこう言ってるうちに目的地が近づいてきたでしよ!」
「えっ? もう着くの?」
「さっすがぁ! 『むっちゃくちゃはっやぁあ〜いスピード』ね!」
とんでもなく長い距離を移動した実感が二人にはなかった。
感覚的にはエイル達と別れて故郷を出発してから、
およそ20分ぐらいだろうか。
はしゃぐナツミとは対照的にセイジューローはポカンとしている。
そんな二人をよそに、ベビーは改めて精神の集中をはじめる。
するとそれまで棒や線のように伸びて見えていた周囲の星々の光が
徐々に縮んでゆき、元の見た目に戻っていく。
亜光速で飛んでいたフィールドが減速に入ったのだ。
やがて減速が終わり完全に停止すると、周りは小さい粒のような星の光が瞬く
美しく静かな宇宙の光景に戻っていた。
そして、停止したフィールドに包まれる二人と一匹の目の前には……
「見るでし二人とも! あれが地球でし!」
「「わあぁぁ〜……!!」」
遠い太陽の光を浴びて青く輝く大きな惑星が、そこに佇んでいた。
それこそ、かつてエイルとアンの二人が降り立った星、
二人の友人たちが住まう星、太陽系の第三惑星『地球』であった。
「あれが、地球……きれい……宝石みたい!」
「……ぼく達の星と少し似てるね。でも大きさは全然違う……」
半透明なフィールドの壁に両手を押し当てながら
ナツミとセイジューローは地球の荘厳な姿に目を釘付けている。
青い星を見つめる二人の瞳は、対象と同じくらい輝いていた。
「地球はキミ達の故郷のおよそ10倍の大きさがあるんでし。
では、地球に降り立つでしよ。
……地球ではアテシらのような未知の飛翔体は
『UFO』とか呼ばれて、地球の人間に見つかると大騒ぎされるでし。
パニックが起きないよう、こっそりと降下するでし……」
ベビーがそうつぶやくと、彼らを包むフィールドは再び動き出し
ゆっくりと地球に向かって降下。大気圏を通過すると
青い海の上に浮かぶ島国『日本』をめがけて飛んで行った……
二人と一匹はとある高い丘の上に静かに着陸した。
大地に降り立つと同時に彼らを包んでいたエナジーのフィールドが消滅する。
快適だったとはいえ密閉された空間から解放されて、
ナツミは両手を天に向けてぐっと伸びをした後、大きく深呼吸した。
彼女の気持ちよさそうな表情が、外の空気のおいしさを物語っている。
「見てお姉ちゃん、向こうに何か見えるよ」
セイジューローが指さす丘の向こうに、多くのビルが立ち並ぶ光景が見えた。
ナツミ達にとっては、初めて目にする奇妙な建造物の群れだった。
しかし旅立ち前にエイルとアンから話を聞かされていた二人は
あの場所がなんなのか、すぐに理解できた。
「あれがアンお姉ちゃん達が話してた、『街』っていう所ね!」
「十番町というところでし」
若干疲労気味な表情を浮かべつつベビーが言う。
街の景色を眺めるベビーの心は、妙な懐かしさを感じていた。
「エイルお兄ちゃん達、昔はあそこで暮らしてたんだ……」
30年前、エイルとアンがエナジー集めのために潜伏していた人間の街。
そして彼らが愛と優しさに目覚めた大切な場所。
口伝のみで伝え聞いていた聖地が遠くに広がっていた。
「あの十番町に、うさぎさんや衛サマがいるわけね。
それじゃさっそく会いにいこう!
さぁ、お姉ちゃんについて来てセイジューロー!」
そう言い終えるが早いか、ナツミは丘を下りようと駆け出した。
「お、お姉ちゃん! まっ……」
「待つのでし!!」
あわてて姉の後を追おうとしたセイジューローの背中越しに
ベビーがナツミにストップをかけた。
ナツミは立ち止まって「どしたの?」と言いたげな顔で振り返る。
突然真後ろで叫ばれたため、驚いたセイジューローもベビーの方を振り返った。
「その姿で街へ下りる気でしか?
キミ達と地球人は形は似てるけど、見た目は色々違っているんでし。
その恰好のまま人前に出たらそれこそ街は大騒ぎ、
おつかいどころじゃなくなるでしよ!」
「えぇ〜? じゃあ、どうすんのぉ?」
兄達の親友に早く会いたいというはやる気持ちをナツミは抑えられないらしく、
ベビーの制止に対してあからさまな不満を露わにした。
ベビーは「まぁそんなに慌てるな」と彼女をなだめて言い聞かせる。
「忘れたでしか? キミ達はこの時のために、
エイル達から『あの技』を教えられたはずでし」
ベビーの言葉を聞いてなんの事か一瞬考えたナツミ達だったが
すぐに思い当たりハッ!とひらめく。
「あっ! そうか、あれねっ!」
「変身能力……」
かつてエイルとアンは地球人の『銀河兄妹』に変身して、
人間社会に溶け込みながらエナジー狩りのための情報収集を行っていた。
途中からそれぞれ片思いの相手との接触に、第一の目的はすり替わっていたが……
実はその変身能力の使い方をナツミ達は彼らから伝授されていたのだった。
「そうでし! 地球人と同じ姿に変身すれば
街に行っても怪しまれないでし」
「う〜ん、でも変身するにしても
地球人がどんな見た目なのかわかんないし……」
地球人と自分達の容姿が異なることは事前にエイル達から
教えられていたため、もちろんナツミ達はそれを知らないわけではない。
しかし実際どの部分がどう違うのか、どれくらい見た目に差があるのか。
実物の地球人を見たことがない二人はどうにもそこら辺の見当がつかないのだ。
考え込む二人に対してベビーは言った。
「エイル達がキミ達に変身して見せてくれた姿を思い出すでし。
あれが地球人のイメージでしよ」
そう言われて、二人は頭の中の記憶を掘り起こした。
エイルとアンが変身のやり方を教えるためにかつて変身していた
銀河兄妹の姿に、自分達の目の前でなって見せた時のことを。
「あー、そういえばあの時そう言ってたわね!
アンお姉ちゃんが変身したのは、地球人の女性の姿って言ってたっけ」
「エイルお兄ちゃんの変身は、地球人の男の人……だったよね」
「とりあえず二人とも、あの姿を思い浮かべながら念じてみるでし。
慣れてない内はあの二人みたいにスッと変身するのは難しいでしからね」
ベビーに促されて、二人は精神を集中させるために目を閉じた。
頭の中に地球人のイメージを投影しながら、丹田にゆっくりと力を込めるように
静かに念じはじめる。
「むぅ〜……」
「っ〜……」
……ッパ!!
念じていた二人の体が一瞬まばゆい光を放った。
次の瞬間には、二人の姿はさっきまでとは違うものに変わっていた。
それは地球人姿の銀河兄妹がそのまま幼児体系になったかのような姿だった。
コスチュームも変化し、見た目に相応しい子供服を纏っている。
集中を終えたナツミが恐る恐る目を開けた。
「……どう!?」
緊張気味でベビーに尋ねるナツミ。
セイジューローは目をつむったまま黙って硬直している。
すると、人間に変身した二人の姿を見てベビーはよほど感激したのか、
頭の二枚の葉っぱをまるで拍手するようにぺしぺしと激しく打ち鳴らした。
「おぉお〜〜! すごいでしっ!!
たいへんよくできました!
ちゃんと地球人の子どもの見た目になってるでしよ!」
「よ、よかった! 成功して」
安心したセイジューローはようやく目を開け胸をなでおろす。
「と、とーぜんよぉ! あたし達、何度も練習してたんだからぁ!」
一方ナツミはアンの影響だろうか、大人が余裕ぶるような素振りをしてみせた。
しかし満点評価の嬉しさは隠しきれないようで、
その顔は頬を赤く染めながらニヤけている。
改めて変身した自分の姿を確認する二人。
コスチューム、髪や肌の色、耳の形。
いつもと違う自分に戸惑いつつも、本当に変身した事を実感する。
……ナツミはある事が不満だった。
「……でも、やっぱり身体の大きさは子どものままなんだなぁ。
お姉ちゃんみたいな大人に変身できたらいいのにぃ」
ナツミはアンのようなスレンダー体型の美しい女性に
憧れを抱いているようだ。 聞いてベビーが笑いながら諭す。
「あくまで姿形を合わせるための変身でしからね、年齢までは変えられないでし。
なあに、ナツミもいつかは大人になるからそんな残念がることないでしよ」
「あーあ! あたしも早く大人のレディになりたいなぁ〜」
大人に憧れ、なりたい願望を口にするナツミの姿に
ベビーは純心で健全な子どもらしさを見た気がして
表情も気持ちもほころぶのだった。
そんな中、人間の姿になった姉や自分の身体をぼんやりと
眺めていたセイジューローが、ふと思い出したことを口にした。
「そういえばお姉ちゃん、ぼく達の名前ってさ……」
言いかけたセイジューローにナツミは素早く反応する。
「あっ! うん、確かエイルお兄ちゃん達が地球人に
変身する時に使った名前からとったって話してたよね」
そう。二人の名前の由来は、エイルとアンが変身した
地球人、銀河兄妹としてのもうひとつの名前である。
セイジューローはエイルが名乗っていた『銀河 星十郎』から、
そして、ナツミはアンが名乗っていた『銀河 夏美』から。
「それだけあの二人にとって、地球人としての生活は
思い入れがあったということでしな……」
話を聞いていたベビーは二人が魔界樹から生まれ、
エイル達に命名された時の事を、しみじみと思い出した。
ただベビーはその時はまだ存在もしていなかったので、
これは大元の魔界樹の記憶を辿っての回顧である。
先ほどのエイル達の変身をナツミ達が見せられた時の話も同様だ。
「あたし達……名前、どうしよっか?」
「「えっ? 名前?」」
ナツミのつぶやきの意図がわからず
セイジューローとベビーがほぼ同時に聞き返す。
「ほら、お兄ちゃん達は地球人になりすますために
違う名前を名乗ってたわけでしょ?
ならあたし達も違う名前を考えた方がいいかな〜って。
あたしは……そうだ!
アンお姉ちゃんの名前を拝借して、
『アンナ』っていう名前良くない?!」
一人盛り上がるナツミの空気に飲まれたか
それとも空気を読んだのか、セイジューローも
自分の仮の名前を考えはじめた。
「じ、じゃあぼくは……
エイルお兄ちゃんからとって……
う〜ん……え、『エイイチロウ』……?」
「いやいや、そのまま『ナツミ』『セイジューロー』で
問題ないでしょっ。そもそも地球人の中の、
『日本人』を装うための名前だったんでしから」
「え〜? だってせっかくだしぃ〜、
アンナとエイイチロウもありだと思うんだけどなぁ。
……まぁ、いっか。
そんな事決めるためにここに来たんじゃないもんね」
ベビーのツッコミにブーたれるナツミだったが
本来の目的を思い出し、あっさり気持ちを切り替えるのであった。
「それじゃ変身もできたし、十番町へ行こう!
お兄ちゃん達のお友達を探すわよ!」
バッと弟の手をとり元気よく歩き出すナツミ。
一方、急に手を引かれて転びそうになりながら
おっかなびっくりで歩くセイジューロー。
ここへきて腰砕けな様子である。
「こ、怖い事がありませんように……」
ベビーはぴょんと大きく跳ねて
セイジューローの肩に飛び乗ると、
耳打ちするように彼に話しかけた。
「アテシが動いてるとこを普通の地球人に見つかるのはまずいから……
セイジューロー、キミの服の間に隠れさせてほしいでし」
「う、うん。いいよ」
了解を得て、ベビーはセイジューローが着ている
子供服の懐にササッと潜りこむ。
引っ張られている腕と反対の手をベビーに添えながら、
セイジューローは自信のない小さな声で懇願した。
「……ねぇベビー、
もしおっかない事がおきたら、その時は……」
「わかった、万一よっぽどの時はアテシが助けてあげるでし。
まぁ正体がばれない限り滅多な事はないと思うでしけど……」
一方は期待に胸を膨らませ、一方は不安を隠せない二人の幼い宇宙人姉弟。
彼らの前途にその両方の感情を抱く、保護者的存在の小さな植物型宇宙生命体。
二人と一匹は同胞の友を訪ねるため、地球人の街を目指して歩き出した。
「これが地球の人間……。
……た、たくさんいるね、お姉ちゃん」
「う、うん。びっくりしちゃった……」
ナツミとセイジューローは呆然と立ち尽くしていた。
十番町に足を踏み入れた途端、想像以上の光景が目に飛び込んできたからだ。
魔界樹並みかそれ以上に大きい、鉄や大理石の建物がいくつも立ち並ぶ街。
その街中の道を行き交う人、人、人、人、人……
今まで人間らしい人間といえば、エイル達二人しか見たことがなかった。
そんな彼らがいきなりこんな大人数の、しかも異なる星の人間を
目の当たりにすれば驚いてしまうのも無理はないだろう。
さらに二人が全く見たことがない
自動車やバイクが道路を走り回っている。
どこかから大きなエンジン音が響くたび
セイジューローがビクつきナツミの服にしがみつく。
そのたびにナツミが彼を気遣っていた。
気が小さいため、周りが恐怖の対象ばかりに映るセイジューローはともかく
元々好奇心の強いナツミでも、想像以上の未知の世界に半分不安を覚えていた。
しかし自分が弱みを見せると弟が余計不安を感じてしまう、
姉の自分がしっかりしなければ。その思いが半分の不安をなんとか抑えつけていた。
「姿形は本当にあたし達に近いのね。
でも同じ男と女でも、みんなバラバラだ……。
そこがあたし達の種族と大きく違うみたいね」
辺りを注意しながら見ていたナツミがつぶやいた。
サラリーマン、OL、学生、子連れの母親、老人……
実際、各々の職種等についてナツミ達が知りようがないが、
根本的な容姿は皆同じでも、服装、体格、年齢による見た目は千差万別。
地球の小さな島国の人間という括りだけでも、こんなに色んな人がいるのかと
ナツミは関心していた。
(ベビーはうさぎさん達がどこにいるかは知らないの?)
ビクビクしていたセイジューローが
懐に入っているベビーにひそひそ声で訊ねた。
ベビーも周りの人間に気づかれないように小声で答える。
(そこまではわからんでし。マスターでもさすがに
彼女らの正確な住処までは知らないでしからな。
この十番町のどこかって事しか……)
「う〜ん仕方ない、誰かに聞いてみましょ」
二人の小声の会話を聞いていたナツミが
月野うさぎ達の居所を知っていそうな人間がいないか
辺りを見回しはじめる。
「知ってる人はだれだろう……?」
セイジューローも姉に倣って
首をきょろきょろ振りながら探しはじめた。
(二人とも! 無闇やたらに声をかけるのは危険でしぞ!)
突然ベビーが二人を小声でたしなめた。
(え? なんで?)
知りたい事を人に訊ねようとするのがなぜ危険なのか?
そう目で訴えるナツミ達にベビーは答える。
(地球の人間には色々いるんでし。
親切で優しい良い人間もいれば、
反対に人を騙そうとする悪い人間もいるでしよ。
それは見た目で見極めるのも難しいのでし)
「地球人にも悪い人が? ……むぅ」
兄達を赦し救ってくれた心優しい恩人が住む星なのだから
他の人間も皆そうなのだろうと思っていただけに、
意外な事実にナツミは少なからず衝撃を受けた。
セイジューローの方は一気に顔が青ざめブルブルと震えだす。
「や、やっぱり怖い人がいるんだ……」
「心配しないでセイジューロー!
もし悪い人間と出会っても、あたしが絶対に守ってあげる!」
怯える弟の手をしっかりと握りしめて
ナツミは力強く宣言した。
自信を湛えた顔で自分を見つめる姉を見て、
セイジューローはなんとか落ち着きを取り戻した。
「お姉ちゃん……」
姉に対する信頼のこもった声がもれる。
その直後だった。
「ねぇ、キミ達」
「「!?」」
不意に後ろから声をかけられて驚いた二人が振り返ると、
そこには紺色の制服と帽子を身に着けた一人の青年が立っていた。
警察官である。
「キミ達迷子かい? お父さんお母さんとはぐれちゃったのかな?」
青年警官は両膝に手をつき、かがんで二人の顔を覗きこみながら
にっこりと微笑み優しく語りかける。
街を巡回中、小さい子どもが二人だけでウロウロしている様子を見かけた彼は
家族とはぐれた迷子と考え、保護しようと思い近づいて声をかけたのだった。
しかしお巡りさんをそもそも知らないナツミ達。
妙な格好をした知らない人間が、向こうからいきなり接触してきた事に加えて
先ほどベビーの忠告を聞いたばかりのために、
頭の中は完全に警戒モードになっていた。
警官の顔を怪訝な表情で見つめるナツミ、
セイジューローの懐の中で緊張しながら成り行きを見守るベビー。
そんな中、セイジューローは不意打ちにひどく動揺しながらも、
(この人はなんとなく優しそうだし、信用できるのでは?)と心の中で
淡い期待感を抱いていた。
そこで、勇気を振り絞ってこの人間との対話を試みることにした。
「え……えっと、た、頼まれて……ひ、人にあ、会いに来て。
……その、その人の家を探してて……」
恐る恐る必死で話そうとするセイジューロー。
しかし不安と警戒で口にする言葉は弱くたどたどしい。
膝もカタカタ震えている。
セイジューローの言葉を聞いた警官は、爽やかな笑顔で感心する。
「あぁ、遠いところからおつかいかぁ! まだ小さいのにすごいねぇ。
よし! お兄さんもその人のおうちがどこか一緒に探してあげるよ。
ぼく、会いたい人のお名前は言えるかい?」
警官は制服のポケットからメモとペンを取り出した。
男の肯定的かつ協力的な態度に、セイジューローの緊張の糸がわずかに緩む。
(この人なら大丈夫かも……)そう考えながら質問に答えようとした。
「ええっと……つ、月野うさg」
(逃げるよ! セイジューロー!!)
「わわ!」
突然ナツミがセイジューローの手をつかみ
その場から一目散に走りだした。
「あっ! ち、ちょっとキミ達!?……」
突然の事に驚いた警官が呼び止めても
ナツミは立ち止まらず、セイジューローをひっぱったまま
歩行者たちの間を駆け抜けていった。
がむしゃらに走り続けた二人は
人通りの少ない所まで来ると、ようやく立ち止まった。
ナツミが両膝に手をつき、ぜぇぜぇと息を切らす。
握っていた手を姉がようやく離してくれたので、
セイジューローはその場にペタリと座り込んだ。
二人が逃げた先は閑静な住宅街だった。
「ハァ……ハァ……だ、大丈夫セイジューロー?」
「ぼ、僕は大丈夫だけど、どうして……」
どうして逃げたの? と問いかけるより先に
懐の中のベビーがナツミの心理を推察して発言した。
「あの人間が良い人か悪い人かわからないから、
とにかくなにかされる前に逃げたんでしな」
「うん……何もしてないのにあっちから声をかけてきたのは
なんだか怪しいと思ったから。それにあの人、
『遠いところからおつかい』って言った。
あたし達が違う星から来た宇宙人だって気づいたのかも……!」
遠いところと言われて宇宙から来た事がバレたと思い込み、
さらにおつかいという目的を言い当てられたことが
警戒していたナツミに(この人間は普通じゃない)と判断させた。
ベビーの忠告を心得た上でナツミなりに考えてとった行動だった。
「えぇ!? ……で、でも、そうなのかなぁ……?
あの人は本当に親切に教えてくれそうだったけど……?」
姉の推測を聞いて困惑するセイジューロー。
元々自信はなかったとはいえ、自分の勘を完全に否定したくない気持ちもある。
反論した弟に対してナツミがまくしたてた。
「そんなのわかんないじゃない、油断させといてどこか恐い場所へ
連れてくつもりだったかもしれないんだよ! それこそ宇宙人の研究室とかさ。
実験やら解剖やら……変な事されてからじゃ遅いんだからッ」
聞いてハッとした顔を上げるセイジューロー。
「そ、そうか!! もしそうだったら……危なかったぁ……」
鬼気迫る表情の姉に気圧されたのもあるが、
そこまでは考えが至らなかった、と頭の中で納得してしまった。
自分の軽率な行動で取り返しのつかない事になったかもしれないと
思うと、背筋が凍るような感覚に陥った。
……実際のところ、結局はナツミの思い込みであり、
あの警官は善意で接触してきただけなのであるが……
そんな事はナツミもセイジューローもベビーも知る由もなかった。
自分が情けなく思い、余計自信を無くしてしまったセイジューロー。
ションボリとうつむく弟の頭をナツミがそっとなでる。
「セイジューロー、あなたが無理しなくてもいいんだよ。
お姉ちゃんのあたしに任せとけば大丈夫だから。ね?」
「……うん。わかったよ。ナツミお姉ちゃん僕よりしっかりしてるもんね」
さっきまでとはうって変わった優しい顔でなぐさめるナツミを見て、
セイジューローの胸中には頼もしい姉に対する大きな信頼と安心感、
そして半ば自分自身への諦めに似た複雑な感情が渦巻いていた。
二人のやり取りを見ていたベビーは自責の念にかられていた。
(……アテシの忠告の仕方が悪かったでしか?
二人とも疑心暗鬼になってるようでし。
根が優しい彼らに、かえって良くない感情を
植え付けてしまったかもしれんでしな……)
腕を引いてセイジューローを立たせると、
ナツミは皆の暗い気持ちを吹きとばすために
声を上げながら歩き出した。
「さあ行こう! アテはないけどなんとかなるって!
歩いていれば偶然ばったりってことも……」
ドンッ!
「いたっ!? ……とととっ」
道の角を曲がる寸前、何かに後頭部がぶつかりナツミはよろめいた。
セイジューローの方を見ながら後ろ向きで歩いていたため
障害物に気づかなかったのだ。
「あぁん?」
セイジューローが慌ててナツミに駆け寄った直後、
二人の頭上から低い声が聞こえた。
ハッと顔を上げると、二人組の男がこちらを見下ろしている。
派手な柄のシャツにパーマのかかったリーゼント。
わざと半分ズラしたサングラスの下から覗く鋭い目が
悪意のこもった視線を向けていた。
不運にもナツミ達はチンピラと遭遇してしまったのだった。
「どこ見て歩いてんだぁコラ!!」
不意にチンピラの一人が大声で怒鳴った。
ナツミが頭をぶつけたのはその男の脚だった。
耳をつんざく怒声に、セイジューローが「ヒッ」と小さな悲鳴を上げる。
さらにもう一人の男がズボンのポケットに手をつっこんだまま、
挑発するようなのらりくらりとした歩き方で、ナツミ達に近寄ってきた。
そして彼らの眼前まで顔を近づけて、思いきり睨みつけ因縁をつけてくる。
「おぅおぅ! このチビがっ。兄貴の大事な脚に
おもっきり頭突きしてくれちゃってよぅ!」
相方から『兄貴』と呼ばれた男は、おもむろに
ナツミがぶつかった脚の辺りを手でさすりはじめ、
わざとらしく痛がってみせた。
「あぁ〜いってぇー! 痛ってぇなぁあ〜!!
ったく……近頃のガキは前も向いて歩けねぇのかよ、あぁん??」
「……」
悪態をつく兄貴チンピラを、ナツミはただジッと見つめている。
何だかわからない不可解な物に対する、疑念に近い眼差しを向けていた。
「おい、なんだその目は? 大人なめんじゃねえぞッ!」
ナツミの視線が癇に障ったらしい兄貴チンピラがさらにすごむ。
セイジューローは完全にすくみあがっていた。
「あぁあぁ……ごごご、ごめんなさい……」
(二人とも早く逃げるでし! これがまさしく悪い人間ってやつでしよ!!)
ベビーは小声ではなく、テレパシーを使って
直接二人の脳内に指示を送った。
セイジューローも今すぐ逃げ出したいのは山々だったが
強い恐怖のあまり、まるで金縛りにあったように動けない。
ただ全身をガクガク震わせるしかできなかった。
その時、突然ナツミが頭を深々と下げて叫んだ。
「よそ見しててぶつかったのは謝ります、ごめんなさい!
……でもおじさん、いまのそんなに痛かった?」
ひょこっと顔を上げて、上目遣いで質問をぶつける。
「あ?」
「大の大人ならそれくらいなんともないんじゃない?
それともおじさん、見た目は強そうだけど実は体が弱いの?」
これは別に挑発ではなく、彼女が純粋に疑問に思ったことを口にしただけだった。
しかしどちらにせよ、火に油を注ぐ行為なのにはかわりない。
兄貴は頭に血管を浮かびあがらせピクピクと小刻みに震えている。
「あ、兄貴! こいつ、兄貴をコケにしてますぜ!?」
「……じ、じ、上等じゃあッ!! 生意気なクソガキは
お仕置きしてやらにゃあなぁ!!」
完全にキレた兄貴が雄叫びを上げる。
セイジューローはショックのあまり、今にも白目をむいて倒れそうなくらい
気が遠のいてゆく感覚を味わうのであった。
(余計怒らせてどうするでしか!?)
(だって不思議だったんだもん!
ちょっとぶつかっただけであんなに痛がるなんて)
テレパシーで脳内喧嘩をはじめるナツミとベビー。
だがそんな事をしている場合ではない。
兄貴が拳を振り上げて襲いかかってくる。
「俺のげんこつはキョーレツだぞコラぁ!!」
「兄貴ぃ、俺も手伝いまさぁ。ひゃははは〜!」
チンピラの片割れ、弟分の男が狂ったような笑い声を出しながら
セイジューローの前に立ちはだかった。
ハッと顔を上げた時には、男の放つローキックが眼前に迫っていた。
「うわぁぁあああああ!!」
「!!!!」
ナツミの目がカッ! と見開かれ、一瞬光を放った。
ッドオゥン!!
その刹那、チンピラ二人組を強烈な風圧が襲い、
二人は吹っ飛ばされて塀に叩きつけられた。
よほどの衝撃だったのか、背中から激突した塀には
大きなひび割れが生じていた。
激痛のあまり地面に倒れ、のたうつチンピラ達。
「……ぁあ〜! あ、兄貴ぃ!」
「ななな、なんなんだ、いい、今のはっ!?」
体中の痛みと理解不能な現象に二人の頭は混乱した。
「……セイジューローに、あたしの弟に手を出したら……ゆるさない!!!」
腰が抜けてへたり込んでいるセイジューローをかばうように、
ナツミは仁王立ちでチンピラ達を見据えていた。
大事な弟が襲われたことに対する、激しい怒りの形相を露わにして……
(ナ、ナツミ! 念力を使ってしまったでしな!
これはまずい事になったでし〜……!)
人間相手に堂々と超能力を使ったナツミ。
このままでは彼女達の正体がバレてしまう……
しかし今はこの危機的状況もなんとかしなければ。
どうするべきかベビーも混乱していた。
十数秒後、事態が動いた。
兄貴チンピラが体中の痛みに耐えつつ、よろよろと立ち上がる。
だが立ち上がった直後、猛然とナツミめがけて飛びかかり
その胸倉をつかんで自分の顔の高さまで持ち上げてしまった。
「ぅあ!」 (ポトッ)
「何をしたかわからねぇが……! もう勘弁ならねぇ!!」
男の手を振りほどこうと必死にもがくナツミ。
鼻息を荒げる兄貴チンピラがぐっと拳をにぎり、
彼女の顔面に狙いを定める。
「お姉ちゃんっ!! ……くっ!」
姉の危機を目の当たりにしてセイジューローは大いに焦った。
しかし何かを決意すると、ベビーが潜んでいる懐に手をつっこみ、
そこに隠していたフルートとカードをつかむ。
(セイジューロー!? カーディアンを使う気でしか!?)
ここでカーディアンまで召喚されれば、最悪の事態にもなりかねない。
ベビーは今が、丘の上での約束を果たす時であると
みずからの超能力でこの状況を打開することを決心した。
(あせっちゃダメでしセイジューロー! 今アテシの力で二人とも助け……)
「待ちなッ!」
ベビーが動こうとしたその時、
女の凛々しい怒声が轟いた。
兄貴チンピラも、セイジューローも、
それぞれの行動をピタリと止め、
その場にいる全員が声のした方へ目を向けた。
兄貴につづいてようやく立ち上がった弟分チンピラが叫ぶ。
「だ、誰だ!?」
全員の視線の先に立っていたのは、一人の少女だった。
体格の良い大柄な身長に、茶髪のポニーテール。
たくさんの食料品が積めこまれた大きな紙袋を腕に抱え、
もう片方の手を腰に当てながら鋭い眼差しでこちらを睨んでいる。
睨む相手は当然チンピラ二人組である。
「大の男が、子ども相手にイキがって暴力をふるうなんて……
恥ずかしいとは思わないのかい!?」
「な、なんだとぉ!? 女がでしゃばってんじゃねぇ!」
少女が仁王立ちで啖呵を切った途端、
弟分が拳を構えながら少女めがけてつっこんで行く。
少女は抱えていた紙袋を、なんと空中へ軽々放り投げたかと思うと……
ズドッ!!
次の瞬間には弟分のどてっ腹に、カウンターパンチを見舞っていた。
「ぐえぇぇえええ!」
腹を押さえて倒れ込む弟分の横を素早く走り抜け、
少女は兄貴チンピラの目の前に迫った。
あまりのスピードに、兄貴は息をのみ大きくたじろぐ。
「たぁ!!」 ガツッ!!
少女は気合を込めて、兄貴の腕に手刀を振り下ろした。
痛みに思わず手を離したため、解放されたナツミは尻もちをついた。
打たれた個所を手で押さえ、うめく兄貴。
メキャア!!
そのスキを見逃さなかった少女の放ったハイキックが、
兄貴の横っ面を的確に捉え、彼のサングラスは派手に砕けてすっ飛んだ。
「ぎゃあああああ!!」
絶叫をあげて倒れた兄貴チンピラは
顔を押さえてその場でのたうちまわった。
「よっ! ……っと」
先ほど上へ放り投げて落ちてきた紙袋をなんなくキャッチする少女。
あれだけの動きをしていながら、ほとんど息は上がっていない。
あっという間の出来事、まさに電光石火の神業であった。
全身打撲からさらに痛めつけられてしまい
チンピラ二人組はもうボロボロである。
「ああ、あ、あにきぃいい〜……」
「ぢぢ、ぢくしょおお〜覚えてやがれぇ〜!」
お互いに肩を貸し合いながらよろよろと立ち上がると、
捨て台詞を吐きながら這う這うの体で逃げ去っていった。
そんな二人組の背中を見ながら「すぐに忘れてやるよ」と言わんばかりの
大きなため息をつくと、次に少女はナツミ達の方に向き直る。
座り込んで呆然としている二人に歩み寄り優しく声をかけた。
「大丈夫かい? ケガはしてない?」
「は、はい。大丈夫ッ」
「それならよかった」
ナツミの返事を聞いて、少女は先ほどまでチンピラに見せていた
険しい表情とは正反対の、心の底から安心したような
穏やかな顔で微笑んだ。
その微笑みを見て、なにか心を突き動かされた
セイジューローが初々しく口を開く。
「…あ、あの……助けてくれて、あ、ありがとう、ございます……」
「ハハッ、礼なんていいよ。
買い出しの帰りに偶然通りがかったもんだったからね。
……それにしても、ここいらにもまだあんな輩がいるんだな。
ったく……でもとにかく坊や達が無事で安心したよっ」
セイジューローは直感した。
この人は本当はたまたま通りがかったのではなく、
自分達の危機を察知してわざわざここまで駆けつけて来てくれたのだと。
(……僕でもはっきりわかる。この女の人…………とっても良い人だッッ)
セイジューローが心の中で一人感動している時、
ナツミも感激した様子ではしゃいでいた。
「お姉さん強いのね!
すっごく、カッコ良かったよ!!」
「えっ? い、いやぁそう言われるとちょっと照れちゃうな……」
幼い女の子からの羨望の眼差しと称賛の言葉を受けて、
少女は頭をかきながらうっすらと笑う。
頬を染めて口元を緩ませながら、
目の前の小さな二人の顔を見つめていた少女は
ふと、妙な既視感を覚えた。
(……ん? あれっ……なんだろう。この子達の顔、
昔どこかで会った誰かに似てるような……?)
そしてセイジューローの服の下で事の一部始終を
見ていたベビーも、少女の顔を一目見てから何かひっかかりを感じていた。
(……むむっ? この地球人、な〜んか見覚えがあるでしぞ?
え〜と、マスターの記憶によると…… あっ!
この顔まさか、ひょっとして……!?)
魔界樹のデータベースを探ってみた結果
ある事実を察して驚いているベビーに誰も気がつかない中、
ナツミが興味津々な顔で少女に質問した。
「お姉さん、お名前はなんていうの?」
「んっ、あたしかい?
…… あたしの名前は、 まこと。
『木野 まこと』っていうんだ」
【つづく】
説明 | ||
※第1回(前の話。未読の方はまずこちらからどうぞ)→ https://www.tinami.com/view/1115727 ※第3回(次の話)→ https://www.tinami.com/view/1131916 エイルとアン30周年記念二次小説の第2回です。 前回を読んでくださった方々、本当にありがとうございます。 よろしければ続きもご覧いただけますと幸いです。 ※作者の半オリジナルキャラや独自設定等の要素があります。 苦手な方はご注意ください。 |
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