結城友奈は勇者である〜冴えない大学生の話〜個別ルート:乃木園子 後編
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〜決意の大作戦〜後編

 

 

 

 

 

 

 

お見合いが始まって30分ほど。

緊張で硬くなってしまっている俺とは違い、園子ちゃんが普段通りのおっとり口調で話してくれた。

そのおかげで少しずつ緊張も解れていき、なんとか俺も自然体で話しが出来るようになってきた気がする。

流石は普段から宗主として仕事してるというか、こういう場所でも全然物怖じしてない。

というか練習相手のはずの俺の方が色々とフォローされてしまい、年上として情けなくなってくるくらいだ。

これでいざという時を心配して練習しようというのだから、園子ちゃんも心配症というかなんというか。

園子ちゃんのお母さんも話しに加わった時は何を聞かれるかと思ったけど、普段園子ちゃんとどのような話をしてるかとか、何をして過ごしているかとか、趣味は何かとか。

最初に感じた観察されてる雰囲気はまだあるものの、話してる内容はいたって普通で少し拍子抜けしてしまった。

 

「(……ただ、なぁ)」

 

チラッともう1人いる相手、園子ちゃんのお父さんの方を盗み見る。

園子ちゃんのお父さんは話に加わらず、黙っていて俺の事をジッと見ているばかり。

その表情がどことなく不機嫌そうで、まるで睨みつけられてるように感じて落ち着かない。

 

「(お、俺、なにか気に入らないこと言ったか? それとも最初にまごついたせいで不興を買ったとか?)」

 

厳格そうな人だから、もしかしたらマナーがなってないとかで目を付けられたのかもしれない。

とはいえもう今更だし、なるべくそちらを気にしないようにしつつ、園子ちゃんや園子ちゃんのお母さんとの話しに集中することにした。

そして更にしばらく時間が過ぎて話せることも少なくなり、そろそろ終わりだろうかと思った時だ。

今まで口を閉ざしていた園子ちゃんのお父さんが、ついに口を開いた。

 

「……桐生君、だったね」

 

「え、あ、はい」

 

「私は君が園子の婿として相応しいか、いささか疑問を感じている。いや、正直に言えば釣り合っていないと思っているのが本音だ」

 

「(……いきなり辛辣だなぁ)」

 

その物言いに、思わず顔を顰めそうになるのを何とか我慢する。

 

「乃木家は代々大赦の、そしてこの四国の存続に大きく貢献してきた。桐生家もかつては神樹様より重要なお役目を受け、大赦の末席に名を連ねるようになったのは知っている。しかし今では、ただ名前だけが残っているのみ。君自身大赦で働いてはいるものの、いつでも替えの利く末端の存在でしかない。そんな君が乃木家に婿入りすることを疑問視する人間は、何も私だけではない」

 

「は、はぁ」

 

桐生家。

俺も大赦に入って初めて知ったのだが、何でもうちは200年以上昔に巫女を輩出した家柄だったそうだ。

それも園子ちゃんのお父さんが言ったように、なにやら重要なお役目を任されていたらしい。

下っ端の俺ではその詳細を知ることは出来なかったが、下っ端の俺が知ることが出来ないという時点で相当なお役目だったのだろうと何となく察することが出来る。

ちなみにあの英霊之碑で見た“桐生静”という人物が、その時に活躍した巫女であり俺の御先祖様ということらしい。

 

しかし桐生静以降、桐生家では巫女や神官の力を持った子供が生まれることはなかった。

彼女の功績により大赦に名前だけは残っているものの、いつしか末端も末端の家柄に追いやられ、今では香川の片田舎に大きめの土地を貰って農業従事者となっている有様だ。

とは言え、そうなったのは爺ちゃんや婆ちゃんが生まれるよりも昔の話し。

うちの家族は俺以外、皆農作業を楽しんでやってる所があるし、昔はどうか知らないが今では誰もそのことを不満には思っていないだろう。

何なら大赦に名前を連ねていること自体、うちでは誰も覚えてない可能性だってある。

爺ちゃんや婆ちゃん、お袋や親父からも、昔の話しとかで大赦がどうのこうのとか聞いたことないし。

 

「(まぁ、何にせよだ。うちは家柄も、俺の立場も大赦では末端も末端。そりゃ、宗主で大赦2トップの家柄の園子ちゃんとは、釣り合いなんて取れるわけないわな)」

 

「私としては同格の家柄である、上里家の子息との婚姻を推し進めたいと思っているのだよ。丁度去年、元気な男児が生まれたというのでね」

 

「(そうそう、同じ2トップの上里家なら釣り合いも……)って、去年!? あの、ちょっと、というかかなり齢の差があり過ぎませんか!?」

 

驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。

俺と園子ちゃんだって10歳近く齢の差があるというのに、去年生まれた子供となれば園子ちゃんとの齢の差は20歳近くなる。

しかし園子ちゃんのお父さんはどこ吹く風、全く気にしてる様子はない。

……いや、それどころか。

 

「良家の縁談では、さほど珍しいことではないよ。13、いや14年もすれば子供を産ませることも可能だろう」

 

「子供を、産ませるって……」

 

まるで牛や豚の子供を作る酪農家ように、どこか淡々とした口ぶりに戸惑いが生まれる。

最初は厳格な父親のようだと思っていたが、この話しぶりからもしかして父親らしい感情なんて無いのではないかとすら思えてくる。

 

「これまでにも何度か他家から縁談が持ちかけられてはいたが、上里家に男児が生まれた時点で他家との縁談は重要視していない。乃木家と上里家、大赦でも力のある2つの家の間に生まれる子だ。勇者としての資質も十分に備えているだろう」

 

「……勇者としての、資質……? 待ってください。それは、そんなに重要な事なんですか?」

 

「当然だろう? 今は天の神の侵攻も無くなって久しいが、またいつ攻めてくるかもわからない。我々人間が天の神に対抗するためには必要な事なのだよ、勇者としての資質を持つ人材を生み出すことはね」

 

「……それは、園子ちゃんも納得していること、なんですか?」

 

「もちろんだ。園子も乃木家の一員、この国のためなら何でもする覚悟はあるだろう」

 

園子ちゃんが、納得している?

当然のように言い放たれたその言葉が、どうしても俺には信じられなかった。

 

「園子ちゃん、本当か? 本当に、それでいいのか? 自分で好きな人と結ばれたいとか、そういう願いはないのか? 誰かに決められた結婚で嫌じゃないのか?」

 

「ん〜、ないと言えば嘘になるかな〜。だけど……仕方ないんよ。お父さんも言ったように、これは必要な事だから」

 

そう言う園子ちゃんは微笑んでいたが、それはさっきまで浮かべていた微笑みではない。

仕方ないとどこか諦めたような、少しだけ悲しみが混じってるような微笑みに見えた。

 

「……そんなの、間違ってる」

 

「む?」

 

そんな園子ちゃんを見て、俺は思わず口を開いていた。

 

「未来がどうなるかなんて神樹様のいない今、もう巫女にも神官にも誰にもわかりません。そんなどうなるかもわからない未来のために自分の娘を、子供たちの気持ちを無視して結婚させようなんて……そんなの、間違ってる! 貴方は園子ちゃんのお父さんでしょう!? 大赦の神官だの、乃木家の当主だの、そんなものの前に! だったらちゃんとお父さんとして、娘の園子ちゃんの幸せを考えてあげてください!」

 

「園子の父親であると同時に、私は大赦の神官であり乃木家の当主だ。君が言っているのは一般家庭では通じるだろう。だが、私達には責任があるのだよ。これまで四国を支えてきた一族、組織としての責任がね」

 

国のため、生きてる人達のため、身近にいる大切な人達のため。

子供達を命懸けの戦いに赴かせることも、次世代のために優秀な血を残すために結婚を取り決めるやり方も、必要な事だったとはわかっている。

ただしそれは、神樹様がいた時ならの話しだ。

 

「何度も言いますが、もう神樹様はいないんです。それなのに、いつまで神樹様に頼りきりでいるつもりですか? いつまで前と変わらないやり方を続けるつもりですか?」

 

「天の神が再び攻めてくる可能性は0ではない。我々は備えなければならないのだ、そのいざという時のために」

 

「だから! 勇者の素質がある子供達がいても、もう神樹様はいないじゃないですか!」

 

「……では、君は如何すれば良いというのだ?」

 

園子ちゃんのお父さんは、目を細めてジッと俺を睨んでくる。

どことなく圧を感じるその視線に少しだけ気圧されそうになるが、俺は歯を食いしばって言葉を返す。

 

「未来の事は……未来に生きる人達に託します」

 

「未来に、託す?」

 

「何も特別な事をする必要なんてないんです。ただ今の自分達に出来ることを、1人1人が精一杯やっていくだけ。それで十分のはずです」

 

「……特別なことをする必要はない、か。しかしそれでは、ただ問題を先送りしてるだけだ。何の対策も打たずにいれば、今度こそ何の抵抗も出来ず滅ぼされてしまうだろう」

 

「そもそも血統の管理をしたからって、必ずしも勇者としての資質がある子供が生まれるとは限らないじゃないですか。西暦時代の時だって、別に勇者の素質を持つ子供を生み出そうなんてしてなかったはずでしょう?」

 

それでも世界が危機に陥った時、勇者は現れた。

子供達の中から、神様が素質のある子供達を見出して。

園子ちゃん達が子供の時だってそうだ。

由緒ある家柄が揃っている大赦からだけではなく、四国中から勇者としての資質のある子供を探したと聞く。

その結果、友奈ちゃんという過去最高の勇者の資質を持つ子供を見つけたのだ。

きっと血統は、そこまで重要じゃないんだ。

ただ神樹様が気に入るか気に入らないか、それだけの話しでしかない。

 

「また、天の神が攻めてくる? それはいつですか? 10年後? 100年後? 1000年後? ……そんないつ来るか来ないかもわからない不確かなもののために、これからいったい何人の子供達を犠牲にしていくつもりですか? あの大橋の石碑に、これからいくつの名前を刻んでいくつもりですか?」

 

「……」

 

園子ちゃんのお父さんは静かに目を閉じ、何か考えている様子。

だけどそんなことはお構いなく、俺は感情のままに言葉をぶつける。

 

「率直に言います。これまでのように子供達に負担を押し付け、犠牲にするやり方を続けていくくらいなら……もういっそ、人間なんて滅んだ方がいい」

 

「……大赦に属する人間の言葉とは思えないな」

 

「生憎と俺が大赦に入ったのは、この国の未来のためとか神樹様への敬意からなんかじゃないので。俺はただ、皆のために頑張る園子ちゃんを応援したいから大赦に入ったんです。そんな園子ちゃんが望まない、幸せになれない結婚をさせられようとしてるのなら……俺はどんな手を使ってでも阻止してやります」

 

「阻止する、か。いったいどうやって?」

 

「これでも初期からの本土調査チームのメンバーなので、本土については他の人よりも勝手はわかってるつもりです。園子ちゃん1人くらいなら、抱えてでも逃げてみせますよ」

 

なんなら他のメンバーに協力を頼んでもいい。

皆、園子ちゃんのためなら迷わず手を貸してくれるだろう。

もちろん本土での生活は、こちらと比べて辛いことが多いのは間違いない。

だけどこんな所で大人の都合を押し付けられて、好きでもない奴と結婚させられるよりはまだマシだろう。

仮にそれが、園子ちゃんが自分で決心したことだとしても。

 

「(……これも大人の都合を押し付けてるだけなのかもしれないけどな)」

 

自分で言った言葉に嫌気がさすが、翻すつもりはない。

もしそうなったら、少しでも園子ちゃんが幸せになれるように全力を尽くすだけだ。

 

「本気かね? 仮に本気だとしても、それを我々が許すとでも? 君が思っているよりも、その計画は困難を極めるものだ。いや、不可能と言ってもいい」

 

「そもそも不可能と思っていた天の神との戦いに勝って、今があるんですよ? 不可能と思えても可能な事なんて、探せば結構あるもんです。“なせば大抵なんとかなる”、とも言いますしね」

 

以前園子ちゃんが教えてくれた、勇者部六箇条のうちの1つだ。

ちなみにその中で最も好きな言葉は、“無理せず自分も幸せであること”である。

俺は園子ちゃんが大変な思いをして今の仕事に従事しているのを知っているし、無理せずなんて言ってられないことも十分承知の上だ。

だけどこれまでたくさん大変な思いをした分、無理をした分、幸せになってほしいじゃないか。

 

「昔、銀ちゃんは大切な友達を守るために、命を懸けて戦った。なら銀ちゃんが命懸けで守ったものを、今度は俺が命を懸けて守りぬく。それが残された俺に出来る、精一杯のことだと信じています」

 

そう言い、ジッと園子ちゃんのお父さんを睨むように見つめる。

俺の言葉の後、部屋の中にしばらくの沈黙が流れた。

凄く居心地が悪い空気だ。

園子ちゃんのお父さんもジッと俺を見つめて来て、感じる圧に思わず目を逸らしてしまいたくなる。

だけど、逸らさない。

そして自分で言った言葉を撤回するつもりもない。

 

1分か、5分か、10分か……。

緊張のせいでどれだけ時間が経ったかわからなくなったころ、小さく笑い声のようなものが聞こえて来た。

その声の出どころは、なんと目の前。

園子ちゃんのお父さんからだった。

 

「くっ、ははは、はははははっ! 大赦の人間の癖に人間なんて滅んでもいいと言い出すばかりか、私達を前にして園子を抱えて本土まで逃げてみせる? とんだ大口を叩くものだ! ……しかし口先だけでなく、それを言うだけの覚悟もある、か。どうやら君は聞いていた通りの人間らしいな」

 

「……え?」

 

聞いていた通り?

 

「園子、いいんだな?」

 

「……桐生さん、私のためにそこまで……お姫様抱っこで……逃避行……うぇへへ……えへへへへ〜……」

 

「……園子、今は妄想に耽らず話を聞いていなさい」

 

「え、えぇと、いったい何の話を?」

 

「なに、気にすることはない。君という人間を改めて理解したというだけのことだ。お前も構わないな?」

 

「えぇ、元々園子が決めた相手ですもの。それに実際に会って話しをしてみて、立場や家柄なんて関係なく園子を大切に思ってくれているのがよく伝わったわ。うふふ、若いっていいわねぇ。あまりの真剣さに、私も年甲斐もなくドキッとしちゃったわ」

 

「お前なぁ……まぁ、多少は立場を考えて発言してもらいたい所ではあるが。ともかく園子を預ける相手としては問題ないだろう」

 

「えぇ、そうですね」

 

園子ちゃんのお父さんとお母さんは何やら2人だけで納得したような感じで、俺は話しにまったくついていけてない。

園子ちゃんは園子ちゃんで、なんだか自分の世界に入り込んでるようだし。

 

「……なぁ、三好。つまり、これってどういうことだ?」

 

「お2人とも、お前の事を気に入ったということだよ」

 

「……なるほど?」

 

自分では結構悪印象を与えることも言ってしまった気がしたのだけど、最初に言われたように正直に答えたことが功を為したのか。

それなら。

 

「それなら、お見合いの練習は無事成功。これにて終了ってことでいいんだよな?」

 

『……』

 

「あれ、違うの?」

 

三好や安芸先輩に言ったはずなのに、なぜか皆から微妙な目を向けられてしまった。

自分の世界に入り込んでいた園子ちゃんにも、園子ちゃんのお父さんやお母さんにも。

 

「……園子。本当に、この男でいいのか?」

 

「うん。こういうちょっと鈍感な所も、私嫌いじゃないからね〜」

 

「ちょっと、ではなそうに見えるが……まぁ、園子がそれでいいなら、私からは何も言うことはない。さて」

 

そう言い、園子ちゃんのお父さんは三好や安芸先輩の方に目配せする。

 

「2人とも、準備の方を頼む」

 

「はい、承知しました」

 

「事前に式場の予約は取って、人は集めてありますので。後はこちらの準備を整えるのみです」

 

「え? な、なに? 式場? これから何かあるのか?」

 

「あぁ、あるぞ」

 

「一世一代の、大きな祝いの席がね」

 

困惑する俺に、三好と安芸先輩が今までにないくらい良い笑顔で答えた。

 

「さぁ、桐生」

 

「ちゃっちゃと着替えちゃいましょうか?」

 

 

 

 

 

 

無理やり別の部屋に連れていかれ、三好にあっという間に着せ替えられた。

今俺が着ているのは和装の婚礼衣装、所謂紋付袴と呼ばれるもの。

 

「中々似合ってるじゃないか、馬子にも衣裳ってか?」

 

「……それ、絶対褒めてないだろ」

 

なんだ馬子にも衣裳って。

まぁ、なんだか凄い高そうな衣装で、着てるというより着せられてる感がひしひしとするけど。

 

「褒めてるさ。桐生、お前は自分で思ってるよりかは、ずっといい男だぞ? 俺が夏凛ちゃんを嫁に出しても良いって思えたのは、後にも先にもお前くらいだからな」

 

「だからそういう冗談は……」

 

「……冗談、そう聞こえてたか? 今まで、お前には」

 

「……あー、えーと……」

 

三好の真剣な問いに口籠ってしまう。

俺だって、そこまで鈍感なつもりはない。

酒の席での話とはいえ、半分以上は本気で言ってたことは、ずいぶん前からわかってはいた。

これでも付き合いは長いのだ。

冗談で言ってるか、本気で言ってるかくらいはわかる。

ただ酒の席での話だし、年齢差もあるし、夏凛ちゃんも可愛いくて良い子だし。

正直、俺なんかにはもったいないという思いが先立って、自分の中で冗談ということにしていたのだ。

そしてそれは、園子ちゃんに対しても……。

 

「……」

 

「……まぁ、ともかく俺の役目はここまでだ。後は、あの方にバトンタッチだ」

 

「あの方?」

 

そう言って、俺の疑問に答えずに三好は襖をあけて、俺を部屋から押し出した。

そこで待っていたのは……。

 

「終わったか。式場まであまり距離もないが、少しだけ私の話しに付き合ってくれないだろうか?」

 

「……はい」

 

目の前にいたのは園子ちゃんのお父さんだった。

 

 

 

 

 

 

廊下を歩く3人分の足音。

俺と園子ちゃんのお父さん、そして三好の3人は、目的の場所まで口を閉ざしたまま黙々と歩みを進めていた。

ただしその足取りはゆっくりとしたもの。

今隣にいるのは園子ちゃんのお父さん、おまけに大赦でも偉い人で、家柄も俺と比べて天と地ほどに差がある人。

そんな人が隣にいて、この沈黙も相まってなんだか落ち着かない。

 

「(き、気まずい……な、なにか話を切り出した方がいいのか?)」

 

そう思うも、話をしたいと言い出したのは園子ちゃんのお父さんの方で、歩きながら話そうと言い出したのも彼だ。

ならばここは相手の出方を待ったほうがいい、のだろうか?

三好も三好で話しの邪魔をしないようにか、ただ黙って後ろをついてくるだけだし。

この状況、俺はどうするのが正解なのだろうか。

 

「……先ほどの話しだが」

 

「は、はい!? 先ほどのっ!?」

 

唐突に呟くように放たれた声に、思わずびくっと肩を震わせる。

挙動不審とも見える俺を気にも留めず、園子ちゃんのお父さんは静かに言葉を続ける。

 

「見合いの時の話しだ。君の本質を知るためとはいえ、先ほどはあえて気に障るような言い方をしていた。それについて、まず謝罪しておこう。だが将来のもしもの時のため、勇者としての血を絶やさないようにするため、結婚の管理をしていくこと自体に嘘はない。無論、以前ほど子供達の気持ちを考慮せず、ということは極力避けるよう努めるつもりだがね。それでも子供の頃から付き合いを深めさせたり、口裏を合わせて誘導するくらいの事はするだろう」

 

「……そう、ですか」

 

「君は言ったな? 自分達に出来ることを精一杯やっていくだけと。私達もそうしているつもりだ。我が家は乃木家。西暦時代より長きにわたり、この国を支えるお役目に携わってきた一族だ。国を守るために必要ならば、それこそ何でもやってきた……そう、何でも、な。桐生君。乃木家という看板は、君が思うよりとても大きく、重い責任がまとわりついているのだよ」

 

「全てとは言えませんけど、俺だって少しはわかっているつもりです。これでも俺も、今まで大赦の一員としてそれなりに働いてきたつもりですから。綺麗事ばかり言ってられない、そんなんじゃとうの昔にこの世界は滅んでる。わかってるつもりです……それでも、やっぱり嫌じゃないですか。身近な人が、望まない結婚をさせられるなんて」

 

見ず知らずの他人なら、ここまで憤りを持たなかっただろう。

それこそテレビの向こう側の出来事のように、他人事として興味もなく聞き流していたかもしれない。

それが自分の知り合いとなったら嫌だなんて、ほんと身勝手だと思うけど。

 

「先ほども言ったが、今はそこまで強引に事を進めるつもりはない。私とて人の親だ。お役目とはいえ、誰が娘を率先してどこぞの馬の骨にくれてやりたいと思う? あの子には小さい頃から乃木家として、色々と我慢を強いてきた。辛い思いも、大変な思いも沢山させてしまった。いや、それは宗主として活動している、今も同じかもしれないがね」

 

「……そう、ですね」

 

「周囲からは宗主であると同時に、乃木家の人間としての目を否応なく向けられる。その言動には多くの責任が重く圧し掛かってくるだろう。聡い園子の事だ、そのことも承知の上で今の道を選んだのだろうが。ならば、せめて結婚相手くらいは……」

 

そう言って中途半端に言葉を切ると、園子ちゃんのお父さんは俺の目をジッと見つめてくる。

 

「1つ、言っていなかったことがある。園子の見合いの相手、結婚の相手としての最有力候補は……桐生秋彦君、君なんだよ」

 

「……へ?」

 

「最近になって候補に挙がってきたのだがね。君は神樹様が消えた今でも、強い力を発現させているのは聞いている。神樹様がおられた頃ならば、幹部としての地位も与えていただろう。もちろん君が望むなら、今でもすぐ神官としての地位に就かせることは出来る」

 

「は? 神官? それに幹部って、えっと……」

 

園子ちゃんのお父さんが唐突に言ってきたことに今一実感が持てず、俺は目を白黒させるばかりだった。

 

「本人の素質もあるが、かつては神樹様のお力に依存していた所がある。そのせいでほとんどの者が力の低下に悩んでいるのが現状なのだ」

 

「そ、そうなんですか」

 

そうは言っても中々実感がわかない。

俺の力、つまり霊能力の事なのだろうが。

それだって幾ら練習しても銀ちゃんと話しが出来る程度で、いまだに姿を見ることも出来ない半端な力でしかないのに。

 

「いきなり言われて実感が持てないかもしれないが、覚えておきなさい。君は今のこの四国において、希有な存在ということを」

 

「は、はぁ」

 

「君の事は以前から知ってはいたのだ。園子と良くしてくれていたことも、乃木家が目当てで近づいたわけではないことも知っている。君にわかるか? 結婚相手の最有力候補が、こちらが意図して近づけたのはなく、自然と園子と懇意になった人間と知った時の私の驚きと喜びが。乃木家の当主としてだけではない、1人の父親としてもこの上なく喜ばしいことだ」

 

「それは、その……き、恐縮です」

 

「ちなみにだが、次の候補が三好君だ。上里家の子息は流石に齢が離れ過ぎていてな、以前ならともかく今は考慮外だよ」

 

「(……三好、か)」

 

それを聞いて、三好なら確かに園子ちゃんにも釣り合いそうだと思う俺がいた。

歳は俺と同じだけど、優秀だし、人柄もいいし、何よりこれまでずっと大赦の神官として園子ちゃんの近くで支えて来たという実績がある。

 

「確かに、三好ならきっと園子ちゃんを「だが、園子が選んだのは君だ」……」

 

「事ここに至って、もう君もこれが“ただの見合いの練習”などと思ってはいないだろう? 君の目にどう映っているかは知らないが、園子はあれでかなり諦めが悪い。仮に今回が駄目だったとしても、きっと園子は諦めないだろう。それこそ、君がほかの誰かと結ばれるまではな」

 

「……」

 

「ふっ……最後まで諦めない、これも勇者としての素質なのかもしれないな。私達はすでに君の事を受け入れる準備は出来ている。もちろん君の気持ち次第ではあるが……出来るだけ早めに諦めた方が身のためだぞ? 何度も言うが、園子はこうと決めたら諦めが悪い。下手をすれば今後、よりいっそう大事になっていくかもしれない」

 

「大事? ……あの、なんかすっごい怖いんですけど。というかこれ、普通に脅しですよね?」

 

「まぁ、脅しに聞こえるのも仕方ないが。三好君や安芸君の知恵や力を借りたとはいえ、今回だけでも十分に大事になっている……私達としても、出来れば早目に諦めてくれた方が嬉しい」

 

そういう園子ちゃんのお父さんは、どこか遠い目をしていた。

 

「聞くのが怖いんですけど、一応聞いておきます。大事って、いったいどういう?」

 

「それは……いや、実際にその目で見ればわかるか。もう式場に着いたのだからね」

 

「桐生さん」

 

「……え?」

 

俺を呼ぶ声に目を向ける。

そこには安芸先輩を引き連れた、白無垢に身を包んだ園子ちゃんが立っていた。

園子ちゃん自身の素材を活かしてか化粧は少なめだが、その白無垢に身を包んだ園子ちゃんはとても綺麗だった。

 

「安芸君、式場の方の準備は?」

 

「つつがなく。招待した皆様も、すでに御着席しております」

 

「そうか。それでは私も行くとしようか」

 

それを聞くと安芸先輩と、後ろにいた三好が動いた。

園子ちゃんに気を取られて気付かなかったが、目の前にある立派な襖の両隣りに2人は座り、その襖を静かに開いた。

それは先程の見合い席の時の再現に思われたが、その先の光景は全く別物だった。

 

「……ガチの結婚式、だな」

 

「うふふ、そうですね〜」

 

俺の小さな呟きに、柔らかく微笑みながら園子ちゃんが応えた。

襖の先にはそこそこ大きな和室があり、上座と思しき奥の方に2人分の席。

そこに向かう中央を空けて両隣にはいくつもお膳が並び、参加者らしい人達が座っている。

参加者の中にはなぜか実家にいるはずの家族が勢ぞろいしていて、いい笑顔で俺の方を見ている。

それに友奈ちゃんや夏凜ちゃん、東郷ちゃんといった俺や園子ちゃんの知り合いが何人もいた。

呆然とする俺を他所に、園子ちゃんのお父さんはさっさと中に入ってしまい、先に来ていたらしい園子ちゃんのお母さんの隣の席に座った。

安芸先輩と三好の2人は、俺達が入るのを待っているのかただそこに静かに座っている。

 

「(……ここまで来たら流石に練習だとか思わないし、もう“気付かない振り”なんて出来ないけど)」

 

そう、気付いてはいたのだ。

それこそずっと前から、園子ちゃんが俺に好意を持ってくれているのは気付いていた。

気付いていて、気付かない振りをしていたのだ。

それは三好の夏凛ちゃんを俺の嫁に、という言葉を冗談と捉えていたのと同じ理由だ。

園子ちゃんのお父さんが、さっきの見合いの席で言った言葉がまさしく当てはまる。

俺と園子ちゃんでは釣り合いが取れない。

家柄とか立場もそうだが、それよりも園子ちゃんの人柄が、その生き方が、俺にはどうにも眩しすぎるのだ。

これは園子ちゃんだけじゃなく、勇者部の皆にもいえることだが。

世のため人のために行動することが出来る彼女達は本当に素敵で、キラキラ輝いていて、俺みたいな平凡な人間にとってはまるで太陽のように眩しい子達だ。

 

園子ちゃんの事は嫌いじゃない、どちらかと言えば好きなタイプだ。

だけど、俺なんかじゃ園子ちゃんに相応しくない。

俺なんかよりもっと相応しい人がいるはずだと、そう思ってしまったのだ。

だから園子ちゃんのアプローチに素っ気なく返したり、好意に気付かない振りしたりしてきた。

我ながら、ずいぶん酷いことをしてきたという自覚はある。

こんな酷い男なんて、そのうち愛想をつかして好意も薄れていくだろう。

そう思ってたのに、まさかこんな大事になるとは。

 

「……いいのか? 園子ちゃん。こんな形で結婚式なんて上げて。それ以前に、俺なんかが相手で」

 

「俺なんか、なんて言わないでください……私が嫌なんです、桐生さんじゃないと」

 

「ッ!?」

 

上目遣いで俺の目を見て、直球にそう言い放ってくる園子ちゃん。

一瞬、言葉を失ってしまった。

 

「桐生さんは、嫌ですか? 相手が私じゃ」

 

「い、嫌じゃ、ない、けど……」

 

ジッと見つめてくるその瞳には、じんわりと涙が浮かんでいる。

それを見て、これまで気づかない振りをしてきた俺の胸に、とてつもない罪悪感が押し寄せてくる。

こんなに大事になってしまったのは驚いたが、こんなに大事にしてしまうくらい俺に好意を寄せてくれていたのだと気付かされてしまった。

 

「桐生さん」

 

「お、おう!?」

 

そっと俺の手に園子ちゃんの手が重ねられる。

 

「もし嫌だったら言って? 今からでも、皆にごめんなさいして中止にしてもらうから。でも、もし少しでも、私のことを好きって思ってくれているなら……」

 

そう言う園子ちゃんは顔が真っ赤に染まり、声が震えていた。

精一杯の勇気を振り絞って、言葉を紡いでくれているのだとわかる。

 

「……そ、園子、ちゃん」

 

「桐生……秋彦、さん」

 

俺の名前。

結構長い付き合いだけど、始めて園子ちゃんの口から聞いた気がする。

それがなんだか新鮮で、少しだけテレ臭くて……。

 

「え、えっと……その……こんな色々駄目な俺でも、それでも良かったら……」

 

「……そういう所も……好き、だから……」

 

「……お、おぅ」

 

10ほど年下の女の子に真正面から“好き”なんて言われて、年甲斐もなく俺まで顔を真っ赤に染めてしまう。

 

「(や、ヤベェ、めっちゃ恥ずかしい! てか、園子ちゃんを直視出来ないんだけど!?)」

 

恥ずかしさのあまり、真っ直ぐ見てくる園子ちゃんから目をそらしてしまう。

その代わりに触れられていた園子ちゃんの小さな手を、俺は躊躇いながらも握った。

緊張と羞恥心で少し汗ばんでいた手だが、そんな俺の手を優しく握り返してくれたことがなんだかとても嬉しかった。

 

「これから末永く、よろしくお願いします。秋彦さん」

 

「こ、こちらこそ、よろしく。園子ちゃん」

 

集まった皆に祝福されながら。

俺と園子ちゃんはこの日、夫婦となった。

 

 

-2ページ-

(あとがき)

これにて個別ルート、園子ちゃん編は終了です。

何だか個別ルートを書いてる中で、ようやく個別ルートっぽくなったかなと思います。

少し桐生がダメ人間っぽくなっちゃったかなとは思いますが、正直私が桐生と同じ立場になっても、自分なんか彼女に釣り合ってないと逃げに走りそうだなぁと思い、このような形になりました。

セリフ回しは自分でも、もう少しどうにかならなかったのかと思わなくもないですが、これが私の精一杯です。

とりあえずこれにて書きたいことも一通り書きましたので、冴えない大学生の話はこれにて本当に完結です。

今までみてくださった皆さん、本当にありがとうございました。

 

説明
個別ルート、園子ちゃん編の後編です。
基本各個別ルートは別世界線的扱いで書いていますが、少しだけ別世界線の設定が混じってることもあります。
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結城友奈は勇者である 大満開の章 独自設定 オリ主 冴えない大学生(社会人) ヒロイン 乃木園子 

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