紫閃の軌跡 |
〜エレボニア・カルバード・リベール三国国境線上空 パンタグリュエル内部〜
ブリッジに向かう通路にて、アスベル、シルフィア、レイアが遭遇したのは『赤い星座』の猟兵に軍用獣。そして、上の通路には狙撃銃を手に持つガレスの姿があった。ガレスはリィン達ではなくアスベルらが姿を見せたことに驚きを禁じ得なかった。
「ほう……てっきりシュバルツァー等が出張るかと思えば、たった三人とはな。我々を舐めているのか?」
「いや? これでもこちら側が“過剰戦力”なぐらいなんだがな。構えろ『赤い星座』。俺はどこぞのお人よしの教官と違って、敵対した以上は相応の報いを受けてもらう性質なんでな」
そう呟いてアスベルは一気に踏み出すと、瞬時に高い場所にいたガレスの背後に立つ。その気配を察したガレスだったが、次の瞬間には自身の胸から突き出している刃で己の身に起きた事態を悟り、勢いよく刃が引き抜かれた反動で口から血を吐く。
「ガハッ!? ゴホッ!……貴様、は……」
「俺は元々そういうことに対して忌避を抱かない。そちらがこちらを殺す気ならば、相応の覚悟を背負うのは道理。猟兵ならば猶更のことだろうに、それが分からなかったと見える。では、とっとと逝け」
アスベルはそう呟いた直後、鋭い剣筋がガレスの首と胴体を分かった。アスベルは返り血を浴びるものの、そこまで気にすることなく太刀に付いた血を掃って鞘に納める。それを見た他の猟兵たちだが、発することが出来た言葉は断末魔のみだった。
「があっ!?」
「ぐふっ!」
「な、何故……我らが……」
シルフィアとレイアの攻撃で無残な姿と化した『赤い星座』の猟兵。アスベルが通路に降り立つと、シルフィアが法術でアスベルの服に付着した血を取り除いた。
「ありがとう、シルフィ。にしても、派手にやったな。クーガーなんて肉片すら残ってないぞ?」
「それは大体レイアのせいだから」
「いや、これが脆いせいだと思う」
過去から片鱗はあったものの、今では相手を肉塊すら残らないレベルで消失させてしまっている。それでも加減すれば良くて複雑骨折のレベルに収まっている為、行く先々で穴の開いた人間を見る機会は極めて少なくなった。
兵士はシルフィアが相手したわけだが、的確に相手の心臓を潰している為、生き残った人間はいない。
「さて、甲板に急ぐぞ」
「そうね」
「はいはーい」
艦に侵入しているにしては少なすぎるが、甲板へと急ぐ三人。甲板右舷側から前方部へ進んだところには、セドリック皇子、<猟兵王>ルトガー、ジョルジュ・ノームあらためゲオルグが立っており、アスベルら三人の背後を取る形でゼノ、レオ、そしてレクター・アランドールが降り立った。
ルドガー達四人はマリアベル、カンパネルラ、シャーリィに加えて鉄機隊の二人とシャロンに挟まれる格好となった。その状況となったところでセドリックが話しかけてきた。
「おやおや……まさか貴方方が出張ってこられるとは、正直意外でした」
「こちらも命が掛かっている状況で大人しく出来る性分じゃないからな……セドリック・ライゼ・アルノール。今回の件を『ギリアス・オズボーンから任された』と口にしていたが、それに関して嘘は言っていないが嘘をついたな?」
「……鋭いですね。ええ、その通りですよ」
ギリアス・オズボーンからすれば各国の首脳陣が折れるのは不味い展開だし、何よりアルベリヒが<七の相剋>を完遂する意味でも、<黄昏>を最大限に増幅させる戦争状態への不完全な移行は目的を完遂する確率が極めて低くなる。
「アスベル、それって……」
「こんな展開、オズボーンはまだ許容するとしてもアルベリヒが許容できるとは思えない。<鋼>を再び一つに戻すという意味でも、ここで各国の出鼻を挫けば計画に支障が出てくる」
なので、彼がセドリックに委任したのは『突発的な宣戦布告の通達』の可能性が高く、ほぼ裏の面子ばかりを集めたのは彼の護衛的な側面が強い。軽い小競り合いをする程度まではオズボーンも想定していたが、結社が悪乗りした結果として<グロリアス>を持ち出す事態にまで至ったのだろう。
「つまるところ、あんたの我儘に結社が悪乗りした結果。まあ、あんたら位なら出張るところまで読んだ上で、リィン達を首脳たちの護衛に全て回した訳だが」
「……念のために聞いておくが、ガレスたちはどうした?」
「俺が殺した。今後も命を狙いかねない危険など排除するに限る。ま、アイツら相手なら逃げ切っていただろうが……俺ら相手に倍前後の数で挑む愚かさを―――その身に刻み付けてやる」
レクターの問いかけに答えたアスベルが息を吐き、周囲に気が満ちる。余りにも膨大な気の流れは歴戦の猛者でもたじろぐほどだった。そして、それは甲板左舷側に到達したルドガー達にも感じ取れていた。
「やれやれ……アスベルを怒らせちまったな。ま、俺もアンタらをタダで帰す気はない。刃を向けた以上、そうされる覚悟は出来たか?」
ルドガーは双剣を抜いて、それを見たルドガー、クルル、リーゼロッテも武器を構えた。アスベルの傍にいるシルフィアとレイアも武器を構える。
そして……アスベルは太刀を構え、抜き放った。それと同時に吹き荒れる風が、侵入者たちの表情を強張らせる。
「おいおい、お前さんは本当に人間か? あの聖女さんと同等以上の気迫なんぞ、とても若造が出せるとは思えんが」
「まあ、一度も死んでないと言えば嘘になるが、不死者ではない。関係者がいる手前でスプラッタな光景に仕上げる気はないが……こちらの命を脅かした対価はキッチリ支払ってもらおうか」
右舷側のアスベルに対してルトガー、セドリック、ゲオルグの三人。シルフィアとレイアの二人に対してゼノとレオ、レクターの三人。左舷側のルドガーとリーゼロッテに対してマリアベル、カンパネルラ、シャーリィの三人。マリクとクルルに対してアイネスとエンネア、シャロンの三人。
どれも数的不利は避けられない状況だが、彼らに恐れはなかった。それをブリッジから見ていた者達は驚愕していた。
「……末恐ろしいですな。我々よりも同年代以下の彼らとは思えませんね」
「全くだな。殿下より話は聞き及んだが、彼らは幾度も修羅場を潜り抜けたそうだ。流石の私でも引いてしまうようなものだったが」
「分校長がそこまで言うんだ……」
「まあ、私たちもその影響を受けてはいますが」
<鋼の聖女>や[劫炎]までとはいかないが、並ではない相手というのはユウナたちだけでなくオーレリアやウォレスも理解している。そんな彼らをまるで子ども扱いするかのようにアスベル達は圧倒していく。
その発端となったのは、シルフィアとレイアのほうからだった。レオが突撃を掛けたが、それをレイアは素手で止めた。
「なっ!?」
「温いね……流石に艦を傷つける訳にはいかないから、少しは加減させてもらうよ」
そう呟いたレイアはレオを武器ごと持ち上げ、武器を持っていた右手から得物を手放すと、強く握ってレオの武器目掛けて撃ちこんだ。その瞬間、レオの武器はおろか着ていた服ですらも破け、レオは仰向けの状態で甲板に打ち付けられた。
それを皮切りに、各々がSクラフトを繰り出す。
「<剣帝>のほうがもっと強かったよ……穿て、ブラッディー・クロス」
「男なら背中で語れ、マリクビーム!!」
クルルとマリクの技によって三人は瞬時に吹き飛ばし、
「これにて終焉です、ダーク・インディグネイション!!」
「てめえらを完璧に挫く―――<幻像奇襲(ファンタズマゴリア・レイド)>」
ルドガーとリーゼロッテの秘技で結社屈指の相手を退け、
「全てを貫け、アステリズム・ライン!」
「奥義、グランド・クロス!!」
シルフィアとレイアの技で瞬く間に戦闘不能にさせられ、
「疾風陣、無刃衝!」
アスベルは八葉の技巧を取り入れた技で三人を寄せ付けることなく退けた。その上でアスベルは上半身を起き上がらせたセドリックの首元に刃を突き付けた。
「僕を、殺す気ですか!? 僕が居なくなれば<相剋>は」
「知った事じゃないな。こちらの要求は一つ、とっとと引き上げろ。これ以上の犠牲を増やされたくなかったからな。それが呑めないというのなら、今ここでてめえの首を刎ねてもいいんだぞ?」
「っ……!?」
戦況は明らかにアスベル達がイニシアティブを取った。艦外の空域は結社の飛行艇部隊によって押さえ込まれているが、それに対する方策も考慮済みだ。
「ハッキリ言ってやる。セドリック・ライゼ・アルノール、お前はいくら力を手にしようが弱い。明白な力を持っていたとしても、クローディア殿下には遠く及ばない。そして、あんたが実質的に手を掛けたオリヴァルト皇子にも勝つことなど出来はしない。お前が弱さを認めない限り、何をしても弱いままだ」
「くっ……! まだだ!!」
セドリックが手元にあった騎士剣を掴んでアスベルに振るうも、それを見たアスベルは首元に沿えていた太刀を返す様に振るい、騎士剣の刃を根元から斬り落とした。これでも態度を変える気が無いと判断したアスベルは、何かに気付いて距離を取った。
すると、<グロリアス>から飛び立った三機の神機。甲板に降り立った一機と空中に浮遊する二機。これで抑え込めると判断してのものなのか、アスベルは太刀を鞘に収めて抜刀術の構えを取った。
「……<刹那>、発動」
そう呟いた直後、アスベルの視界がモノクロに染まり、全ての人間を置き去りにするが如く加速する。そして、アスベルは左手を太刀に沿えた。
「八葉一刀流、神式―――桜月絢爛(おうげつけんらん)」
神速の域に達した太刀筋によって神の反応速度すらも凌駕する―――アスベルが新たに編み出した技は三機の神機をまるで丸太を斬り落とすが如く四肢を破壊し、胴体部分を容赦なく両断した。アスベルの視界が色を取り戻すと、残骸は空へと堕ちていき、雲があるあたりで大きな爆発を起こす。
「……どうやら、数的にも有利な来客のお出ましのようだな」
そう呟くと同時に聞こえてくる駆動音。そして見えてきたのは真紅の飛行艇。アルセイユ級V番艦<カレイジャスU>。そして、各々持っているオーブメントに通信が入り、姿を見せたのは片目を眼帯で覆っているが、紛れもなくオリヴァルト・ライゼ・アルノールその人だった。
『いやあ、強いねアスベル君たちは。最後に美味しい所を掻っ攫うような格好になってしまったね』
「お気になさらず、オリヴァルト殿下。今しがた弟君に手厳しい説教をしておいた次第です」
『それはそれは……身内として礼を述べておくよ。僕自身の不徳も込めてね』
オリヴァルト皇子自身に全く罪が無いと言えば嘘になるが、彼は彼なりにセドリックを諭していた。皇位継承権を捨てても皇子としての役割を全うし、進みゆく祖国の行く末を案じていた。
皇子の生存に驚きを示している者が多い一方、セドリックは憤りを感じていた。正確には生きていることを喜んでいるにも拘らず、どうにも遣る瀬無い感じが否めなかった。
「兄上……貴方が生きていることは嬉しい。だが、それは弱さなんだ! 新たな世界の秩序を作る以上、その偉業の前に弱さは敵だ! ……っ!? ぐああああっ!?」
これでも引き下がろうとしたセドリックに対し、アスベルはセドリックを斬りつけた。四肢の痛覚を与える程度のもので両断することはしなかったが、刃に着いた血を掃った上でセドリックの眼前に刃を突き付ける。
「どうやら、まだ自分らが置かれている状況を理解していないようだな。神機全てを喪い、協力者たちも疲労困憊。この状況で宰相に援軍なんか頼めば、恥の上塗りでしかない。そして、報いは受けてもらう―――目に見える形でな」
アスベルがそう呟いた直後、突如被弾して爆発する<グロリアス>。更に直上から降り注ぐ光の雨をまともに食らい、<グロリアス>は爆発して空中分解し、国境沿いの山脈に落下していく。
そして、太陽から姿を見せるように飛翔したのは純白の飛行艇。リベール王国の国章である白隼の紋章を持つ戦艦―――ファルブラント級巡洋戦艦一番艦<アルセイユ>。<カレイジャスU>の隣へと並行して飛行する。
「カシウスさん、あの飛行艇は……」
「自分も知りませんな。となると……アスベル達の世界の<アルセイユ>でしょうな」
「あれが……」
リベール組が驚きを見せる中、<アルセイユ>が接近した時に降り立った人員でまたもや驚きを見せることとなる。
「援軍というよりは後詰になってしまったが、彼ら相手に圧倒とは流石だな、アスベル」
「でも、彼らに余計なことをさせない意味では助かるよ、レーヴェ」
「そうか。さて、まだやるというのならば自分も含めて相手になろう」
甲板に降り立ったのは、レオンハルト・メルティヴェルス、カリン・アストレイ・ブライト、更にはオリビエ・レンハイム(アスベル達の世界のオリヴァルト皇子)にエリゼ・シュバルツァーであった。
「な、なななっ!? 兄上が二人!?」
「やっぱそういう反応になるよねえ……心配しなくとも、僕は幽霊みたい類じゃないし、<カレイジャスU>に搭乗している皇子も本物さ。これも女神さまの気紛れなのかもね」
『それは違いないね』
生きているだけでも驚きなのに、オリヴァルト皇子が二人も出現するという意味が分からない状況で戦闘続行という意思すら折れた有様。現に、<パンタグリュエル>のブリッジ内でもちょっとした混乱が起きていた。
「あれ、エリゼが分身した……疲れてるのかな?」
「兄様、残念ながら現実です」
「こんな状況で平然としているエリゼは大物すぎますよ」
「……いろいろ経験しましたから」
普通の帝国貴族なら経験しないようなことを散々味わってきたエリゼだからこその言葉に、周囲の人々からは冷や汗が流れた。
「ていうか、レーヴェってどういうことよ……って、ヨシュア?」
「あ、うん。ちょっとね……」
レーヴェの出現に驚くエステル。そして、カリンの姿を見たヨシュアも驚きを隠せなかった。こんな状況を知ってか知らずか、甲板に降り立ったオリビエは一息吐いた。
「―――さて、そろそろ姿を見せたらどうだい?」
『フフ、お見通しという訳ですか』
上空に姿を見せた漆黒の不気味な一つ目の球体。それが光を発すると、いくつもの映像が投影されて複数の人物が姿を見せた。クレア・リーヴェルト、アリアンロード、アルベリヒにルーファス・アルバレア、そして現帝国の舵取りをしているギリアス・オズボーンが姿を見せた。
『久しぶりだな、アスベル・フォストレイト・ブライト。貴公の実力を測りかねたこと、まずは詫びよう』
「別に詫びなど求めては居りませんし、本当に大変なのは貴方と血が繋がった存在ですから」
『成程、それは確かに道理だ。首脳陣の方々、このような場での挨拶になったことをご容赦願いたい』
そして、ヨルムンガンド作戦発動が9月1日正午であることが告げられ、更には行方不明となっていたヴィクター・S・アルゼイド子爵が<黄昏>の強制力に選ばれてしまったこと。更にはアリサの母親であるイリーナ・ラインフォルト、三高弟の一人であるG・シュミット博士が敵方についたこと。
不幸中の幸いとしては、結社の<グロリアス>と三機の神機を喪失させたことは大きいだろう。いくら結社でも残る期間で大型の戦艦を用意できるだけの時間が余りにも足りない。
各々の会話が終わって球体が消え去り、漸く平穏な時間が戻ったところでアスベル達は武器を収めた。すると、甲板にはリィンやロイド、エステルたちがやってきて、宣戦布告の騒動は幕を閉じたのだった。
神機は犠牲となったのだ。犠牲の犠牲にな。
ギルバートはどうなったのかって? まあ、お察しくださいとだけ(ぇ
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お疲れ様です!更新待ってました!(☆疾風迅雷☆) | ||
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