レーヴェの言葉に星が同意してくる。それに桃香は理解しているのかいないのかよくわからない顔で言葉を発するが、レーヴェはそれに無言で頷いて返してやる。桃香は、ほっとしたような顔で再び口を閉ざした。

「さてこの方針で行こうと思うが…皆は異論はないか？」

レーヴェはそう言って周りの将を見渡した。

「ええ。我らが勝利するにはこの道しかないように思えます」

最初に愛紗が、

「まずは何が何でも生き残ることを考えないと…」

次に桃香が、

「じゃあ決定なのだ！」

そして鈴々が、というように次々と賛同の声を上げていく。

「それで今回はご主人様には後ろで桃香様と待機していただきたいんです。前線は愛紗さんと星さんに任せて、うまく戦線を崩せるように頑張っていただいて、ご主人様の部隊には乱戦状態になったあとで華雄さんが直々に率いる部隊に無傷の状態であたってほしいので」

「ご主人様を華雄にあたらせるのか！」

愛紗が険しい顔で声を上げるそれに朱里はびくっ、と体を硬直させてレーヴェの陰に隠れた。愛紗はきつかったか、と思ったのか表情を和らげたが、まだ厳しいままだった。レーヴェはそれを制して朱里の頭を撫でながら口を開いた。…桃香と雛里が羨ましそうに見ていたのは気になったが。

「…分かった。今回は朱里の言葉に従おう。それで一応考えているのだが、華雄を捕縛して色々と聞きたい。董卓の本当の事情とかをな。それに愛紗はオレが負けると思っているのか？」

「そうは思ってはいません。ただ…いえ、分かりました、くれぐれも注意して下さいね」

レーヴェは愛紗の態度に軽く笑みを浮かべてその頭に軽く手を載せた。愛紗はそれに軽く頬を染めてされるがままとなる。横ではやはり桃香と雛里が羨ましそうにしていた。

「それで鈴々はどうするのだ？鈴々も先鋒がいいのだ！」

「鈴々は桃香を守りながら乱戦時に暴れまわってくれ。オレは乱戦になるかならないかのときに行動を開始するから桃香の周りは自然と手薄になる。そこで鈴々の出番だ。それにオレの部隊は動かせないから愛紗と星の撤退の援護をするのは鈴々しかいなくなる。鈴々、期待しているぞ」

「分かったのだ！」

鈴々はレーヴェの言葉に上機嫌となり笑顔でこちらに返事をしてくる。期待しているのは本当だが、この反応を見ているとなんだか彼女をペテンにかけたような気がしてきた。だがこの作戦は、撤退とその援護がうまくいってこそ成功するものだ。レーヴェはそう思い直して皆に準備の号令をかけた。

しばらくしてそれぞれが配置についたレーヴェたちは攻撃の合図を待っていた。レーヴェは目を閉じて精神を集中しながら待機していたが、桃香は落ち着かないようだった。

「緊張しているか？」

「う、うん。この瞬間にはいつまでたっても慣れなくて」

「鈴々はこういう感覚、結構好きなのだ」

「それは鈴々ちゃんが自分に自信があるからだよ〜」

そう言って口を尖らせる桃香にレーヴェは表情をふと和らげた。そして桃香の頭を自然に撫でつけた。

「桃香はそれでいいのかもしれない。オレは以前の世界ではどこか殺伐とした心で戦っていた。だが、ここにきてからはふとした瞬間に心を癒されるような気がする。それに、そんなお前だからこそ兵も付いてくるのだろう」

レーヴェはそう言って後ろに控える自分の率いる、十人の、目の覚めるような真紅の装備を纏った隊長格の兵士たちを先頭にした部隊と、桃香たちの率いる部隊を振り返った。皆、緊張した面持ちだが、そうだ、といわんばかりに頷いてくる。

そのとき、本陣から銅鑼の音が鳴り響いてきた。その音にレーヴェは即座に顔を引き締め、桃香も顔を引き締めて前を向いた。

「…全軍前進！敵軍を罵倒し、大物を釣り上げる！気を緩めるな！」

「応っ！」

「みんな！無理はしないで頑張ろうね！大丈夫、私たちにはご主人様が付いているから！」

レーヴェの号令に兵が前進を始め、桃香の言葉にそれぞれが武器を天に突き上げて咆哮した。

「華雄将軍。連合の先陣が進軍を開始しました」

「分かっている。だが、あれはどこの部隊だ？」

兵が動き始めたのを見た銀髪の女、華雄が兵の報告に腕を組んで答える。

「斥候の報告では、平原の相、劉備と、その主レオンハルトとのことです」

「レオンハルト…聞いたことがあるな。鬼神のごとき強さだとか聞いたが」

「は。ですが所詮は新参者、百戦錬磨たる我らの敵ではないかと。それにレオンハルトという男の軍は後方にあるとのことですので噂だけかと」

それに華雄は腕組を説いて口を開いた。

「そうか。ならば鎧袖一触、敵の先陣を殲滅し、敵の総大将に目にもの見せてくれようではないか」

「了解です！」

「全軍、出撃準備！先陣のレオンハルトなるものを粉砕し、袁紹の首を落としてくれようぞ！」

だが、それを引き留める人物がいた。

「待ちや、華雄！賈駆っちの命令は��水関の死守やで！？」

「ふん、このように殻の中に閉じこもるのは性に合わん。それにこれは現場の判断だ。軍規すら敵を殲滅すればいかほどのものか。それにな、張遼。戦に逸る兵の気持ちを抑えることはできん。戦意こそが我が軍の力となっているのだ」

そう言って華雄は張遼を押しのけていってしまった。それを張遼は厳しい目で見送りながら

「…ここでお別れやな。戦意だけで戦はできん。現実を見んあんたには明日の朝日は拝めんやろ。…先にあの世で待っとき、うちもいつかいくけん」

張遼はそう言って兵をまとめて退却を開始した。

「我々が考えた作戦がこうも無駄になると空しくはないか？」

愛紗は隣に立つ星に、なにもしていないのに城門から突出して華雄の部隊を見て切ない表情で声をかけた。

「贅沢なことを言うな。敵が勝手に出てきてくれるのなら大助かりではないか。まあ、そう思うのも分かるがな」

星もそう言いつつも釈然としないところはあるようだった。そして気を取り直すと口を開いた。

「聞け！勇敢なる兵士たちよ！」

「いよいよ戦いが始まる！この戦こそ圧政に苦しむ庶人を解放する義の戦い！」

「恐れるな！勇気を示せ！持てる力全てを振り絞り、勝利の栄光を勝ち取るのだ！」

「応っ！」

愛紗と星の檄に兵士は士気の高い声で応える。

「全軍、抜刀せよ！」

その言葉に全員が武器を構えた。

「「皆の命私が預かる」」

そして戦闘が開始された。

「全軍魚鱗の陣に移行！敵の突撃に正面から当たり、その勢いを持って敵を後退させる！その後、すぐに後退する！合図を聞き洩らすな！一瞬の油断は死を招くと知れ！」

戦場に愛紗の声が響き、兵士は指示通りに動いて敵と激突する。鉄と鉄、体と体のぶつかりあう音が戦場という場を形成する。死と隣り合わせの戦場で、その恐怖を紛らわせるように大声をあげる若い兵。それを叱咤する愛紗と星。それを目にした華雄は感心した声を出した。

「なかなか頑強に抵抗している。良い将が率いているようだ。だが、兵の動きがぎこちないな。このまま押し切ってくれる。全軍吶喊！」

華雄は兵に指示を出した。それに合わせ、華雄の軍は一度後退して距離を開けた。

「敵が後退する？いや、距離をとって吶喊するのか」

その動きを見た愛紗はすぐにその意図を見抜いた。

「ならば好機ですな。敵の吶喊直前に退くとしよう。皆のもの！秩序を保ちつつ作戦通り後退する！我が旗に続け！」

そして愛紗たちは後退を始めた。それを敗走と見た華雄の軍は鋒矢の陣を敷いて追撃を開始した。

「うまくいったようだな」

レーヴェは前方を見て呟いた。桃香は判断がつかないようだったが、すぐに息を切らせてかけてきた朱里と雛里の報告で理解した。

「華雄将軍は鋒矢の陣を敷き、私たちを突破して袁紹さんのいる本陣に迫ろうとしているみたいです」

「このまま突っ込んできますよぉ。早く兵を纏めて道を開けないと！」

「落ち着け雛里。今は愛紗と星と無事に合流するのが先だ。鈴々頼んだ」

雛里の慌てる様子に苦笑しながらレーヴェは鈴々に声をかけ、鈴々は頷いて移動していった。そしてレーヴェは後ろを振り返った。

「さて、そろそろオレたちの出番だ。保証しよう、今日までオレの訓練についてきたお前たちは文句なしの精鋭だ。お前たちを殺すことのできるのはオレと関羽たちのような武将くらいだろう。恐れずに自信を持っていけ。我らはこれより戦闘を開始する」

レーヴェの言葉に無言でレオンハルト隊の兵士は各々の武器を構え、レーヴェの後に続いた。その動きはレーヴェたちの軍の中でも一線を画した動きだった。そしてその少し後で愛紗たちが桃香と合流し、華雄の軍が袁紹軍に突入した。

「華琳さま。袁紹の本陣に華雄が乱入。乱戦を始めました。開いた口塞がりません」

「全くね。諸侯の動きは？」

曹操軍の本陣で桂花の報告を聞いた華琳は特に慌てることもなく問い返した。

「慌てて本陣の救援に向かっているようですが、孫策は逆方向に動いています。我らも��水関に向かいますか？」

「空き家を掠めるか…確かにそれが最善ね。秋蘭、春蘭はどう思うの？」

華琳は秋蘭へと視線を向ける。秋蘭は少しだけ考えて口を開いた。その隣では春蘭が珍しく難しい顔をして考え込んでいた。

「私も同意見です。乱戦に自ら巻き込まれることはないでしょう」

「あの、戦略的には二人の方が正しいとは分かっているのですが…天下の風評を得るには、逆に本陣の華雄を蹴散らす方がいいのではと…。友軍の苦境を救った方が世間への聞こえもいいですし、義軍としての風評を得られれば、今後、何かと役に立つかなぁと」

春蘭のためらいがちな言葉の、その内容に驚いた華琳たちは一斉に春蘭へと視線を集めた。春蘭はまた自分が馬鹿なことを言ったのか、とたじろいでいる。

「見直したわよ、春蘭。春蘭の意見を採用するわ。すぐに行動を起こしなさい。春蘭は先陣を切って本陣に乱入し、敵の大将の頸を上げなさい。ただし、必要以上に戦を長引かせないこと。これはおそらくレオンハルトの策よ。あの男がいてこんな無様なことになるとは思えないわ。袁紹にたいする意趣返しと兵の損失を抑えるための策でしょう」

「了解しました」

そう言って春蘭たちは出撃するために駆けていった。それを見送りながら華琳は、レオンハルトという男がどこまで物を考えて動いているのかと考えていた。

「曹操は本陣の救援を選んだか。意外といえばそうだが、私たちにとっては助かるな。しかし雪蓮、あまり熱くなりすぎないでよ？」

眼鏡をかけた黒髪の女性、周瑜が曹操軍の動きの報告を聞いて少し意外そうな顔をして呟いた。

「一応は気をつけておくわ。大丈夫、孫呉に不利なことにならないようには気をつけるわ。それよりも冥琳、あのレオンハルトとかいう男、どう見る？」

雪蓮−孫策−が顔を真剣なものにして冥琳−周瑜−へと問いかける。冥琳もその問いに表情を一層真剣なものにした。

「正直分からない。曹操が一目置いていると聞いていたが確かに、それは納得がいくぐらいの人物だったが、何を考えているのかということは読めなかった。横にいた劉備は簡単に思っていることは分かりそうだったがな」

「彼の治める邑はとても治安がいいとはきいたけどね。それと、彼自身の武も化け物って聞いたけど、ほんとかしらね」

「それも今回分かるだろう。だが、あそことなら同盟を考えてもいいかもしれんな」

「そうね、あとで話をしに行ってみましょう」

雪蓮たちはそれだけ言うと��水関へと再度意識を向けた。

「ご主人様、大丈夫かな」

桃香は心配そうな顔でレーヴェの部隊が消えていった方向を見ていた。

「大丈夫ですよ、先ほど曹操さんの軍が華雄さんの軍に横やりを入れに行ったようですからご主人様の部隊の危険度は下がると思います」

「それに主が華雄ごときに負けるはずはない。我らが束になっても敵わぬのだから」

星や朱里が桃香を励ますが、星はともかく朱里も不安そうな顔をしていた。

「私たちもご主人様の援護に回ろう。私は左から、鈴々は右から華雄の軍に当たろう。そうすれば戦力をさらに分散できるはずだ。星は桃香様を頼む」

「承知した」

愛紗の言葉に星は頷き、愛紗と鈴々は兵を連れて出ていった。

そのころ、華雄は見慣れない動きをする部隊に戸惑っていた。目の覚めるような真紅の装備に身を包んだ兵に纏められた部隊はただ無言で自分たちの兵士を葬っていた。華雄自身も相手にしたが、相手は積極的に攻めてこようとはせず、ただひたすらこちらの攻撃を受け、流し、ひたすら身を守るだけで華雄でも止めを刺すことはできずにいた。そしてその旗は獅子を象った紋章で見慣れないものだった。

「く、こやつら、部隊としての動きはまだ未熟だが、この動きは！？」

その部隊こそレーヴェがつきっきりで鍛え上げた部隊だった。まずは相手の動きを見るということ徹底的に叩きこみ、そして相手の攻撃から、最小限の力で身を守ることを叩きこんだ。訓練ではレーヴェが常に回避できるぎりぎりの速度で彼らを攻めたてた。時間自体もいつもぎりぎりまで行い、挫折する者もいたが、残ったものは短時間ではあるが、愛紗たちと打ちあっても立っていられた。その結果、愛紗たちの武も向上したのはうれしい誤算ともいえた。そして彼らはひたすら相手の攻撃を流し続け、疲れたところを討ち取るという方法を覚えていた。

「まさか、これがレオンハルトとかいう男の部隊か！ち、邪魔だ！」

華雄は苛立って戦斧を振り回し、相手を吹き飛ばすが、致命傷を与えた手ごたえはなかった。

「我が軍の質も落ちたものだ。ここまで良いようにされるとは」

「それはお前の責任だ」

「何者だ！？」

「平原の相、劉備が主、『剣帝』レオンハルト」

「貴様がレオンハルトか！この部隊の将はお前か！」

「ああ、今回はオレの部隊がどこまでやれるかの確認も含めていたが、予想以上に訓練を頑張っていたようだ。これならだれ一人欠ける事もないだろう」

その言葉に華雄は激情をあらわにした。殺気を叩きつけてくるが、レーヴェは涼しい顔でそれを受け流す。

「だが、この事態に陥ったのはお前の責任だ。よく知りもしない相手を過小評価し、己の蛮勇を誇って打って出てくる。将たるものは目先のことだけを考えてはいけない。お前の浅慮が部下を殺す」

「貴様ぁ！！」

華雄は激情に任せて全力で攻撃を放ってくる。だが、レーヴェはそれを真正面から受け止めた。

「…重い一撃だが、オレの知るものと比べてまだ軽いな。その一撃も、その一撃に込められた想いも！」

そう言ってレーヴェは戦斧を撥ね退けた。彼の脳裏にあるのは龍の眼を持つ青年。最初会ったときはまだまだ未熟で、中途半端だった。だが、最後に戦ったときはまだまだ自分には遠く及ばないが、良い目になっていた。そしてその一撃も重く、想いの籠ったものになっていた。彼も強くなるだろう。だが、彼女の一撃には何も宿っていない。己のような修羅も、誰かを守りたいというような想いも。

「そのお前の一撃がこのオレに届くはずもない！」

「ぬあっ！」

返す一撃で華雄の戦斧をその手から弾き飛ばした。戦斧は離れた場所に突き立ち、華雄は全くの無防備となった。そしてレーヴェは彼女の喉元に剣を突き付けた。

「オレを超えたいなら修羅に堕ちるか、理に至ることだな。投降しろ、投降するならば今生き残っている兵の命を保障しよう。そして、お前には聞きたいことがいくつかある。協力してほしい」

そう言ってレーヴェは剣を引き、華雄へと手を差し出した。華雄は呆気にとられた顔をしていたが、一度俯くと顔を上げていった。

「私を殺せばそれなりの武勲にはなるぞ？」

「だろうな。だが、今はお前のことが必要だ。それに救える命ならば救う。お前は戦う意味をよく考えろ。自己満足な強さでは意味がない。それに捕縛でも武勲にはなる」

「戦う意味…」

華雄はそう呟き、そしてレーヴェの手を握った。

「分かった。投降しようお前のいう意味はまだわからんが、お前は他の諸侯共とは違うようだ。お前の傍にいればその意味もわかるだろう。勝鬨を上げるがいい」

華雄の言葉にレーヴェは頷くと、大きく声を上げた。

「平原の相、劉備が主、レオンハルトが華雄を召し捕った！」

その声に華雄の部隊の兵士は座り込み、そして、レーヴェの兵は大きく勝鬨を上げた。その後、華雄の兵は華雄の命令で次々と投降し、華雄軍は消滅。その隙に��水関を孫策が落とし、ここに��水関の戦いは終結した。そして一人の死者も出さなかったレーヴェの部隊は曹操や孫策の知るものとなり、注目を浴びることとなった。