Beginning of the story 第一章ー大学生たち1
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「リウヒー!」

その名前を大声で呼ばないでほしい、とリウヒは舌打ちしながら、振り返った。

キャンパスの芝生でのんびりしている学生たちが、こちらを向いてクスクス笑っている。

すみませんね、大層な名前で。ごめんなさいね、こんな貧弱な人間が。

有名な王女の名前で本当に申し訳ない。

でも、それを付けたのは両親であってわたしじゃない!

「ねえ、リウヒ。聞いて聞いてー。すごいもん手に入れちゃったー」

幼馴染のカスガが、満開の笑顔で笑いながら走り寄ってくる。

さながら少女マンガのように背景がキラキラして、スローモーションでコマ送りしているみたいだ。しかし、リウヒはそんな光り輝く男にぶっすりとした顔で返す。

「あのさあ。やめてくんないかな、大声でわたしの名前を呼ぶの」

「なんで?」

「嫌いだから」

不機嫌な声で答え、紙パックのジュースを啜った。

「いい名前じゃないか。ぼくは好きだよ」

そういう問題じゃない。

「それよりさ、みてみて、これ!じゃーん!」

効果音付きでカスガが取り出したのは、一冊の薄汚い本だった。

リウヒはしらけた顔で見ながら、ストローを吸い上げる。ズコーと音が鳴った。

「ごめん、全然分からない」

「君は歴史学科だろう。どうして分からないかな」

カスガは鼻を鳴らして嬉しそうに本を撫でた。

「ティエンラン伝だよ。大昔スガタって歴史学者が編集した本なんだ。より史実に忠実に記されている。王女の伝説はほとんどこの本が元になっているんだ。絶版だったんだけどさ、駅前の古本屋で見つけて思わず買っちゃった。ああ、ありがとう神さま、ありがとうぼく!でも今月ピーンチ!」

クルクルと回る。この男のテンションは、ティエンランに関わると上昇する。只今マックス状態だ。

「わーお、カスガ、見事なダンス。そのまま踊ってな。じゃあねー」

紙パックをごみ箱に放り込み、踊る馬鹿を背にリウヒは踵を返した。

あわわ、待ってよー。カスガの手が伸びる。

「夏休みの課題だけど、どうすんのさ。そろそろ決めないとやばいよ」

「わたしも、バイト遅刻しそうでやばいの。夜、カスガんちいっていい?」

「いいよ。じゃあ、十一時頃だね」

手を上げて別れを告げた後、歩を速めた。この時間ならギリギリか。

ほこり臭い風が藍色の髪を揺らす。駅前のビルの谷間から、夕日の断片が見えた。

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昔昔、ティエンランという国がありました。

平和で豊かな国でしたが、ある時王の愛人が謀反を起こしました。

王女は間一髪、宮廷から逃げて国を旅することになりました。

しかしその二年後悪政を見かねて、王につく決心をします。

そして海賊や民を引き連れて、セイリュウヶ原で宮廷軍と対立しました。

戦は激戦でしたが宮廷は反乱軍の勢いに恐れ、すぐさま降伏してしまいました。

悪い愛人は殺されて、王女は新王となり、民の祝福を受けました。

めでたし、めでたし。

 

この地方でもっとも有名な王女の話。

父はこの話が好きで、リウヒが幼い頃繰り返し語ってくれた。だってお前は王女の生まれ変わりなんだ。藍色の髪と、黒い瞳が何よりの証拠だよ、との余計なおまけ付きで。でも娘に王女の名前を付けるのは、いかがなものか。

名前負けもいいところだ。

おかげで、どれだけいじめられたり、馬鹿にされたことか。

だってわたしはこの王女が大嫌い。この名前も大嫌い。生まれ変わりなんて冗談じゃない。

未だこの地に執着し、誇りとしている人々も。もう五百年も経つのに馬鹿みたい。だから生粋のジン人に見下されるのだ。

リウヒはぼんやりと電車の扉の前に立って、流れる景色を見ている。地下に入って景色は消え、一面の闇間になった。自分の顔が、はっきりと窓に映る。

王女は美しいことでも知られている。美貌のあまり、その兄が浚ったという逸話が残っているくら

いだ。

 

平凡な顔だな。笑っちゃうくらい平凡な顔だ。

 

窓に映る自分の顔をマジマジと見つめてそう思う。

今まで、普通に育ってきた。サラリーマンの父と専業主婦の母に囲まれて、高校を卒業し、大学に入学してバイトをしながら一人暮らし。これからも普通に生きて行くだろう。卒業して、就職して、結婚して子供を産んで。絵にかいたような平凡な人生を歩んでいくことだろう。でも平凡でいいじゃないか。そしてカスガが横にいればいい。

ゲンブの駅に着いて降りた。都会はいつも人ごみで溢れている。

「おはようございます」

夕方なのに、妙な挨拶をしながらエプロンをつけて、カウンターに入る。

いつものメンバーが笑顔で挨拶をよこしてきた。

タイムカードをおして、カウンター前に立つ。

リウヒは、CDショップでバイトをしていた。ただ接客だけの楽なバイトだ。問い合わせや商品管理はベテランや社員がやってくれる。

客がやってきた。マニュアル通りの薄っぺらい笑顔で手を差し伸べる。

「いらっしゃいませ。お預かりいたします」

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「いらっしゃいませー!」

入ってきた客にシギが叫ぶと、他のスタッフも次々と声を上げた。座席に案内しながら、もう少しで休憩だ、がんはれおれ、と自らを励ます。

シギは奨学金を受けながら通う大学生だ。歴史学部に進んだのは別に歴史に興味があるからではない。単に一番楽そうだったから。どうせ卒業してしまえば、全然関係ない所に就職するだろう。ただ、大卒という履歴がほしいだけだ。

それでも居酒屋とのバイトとの両立は難しかった。出席日数が足りなくて単位がやばい。

母子家庭で苦労をかけてきた母には迷惑をかけたくないし、早く社会に出て楽になりたい。

呑気で世間知らずの学生たちに、シギは劣等感のようなコンプレックスを抱いている。

「休憩入っちゃって」

店長に言われて、ぺこりと頭を下げ裏口を開ける。夏の熱気と湿気が体を包んだ。ついでにごみ箱の匂いも。

ポケットから煙草を取り出し、火を付ける。ニコチンの心地よさが体内に沁みた。

薄汚い建物の隙間から、ゲンブの街のけばけばしい明かりと喧騒が漏れている。酔っぱらいの楽しそうな笑い声も聞こえた。

ゼミの課題をどうしようか。

煙を上に吐きつつ、扉に頭をもたせかける。

何でもいいから、夏休み中に自由研究をやること。個人でもよし、グループでもよし。最も優秀な者には、単位をプレゼント!

ゴリラにそっくりの教授が、調子よく手をあげると、教室からどよめきが上がった。

ネットから適当に拾ってお茶を濁そうとしていたシギは目を剥いた。単位はぜひともほしい。

「あちっ!」

いつの間にか、煙草はフィルターまで焦げていた。

どこかのグループに潜り込んで、ご相伴をあずかろうか。優秀で真面目そうなグループに。それが一番楽で確実だ。そういえば教授に気に入られている男がいたな。

ポケットをまさぐり、煙草を取り出そうとして、舌打ちをした。パッケージの中は空だった。

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「カースーガー!お腹空いた。なんかない?なんか」

約束通り、十一時過ぎにやってきたリウヒはどかどかと上がりこみ、勝手に冷蔵庫を開けて物色し始めた。伝説の王女というより、小悪党のようだ。

しかも、深夜に一人暮らしの男の部屋にやってきて、第一声が「お腹空いた」なんて、色気がなさすぎる。そんなんだから、彼氏ができないんじゃないか。という正論は勿論言わない。

「一番上に、晩御飯の残りがあるから。チンして食べて」

今日、購入した本から顔も上げずに言う。

ティエンランという国はもうない。

五百年ほど前に、隣国のジンに滅ぼされて宮廷も何もかも燃やされてしまった。だから歴史資料は極めて少ない。

今、現代ここはジン国ティエンラン地方になっている。しかし、住む人々の多くは未だこの地を誇りとし、山一つ隔てた国の中心都市に秘かな敵愾心を持っている。高校時代の歴史の先生は特にそれが顕著で、二度に渡るティエンランとジンの対戦に半年を費やした。客観的ではなく、あくまで「侵略された」国の目線でカスガたちに教えた。大人はそれが大なり小なり、当たり前だと思っていたし、子供もそれを信じて育っていく。

カスガたちの通うシシの大学では、失われたティエンラン語「古代語」が、歴史学科の必須科目だ。

また、ジンの信仰している戦の神、雷神イドーラを受けいられずに、古くからティエンランに伝わる太陽神エトを信じている。

ジンの人間は、それを奇っ怪に思うらしい。輪廻転生を当たり前に考えている人々を。

「りっぱな大人が前世とか生まれ変わりだとか普通に言うのが、すごく気持ち悪い」

友人の生粋のジン人に言われたことがある。

「どうしてさ。太陽は西に沈んで東に昇るだろう。だから人間の魂も一緒なんだよ。死んで西に消えて、新しく東から生まれてくるんだ」

「太陽も地球も単なる天体だぜ。別に消えたりしない、グルグル回っているだけじゃないか」

「いいじゃないか、そう信じているんだから。イドーラみたいに信仰の厚さであの世が決まることの方が、ぼくは不思議だ。なんか、強欲な神さまだよね。自分を信じない者を地獄へ落とすなんてさ」

結局、その友人とは喧嘩別れになった。

宗教の考え方の違いも、きっと敵愾心を育てる原因の一つなのだろう。

それでも、上辺だけは大人しく従っている。しかし、そう遠くない未来に抑圧された人々は不満を爆発させて、独立を求めるのではないかとカスガは思っている。

一度目のジンの侵略は、伝説の王女が王に立って七年後の事だ。大国に攻め入られた小国は、隣国の協力を得て牙を剥き、見事に追い払った。それに纏わる悲愛と逸話も、王女が有名な一因だろう。

その内、ジンは内戦が始まり、他国どころではなくなった。

そして五百年後の二度目の侵略で、ティエンランはあっけなく滅んだ。だが、王家の生き残りは落ちのびて、現在もどこかで生き続けているという。

眉つばものだが、この地方の人々はそう思いたいのだろう。

実際リウヒの父も、リウヒは王女の生まれ変わりだと語り、幼いカスガは感動したものだが、娘の方は横を向いて顔を顰めた。大きくなって世間に出ると、自称する人が多くて驚いたものだが。

三つ子の魂百まで。カスガはこの王女と物語に、どうしようもなく惹かれてしまう。幼馴染はまったく興味を示さず、むしろ嫌っている。そんな彼女が歴史学科に入ったのは、単に

「カスガと一緒がいい」

勉強する意志もへったくれもない理由だった。

だから、リウヒとは生まれた時からすっと一緒にいる。恋愛感情など持ったことがない。兄弟のいない自分にとって妹のようなものだ。

当の本人は、食べ終わってテレビを見ながら大笑いをしていた。

「この人、絶対ズラだよねー」

「リウヒは何しにきたの」

「晩ご飯を食べに来ました!」

「違うだろー。夏休みの課題だろー」

呆れた声が出る。

「夏休みの自由研究なんて」

リウヒはクッションを抱えて寝そべった。くつろぎモード全開だ。

「小学生じゃあるまいし。ねえ?」

「ねえ、じゃないよ。君はどうしたいの」

「カスガはティエンランをやりたいんでしょ」

「すごいね、当たりだ」

その本で、とリウヒが顎をしゃくる。

「適当なのをかいたらいいんじゃないの」

確かに、面白い事は沢山かいてあるけれど、それだけじゃ芸がない。しかも適当にってなんだ。この子には探究心ってものがないのか。

「ぼくは宮廷跡にいってみようと…リウヒ?」

藍色の頭がクッションに撃沈している。まさかと思って覗きこむと、リウヒは爆睡していた。

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「まさか茂みの中に隠れているとは思いませんでしたよ」

トモキがため息をつきながら、リウヒを睨んだ。

「もっと王女としての自覚と慎みを持ってください」

「持っているつもりだが」

「部屋から逃げ出して、裸足で庭の隅に隠れている事がですか?」

今日も脱走は失敗した。リウヒはトモキに襟首を猫のように掴まれ、部屋へと連行されている最中である。

「沓はどこへやったのです」

「ネズミが喜んで担いで行った」

トモキが再びため息をつく。

この人は知らないだろう。追いかけてきてくれるのを待つために、気持ちを試すために自分がわざと逃げ出していることを。

トモキが追いかけてきて、見つけ出してくれる。それに喜びを感じてしまう。

ああ、この人はまだわたしを見捨ててくれてはいないと安心してしまう。

多分、ばれたらものすごく怒られるだろうけれど。

「殿下、おかえり」

部屋の中ではカガミがニコニコして待っていた。襟首から手が離れる。

「今日は早かったね。もっとかかるかと思っていたよ」

オヤジの前には茶が湯気を立てている。控えていた女官たちがクスクス笑った。

「リウヒさまが沓をなくされたそうです。変わりのものを持ってきていただけますか」

トモキが言うと、女官たちはさすがに呆れた顔をした。

「まあ、殿下。あれは中つ国渡りの高価なものですのに」

「わたくしたちが殿下の為に一生懸命選んだものですのに」

「殿下はわたくしたちの事なんてどうでもよいのだわ」

よよよ。泣き崩れる真似をする。

「それはいけない、探してくる」

叫んで扉に走り寄ろうとすると、素早く襟首を掴まれた。

「駄目ですよ。わたしが行きます。リウヒさまは大人しくご勉学に励んでください。それからちゃんとリンさんたちに謝るように」

めっ、とリウヒを睨んでから、トモキはそのまま出て行ってしまった。

カガミと女官たちは苦笑している。

「リン、シュウ、シン、ごめん…なさい」

恥ずかしそうに、拗ねたようにリウヒが言うと、三人娘は再びクスクス笑う。

「これからは、もうなくさないでくださいまし」

「今度なくされたら、三人で泣いて縋りますからね」

「では、新しいお沓を選んでまいります」

ぞろぞろと優雅に女官たちが消えると、カガミののんびりした声が聞こえた。

「さて、そろそろ授業開始といこうか」

 

説明
ティエンランシリーズ第三巻。
現代っ子三人が古代にタイムスリップ!
輪廻転生、二人のリウヒの物語。

だってわたしはこの王女が大嫌い。この名前も大嫌い。生まれ変わりなんて冗談じゃない。

視点:現代リウヒ→シギ→カスガ→リウヒ
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コメント
華詩さま:コメントありがとうございます☆現代リウヒは多少暴力的(笑)。(まめご)
現代リウヒも中々楽しそうな子ですね。彼女はどんな風に楽しませてくれるのかな。(華詩)
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ファンタジー オリジナル 長編 タイムスリップ 恋愛 

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