「戦神楽」 紅蓮編 prolpgue |
違和感を拭(ヌグ)えなくなったのは、いつからだったろう?
九条(クジョウ)恭而(キョウジ)は、生徒会室の窓から、聳え立つ天の支持塔を視界の隅に捕えながら、自身に己の存在意義を問いかけていた。
窓の外に校庭、その向こうに住宅地、そして高層建築物群。さらにその向こうに広がるのは、ただ青い空だった。
何が欲しい? 何が足りない?
いや、何の文句もない。
九条の心は充たされ、穏やかで、波風一つない。
それはそれは、不自然なほど自然に。
「……足りない」
ぽつりと呟いた台詞は、誰の耳に入る事もなく窓硝子にぶつかって、消えた。
これだけ充たされてなお渇望する彼の心は、いったい何を以て充たされるのだろう。
満たされる。
充たされる。
ミたされる
不足には充足を、不安には安堵を、凶事には幸福を。
神はすべてを与え給(タモ)うた。
ここは『珀葵(ヒャッキ)』、神によって混沌渦巻く世界から切り取られた匣艇(ハコブネ)――酷く、平和な世界だ。当たり前に満ちている『平和』も、当たり前に存在しない『戦争』も、そのいずれもが言葉として存在しない、神の匣廷(ハコニワ)、実験場。
神の嘆きが創り出した、理想の空間だった。
きっちりと正確に60秒が刻まれて60分を計り、24時間が積み重なって30日、12か月で1年が過ぎていく。狂わない太陽周期は月をも狂わせない。満月がやってきて15日後、必ず新月がやってくる。1年間できっちり12回、満ちて欠ける。
一つの天に張り付いた恒星の動きは一定で、別の天に張り付いた惑星は、その間を縫うように歩む。大地は動かず、天が廻(メグ)る。
廻る天を支えるのは、東西南北、四方に聳え立つ支持塔だ。それは、てっぺんまで登れば神の御元へと繋がっているらしい。
何も狂わない。
ただ、充たされた毎日がやってくる。
春はぽかぽかと温かく、夏はそこそこ暑く、秋はしんみりと涼しく、冬はそれなりに寒い。四季を持つ豊かな大地が広がり、繁栄した都市があり、穏やかな田園地帯がある。
充たされている。
その空間にいるすべての生物は、充たされている。
夢幻と現実の狭間の空間、珀葵(ひゃっき)。
そこは、充たされた世界。
「……足りない」
この世界に不足などない。
食欲も、睡眠欲も、物欲も、性欲も、すべてが充たされる。
「足りない」
ケース1、九条(クジョウ)恭而(キョウジ)の場合。
充足可能性の是非を確認。
否。
是を異物として排除せよ。
排除せよ
排除セヨ――
説明 | ||
満たされる、充たされる、ミたされる―― 神の嘆きが創り出した平和な世界『珀葵』、そしてそこから零れ堕ちたモノが業を背負う世界『緋檻』。 珀葵に蕩揺う平和の裏で、緋檻の民は業を重ねていく。 次→http://www.tinami.com/view/112930 ◆これは、戦略シミュレーションゲーム『戦神楽』の宣伝用に執筆されたものです。 RPG版のシナリオ原本でもあります。 |
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