英雄伝説〜黎の陽だまりと終焉を超えし英雄達〜 |
AM11:00―――――
〜イーディス六区・リバーサイド〜
「わぁ……素敵な所ですね。噂は聞いていましたけど、初めてきました。」
ヴァンと共にバスでリバーサイドに来たアニエスは初めて見る風景を興味ありげな表情で見回していた。
「中心部からは外れてるから繁華街みたいに騒がしくはねえな。色々面白い店もあるが……静かな分、たまに怪しげな連中も来る。俺なんかも含めてな。」
「あはは……えっと、その盗品に詳しい方も?」
「ああ、用心深いオッサンで幾つかのヤサを転々としていてな。水曜の昼は、下の屋台あたりですませることが多かった筈だ。」
アニエスに説明し終えたヴァンは振り向いて屋台を見回した。
「……まだ来てないみたいだな。このあたりを適当に周りながら現れるのを待つぞ。」
「はい、わかりました。……えっと、その方は一応ヴァンさんのお知り合いなんですよね?もし情報提供してくださったらそれなりの謝礼をした方が――――――」
「ああ、言い忘れてたぜ。」
「え……」
「そのオッサン――――――盗品に詳しい情報屋はゲス野郎だ。金(ミラ)のためなら親兄弟だって売るし、ヤツのために破滅した連中も山程いる。探りを入れるのは俺に任せてあんたは隙を見せずに応対してくれ。」
「りょ、了解しました……」
(前途多難ですね………まあ、いざとなれば私が”裁き”を下すまでです。)
ヴァンの忠告にアニエスが緊張した様子で頷いている中、メイヴィスレインは溜息を吐いた後目を細めた。
その後二人が屋台を歩いて回っていると、目的の人物が片手に食べ物を持って考えていた為、近づいた。
「モグモグ……さーて、どうしたもんか。連中には悟られてねぇ筈だし上手く吹っ掛けられりゃあ――――――」
「よう、ジャコモのオッサン。」
ハンチング帽の中年男――――――ジャコモが不敵な笑みを浮かべて独り言を呟いているとヴァンが声をかけた。
「てめえか……アークライドの小僧。何の用だ、この疫病神が。」
「疫病神とはご挨拶だな。知らぬ仲でもあるまいしよ。前回のヤマだってお互い悪くない落とし所だっただろう?」
「な、何が悪くないだ!てめえが横槍入れてくれたおかげであのババアからの臨時収入がフイだ!裏稼業同士としての仁義が通ると思ってんのか!?」
ヴァンの指摘に忌々しい思い出を思い返したジャコモは怒りの表情でヴァンに反論した。
「こっちも仕事だからな。欲をかきすぎたアンタが悪いのさ。それはそうと――――――過去は水に流して未来のビジネスの話でもしねえか?」
「ビジネスだぁ……?って、えらく可愛らしいのを連れてんじゃねえか。しかもその制服は……」
ヴァンの話に眉を顰めたジャコモはアニエスに気づいて興味ありげな表情でアニエスに視線を向けた。
「は、初めまして。アニエス・クローデルと申します。」
「ああ、いいから。――――――彼女は俺の依頼人(クライアント)でな。ちょっとした捜し物をしてるんだよ。」
「捜し物……」
そしてヴァンは自身のザイファを操作して捜し物である古いオーブメントの映像をジャコモに見せた。
「……はあん?」
「一週間前に某古物商から盗まれた骨董品めいた導力器(オーブメント)らしい。元々盗品だったらしいから届け出はナシ。ま、荒らされた時のやり口を見るにどこぞの半グレあたりの仕業なんだろう。――――――アンタの得意分野だろ?」
「ふむふむ、成程なぁ。………なかなかソソる話だが、あいにく心当たりはねぇなぁ。ちょうど別のヤマで忙しくてよ。少し当たりゃ掴めるかもしれねえが。」
「……!本当ですか!?」
ヴァンの問いかけに少しの間考えた後心当たりがない事を告げてから答えたジャコモの答えにアニエスは興味ありげな表情で訊ねた。
「おお、オジサンはこう見えても腕利きの情報屋だからなぁ。ちなみにどういった品なんだい?良い所のお嬢ちゃんみたいだが。」
「その……曾祖父の遺品なんです。とある事情で手放されたもので……すみません。詳しいことは話せないんですが。」
「ほうほう、よくわからんがお嬢ちゃんがひい祖父ちゃん想いということはわかった。そこで相談なんだが……この件、オジサンに任せる気はないか?この手の話なら、そこの若造なんぞよりよっぽど頼りになると思うぞ?」
「えっ……………」
「……………………」
ジャコモの誘いにアニエスが呆けている中ヴァンは真剣な表情で黙ってジャコモを見つめていた。アニエスはヴァンに視線を向けると、任せたと言わんばかりにヴァンは肩をすくめた。
「……申し訳ありません。アークライド所長にお任せしているので。集めた情報の真偽も含めて相談させていただこうと思っています。」
「……っ……」
「(ハッ……)ま、名門校の学生さんだけあって見た目よりはしっかりしてるって事だ。心当たりがあれば俺の方に連絡をくれ。ネタに見合った情報量は仲介するからよ。」
アニエスの答えにジャコモが小さく舌打ちをしたのを見逃さなかったヴァンはすぐにジャコモの下衆な考えを悟った後話を続けた。
「ハン……何か入ってきたらな。そんじゃあな、お嬢ちゃん。気が変わったらオジサンを頼ってくれよ〜。」
ヴァンの言葉に答えたジャコモはアニエスに声をかけた後その場から去っていった。
「……すみません。話しすぎ、だったでしょうか?」
「70点ってトコだな。」
「え。」
「身元と最低限の手札は明かして上手い具合に隙を見せながら―――俺という世慣れた協力者を立てて締めるべきところは締める。半分以上は意図的だっただろう?」
「そ、それは――――――……はい。小娘の浅知恵ですけど。でも、あの様子だといつ連絡があるかわかりませんね。」
ヴァンの評価と確認に一瞬口ごもったアニエスはすぐに気まずそうな表情で答えた後ジャコモは頼れる様子がない事を口にした。
「待つ必要はねえさ。このまま”ヤツが尻尾を出す”のを掴んじまえばいいんだからな。」
「……!?」
ヴァンの提案にアニエスは驚きの表情を浮かべた。
「古物商、半グレによる犯行、あんたの曽祖父の遺品という情報……儲け話に絡みたい下心を見せながらぜんぶ中途半端に流しやがった。決め手は受け取りもしなかった、例の画像のコピーだ。」
「あ………何らかの形で既に関わっている、もしくは当事者そのもの……?」
ヴァンの話を聞いてある事に気づいたアニエスは推測を口にした。
「少なくとも現物を見てる可能性は高い。――――――てわけで追いかけるぞ。」
「ええっ!?で、でもどちらに……あっちの方に行ったみたいですけど。」
「さっきも言ったが色々なヤサを用意している野郎でな。このリバーサイドにもちょっとした拠点があった筈だ。距離は十分に離した、行ってみるぞ。」
「は、はい……!」
その後二人はジャコモの後を追って地下鉄の整備路に入った。
〜リバーサイド駅・地下鉄整備路〜
「地下鉄の内部空間……こんな風になっているんですね。ちょっと新鮮です。」
初めて見る光景にアニエスは興味ありげな表情で周囲を見回していた。
「ま、普通に暮らしてる分には縁がない場所だろうからな。――――それより、前言撤回だ。あんたは引き返して、屋台かなんかで時間を潰してくれ。」
「え……?……!」
ヴァンの指示に不思議そうな表情を浮かべたアニエスだったが、ヴァンが視線を向けた方向に視線を向けると魔獣が棲息していた為目を見開いた。
「いわゆる魔獣だな。旧首都でも地下エリアには棲息している。このあたりはギルドの連中が定期的に掃討していた筈だが……」
アニエスに説明をしたヴァンは自身の得物である撃剣(スタンキャリバー)を取り出した。
「お嬢さんをエスコートできる場所じゃねえ。俺だけでオッサンの尻尾を掴んでくるぜ。」
「ヴァンさん………この依頼をお願いするにあたって私もそれなりに覚悟してきました。足手まといにならないよう努力しますから連れて行っていただけないでしょうか?」
「はあ……?おいおい、ピクニックに行くってわけじゃねえんだぞ?いくら最新式(ザイファ)が使えたところで魔獣相手の切った張ったまでは――――――」
アニエスの申し出に困惑の声を上げたヴァンがアニエスに注意しようとしたその時
「戦術導力器(オーブメント)だけじゃありません………一応、こちらも持ってきました。」
なんとアニエスが自身の得物である魔導杖を取り出した。
「そいつは……」
「学校の選択科目で履修している護身術用の導力杖(オーバルスタッフ)です。模擬戦の経験もありますし、回復術も使えますし、いざとなった時の”切り札”もありますので最低限のお手伝いはさせて下さい。」
(……………………)
アニエスの説明の中にあった”切り札”が自分である事に気づいていたメイヴィスレインは目を伏せて黙り込んでいた。
「〜〜っ〜〜……まあいい、時間が惜しい。とっとと行くぞ。ただし足手まといと判断したら即座に引き返してもらう。依頼人(クライアント)の安全確保のためだ。それでいいな?」
一瞬だけ迷ったヴァンだったが問答している時間を惜しいと判断し、アニエスに今後の方針を伝えた。
「……はいっ!どうかよろしくお願いしますっ!」
その後二人は協力して徘徊する魔獣を撃破しながら、ジャコモの拠点の近くまで来た。
その頃――――――
「ふううっ……」
一方その頃ある戦術オーブメントによるステルス機能で姿自体を隠していたジャコモが拠点に到着し、ステルス機能を切って姿を現させた。
「ったく、便利なのはいいが疲れやすいのが難点だな。まあ腐っても第五世代……軍の虎の子だっただけはある。汚職将校から強請りネタと引き換えに巻き上げといてよかったぜ。さてと――――――これからどうするか。ブツは”あそこ”に隠しておけばそうそうは見つからねぇ筈だ……何とか”A”に高値で売りつけるか、どこぞの研究所やメーカーに持ち込むか。アークライドが連れてたあの小娘……ブツの真価を知ってそうだったな。ククッ、コマしがいがありそうだし、何とかヤツを出し抜いてみるか。上手く行きゃあミラだけじゃなくて色々と愉しませてもらえそう――――――」
「捕らぬ狸の何とやら、だな。」
今後の方針について考えたジャコモが邪悪な笑みを浮かべたその時突如男の声が聞こえて来た。
「!?」
声に驚いたジャコモが立ち上がって振り向くとマフィアらしき全身黒ずくめで、サングラスをかけた二人の男が物陰から姿を現して一人は出入口を塞ぐように移動してジャコモと対峙した。
「ア、アンタらは……!?……どうしてここに……」
「そう反応するという事はやはり”あの場所”にいたわけか。」
「半グレどもの動きを掴んだ上で警察に情報を流して漁夫の利か……なかなか優秀な情報屋じゃないか?」
自分達の登場に驚いているジャコモを挟み込んだ男達はそれぞれの武器である銃とマチェットを取り出した。
「ま、待て……オレが悪かった!盗んだブツはちゃんと返す!ミラや情報なんかもサービスする!め、女神に誓ってアンタら”A”に楯突くつもりなんて―――――」
男達の行動を見て男達が自分に危害を加えようとしている事を悟ったジャコモは慌てた様子で命乞いをしたが
「もう遅い。」
「我らを甘く見た事――――”恐怖”をもって贖うがいい。」
「ひいいいいっ……!」
男達は聞く耳を持たず、ジャコモに襲い掛かった!
「ヒアアアアアアッ………!!」
「……!?」
「い、今のは……!?」
突如聞こえて来たジャコモの悲鳴を耳にしたヴァンとアニエスはそれぞれ驚きの表情を浮かべた。
「ジャコモの声だ!ついてこい――――ただし背中から離れんな!」
「っ……はい!」
そして二人はジャコモの拠点に急行して突入した。
「っ……」
「!ああっ……!?」
二人が拠点に突入するとそこには血まみれのジャコモの遺体があった。
「……っ!?」
何かの気配が通り抜けた事を悟ったヴァンは周囲を警戒していた。
「ヴァンさん……!ジャコモさんが……手当しないとっ!」
「手遅れだ、もう事切れてる。」
ジャコモの手当てをしようと動き始めたアニエスをヴァンがアニエスの肩に片手を置いて制止して、手当てが無駄である事を伝えた。
「っ……そんな……」
(……………………”彼女”の危惧通り、アニエスと私が契約した事は例の遺品とやらを捜すアニエスにとって正解だったようですね。)
ジャコモの死にアニエスが信じられない様子でいている中、メイヴィスレインは真剣な表情を浮かべていた。一方ヴァンはジャコモの遺体に近づいて観察し、ジャコモの死因を推測していた。
(抵抗しようとした姿勢……問答無用で喉を描き切られたか。得物はナイフ……いや山刀(マチェット)か。それにこの左手の指の形は―――――)
「お前達、何をしている!?」
ヴァンがジャコモの遺体を調べているとその場に警官達が突入してきた。
「こ、これは……」
「うわわっ、血ぃッ!?」
突入してきた警官や刑事らしきスーツの青年はジャコモの遺体に気づくと驚き
「……………………」
「チッ…………」
警官達の登場にアニエスが不安そうな表情を浮かべている中、ヴァンは舌打ちをした。
「………情報屋ジャコモ……任意聴取しようとした矢先にか。危ない橋を渡っていたようだが――――――どうやら一通りの事情を聞かせてもらう必要がありそうだな?」
黒人の刑事はジャコモの遺体に視線を向けた後ヴァンを睨んだ。
「13(ヒトサン):10(イチマル)、現場確保!」
「重要参考人2名を確保!サイデン署へ任意同行で連行する!」
その後二人は警察署へと連行された。
15:20――――――
〜二区・サイデン地区・北カルバード州警察・サイデン本署〜
警察署へと連行された二人はそれぞれ別室で取り調べを受けていた。
「……………………」
「……クローデルさん、どうか話してくれないかしら?どうしてあんな場所に?あの連れの男に唆されたの?」
何も語らず黙り込んでいるアニエスに女性捜査官は質問した。
「唆されたなんて……むしろ私の方がお願いしているんです。依頼内容については……すみません。アークライド所長にお任せしているので。」
「貴女ね……名門アラミスの名前に泥を塗ることになりかねないわよ?こうなった以上、学校への連絡は避けられないと思ってちょうだい。」
「……はい。(……まさかこんな事に……数時間前に言葉を交わした人が……それにヴァンさんも……私の都合に巻き込んで……)」
女性捜査官の忠告に頷いたアニエスはジャコモの死やヴァンの事について考えていた。
「――――――いい加減にしろ、ヴァン・アークライド!あの整備路には偶然入っただけ!?連れの子には社会科見学させていた!?そ、そんな言い訳が通用するとでも思ってんのかぁ!?」
同じ頃ヴァンの取り調べをしていたスーツ姿の青年――――――ネイト捜査官はヴァンの嘘としか思えない説明を聞いてヴァンを睨んで怒鳴っていた。
「実際、事実なんだから仕方ない。”任意同行”にわざわざ付き合ってデタラメ言うわけにもいかないだろ?」
対するヴァンは全く動じず慣れた様子で対応していた。
「くっ……”裏解決屋”だったか!?怪しげな仕事をしているのも掴んでいる!そんな人間が殺人現場に居合わせて何も関係ないとかありえないだろう!?」
「だから偶然だって、偶然。むしろコッチは被害者だろう。それに(一応)便利屋の資格も取ってるぜ?いつもニコニコきめ細やかなサービス♪貴方の悩みに寄り添い解決をサポートします、アークライド解決事務所を御贔屓に♪」
「こ、この〜っ……」
取り調べに対して全く動じず、逆に煽ってくるヴァンの態度にネイト捜査官は怒りに震えていた。
「―――そういうアンタらこそどうしてあのタイミングで踏み込んだ?下種だがチンケな情報屋相手に……何を聞き出そうとしてたんだ?捜査官二人が、警官を引き連れてまで。――――――ああ、まさかとは思うが”中央”の連中がとうとう重い腰を上げて3年前の大戦の時のようにメンフィルと協力して北・南両カルバード州の捜査に介入してくるから、連中が本格的に介入してくるまでに少しでも有利な情報を手に入れて、連中に対して有利に立とうってハラか?」
「っ!?お、お前何で”中央”の動きを……!?”連中”の事は秘匿情報だぞ!?」
「……どうやら噂以上に一筋縄じゃいかん若造のようだな。刃こそついてないとはいえ、見た事もない武器に、最新式の戦術導力器。ここ数年の業績内容も限りなくグレーで非合法のラインをギリギリで見極めている。……こちらがその気になればいつでも”検挙”に切り替えられるんだぞ?」
ヴァンの質問にネイト捜査官が驚いている中、黒人の刑事――――――ダスワニ警部は腕を組んでヴァンを睨んで警告した。
「そりゃ怖い――――――と言っても護身用の特殊警棒でしかないけどな。Xipha(ザイファ)はあくまで導力ネット用でテスターとしての所持許可も持っている。ま、得体のしれない外国企業のお墨付きってのが胡散臭いのは認めるが。」
「自分で言うな、自分で。……まったく調子の狂う若造だ。」
「警部、こうなったらとことん締め上げるしかないですよ!あんな可愛い子を誑かしている時点でロクなヤツじゃないのは確かなんですか!」
ヴァンの答えにダスワニ警部が呆れている中ネイト捜査官は真剣な表情でダスワニ警部に提案した。
「なんだアンタ、ああいう乳臭いのがタイプなのか?気をつけろよ〜、警察官の身で援交とかハマったら洒落にならんぜ。トラブった場合は相談に乗るけどよ。」
「っ、コイツ……!」
「コラ、安い挑発に乗ってんじゃ――――――」
「ええ――――マトモに相手をするだけ無駄ですよ。
そしてヴァンの挑発に乗ったネイト捜査官をダスワニ警部が注意したその時青年の声が聞こえ、声を聞いたその場にいる全員が視線を向けると取り調べ室にスーツ姿の眼鏡の青年が入ってきた。
「………………」
「な、なんだアンタ……!?ここは部外者が入っていい―――――」
眼鏡の青年の登場にヴァンが黙っている中、ネイト捜査官は困惑の表情で眼鏡の青年に注意しようとしたが
「失礼、今回の件で協力を要請したGIDの者です。北カルバード総督情報省(GID)、分析室所属、キンケイドです。この度はジャコモ・コンテの捜索に協力していただいて感謝します。まあ、一歩及ばず釣れたのは小物の割に厄介過ぎる人脈を持つ小物のようですが。」
「……おい…………」
眼鏡の青年――――――キンケイドは名乗った後苦笑を浮かべてヴァンに視線を向け、キンケイドの言葉にヴァンは呆れた表情を浮かべて呟いた。
「い、いや〜、本当に面目ない。ですが犯人を逃したとはいえ、この男が何か知っているのは間違いないですよ!何としても締め上げて――――――」
「ああ、必要ありません。彼と連れのお嬢さんは引き取ります。」
「へ。」
「……なに。」
キンケイドが口にした驚愕の話にネイト捜査官は呆けた声を出し、ダスワニ警部は厳しい表情でキンケイドを睨んだ。
「状況的にジャコモ殺害の容疑からは外しても問題なのでしょう?ならば諸般の事情により、GIDで身柄を預からせてもらいます。機密のため詳細は説明できかねますが、………よろしいですね?」
「そ、それはもうっ!自由に連れて行っちゃってくださいっ!」
「尻尾を振ってんじゃねえ!チッ、いきなり出て来たと思えば。……元々そちらの要請だ。引き渡しそのものはいいだろう。だが―――――ロクデナシのゲス野郎とはいえ、人一人死んでるんだ。アンタも、そこの若造もそこん所はキッチリ弁えておけよ。」
キンケイドに尻尾を振っているネイト捜査官を注意したダスワニ警部は舌打ちをした後ヴァンとキンケイドにそれぞれ注意した。
「……ああ、わかったぜ。」
「ご心配なく―――――後はお任せを。」
ダスワニ警部の言葉に頷いた二人は取り調べ室を出ていき、アニエスもキンケイドと同じGIDに所属している女性によって取り調べから解放され、警察署を出た。
〜警察署前〜
「ヴァンさん……!よかった、解放してもらえたんですね?」
キンケイドと共にヴァンが警察署から出てくるとアニエスが安堵の表情でヴァンに声をかけた。
「ああ、妙な横槍が入ったおかげでな。」
アニエスの言葉に頷いたヴァンはキンケイドに視線を向けた。
「……分析官。それでは自分はこれで。」
するとその時スーツの女性はキンケイドに軽く頭を下げた。
「ああ、例のルートは任せた。室長への報告も頼む。」
そしてキンケイドの言葉に軽く頷いた女性はその場から去っていった。
「……GID……北カルバード総督情報省の方、だそうですね?」
「らしいな。若手だが結構やりそうだ。そんなやり手を顎で使うとは随分出世したじゃねえか―――――ルネ。」
アニエスの話に頷いたヴァンはからかいの表情でキンケイドに指摘した。
「え………」
「ルネと呼ぶなと言っただろう。―――――久しぶりだな、ヴァン。直接顔を合わせるのは3年ぶりか。」
ヴァンがキンケイドに対して親し気な様子にアニエスが驚いている中キンケイドは懐かしそうな様子でヴァンと話していた。
「あれを顔合わせと言っていいかは疑問だがな。相変わらずの切れ味じゃねえか、この鬼畜眼鏡が。」
「お前ほどじゃないさ、裏解決屋(スプリガン)。裏技に搦め手―――――持ち前のしぶとさを最大限に活かしている意味ではな。」
「へっ……言ってろ。」
「え、え、あの……」
親し気に会話している二人の様子にアニエスが戸惑っている中二人はハイタッチをした。
「―――現在、GID(ウチ)はジャコモを殺った”二人組”を捜している。僅かだが、あの整備室に痕跡を残していた二人組を。」
「……!」
「流石仕事が早いじゃねえか。フン、となると……」
キンケイドの話を聞いたアニエスが驚いている中ヴァンは感心し、そしてある事に気づいた。
「お前の鼻の良さと胡散臭く厄介な人脈だけは買っている。そちらのお嬢さんの依頼とやらにも関知はしない――――代わりに何かわかれば連絡しろ。さっきの借りを返す意味でもな。」
「チッ……」
ザイファを取り出したキンケイドの要求に舌打ちをしたヴァンもザイファを取り出してキンケイドとの連絡先を交換した。
「連絡先を交換したわよ。」
連絡先を交換するとヴァンのザイファに取り付けられているホロウコア――――――メアが報告した。
「面白いホロウを使っているな。―――――ところでヴァン、”あいつ”には連絡したのか?」
「っ……!」
キンケイドの問いかけにすぐにある人物を思い浮かべたヴァンは気まずそうな表情を浮かべた。
「クク、まだまだ青いな。――――――それでは、お嬢さんもお気をつけて。」
「あ………」
ヴァンの反応を面白がったキンケイドはアニエスに声をかけた後その場から去って行った。
「えっと……お知り合い、みたいですね?」
「ハン……昔馴染みってだけだ。”腐れ”がつくたぐいのな。まあ、ヤツに借りを作るのは忌々しいが大幅に時間が短縮できそうだ。ジャコモの殺しについても……あんたのそもそもの依頼についてもな。」
「あ……………………」
ヴァンの話を聞いたアニエスは呆けた声を出した後辛そうな表情で顔を俯かせた。
「……ちなみに、ここで退くのも選択肢としてはアリだぜ?トラブっちまった侘びじゃねえが今なら依頼料もタダにしてやる。もしくは信用できないかもしれないが、俺一人に任せるとかな。」
「いえ………人が亡くなったからこそ目を逸らすわけには……ううん。――――せめて今日一日だけはお付き合い願えないでしょうか?その、これ以上ヴァンさんにご迷惑をかけることだけは心苦しいですけど……」
(ふふっ、私が想定していた以上に芯が強い娘です……)
「ハッ、学生がナマ言ってんじゃねえ。わかった――――――腹を括ってんならとっとと行動を再開するぞ。ここからだと……まずは地下鉄でリバーサイドだな。」
アニエスの決意にメイヴィスレインが僅かに口元に笑みを浮かべてアニエスに感心している中、ヴァンは口元に笑みを浮かべて今後の方針を口にした。
「え……ひょっとしてまたあの現場に、ですか?」
「いや、まだ警察が封鎖してるだろうし、それとは別筋だ。とにかく急ぐぞ、今日中にケリをつけるためにもな。」
「は、はいっ……!」
「すみません〜。ちょっといいですかっ!?」
そして二人が地下鉄の駅へと向かおうとしたその時帽子の娘が二人を呼び止めて二人に走って近づいた。
「今、警察署から出てきましたよね!?どこかで殺人事件があったそうですけどそれ関連で呼ばれたとかですかっ!?」
「えっ……」
「……へえ?お嬢ちゃん、アンタは?」
娘の質問にアニエスが驚いている中ヴァンは若干感心した様子で訊ねた。
「”タイレル通信”新人記者のマリエル・エーメって言いますっ!社会部に配属されたばかりで、とあつ方面から小耳を挟みましてっ!事件について何かご存じだったり!?ぜひぜひコメントをっ!」
「あ、あの、私達は……」
「お目が高いな、お嬢ちゃん。ちょうど今、重要参考人が引っ張られて集中的に取り調べを受けてるらしい。担当者はネイトって捜査官だそうだ。突撃したら色々掴めるんじゃないか?」
「え、ちょっとヴァンさん……」
「わあっ、親切にありがとうございます!見てなさいよ〜、ディンゴ・ブラッド!今度こそ出し抜いてやるんだから〜!」
「あの、待ってください!その重要参考人っていうのは――――――」
ヴァンの話が嘘である事に気づいたアニエスが戸惑いの表情でヴァンを見つめている中娘――――――記者マリエルはアニエスの制止の声を無視して警察署へと入っていき、アニエスがその場から離れると褐色の青年がヴァンに近づいた。
(……災難だったようだな。)
(ま、いつもの事だ。これからベルモッティに顔を出す。)
近づいてきた褐色の青年に小声で声をかけられたヴァンは答えた後メモを取り出して青年に渡した。
(ドラ息子絡みの貸し借りだ。よろしく頼むぜ。)
(フッ、任せておけ。)
そして青年が離れると入れ違いにアニエスが戻ってきた。
「はあ……もうヴァンさん。あんな風にいい加減なことを言ってもいいんですか?」
「クク、空回りがちな新米記者に首を突っ込まれても面倒だからな。せいぜい俺達が動きやすいよう警察方面を引っ掻き回してもらうさ。」
ジト目のアニエスの問いかけに答えたヴァンはその場から去り
「…………………って、待ってください〜!」
その様子を少しの間見つめたアニエスはすぐにヴァンの後を追い、ヴァンと共に再びリバーサイドへと向かった――――――
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第2話 | ||
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